悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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読者の皆様、メリークリスマス╰(*´︶`*)╯♡


164# ハッピーエンド

 国境付近のスラム街。

 

 闇市場(ブラックマーケット)の古びたビル。

 

 その一階、受付フロアの奥の空きスペース。

 

 そこはスキンヘッドの厳つい男、シセン個人が使っている仕事スペースである。

 

 しかし現在、そこでは何人もの孤児の子供達がわいわいと賑やかに缶詰や黒パンを頬張っていた。

 

 いつからここは孤児院になったんだと、シセンは鼻を鳴らし、今日も今日とて受付を通る闇市場(ブラックマーケット)の客を見定める様に睨む。

 

「おい、何ジロジロ見てんだ。見せ物じゃねぇぞ。あ? 上? さっさと行け殺すぞ」

 

 いつもならもう少し温和な対応をするシセンだったが、この時は随分と気が立っていた。

 

 そんなシセンの後ろに、申し訳無さそうな顔のアマネが立った。

 

「悪いね、シセン。騒がしくしちゃって」

 

「…しゃーねぇだろ。ガキは騒ぐもんだ」

 

 アマネの謝罪に、シセンはぶっきらぼうにそっぽを向く。

 

 アマネや孤児らが暮らしていた廃墟は、帝国兵の襲撃により随分と荒らされ、住める状態ではなくなっていた。

 

 このスラムに寄る辺は無く、唯一頼れそうな存在は闇市場(ブラックマーケット)で顔馴染みのシセンだけ。

 

 とはいえ、シセンを頼ったのはアマネではない。

 

「それに、あの優男(ロメオ)との約束だからな…約束っつか、ほぼ脅迫だったが。まあ貰うもんは貰ってる。テメェが気にする事じゃねえ」

 

「あー…それも含めて悪かったって」

 

 気不味そうに目を逸すアマネ。

 

 精霊化によるアマネの救出後、ローファスに息が無いという連絡を受けたレイモンド達は、直ぐに中央都市へ向かう事となった。

 

 当初はアマネも共に中央都市へ連れて行こうと考えたレイモンドだったが、ショウ達孤児の存在を思い出す。

 

 帝国特殊部隊“武錆”に襲われた折、ショウ達を逃したは良いものの、その後会えていない。

 

 ショウの事だから安全な場所に一時避難しているとは思われるが、中央都市へ行くとなると帰って来るのが何日先になるかが分からない事から不安が拭えない。

 

 かといって、帝国軍の本拠たる中央都市へ向かうのに孤児達——足手纏いになり得る存在を連れて行くのは非常に危険。

 

 レイモンドは泣く泣く、アマネをスラムに残して行くという決断をした。

 

 ショウら孤児達を見つけ出し、訪れたのは闇市場(ブラックマーケット)のシセンの下。

 

 圧倒的な魔力をシセンに見せつけ、アマネと孤児達を一時的に保護する様脅迫——もといお願いをした。

 

 素性を隠していた為使う機会が無かった王国の金貨と、帝国では手に入りにくい何本かの魔法薬(ポーション)を手付金として。

 

 レイモンドは笑顔だが、断れば殺すと顔に書いてあった。

 

 シセンは断れる筈もなく、また報酬自体がかなり良いものだったのもあり二つ返事で快諾。

 

 アマネが知っている顔だったというのも大きい。

 

 とはいえ、分かってはいたものの、この姦しさは何とかならんのかと思わなくもない。

 

 シセンは溜息を吐く。

 

「…しかしあの優男(ロメオ)、まさか王国貴族だったとはな。テメェもとんでもねぇのを拾ったもんだな、アマネ」

 

「本当にね。王国で二番目に強いんだってさ」

 

「あ? そりゃ優男(ロメオ)が言ったのか? なんで一番じゃなくて二番なんだよ、流石にホラだろ。まあ王国貴族って時点で厄介ごとに変わりはねぇがな。そういや国境山脈の方で天変地異レベルの地響きやら馬鹿デケェ光の柱が上がってたが、まさか…」

 

「ああ、それレイとその友達だね」

 

「おいおい…軍も結構な数動かしてるらしいし。これ、相当やべぇ事に巻き込まれてんじゃねぇだろうな」

 

 もう少し吹っ掛けるべきだったか、とシセンは残念そうに肩を竦めた。

 

 

 帝国軍のとある兵舎。

 

 そこには先のステリア襲撃に関与した帝国空軍を中心とした帝国兵らが滞在している。

 

 拘留という名の待機命令。

 

 外部との連絡禁止、外出禁止——実質的な軟禁であった。

 

 先のステリア襲撃は、兵士として上から下された命令に忠実に従った。

 

 しかし上は、そんな命令はしていないと言った。

 

 諸君には他国襲撃というテロ行為に加担した嫌疑が掛けられている、と。

 

 お手本の様な蜥蜴の尻尾切り。

 

 納得など出来るはずもないが、しかし逆らう事も出来ない。

 

 ほぼ全ての帝国兵は人体強化の手術を受けた強化人間(サイボーグ)であり、定期的なメンテナンスを行わなければ活動停止するプログラムが組み込まれている。

 

 それは強大な力を管理する為のプログラムであり、反逆を抑制する機能。

 

 上に見捨てられたという事は、口にこそ出さないが誰もが感じていた。

 

 故に兵舎の雰囲気は、まるでお葬式の如く重々しい。

 

 しかし現在、兵舎はかつて無い程に——湧いていた。

 

 

「——リンドォォォォ!!」

 

「——オーガスァァァ!!」

 

 兵舎の屋外演習場にて、オーガスとリンドウがテーブルを起点に、互いの名を叫びながら腕相撲をしていた。

 

 その周囲を無数の帝国兵が囲み、野太い歓声を上げている。

 

 巨木の如き剛腕と、一見細身ながらも鍛え上げられた強腕が絡み合い、衝撃波の様なものを周囲に発しながら拮抗する。

 

 最終的には両者の力に耐え切れなくなったテーブルが粉々に砕け散り、引き分けとなった。

 

 両者共に全身から蒸気を発しながら、互いを賞賛する様に固い握手を交わす。

 

「やんじゃねぇかリンドウ! 変身無しでここまでヤれるとはなぁ!」

 

「テメェこそ、今手抜いてやがったろオーガス! 前はもっと馬鹿力だったじゃねぇか!」

 

「当たり前だろ、こんな所で本気出したら建物が吹き飛んじまうじゃねぇか」

 

「はっはぁ! 確かにそりゃそうだ!」

 

 高らかに笑いながらバシバシとど突き合う男二人。

 

 それをローファスとヴァルムは、遠目に眺めていた。

 

「それで…一体なんなのだ、あの暑苦しい空間は」

 

「俺に聞くな。確か、先の交戦で(ダチ)になったとか言っていたが」

 

「はぁ?」

 

 肩を竦めて答えるヴァルムに、ローファスは意味が分からないと眉を顰めた。

 

 帰国するから準備しろとローファスが連絡を入れた所、オーガスが行きたい所があると言い出した。

 

 先の戦闘で手に掛けてしまった相手に手向けの花を送りたいと言う。

 

 ローファスは何を似合わぬ事をと鼻で笑い、そもそも先の戦闘で帝国兵に戦死者は出ていない事を伝えると、オーガスは興奮した様子で会いに行くと言い出した。

 

 そしてオーガスが会いたいという相手——リンドウの居場所をローファスが帝国政府に確認し、そして現在に至る。

 

 因みにローファスの後ろでは、レイモンドがタブレットを片手に「騒がしくして誠に申し訳ない。絶対にトラブルは起こさせないから——」と、帝国政府に謝罪の連絡を入れている。

 

 そしてその横には、アベルの姿があった。

 

 崩壊寸前の身体は依然として健在。

 

 リルカにより飛空艇の船室に軟禁状態にあったアベルだが、それを哀れんだローファスが、気分転換でもしろと連れ出していた。

 

 寄り道したいというオーガスに付き添う形で帝国軍の兵舎を訪れ、数日ぶりに外の空気を吸ったアベル。

 

 アベルは少し驚いた様子でリンドウを見ていた。

 

「オーガスとリンドウが友達、か」

 

「…そう言えば、貴様からすれば少なからず因縁ある相手だったか」

 

「まあ、ね」

 

 ローファスの言葉に、アベルは薄く笑う。

 

 前回(・・)、リンドウは物理攻撃が効かないアベルを好敵手と認め、数多くの戦闘を繰り広げた。

 

 史実とは異なる道を辿った今回、リンドウとアベルは遭遇すらしていない。

 

 前回散々戦った相手ではあったが、ここまで砕けた様子のリンドウは初めて見る。

 

 悪友と笑い合うような、荒々しくも柔らかな雰囲気。

 

 好戦的に笑う以外に、そんな優しげな顔も出来たのか、と。

 

 そんな話をしていると、兵舎の方より、ある男が荒々しい足音を響かせながら近付いて来た。

 

 右目に眼帯を付けた隻眼の司令官——アザミは、若々しい顔に無数の皺を寄せながら、ローファス目掛けて突き進む。

 

「“死神”の孫、ローファス・レイ・ライトレスゥ! よもや貴様の方から顔を出すとはなァ! ここで会ったが百年目! さあ構えよ、ここからが我らの第二ラウンドだ! 前回の様に行くと思わぬ事——」

 

 怒りの形相でがなり立てるアザミ——その背後より音も無く現れたスイレンが、アザミの首元に鋭い手刀を入れた。

 

 刹那の間に意識を刈り取られたアザミは白目を剥いて脱力し、そのままスイレンに抱えられる。

 

 スイレンは無表情ながらも、何処か申し訳無さそうに頭を下げた。

 

「大変失礼した。見た目は若いが、これでも還暦を過ぎた老兵…更年期の所為か、感情抑制が機能し難いらしい。貴殿らの視界より即刻消える故、ご容赦願う」

 

 それだけ口にし、スイレンはアザミを引き摺って兵舎の中へと消えた。

 

 あれは確かカルロスの仇——と、アザミの姿を見たローファスは、思い出した様に眉を顰める。

 

 奴だけでも捕えてカルデラの前に転がしてやるのも一興か、とローファスが考えた所で、アベルの目からブワッと涙が溢れ出した。

 

「…!? え、ちょ、なんで…?」

 

 止めどなく溢れる涙に、当人のアベルですら理由が分からずに困惑する。

 

 ローファスは急に泣き始めたアベルに怪訝な目を向けながら、その頭上でゆらめく魔力の綻びに目を止めた。

 

「まさか、もう一人の貴様(・・・・・・・)か?」

 

「ん…あ、ああ、どうやらそうらしい…肉体を共有している事もあって、相棒(・・)が何かを思えば僕の身体も反応してしまうみたいで…」

 

「…泣く要素などあったか?」

 

「いや…分からない」

 

 アベルは意思に反して流れ出る涙を拭うと、その視線を頭上に向けた。

 

「一体、どうしたんだ…」

 

『だって、だって…リンドウやスイレンが生きて…まるで友達みたいに…』

 

 アベルにしか見えない青い火の玉(転生者)は、ぽつりぽつりと語る。

 

 ゲームではストーリーを進める為に倒す敵でしかなかった悪役。

 

 転生者からすれば、倒すしかない相手と割り切っていた。

 

 だから、アベルとその仲間のヒロイン達がみんな笑顔で迎える、シナリオ上の大団円(ハッピーエンド)を目指していた。

 

 全てのキャラクターが救われる未来なんて、そんな幻想はあり得ないと思っていた。

 

 元のストーリーの筋道を微修正して、シナリオに近しい形でより良いハッピーエンドを迎える。

 

 そうしなければ、未来を知っているというアドバンテージを失い、救えるものも救えなくなる恐れがあったから。

 

 でも、実際は元のシナリオから大きく離れた筋道を辿っている。

 

 その上で、転生者が思い描いていた以上の結果になっていた。

 

 二部の《第二の魔王》や四天王、そして三部の帝国軍は総じて生存しており、敵対もせずに穏やかに語り合っている。

 

 それは転生者にとって想像も出来なかった光景。

 

 ある意味それは、ハッピーエンドを超えた奇跡。

 

 転生者はふと、いつだったか夢に出てきた神の言葉を思い出す。

 

“お前の役割は終わった。もう何もしなくて良い。お前はこの世界の異物。お前が成す事は、全てがノイズと成り得る。余計な事をしなければ、お前の望む結末になるだろう”

 

 役割は終わった。

 

 余計な事をしなければ、望む結果——ハッピーエンドになる。

 

 本当にその通りになっている。

 

 自分とアベルがどれだけ頑張ろうとも、ここまでの結果は導き出せなかっただろう。

 

 役割は終わった——では、その役割とはなんだったのか。

 

 転生者は分からない、分からないが、きっともう本当に、何もせずとも全てが上手く回っていく。

 

 ラスボスであり全ての元凶である《闇の神》は完全に打ち倒され、この世界は救われる。

 

 皆が笑顔の、誰も悲しまない——より良い形の未来に繋がれる。

 

 ゲームのエンディングのその先、それ以上の未来へと。

 

 その未来を幻視した転生者は、自身の存在に亀裂が入るのを感じた。

 

 己という存在が希薄になっていく。

 

 これまで強く結びついていたアベルとの繋がりも、瞬く間に解けていく。

 

 ああそうかと、転生者は気付く。

 

 自分は現実世界で死んで、このアベルの肉体に転生していた訳では無い。

 

 死んで魂となった状態で、アベルに憑依していただけ。

 

 魂…謂わば幽霊の様な状態。

 

 生き返ってなどいなかった、元から死んでいた。

 

 魔法学園で魔法を学び、その原理を理解しても扱えなかったのも、それならば説明がつく。

 

 扱える筈がない。

 

 アベルの身体、アベルの魔力。

 

 全て他人のもの、自分のものなんて何一つそこにはなかった。

 

『——アベル、これから頑張って。あと、色々とごめんね…』

 

 それだけ言い残し、転生者——否。

 

 一つの異世界の死者の魂は、アベルの中から完全に消える。

 

 なんとも呆気無く、跡形も無く。

 

 魂の片割れとも言える存在の消失、その異変に、アベルは直ぐに気付いた。

 

「相棒…? おい、相棒!?」

 

 無論返答は無い、その相手が既に居ないのだから。

 

 これまで当たり前の様にそこにあった身近な存在が、無くなった。

 

 心にぽっかりと穴が空いた様な感覚、喪失感。

 

 突然取り乱し、叫び始めたアベルに、ローファスとヴァルムは眉を顰めた。

 

「何を一人で騒いでいる」

 

 冷ややかなローファスに、アベルは縋る様な目を向ける。

 

「相棒が…相棒が、居なくなった…消えたんだ…」

 

「はぁ?」

 

 ローファスは困惑の声を上げる事しか出来なかった。

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