悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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20# エピローグ・ローグベルト

 ライトレス家本邸。

 

 ローファスは父親に呼び出され、書斎に来ていた。

 

 どこか不貞腐れた様に仏頂面を見せるローファスの前には、見るもの全てを萎縮させる冷酷な目の男が座っていた。

 

 ローファスと同じく黒髪に黒色の瞳、ライトレスの象徴である暗黒色の衣服に身を包んだ男。

 

 ライトレス侯爵家現当主——ルーデンス・レイ・ライトレス。

 

 ローファスの実の父親である。

 

「久しいな、ローファス」

 

 口調こそ穏やかだが、ルーデンスの漂わせる雰囲気には、触れるものを凍て付かせる冷たさがあった。

 

 ローファスは顔を顰めたまま、目も合わせずに表面上の挨拶を返す。

 

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 

 ルーデンスは、ローファスのこの態度を特に咎める事は無い。

 

 親子間のこの雰囲気は、今に始まったものでも無い。

 

「辺境の田舎に行ったそうだな。カルロスの報告書に目は通した」

 

「そうですか。では、私から説明する事は特にありません」

 

「私は、貴様の口から直接聞きたいのだ」

 

 ルーデンスの雰囲気に、圧が増す。

 

「左腕を、失ったらしいな。左眼の視力も。治療は困難なのだろう」

 

「ええ、まあ」

 

 ローファスの短い返答に、ルーデンスの目が細められる。

 

「…治るのか?」

 

「方法は探しますが、見つからなければ義手でも作りましょう」

 

「貴様は、自分が何者か理解しているのか? ライトレス家の嫡男と言う自覚が足りん。幾ら何でも、軽率が過ぎる」

 

 声こそ荒げてはいないものの、ルーデンスからは明確な怒りが伝わってくる。

 

「…以後、気を付けます」

 

 ルーデンスは更に追求する。

 

「他にもだ、ローファス。辺境の海での、禁忌魔法の行使。港町の商業組合から届けられた、船や大砲、大量のポーション等を購入した多額の請求書。ステリア領からもだ、さる高名な商人から、貴様に襲われたと苦情が来ている。貴様の迎えに出した暗黒騎士を、勝手に乱用したのも問題だ。他にも——」

 

 ルーデンスの説教の嵐に、ローファスはうんざりした様に深い溜息を吐いた。

 

 ルーデンスは言葉を止め、厳しい目でローファスを睨む。

 

「ローファス…」

 

「まだ話があるようでしたら、書面に起こしてカルロスにでも寄越して下さい」

 

 ローファスは踵を返し、書斎の扉へ向かう。

 

 ルーデンスは苛立った様に立ち上がった。

 

「戻れローファス。まだ話は終わっていない」

 

「…では、私の方からも何点か」

 

 ルーデンスに呼び止められ、ローファスは父親に対抗する様に睨み返す。

 

「何…?」

 

「辺境の代官役人の汚職…違法な重税に、住民の拉致、あの周辺では奴隷商も横行していました。監査官も買収されていた様です——無論、報告書でご覧になっているとは思いますが」

 

「それは報告を受けている。何が言いたい?」

 

「もう少しマシな統治をして頂きたい。苦しむのは民です」

 

 ローファスの言葉に、ルーデンスは目を見開く。

 

「ローファス…」

 

「では。あまり私が長居しては、母上や愚弟も恐がるでしょう」

 

「待て、ローファス!」

 

 ローファスは、ルーデンスの呼び止める声を無視して書斎を出た。

 

 冷たく閉じられる扉。

 

 ルーデンスは一人となった書斎で、力無く椅子に座り込み、長く深い溜息を吐いた。

 

「…あのローファスが、民を気にかけるとはな。これがカルロスが言っていた変化、か?」

 

 ルーデンスの疑問にも似た呟きに、答える者は居なかった。

 

 *

 

「——その時言ってやったのだ、“苦しむのは民だ”とな。あの時の父上の顔は傑作だった。貴様にも見せたかったぞ、カルロス」

 

 ライトレス家の別邸。

 

 広いテーブルに並べられた豪勢な食事。

 

 そこに一人座り、ローファスは気分良さげに話す。

 

 傍には微笑むカルロスが立っていた。

 

「御当主様も、坊ちゃんの成長に驚かれたのでございましょう」

 

「成長? 何の話だ」

 

「これまでであれば、民を気に掛ける事はありませんでしたから。色々とありましたが、ローグベルトでは良い経験をされたと…」

 

「民を引き合いに出せば父上は何も言えなくなるだろうと思い言っただけだ。誰が民の事なぞ気に掛けるか」

 

 感動した様に目頭を抑えるカルロスを、ローファスは鼻で笑う。

 

 そんな反応を見たカルロスは、やれやれと肩を竦めて見せる。

 

「素直ではありませんな、坊ちゃん。ファラティアナ様も平民ではありませんか」

 

 その名が出た途端、照明に照らされている部屋の影が、より色濃く陰る。

 

 ローファスは静かにナイフとフォークを卓に置き、黒と翡翠の双眸でカルロスを睨む。

 

「…フォルの事、父上に言ってないだろうな」

 

「私の口からは何も。ただ、報告書にはローグベルトであった事実を書き記しました。無論、ファラティアナ様の事も含めて」

 

「…余計な事は書いてないだろうな?」

 

「写しがありますが、ご覧になりますか?」

 

 カルロスは、待っていましたと言わんばかりに懐から報告書の束を取り出した。

 

 ローファスはそれを引ったくる様に奪い取ると、報告書に目を通し——額に青筋を立てた。

 

「…魔物討伐にしろ、クリントンの汚職にしろ、事細かく正確にまとめられている。見易く、非の打ち所が無い報告書だ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるカルロスに、ローファスは怒声を浴びせる。

 

「最後に書かれたフォルに関する記載が無ければな! なんだこれは!? 何処の恋愛小説だ!?」

 

 報告書の最後に書かれたファラティアナに関する記述——ローファスとファラティアナのやり取りを事細かに、そして時に情熱的に描写され、文面の最後を“燃え上がる身分差の恋! その行方は如何に?”で締め括られたそれを、ローファスは指差しながら怒鳴る。

 

 それに対し「力作です」とドヤ顔で胸を張るカルロス。

 

 ローファスは頭を抱える。

 

「…父上に提出する前に、先に確認するべきだったな」

 

「ええ、少々軽率でしたな」

 

「貴様が言うな!」

 

 報告書を乱雑に投げつけられ、それでも微動だにせず何処吹く顔のカルロス。

 

「父上はこんなものを読んだのか…?」

 

 ローファスはそれは深い溜息を吐き、不機嫌に頬杖をつく。

 

「……まあ、正直それどころでは無いのだな」

 

「ええ、実に難儀な事になりました」

 

 ローファスのぼやきに、カルロスは同意する。

 

 食事が並ぶテーブルの傍には、二組の書類が置かれていた。

 

 片や、港町の商業組合より送られて来た多額の請求書。

 

 そしてもう片方は、“ステリア領商業組合取締役《豪商》ギランからの苦情”と題されていた。

 

 

 *

 

 ローグベルト。

 

 宿屋裏の食堂で、宿屋の娘リリアが店番をやっていた。

 

 と言っても、客は居らず、店内は伽藍としている。

 

 昼時には午前の漁を終えた船乗り達で賑わいを見せるが、船乗り達が午後の漁に出れば静かなものだ。

 

 客の居ない店内には、店番のリリアの他に、ノルンやフォルの姿があった。

 

 ノルンは助け出されてから、リリアやフォルの助けもあり、外で過ごす事が多い。

 

 日中は主に、食堂で店番をするリリアの手伝い等をしている。

 

 軟禁され、落ちた体力も、少しずつだが戻りつつあるようだ。

 

 そして食堂にはもう一人。

 

 フォルも度々、漁の合間を縫って食堂に遊びに来ていた。

 

 そして今、フォルは奇声を上げながら床に転がり悶えていた。

 

「うがあーーー!」

 

 それを店番のリリアは冷ややかな目で見る。

 

「…またやってるよ。ローファス様が帰ってからずっとこの調子」

 

 ノルンは苦笑する。

 

「重症だね」

 

 リリアは溜息を吐く。

 

「そんなに好きなら押し倒せば良かったのに」

 

「押し倒す、に近い事はしたみたいだよ。告白してキスしようとして、それで…」

 

 言い難そうにノルンの言葉が途切れた事で、リリアは納得した様に頷く。

 

「ああ、フラれたのね」

 

「フラれてねえ!」

 

 起き上がったフォルが叫ぶ様に否定する。

 

 ノルンはそんなフォルを見てくすくすと笑う。

 

「でも、ローファスさんはまだ12歳よね? フォルの気持ちに応えるの、難しいんじゃない?」

 

「そう、なんだよな…アタシ、12歳の子供に告白して、キス迫って……あああ! アタシまじで何やってんだあああ!?」

 

 フォルはずーんと沈み、かと思えば、発狂した様に叫び出す。

 

 リリアは呆れた様に肩を竦める。

 

「情緒不安定じゃない…お客さんが来るまでには止めてよね、それ」

 

 伽藍とした食堂に響くフォルの声。

 

 ローグベルトは、今日も賑やかだった。

 

 *

 

 ローファスがローグベルトより本都に帰還して——三ヶ月。

 

 

 ステリア領。

 

 とある地下牢獄。

 

 手足を強固な鎖で繋がれ、厳重に拘束されているのは金髪の少年。

 

 物語においては四天王最強と目され、《竜駆り》の異名を持っていた者。

 

 ヴァルム・リオ・ドラコニスだった。

 

 雪国の牢獄は、吐き出す空気すら白く凍て付かせる。

 

「すまないローファス、しくじった…」

 

 ヴァルムの悔し気な呟きは、牢獄の冷たい闇の中に静かに溶けた。

 

 

 —— 一章(EPローグベルト)完 ——

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