悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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間話15# 黒髪の女中Ⅱ

 王国屈指の武闘派貴族——ライトレス侯爵家の固有戦力、暗黒騎士。

 

 そんな彼らに回ってくる仕事は、主に強力な魔物の討伐である。

 

 王国正規軍である騎士が処理出来ない程に強力な魔物が人里に現れた際に、精鋭たる暗黒騎士が投入される。

 

 暗黒騎士に求められる資質は、純粋な個人の武力。

 

 相手が如何に強大な軍勢であろうと、個で制するだけの圧倒的な力。

 

 力こそパワー。

 

 全ては圧倒的な力により解決する。

 

 一人一人が一騎当千の化け物集団——それこそが暗黒騎士。

 

 ひょんな事からそんな暗黒騎士に入隊し、訓練を受ける新人女騎士のユスリカは、早くも後悔していた。

 

 ある人に会いたくて、ライトレス領まで来て暗黒騎士への入隊を希望した——それが全ての間違いだった。

 

 暗黒騎士に求められるのは実力のみ。

 

 血筋も身分も必要無い。

 

 その入団試験の窓口は常に、全ての人に開かれており、文字通り誰であろうと受ける事が出来る。

 

 ただし入団試験を受ける敷居が低いのに対して、合格基準は恐ろしく高い。

 

 腕っぷしに自信がある村一番の力持ち、数多の騎士を殺害した超一級の指名手配犯、王国正騎士の実力者——そうした多くの者を、文字通り犯罪者ですら試験の参加を認め、そして悉く落ちる。

 

 当然の事。

 

 多少腕に自信があろうと、単独で軍勢を壊滅せしめるだけの力は無い。

 

 暗黒騎士に求められるのは化け物じみた一騎当千の実力のみ。

 

 無論、十代のうら若き乙女であるユスリカにだってそんな実力は無かった。

 

 でも、受かった。

 

 何故か受かってしまった。

 

 試験の成績は底辺だったが、何でも素質を認められたらしい。

 

 喜びも束の間、そこから地獄が始まった。

 

 文字通り鬼の様な教官による、死すら生ぬるい訓練の毎日。

 

 もう限界です、私には無理です、辞めさせてください。

 

 何度も訴えたが、聞き入れられた事はない。

 

 そんなユスリカに、鬼教官は高らかに笑って言った。

 

「弱気になるでない! お主には類稀なる素質がある! 己を信じるのだ我が弟子よ!」

 

「もう許してくださいぃぃぃ!」

 

 当然、許してくれる筈も無い。

 

 漆黒の甲冑に、翁の面を被った大男。

 

 非常に厳つい見た目ながらに、口調は穏やか。

 

 しかし訓練内容は恐ろしくスパルタ。

 

 泣こうが喚こうが関係無しに地獄を見せてくる。

 

 暗黒騎士の中でも上役のこの男、何やらユスリカを気に入ったらしい。

 

 この鬼教官に気に入られたら最後、一騎当千の実力者になるまで地獄の訓練を続けるらしい。

 

 そういった意味での教育はプロらしく、途中で絶対に死なせたりはしない。

 

 つまり死んで逃げる事すら許されない、正に生き地獄。

 

 そんな地獄の訓練だったが、ある日の早朝、鬼教官より訓練の終わりを告げられた。

 

 唐突な地獄の終わり。

 

 ユスリカは泣いた。

 

 感極まり、わんわん泣いた。

 

 やっと解放されるのだと。

 

 泣きじゃくるユスリカは、泣き止む間すら与えられず、荷物の如く抱えられて馬車に詰め込まれた。

 

 鬼教官も馬車に乗り込み、未だ目の赤いユスリカに書類を手渡した。

 

 道中で読めとの事。

 

 書類には、ある魔物について詳細な情報がびっしりと書かれていた。

 

 馬車には窓も無く、風景を楽しむ事も出来ない為、手持ち無沙汰もあり一通り目を通す。

 

 読み終え、それでも目的地には辿り着かない為、何度も読み返した。

 

 そして読み返しを七周もした頃、漸く馬車は止まった。

 

「ふむ、着いたか。出るぞ、此処からは徒歩じゃ」

 

「…一体何処に行くんです?」

 

「ハッハッハ」

 

 鬼教官は笑うばかりで答えない。

 

 ユスリカは恐怖する。

 

 一体何処へ連れて行かれるのか。

 

 地獄は終わったのではなかったのか。

 

 馬車を降りると、そこは見渡す限りの樹海だった。

 

 道は途絶えており、此処から先は道無き樹林を徒歩で行くという。

 

 ユスリカはひたすらに、鬼教官の後に続く。

 

 逃げようとは思わない。

 

 これまでに脱走を試みた事は一度や二度ではなく、その全てがこの鬼教官の前では無意味だった。

 

 無駄に体力を消費するだけと悟り、逃げる事は諦めていた。

 

 道中、鬼教官は口を開く。

 

「弟子よ。お主はこれまでの訓練を、地獄と称しておったのう」

 

「…はい。地獄でした。でも、それも終わりと思うと感慨深いです」

 

 ユスリカの言葉に、鬼教官はケラケラと笑う。

 

 ユスリカが眉を顰めると、鬼教官は笑い声を抑えた。

 

「そうかそうか。いや、すまんな。馬鹿にした訳では無い。じゃが——訓練が終わったから地獄も終わりとは、少々この世を舐め過ぎよのう」

 

「…はい?」

 

「これからお主は、暗黒騎士としてライトレスの影として生きて行く——なれば寧ろ、本当の地獄はこれからよ」

 

 不穏な言葉と共に、鬼教官は立ち止まる。

 

 見れば此処から先の樹林は、瘴気に包まれていた。

 

 地面も酷くぬかるみ、毒沼と化している場所もある。

 

 絶句するユスリカを尻目に、鬼教官は言う。

 

「暗黒騎士としての初仕事じゃ、弟子よ。この環境を作り出している魔物を討ち取って来い」

 

「討ち取ってって…これ、まさか——」

 

 ユスリカは顔を青くする。

 

 毒沼と瘴気という環境汚染。

 

 こんな事が出来る程の強力な魔物は、そこまで多くはない。

 

 そして、道中で見せられていた書類にあった魔物——それは正しく、この状況を引き起こせる存在であった。

 

 それは、英雄譚や御伽話に出てくる事もある程の強力な存在。

 

「——バ、バジリスク…!?」

 

「然り」

 

 バジリスク——体内に強力な猛毒を持ち、見たものを石化させる魔眼を持つ竜種。

 

 全身から絶えず毒粘液を出し、それが気化して瘴気となる。

 

 それはバジリスクに近い程、高濃度の瘴気が充満しているという事。

 

 対策を立てなければ近付く事すらままならない。

 

 仮に近付いたとて、バジリスクの視界に入れば即座に石化の呪いに掛けられる。

 

 その討伐難度の高さから、バジリスクは上級竜種に分類されている。

 

 上級竜種——魔物の中でも最強種とされる竜種、その中でもより強力な種。

 

 特にバジリスクはその殺傷性の高い能力から、過去に単体で小国を滅ぼしたという記録も残っている。

 

 討伐には歴戦の戦士を最低でも中隊規模で準備し、毒や石化の呪いの対策を固めて挑む必要がある。

 

 先程鬼教官より渡されたバジリスク解説の書類にはそう書かれていた。

 

「ま、まさか二人で討伐する気ですか!? 相手は上級竜種ですよ!?」

 

「いや? 討伐するのはお主一人よ。そもそも儂は、バジリスク対策をしておらぬ故」

 

「私だって対策してないですよ!? 絶対無理です! 死んじゃいます! 殺す気ですか私を!?」

 

 トチ狂った事を宣う鬼教官に、ユスリカは食い下がる。

 

 しかし鬼教官は断固として動こうとはしない。

 

 己が武器たる二本一対の漆黒の斧槍を地面に突き刺し、仁王立ちしてユスリカを見据える。

 

「問題無い、相性が良いからな。対策無しでもお主ならやれよう。それと、絶対無理などと口が裂けても言うでない。それは暗黒騎士になろうと決意したお主自身を否定する事。退くならばその先は無い。お主は何故、暗黒騎士としてここに居る? 想い人に会いたいが為ではなかったのか。ならば多少デカい蜥蜴一匹程度屠ってみせよ」

 

「…ッ」

 

 鬼教官の激励に、ユスリカは押し黙り、睨み返す。

 

 国すら滅ぼし得る上級竜種を蜥蜴扱い。

 

 そんな些事はどうでも良い。

 

 ユスリカが反応したのは、“想い人”という言葉に対して。

 

 ユスリカは俯き、火が点いた様に腰に下げた武器——二本一対のワンドを抜き放つ。

 

 そして片方のワンドの先を、鬼教官に向けた。

 

「…バジリスクは、手足の無い蛇竜種です。呼称するならば蜥蜴ではなく、蛇が妥当かと思います」

 

 それと、とユスリカは続ける。

 

「本当に余計なお世話です、色々と。次プライベートな事に口出ししたら、一発殴らせてもらいますから」

 

 ユスリカは言った。

 

 務めて冷ややかに、揺るぎない決意を胸の奥に秘めながら。

 

 殴ると宣言されながら、しかし鬼教官は満足そうに笑う。

 

「その意気や善し! 征けい我が弟子よ! 初戦で竜殺しなぞ、暗黒騎士でも中々無い偉業ぞ!」

 

 高笑いする鬼教官を背に、ユスリカは瘴気の満ちる樹林に飛び込んだ。

 

 

 バジリスクは、刃も通さぬ分厚く堅牢な鱗に全身を覆われており、竜種特有の高い魔力耐性も併せ持つ。

 

 鱗の隙間からは絶えず毒の粘液が滲み出ており、これが気化して瘴気と化し、泥に溶け込んで毒沼を形成する。

 

 瘴気は人が一吸いでもすれば半刻と生きられない程の強力な毒素であり、毒沼は触れた先から皮膚が焼ける様に爛れる。

 

 そしてその原液ともいえるバジリスクの毒粘液は、一滴で人間千人を死に至らせる程の非常に致死性の高い猛毒。

 

 近付く事すら容易では無く、近付けたとしても触れる事すら難しい。

 

 毒粘液が僅かでも皮膚に付着すればそれだけで死に至る上、見られただけで石化する。

 

 正しく理不尽。上級竜種に相応しい存在といえる。

 

 しかし致死性の瘴気の中を、ユスリカは物ともせずに駆け抜ける。

 

 ユスリカは最高位の神聖魔法の使い手。毒などの状態異常や呪いを癒すエキスパート。

 

「——《浄化(キュア)》、《浄化(キュア)》、《浄化(キュア)》——」

 

 《浄化(キュア)》は、魔力による毒などの状態異常を癒す力がある神聖魔法の基礎の一つ。

 

 バジリスクの毒は天然のものではなく魔力由来。

 

 故に《浄化(キュア)》により癒す事が可能。

 

 とはいえ、毒に対する耐性が付く訳ではない為、癒した先から体内に新たに入り込んだ瘴気により汚染を受ける。

 

 それ故の連続行使。汚染と浄化、絶え間無い激痛に耐えながら、ユスリカは走り抜ける。

 

 時には毒沼に足を取られ、飛び散った毒で鎧に腐食を負いながらも、バジリスクの元まで最短ルートで一直線に。

 

 毒の汚染を受けていない岩場を魔力を込めた足で踏み締め、ユスリカは大きく跳躍する。

 

 跳躍の先に見えるのは毒沼の中心でとぐろを巻く、毒々しい鱗を持つ大蛇——バジリスク。

 

 両手にそれぞれ持つ一対のワンドを握り締め、ユスリカはバジリスクへ飛び掛かった。

 

 そこは既に、バジリスクの視界。

 

 その直後、空中にてユスリカの身体は指先から石化が始まる。

 

 バジリスクの金色の目——石化の魔眼の効果範囲。

 

 ユスリカは呪いに蝕まれる苦痛に耐えながら、口を開く。

 

「——ッ《解呪(ディスペル)》…!」

 

 パリン、と硝子が割れた様な音が響き、ユスリカに掛けられていた石化の呪いは解ける。

 

 そしてユスリカはそのまま二本のワンドに魔力を込め、バジリスクの胴体へ全力の一撃を叩き込む。

 

 毒粘液の膜を超え、二本のワンドはバジリスクの鱗を捉えた。

 

 凄まじい衝撃——しかし、鱗は無傷。

 

 恐ろしく分厚く、堅牢。

 

 即座に身を引こうとしたユスリカだったが、直後、バジリスクの巨木の如き尾が横凪に振るわれる。

 

「——ッ!?」

 

 避ける間も無く、尾の直撃を受けたユスリカは吹き飛び、毒沼に転がった。

 

 その身はぐったりと脱力し、ゆっくりと沈んでいく。

 

 バジリスクは、特に感慨も無くそれを見ていた。

 

 警戒は無い。

 

 この人間は毒の粘液を纏う尾に触れた。

 

 当然の帰結。

 

 全身の骨は砕け、そうでなくとも原液である毒粘液に触れた時点で即死である。

 

 身の程知らずの虫ケラが死んだ、いつもの事。

 

 しかし、毒沼に沈み行くユスリカの口が僅かに動く。

 

「——《浄化(キュア)》」

 

 その一言で、体内を汚染する毒は一掃された。

 

 そしてゆっくりと起き上がる。

 

 今の尾の一撃により、数え切れない程の全身打撲と骨折、そして内臓破裂数カ所。

 

 口からはどろりと血反吐が出た。

 

 しかしそれでも動く。

 

 ユスリカは最高位の神聖魔法の使い手——中でも特に得意なのは、肉体の治癒魔法。

 

 ユスリカは常時、自身の肉体に治癒魔法を掛け続けている。

 

 故に如何なる傷を負おうとも、それが致命傷であろうと魔力が続く限り再生する。

 

 過剰ともいえる程の癒しの力が、ユスリカが死ぬ事を許さない。

 

 フルフェイスの兜が腐食により崩れ落ち、毒粘液に塗れた長い黒髪を掻き上げて後ろへ流し、ユスリカはバジリスクを睨む。

 

 それを金色の瞳で見据えるバジリスクは、僅かな動揺を見せた。

 

 何故立ち上がる、何故毒が効いていない。

 

 そんな相手、これまで会った事が無い。

 

「——《解呪(ディスペル)》」

 

 石化の呪いは、割れる音と共に無効化された。

 

 やはり効果は無い。

 

 ユスリカは再び、ワンドを構えてバジリスクに飛び掛かる。

 

 バジリスクは動かない。

 

 動く必要が無い。

 

 先程の一撃からも分かる。

 

 こいつの攻撃は、鱗を破れないのだから。

 

 しかしその余裕は——ユスリカの一撃を受けて崩れ去る。

 

 ワンドの衝突音と共に、バジリスクの口から苦悶の悲鳴が漏れた。

 

 堅牢な鱗は無傷。

 

 しかしどういう訳か、まるで芯に響くかの様な凄まじい衝撃を受けている。

 

「ああ、これは効くんですね。なら、確かに私でもどうにかなりそうです。相性も悪くない」

 

 微笑むユスリカ。

 

 ユスリカが持つワンドは、絶えず震動していた。

 

 それは鬼教官——師より教わった魔法。

 

 その効力は純粋な威力強化と——衝撃を内部に伝える事による内臓破壊。

 

 バジリスクは毒粘液の濃度を上げながら胴をうねらせ、ユスリカを睨み付ける。

 

 吹けば飛ぶ虫ケラだと思っていた。

 

 しかし違った。

 

 石化も毒も効かず、潰しても立ち上がる。

 

 バジリスクはユスリカを、明確な敵と定めた。

 

 そして大口を開け、強酸のブレスを放つ。

 

 それは高濃度に圧縮された胃酸の噴射。

 

 普段使わない、使う必要の無い奥の手。

 

 あらゆるものを跡形も無く、瞬時に溶かし尽くす必殺のブレス。

 

 ブレスの通過した後は、何も残らない。

 

 木々はくり抜かれた様に抉れ、地面は消し飛んだ。

 

 ユスリカの姿が無い事を確認し、バジリスクは満足気に唸る。

 

 油断——そんなバジリスクの下顎に、こつりと硬い物が添えられる。

 

 消し飛ばした筈のユスリカが、静かにワンドを突き上げて顎に押し付けていた。

 

「苦し紛れのドラゴンブレス——怒りで視野が狭くなっていますね。容易く懐に入れてしまいました。私が言えた事でもありませんが、実戦経験が致命的な程に乏しい。その理由は無敵とも言える瘴気に猛毒…まともに戦った事が無いのですね」

 

 驚きに目を剥くバジリスク。

 

 流れ落ちる毒粘液を浴び、ユスリカは《浄化(キュア)》で毒を癒しつつ、顎に押し当てたワンドに魔力を込める。

 

「師より教わったこの魔法に、正式な名称はありません。凄まじい震動と一緒に甲高い音が鳴り響くので、こう名付けました——《共震(フルート)》」

 

 ワンドより響き渡る笛の如き甲高い轟音が、バジリスクの内部——脳を揺らす。

 

 叩き付けではない為、その威力は軽度。

 

 脳を破壊するには至っていないが、それでも重度の脳震盪を引き起こす。

 

 白目を剥き、全身を震わせながらバジリスクはその場に横たわる。

 

 脳震盪による一時的な行動不能。

 

 その隙を見逃さず、ユスリカは頭部に飛び乗り、一対のワンド同士を打ち鳴らし、共鳴によりそれぞれの震動を増幅させる。

 

「敵を倒す時は技名を叫べ——これは師の教えですが、いざとなると出て来ないものですね。まあ型もない只の連撃なので、技も何もないのですが…」

 

 ぼやきながら、青天井に引き上げられた一対の破壊の力がバジリスクに振り下ろされる。

 

 絶え間無く、連続で。

 

 一撃では傷付かなかった堅牢な鱗も、繰り返し振り下ろされる激震によりひび割れ、遂には弾け飛ぶ。

 

 ワンドが振り下ろされる度に、肉は裂け、頭蓋は砕け、毒粘液と血、そして脳漿が飛び散る。

 

 バジリスクの頭蓋は完全に陥没し、それでもユスリカは連撃の手を緩めない。

 

 竜種は非常に強い生命力を持つ。

 

 一見して死んだ様に見えても、本当に死んでいるとは限らない。

 

 死んだフリをして反撃の機を狙っている場合もある。

 

 やるならば徹底的に、確実に殺さなければならない。

 

 《共震(フルート)》の連撃、振り下ろされた数が千にも及んだ頃——バジリスクの頭部が完全にミンチと化した所で、漸くユスリカは手を止めた。

 

 原型を留めぬ程の頭部の破壊。

 

 如何に生命力が強くとも、ここまで徹底的に破壊すれば如何なる手段を用いても再生は不可能。

 

 胴体もぴくりとも動かない。

 

 生命活動は完全に停止している。

 

 ここでユスリカは、ワンドを下ろしてほっと息を吐く。

 

 上級竜種バジリスク、討伐完了。

 

 足の力が抜け、血と毒、肉片と脳漿に塗れた泥沼にへたり込む。

 

 どっと疲れが押し寄せる中、顔に付着した血や毒粘液を拭い、ユスリカはぼそりと呟く。

 

「技名…《狂震乱舞》とかどうだろう…無いな」

 

「うむ、良い技名ではないか」

 

 へたり込むユスリカを、背後から見下ろす様に鬼教官が立っていた。

 

 未だ漂う瘴気をものともせずに。

 

 ユスリカは驚きもせず、対策していないのではなかったのかと眉を顰める。

 

「…なんで来れてるんですか。瘴気、まだ残ってますよ」

 

「息を止めておれば問題無い」

 

「そんな馬鹿な話、ある訳ないでしょう」

 

「それよりも天晴れであったな。初任務でバジリスク討伐——この上無き大金星よ。竜狩りという偉業を成し遂げた気分はどうじゃ?」

 

 鬼教官の問いに、ユスリカはぼんやりと曇り空を眺め、疲労により朦朧とした意識の中、ぽつりと答える。

 

「…湯浴みが、したいです」

 

 それだけ口にし、ユスリカは眠る様に気絶した。

 

 鬼教官は倒れるユスリカを慌てて支え、面の奥で目を丸くして見据える。

 

 この齢十五の少女は、たった今国すら滅ぼし得る上級竜種を単独で討伐するという不可能とも思える偉業を成し遂げた。

 

 その感想が、よもや湯浴みとは——

 

「こやつ、意外と大物やも知れんのう」

 

 眠るユスリカを抱え、鬼教官——当時(・・)暗黒騎士第九席(双槍の翁)ランベールは、しみじみと言った。

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