悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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17# 《竜駆り》と《影狼》

 ローファスが見た物語の夢は、始まりから終わりまで、主人公の視点により進められた。

 

 故に、四天王として活動した《影狼》のローファスとしての記憶は、今のローファス・レイ・ライトレスには無い。

 

 幾千幾万と殺され続けた夢では、確かにその瞬間だけは四天王《影狼》のローファスとして戦っていたが、それも所詮は追体験に過ぎない。

 

 《影狼》のローファスにとっての四天王時代の仲間——第二の魔王レイモンドや、他の四天王達と当時どの様な関係を築いていたのかを、今のローファスは知らない。

 

 しかし、幾千幾万と殺される記憶を追体験した事で、ローファス自身に己が無惨に殺される恐怖が植え付けられた様に、四天王として活動した記憶、想いは今のローファスの無意識下——ローファスの魂の奥底とも言うべき部分に刻み込まれていた。

 

 物語に置いて、《竜駆り》のヴァルムは、ローファスにとってはレイモンドと共に王国に反旗を翻した同志であり、仲間であり、それと同時に嫉妬の対象でもあった。

 

 第二の魔王レイモンド、その右に常に控えていたのは、ローファスではなく、ヴァルムだった。

 

 重大な局面において、レイモンドより声が掛かるのは決まってヴァルムだった。

 

 侯爵家のローファスよりも、圧倒的に血筋が劣るヴァルムの方が、レイモンドより信頼を得、重宝されているのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 その事実は、ローファスに鬱屈した劣等感を与えるには十分だった。

 

 歪み捻れた劣等感は、繰り返される物語の中で、ローファスの魂の底に蓄積されていく。

 

 そんなローファスの魂の奥底に溜め込まれ、押さえ込まれていたヴァルムに対しての黒い感情——劣等感や嫉妬心は、ほんの小さな切っ掛けで決壊するだろう。

 

 それは例え、ヴァルム・リオ・ドラコニスと遭遇すると言う、些細な偶然であっても、ローファスの心のダムを決壊させるには十分過ぎる起爆剤だった。

 

 *

 

「フリューゲル…? 何故、何がどうなって…お前は、死んだ筈…」

 

 ヴァルムは、かつての愛竜の名を呟きながらワイバーンにゆっくり近付いていく。

 

 俺と対峙していたワイバーンは、ヴァルムの姿を見るなり、飛翔してひとっ飛びでヴァルムに近寄ると、甘える様に頭を押し付けだした。

 

「まさか…本当に、フリューゲルなのか…?」

 

 信じられない様子で、それでも泣きそうになりながらワイバーンの頭を撫でるヴァルム。

 

 ヴァルムは涙を拭うと、その視線を俺に向けた。

 

「これは…フリューゲルは、お前が生き返らせたのか…? お前は一体…」

 

 ヴァルムが何かを言っているが、俺の耳には届いていない。

 

 ヴァルムの姿を見た瞬間から、どう言う訳か、心の底から言葉に出来ないドス黒い感情が込み上げて来た。

 

 黒い感情は俺の思考を塗り潰し、抑えようとする理性すらも容易く踏み抜き、激流が如く溢れ出す。

 

「ふ、ははは。あーはっはっはっはっ!」

 

 溢れ出たのは狂った様な大笑。

 

 黒い感情に続いて、心の奥底より言い知れぬ高揚感が込み上げる。

 

 そうだ、あのヴァルムが、どう言う訳か今目の前に居る。

 

 出会うのはもっと先と思っていたが、まさかこんなに早く会う事になるとは。

 

 確かにステリア領はヴァルムの故郷、居ても不思議は無いが、ステリア領がどれ程広いと思っている。

 

 これは一体、何の巡り合わせだ。

 

 ワイバーンを探す為に氷雪山脈を飛び回った先で、他の誰でも無いヴァルムと遭遇する等。

 

 一体、どれ程の偶然を積み重ねればこうなるのか。

 

 こんなもの運命を感じずにはいられんぞ。

 

「な、何がおかしい…」

 

 狂った様に笑う俺を、怪訝な顔で見るヴァルム。

 

 笑い過ぎ、意図せず流れ出た涙を拭う。

 

 そして俺は両手を広げ、溢れる感情のままに答えてやる。

 

「何がおかしいだと? ハハ、これが笑わずにいられるか!? 俺は無神論者だが、今この瞬間だけは神に感謝しよう! 何せ、こんな所で貴様と出会えたのだからな——ヴァルム・リオ・ドラコニスゥ!!」

 

「な、何故、俺の名を…? 先程から訳が分からん。なんなのだお前は…」

 

 ヴァルムは不気味そうにたじろぎ、自然と槍の矛先が俺に向けられる。

 

 槍を向けられた事で、俺は思わず笑みが溢れる。

 

「なんだ、貴様もその気なのか。全く、愉快で仕方が無いぞ。俺はな、ヴァルムよ、お前の事が——この世で一番、気に食わんのだ!」

 

 溢れ出る苛立ちにも似た黒い感情。

 

 俺の感情に呼応する様に、魔力波が周囲に撒き散らされる。

 

 ヴァルムは俺の魔力波を直に浴びながらも、顔色を青くするだけだ。

 

 愛竜のワイバーンも、俺に対し唸り声を上げている。

 

 そうだ、そうこなくては。

 

 気絶などされては興醒めも良い所だからな。

 

 この俺を差し置いて、何が四天王最強だ。

 

 誰が真に最強なのかを、その身に直接刻み込んでやろう。

 

「なんだ、この凄まじい魔力は…お前、本当に人間か…?」

 

「失礼な、立派な人間だぞ。最近魔力枯渇にもなったしな。お陰で魔力も殆ど無い」

 

「魔力が殆ど無いだと…? これでか? 馬鹿な…」

 

「そんな事よりも、いつまで棒立ちしているつもりだ? さっさと愛竜に騎乗しろ」

 

 今俺の中に込み上げるのは、我ながらに酷く幼稚な感情。

 

 ヴァルムの奴に、俺の力を示してやりたい。

 

 俺かヴァルム、どちらが上かをはっきりさせたい、それだけだ。

 

 俺は背後に、巨大な暗黒球《ダークボール》を無数に生み出し、狙いをヴァルムに定める。

 

「なんて数の魔法を…!」

 

 驚愕するヴァルムを無視して、俺は躊躇なく暗黒球《ダークボール》を全て射出する。

 

 ここでヴァルムを殺す気は毛頭無いが、奴はこの程度で死ぬ様な玉ではない。

 

 案の定、ヴァルムは即座にワイバーンに騎乗し、空へ逃げる事で暗黒球《ダークボール》の弾幕を躱わした。

 

 ヴァルムが飛竜に騎乗したならば、《竜駆り》の本領を見られる訳だ。

 

 ならばこちらも、手を抜くのは失礼と言うものだろう。

 

「騎乗は貴様の専売特許ではないぞ——来い、ストラーフ!!」

 

 俺の影から、恐ろしく巨大なタコの化け物が這い出る様に現れた。

 

 巨大過ぎるストラーフは、現れただけでその巨体と重みで動く度に大地に震動を起こし、周囲のあらゆる物に破壊を撒き散らす。

 

 その震動による衝撃は、周囲で崖崩れや雪崩を引き起こす。

 

 正しく天災だ。

 

「これはまさか…クラーケン!? 何故、海から離れた陸地に…!?」

 

「驚く暇があるのか? 随分と余裕じゃないか、そう言う所も気に食わんな」

 

 ストラーフの無数の触腕が、飛び回るヴァルムを捉えようと襲う。

 

 ストラーフの頭の上からそれを眺めるが、触腕だけでは高速で飛び回るワイバーンに掠りもしない。

 

 荒れ狂う触腕の隙間から、ヴァルムを狙って暗黒球《ダークボール》を連射してみる。

 

 が、まあ当たる筈もないか。

 

 ストラーフの触腕も、魔力はそれなりに注ぎ込んでいるが、その重みから思いの外、速度が出ない。

 

 海上であれば話は違うのだが、これは山脈等で召喚(呼び出)した俺が悪いか。

 

 ヴァルムが騎乗したワイバーンは、人一人が乗っているとは思えない凄まじい速度で天に軌跡を描く。

 

 人馬一体、いや、人竜一体だな。

 

「《竜駆り》の名の面目躍如と言った所か!」

 

「——どう言うつもりだ!? こんな所で、こんな化け物を召喚するなど! 人里に被害が出たらどうする気だ!?」

 

 激昂するヴァルム。

 

 何やら怒っている様だが、ヴァルムがこちらに攻撃を仕掛けて来る様子は無い。

 

 こちらの攻撃も掠りもせず、その悉くが躱わされる。

 

 こちらの攻撃が苛烈過ぎて避けるのに精一杯、そんな訳は無い。

 

 ヴァルムの表情に怒りはあれど、焦りの色は微塵も無い。

 

 ストラーフの触腕も、暗黒球《ダークボール》の弾幕も、ヴァルムからすれば反撃する必要性を感じない程度の攻撃と言う事。

 

 物語開始の3年前だと言うのに、やはり強いな。

 

 そう言う所だ。

 

 貴様の、そう言う所が気に入らんのだ。

 

 ずっと考えていた。

 

 こいつは本当に強いのか、と。

 

 四天王最強?

 

 多少槍の扱いが上手く、飛竜を駆るのに優れているだけの竜騎士が。

 

 雷魔法も少しは扱えるらしいが、魔力総量は俺からすれば塵芥に等しい矮小さだ。

 

 奴の魔力量は、魔力が著しく低下している俺よりも遥かに下。

 

 こんなもの、何処に最強の要素がある?

 

 どう考えても、四天王最強は俺であろう?

 

「いつまで逃げに徹するつもりだ、ヴァルムよ。いい加減このやり取りにも飽きてきたぞ」

 

 俺は暗黒球《ダークボール》の弾幕を止めた。

 

 高速機動で飛び回る奴を捉えるのに特化したような都合の良い魔法は無い。

 

 あの高速機動ならば、大概の魔法が躱わされるだろう。

 

 弾幕も避けられる、追尾系でも恐らく追い付けない。

 

 魔力がある時ならば、逃げる隙が無い程の過密な魔法弾幕を張るのだが、今はその余裕も無い。

 

 ならば、無駄な魔力消費を抑えて、必要な所に使うとしよう。

 

 魔力は効率的に運用せねばな。

 

 俺は暗黒球《ダークボール》を止め、浮いた魔力をストラーフへ注ぎ込む。

 

 魔力を与えられたストラーフは、体躯が一回り肥大化し、触腕の数が倍以上に増えた。

 

「なっ」

 

 驚愕するヴァルム。

 

 今まで躱わしていた触腕の一本一本が一回り図太くなり、その上数が倍以上だ。

 

 魔法の弾幕が無くとも、これを捌くのは中々に手間だろう。

 

 この触腕の数相手では、流石に躱わし続けるのは無理と判断したのか、ヴァルムは触腕に対して槍で応戦し始めた。

 

 その槍はヴァルムにより、雷魔法が付与されている。

 

 槍が触腕を薙ぐと、影の使い魔であるストラーフの暗黒の触腕は弾け飛んだ。

 

「む…」

 

 光を発する性質を持つ雷は、火や光の属性と同様に、暗黒属性にとっては相性が悪い相手だ。

 

 しかし触れただけで、弾け飛ぶとは…。

 

 ここ数日は、つくづく相性に恵まれんな。

 

 このまま触腕の数が減らされ続ければ、形勢が不利になる。

 

 触腕は欠損しても、魔力があれば再生出来るが、今はしない。

 

 影の使い魔の再生は、魔力消費が大きい。

 

 魔力が万全であれば話は別だが、今の俺には影の使い魔の身体の再生を補うだけの余裕が無いからな。

 

 刹那、一筋の陽の光が視界に入る。

 

 ふと山脈の果ての地平線を見ると、白みを帯びてきているのが見えた。

 

「——あ?」

 

 懐中時計を取り出して見ると、針は4時半を指している。

 

 タイムリミットはとっくに過ぎていた。

 

 熱くなっていた思考は、氷水に漬けられた様に急激に冷える。

 

 しまった…。

 

 ユスリカには一時間で帰ると伝えていたのに、羽目を外し過ぎた。

 

 溢れていた黒い感情は鳴りを潜め、今となっては何故ヴァルムに襲い掛かっていたのかもよく分からん。

 

 ヴァルムの事は確かに気に食わんが、貴重な魔力をドブに捨てる様な真似をするなど…我ながら何をやっていたのか。

 

 まるで何かに支配されていたかの様だった。

 

 何に、とは言うまでも無いか。

 

 あの感情は他人のものではなく、確かに自分自身のものだった。

 

 俺は深く息を吐き、懐中時計の蓋を閉じる。

 

 そして、改めてヴァルムの奴を見据える。

 

 確かに冷静さを欠いてはいたが…だがまあ、折角ここまでやったのだ。

 

 良い機会だ、俺かヴァルムのどちらが上か、決着くらいは付けようじゃないか。

 

「——遊びは終わりだ。総力戦と行こうか、ヴァルム」

 

 俺の言葉に呼応する様に、ストラーフの全触腕が一斉にヴァルムを襲う。

 

 槍一本では物理的に捌き切れない、全方位から迫る数多の触腕。

 

 ヴァルムはそれを——常軌を逸した速度の連続突きを放ち、全方位の触腕を全て消し飛ばした。

 

 苛烈な攻撃を受けたストラーフは、ダメージの許容を超え、その巨体が霧散する。

 

「はっ! 化け物か貴様は!」

 

 そして俺は、身体に魔力を通して限り無く底上げした膂力でもって、ヴァルムの元まで急接近していた。

 

「なっ!?」

 

 突如眼前に現れた俺に、驚愕するヴァルム。

 

 それもその筈。

 

 俺はヴァルムが触腕に囲まれ、視覚が遮られたその一瞬を突いて接近した。

 

 俺が終始魔法とストラーフの触腕による遠距離攻撃に徹していた事も相まり、ヴァルムからしても俺の接近は予想外の事だろう。

 

 俺は手の中に暗黒鎌《ダークサイス》を生み出し、ヴァルムに切り掛かる。

 

 ヴァルムは雷を宿した槍で俺の鎌を防ぎ、ワイバーンの背の上で鍔迫り合いの形となった。

 

「お前、魔法使いでは…!?」

 

「近接が出来んと言った覚えは無いぞ」

 

 しかし、相性差があるとは言え、まさか切断に特化した暗黒鎌《ダークサイス》を受けて拮抗するとはな。

 

 こいつの雷属性、想像以上に凄まじい魔力の練度だ。

 

 因みに、近接戦闘に関しては俺も多少の心得がある。

 

 定期的にカルロスから直々に手解きを受けているからな。

 

 だが、それでも単純な近接戦闘の技術はヴァルムの方が圧倒的に上。

 

 拮抗したのも一瞬の事だった。

 

 暗黒鎌《ダークサイス》は、ヴァルムの精錬された槍捌きにより容易く弾かれる。

 

 急ぎ切り返して二度、三度と鎌を振るうが、その全てが最小限の動きでいなされ、遂には大きく弾かれた。

 

 武器の差で一気に押し切れると思ったが、ヴァルムを相手に流石に見通しが甘かったか。

 

 鎌が弾かれ、仰け反ったその隙を、ヴァルムは逃さない。

 

「覚悟…!」

 

 雷を宿した槍の鋭い突きが、俺へ向けて放たれた。

 

 だが、その槍が俺に届く事は無い。

 

 俺の魔法障壁に阻まれ、槍は俺に触れる寸前で止まっていた。

 

 渾身の突きを止められたヴァルムは、苦く笑う。

 

「…硬いな」

 

「最近、強固な魔法障壁の厄介さを知る機会があってな」

 

 普段よりも数段強化した魔法障壁に止められた槍を、無い左腕の代わりに生み出した暗黒腕《ダークハンド》で掴み、俺は口角を上げて笑う。

 

「安心しろ、後でその飛竜の傷は治してやる」

 

「…それは、ありがたいな」

 

 降参した様に目を閉じるヴァルム。

 

 俺はそのまま、暗黒鎌《ダークサイス》で、ヴァルムをワイバーンごと切り裂いた。

 

 舞う鮮血。

 

 片翼を切断され、ワイバーンは悲鳴を上げながら降下する。

 

 俺もヴァルムも、ワイバーンと共に天上から堕ちた。

 

 *

 

 山脈下の氷雪地帯。

 

 俺やヴァルムは、降り積もった雪の中に落下した。

 

 分厚い雪の層がクッションになったのと、俺に関して言えば魔法障壁で衝撃を殺し、ヴァルムに至っては受け身を取っており、お互いに落下のダメージは殆ど無かった。

 

 片翼を切り裂かれたワイバーンも、俺の魔力で再生して即復活している。

 

 俺は外套の懐に入れていたマナポーションを飲み、ついでにヴァルムにも傷に効くポーションを投げ渡す。

 

「くれてやる。飲め」

 

「助かる」

 

 ヴァルムはポーションを開けると、疑う様子も無く一気飲みした。

 

 最高品質のポーションなだけあり、ヴァルムの肩に広がる鎌で付けた傷は、瞬く間に塞がった。

 

 それにヴァルムは顔を引き攣らせる。

 

「かなりの高級品じゃないか…待ち合わせはそんなに無いんだが…」

 

「金なぞ取るか」

 

 この男は、何を金の心配などしているのか。

 

「それよりも、少しは疑え。襲撃者から渡されたものだぞ」

 

「この期に及んで、毒など疑うものか。お前がその気なら、俺は既に死んでいるだろう」

 

 俺は鼻で笑ってやる。

 

「よく言うものだ。貴様こそ、その槍の矛先が俺の急所に向けられた事など無かっただろう。最後の一撃もだ。肩なぞ狙いおって…」

 

「お前の攻撃こそ、最初から最後まで殺意を感じなかったぞ。それにお前には、聞きたい事が山の様にあるからな」

 

「まあ、そうだろうな…」

 

 そこからは、ヴァルムの質問の嵐だ。

 

 何故自分の名を知っていたのか、死んだ筈のフリューゲルが生きているのは何故か、どうして急に襲って来たのか。

 

 そんな、何故、何故、何故と繰り返すヴァルムの鬱陶しい質問の嵐は全てスルーだ。

 

 その疑問の全ては、確かに俺の突発的な行動に起因するものではある。

 

 認めよう、悪いのは黒い感情を抑えられず、どちらが上かをはっきりさせたい等と言うガキの喧嘩レベルの動機でヴァルムに襲い掛かった俺だ。

 

 だが、悪いが今回は俺の都合を優先させてもらう。

 

 それらの疑問は、また次の機会に気が向いたら話してやると言う事で落ち着いた。

 

 納得はしてない様だったが、落ち着かせた。

 

 その上で、俺がステリア領に来た経緯と事情を掻い摘んで説明した。

 

 思えば、ここでヴァルムと会ったのは僥倖だった。

 

 確かヴァルムの父親は、ステリア領内の何処かの領地を治める代官役人だったと記憶している。

 

 ヴァルムがここにいると言う事は、ここはヴァルムの父親が治める地だ。

 

 ライトレス領の住民を奴隷として買った、商人と思しきあの小太りの男の処遇は、ヴァルム経由で丸投げ…任せるとしよう。

 

 ヴァルムには奴隷購入者の情報を伝え、俺の所持品からライトレスの紋章が入った小物を渡しておいた。

 

 自らの家紋の入った品を、己の証言の証として渡す。

 

 これは俺の話が嘘偽り無い事の表明であり、ヴァルムの父親も他家の紋章まで出されてはこの事案を無碍には扱わんだろう。

 

 うちの紋章を見たヴァルムは大層驚いていた。

 

「ライトレスか…嫡男が確か、俺と同じ歳だったな。名は確か、ローファス…お前がそうか?」

 

「よく知っているじゃないか。勤勉な事だ」

 

「お前の事は皆知っている。有名人だからな」

 

 ほう、どう有名なのか気になる所だな。

 

「それよりも、事情は説明した通りだ。ライトレス領へ帰る足が居る。そのワイバーンを貸せ。俺達を送り届けたら、そのままこの魔法から解放してやる」

 

 俺がワイバーンを見ながら言うと、ヴァルムは暫しの沈黙し、口を開く。

 

「…魔法から、解放…? 解放されるとどうなる?」

 

「恐らくだが、生命維持が出来なくなるだろうな。即死はないだろうが、長くは持たんだろう」

 

「そのフリューゲルに掛けた魔法は、いつでも解けるのか?」

 

「あ? まあ、解こうと思えばいつでも解けるが…」

 

 まあ、このワイバーンは自我が強過ぎて俺の支配下に無いし、影の使い魔として使役するメリットは無い。

 

 魔力を無駄に食うだけの厄介者など、直ぐにでも魔法を解いてやっても良いのだが。

 

 だが、少なくとも今はライトレス領へ帰る為の貴重な移動手段だ。

 

 ライトレス領へ戻るまでは魔法を解く気は無いぞ。

 

 ヴァルムは、フリューゲルを見ながら続ける。

 

「ローファスが魔法を解かなければ、フリューゲルはずっと生きていられるのか…?」

 

「…それはまあ、そう言う事になるが」

 

 俺はヴァルムを見据える。

 

 まさか、この状態で生かし続けろと言う気か?

 

 死んだ魔物を影の使い魔として使役する俺が言うのもなんだが、それで良いのか?

 

 俺ならば、己の死を捻じ曲げられ、他人の力で生かされる様な歪な生は死んでも嫌だがな。

 

 ヴァルムはその場で両手を地面に付け、頭を下げた。

 

「なら、可能なら魔法を解かないで欲しい。フリューゲルは、俺を庇って翼を折ったんだ…若竜で、まだまだこれからだったのに、俺の所為で…頼む、俺に出来る事なら何でもする」

 

 土下座し、悲痛の面持ちで懇願するヴァルム。

 

 物語で四天王最強と謳われた《竜駆り》のヴァルムの土下座。

 

 理由は分からんが、何故か見ていて不快感が込み上げて来る。

 

 不快感と、苛立ちが。

 

 俺はそんな、再び込み上げて来た黒い感情を、頭を振って散らす。

 

「分かったから頭を上げろ。土下座など、そんな見苦しい姿は二度と見せるな」

 

「…! すまない、感謝する…!」

 

「だから頭を下げるな!」

 

 生死の価値観は人それぞれだ。

 

 飼い主のヴァルムとワイバーンがそれで良いなら、俺が口を出すものでも無い。

 

 よく考えれば、ワイバーン一匹の魔力を養うだけで、ヴァルムに貸を作れるならば悪くない事だ。

 

 ヴァルムは、ワイバーンを一時的に貸し出すのを快く了承してくれた。

 

 ワイバーンが俺の言う事を聞くか不安だったのだが、ヴァルムの言い付けには従う様で、俺が騎乗しても暴れる様な事は無かった。

 

 ワイバーンに騎乗し、去り際にヴァルムに呼び止められる。

 

「奴隷売買の件、教えてくれて感謝する。あの豪商ギランは黒い噂が多々あったが、中々尻尾を出さず、父上も手を焼いていたんだ。今回の件で摘発まで持っていけると思う。本当に助かった」

 

「そうか。まあ精々頑張れ」

 

 ああ、あの小太りの男、そう言えばギランとか言う名前だったな。

 

 俺からすれば、他領の経営等に興味は無い。

 

 ライトレス領に迷惑を掛けない程度に対処してくれ。

 

 俺はそのまま飛翔し、ユスリカの待つ屋敷へと戻る。

 

 既に夜の闇は追いやられ、地平線の果てには僅かに陽の光が顔を出していた。

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