悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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142# 魔王

 《魔王》スロウスにより生み出された、一撃一撃が防御不可、文字通り即死級の威力を誇る光の球。

 

 それが戦場を、ひいては天まで埋め尽くす程の夥しい数が漂っている。

 

 正しく絶望的な状況であったが、それら光の球は全てアンネゲルトの支配下に置かれていた。

 

 展開された魔法に対する術式への介入。

 

 魔法を術式ごと掌握し、術者の情報を書き換える事による魔法の奪取。

 

 魔法の乗っ取り——それはアンネゲルトの十八番である。

 

 しかし相手は《魔王》、その魔力量も質も、人のそれとは比べ物にならない。

 

 本来であれば幾ら魔法技術に優れたアンネゲルトでも、そう易々と支配権を奪う事など出来ない。

 

 人の領域を超えた魔法を、人間であるアンネゲルトは扱えない。

 

 故にアンネゲルトは、研究用に密かに鹵獲していたダンジョンコアを媒体として使用した。

 

 これはダンジョン《付喪殿》掌握の折に手中に納めていたダンジョンコアであり、ダンジョン崩壊時にちゃっかり拝借していたものである。

 

 ダンジョンは危険なものではあるが、完璧な管理さえ出来ていれば無尽蔵に資源を生み出す宝箱。

 

 王国にとっても貴重な資源の一つである為、王国の管理下にあるダンジョンのコアを拝借するのは明確な王国法違反に当たる。

 

 故に今回、他国のダンジョンコアを得られたのは、アンネゲルトからすれば澄まし顔をしつつも内心では小躍りする程に喜ばしい事。

 

 今度人工ダンジョンでも作ろう——そんなトチ狂った予定を立てながら、ダンジョンコアを密かに懐に忍ばせていたアンネゲルト。

 

 が、事情が変わった。

 

 レイモンドと《魔王》の戦闘は想定以上に大規模なものであり、特に《魔王》の魔法出力はローファスに並ぶ——或いは上回る程に強力。

 

 戦場を埋め尽くす程の夥しい光の球——これは出力だけで見るなら、一つ一つが破壊力に特化した上級魔法相当の威力を誇る。

 

 恐らく光の球一つで最低でも山一つを消し飛ばす程度の威力は確実にある。

 

 それが数えるのも億劫になる程に夥しい数が生み出され、展開されている。

 

 もしもこれら全てが、王国に向けて放たれた場合——如何に広大な土地を有する王国でも、壊滅的な被害を受けるだろう。

 

 主要都市は更地と化し、辺境に至るまで凄まじい打撃を受ける——それ程の総合火力。

 

 非常に名残惜しくはあるが、ダンジョンコアを手放すのに迷いはなかった。

 

 ダンジョンコアは、それ一つでダンジョンと魔物を生み出すだけの莫大なポテンシャルを持つ、正しく上位者が創り出した神器とも呼べる魔法具である。

 

 当然、魔法を扱かう為の媒体としても非常に優秀。

 

 ローファスやレイモンド、アンネゲルトの様な上位の魔法使いともなれば、魔法を用いる場合に杖などの補助媒体は基本的に必要無い。

 

 しかし、《魔王》スロウスが行使する光の球の様な人の領域を超えた魔法は、人間のままでは扱えない。

 

 扱う方法としては、ローファスが番外魔法《(ニュクス)》を行使した時の様に魔人化(ハイエンド)して人の領域から外れるか、人外の魔法にも耐え得る補助媒体を用いるしかない。

 

 そんな優れた補助媒体など、早々ありはしない。

 

 それこそ神話の時代より現存する、上位者が作り上げた神器級の魔法具でも無い限り。

 

 しかしアンネゲルトは、偶然かはたまた運命か、人外の魔法にも耐える優れた補助媒体となり得るだけのものを持っていた。

 

 これだけの規模の大魔法、如何にダンジョンコアでも補助媒体に使えば消耗は免れない。

 

 アンネゲルトからすれば非常に遺憾であり、他に手段があるならば間違い無くそれを選ぶだろう。

 

 だが、状況を見るに他に手立ては無い。

 

 《魔王》スロウスの魔法の乗っ取りの為に必要な事である為迷いは無いが、内心ではかなり渋々であった。

 

 

 下等生物一匹を消す為だけに生み出した、数多の光の球の支配権が奪われた。

 

 適当な範囲攻撃では転移で逃げられる為、転移範囲諸共爆散させる為の、現状出来る最大展開——それら全てが乗っ取られた。

 

 そして、地面から伸びる無数の荊の蔓——そこから形成される荊の結界。

 

 大凡人間に出来る芸当ではない。

 

 しかし、それに近しい事が出来る存在を、《魔王》スロウスは知っていた。

 

『これは…インヴィディア(・・・・・・・)の…?』

 

 それは、かつての同胞の名。

 

 しかし直ぐに、あり得ないと否定する。

 

 奴は千年も昔に完全に滅ぼされている——憎き《黒き者》の手に掛かって。

 

 では、この現象は——

 

 ふとスロウスは、上空に現れた紅き船——飛空艇イフリートを仰ぎ見た。

 

 まさか、あれに自身の魔法を乗っ取った術者がいるのか、と。

 

 スロウスの優れた視力が、飛空艇の甲板に立つ三名を視認する。

 

 そしてスロウスが目を止めたのはアンネゲルト——では無く、リルカであった。

 

 スロウスは目を見開き、その目を憎しみに歪める。

 

『馬鹿な…何故、奴がここに——』

 

 酷く見覚えのある顔。

 

 スロウスにとってそれは——全てを投げ出しても殺したい仇敵。

 

 よく見れば雰囲気が似ているだけの別人——しかし、スロウスからすればそれは些末な事。

 

 下等生物の見た目など元より気にした事は無く、そもそも見分けすらも付きはしない。

 

 故にスロウスからすれば、多少似ているというだけでも、怒りの矛先を向けるのには充分な理由であった。

 

『——おのれぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 突如として絶叫にも近しい怒声を響かせ、感情に任せて高密度の魔力波を撒き散らすスロウス。

 

『会いたかったぞ《森人の忌子》めがァ! 貴様から受けた屈辱は片時も忘れてはおらん! 貴様との再戦を、一体どれだけ待ち侘びたかァ!!』

 

 スロウスは他の全てが目に入っていないかの様に、ただ一点——リルカを見据えて喚き散らす。

 

 その声は大気を揺るがし、うねる胴は地鳴りを引き起こす。

 

「え…? 嘘。なんかあのデッカい蛇みたいなの、私の事見て言ってない?」

 

「リルカ…一体何をしたんだ」

 

「あんなに怒るなんてよっぽどよ。《魔王》の恨みを買うなんて…本当に何をしたの」

 

 困惑するリルカに、アベルとアンネゲルトがそれぞれ引き気味に尋ねる。

 

 リルカは全力で首を横に振り否定した。

 

「いや! 知らない知らない! あの蛇とは初対面だし!」

 

 上空でそんなやり取りをしていると、地上より度を越した魔力圧が発せられる。

 

 見るとスロウスは、大口を開けて光を収束させ、飛空艇に向けて狙いを定めていた。

 

 その圧は、明らかに光の球を凌駕している。

 

 その構えから、見るからにブレス。

 

「やば…」

 

 リルカは顔を引き攣らせ、アベルとアンネゲルトは顔を青くする。

 

 片や地上——

 

 荒れる《魔王》スロウスを前に、レイモンド、ヴァルム、オーガスは言葉を交わす。

 

『二人とも傷だらけじゃないか。特にヴァルム…左腕はどうしたんだ』

 

「強敵にくれてやった。それだけだ」

 

「てか、傷だらけなのはお前もだろ、レイモンド」

 

 怒れるスロウスを前に呑気なお喋り。

 

 当のスロウスの意識は上空の飛空艇に向いている。

 

 それも光の球を乗っ取ったアンネゲルトではなく、どういう訳かリルカに。

 

 その隙に、レイモンドは二人に情報を共有する。

 

『この《魔王》は、不死身だ。傷を負っても即座に再生する。その上、攻撃をする度に巨大化し、力も増す。そして魔法を行使する度に体は縮む』

 

「不死身に、巨大化に収縮か…デタラメだな」

 

 ローファスが全勢力で当たれという筈だと、ヴァルム肩を竦める。

 

 レイモンドは続ける。

 

『魔法は今アンネゲルトが掌握している光の球と、同質のブレスが確認されている。そのいずれも、障壁や防御魔法が意味をなさない程に強力だ。ヴァルム、君の黄金の鎧でも恐らく防ぎ切れないだろう。絶対に食らうな』

 

「…そのブレスというのは、今正に奴が放とうとしているアレ(・・)か?」

 

 スロウスは魔力の光を口内に収束させ、飛空艇に狙いを定める様に見上げていた。

 

 レイモンドは血の気が引く。

 

『拙い…直ぐに止めなければ…!』

 

 レイモンドは再び口を塞いで自爆させるべく、手の中に《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》を生み出し、構える。

 

『オーガス、ブレスは受けるなよ。幾ら君でもただでは——』

 

 どんな相手でも真正面から攻撃を受けながら突っ込み、拳一つで戦うオーガス。

 

 そんな男に一抹の不安を覚えたレイモンドは、注意を呼び掛ける。

 

 説明は聞いていた筈だが、念の為にと振り返った。

 

 オーガスはその場に居なかった。

 

「あいつならもう突っ込んだが…」

 

 言いにくそうにスロウスの方を指差すヴァルム。

 

「オーガス!?」

 

 説明を聞いていなかったのか!? と顔を引き攣らせるレイモンド。

 

 当のオーガスは——高笑いしながらブレスを放つ寸前のスロウスに向けて突進していた。

 

 レイモンドと四天王らは、生まれながらの究極の個——この世の全てを己の力のみで切り開いて来た者達。

 

 連携を取るなど、土台無理な話である。

 

 スロウスは視線だけ動かし、じろりとオーガスを見下ろす。

 

 羽虫(レイモンド)に加勢する様に、虫二匹が湧いて出た。

 

 そのうちの一匹の地を這う虫ケラが、身の程知らずにも向かって来ている。

 

 尾で薙ぎ払うのは容易いが、それで死ぬ程軟ではなさそうだ。

 

 スロウスは燃え盛る様な怒りとは裏腹に、心の奥底では氷の如く冷静に、冷酷な選択を取る。

 

 飛空艇に向けて放とうとしたブレス——それを急激に方向転換し、地上のオーガスに向ける。

 

 その直後、オーガスは破滅の光に飲まれた。

 

 ブレスに触れた地面は融解し、消し飛んで穴を開ける。

 

「——オーガ…」

 

 顔を絶望に染めるレイモンド。

 

 しかし次の瞬間——放出されるブレスの中(・・・・・)から放たれた拳が、アッパーする形でスロウスの顎にめり込んだ。

 

 異形化した岩の如き拳をモロに受けたスロウスは、凄まじい衝撃と共に天へと打ち上げられる。

 

『ハッハァ! 眩しいじゃねぇか蛇野郎!』

 

 スロウスのブレスを物ともせず、無傷のまま生還したのは巨躯の鬼と化したオーガスであった。

 

 オーガスの魔人化(ハイエンド)——《金剛羅刹》。

 

 最高の硬度と最高の膂力——正しく最強の肉体を誇る魔人。

 

 天高く殴り飛ばされたスロウスを、レイモンドとヴァルムはぽかんと見上げる。

 

「…追撃、で良いか?」

 

『あ、あぁ…』

 

 ヴァルムに問われ、呆気に取られていたレイモンドは少し遅れて首肯する。

 

 六枚の翼を羽ばたかせ、レイモンドは天へと昇る。

 

「…フリューゲル」

 

 ヴァルムの呼び掛けに応じる様に、冷気が集まり白い飛竜(ワイバーン)——フリューゲルが顕現した。

 

 ヴァルムはフリューゲルの背に乗り、空へと飛翔する。

 

 置いて行かれたオーガスは暫しぼんやりと考え——地面を蹴った。

 

 クレーターが出来る程の跳躍により、ひとっ飛びでスロウスに追い縋る。

 

 戦場は、天へと移った。

 

 

『なんなんだ、あの人間は…』

 

 スロウス渾身の、万物を滅ぼすブレスを真正面から受けて無傷。

 

 あり得ない硬度、あり得ない膂力——これにもスロウスは、覚えがあった。

 

スペルビア(・・・・・)——いや、あの形状(フォルム)グラ(・・)の系譜か…?』

 

 インヴィディアと同様に、《黒き者》に滅ぼされた——かつての同胞。

 

 グラと良いインヴィディアと良い、かつての同胞の力が千年越しに敵側に回るとは、何の因果か。

 

 その力がよりにもよって下等生物(人間)などに受け継がれるとは——と、スロウスは目を細める。

 

 空に打ち上げられたスロウスは、体勢を立て直そうと飛膜を広げ羽ばたかせる。

 

 その瞬間、その巨体に無数の光の球が飛来し、多段爆発を引き起こした。

 

 アンネゲルトが掌握した無数の光の球——それらが本来の術者たるスロウスに牙を剥く。

 

『次はインヴィディアの系譜か——厄介な…』

 

 体勢を整える間も無い追撃——スロウスの身には光の球だけでは無く、極光や天雷、蒼炎といった上位属性の雨霰が飛来する。

 

 果てはそんな魔法の弾幕すらものともせずに突っ込んで来た巨躯の鬼——オーガスにより凄まじい拳の連打を胴へと打ち込まれる。

 

 文字通り、人類の最高峰達による多種多様の攻撃——集団暴力。

 

 それを一身に受けながら、しかしスロウスは——嗤う。

 

『だが、それでも——この程度(・・・・)か』

 

 かつての同胞——インヴィディアの系譜の魔法掌握と、グラの系譜の最強とも呼べる肉体には驚かされたが、それだけ。

 

 驚きこそしたが、脅威という程では無い。

 

 《第二の魔王(羽虫)》と、わらわらと現れた虫ケラ共による一斉攻撃——それでも尚、スロウスの脅威足り得ない。

 

 スロウスの不死身、その理由。

 

 スロウスの《権能(・・)》——《完全なる力の循環》を突破出来ていない。

 

 無数の傷を負い、ボロボロになったスロウスの肉体の修復が始まる。

 

 修復と共に、その身に受けたダメージは肉体の中で循環し、エネルギーへと変換される。

 

 魔法弾幕による爆煙を突き破る形で——スロウスの身体はより巨大に、地上にいた頃とは比較にならない程に肥大化した。

 

『弱い。弱過ぎるぞ虫ケラ共…下等生物にしてはやる方だが、貴様ら程度の実力者なぞ千年前(神話の時代)にごまんと居た』

 

 飛膜は広げれば山を覆う程に巨大、太く長過ぎる胴体は最早尾の先が見えぬ程。

 

 攻撃を受けただけ強化される肉体——それでも限度があるとレイモンドは考え、攻撃を続けていた。

 

 正しく天井知らず。

 

 文字通り天を突く程に巨大化した《魔王》スロウスに、相対する面々は絶句する。

 

 ローファスは、呪文の束に倒し続けろと記していた。

 

 それは本当に正しいのか。

 

 いや、そもそも倒せ(・・)とは攻撃し続けろという意味では無かったのか。

 

 アンネゲルトは不安な面持ちでリルカが持つ呪文の束に目を向ける。

 

 まさか、何か見落としがあるのではないかと。

 

 視線を向けられたリルカは、呪文の束を握り締める。

 

 見落としは無い。

 

 呪文の束に記された膨大な情報、その全てにリルカは目を通している。

 

 事態がどう転んでも対応する為に、一字一句見逃さない様に。

 

 そんなリルカだから分かる。

 

 呪文の束の中には、《魔王》に対しては倒し続けろ(・・・・・)以外の戦略は記されていない。

 

 ではローファスが間違っていたのか。

 

 如何に完全無欠に思えても、ローファスも一人の人間。

 

 決して完璧ではない。

 

 ではローファスの見落としをフォローするのが、自身の役目ではないのか。

 

 リルカは考える。

 

 無尽蔵に再生と巨大化を繰り返す《魔王》スロウス——その攻略法を。

 

 しかし、有効と思える作戦が思い浮かばない。

 

「どうしよう…いっそ魔法を発散させて身体を収縮させる? いや、それじゃ元の状態に戻るだけ…倒し続けろ(・・・・・)——でも攻撃すれば強化される…攻撃じゃない? でも攻撃以外に倒す方法なんて…まさか弱点があるとか…? 相性不利の属性がある? いや、それが分かるなら呪文の束に記載する筈——」

 

 呪文の束と睨み合いながら、リルカは絶えず思案する。

 

 ローファスには連絡が付かない。

 

 影に潜んでいる使い魔は、呼び掛けても反応が無い。

 

 恐らく手が離せない状況、ローファスの事は頼れない。

 

「倒し続ける——倒し、続ける…?」

 

 思案を続けたリルカはふと、気付く。

 

 この計画を立てたのは、他でも無いローファスである。

 

 ローファスは勤勉であり、如何なる事態にも対応出来るだけの緻密な計画を立てる。

 

 しかしそれでも、計画したのはあの(・・)ローファスである。

 

 ローファスにとっての当たり前、認識が常人と乖離しているのは知れた事。

 

 そのローファスが言う所の倒し続ける(・・・・・)——その意味に、リルカは気付く。

 

 そして、冷や汗を流した。

 

「ロー君…倒し続けろ(・・・・・)って、そういう事? マジで言ってる…?」

 

 リルカは思い出す。

 

 かつてローファスと共に天空都市シエルパルクへ赴いた時の事を。

 

 翡翠の魔力を纏う戮翼デスピア——無限とも思えた再生力を誇るあの怪物を、ローファスは圧倒的な力で一方的に殺し続ける事で勝利を収めた。

 

 まさかローファスは、《魔王》スロウスを相手にそれ(・・)をやれと言っているのか。

 

 リルカは仕切り直す様に自身の頰を叩き、苦く笑って《魔王》スロウスを見据えた。

 

「相変わらず無茶言ってくれるね——ロー君は…!」

 

 アンネゲルトとアベルの視線を集めたリルカは、ニッと笑って口を開く。

 

 《魔王》スロウスの、攻略法を。

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