悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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172# ネームド

 広大な国土を有する王国には、十二の上級ダンジョンが存在する。

 

 中央王都に一つ。

 

 北方ステリア領に一つ。

 

 西方ガレオン領に二つ。

 

 ギムレット伯爵家が統治する南方に二つ。

 

 その他、無数に点在する小領に五つ。

 

 そして東方ライトレス領に一つ。

 

 その内、暗黒騎士が派遣され管理しているのは七つ。

 

 上級ダンジョンの管理という大任を預かるのは、暗黒騎士の中でも最上位の実力者——“序列”を付けられた者達である。

 

 因みに、暗黒騎士が管轄していない上級ダンジョンは、各領の固有戦力などが管理している。

 

 万が一ダンジョンブレイクを起こせば国一つを容易く滅ぼすといわれている上級ダンジョン。

 

 当然、その管理もかなり厳重なもの。

 

 定期的な間引きと、下手にダンジョンを刺激しない為、入る人間も厳選される。

 

 原則として一般の者は立ち入り禁止。

 

 故に上級ダンジョンの入り口には、二十四時間体制で監視が付いている。

 

 ライトレス領の上級ダンジョンは、ライトレス家のお膝元という事もあり、“序列持ち”は常駐していない。

 

 基本的に魔物の間引きの時期を除いて、“序列持ち”の下部——ネームドの暗黒騎士が監視として常駐している。

 

 夜——上級ダンジョンの入り口を取り囲む様に造られた砦に、今日も今日とてネームド騎士である《爆剣》ホーエンは出勤した。

 

 生まれながらに高い火属性の適性を有し、野心と向上心も味方してその実力は伸びに伸び、暗黒騎士の入隊試験には一発合格、ものの一年でネームドへ任命されるという、シグ以来のスピード出世を果たした実力者。

 

 爆炎を巻き起こす独自の魔法剣を操る様から、当主ルーデンスより《爆剣》の二つ名を賜り、正しく向かう所敵無しの活躍振り。

 

 その実力の高さから、非常に危険な任務である上級ダンジョンの管理を任された。

 

 そんなホーエンですら、ネームドの中での実力は中堅クラス。

 

 もっともそれは、未だに経験の浅いホーエンからすれば納得し難い評価ではあったが。

 

 砦の通路に整列し、敬礼する暗黒騎士達に一瞥もくれず、《爆剣》ホーエンは風を切る様に歩く。

 

 通路に立っているのは未だネームドに至っていない暗黒騎士。

 

 それでも一人一人が災害級の魔物を容易く屠るだけの実力者達ではあるが、ホーエンからすれば兜を取る事すら許されていない雑魚——それこそ、目を合わせる価値も無い程の。

 

 燃える様な赤髪を靡かせながら、ホーエンは待機室に入った。

 

 ネームドであるホーエンの仕事は、上級ダンジョンに異変があった際に直ぐに対応出来るよう待機する事。

 

 ホーエンからして退屈極まり無い仕事ではあるが、暗黒騎士に下される仕事の中でも破格の報酬が用意される。

 

 上級ダンジョンの管理はそれだけ危険と隣り合わせであり、尚且つ重大な役割であるという事。

 

 待機室には、先輩のネームドが一足先に入っていた。

 

「…遅いぞホーエン。重役出勤出来る立場でも無かろう」

 

「黙れ。俺は俺よりも弱い者から指図されるのが何よりも許せないんだ、エニシ」

 

 小言を言われたホーエンは、苛立った様子でそのネームド騎士を睨む。

 

 両目を横断する様に刻まれた刀傷が特徴的な、坊主頭の盲目の男——《真眼》エニシ。

 

 大陸の僻地、僧国出身の騎士である。

 

 ホーエンより悪態を吐かれたエニシは、余裕とばかりに鼻を鳴らす。

 

「最近ネームドに上がったばかりの若造が生意気を言いよる。火力馬鹿には何を説いても無駄か」

 

「あァ? 爆ぜるか、目無しが」

 

「忘れたか。暗黒騎士同士の私闘は禁じられておる。その決まりが無ければ、今頃お主の胸には風穴が開いておる」

 

「貴様程度にそれが出来ると? やれるものならやってみろ、返り討ちにしてやる」

 

「当主ルーデンス様の名の下に私闘は禁じられておる。何度言えば分かる? 某を相手にそう息巻ける時点で、お主の実力など高が知れている。先ずは見極める“目”を磨く事だ」

 

「盲目の貴様が、言うに事欠いて目だと? やはり所詮は蛮族。辺境の小国出身が、道理を知る筈もないか」

 

「なんだと。よもや某の祖国を侮辱する気か? 続けても良いぞ。今日が命日でも構わぬならばな」

 

 両者殺気立ち、身を削ぐ様な殺伐とした空気が流れる。

 

 暗黒騎士は血気盛んな者も多く、こうした諍いは日常茶飯事。

 

 それ故にルーデンスより暗黒騎士同士の私闘は禁じられているものの、大して機能していないのが現状であった。

 

 こうした規律違反は、特に暗黒騎士になって日の浅い者ほど顕著に見られる。

 

 《真眼》エニシは、ルーデンスが異国へ遠征した際に見出した逸材の一人であり、実力は確か。

 

 一新された暗黒騎士の中では歴の長い方である。

 

 しかし対する《爆剣》ホーエンは暗黒騎士歴一年程度の新人。

 

 それでネームドに選ばれているのだから実力は確かなのだが、血の気の多さと目上にも構わず突っかかるその気性の荒さから、度々トラブルを起こしている問題児であった。

 

 これまではどれだけ挑発されようと規律の為と受け流してきたエニシであったが、祖国を侮辱されては捨ておけない。

 

 エニシは槍に手を伸ばし、ホーエンは腰に下げる剣の柄に手を掛ける。

 

 正しく一触即発。

 

 その瞬間、場の雰囲気が変わった。

 

 ネームドの二人の殺気により荒波の如く荒んでいた空気は、まるで波が引いた様に静まり返り、凪と化した。

 

 その変化にいち早く気付いたのは、盲目の騎士であるエニシ。

 

 目が見えない彼は、常人よりも感覚が研ぎ澄まされており、光の反射で見る以上に多くのものが見える(・・・)

 

 盲目ながらにあらゆるものを見通す目を持つ者——故に《真眼》。

 

 そんなエニシだからこそ、この変化を理解できた。

 

「闇霊が、消えた…否、逃げた…?」

 

「あァ?」

 

 エニシの呟きに、ホーエンは眉を顰める。

 

 エニシは時折、己の祖国の用語を口にする。

 

 霊とは即ち、王国でいう所の精霊や小精霊(エレメント)の事。

 

 しかしこの場に精霊は元よりいない。

 

 そして小精霊(エレメント)に至っては理論上存在するとされている架空の概念——それが王国での認識。

 

「意味の分からん事を。俺とやるのがそんなに怖いか」

 

「…この異様な変化に気付けぬ。だからお主は火力だけの阿呆なのだ、ホーエン」

 

「貴様…」

 

 ホーエンは苛立ちつつも、この変化の片鱗に気付いていた。

 

 闇霊とやらがどうのというのは訳が分からないが、空気感が明らかに変わった。

 

 寒気すら覚える異様な感覚。

 

 或いは、上級ダンジョンに異変があったのかと、自然とその入り口の方に意識を向ける。

 

 しかしエニシは否定する様に首を横に振った。

 

(そちら)ではない。外だ」

 

「…黙っていろ。貴様に意見は求めていない」

 

「先達の言葉には耳を傾けるものだ。時にホーエンよ。なぜ夜が暗いか知っているか。陽が沈んでいるから——だけが理由ではないぞ」

 

「あァ!?」

 

 突然意味の分からない事を語り始めたエニシに、ホーエンは声を荒げる。

 

 エニシは構わず続ける。

 

「陽の光が無くなった事で、闇霊が出てくるからだ。あれらは陽の光を嫌う故、日中は隠れておるのだ」

 

「先ほどから訳の分からぬ事を…! どうせ精霊——いや、小精霊(エレメント)の事を言っているのだろう。せめて王国の言葉で喋れ目無し坊主が」

 

「ふむ、こちらでは確か、“暗黒の小精霊(エレメント)”といったか。夜になるとこれらが無数に現れ、夜により深い陰りを落とす。だが、彼奴等はどういう訳か、たった今ここら一帯から全て散り散りに逃げ去った。なのに変わらず、この場の夜は変わらず暗い…何故だと思う?」

 

「…話にならん。だが異変があるのは確からしい。貴様の無駄話になど付き合ってられん」

 

 ホーエンは踵を返し、エニシを残して一人待機室を出た。

 

 エニシはフンと鼻を鳴らす。

 

「…帝国に向かわれたという話だったが、ご帰還されていたのか。生まれながらにその身に夜を内包する者——我らが若君よ」

 

 しかし何故このような辺境に? とエニシは首を傾げつつ、出迎える為に席を立つ。

 

 流石に己の主人を相手に無礼を働く事はしないだろうが、それでもあの新参者は信用ならない。

 

 エニシは槍を手に、ホーエンの後を追った。

 

 

 砦の通路にて、暗黒騎士達は整列していた。

 

 遮るものも無く、上級ダンジョンへと歩みを進めるのは一組の男女。

 

 成人して間もないと思われる黒衣の少年と、腕を組んで密着する小柄な少女。

 

 本来であれば、間引きの時期以外の上級ダンジョンへの立ち入りは誰であろうと許されない。

 

 にも関わらず、止める事もなく暗黒騎士達は整列し、敬礼の構えを取っていた。

 

 そんな馬鹿げた光景を見たホーエンは呆気に取られつつ、しかし(かぶり)を振って男女の前に躍り出た。

 

「止まれ貴様ら! ここから先が何処に繋がっているのか分かっているのか!?」

 

 行く手を阻んだネームド騎士——ホーエンを前に、男女は立ち止まる。

 

 少女は困惑したように眉を顰め、黒髪の少年は——鋭く目を細めた。

 

「ホーエン殿! 何をしておられるか…!」

 

「それはこちらの台詞だ無能共が! 何を勝手に入れている! 門番も碌に出来んのか貴様らは!?」

 

 敬礼していた暗黒騎士の一人が慌てた様子でホーエンを止めに入ったが、ホーエンは怒りの形相でその騎士を突き飛ばした。

 

 そしてホーエンはその男女——ローファスとリルカに目を向けた。

 

 ローファスが学園入学の為に王都へ発つのと入れ変わる形で暗黒騎士に入隊したホーエンは、目の前に居る人間がライトレス家の嫡男である事を知らない。

 

 しかしその異様な風格と雰囲気から、この少年は只者ではないとホーエンの本能が警鐘を鳴らす——のだが、持ち前の浅い経験がその感覚を鈍らせ、気の所為だと否定する。

 

 まるで極寒の吹雪に放り出されたかの様な寒気を感じるが、そんな筈はない。

 

 この若造が、それ程のオーラを放っている筈がない。

 

 一体それは、どこのライトレスだ。

 

「お前達、誰の許可を得てここを通ろうとしている。ここはライトレス家暗黒騎士が管轄する上級ダンジョンだぞ」

 

 言いながらふと、少年が纏う黒の外套に刺繍されたライトレス家の紋章が目に入り、ホーエンはああ、と目を細めて納得する。

 

 この紋章を身に付けているという事は、この若造はライトレス家の縁者で間違いない。

 

 恐らくは分家筋のボンボンだろう。

 

「…これは失礼、ライトレス家の縁者の方でしたか。しかし、ここから先は如何なるものも立ち入り禁止なのです。特に、女連れで来る様な場所ではない」

 

 じろりと少女に目をやり、少女は居心地悪そうにそっと少年の後ろに隠れた。

 

 少年はホーエンの顔をまじまじと見る。

 

「面無し…ネームドか貴様。知らん顔だ。新入りか?」

 

 己よりも遥かに歳の低い者から値踏みする様に見られ、尚且つ新人扱いされる。

 

 それに額に青筋を立て、怒りから口元を引き攣らせつつも、ホーエンは相手は分家だろうがライトレスだと己に言い聞かせて笑顔を作る。

 

「失礼ながら、貴殿が俺の事を知っていようが知るまいがどうでも良い。繰り返すが、ここはピクニック気分で来て良い所ではない。我々はライトレス家の当主様より命を受けてここにいる。如何に貴族であろうと、身勝手な我儘が通るとは思わない事だ。さっさと立ち去られよ。貴殿も、天下の暗黒騎士を敵に回したくはないだろう」

 

「ほう。“天下の”暗黒騎士か。それは恐い」

 

 少年——ローファスはニヤリと笑い、周囲を見回す。

 

 整列する暗黒騎士達は、ガクブルと震えながら全力で首を横に振っていた。

 

 ローファスは鼻を鳴らし、しかしと続ける。

 

「俺の愛人は物好きでな。ダンジョンに行きたいと言って聞かんのだ」

 

「ダンジョンデート」

 

「…ああ、そうだったな。ダンジョンデートだそうだ」

 

 リルカより訂正され、やや気恥ずかしそうに言い直すローファス。

 

 なんともふざけたやり取りに、ホーエンは怒りに肩を震わせる。

 

「おのれ…女の前だからと粋がるなよ若造が…! よもやこの俺が手を出さないとでも思っているのか。勘違いするなよ、退去命令に従わない者には武力行使による排除が許可されて——」

 

「ちぇあああああああ!!」

 

 ホーエンが怒りの形相で剣の柄に手を掛けた瞬間、後ろから飛び出して来た坊主頭の盲目の騎士が高速で槍を振るい、ホーエンを薙いだ。

 

 槍の強烈な横薙ぎを受けたホーエンは、受け身すら取る間もなくそのまま石壁にめり込んだ。

 

 ローファスの後ろに隠れていたリルカは「またなんか来た!?」とギョッと目を見開く。

 

 坊主頭の盲目の騎士はローファスを前にして姿勢を正し、敬礼の構えを取った。

 

「お久しゅう御座います、若君よ」

 

「貴様は、確か…エニシか」

 

「おお! 某の名を覚えていて下さるとは、恐悦至極」

 

「ネームドの顔と名は一通り記憶している。それ(・・)の事はよく知らんが」

 

これ(・・)は暗黒騎士になって日の浅い新参者でございます。知らなかったとはいえ若君に対する無礼、しかと目に致しました。処遇は如何様に致しましょう。首を落として見せましょうか」

 

「いや良い。今日ここに来たのはお忍びだからな。俺の顔を知らなかったのは少々不愉快ではあるが、侵入者への対応自体は間違っていなかった。まあ新人教育に努める事だ」

 

 御意、とエニシは敬礼する。

 

「ところで若君…ここへはどの様な御用で?」

 

「ああ、そろそろ間引きの時期だろう。折角だからリセット(・・・・)を掛けようと思ってな」

 

「ほう成る程。リセッ——リセット!?」

 

 刀傷で失われた目を見開き驚くエニシ。

 

 ローファスは大して気にした様子もなく、そのままリルカを連れてエニシの横を通り過ぎる。

 

「そういう訳だ。通るぞ」

 

「お、お待ちを若君。リセットとなると、某の一存では…」

 

「問題ない。アルバの許可は得ている」

 

「ひ、筆頭の…!?」

 

 筆頭の許可を得ている以上、エニシから言える事は何もない。

 

 上級ダンジョンへ繋がる通路を奥へと進むローファスとリルカを、エニシは見送る事しかできなかった。

 

「…エニシ殿。リセットとは?」

 

 暗黒騎士の一人が、疑問の声を上げた。

 

 エニシは槍を肩に掛け、お手上げとばかりに肩を竦めた。

 

「リセット——即ち、守護者(ガーディアン)討伐によるダンジョンの崩壊。若君はこれより、上級ダンジョン《堕天城》…またの名を、《城塞都市グレゴリオ》を攻略されるおつもりだ」

 

 苦々しいエニシの言葉に、暗黒騎士達は戦慄した。

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