悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜 作:黒川陽継
それは、飛空艇が王都に辿り着く少し前の事。
飛空艇の甲板にて、ヴァルムとオーガスの二人は高速で過ぎ去る景色を眺めながら
風に当たっていた。
そんな時、ふとオーガスがヴァルムに問う。
「そういやヴァルムよぉ。お前、魔王戦の時に白い飛竜に乗ってたよな。ありゃなんだ?」
「フリューゲル…俺の愛竜だ。言っていなかったが、俺は元々竜騎士見習いでな」
「ああ、噂に聞くステリアの騎竜部隊。お前その候補生だったのか。エリートじゃねぇか。強ぇ筈だ。だが、今までそんな話しなかったろ。それに、姿を消したり突然現れたりする飛竜なんて聞いた事ねぇぞ」
説明が難しいな、とヴァルムは肩を竦める。
「かつてフリューゲルは一度死んだ。だが、奇跡の復活を果たした。それが全てだ」
「…ざっくりしてんな」
「今隣にフリューゲルがいる。俺にとってはそれだけで充分だ。それ以外の複雑な事情はどうでも良い。俺は頭が良い方ではないからな。どうせ考えても分からん…お前も、考えるだけ無駄だと思うぞ」
「オイ。なんでナチュラルに俺までバカ扱いしてんだ。これでも座学の成績はA判定貰ってんだぞ」
「…!?」
衝撃の事実を聞き、ヴァルムは目を見開いて驚く。
「…冗談か?」
「馬鹿にしてんのか!? 伯爵家だぞ俺ぁ!」
「ああ、英才教育の賜物か。格差社会というやつだな」
「へっ、まあな。だがガキの頃は机にへばり付くのがどうも退屈でな。よくサボって抜け出したもんだ…その度にジジイに引っ叩かれて泣きを見る羽目になったが」
「お前を引っ叩いて泣かす…? どんな化け物だ」
「半世紀前の戦争経験者らしいぜ。帝国側からも要注意人物として警戒されてたらしい。つっても、知名度的にはローファスん所の《暗き死神》やら《紅き鬼神》には流石に負けるがな」
「ああ、そういえばディアマンテ領も位置的には北寄りだったな」
「おうよ。うちの領はがっつり空襲を受けたからな。わらわら飛んでくる船を片っ端から撃ち落としてたらしい」
「魔法でか。逞しいな」
「いや、素手で」
「…は? 空飛ぶ船相手に?」
「ああ、拳圧でな」
「は?」
こいつの一族どうなってんだとヴァルムは顔を引き攣らせる。
オーガスはハハっと笑う。
「まあ、今回は良い土産話が出来た。うちのジジイ、過去の武勇伝を延々と語りやがんだよ。だが流石のジジイも、《魔王》とやり合った事はねぇだろ」
「《魔王》か…強かったな」
「ああ、あんなのがこの世界にいるとはな。リンドウも強かったが…《魔王》はマジで格が違った。そういや、スイレンとかいう奴はどうだったよ? 倒したんだろ?」
「スイレンか…強かった。フリューゲルが来てくれなければ、敗北していたのは俺だった」
「ほぉ。お前にそこまで言わせるたぁな。そんな奴なら俺もやってみたかったぜ」
「相変わらず戦闘狂だな」
言いながらヴァルムは、当時の事を思い出す。
異形化したスイレンは強かった。
《
初めてともいえる、明確な格上との戦闘。
勝ち筋の見えない戦い。
或いは異形化したスイレンは、《魔王》スロウス以上の脅威だった様にも思えた。
勝利できたのはフリューゲルの助けがあったからというのもあるが、それ以上にスイレンの再生限界が来たからに他ならない。
純粋な勝負であったなら、ヴァルムは負けていた。
しかしスイレンと闘っている時、ヴァルムはある感覚を感じていた。
それは、久しく感じていなかった成長する感覚。
ギリギリの中で戦い、命のやり取りの中で、槍を振るう精度が果てしなく上がっていく感覚。
今まで思いもしなかった勝利への渇望、闘争心。
そして——あの
粉雪の如く冷たくも温かいフリューゲルのものとは違うもう一つの方。
稲妻の様に荒々しく、雷鳴の如く苛烈な声。
それは、かつて何処かで聞いたような覚えのある声だった。
誰かまでは思い出せないが、きっとヴァルムはあの声の主と、随分と昔に会った事がある。
「…オーガス。《魔王》という厄災が他にも居て、今後大陸の何処かに現れるとしたら…どうなると思う?」
「あ? そうなのか?」
「いや、例え話だ」
「そりゃ…現れる場所にもよるが、あんなのが現れるとすりゃ、少なくとも人類滅亡の危機だろうな。また俺達が行けばどうにかなるだろうが、駆け付けるまでにとんでもねぇ被害が出るだろうよ」
「そうだな。今回被害が出ていないのは、ローファスが事前に的確な指示を出していたからだ。帝国との戦闘を考えても、随分と正確な戦力分析だった様に思う。しかし《魔王》戦に関しては、あの場にローファスが居たならあそこまで苦戦はしなかった」
「まあ…確かに。だがローファスはローファスで、他の相手と戦ってたんだろ。確か、ステリア襲撃を企てた黒幕の科学者だっけか」
「そうだ。しかし科学者を相手にして、勝利こそしたがローファスも無傷では済まなかった。左腕の義手を失い、数日間生死の境を彷徨った。
「まあ、科学者がそれだけヤベェ相手だったって事だが…ヴァルム。要するに、何が言いてぇんだ?」
「俺は…
「あ?」
眉を顰めるオーガスに、ヴァルムは続ける。
「言い換えるなら、まだ強くなれる。俺はスイレンに一度負けた。だがもう二度と負ける気はない」
「ほー…お前がそんなに向上心が高い奴だとは思わなかったぜ。戦闘の時、お前はいつも怠そうにしてたからな」
笑うオーガスを尻目に、ヴァルムはじっと空を見ていた。
高速で流れる雲に、暗雲が混じり始める。
日は陰り、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
「…雨か。おいヴァルム、中に入んぞ」
扉に向かうオーガスだったが、ヴァルムは何も答えず、その場に立ち尽くしたまま。
雨は瞬く間に強まり、遂には雷鳴が轟く。
ヴァルムは目を見開き、甲板の手摺から乗り出して分厚い雷雲をじっと見ていた。
オーガスは眉を顰め、再度ヴァルムに呼び掛ける。
「おいヴァルム、何してんだ。先入るぞ」
「…思い出した」
「あァ?」
ぼそりと呟き、ヴァルムは振り返る。
「オーガス…今まで忘れていたが、俺はガキの頃、空の上で雷の龍と戦った事がある」
「……そうか」
突拍子も無い話を振られ、オーガスは真顔で船内を指差す。
「その話、中で聞くのは駄目か? 凄ぇ雨降ってんだろ。びしょ濡れなんだよこっちは」
「すまん。ちょっと出て来る」
「はあ?」
「戻らなくても心配するな。王都には自力で戻る」
それだけ言うと、ヴァルムは空に向けて跳躍する。
そして何処からとも無く白い飛竜が姿を表し、ヴァルムを乗せて飛び去り、雷雲の中に姿を消した。
それを見送ったオーガスは一人船内に入り、静かに扉を閉めた。
誰がお前の心配なんざするかと、ぶつくさ悪態を吐きながら。
*
深い深い雷雲の中を、金色の龍が泳ぐ様に天を舞う。
かつて雷神より加護を与えられし雷の神獣——神龍ヴリドラ。
今日も今日とて暗雲の中を揺蕩いながらまったりと時間を浪費していると——突如、胴体に何かが突っ込んで来た。
『——おぐぇっ!?』
突然の理不尽な衝撃。
色々と吐き出しそうになるのを堪え、ヴリドラは何事だと突っ込んで来た何かを睨み付ける。
そこに居たのは粉雪を纏う白い飛竜と、黄金の竜鎧を纏う一人の竜騎士だった。
『何者か!? 突然我の脇腹に! 我が何をしたというのだ無礼者めが!』
黄金の竜騎士を前に、ヴリドラは怒りの咆哮を上げた。
対する黄金の竜騎士——ヴァルムは、静かに槍を構える。
「久しいな…雷の龍よ」
『あぁ!? 久しいだと!?』
金色の雷——天雷を全身に纏いながら、突然他所様にぶつかってきておいて謝罪も無しとはどういう了見だとヴリドラはキレる。
しかし、言われてみれば確かにこの魔力は覚えがある気がしなくもない。
以前、人間の童が不遜にも喧嘩を売って来た事があった。
空にずっと雷雲が留まっている所為で、いつまで経っても飛行訓練の許可が降りないじゃないか、お前が元凶だろう、と。
ちょっと良い感じの山脈を見つけたからベッドにしてうたた寝をしていただけなのに、下等生物である人間、それも童に何とも理不尽な理由で喧嘩を売られた。
取り敢えず飛竜ごと落雷で叩き落とそうとしたが、あろう事がその童はそれを掻い潜ってヴリドラに槍を突き立てて来た。
うざかったので全方位から天雷をお見舞いして黒焦げにしたが、雷属性への耐性があるのかそれでも倒れず、それどころか逃げずに立ち向かって来る。
もう本気で殺そうかなと思った所で、天より稲妻が降り注いで童を焼いた。
それは何を思ったのか、雷神による横槍。
面白い拾い物をしたと雷神は笑い、それはそれとしてどっか行けとヴリドラはその山脈から追い払われた。
何とも不愉快極まりない思い出。
今目の前にいる黄金の竜騎士から感じられる魔力は、思い返せばその時の童のものと一致する。
姿こそ見違える程に成長したが、魔力を見る限り間違いない。
いや、変わったのは姿だけではない。
魔力の質も練度も、かつてとは比べ物にならない程に高まっている。
そしてよもや、己と同じく天雷を扱える程の戦士になっているとは。
『思い出した…あの時の童か。何用だ。また痛い目に遭いたいか』
威圧的に唸るヴリドラ。
しかしヴァルムは、首を横に振り否定する。
「用があるのはお前ではない、雷の龍」
『何…?』
「お前の
『誰の事を言って…いや、まさか——』
そのヴリドラの気付きに応える様に、体の内より雷が迸る。
全身を駆け抜けた雷はヴリドラの自由を奪い、その口の主導権をも乗っ取った。
『ヴァルム・リオ・ドラコニス。期待外れの腑抜けかと思うたが、良い闘争心じゃ』
ヴリドラの口より発せられる雷鳴の如き苛烈な女の声。
おのれ我の口を勝手に、とヴリドラは抵抗するが、その支配からは逃れられない。
女の声は、愉しげにヴァルムに語りかける。
『妾に何用じゃ? 丁度退屈しておったからのう。聞いてやらんでもないぞ』
「ずっと忘れていた…その龍と戦っていた時だ。あの時、俺を撃ち落としたのはお前だな」
ヴァルムは思い返す様に、己の左肩を押さえる。
左肩、魔力で作り出した黄金の甲冑の内には、落雷により刻まれた傷痕——電紋がある。
いつまでもステリアの上空に留まる雷雲、その原因を探る為にフリューゲルと共に空に出て、その先で落雷に遭い記憶を失った——そう思っていた。
どこで覚えたかも不明の大魔法《
記憶を辿ればそれは、落雷を受けた後の事だった。
上級魔法は一部の貴族家が代々受け継ぐ切り札であり、騎士は身分上、一般公開されている下級から中級の魔法しか学ぶ事が出来ない。
故に騎士家系出身であるヴァルムが、上級魔法相当の大魔法を扱えるのは本来であればあり得ない事。
それこそ、何者かの介入でもない限りは。
「あの時…一体俺に、何をした」
『加護を与えた事か? なに、妾の趣味のようなものじゃ。見込みがあり、尚且つ面白そうな者には与えてやる事にしておる。それでどこまで強うなるかは、その者次第じゃがのう』
「やはりか…俺が幼い頃から強かったのは、お前に力を与えられたからか」
己の才だと思っていたが、それは第三者から与えられた偽りのものだった。
その事実を受け、ヴァルムは苦々しく吐き捨てる。
しかしヴリドラ——その肉体を借りた雷神は、キョトンと首を傾げる。
『あ? 何を言うておる。お主は全然強うなどない。つい先日も、
「外様…スイレンの事か?」
外様——即ち帝国、外国の力という事かとヴァルムは眉を顰めるが、雷神は嗤う。
『その力の起源じゃ。確かあれは、錬金術とかいうものの成れの果てじゃろう。
「何…?」
『しかもお主、あの蛇にも苦戦しておったろう。出来た事は精々、たったの一度風穴を開ける程度。それも、妾がくれてやった“槍”を使ってやっとじゃ。それで強い? 自惚れるのも大概にせよ。妾が素養を見出して加護を与えたのじゃぞ。死地に身を置いて順当に力を付けておれば、あんな蛇程度には遅れを取らなんだ筈じゃ。これではこのトカゲと変わらんではないか』
「蛇…《魔王》の事か。そうか…俺は、あれを倒せる程に強くなれるんだな」
ヴァルムは鋭く目を細め、ヴリドラ——その奥に居る雷神に槍を向ける。
雷神は眉を顰める。
『…何のつもりじゃ? よもや、この場で妾と死合う気か?』
「そうだ」
『目的はなんじゃ? 自殺志願者の介錯をしてやる程、妾はお人好しではないぞ』
「死地に身を置けば、強くなれるのだろう」
『…ほう?』
感心した様子で雷神は嗤い、舌舐めずりをする。
強者との戦闘、命のやり取りの中でこそ、更なる高みへの道は開かれる。
ヴァルムはその感覚を、スイレンとの戦闘で感じ取っていた。
『ヴァルム…』
フリューゲルが不安そうな声を上げるが、ヴァルムは力強く笑う。
「俺は強くならなければならない。ローファスが立つ戦場に置いていかれない為に。大丈夫だ、フリューゲル。俺はもう、絶対に負けない」
そのやり取りを見ていた雷神は、高らかに笑った。
天が泣き、大気が震え、雷が轟く。
狂喜の大笑の後、雷神は名乗りを上げる。
『善いぞ、善い闘志じゃ! 妾は《血と戦を司る雷神マハト》! この世に生まれ出でた時より戦乱と共にある者! 戦に身を投じんとする者は皆、我が稚児じゃ!』
吹き荒ぶ暴風。
ヴリドラ、その身体に雷が集約していき、その肉体からギチギチと悲鳴が上がる。
『ふむ…素養としては低いが、まあ良い。トカゲ、身体を借りるぞ』
恐らくは内心で嫌だと叫んでいるヴリドラに構わず、雷神マハトはヴリドラの肉体を依代に、この世界に顕現する。
『
マハトは龍の肉体から、神としての姿へと変貌する。
それは肌に鱗を纏う半人半竜の女の姿。
頭には雷を思わせる二本の角が聳え、針金の如き金色の髪が立髪のように背に落ちる。
一糸纏わぬ女神の如きその姿に、見惚れる者こそ居れ、触れようとする者は間違いなく居ない。
美しくはあるが、マハトのそれは花の様な美麗さとは掛け離れたもの。
それは余りにも近寄り難く野生的で、研ぎ澄まされた刃の様。
何より——血の匂いが鼻に付く。
場を神気が満たし、帝国で対峙した《魔王》以上の威圧をその身には受けたヴァルムは、思わず息を呑む。
この世に顕現を果たした雷神マハトは、幼子の如く純粋に笑う。
『では存分に、血と戦の中で殺し合おうぞ——ヴァルム・リオ・ドラコニス』
直後——天上にて二種の雷撃が衝突した。