悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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お久です。読者様、覚えててくれてるかな…?
更新、遅くなりすみません。
取り敢えず予定ですが、最低でも4月までは隔日更新でストックを放出していきます!
最新更新はカクヨム、次点でなろうにありますので、更新が待ちきれないという方はそちらをご覧下さいませ ‍♂️


帝国滞在編
152# 逢瀬


 帝国中央都市。

 

 飛空艇イフリートは不可視化、魔力遮断による隠密結界を起動して停泊していた。

 

 聖竜国より派遣されたと思われる無数の竜種が周囲を飛び回っているが、飛空艇の存在には欠片も気付いていない。

 

 そんな飛空艇の一室に、ローファスは訪れていた。

 

 影を用いた転移——影渡り(シャドウムーヴ)により、誰の目にも止まらぬまま気配も無く現れたローファスは、ベッドで眠るリルカを静かに見下ろした。

 

 リルカは過度な魔法酷使による疲労で深い眠りに就いていた。

 

 複数の念話回線を構築した上で常時繋げ、連絡の中継役を担いつつ、同時に《機獣》の群や工場(プラント)の破壊活動。

 

 呪文の束を持ち、状況の変化に合わせながら的確に指示を出し続け、最終的に《魔王》スロウスとの激戦へ参戦。

 

 ルーツ解放による先祖返りと、魔力消費の大きい古代魔法《(くう)領域(せかい)》の行使。

 

 そこまでの無理な魔力消費を行いながらも魔力枯渇に陥っていないのは、一重にリルカの魔力の扱い、ペース配分が完璧に近い形で行われていたからに他ならない。

 

 しかしそれでも、過度な魔法行使の連続に加えての先祖返りから来る肉体への負担は非常に大きいもの。

 

 ただでさえ度重なる魔法行使で精神が擦り減っている所へ、“ローファスが息をしていない”という報告。

 

 とうに限界を迎えていたリルカは、中央都市にてローファスが無事である事を知ると同時に眠る様に気を失った。

 

 ローファスが神依(アバタール)の反動で意識不明に陥っていた間も、リルカは目を覚ます事無く眠り続けていた。

 

「…」

 

 ローファスはそっと、リルカの柔らかな前髪に触れる。

 

 リルカの身体に巡る、魔力を行使する為の神経とも呼ぶべき部分がかなり疲弊しているのが見て取れる。

 

 それだけでもかなり無理をして魔法を行使し続けていた事が伺えた。

 

「…無理をさせたな」

 

「——ん、まーね」

 

 突然目を開け、返事をしたリルカ。

 

 ローファスはビクッと肩を振るわせ、リルカから手を離した。

 

「…起きていたのか」

 

 驚くローファスに、リルカはにへらと笑う。

 

「ありゃ、気付いてなかったんだ? ならもう少し寝たフリをしてても良かったかなー。ロー君が寝てる私に何をするか気になるし」

 

 にっと悪戯っぽく笑うリルカに、ローファスもつられて顔を綻ばせる。

 

「元気そうで何よりだ」

 

「ロー君もね…ロー君が息してないって聞いた時、私がどれだけ心配したか想像出来る?」

 

「さあな。だが、もしお前が息をしていないと聞けば、俺も同程度には心を砕くだろう」

 

「うわ、くっさー」

 

 言いながらもリルカは、気恥ずかしそうに頬を染める。

 

「…でも、迎えに来て欲しかったのは私じゃなくてファーちゃんだったんだ?」

 

 ふとリルカは、呪文の束にフォルやカルデラに対する動きの指示が無かった事を思い出し、意地悪っぽく言う。

 

 連絡の中継と、それと並行して様々な指示が詰め込まれていた為、リルカはそれに掛かり切りになっていた事もあり、フォルを見送る他なかった。

 

 ローファスは肩を竦める。

 

「そういう訳ではない」

 

「本当にー? 私だって、指示が無かったら——」

 

「分かっている」

 

 ロー君のもとへ行っていた——そう口にしようとしたリルカの頬を、ローファスは優しく撫でた。

 

 リルカは照れを隠す様にぷいっと顔を背ける。

 

「——もう、そんなんで誤魔化されないんだから。大体迎えが必要ならちゃんと指示に書いときなよ。アンネゲルトさんなんて色々察してファーちゃんを送り出してたんだから」

 

「俺も展開がどう転ぶか定まらなかった。フォルに指示を出していなかったのは保険の様なものだったのだが…そうか。アンネには後で礼を言わねばな」

 

「ファーちゃんに迎えに来てくれって書くのが恥ずかしかったんでしょ。分かってるんだから」

 

「まあ…そうかも知れんな。そう捻くれてくれるな、俺が悪かった」

 

 素直に謝罪の言葉を口にするローファスを、リルカはチラリと見る。

 

「…アンネゲルトさんには会ってないの?」

 

「まあ、そうだな。目を覚ましてからはまだだ」

 

「ファーちゃんには?」

 

「フォルは目を覚ました時に会ったが…」

 

「へぇ、ふぅん。そうなんだ?」

 

 リルカは少し嬉しそうに口元を綻ばせた。

 

「なら、ロー君は目を覚まして、アンネゲルトさんにも会わずに私の所に来てくれたって事なんだ。へぇ、ロー君はそんなに私の事好きなんだー」

 

「当たり前だろう。お前が俺を心配した様に、俺もお前が意識を失っていると聞いて気が気では無かった。何も不思議な事ではない」

 

「——ぅぁー…そう、だね。そうかも…」

 

 ローファスの狼狽える反応見たさに意地悪を言ったつもりのリルカであったが、当のローファスからは思いの外真面目な顔で返された。

 

 リルカは羞恥と気恥ずかしさから勢いを失い、やや吃らせる。

 

 そしてリルカは、意を決した様に口を開く。

 

「じゃ、じゃあさ? そのロー君の私への気持ちを、行動で示して欲しいなー…なんて」

 

「全く、お互い病み上がりだと言うのに…もう少しは調子が戻ってからの方が良いと思ったが…」

 

 ローファスは肩を竦めつつ、そっとリルカの頬を触れる。

 

 そして身を乗り出し、ベッドで横たわるリルカに顔を近付けた。

 

 二人の鼻同士が触れ合う程に近付いた時、ローファスの背後で光の蝶が舞った。

 

『——ローファス! ここに居たのか! 急に消えたというから随分と探したんだ。君には礼も言いたいし、話したい事も山程あるが、今は緊急で会談が——』

 

 光の蝶から発せられたのはレイモンドの声。

 

 余程切羽詰まっているのか、捲し立てる様に言うレイモンドだったが、重なり合うローファスとリルカの姿を見て言葉を途切れさせた。

 

 唇が触れ合う寸前で止められたローファスはじろりと光の蝶を睨む。

 

「…愛人との逢瀬に水を差すとは、少し会わぬ間に随分と無粋になったものだな——レイモンド」

 

 ローファスの責める様な言葉を受け、レイモンドは暫しの沈黙の末、一言。

 

『…すまない』

 

「まあ良い。そのまま黙して待て」

 

『——』

 

 光の蝶を放置し、ローファスは構わずリルカに口付けをする。

 

 まさか続行するとは思わず、リルカも驚いた様に肩を震わせた。

 

 それはほんの短い接触。

 

 ローファスはビックリした様に固まるリルカからそっと口を離す。

 

続き(・・)はお互い本調子になってから…それで構わないか、リリィ(・・・)?」

 

 ローファスの問いに、放心状態のリルカはみるみる内に顔を赤らめていく。

 

「…お、おっけー」

 

 それだけ口にし、リルカは布団を被ってしまった。

 

「——さて、会談だったか。確か聖竜国からの申し出だったな。フォルから聞いてはいたが、随分と性急な事だ」

 

 ローファスは鼻を鳴らし、影の中に消えた。

 

 それに倣う様に、光の蝶も霧散する様に消え——ようとした所で、リルカが呼び止める。

 

「——待って、レイモンド」

 

『…? 何かな』

 

 布団から僅かに顔を覗かせるリルカに、光の蝶は少し近寄る。

 

 リルカは真剣な面持ちで口を開く。

 

「…ロー君に付いててあげて」

 

『それは、会談での話かい? 無論私も同席はする。ローファスは病み上がりだからね』

 

「うん…会談もだけど、出来るだけ早く休ませてあげて。ロー君、私なんかよりよっぽど酷い状態だよ…平気そうにしてるけど、相当しんどい筈。本当なら動いて良い状態じゃない」

 

『…! 分かった。会談は早めに切り上げさせる』

 

「お願い…」

 

 光の蝶は消えた。

 

 一人になった船室で、リルカは己の唇を触れ、不安そうに天井を眺める。

 

 何故、ローファスがあんな状態(・・・・・)になっているのか。

 

 どうしてそこまで無理をする羽目になったのか。

 

 それは恐らく、魔法に対する適正が高い種族——エルフの血を引くリルカだからこそ気付けた事。

 

 アベルは無理な変異をし、その身が崩壊する程の負荷を肉体に掛けた。

 

 ローファスの身体も、表面上は分かりにくいがそれに近しい状態にあった。

 

「もう…何で君が一番無理してるの…」

 

 リルカの静かな呟きが、ぽつりと船室に響いた。

 

 

 そこは帝国政府系列の病棟。

 

 白を基調とした廊下を、ローファスとレイモンドは歩いていた。

 

 その背後を、黒のスーツを身に纏う幾人もの帝国兵が付いて歩く。

 

 武装は無く、それは威圧目的ではなく暫定的に国賓扱いである両名の護衛を兼ねたもの。

 

「病み上がりの所をすまない。本当に大丈夫なのかい、ローファス」

 

「問題無い」

 

 レイモンドの心配する声に、ローファスは何でも無いかの様に返す。

 

 再会の言葉も、アマネを救う事が出来たことに対する礼すら伝える間も無い。

 

 これから控えているのは帝国、聖竜国の要人を交えた緊急の対談。

 

 聖竜国の横槍、もとい仲裁という名の介入は、ローファスからしても想定外。

 

 聖竜国は、王国、帝国の両国共に同盟関係にある。

 

 王国と帝国間で勃発した戦争に、中立的な立場として介入するというのはあり得ない事ではない。

 

 しかし、この介入は幾ら何でも早過ぎる。

 

 此度の騒動の発端となった帝国軍によるステリア襲撃は、一昨日の夜の事。

 

 ローファスらが帝国に乗り込んだのは昨日の明朝、全ての戦闘の終決は正午に差し掛かる頃合であった。

 

 同盟国である以上、帝国には聖竜国の大使が居たであろう。

 

 その大使がローファスらによる襲撃を聖竜国に連絡した——或いは、首都まで攻め込まれて焦った帝国側が聖竜国に救援を求めた可能性も0ではない。

 

 移動に竜種を用いる聖竜国は、行軍速度が恐ろしく速い。

 

 それこそ、帝国空軍と同程度の機動力は持ち合わせているだろう。

 

 とはいえ、それらを踏まえても聖竜国は早過ぎた。

 

 帝国と王国の戦争が起きる事を事前に予見していたのか? と、ローファスは思案する。

 

「——ヴァルムとオーガスは外か。何をしている?」

 

 魔力探知にて二人の所在を把握したローファスは、眉を顰める。

 

 レイモンドは少し呆れ気味に答えた。

 

「牽制、だそうだ」

 

「牽制? 帝国軍に対して今更…まさか聖竜国に対してか?」

 

「どちらも、かな。どうも戦闘の余韻がまだ抜け切っていない様でね、二人とも随分と血の気が多い。過度に威圧するものだから、聖竜国が引き連れて来た竜達は萎縮してこの病棟に近寄れないでいる。彼ら(・・)も攻めて来た訳ではないだろうにね…可哀想に」

 

 竜種に同情する様な口振りのレイモンド。

 

 レイモンドは今でこそ血統にまつわる能力——召喚魔法と、魔物と対話する力を失っているが、以前までは普通に魔物と会話出来ていた。

 

 それ故、レイモンドにとって魔物は良き隣人であった。

 

 その感覚は今も抜けていないらしい。

 

 相変わらずだなと肩を竦めつつ、ローファスは何かに気付いた様に眉を顰めた。

 

「…妙な魔力も感じるな。何故()が来ている」

 

「奴…?」

 

暗黒騎士(うち)の筆頭が来ているだろう。ヴァルムとオーガスの近くに居るようだが?」

 

「ああ、アルバ氏か。先の《魔王》戦の折に助太刀に来てくれたんだ。てっきりローファスが手配してくれたものと思っていたが…」

 

「いや…そうか。大方、父上の采配だろう」

 

 一人納得するローファス。

 

 勝手な事を、とは言わない。

 

 ローファスはテセウスと相対していた事もあり、《魔王》戦の全容を完全に把握している訳ではない。

 

 《魔王》は封印の末の復活、長年のブランクにより万全の状態とは程遠かったとはいえ、かなり上位の神格であった。

 

 《権能》も不死身と自己強化を両立した様な出鱈目なものであり、戦力的な不安は拭えなかった為、ローファスは助太刀にと使い魔の中で一番の強者であるバールデルを投入した。

 

 アルバの介入は予期せぬものであったが、戦力的にはそれなりの力になっただろうとローファスは思案する。

 

「足手纏いにはならなかったか、うちの騎士は」

 

「足手纏いだなんてとんでもない。彼ら(・・)には随分と助けられたと聞いているよ」

 

「彼ら? ああ、アルバ以外にも居たのか」

 

「三人で来ていたね。斬撃使いの黒髪の青年と、雷使いの白髪の少女だ」

 

「黒髪の斬撃使いに、白髪の雷使い…? 知らんな」

 

 レイモンドの口振りから、その二名は兜を外して素顔を晒している——つまりネームドであるという事。

 

 ネームドの情報は一通り記憶しているローファスだが、その特徴に該当する者は知らない。

 

 新人か? とローファスは眉を顰める。

 

 会話もそこそこに通路を進む二人と、それにぞろぞろと追従する黒服の軍人達。

 

 軍人達は困惑する様に顔を見合わせたり、しきりに二人の様子を伺ったりと、皆一様に余裕の無い面持ちである。

 

 ふとレイモンドは言い難そうにローファスを見た。

 

「…時にローファス」

 

「なんだ」

 

「君は一体何処に向かっている? 緊急会談の場所は先程伝えた通り…君が向かっているのとは逆方向なのだが」

 

 軍人らの視線を一身に受けながら、レイモンドは冷や汗を流す。

 

 ローファスが目覚めたという通達があり、緊急で会談が開かれる事となった。

 

 この会談は聖竜国側からの申し出であり、ローファスは病み上がりの為断る事も出来たが、これを受けた。

 

 それは一重に、ローファスとテセウスの契約に関わる事である為。

 

 テセウスは《権能》による改変後、暫く行動不能に陥る為、その間の戦後処理をローファスに任せると言っていた。

 

 これは明確な契約であり、ローファスはこれを是が非でも遂行しなければならない。

 

 今の帝国は、テセウスという頭脳が抜け落ちた抜け殻にも等しいもの。

 

 能無しの帝国の面倒を見る事が、ローファスに課せられた役目。

 

 戦後処理——ローファスはそこまで過度に面倒を見る気は更々無いが、最低限何かしらをやっておかねば、テセウスより契約違反だなんだと後からどんな譲歩を迫られるか分かったものではない。

 

 或いはこんな大雑把な内容の契約を密かに組み込んでいたのもテセウスの策略か、とローファスは顔をひくつかせる。

 

 戦後処理の条件の他に、全てが終わった後に自分(テセウス)に死を与えろ——なんてものがあった事から、そちらに意識が持っていかれていた。

 

 その上、領域世界を敢えて崩壊させ、神依(アバタール)状態のローファスに選択の時間を与えない徹底振り。

 

 問題なのは、これを後になってから気付かされている事。

 

 思い返せば、全てテセウスの思い通りに進んでいるとすら感じられた。

 

 結果的にローファスは、この緊急会談を断る事が出来ないでいる。

 

 狸め、そう心の中で吐き捨てながら、ローファスは歩みを進める——会議室とは反対方向へ。

 

「ローファス…今回の騒動の発端である帝国は兎も角、中立である聖竜国の要人を待たせて心象を損ねるのは得策ではない。相手は——」

 

「分かっている。例の姫巫女が来ているのだろう」

 

「知っていたのか…なら尚更だろう。聖竜国の姫巫女——王国でいう所の王族に当たる地位のお方だ」

 

「どうでも良いな。姫巫女の一族など、所詮は政治から離れたお飾りだろう。待たせておけ」

 

「なんて事を言うんだ…」

 

 諭す様に言うレイモンドだが、ローファスは歩みを止める事は無い。

 

 挙句の果てには国際問題上等な発言を平気でするローファスに、レイモンドは辟易とする。

 

 ローファスの言葉に、追従する帝国軍人らも絶句している。

 

 頼むからこれ以上帝国軍人の前で問題発言をしないでくれ、そう願いながらローファスの後に続くレイモンドであったが、遂には痺れを切らす。

 

「ローファス。いい加減、何処に向かっているのか——」

 

 レイモンドが言い終える前に、ローファスはふと歩みを止めた。

 

 ローファスの目の前には、アンネゲルトが驚いた表情で立っていた。

 

「ローファス…! 大丈夫なの!? 行方不明になったって聞いて…」

 

 やや泣きそうになりながら、ローファスに縋る様に近付くアンネゲルト。

 

 それを受け入れる様に、ローファスはアンネゲルトの手を取った。

 

「…まさか、俺を探していたのか?」

 

 首を傾げるローファスに、アンネゲルトは少し怒った様に言う。

 

「当たり前じゃない! アンタ丸一日意識無かったのよ!? 丸一日!」

 

 アンネゲルトは病棟内を随分と歩き回っていたのか、やや頬が紅潮し、僅かに息が乱れている。

 

 アンネゲルトの後ろにはお目付役か、或いは案内役か、女性の帝国軍人が付き添う様に立っていた。

 

 通りで魔力反応が動き回っていた筈だ、とローファスは肩を竦める。

 

「レイモンド…俺が見つかった事を伝えていなかったのか?」

 

「あ、ああ…すまない。こちらも余裕が無かったというか…アンネが君を探し回っているとは知らなかった。時にローファス…まさか君は、アンネに会いにここまで?」

 

 暗に国家間の会談を差し置いてまで来たのかと問うレイモンドに、ローファスは目を細める。

 

「何か問題があるのか」

 

 じろりとローファスに睨まれ、レイモンドは目を丸くする。

 

 誰が相手であろうが関係無い、それが例え国であろうとも。

 

 そんなローファスの強固な姿勢、その胆力に、レイモンドはぼんやりと、外交向きだな、と思う。

 

 この毅然とした雰囲気は、外交官である父に少し似ている——そう考えた所で、レイモンドはくすりと笑い、肩を竦めて見せた。

 

「いや…問題無いよ。君にとってアンネは、会談よりも重要な存在という事だろう。ならば全くもって問題ない」

 

 は? と帝国軍人らが眉を顰めるのも構わず、レイモンドはまるでローファスとアンネゲルトを二人きりにする様に、半歩身を引いた。

 

 ローファスはアンネゲルトに向き直る。

 

「すまん、心配を掛けた様だな」

 

「本当よ…息してないって連絡来るし、かと思えば命に別状は無いけど意識が戻らない。そこから丸一日よ。目を覚ましたって聞いて急いで病室に行ってみれば——」

 

「行方不明、か?」

 

「そうよ! アンタ死に掛けてたのよ!? 寝てなさいよ! 馬鹿じゃないの!?」

 

 ヒートアップする様に声量を上げるアンネゲルト。

 

 ローファスはそれに、黙って耳を傾ける。

 

「アンタの婚約者…寝ずにアンタに付きっ切りだったのよ。リルカって娘なんて、アンタが無事って知って気を失ったんだから。アンタ、どれだけみんなに心配掛けたと思ってるの…!」

 

「分かっている、悪かった…お前にも心配を掛けたな、アンネ(・・・)

 

「そ、そうよ…当たり前じゃない」

 

 不機嫌そうにそっぽを向くアンネゲルトの手を、ローファスは固く握る。

 

「今回は本当に苦労を掛けた。お前にも、当然他の連中にもな。ゆっくりと色々と話したい所だが、少々立て込んでいてな…」

 

「立て込んでって…まさか、今レイモンドが言ってた会談? 延期にしなさいよそんなの…アンタ、目を覚ましたばかりじゃない…」

 

「受けたのは俺だ。聖竜国が妙にせっついて来ている様でな。まあ事情の確認がしたいのだろう」

 

「事情の説明だけなら、別に病上がりのアンタじゃなくても…レイモンドだって居るじゃない」

 

 じろりとアンネゲルトに睨まれたレイモンドは、申し訳なさそうに目を逸す。

 

「聖竜国は、ローファスを名指しで指名していてね…一応これでも、食い下がりはしたんだが」

 

「まあ事が事だ。聖竜国側も、下手に情報操作が行われる前に当事者から事情を聞きたいという事だろう。事実俺は、中央都市に直接乗り込んだ張本人だ」

 

 ローファスの言葉に、アンネゲルトは眉間に皺を寄せる。

 

「情報操作って、何よそれ…王国に攻撃を仕掛けて来たのは帝国の方じゃない!」

 

 帝国政府管理下の病棟、その廊下のど真ん中で、付き添いの数多の帝国軍人を前にそんな事を声を荒げて言うアンネゲルト。

 

 これに対し、帝国軍人らは口を開く事は無いが、やや表情を強張らせた。

 

 ローファスはそれに、帝国へのフォローを入れるでもなく、ただ静かにアンネゲルトを見据えた。

 

「アンネ。情報操作を疑われぬ為に、当事者である俺が会談に出て説明する必要がある」

 

「それは…そうかも知れないけど…」

 

 納得出来ない様子のアンネゲルト——その頬を、ローファスは触れた。

 

「…本音を言うなら、お前とはゆっくり、色々と話がしたい。婚約の件もあるしな」

 

「今は…それ所ではないでしょう」

 

「その通りだ。しかし、個人的な想いを言うなら——俺は、お前の事を好ましく思っている」

 

「…っ」

 

 突然のローファスの告白に、アンネゲルトは心臓が飛び跳ねる様な心持ちで息を飲む。

 

「わ、私だって——」

 

 そして自身の想いも告げようとした所、ローファスはその唇に指を添え、言葉を遮った。

 

「——俺達は貴族。個人の想いのみで好き勝手に婚姻を結べる様な生温い世界に生きてはいない。トリアンダフィリア家とライトレス家が身内となると、貴族派閥の勢力図が大きく塗り替わる可能性がある。トリアンダフィリアはあのヴァナルガンド(・・・・・・・)派閥…中立たるライトレス家としては、この婚姻には慎重にならざるを得ない」

 

 淡々と、理路整然と述べるローファスは、正しく規律を重んじる貴族の姿。

 

 それにアンネゲルトは頭は冷え、顔の熱が引いていく。

 

 うるさい位に高鳴っていた心音も、いつの間にか鳴りを潜めた。

 

 アンネゲルトは一呼吸置き、ローファスを見上げる。

 

 そして、同じく貴族淑女としての冷たくも柔らかな笑みを返した。

 

「正式に婚約を結ぶ上で、両家間での取り決めは明確に行うべきね…特に、私達の家同士では」

 

「そうだな。俺達が正式な婚姻を結ぶとするなら、両家が互いに納得のいく具体的な取り決めをした時だ。この騒動を終えた後、両家の間で改めて話し合いの場を設けたい」

 

「良いわ、実家には私から伝えておく。ローファス——」

 

 アンネゲルトはローファスの手を優しく握り、微笑む。

 

「——そんな所も好きよ。会談、無理しないでね」

 

 それだけ口にし、アンネゲルトはそっとローファスから離れた。

 

 アンネゲルトの後ろ姿を見送り、ふとレイモンドが口を開く。

 

「ふむ…思った以上に甘ったるいね、砂糖を吐きそうだ。お返しに私も、アマネとの惚気話をしようと思うのだが、聞いてくれるかい?」

 

「下らぬ事を言っていないで先を急ぐぞ。聖竜国の要人を待たせている」

 

 踵を返して早足で歩き出すローファス。

 

 レイモンドは肩を竦め、その後に続く。

 

 呆然としていた付き添いの帝国軍人らも、一斉に動き出した。

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