悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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間話23# 束の間の休日Ⅱ

 魔の海域を開拓中のフォル達の前に、三つ首の海洋竜シーサーペントは突如として現れた。

 

 通常の海洋竜シーサーペントの全長は、大凡10m程度。

 

 しかし三つ首の大きさは通常の倍以上。

 

 三つの頭、胴体は巨大過ぎて海中の尾の先が見えない程。

 

 その強さは、明らかに災害級。

 

 災害級との遭遇は、魔の海域の開拓を開始してから初めての事であった。

 

 三つ首が巨体を動かすだけで荒波が起きる——それは正しく災害。

 

 高波に煽られ、船は大きく揺れた。

 

 バランスを崩し、投げ出されそうになる船乗り達も居た。

 

 フォルは災害級を目の当たりにし、今の自分では絶対に勝てないと悟る。

 

 以前、カルロスが言っていた。

 

 災害級の魔物は非常に危険であると。

 

 人里に危害を加える実害のある魔物は、基本的には王国正騎士が討伐隊を編成して駆除にあたる。

 

 しかし災害級は、一般の騎士が討伐を断念する程の危険度——故に、“災害”と称されている。

 

 もしも災害級に遭遇したら迷わず逃げろ、そうカルロスより念押しされていた。

 

 それを思い出したフォルは、即座に船員達に呼び掛ける。

 

「——退くぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

 フォルの言葉に、ログを筆頭に船員達は一斉に動き出す。

 

 ログ舵を力任せにぶん回して進行方向を180度変え、船員総出で帆を畳みオールを握り締めて一斉に漕ぐ。

 

 即退避、強敵との遭遇への対応としては決して間違ってはいない。

 

 正しい判断——しかし、それで逃げられるかどうかは全くの別問題。

 

 三つ首の海洋竜は、フォル達探索隊を縄張りに侵入した獲物と認識し、船ごと喰らわんと凄まじい速度で追い縋る。

 

 六の眼を翡翠に光らせながら大口を開けて迫る三つ首。

 

 正しく絶体絶命の窮地。

 

 しかし三つ首の牙が船に届く事は無かった。

 

 その牙を遮る様に、船を巨大な水の籠が覆っていた。

 

 三つ首の鋭利で巨大な牙は、水の籠に衝撃を吸収され、完全に防がれていた。

 

 そこに現れたのは、今の今まで何処かへ姿を消していた水の精霊——ルーナマール。

 

 まるでフォルの危機を察知したかの様に現れ、見事に災害級の魔物の一撃を防いで見せた。

 

「お前…!」

 

 突然のルーナマールの出現に、フォルは驚き目を見開く。

 

 ルーナマールは、ローグベルトにてローファスと別れた際に現れて以来姿を見せなかった。

 

 驚くフォルに、ルーナマールは精霊語で“今のうちに逃げろ”と呼び掛ける。

 

 堅牢な水の籠も、翡翠の魔力を宿す三つ首の力に押され、遂には亀裂が入った。

 

 そう長くは持たない。

 

 船は船員総出でオールを漕ぎ、出し得る最高速度で撤退するも、どう見積もっても三つ首の方が圧倒的に早い。

 

 水の籠が破られれば、この船は一溜まりもないだろう。

 

 フォルの近くに控えるカルデラは、神妙な面持ちで自身の剣を見る。

 

 この探索はフォルの実力で成し遂げる必要がある。

 

 故にカルデラは、出来れば手を出したくはない。

 

 しかし目的を見失ってはいけない。

 

 最悪の結末は、道半ばでフォルが命を落とす事。

 

 その最悪の展開を防ぐ為に、カルデラはカルロスの命を受けてここに居る。

 

 ふとカルデラは懐より黒いハンドベルを取り出す。

 

 これは、万が一どうしようもない状況になったら鳴らせと、カルロスより持たされた魔法具。

 

 これは鳴らす事で、広範囲に特殊な魔力波を響かせる効力を持つ。

 

 それが救援の合図となり、魔の海域に放たれている影の使い魔が脅威を排除するべく黒いハンドベルの元へ集まる。

 

 その為に持たされた物。

 

 今が使い時か、そう思い黒いハンドベルを鳴らそうとするカルデラ。

 

 その瞬間——海面を揺るがす程の高密度の魔力波が発せられた。

 

 それは日光の降り注ぐ海上で、辺り一面が薄暗くなったと錯覚する程の暗黒の魔力。

 

 その暗黒の魔力波をもろに受けた三つ首は、まるで蛇に睨まれた蛙の如くぴたりと動きを止める。

 

 直後、海底より巨大な暗黒の触腕が現れ、三つ首の海洋竜シーサーペントの巨体に巻き付いた。

 

 三つ首は驚いた様に抵抗するが、海底より伸びる触腕は二本、三本と次々と数を増やし、その胴体を締め付けていく。

 

 圧倒的な力に抗えず、三つ首は最後の抵抗として三つの口それぞれから海底、触腕の本体に向けて翡翠のブレスを放った。

 

 これにより、触腕の締め付けが一瞬緩む。

 

 その隙に抜け出さんと全力で胴体をうねらせる三つ首だったが、海底より悪魔を思わせる低い雄叫びが響いた。

 

 触腕は暗黒の魔力が迸り、より図太く変化する。

 

 そして触腕の数も倍以上に増え、それら全てが三つ首を締め上げる。

 

 間も無く、三つ首の抵抗虚しく、圧倒的な力でもって海底へと引き摺り込まれた。

 

 フォル達探索隊の面々は、その光景を船上で呆然と眺める。

 

 身震いする程に強力な暗黒の魔力、それを肌で感じながら、ダイン以外の誰の目にも恐怖は無い。

 

 その場の多くの者が、その魔力を感じた事があった。

 

 故に恐怖は無いが、しかし皆一様に、その目には隠しきれない畏怖が滲んでいた。

 

「まさか、あれが“船食い”の悪魔…?」

 

 唯一事情を把握出来ていないダインが恐怖の面持ちで呟く。

 

 肩を振るわせるダインに、ログが安心させるように肩を叩いた。

 

「安心しろ。あれは味方だ」

 

「みか…は?」

 

 信じられない様子のダインに、ログは苦笑する。

 

 それを尻目に、カルデラが気遣う様にフォルに声を掛けた。

 

「助かりましたね…運良く若様の使い魔が近くにいた様です。それにあの水の精霊、もしかして小説にも登場していた——」

 

「運良く…本当にそうなのか?」

 

「…フォル様?」

 

 カルデラの言葉を遮る様にして疑問を口にするフォル。

 

 フォルは三つ首が引き摺り込まれ、未だ波立つ海面から目が離せず、じっと見据える。

 

 暗黒の触腕——ストラーフはもう姿を表さない。

 

 未だに残滓が残る暗黒の魔力。

 

 ローファスの存在を身近に感じた気がしたが、気の所為だったのだろうかとフォルは肩を落とす。

 

 ふとフォルは、直ぐ横に目を向ける。

 

 そこには青白く輝くタツノオトシゴ——水の精霊ルーナマールがふわふわと浮いていた。

 

「——お前、何か知ってるか?」

 

 縋る様な顔で問い掛けるフォル。

 

 ルーナマールは細長い尻尾を振り被ると、べちんと勢い良くフォルの頬を引っ叩いた。

 

 あだっ!? と、赤く腫れた頬を抑え、ビックリした様子のフォルを、ルーナマールは半目で睨む。

 

“久々に顔を見せたら第一声がそれか”

“先に礼を言え礼を、この未熟者”

“助けられておいてなんだその色ボケ面は”

“ライトレスの小僧の事なんて私が知る訳ないだろうが”

“馬鹿、阿呆”

 

 そんな意味合いが凝縮された精霊語を浴びせられるフォル。

 

 物凄く怒られた様な気分になり、フォルは肩を落とす。

 

「う、えと…ごめんなさい。その、助けてくれてありがとう」

 

 素直に頭を下げるフォルに、ルーナマールはふんっとそっぽを向く。

 

 精霊語が分からない他の面々はそのやり取りに付いていけず、目を丸くして見ていた。

 

 魔の海域の開拓は、まだまだこれから。

 

 

「——と言う訳でして、遺跡の調査は続けておりますが、現段階では殆ど分かっておりません」

 

 全面のガラス越しに映る海底遺跡をバックに、悩まし気に語るミルド。

 

 潜水艇の試運転時に偶然発見された海底遺跡。

 

 場所は魔の海域のど真ん中。

 

 テーブルには遺跡で発見された魔銀(ミスリル)製の彫像が置かれている。

 

「発見されたこの彫像を調査した所、この遺跡は最低でも千年以上前のものであると推察されるそうです。つまり千年の歴史を持つ王国よりも以前の文明の物であるという事であり、これは世紀の大発見です。《トレジャーギルド》の考古学者も目を輝かせながら——…ローファス様、大丈夫ですか?」

 

 ミルドは説明を中断し、ローファスの顔色を伺う。

 

 ローファスは海底遺跡を眺めながら、テーブルに運ばれてくる海鮮系の料理を楽しんでいた。

 

 しかしいつからか食事の手を止めており、その目は焦点が合っておらず、何処か上の空。

 

「坊ちゃん、やはり体調が…」

 

 後ろに控えるカルロスが心配の声を上げた所で、ローファスはまるで覚醒したかの様に目をぱちくりとさせる。

 

 そして何事も無かったかの様に食事を再開した。

 

「ふむ…この魚の煮付け、味は悪くないが脂っこいな。次からはもっと脂身が少ないものを用意しろ、ミルド」

 

「は、はい…かしこまりました」

 

 ローファスより指摘され、ミルドは言葉を詰まらせながらも恭しく頭を下げる。

 

 困惑するミルドとカルロスを尻目に、ローファスはふとガラス越しに遺跡を眺めた。

 

 海底に立ち並ぶ石柱、そして王国では見ない造りの建造物。

 

 どういう経緯で海底に造られたのか、或いは地上にあったものが何らかの要因で海底に沈んだのか。

 

 遠目から見るだけでは確定的な情報は得られない。

 

 しかしローファスは、その遺跡——建造物より神秘的な雰囲気を感じ取る。

 

 その雰囲気は、《初代の墳墓》に近い。

 

「…墓か、或いは——」

 

 ローファスはチラリと、その視線をテーブルに置かれた遺跡で見つかったという魔銀(ミスリル)の彫像に向ける。

 

 上半身が半裸の若い女、下半身が蛸を思わせる触腕という異形の彫像。

 

 何処か神聖な雰囲気を纏うその彫像に、ローファスは目を奪われる。

 

 目が離せない、そして僅かに精神を揺さぶられる様な不思議な感覚。

 

 ああ成る程、とローファスは一人頷く。

 

「——神殿か」

 

 ローファスの小さな呟きを、ミルドは聞き逃さなかった。

 

「何か分かったので?」

 

 食い入る様に身を乗り出し、問い掛けるミルド。

 

 いや、とローファスは肩を竦めつつ、椅子の背もたれにその身を預ける。

 

 そしてニヤリと口角を上げ、ミルドを見据えた。

 

「調査は程々にしておけ」

 

「は…それはまたどうして…? 世紀の大発見ですが…」

 

「まあ貴様からすれば宝の山だろう。止めはせんが、あれは貴様の手に余るぞ。過ぎた欲が身を滅ぼす事もあるだろう」

 

「は、はあ…」

 

 どうにも腑に落ちない様子のミルド。

 

 ローファスはふとその目をミスリルの彫像に向ける。

 

「ああ、因みにそれは呪物だからな。見る者を魅了する類の呪いが込められている。恐らく邪神像か何かだろう。扱いには気を付ける事だ」

 

「ええっ!!?」

 

 顔を真っ青にし、彫像から飛び退くミルド。

 

 冷や汗をダラダラと流しながら焦るミルドの姿に、ローファスは指を指して愉快そうに笑った。

 

 一時は様子がおかしかった事から心配したものの、いつになく機嫌の良さそうなローファスにカルロスはほっと安堵する。

 

 そんなカルロスに、ローファスは思い出した様に問い掛ける。

 

「時にカルロス…貴様の孫——カルデラは元気か」

 

 唐突なローファスの問いに、カルロスはキョトンと目を丸くし、首を傾げる。

 

「は、はあ、カルデラですか。お陰様で元気にやっております。今は任務に従事しておりますが…」

 

「任務か…まあそうだろうな」

 

「あの、カルデラが何か?」

 

「いや、ふと気になってな」

 

「…?」

 

 意味あり気に微笑むローファスに、カルロスはその意図が分からず首を傾げた。

 

 ローファスの頭痛は、いつの間にか良くなっていた。

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