悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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171# 抜け駆け

「え…リカちゃんとローファスって付き合ってるの?」

 

「そうなんだよ。父親としてはちと複雑だが…まあリカが幸せそうだし、玉の輿だし、いいかなって」

 

「はー」

 

 場所は飛空艇の甲板。

 

 その隅に座り込み、カナデとシグが話していた。

 

 現在飛空艇は、王都に向けて飛行している。

 

 飛空艇に乗っているのはローファスと暗黒騎士を除いた帝国襲撃組——《緋の風》の面々と四天王、アベル、そしてファラティアナ。

 

 ローファスは国王より直々に自領での謹慎を命じられている為、ライトレス領に残る事となった。

 

 ライトレスの固有戦力である暗黒騎士に所属するカルデラも同様に。

 

 謹慎といっても飽く迄表面上、帝国に対して体裁を保つ為だけのもの。

 

 とはいえ、あまり自由に行動しては謹慎を命じた国王の顔に泥を塗る事となる。

 

 国王より正式な許しが出るまでは、ライトレス領で大人しくしていなければならない。

 

 故に、王都に戻るのはローファスとその戦力である暗黒騎士を除いた面々だけである。

 

 因みに暗黒騎士であるシグは、崩壊寸前のアベルが聖女の下へ辿り着くまでの護衛——という形で同行している。

 

 実際の所は、兄妹水入らずで積もる話もあるだろうとローファスが取り計らったものである。

 

「…ていうか兄貴。なんでリカちゃんに父親って名乗り出てなかったの。ずっと近くにいたんでしょ?」

 

「ずっとつってもリカの存在に気付いたのは三年前で、暗黒騎士になったのもその後だし…いや名乗り出ようとはしたんだぜ? でもライトレス家ってガードがかなり硬くてなぁ。暗黒騎士になってからは仕事でそれ所じゃなかったし。超絶ブラックなんだよ暗黒騎士…」

 

「うわぁ…お疲れ。いやでも、可愛い女の子と一緒だったじゃん。ほら、魔王戦の時一緒だった。なんか懐かれてる感じだったし、兄貴も隅に置けないなー」

 

「あぁ、サイラの事か。いやアイツはそういう感じじゃないから、マジで。サイラは山育ちっつか、野生児なんだよ。出会ったばっかの頃なんて一人で服も着れなかったし、寝相だってクソ悪いし…」

 

「は…? ちょっと待って、まさか一緒に暮らしてるの?」

 

「仕方ねーだろ。アルバさんに教育係をやれ、24時間目を離すなって言われたんだから」

 

「いや、多分だけどあの娘、今のリカちゃんより若いよね? 娘より若い子と寝食共にしてるとかどうなの。元の世界だったら完全に犯罪…」

 

「ここ異世界だからァ! それと言っとくけどマジで何も無いからな!?」

 

「本当にぃ?」

 

 ドン引きするカナデに、全力で否定するシグ。

 

 何とも賑やかな兄妹の会話。

 

 それを見かけたホークはカナデ(アベル)を見て、あいつあんなキャラだったか? と首を傾げていた。

 

 

 船内の大部屋。

 

 窓際のテーブルにてアンネゲルトは一人、風景を眺めながら紅茶を嗜んでいた。

 

 王都までの道のりは長く、遂には風景を見るのにも飽き、手持ち無沙汰に紅茶をティースプーンでくるくると回していた所——ふとその対面に、フォルが座った。

 

「前、良いか?」

 

「…それ、普通は座る前に聞くものよ」

 

「あ、そっか。ごめん…ダメだった?」

 

「別に駄目ではないけれど…なによ突然」

 

 何ともそっけないアンネゲルトの対応に、フォルは特に気にする様子もなくにっと笑う。

 

「いや、用事があるって訳じゃないんだけど…話し相手が欲しくてさ」

 

「ああ、お付きの彼女はライトレス領に残ったものね。でもだからって、私を選ぶ事もないでしょうに」

 

「リルカは見当たらなくてさ。それにほら、アンネさんもローファスと結婚するんだろ? なら、長い付き合いになるだろうし」

 

「また愛称…まあ良いわ。それに気が早いわね。まだ決定した訳でもないし、無理に仲良くしようとしなくて良いわよ」

 

「無理にじゃない。アンネさんの事が知りたいんだよ。ローファスが好きになった相手がどんな人なのか、気になるだろ」

 

「…真っ直ぐね、眩しいくらい。本当に生意気」

 

 直視できないとでもいうかの様に、アンネゲルトは目を逸し溜息を吐く。

 

「そもそも貴女、どうして私達と一緒に来たの」

 

「? どうしてって?」

 

「私と違って、貴女はライトレス領に残っても問題なかったでしょう。ローファスの婚約者なんだから」

 

 オーガスやヴァルムは別として、アンネゲルトがライトレス領に滞在するのには色々と問題があった。

 

 それはアンネゲルトが、正式な婚約を交わしていない未婚の令嬢であるから。

 

 緊急時故に帝国への襲撃に参加はしたものの、本来であればそれも貴族の令嬢として褒められた事ではない。

 

 貴族社会は血筋に重きが置かれており、故に貴族の令嬢は純潔である事が何よりも求められる。

 

 何もなかったから良いではなく、そもそも疑われかねない行動を控えねばならない。

 

 故にライトレス家としても、正式な婚約が交わされていないアンネゲルトを滞在させる訳にはいかなかった。

 

 それ故の、早々の出立。

 

 しかし既に正式な婚約が交わされているフォルは、その限りではない。

 

 ローファスと共に残る選択をしても何の問題もなかった。

 

 しかし、どういう訳かフォルはそうしなかった。

 

 何故——アンネゲルトのその疑問に、フォルは笑って答える。

 

「アンネさんだって、ローファスと一緒に居たかっただろう?」

 

「何それ。まさか、私に気を遣ったつもり?」

 

「そんな大した事じゃないけど…でも、帝国と一緒に戦った仲だし。婚約者だからってアタシだけローファスの所に残るなんて、なんか抜け駆けするみたいでさ」

 

「ふぅん。律儀なのね」

 

 別に気にしなくて良いのに、とアンネゲルトは心の中で呟く。

 

 と、ここで《緋の風》のメンバーのエルマが船室に入って来た。

 

 室内を見回しており、まるで誰かを探している様子。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

 フォルが代表して聞くと、エルマは肩を竦める。

 

「…出発してからリルカが見当たらなくて。あの娘の事だから船から落ちたなんて事はないと思うんだけど」

 

「リルカか…確かに見当たらないな…」

 

 かく言うフォルも、つい先ほどまで話し相手にとリルカを探していた。

 

 結局見つからず、アンネゲルトの下に来た訳だが。

 

 ふと、大部屋の隅に座り槍を磨いていたヴァルムが声を上げる。

 

「リルカなら、出発直前に船を降りていたぞ」

 

「は?」

 

 露骨に眉を顰めるフォル。

 

 ああ成程ね、とエルマは溜息を吐いた。

 

「ローファスさんの所か。なら安心ね。心配して損した」

 

 もー言ってよねーと小言を言いながら、エルマは退室した。

 

 暫し、大部屋に静寂が流れる。

 

 アンネゲルトは頬杖を突き、片目を瞑り半目でフォルを見た。

 

「…抜け駆け、されたんじゃない?」

 

「あいつ…」

 

 フォルは口惜しそうに拳を握り締めた。

 

 

 ライトレス家別邸、客間。

 

 そこには商業組合取締役ミルドの姿があった。

 

 商人にとって情報は金塊よりも貴重なものであり、当然先の帝国との抗争に関しての情報も得ている。

 

 商人には所属はあっても、国境や領境はあってないようなもの。

 

 時に商人の情報伝達速度は、国家をも凌ぐ。

 

 とはいえ幾ら商人の優れた情報網といえど、ローファスが謹慎の命を受けて即ライトレス領に帰還するなど、分かる筈のない事。

 

 しかしミルドは、まるでローファスの帰還に合わせる様に訪れた。

 

 予知にも等しいその感覚は、ミルドの商人としての勘。

 

 ローファスとしてもテセウスとの戦闘で破壊された義手の修理が必要だった為、近日中にミルドと会うつもりではあった。

 

 にも関わらずまるで先回りする様にミルドが来訪したものだから、手間こそ省けたもののローファスからすればドン引きものである。

 

「貴様はいつから予知能力を使える様になったんだ、ミルド」

 

「はっはっは! そんな便利なものがあったなら、この世界はとっくの昔に私の手中にございますとも」

 

「少しは欲や野望を隠せ。全く、貴様と良いレイモンドと良い、どうしてそうも世界など欲しがるのか。統治するのにどれだけの手間が掛かると思っている。それに見合ったリターンがあるとも思えん」

 

「フフフ…どう世界をものにするかではなく、ものにした後の事を考える…それが容易くできる実力と知能を有しているからに他なりません。だから貴方は傑物なのです、だから貴方は素晴らしいのです!」

 

「あー、分かった分かった。トリップする暇があるなら義手を見ろ」

 

 学園に入学してからも度々連絡は取っていたが、こうして直接会うのは随分と久しい。

 

 だからなのか、ローファスを前に大はしゃぎのミルド。

 

 しかしローファスより破損した義手を見せられ、ミルドはギョッと目を見開く。

 

 義手は手首から先が失われており、当然核たる魔石が内蔵されていた甲の部分も無い。

 

「り、竜種の鱗並の強度を誇る装甲が、こうも跡形も無く…因みに、残骸の回収などは…?」

 

「残骸は無い。存在ごと消されたからな」

 

「消された…? 粉々にされたではなく? 相手は帝国の新兵器ですか?」

 

「いや…まあ、そのようなものだ」

 

 説明が面倒なのもあり、ローファスは適当に濁す。

 

「ふむ…帝国の商人とは交流がありますが、そんな兵器の話は聞いた事がありません。一般には出回らない秘密兵器でしょうか」

 

「…俺だから良いが、あまり他国の商人との関わりを口に出すな。王国法違反だぞ」

 

「これは失礼。確かに何処に耳があるか分かりません。以後控えましょう」

 

 当然控えるのは口にする事であり、帝国の商人との交流の方ではない。

 

「ここまで完全に破壊されているとなると、新しく作り直す必要がございます。少々お時間を頂戴する事になりますが…」

 

「構わん。材料や資金は融通してやる。より頑丈で優れたものを作れ」

 

「畏まりました。ローファス様も成長期真っ只中、少し見ない内に背も伸びていらっしゃる。良い機会ですし寸法の方も計り直し致しましょう」

 

 ミルドの付き人から身体の測量をされ、雑談もそこそこにこの日の会合は終えた。

 

 そしてふと、執務室のテーブルに、椅子が見えない程に積み重ねられた書類の山を目にしてげんなりと溜息を吐く。

 

 ローファスは学園入学以降も、念話や使い魔などを駆使してライトレス領の一部運営を継続して行っていた。

 

 しかし最近は《第二の魔王》の暴走や南方でのダンジョンブレイク、そして帝国との交戦と、立て続けにトラブルに見舞われ、その間の仕事が溜まっている。

 

 カルロスやユスリカが代理である程度整理してくれてはいるものの、それでもこの書類の山である。

 

 ライトレス領の十分の一程度の領地でこの仕事量…。

 

 レイモンドやミルドに問いたい。

 

 仮に世界を手中に納めたとして、その経営と執務は一体誰がするのかと。

 

 まさか君臨すれども統治せずでいく気だろうか。

 

 そんな至る所で内乱が勃発しそうな無法世界にする位なら、平等ではないにせよある程度拮抗が取れている今のままの方が良いだろうと、ローファスは内心で毒吐く。

 

 まあレイモンドの場合は、それでも叶えたい理想がある様ではあるが。

 

 キイ、と書類の山の向こうで椅子が軋む音が聞こえた。

 

 まるで誰かが座っているような。

 

 俺の椅子に座るなど何処の身の程知らずだ、とローファスは眉を顰めながら書類の山を回り込み、その誰かを覗き見る。

 

 そこにいたのは——

 

「あ。お帰り、ロー君」

 

「お前…」

 

 椅子に深々と座り、頬杖を突いてローファスを見上げていたのは、飛空艇でライトレス領を発った筈のリルカであった。

 

「凄い書類だね。まさかこれ、全部ロー君の仕事なの?」

 

「リルカ…何故ここに居る。他の連中も戻って来ているのか?」

 

「んーん。私だけ」

 

 リルカはにっと笑い、自分を指差す。

 

「ロー君と一緒に居たくて残っちゃいました」

 

「お前なぁ…」

 

「だってさぁ、最近二人きりで過ごす時間無かったじゃん? 愛人なのにさー」

 

「まあ…最近は色々あったからな」

 

「本当に色々あったね…中でも帝国は特に大変だったなぁ。帝国軍どころか《魔王》と戦う羽目になるんだもん。ラースとは違う《魔王》だったけど」

 

「お前には苦労を掛けた」

 

「…いいよ、ロー君の為だし。でも、埋め合わせはして欲しいかなー?」

 

「当然、落ち着いてからするつもりではあったが…何か俺にして欲しい事はあるか?」

 

 んー、とリルカは少し考え、思いついたとばかりにピンと人差し指を立てる。

 

「デート!」

 

「デート?」

 

「そ! デート行こ、デート! ダンジョンデート!」

 

「ダンジョン、デート?」

 

 なんだそのデートはと、ローファスは困惑する。

 

「甘味やコーヒーが美味い喫茶店や、人気なレストランではなくか?」

 

「ご飯系はいいかなー。ロー君の知ってる店ってかなりきっちりしてそうだし、作法とか厳しそう。私が行ってロー君に恥かかせたら嫌だしね」

 

「人目が気になるなら個室を取るが…しかし、よりにもよって何故ダンジョンだ」

 

「それは私が空賊——トレジャーハンターだから!」

 

「…よく分からん理由だな」

 

「要するに、冒険が好きなの。本当はロー君にも貴族を辞めてもらって一緒に世界のダンジョン巡りとかしたいんだよ? そしたらこんな面倒な仕事もしなくて良くなるし、変な柵もなくて自由だし、楽しい事ばかりだよ」

 

 それはリルカより以前にも言われた事。

 

 しかしローファスは、己の立場と責任に背を向けて生きる事ができない。

 

「お前と一緒なら確かに楽しそうだが…悪いな。俺は王国貴族ライトレス侯爵家の嫡男だ。当主としてこの地を継ぎ、その繁栄の礎となる。それが俺の生き方だ」

 

「ん、知ってる。そのお嫁さんになるのも、悪くはないかなって思った。でも、トレジャーハンターとして自由に世界を飛び回る——それが私の生き方。だから…」

 

「愛人、か?」

 

 リルカは微笑む。

 

「そ。世界を自由に飛び回って、その上でロー君とも一緒にいる。知っての通り、私は身勝手で我儘だからさー」

 

「ダンジョンか…一時とはいえ、その自由に付き合うのも悪くないかもな」

 

 ローファスはフッと笑い、観念したように肩を竦める。

 

「ライトレス領内にも上級ダンジョンがある。そろそろ間引きの時期だった筈だ」

 

「お、上級ダンジョン! 良いねえ! そこ行っちゃう?」

 

「そうだな。俺とお前ならそう時間も掛からんだろう。だが…」

 

 ローファスは億劫そうに書類の山に目を向ける。

 

「時に自由には、責任が伴うものだ」

 

「あー…ハンコ押すだけなら手伝えるけど…」

 

「そうだな…書類の内容を確認するから、お前は片っ端から押印を頼む。二人なら一時間もあれば終わるだろう」

 

「い、一時間!? この量を!? 流石ロー君、飛ばすねー…まあ付き合うよ。これもダンジョンデートの為だからね」

 

 そんなこんなで、二人は書類仕事に取り掛かった。

 

 そんなやり取りを扉の向こうで聞いていた女中——ユスリカは肩を竦めて踵を返す。

 

 トレイにはローファスの為に淹れたコーヒーポットとマグカップ。

 

 もう少し時間を空けてからコーヒーを淹れ直して来るとしよう、次に準備するのは二人分。

 

 気の多い主人にも困りものだと、ユスリカは軽く溜息を吐いた。

 

 因みに二人で取り掛かった書類仕事、リルカがローファスにちょっかいをかけたりお喋りをしたりと、何だかんだで二時間ほど掛かっていたという。

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