悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜 作:黒川陽継
ライトレス領に存在する上級ダンジョン《堕天城》。
その入り口の形状は、先の見えない巨大な城門。
石造りながらに禍々しい雰囲気のその門は、見た者に不安と恐怖を与える威圧感を放っている。
常時開け放たれているこの門の先は、上級ダンジョンの内部——広大な異界に繋がっている。
そこで生まれる魔物は、一体一体が災害級に匹敵する程に強力な存在。
万が一ダンジョンブレイクを起こした場合、そうした災害級の魔物が山の如く溢れ出す。
それは正しく、国をも滅ぼしかねない災害。
それ故に上級ダンジョンは、中級や下級以上に徹底された管理が必要不可欠。
そんな度を越して危険な上級ダンジョンの入り口の前に、ピクニック感覚で訪れている一組の男女がいた。
他でもないローファスとリルカである。
「これがライトレス領の上級ダンジョン…! 壮観だねぇ…同じ上級ダンジョンでも、
「上級や中級、下級といった等級など、所詮は人が付けた後付けのものだからな。ダンジョンは正しく千差万別。同じものは一つとしてない」
と、ここでローファスはリルカの発言に首を傾げた。
「ん? 待て。その口振り…まさか上級ダンジョンに入った事があるのか? 王国では徹底管理されているだろう。部外者は入れない筈だ」
「あ」
口を滑らせてしまったと、リルカは口を塞ぐ。
「今の無しで」
「リルカ…お前まさか、勝手に入ったのか? 確かに不可視化と魔力遮断であれば、見張の目を欺く程度容易いだろうが」
「ち、違う違う。そうじゃなくてさ…ほら、王国にも一箇所あるでしょ。探索者組合が管理してる上級ダンジョン」
「あー…」
ローファスは思い出した様に顔を手で覆う。
王国の上級ダンジョンは一部を除き、ライトレス家の暗黒騎士が管理を行っている。
しかしその中で一つ、探索者組合が管理に関わっている上級ダンジョンがある。
上級ダンジョンは危険ではあるが、管理さえ間違えなければ高純度の魔石や魔法具が獲れる資源の宝庫。
しかし利益に目が眩んで下手にダンジョンを刺激し、国が滅んだでは洒落にならない。
故に基本的には国による管理——正確には王家より命を受けたライトレス家の暗黒騎士が管理を代行する形となっている。
とはいえ、上級ダンジョンから得られる資源は莫大。
民間の組織である探索者組合が、上級ダンジョンの管理に一枚噛ませろと王家に交渉を持ち掛け、名目上共同での管理を行う事となった——これが百年程前の事。
上級ダンジョンの管理が王家の近衛騎士からライトレス家の暗黒騎士に移行してからも、この慣わしは継続している。
その上級ダンジョンには暗黒騎士のネームドが数名常駐してはいるものの、確かに基本的な管理は探索者組合が行なっている。
だがしかし——
「探索者組合…部外者を入れているのか。これは問題だな」
「あーいや、もちろん誰彼構わず入れてる訳じゃないよ? 私達は《トレジャーギルド》にコネがあったから…」
「何故ここで《トレジャーギルド》が出てくる? あれは非公式の組織だろう…ああ、探索者組合と裏で繋がっているのか」
「繋がっているというか、元が同じというか。《トレジャーギルド》は探索者組合の裏の顔なんだよ」
ナイショね、とリルカはウィンクする。
「表では探索者をまとめ、裏では後ろ暗い非合法的な連中をまとめる、か…成る程、理には適っているな。確かにそれならば《トレジャーギルド》の情報網の広さにも頷ける」
「酷い言われよう…自由とロマンに生きてるって言って欲しいなー」
苦笑するリルカに、ローファスは溜息を吐く。
「実情は兎も角として、体裁上は一応うちと共同で管理をしている事になっている。
「…ねぇロー君」
リルカは手を絡め密着し、まるで誘惑する様にローファスの胸元を指先でつつく。
「聞かなかった事にして欲しいなー…なんて」
「…俺とお前で色仕掛けは無理があるだろう」
「あー、流石に今更感ある? …でも思い出して。今のロー君はライトレス家の嫡男じゃなくて、自由を謳歌する一人のトレジャーハンター。そうなれる様に、私も書類仕事手伝った訳だし? …ハンコ押してただけだけど」
「それもそうだが…俺がライトレス家の嫡男だから、この《堕天城》に問題無く来れているのだが?」
「小難しい話は後で考えよう! 今はほら、デートデート!」
冒険冒険! とローファスの手を引くリルカ。
「…分かった。今はお前と過ごす時間だからな」
「やったー!」
ローファスは溜息混じりにリルカに続き、二人は上級ダンジョンの門の中に消えた。
因みに後日、ローファスの指示により件の上級ダンジョンの管理に暗黒騎士が食い込む形で介入する。
そしてその結果、ダンジョンの管理に探索者組合以外にも各領地の商業組合の連合——商業連や一部貴族が関わっており、利権の温床と化している事が発覚。
これは王家を巻き込み割と大事になるのだが、それはまた別の話。
結果的には上級ダンジョンの管理の主導権を暗黒騎士が勝ち取り、ダンジョン内で得た利益や情報の一部を探索者組合や商業連に流す事で落ち着いたという。
*
《堕天城》——別名、城塞都市グレゴリオ。
ダンジョンの内部に広がるのは、巨大な城を中心に広がる都市。
かつて栄華を極めたであろう城や都市は荒廃し、誰一人として住民はいない。
城塞都市を支配するのは、漆黒の甲冑を纏う無数の騎士。
ライトレス家の暗黒騎士のモチーフとなった存在——堕天騎士。
高い魔法耐性と物理耐性を有し、達人が舌を巻く程に高い技術で武具を操る。
それは正しく、強靭な肉体と優れた武術を備えた一騎当千の猛者。
《堕天城》に足を踏み入れた者は先ず、この堕天騎士の軍勢と相対する事となる。
第一層、城下町市街区。
無数の漆黒の兵——堕天騎士に囲まれ、数多の剣や槍を受けながら、ローファスとリルカは何事も無く歩いていた。
攻撃の全ては、ローファスが展開する度を越して分厚い魔法障壁が何なく受けている。
「間引きも近いだけあってか、流石に数が多いな」
何とも億劫そうにローファスは言う。
気分は防護服越しに見る害虫の群だろうか。
リルカはといえば、ローファスから引っ付いて離れないでいた。
「やばっ! 恐っ! 多っ!」
「何を驚いている。上級ダンジョンには入った事があるのだろう?」
「全然違うよ! あそこにはこんなに魔物居なかったし! これ完全に激ヤバトラップ《モンスターハウス》じゃん! そもそもあの時も体験感覚で中に入れてもらっただけだったし。《
「魔物が居なかった? 間引きの時期以外に入ったのか…全く、どれだけ杜撰な管理をしている」
ローファスはやれやれと肩を落とし、
暗黒の奔流が市街地を飲み込み、それだけで周囲に群がっていた堕天騎士は一掃された。
——かに思われたが、実質半分も減っていない。
倒れ伏せていた堕天騎士らは鎧に損傷を負いつつも、よろよろと起き上がった。
「うそぉ…ロー君の
「相変わらず魔法耐性が高い。まあうちの暗黒騎士の甲冑の素材に使われる位だから当然だが」
言いながらローファスは、間髪入れず再び
これにより市街区に存在する堕天騎士は全て消え去った。
リルカはドン引きした様子で見ていた。
「なんか…ロー君が強過ぎて冒険感ないね」
「俺やお前では
「ロー君達みたいな人外メンバーと一緒にしないでよね。私はこんな大技をジャブ感覚で出せないから」
「別に大技でもないし、そう言うお前も大概だと思うがな」
「いや私は普通の人間だから。一般人代表ね」
「お前が一般人? はは、冗談が上手いな」
「冗談じゃないんだけど。え、もしかして私、ロー君に人外認定されてるの? うそ、なんで?」
「俺だけではない、ヴァルムの奴も言っていたぞ。
「それ褒め言葉じゃないよ!?」
どういう事!? と頭を抱えるリルカ。
そんな中ローファスはふと頭上を見上げ、口角を上げて笑う。
「ふむ、来たか」
「へ? 来たって何が?」
これまで二人に群がっていた堕天騎士は、一体一体が災害級の力を有していたが、それでもただの魔物。
ダンジョンには各階層に、フィールドを守護するフロアボスが存在する。
ずん、とローファスとリルカの前に、巨大な何かが降り立った。
それは市街区に並ぶ家の屋根より更に巨大。
背に漆黒の翼を背負い、分厚い装甲の鎧を纏った巨大な重騎士。
突然現れたそれを見上げ、リルカは目を見開く。
「き、巨人…!?」
上級ダンジョン《堕天城》、第一層城下町市街区フロアボス。
大堕天ネフィリム。
ローファスの魔法の前に散った無数の同胞達を見下ろし、ネフィリムは怒りの咆哮を上げた。
凄まじい声量が大気を揺るがし、衝撃波として市街区を駆け抜ける。
ネフィリムは怒りに任せ、家程もありそうな棍棒を振り上げた。
瞬間、ヒュンと風切り音が響く。
ネフィリムの巨木の如き首はズレ、そのまま頭が地に落ち、少し遅れて巨体が倒れた。
それを見物していたローファスは、呆れた様子で首を傾げる。
「上級ダンジョンのフロアボスは、うちのネームドですら手を焼く相手。それを瞬殺する奴が、一般人代表か?」
「いや…だってさ、急に出て来てビックリしたんだもん…」
「しかし真空の刃か、見事なものだ。デスピアの技を参考にした
「…まあそんな所。“凪断ち”はそのままだと規模が大き過ぎるからね」
言いながらリルカは、キョロキョロと周囲を見回し、付近に敵が居ない事を確認してローファスが展開する魔法障壁の外に出る。
そして動かなくなったネフィリムの巨体を指先でつんつんと突く。
「ロー君。私が倒したこれ、プレゼントしてあげようか。上級ダンジョンのフロアボスだし、使い魔として戦力になるんじゃない?」
「いや、いらんなぁ…」
リルカの申し出に、ローファスは何とも言えない顔で肩を竦める。
「えー、いらないの? そういえば他の兵士も暗黒に取り込んでないね。戦力になりそうなのに」
「俺が使い魔に求めるのは使い勝手の良さと特殊性だ。堕天騎士もそこのでかいのも、頑丈で武器の扱いが上手いだけだ。それを出す位なら魔法の弾幕を打った方が効率的だ。使い魔は魔力効率が悪いからな」
「ふーん。そういう感じなんだ? でもさ、いつか使える所があるかも知れないじゃん」
「確かにそうだが、利点は手数が増える位。展開する数を増やす分魔力消費も増える。元が巨大だと、使い勝手も悪いしな」
「あー、そういえば前
「ストラーフの事か。あれはでかい分繊細に扱わないと周囲に洒落にならない被害が出るんだ。だから今は魔の海域の番犬だ。以前ステリアで出した時は山脈の形を変えてしまってヴァルムに怒られたからな…」
「そりゃ地元荒らされたら怒るよ」
「まあしかし…そうだな」
ふとローファスはリルカの肩に手を掛けるとぐっと近くに引き寄せた。
「え、ええ!? なになにロー君、まさかこんな所で!? ダンジョン内でだなんてそんな…嫌じゃないけどちょっと恥ずかしいというか…」
「…何を誤解している」
抱き寄せられ、顔を真っ赤にするリルカにローファスは溜息を吐く。
そして可視化できる程に魔法障壁の密度を底上げした。
直後、遠方より飛来した一本の矢が、ローファスの魔法障壁に突き立った。
その矢は貫きこそしなかったものの、堅牢なローファスの障壁に弾かれる事無く、突き刺さり亀裂を入れていた。
「…たかがダンジョンと気を抜き過ぎだ。上級だぞ」
「な、何この矢…一体どこから…」
ローファスはスッと市街区を抜けた先に聳える城壁を指さす。
随分と距離がある為、リルカは《遠視》の魔法を用いてじっと城壁を見た。
城壁の上に無数に並ぶ刺々しい円錐の屋根。
その一つの屋根の上に、真紅の翼を広げる堕天騎士の姿があった。
紅翼の堕天騎士は身の丈程もある大弓を持ち、今正に矢を放たんと構えている。
「まさか、この距離で…」
「《堕天城》第一層、城下町市街区はフロアボスを倒した事で攻略された。そして次に待ち構えるのは第二層、城壁とそのフロアボス——紅翼堕天ザラキエル。そしてその取り巻きだ」
言うや否や鳥が羽ばたく様に、城壁より無数の翼を持った堕天騎士が飛び上がった。
続け様に、ザラキエルより放たれた矢が飛来する。
ローファスの障壁に、二本目の矢が突き刺さる。
「ひっ!?」
「市街区に居た翼を持たない堕天騎士は所詮下級。有翼の堕天騎士の方が本隊だ。第二層は定期的に飛来するこの矢を凌ぎながら、空から攻めてくる堕天の軍勢を相手せねばならない」
「何それ! めちゃくちゃ面倒じゃん! このダンジョン造った人絶対性格悪いって!」
「同感だ。ただまあ…」
ローファスは再び
暗黒の奔流を真正面から受けた空飛ぶ堕天騎士の軍勢は、羽虫の如く墜落する。
「羽が生えただけだ。基礎能力は羽根無しの堕天騎士と変わらん。制空権を取ったつもりだろうが、ただの魔法の的だ。矢の方も俺の障壁を貫く事はできん。俺達はただ、手でも組んで歩いていれば良い」
ローファスが手を差し出すと、リルカは微笑みぎゅっと抱き着いた。
次々と城壁から現れる堕天騎士は、ローファスが放つ魔法弾幕を受けて市街に落ちる。
矢の風切音と障壁に突き立つ衝撃、そして暗黒魔法を受けて次々と落ちていく堕天騎士。
それらを眺めながら、ローファスとリルカはゆっくりと市街区を歩く。
随分と殺伐としているが、これもまた刺激的でデートっぽくて良いかも知れない。
リルカは頬を染めながら、ローファスにくっついていた。