悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜 作:黒川陽継
六神の使徒は一人も欠けてはならない。
もしも一人でも欠けたなら、《闇の神》を討ち滅ぼす道は絶たれる。
光神の使徒であったアインベルの死は、実質的に六神側の——人類の敗北と言い換えても良い。
白の背景に、白の円卓。
そんな白一色の世界に、幾つかの色が落ちる。
それらは円卓を中心に収束していき、宝玉と化す。
集まったのは、白の宝玉、青の宝玉、赤の宝玉——そして、黒の宝玉。
それは、大凡千年振りの六神の集まり。
使徒の死亡という緊急事態に際し、光神が呼び掛けた事で集結した。
しかし、集まったのは光神を含めて四柱のみ。
風神と地神の姿は無い。
集まった四柱は、誰一人として口を開かない。
風神と地神が何故来ていないのか。
何故使徒であるアインベルが死んだのか。
これからどうするのか。
疑問、話し合うべき事が多い筈なのに、誰も何も言おうとしない。
永遠にも思える沈黙が続いたその末に、光神はその姿を光と共に球体から人へ——白髪の少年の姿へと変えた。
光神、王国初代国王アーサー・ロワ・シンテリオは、両手を円卓につけ、鎮痛な面持ちで頭を下げた。
「…すまん」
出たのは謝罪の言葉。
それに誰も答えようとせず、アーサーはひたすらに謝罪を続ける。
「皆、すまん…全ては儂の責任じゃ。アインベルから目を離した…離してしもうた…」
弱々しく謝る光神。
そんな光神に、黒の宝玉——暗黒神はゆっくりと近付く。
『…アーサー』
光神を呼ぶその声は酷く穏やか。
しかし良い知れない圧力が光神にのし掛かる。
そこにあるのは冷たい怒りと、光神に対する失望。
そして暗黒神は、その姿を球体から人のものへと変える。
それはまるで、人の形をした影。
闇よりも深い暗黒——深淵が人の形を成しただけのもの。
奇しくもそれは、ローファスが
暗黒神——アレイスターはアーサーの胸ぐらを掴んで引き寄せ、深淵の中で青白く輝く双眸で睨み付ける。
『アーサー』
アレイスターは再び名を呼ぶ。
地獄の底から響く様な低い声で。
胸ぐらを掴むその手は震え、明確な怒りがアーサーにも伝わる。
アーサーは力無く目を伏せ、小さく「…すまん」と口にする。
謝る事しか出来ないアーサーの姿は、アレイスターの怒りに油を注いだ。
『…何故、アインベルから目を離した』
「それは…レイモンドを…」
『それは、
「そ、そうではない…! ただ、儂は…」
今にも泣きそうな顔のアーサーを、アレイスターは突き飛ばすように胸ぐらを離した。
『レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン——確かに奴は、気高き理想を持っていた…まるで、かつての貴様を見ているようだったな、アーサー。子孫の生き様を己と重ね、絆されたか』
「…」
目を伏せ、何も答えられないアーサーにアレイスターは続ける。
『レイモンド——《第二の魔王》。奴は《闇の神》の
実際、使徒としての素養の高さだけでいうなら、アインベルよりもレイモンドの方が上であった。
しかし、使徒として選ばれたのはアインベル。
理由は単純、レイモンドの血に入っている《闇の神》の因子が非常に厄介であるから。
事実として
現在はアーサーが加護を与えた事で《闇の神》の因子の一部を封じ込めているものの、絶対ではない。
光神たるアーサーよりも《闇の神》の方が力は上。
《闇の神》を滅ぼす為の使徒として選ぶには、あまりにもリスクが高過ぎる。
『全てを救うなど、土台無理な話。故に
「…返す言葉もない。全て儂の責任じゃ。このままでは人類は滅ぶ…じゃが、エイス…お主なら、何か手を用意しているのではないか」
縋るように、懇願するように見るアーサー。
アレイスターはそれを、ゴミでも見る様な目で見下ろす。
『…我らは元より、志も思想も異なる者同士。それでも手を組んだのは、それが最も勝算が高かったからだ。信用していた訳ではない。貴様ら五人の内、誰かがヘマをやらかす事も当然考えていた。やるとしたらリリララかアーサー、そのどちらかだろうとな』
「…! で、ではエイス、やはり次の手を!?」
希望を見出した様に顔を上げるアーサー。
しかしアレイスターは視線を切り、背を向ける。
アーサーだけではなく、水神と火神——六神に対して。
『ヘマをやらかすとしたらリリララかアーサー…だが、貴様であって欲しくはなかったよ、
アレイスターはかつて友を揶揄う時に使っていた名を呼びかけ、改めて言い直す。
もう心底愛想をつかしたとばかりに。
『使徒が一人欠けた以上、もう六神に勝ち目はない。そうなった時の
「な、何か儂らに出来る事はあるか」
『無い』
アレイスターは冷たく拒絶する。
『この後に及んでは、もうタイミングも何もない。受肉するなり何なり好きにやれ。だが、俺の邪魔だけはするな。もし邪魔と判断した時は、誰であろうと容赦無く潰す。これは貴様らに対する警告だ——ミネルヴァ、エリファス』
殺気にも似た威圧を受け、アーサーは悲しそうに押し黙る。
火神——エリファスは無言。
そのまま立ち去ろうとするアレイスターに、水神——ミネルヴァが声を上げた。
『…エイス』
ミネルヴァの呼び掛けに、アレイスターは振り返らず、しかし歩みを鈍らせた。
こうなってしまった以上、アレイスターは止まらない。
今はただ、かつての付き合いの義理でミネルヴァの声に耳を傾けているだけ。
それを理解しているからこそ、ミネルヴァも引き止めたりはしない。
ミネルヴァが気にしているのは、もっと別の事。
『リリララとアヴァロが来ていません。何か知りませんか、エイス』
『…アヴァロは元よりやる気がないだろう。リリララは知らん』
『冷たいですね。かつての仲間と教え子ではないですか』
『…千年も昔の話だ。今となってはどうでも良い』
それだけ口にし、アレイスターは霧散するように姿を消した。
その後を追うように、ミネルヴァも姿を消す。
残され、項垂れるアーサー。
その首根っこを、獣の如き腕が掴み上げる。
アーサーは宙ぶらりんになり、半べそをかきながら顔を上げる。
そこには、蒼炎を纏う長身の魔人が居た。
頭には山羊を思わせる一対の捻れた角、蒼炎の立髪、鍛え上げられた半人半獣の身体——その姿はアーサーからすれば懐かしき、火神エリファスの生前の姿。
「エリ、ファス…」
顔を真っ赤にして鼻水を垂らすアーサーを、エリファスは呆れ顔で見ていた。
『…分かっていた』
「え?」
『《神託》が無いお前は、強大な力を持っただけの夢見がちなガキだと』
「ひ、酷い言われようじゃ…」
『事実だろう。この結果を見れば明らかだ。アレイスターが愛想を尽かすのも分かる』
「エリファスぅ…」
ぐうの音も出ず、ポロポロと涙を溢すアーサー。
流れた先から光の粒子となって霧散するその涙を、エリファスはぶっきらぼうに拭ってやる。
『さてアーサー。これからどうする』
「…どうするも何も、エイスは邪魔するなと」
『アレイスターは関係ない。俺は、お前がどうしたいのかと聞いている』
エリファスはアーサーを下ろし、しゃがみ込んで少年の姿であるアーサーの目線に合わせる。
『お前は昔から、理想ばかりを語るガキだった。争いの無い平和、全ての種族が手を取り合って笑い合える世界——実現など出来る筈もない綺麗事ばかり』
しかし、とエリファスは続ける。
『少なくとも俺は、その理想に憧れた。ガキのような、純粋で穢れのない理想。良いか、俺はお前だから協力したんだ。アレイスターじゃない、お前だからだ』
アーサーは目を見開く。
「儂、だから…」
『そうだ。それにお前の失敗は今に始まった事ではない。《神託》があった頃でさえ、お前は間違えてばかりだった』
「えっ…」
『お前の訳の分からん思い付きに、一体どれだけ振り回された事か。よくアレイスターや俺がブチキレていただろう』
「い、いや…え? 儂、そんなに酷かった…?」
『酷いなんてもんじゃなかった。お前がやらかしたポカの尻拭いに奔走する毎日。だがそれでも、俺達“連合”は一つだった。思想も習慣も異なる数多の種族や部族が、《闇の神》打倒という一つの目標の為に手を取り合っていた。それが実現出来たのは…アーサー、お前がリーダーだったからだ』
「…!」
『どれだけの絶望を前にしようと、お前の目から光が消える事は無かった。だから皆、お前を信じてついて行ったんだ。あのアレイスターでさえな』
エリファスは煌々と赤く燃ゆる炎の瞳で、じっとアーサーを見る。
『だから、たとえ間違えても、お前だけは下を向くな。顔を上げて光を見ていろ』
お前がやらかしたポカの尻拭いは引き受けてやる、とエリファスは胸を叩く。
そして目を細め、姿を消したアレイスターの後を追うように見た。
『アレイスターの奴は心底気に食わん。何もかも一人でやれると思っている。そんな傲慢な所が、どうしようもなく鼻に付く。なまじ大概の事をやり通せてしまう力があるものだから始末が悪い——しかしだからこそ、放ってはおけない』
エリファスは思い出すように言う。
『《魔王》グラとの戦いの時もそうだった。一人で突っ走って…あの時はミネルヴァが助けに入ってどうにかなったが、今回はそうもいかんだろう。相手はあの《闇の神》だ。以前のように、皆で団結しなければ勝ち目はない』
「そうじゃな…その通りじゃ。それに、リリララとアヴァロが応答せんのも気掛かりじゃ。あ奴らの事じゃから、万が一にも《闇の神》の手に堕ちたとは考え難いが」
『リリララは自分の使徒に傾倒して神力がかつかつのようだし、かと思えば姫巫女も妙な動きをしていたし…全く、あいつらは何を考えているのか…』
アーサーがエリファスと悩ましげに首を傾げていると、白の世界にノックが響いた。
そして虚空に浮き出た純白の扉が、がちゃりと開く。
ここは光神アーサーの世界。
部外者の侵入など、本来ならばあり得ない事。
突然の出来事に、アーサーとエリファスは身構える。
扉が開かれ、入って来たのは2人の思いもよらぬ人物だった。
その人物は長く伸びた髭を撫で、驚き固まるアーサーとエリファスを見るとにかっと笑い手を上げる。
「おお、偉大なる初代と…その出立は火神様かの? いやあ、ご無沙汰じゃ!」
「『アインベル!?』」
驚きの声を上げる二人に、アインベルは笑う。
「どうしたんじゃ御二方。死人でも見るような目をして」
「お、おおお、お主…生きておったのか? 繋がりが消えたからてっきり死んだものと…うん? しかし確かに遺体は残されていた…あれはフェイクか?」
「いや? 儂はちゃんと死んどるよ。お陰で儂はもう
「ぬぅ?」
死んだというアインベルだが、霊体——所謂ゴーストになっている訳ではない。
そこには確かに肉体がある。
しかし確かに、アインベルの気配は人のそれではない。
身体を構成するのは高密度の光の魔力——まるで精霊のような。
意味が分からず、アーサーは首を傾げ、エリファスは眉を顰めて問う。
『説明しろアインベル。一体何があった、誰にやられた』
「そうじゃのう…何から説明したものか。まあ順を追って言うとしよう。先ずは儂を殺した者、それは——《魔王》ラースじゃ」
「なんじゃと…」
《魔王》ラースの足取りを、六神側は掴めていない。
ただ確かな事は、魔力を別けて生み出した配下が、立て続けにローファスにより撃破されて力の大半を失っていたという事。
故に前回のように《四魔獣》による大乱は起きていない。
《魔王》ラース——千年前の名はイーラ。
始まりの魔王にして、最も《闇の神》に近い存在。
魔王序列一位、《共感の魔王》。
持ち前の《権能》により《闇の神》の勢力拡大に貢献し、六柱もの《魔王》を作り出した。
断じて甘く見て良い相手ではないが、それでも魔力の大半を失い、どう足掻いてもアインベルを殺せる程の力はなかった筈。
一体なぜ、どうやって。
そんなアーサーとエリファスの疑問の眼差しに、アインベルは苦笑する。
「そんなに見られても、大した事は話せんよ? マジでただ油断を突かれただけじゃからのう。まあそうなる事は決まっておったようじゃが…それよりも、風神様と地神様の事じゃ」
「『——!?』」
どうしてアインベルの口から、呼び掛けに応じなかった二柱——風神と地神が出てくるのか。
二柱が呼び掛けに応じないと発覚したのは、つい今し方の事であり、当然アインベルは知る由もない筈。
よもや二柱に何かあったのかと身構えるアーサーとエリファスだが、アインベルは落ち着いた様子で言葉を続けた。
「結論から言おう。かの御二方——風神リリララ・ル=シエルと地神シュー・アヴァロは《闇の神》を討ち滅ぼす為、ローファス・レイ・ライトレスを全面的に支援する…という流れになるそうじゃ」
アインベルの口振りは、まるで誰かから未来の予言でも聞いたかの様。
奇しくもそれは、かつて《神託》を得た時のアーサーの口振りによく似ていた。
*
王弟、アインベル・ロワ・アズダールの死は、王国に大きな波紋を呼んだ。
目立った外傷は見られず、魔法的な痕跡も無し。
病の既往も無く、突発的な病死というのも考えにくい。
これは公にされた情報ではないが、首筋に虫刺されの様なものがあり、遺体からは毒物らしきものが検出された。
これにより何者かに暗殺されたものとして、現在近衛騎士が秘密裏に捜査を進めている。
以上が、シグから伝えられた情報であった。
虫刺され——その報告を聞いたローファスは、直感的にラースの顔を思い浮かべた。
ラースは現在ライトレス領にて、養蜂場の管理を担っている。
確か、ハチミツを多く採取する為に蜂の品種改良にも携わっていた。
しかしラースには使い魔を憑けており、24時間監視態勢にある。
怪しい動きがあればローファスに報告が来るし、最低でも日に一度は使い魔と視界を共有してラースの様子を確認していた。
ラース本人に怪しい所はない。
魔力も殆ど失っており、下級魔法すら扱えず、魔力が回復する兆しも無かった。
やはりアインベルの死は別の者の仕業か。
しかしたとえば、品種改良により毒性に特化した蜂を生み出し、それを遠隔により使役する術を持っているとするなら——
それが可能なだけの魔力も残されていないかに思われた。
それ程までにラースの魔力量は失われていた。
だからローファスは、ラースはもう何も出来ないと断じて飼い殺す選択をした。
かつてアベル達に無惨に殺された、その経験を同じくする存在に強く
とはいえ——
疑念が晴れず、ローファスはラースの事を直接確認する為、片目——半分の視界を使い魔に接続した。
映し出されたのは、今や見慣れたラースに与えられた部屋。
ローファスの好みに寄せてか、黒系統の装飾が多いシックな雰囲気。
そこでラースはこちらに気付きもせず、一心不乱に念話結晶に向けて話し掛けていた。
「——違う違う、そうではなくて、今後は貴族や富裕層をターゲットにしていくという話だよ。これまでは葡萄——“ライトムーン”が一番の売れ行きを誇っていたが、人は飽きる。ブームは必ず去る。次の覇権を握るのは僕達、“ムーンフェイス養蜂場”さ。その名の通り、
フハハハと、まるで悪のフィクサーの如く高らかに笑うラース。
もっとも、話している内容はゴリゴリに商売の利権の話。
話し相手は養蜂場の上役か、商業組合の役員だろうか。
売上の為に経営者として敏腕を振るう——その姿からは、とても良からぬ事を企んでいるようには見えない。
いや、以前話していたライトレス領の経済を握るという計画——所謂ステリアでのギランになる為の企みは着々と進行中のようではあるが。
ラースが念話を終えた所で、ローファスは声を掛ける。
『おい』
「うわっ!? ろ、ローファス…? もう、君って奴は毎度毎度…急に話し掛けられるとびっくりするじゃないか」
ローファスと会話が出来るのが嬉しいのか、ラースは驚きつつもはにかむ。
「突然どうしたんだい? 連絡は嬉しいが、僕にも予定があってね。この後も会談が立て込んでいるんだ。夜なら幾らでも…」
『…ラース』
有無を言わさぬローファスの雰囲気に、ラースは眉を顰める。
「…何かあったのかい? 良いよ、今は君との話を優先しよう。会談はキャンセルする」
やれやれと肩を竦めながら、ラースは使い魔に向き直る。
「様子が変だけど、大丈夫かい? よっぽどの事があったのかな」
『…ラース。貴様は今、
「…? いや、見ての通り、部屋にいるよ。本当にどうしたんだい?」
ローファスの問いの意図が分からず、ラースは首を傾げる。
しかしローファスは、構わず同様の質問を繰り返す。
『もう一度言う。貴様は今何処にいるんだ、ラース…!』
ローファスは苛立ち混じりに床を踏み付けた。
同時、使い魔の視界も
それにラースは目を丸くし——少しだけ切なげに笑った。
「あー…なんだ。遂に
使い魔越しにラースは、まるで悪戯がバレたかのように肩を竦める。
そこは養蜂場経営の為にローファスがラースに与えた一軒家、その一室。
ローファスの使い魔と視界を共有していない側の
使い魔の目は、まるで目隠しでもするかのように翡翠の魔力で覆われている。
そして椅子には、ラースが座っていた。
ラース——正確には、ラース
手足は力無く垂れ下がり、肌は不自然な程に青白い。
身体は冷たく、呼吸も無い。
その身に外傷はなく、一見して眠っているようにも見えるが——少女は明確に死んでいた。
部屋の至る所には埃が積もっており、人が出入りした形跡も無し。
死亡してから随分と経過している事が伺える。
その光景は、使い魔越しに見えるものとは異なるもの。
使い魔越しに、ラースは微笑む。
『ダメじゃないかローファス。乙女の部屋に勝手に入るなんて』
「質問に答えろ。貴様は今何処にいる」
『逆に聞くけれど、君が僕の立場だったら、素直に答えると思うかい?』
「……学園長——アインベルを殺したのは貴様か」
『…』
ローファスの更なる問い掛けに、使い魔越しのラースは目を伏せる。
『…君との会話が楽しかったのは本当だよ。死にたくなかった事も、ライトレスの経済を握ってやろうって意気込んでいたのも、嘘ではなかった』
でもね、とラースは続ける。
『ライトレスとして生まれた君は、ライトレスを裏切れないだろう。それと同じさ。《魔王》として生まれた以上、僕は《闇の神》を裏切れない——そう。六神の使徒であるアインベルを殺したのは僕さ』
ローファスはじろりと、使い魔の目を覆う翡翠の魔力を見る。
「今まで見ていた貴様は、全て使い魔が見せられていた幻だったという訳か」
『養蜂場の経営が上手くいっているのは本当だよ。経営陣の皆、幻である僕の指示をしっかり聞いてくれている』
「…養蜂場はどうする気だ。いずれライトレス領の経済を握るのではなかったのか」
『残念だけど、見つかってしまった以上は続けられないね。経営陣の皆には今後の方針とかも事前に伝えているから、暫くは僕無しでも回るだろう』
ローファスは怒るでもなく、ただ静かにラースだった少女の遺体——虫も寄り付かず腐敗も見られない、その艶やかな白髪を優しく撫でた。
「死にたくなかったのは本当だったのだろう。《闇の神》への忠義による自死。それに敬意を払い、葬儀はしてやる」
『そっか…嬉しいよ。その身体、色々と不便だったけど居心地は良かったから。可憐な見た目の所為か、皆優しくしてくれてね』
「貴様は経営者として非常に優秀だった。いつか、葡萄園の経営も任せようかと思っていたのだがな」
『…ごめんね』
ラースは笑って言う。
『楽しかったよ、ローファス。じゃあね…』
それだけ言うと、使い魔から翡翠の魔力が解け、ラースは消えた。
消える間際のラースは笑ってはいたが、ローファスにはそれが泣きそうな顔に見えた。
ただの見間違いか、或いはローファスの願望がそう見せたのか——それはローファス自身にすら、分からなかった。