悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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 ローファスが使用した番外魔法《(ニュクス)》には、数多の特殊な効力がある。

 

 例えばそれは、領域内の光、火、雷など、攻撃性があると判断された発光する事象の消失であったり、ローファス自身を暗黒そのものに変化させて領域内を瞬間移動するものであったりと、常識外れなものばかり。

 

 そういった効力の中には、広大な暗闇の領域内のあらゆる事象——その多くを知覚するというものがある。

 

 つまりローファスは、太陽を覆い隠す様に展開された天蓋の下——暗闇の

領域内に存在する人間一人一人の会話、独り言、落としたスプーンを拾う仕草のような細かな情報までも全てを観測し、知覚していた。

 

 故にローファスは理解していた——攫われたというレイモンドの想い人が、王国を滅ぼす為の計画の一部であり、“魔王の器”である事を。

 

 そして同時に、帝国軍の動きも。

 

 帝国軍は、既に飛空艇イフリートの存在を察知しており、昨晩の奇襲に対する王国側からの報復的襲来と捉えていた。

 

 そしてこれを撃墜するべく、既に多数の航空艦隊が出撃している。

 

 その上、《機獣》もその数を増やしながら王国に向けて進軍を開始していた。

 

 “魔王の器”、航空艦隊、《機獣》——ローファスからすれば、どこから手をつけたものやら、といった所。

 

 その上レイモンドは、“魔王の器”となった少女を助けたい、惚れたなどとトチ狂った事を抜かしている。

 

 敵の数は膨大、対するこちらの人数は少数。

 

 多勢に無勢とは正にこの事。

 

 いっその事戻って手ずから殲滅した方が確実かとも考えたが、残念ながらそれは出来ない。

 

 敵の殲滅自体は可能であろうが、如何にローファスでも、受肉した魔王を仕留め切る事は出来ない。

 

 魔王を本当の意味で打ち倒すには、本体(・・)を叩く他無い。

 

 ローファスは頭の中で盤面を想い描きながら、帝国軍を打ち破る策を思案する。

 

 誰にどういった動きをさせるか——それは正にチェスの駒をどう動かすか悩む様に。

 

 敵の動き、配置、想定される戦術。

 

 それらを鑑みながら、最善手を導き出す。

 

「——ふん。王手(チェック)だ、錬金帝国エリクス」

 

 口角を吊り上げ、ローファスはその策と役割を呪文の束に刻み込み、足元の影に沈ませる。

 

 情報、優れた駒、それらを戦略に組み込む頭脳——その全てをローファスは持っていた。

 

 故に後は、勝利へのルートをなぞるように()を動かすのみ。

 

 

 呪文の束に記された座標の位置は、国境の山脈——レイモンドが《陽墜しの明星》によりジャバウォックを討ち滅ぼした地帯。

 

 破滅の光により地形が抉れて陥没し、絶壁の渓谷と化していた。

 

 雪が降り積もった極寒の渓谷——その中央に、一人の白髪の少女が佇んでいた。

 

 薄手の手術着を一枚羽織り、額にはエメラルドの如き翡翠に輝く魔石が埋め込まれている。

 

 白髪の少女——アマネは、感情の無い目で空を見上げる。

 

 熾天使(セラフィム)の如き神々しい姿の、魔人化(ハイエンド)したレイモンドと目が合った。

 

 

 どうしてこんな事になっているのかは、レイモンドにも分からない。

 

 ただ現実としてそこにあるのは、氷の渓谷の底に、翡翠の魔力を宿すアマネが立っているという事。

 

 アマネの虚ろな様子は、昨晩討ち滅ぼした人型兵器——ジャバウォックに何処か似ていた。

 

 アマネはレイモンドを見た瞬間、感情の無い瞳は、人が変わったかの様に狂気を宿す。

 

 そして頰が裂ける程に口角を上げ、笑った。

 

「やあ、君か——レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン」

 

 それはまるで、何かが乗り移ったかの様。

 

 レイモンドは鋭く目を細める。

 

『アマネの顔と口を歪めるのを止めろ。不愉快だ』

 

「それは失礼。君と彼女は恋仲だったね。ログを見たよ。いやはや、世の中どう転ぶか分かったものではない。面白い結果になったものだ」

 

『ログ…? 何処からか盗み見ていたのか、悪趣味な』

 

「盗み見? 違う違う、そうではないよ。彼女(・・)履歴(ログ)を見たんだ」

 

『……何を、言っている』

 

「彼女から話は聞いたのだろう。死者蘇生の事、実験施設の事、そこから逃がされた事——べらべらと。まあ、話されて拙い情報は持たせていないがね」

 

『まさか、貴様が…』

 

 アマネを逃したという科学者——レイモンドがそう問う間すら与えず、アマネに宿る何かはペラペラと話す。

 

「彼女のベースとなった人間が、まさか過去の君と因縁を持っていたとは驚きだった。記憶の転写は放逐する上で必須だったが、君と繋がる結果になるとは夢にも思わなかったよ。しかし過ぎた偶然だ——何らかの意思の介入を疑わずにはいられない」

 

『ベース…? 記憶の、転写だと?』

 

 レイモンドの口が、僅かに震える——まるでアマネの存在が否定されている様に聞こえて。

 

 まるで、アマネという存在が、砂上の城の如く崩れていく様な、そんな感覚。

 

 アマネは機嫌良さげに両手を広げ、言葉を続ける——答え合わせでもするかの様に、マジシャンが種明かしをするかの様に。

 

「死の定義は、実は一定では無い。技術力によって変わる。帝国の医療科学の前では、心肺停止、脳死、瞳孔反射の停止——この程度は死と呼ぶには足りない。とはいえ、アマネ…彼女とその家族は、その上で明確に死亡していたよ——五年前にね」

 

 アマネは、かくんと首を傾ける。

 

「死者蘇生? ある訳無いだろう、そんな都合の良い奇跡。生から死——これは逆行無き一方通行であり、不可逆なものだ」

 

『ならば…この一カ月、共に過ごしたアマネは何だというんだ』

 

 レイモンドの感情を殺した様に口にするその問い掛けに、アマネは笑う。

 

人造人間(ホムンクルス)だよ。魔力持ちの遺体から採取した細胞を培養して造り上げた人間(・・)さ」

 

『…私の動揺を誘っているのか? そんな事が出来る筈が無い。程度の低い嘘を——』

 

 信じられない様子のレイモンドに、アマネはくはっと嗤う。

 

『何がおかしい』

 

「…君はこの一カ月、彼女の事を守っていたね。擦り傷一つ負わせない様に、実に律儀だ。だからこれ(・・)は初めて見るだろう?」

 

『…! よせ、止めろ!』

 

 アマネは指先の爪を鋭く変質させると、レイモンドの静止の声を無視して頬を切り裂いた。

 

『貴様ッ——…は?』

 

 怒りの声を上げるレイモンドだが、次の瞬間には固まり、冷や汗を流す。

 

 アマネの頰の傷は、どす黒い液体が溢れ出すと、即座に修復された。

 

 それはレイモンドが初めて見る——血中ナノマシンによる修復機能。

 

 固まるレイモンドに、アマネは笑い掛ける。

 

「彼女を責めないでやってくれ。隠していた訳ではない。君が傷を負わない様に守るものだから、説明する機会が無かっただけさ。或いは——君に嫌われたく無いとでも思っていたのかも知れないがね。まあ彼女も精神的(・・・)にはうら若い乙女だ。見た目の良い君を前に、そういった思考になるのも不思議では——」

 

 アマネの言葉を遮る様に、足元に光の槍が突き刺さる。

 

 翼を広げるレイモンドの周囲には無数の光の槍が展開され、その手には《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》が構えられていた。

 

『彼女を解放しろ、今直ぐだ』

 

 凄まじい魔力の重圧を受けながら、アマネは涼しげに笑う。

 

「それは駄目だ。彼女はこれから、王国崩壊の為の礎となるのだからね」

 

『何故、彼女を…』

 

「君の所為だよ、レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン」

 

『なんだと』

 

「…航空大隊と《機獣》の群れによる奇襲、破壊された《機獣》の部品を用いた決戦兵器(ジャバウォック)——これらが頓挫した以上、サードプランに移行するしか無い」

 

 尤も、とアマネは続ける。

 

軍勢による強襲(ファーストプラン)決戦兵器(セカンドプラン)は私からすれば稚戯、お遊びさ。本命はこっち(・・・)。国のお偉方は、この計画の危険性に酷く怯えてね。上からの圧力もあったし、表面上は中止した様に見せ掛けるしかなかった。彼女を逃したのは、処分を免れさせる為だよ。その結果君と繋がる事となったのだから、本当に悲劇——否、喜劇だ」

 

 アマネの色白の肌が、どす黒く染まる。

 

 赤みを帯びていた瞳が、翡翠に染まる。

 

「——太古の《魔王》の受肉。彼女はその依代、器だ。これが私の本命——魔王の兵器化(サードプラン)だ」

 

 アマネの身よりどす黒い液体が溢れ出し、その身を飲み込み肥大化していく。

 

 そして巨大な竜へと変貌していく。

 

 胴が長く、手足の無い蛇の如き姿。

 

 背部より一対の翼——蝙蝠の如き飛膜を広げ、頭部に当たる部分よりアマネの黒く染まった上半身が現れる。

 

 翡翠の双眸が改めてレイモンドを捉え、口角を吊り上げて悪魔の如き笑みを浮かべた。

 

『思ったよりも早い再会だったな——レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン』

 

『…《魔王》——スロウス、か』

 

 アマネの肉体に受肉を果たした《魔王》が一柱スロウスは、機嫌良さげに手を打った。

 

『御名答。さて、約束通り殺してやるぞ——《第二の魔王》よ』

 

 大蛇の如き長い胴をうねらせながら、スロウスは両手に一対の翡翠の槍を生み出す。

 

 レイモンドも《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》を構えた。

 

『“魔王”の二つ名が貴様程度には過ぎたものである事、その身を持って知るが良い』

 

そう(・・)名乗った覚えは無い。今一度君を滅ぼし、アマネを返してもらうとしよう』

 

 ヒリついた空気——爆ぜる様にスロウスが笑った。

 

『はっ! やって見せろ下等生物(人間)が!』

 

『これ以上、アマネの口で薄汚い声を出すなよ下郎!』

 

 激昂するレイモンド。

 

 白と翡翠、二色の魔力がここに衝突した。

 

* 

 

 レイモンドが《魔王》スロウスと戦闘を始めた頃、飛空艇は全速力で空を駆け抜けていた。

 

 その後を、無数の円盤が高速で追い縋る。

 

「あーもう! なんで透明化も魔力遮断も全然効果無いの!? 前回はいけたじゃん!」

 

 リルカは悲鳴を上げながらも、円盤を撃ち落とすべく無数の風の刃を放つ——しかし、円盤はそれを容易く躱して見せた。

 

 飛空艇の透明化、魔力遮断の隠蔽結界は、帝国空軍——円盤に乗る帝国兵には何の意味も無かった。

 

 ノータイムで発見され、勧告も無しに一斉砲撃である。

 

「これは、対策されている…? やはり帝国側にも前回の記憶を持つ者が居るという事か」

 

 目を細めるアベルに、リルカは眉を顰める。

 

「前回の記憶って…この前の《第二の魔王(レイモンド)》みたいな?」

 

「恐らくだが、間違い無い。そもそも前回は“魔王の兵器化”なんて無かった。前回の記憶を持つ者——帝国軍全体に影響力がある…となると、可能性が高いのは——」

 

「テセウス…! 最っ悪!」

 

 リルカは軽蔑する様に吐き捨てる。

 

 原作三部《錬金帝国編》のラスボスたるテセウスは、リルカが知る中で最も非人道的な人物であり、嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

 罪も無い人間を人体実験の末に異形のクリーチャーへと変え、兵器として運用する。

 

 中でもファラティアナの幼馴染——ノルンがクリーチャーとなって襲い掛かって来た出来事は、リルカの中でこの上無く胸糞悪い記憶であった。

 

「落ち着けリルカ。中央都市にはローファスが向かっているんだ。テセウスも無事では済まないだろう」

 

「…そ、だね。ファーちゃんも行ったし——ファーちゃんも行っちゃったし!」

 

 置いて行かれてしまった、本音をいうなら自分もローファスと共に行きたかったと涙目で嘆くリルカ。

 

 面倒くさいなコイツ、とアベルが顔を顰めていると——アンネゲルトが口を挟む。

 

「貴方達——随分と帝国の事に詳しいわよね…ローファスも。その情報はどういう経緯で知ったのかしら」

 

 アンネゲルトの問いに、リルカは目を逸らす。

 

「んー、それは私の口からはちょっと…勝手に話すと怒られそうだし、それはロー君に聞いて欲しいかも」

 

「は…? ロー君(・・・)?」

 

 アンネゲルトの目が、剣呑さを浴びる。

 

「…彼の事、随分と馴れ馴れしく呼ぶのね」

 

「馴れ馴れしいというか、実際慣れ親しんだ関係なんだよ。私達が具体的にどんな関係か、教えてあげようか?」

 

「えぇ、詳しく聞かせてもらおうかしら」

 

 リルカとアンネゲルトの間でピリピリとした空気が流れる。

 

 そこにリルカにはアベルが、アンネゲルトにはヴァルムが割って入る。

 

「リルカ! なんで挑発してるんだお前…!」

 

「もう直ぐ目標地点だ、アンネゲルト。お前が誰と喧嘩しようがどうでも良いが、役割(・・)を忘れるな」

 

 アベルとヴァルムにそれぞれ言われ、リルカとアンネゲルトは「ふん」と互いにそっぽを向いた。

 

 間も無く、ローファスに指定された第一の目標地点——ダンジョン。

 

 降りるのはアンネゲルトとアベルの二名。

 

 

 そこは、帝国のダンジョン——《付喪殿》。

 

 形状は古びた寺院型であり、外見から見るよりも内装はかなり広い作りのダンジョン。

 

 外見と内部の大きさの空間的な違いは、ダンジョンではよく見られるポピュラーなもの。

 

 そしてここは、かつてローファスが、アベル(転生者)に転移結晶で飛ばされた場所でもあった。

 

 内部には多種多様の古道具型の魔物が跋扈する。

 

 ダンジョンの危険度は中級——魔物は一体一体はそこまで強力では無いが、種類が多様なうえ群で行動する為、一流の探索者でも足元を掬われる事がある。

 

 そんなダンジョンに、アンネゲルトとアベルの二人は《転送》により降り立った。

 

 飛空艇は二人を置いて飛び去る——数多の円盤を引き連れて。

 

 アンネゲルトとアベル——この人選は、呪文の束に記されていたローファスからの指示によるもの。

 

「目指すはダンジョンの最奥か…魔物の梅雨払いは僕がするから」

 

 蒼炎の剣を手に生み出し、先行するアベル。

 

 アンネゲルトは後に続きながら、静かに口を開く。

 

「…アベル・カロット」

 

「なに?」

 

「先に言っておくけれど、私は貴方に対してあまり良い感情を抱いていないわ」

 

「…そう、か。そうかも知れないね」

 

 少しぎこちなく返すアベルに、アンネゲルトは言葉を続ける。

 

「貴方は、レイモンドの婚約者であるアステリア殿下と親密な関係を築いていた。まあアステリア殿下から一方的に言い寄られている様だったし、貴方を一方的に責める気は無いけれど」

 

 ただ、とアンネゲルトは続ける。

 

「レイモンドから婚約者を奪う形になったのは事実。良い感情なんて、向けられる筈がないわよね」

 

「…そうだね」

 

 前回——原作の流れとは事情が大きく異なり、アステリアとの出会いも過ごした時間も大きく変化した。

 

 アステリアは前回の記憶を断片的に思い出している節があり、その記憶を確かめる為か、はたまた感情を抑えられなくなっての事か、学園では一方的にアベルに近付く姿が見られていた。

 

 レイモンドの友人たるアンネゲルトが、アベルに対して複雑ながらも決して良い感情を抱けないのはある意味当然の事。

 

「先の王都襲撃——貴方がその鎮圧に貢献した一人であるというのも理解しているわ。でも、それでもローファスが貴方を重宝している理由が分からない。正直納得も出来ない。貴方とローファスは、一体どういう繋がりなの?」

 

「…」

 

 アンネゲルトの問いに、アベルは無言で剣を振るい、襲い掛かって来た火を纏った車輪の魔物を更なる高温で焼き切る。

 

 そして、静かに口を開く。

 

「…僕とローファスは、かつて敵同士だった。勝手ながら、今は味方だと思っている。そして僕の役目は、この身に変えても貴女を守る事だ」

 

「答えになってないわよ」

 

「ごめん…ローファスを差し置いて、僕の口から話す訳にはいかないんだ」

 

「ふぅん…まあ良いわ」

 

 そんな会話を交わしつつ、アベルが魔物を焼き払いながら通路を進む。

 

 道中、フロアボスらしき強力な個体も何度か現れはしたが、アベルの炎の前に灰となった。

 

 多種多様の魔物らも、二人に近づくだけで燃えカスとなる。

 

 燃え盛る炎と共に二人はダンジョンの奥へと進み、最奥に到達するのに然程時間は掛からなかった。

 

 ダンジョンの最奥に居るのは、等級関係無く強力な個体の魔物——守護者(ガーディアン)

 

 ダンジョン《付喪殿》の守護者(ガーディアン)は、身の丈八尺はあろうかという大柄な鬼面の鎧武者。

 

 竜種すらも両断しそうな程に巨大な大太刀を構え、鬼面武者は凄まじい気迫で斬り掛かる。

 

 しかしその刃がアベルに届く前に、蒼炎の柱が鬼面武者を飲み込んで黒焦げにした。

 

 凄まじい火力を誇る蒼炎を受けながら原型を留めている事から、驚くべき耐久性を持つ事が伺える。

 

 とはいえ、鬼面武者は蒼炎を受け、完全に息絶えた。

 

守護者(ガーディアン)を一撃…凄いじゃない」

 

 アンネゲルトが目を丸くし、驚いた様に声を上げる。

 

 それにアベルは、肩を竦めた。

 

「この程度、アンネさんでも出来るだろう」

 

「いや、出来ないわよこんなデタラメな事。魔法発動も異様に早いし、貴方本当に何なのかしら…あ、それと愛称呼びを許した覚えは無いわよ」

 

「…ごめん」

 

 言葉の最後で鋭く睨まれ、アベルは萎縮する様に肩を縮こませた。

 

 と、ここでダンジョン内が青い光に包まれ、ガタガタと揺れ始める。

 

 守護者(ガーディアン)討伐による、ダンジョンの消失反応。

 

「アンネ…ゲルトさん! 急がないとダンジョンの崩壊が始まるよ…!」

 

 焦るアベルに、アンネゲルトは落ち着いた様子で黒焦げになった守護者(ガーディアン)——鬼面武者に近付き、手を翳す。

 

「慌てなくて大丈夫よ。ダンジョン消失は起こさせない(・・・・・・)から」

 

 鬼面武者の周囲を魔法陣が包み、その身の内より無数の荊の蔓が食い破る様に伸びた。

 

 黒焦げと化した鬼面武者は、鎧内に食い込んだ荊の蔓に操られる形で動き、その場に立ち上がる。

 

 驚くアベルを尻目に、アンネゲルトは更なる魔法陣を展開する。

 

 アンネゲルトを中心に、荊の蔓がダンジョン内に伸びていき、消失反応は収束した。

 

「ダンジョンの崩壊が、止まった…?」

 

守護者(ガーディアン)が健在であると誤認させた(・・・)の。そうすればダンジョンはこれまで通り運転を再開する」

 

「誤認、させた? 一体、何に…」

 

「ダンジョンコアよ——今、掌握したわ」

 

 アンネゲルトが手を掲げると、床を荊の蔓が突き破って伸びた。

 

 その棘の蔓の先には、煌々と輝く赤い魔石が巻き付かれていた。

 

 アベルは初めて見るそれを凝視する様に見上げる。

 

「ダンジョン、コア…?」

 

「そう。言ってしまえばダンジョンの核ね。守護者(ガーディアン)を討伐しても時間経過でダンジョンが復活するのは、この核が無事だからよ」

 

 守護者(ガーディアン)が倒されようと、ダンジョンは一時的に封鎖されるだけで時間経過と共に復活する。

 

 ダンジョンコアが存在する限り、ダンジョンが本当の意味で破壊される事は無い。

 

「なら、そのコアを破壊すれば、このダンジョンは…」

 

「——完全に失われるわね。まあ、するにしても後にして。このダンジョンは、もう私の手足だから」

 

 ダンジョンコア——ひいては、ダンジョンそのものを掌握したアンネゲルト。

 

 ダンジョン——《付喪殿》より、膨大な量の荊の蔓に巻き付かれた魔物が溢れ出した。

 

 それは、アンネゲルトがコアを操作して意図的に引き起こしたダンジョンブレイク。

 

 外部に流れ出たフロアボス、数多の魔物——それら全てに、命令信号を送る。

 

 “《機獣》を破壊せよ”

 

 魔物の群勢は、《機獣》に向けて進軍を開始した。

 

 

 ダンジョンの掌握——そんな荒唐無稽な事を、短時間でやってのけて見せたアンネゲルト。

 

 その全容を近くで眺めていたアベルは、畏怖を孕んだ目でアンネゲルトを見る。

 

 決して忘れていた訳では無いが、改めて実感する。

 

 アンネゲルト——間違い無くこの小柄な少女も、ローファスに並んで“四天王”と呼ばれた者の一人だったのだ、と。

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