悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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185# 会食

 面を外せ。

 

 そんなタチアナの要望を断ったタナトスは、殺気立った側近の上級剣闘士らに囲まれていた。

 

 側近の一人、棘付きの鉄球——モーニングスターを携えた上級剣闘士が口を開く。

 

「姫が外せと言ったのが聞こえなかったのか」

 

 威圧的な言葉を受け、しかしタナトスは動じない。

 

「それに関しては断りを入れた。そちらこそ聞こえなかったか」

 

「自分で外せぬなら、こちらで外してやっても構わんぞ」

 

「やってみろ、できるものなら」

 

 正に一触即発。

 

 そんなピリついた空気を破ったのは、タチアナの退屈そうな溜息だった。

 

「姫…何か、お気に障る事でも…?」

 

 顔色を伺う上級剣闘士。

 

 タチアナはそれに応えず、ただ億劫そうに香草を塗して焼かれた骨付きの肉を掴み、豪快に頬張って見せる。

 

「…折角の食事が冷めるであろう。荒事は嫌いではないが、今は気分ではない」

 

「し、しかしこの者は姫に無礼を…」

 

「くどい。妾は客人に突っかかれと命じた覚えはないぞ」

 

「…出過ぎた真似を致しました」

 

 タチアナより冷ややかに言われ、上級剣闘士は渋々といった調子で武器を下ろした。

 

 そして上級剣闘士らはタナトスに対して一礼し、身を引いた。

 

 詫びる態度とは裏腹に、タナトスに対して警戒の睨みを利かせながら。

 

 タチアナは肩を竦める。

 

「悪かったのう。配下が非礼を働いた」

 

「非礼とは思わん。主人に対する不敬を配下が正すのも仕事の一つだろう」

 

「ほう…そうかも知れんな。じゃが、それは妾の意に沿ったものではなかった」

 

 少し感心した素振りを見せつつも、しかしタチアナは笑って肉を見せびらかすように掲げる。

 

「食わんのか、折角の食事が冷めるぞ。マナーなどは無いから気にするな。思うように食し、己が血肉とする事が食糧になった命に対する最大の礼儀じゃ」

 

「…」

 

 タチアナより促され、それでもタナトスは面を取らず、食事に手を出そうとしない。

 

 飲み物にすら手を付けない。

 

 そんなタナトスの様子に、タチアナは眉を顰める。

 

「なぜ食わん? 妾に顔を見られたくない理由でもあるのか? それともよもや、肉が嫌いなどとは言うまいな?」

 

 タチアナの鋭い指摘に、タナトスは軽く息を吐く。

 

「…その両方だ」

 

「む…?」

 

 きょとんと、タチアナは首を傾げた。

 

 古代竜王の血を引く姫巫女の家系、その中でもタチアナは、特に竜種の特徴が色濃く出た特異体質。

 

 人よりも五感が優れ、人間では気づけない程の機微な変化もタチアナは感じ取れる。

 

 それ故にタチアナは、並外れた特技を幾つも持っているが、その最たるものは人の嘘を見抜ける事。

 

 わずかな仕草、声の震え、視線の動き、呼吸、脈拍——様々な要因から相手の言葉が本当か嘘かが、タチアナはなんとなく直感的に分かる。

 

 タチアナの優れた感覚は、タナトスの言葉が本当であると告げていた。

 

「肉が嫌いなのか? その体格で?」

 

「脂っこいものは好かん」

 

「何を食ってそんな図体に育ったのじゃ?」

 

「…主に、魚と小麦。後は野菜か」

 

 少し考え、呟くように答えた二mにも及ぶ長身の男、タナトス。

 

 その言葉も、当然本当。

 

 こんな大男が普段食しているのが魚と小麦、聖竜国の価値観では随分と質素なもの。

 

 聖竜国の国土の大半は山、そして山の竜種は肉を好む。

 

 そんな山の竜種の血を汲む聖竜国の民は、その多くが肉を好む傾向にある。

 

 そしてタナトスから発せられている魔力は竜種のものに近く、それは即ちタナトス自身も竜の血を受け継いでいるという事。

 

「魚好きか…お主の祖は海の竜種か?」

 

「…確かに竜種の血は混じっているらしいが、それが何処の竜かまでは知らん」

 

「ふむ…」

 

 この返答も本当。

 

 曖昧に濁している感じもしない。

 

 頑なに面を取らないものだから、何かしらやましい事情でもあるのかと思えば、意外にも聞いた事には素直に答えている。

 

「…そうか。肉の件はすまなんだな。お主の好みを聞いてから準備させるべきであった。じゃが、飲み物にまで手をつけようとせん理由はなんじゃ? 毒でも警戒しておるのか?」

 

 タチアナは、タナトスの目の前に置かれた杯を指差して問う。

 

 タナトスは杯に貯まる芳醇な赤を眺め、肩を竦めて見せる。

 

「これはワインだろう」

 

「ああ。お主の為に最高級のものを用意させた」

 

「酒は飲まん」

 

「はあ? お主、肉だけではなく酒も嫌いなのか?」

 

「嫌いと言うか…飲んだ事がない。悪酔いして無様を晒す知り合いが多くてな。飲む気にならん」

 

「はー…」

 

 注文の多い奴じゃとタチアナは呆れつつ、使用人に手で合図して水を持って来させた。

 

「これならば飲めるであろう? 《霊峰》近くで取れた湧き水を、濾して煮沸したものじゃ」

 

 目の前に置かれた銀製のコップに注がれた水。

 

 それにタナトスは、漸く手を伸ばした。

 

 水を飲むには面を取るしかない。

 

 さてどんな顔だと興味深く注視するタチアナ。

 

 タナトスはコップを山羊の頭蓋の口元に近づけると、内から暗黒のストローが伸び、ちゅーっと水を飲み干した。

 

「…お主はアリクイか何かか」

 

「上手い例えだ」

 

 真顔でツッコミを入れたタチアナに、タナトスは鼻を鳴らす。

 

「…そうまでしてその山羊の骨を取りたくないか。理由はなんじゃ? お主の民族の風習か、その骨に思い入れでもあるのか、顔に傷でもあってそれを隠しておるのか」

 

「まず訂正するが、これは山羊の骨ではない。過去に知人が狩ったという上級悪魔の頭蓋骨だ。この骨はその知人から献じょ——貰った物だが、別に思い入れはない。確かに顔を晒したくない理由はあるが、俺はそれをこの場で言う程姫巫女殿下を信用していない」

 

 タナトスが口にしたのは明確な拒絶の言葉。

 

 言葉遣いからして既に不敬、にも関わらず更なる不敬の上塗りに、勤めて大人しくしていた側近の上級剣闘士らが我慢ならぬと武器に手を掛けた。

 

 タチアナは涼しい顔でそれを手で制する。

 

「姫…! 我々にその無礼者を罰するご許可を!」

 

「妾はその無礼を許しておる」

 

「姫っ!」

 

「うるさいのう…イザベラ(・・・・)。そもそもお主、以前ボレアスに負けたであろう。タナトスはそのボレアスを打ち倒した強者じゃ」

 

 イザベラと呼ばれた上級剣闘士は、忌々しげにモーニングスターを構え、タナトスを睨みつける。

 

「あの敗北から腕を磨いております。今ならば…!」

 

「止せと言うに…これでは妾が配下の手綱も引けぬ愚か者に映ろう。恥をかかせる気か?」

 

「しかし、姫…!」

 

 尚も構えを解こうとしない上級剣闘士——イザベラ。

 

 他の側近らも、一向に殺気を収めようとしない。

 

 タチアナは深く溜め息を吐く。

 

「これではゆっくり話もできんではないか。呼び出しておいてすまんのう、タナトスよ」

 

「謝罪は結構。だがこう何度も武器を向けられては気分が悪い。今日のところは帰らせてもらう」

 

 これ幸いにとタナトスは立ち上がり、足早に扉へ向かう。

 

 そんなタナトスを、タチアナは呼び止める。

 

「待てタナトス」

 

「…この雰囲気で会食を継続するのは無理だ。こちらとしても宮殿で揉め事を起こすのは本意ではない」

 

「そうじゃな…これは側近を同席させた妾の落ち度、引き止める気はない。じゃが帰る前にもう一つ聞きたい」

 

「なんだ」

 

 訝しげに振り返り、問いを待つタナトス。

 

 タチアナはじっと山羊の悪魔の頭蓋骨を見据え、気になっていた事を口にする。

 

「顔を隠したいにしても、なぜその面を選んだ? 思い入れもないのだろう?」

 

 タナトスはきょとんと首を傾げ、指でこつこつと骨をつつく。

 

「見た目だ。格好良いだろう」

 

 それだけ言って、タナトスは立ち去った。

 

 思いも寄らぬ返答に、タチアナはぽかんと呆気に取られ、そして最後には吹き出した。

 

 タナトスが居なくなった食卓で、タチアナは腹を抱えて笑う。

 

 突然のタチアナの大笑に、これまでピリついていた側近達は驚き顔を見合わせている。

 

「あ、あの…姫。何がそんなにおかしいので?」

 

「くく…混じりっ気のない本音じゃったよ、今の言葉は」

 

「は…?」

 

「タナトス…化け物のような実力者。どんな奴かと思えば、山羊の頭蓋が格好良いから被るなどと、まるで思春期の()の子のような事を口走る。それも混じりっ気なしの本音で。これが笑わずにおれるか」

 

 言いながらタチアナは、未だに笑いが収まらないのかくつくつと喉を鳴らしている。

 

「しかし、折角の会談がお主らの所為で台無しじゃ。あの男、ヘソを曲げてしまったではないか」

 

 タチアナよりじとっとした目で責められ、イザベラ達側近は平伏する。

 

「も、申し訳ありません…! しかし…あんな男は姫には相応しくありません…!」

 

 イザベラが代表して悲痛の声を上げる。

 

 ただの側近にしては明らかに行き過ぎた発言。

 

 しかしタチアナは気分を害した様子もなく、頭を下げるイザベラの兜をそっと外し、優しく顎に触れて顔を上げさせる。

 

 イザベラは化粧もしていないが非常に整った顔立ちをしていた。

 

 涙ぐむイザベラに、タチアナは優しく声を掛ける。

 

「なんじゃ、嫉妬しておるのか? そう心配せずとも、お主らを捨てたりはせん。じゃがな、妾もいい加減世継ぎを残さねばならん。姫巫女は代々短命故、そう悠長にしていられん」

 

 姫巫女の血を存続させる為にも、タチアナは子を成さねばならない。

 

 しかしその相手は、誰でも良い訳ではない。

 

 前提として、絶対的な強者である事。

 

 魔力属性などはどうでも良い、ただ強いという一点だけが相手に求める条件。

 

 聖竜国には強者と呼べる剣闘士は多くいるが、それでもタチアナの目に適う者はそういない。

 

 強さだけでいうなら、《不死身》のボレアスは十分条件には合っていた。

 

 しかし精神の方に問題があった。

 

 ボレアスは己の力に溺れた悪辣な男であった。

 

 評判も最悪。

 

 そんな精神性が後継に受け継がれてはたまったものではない。

 

 タチアナは、婚姻を結ぶ相手と無理に愛を育む必要はないと思っている。

 

 所詮は血筋を残す為の義務。

 

 ともあれ、タチアナは竜王の血の先祖返りもあり、自身が強力な力を有している。

 

 求める強さの基準も、その分高い。

 

 義務故に愛情までは求めないが、それでも自分よりも弱い男の子を産む気はない。

 

 そんな高過ぎる基準から、縁談も多くあるが前に進まない。

 

 縁談話は他国にも送っているが、全て断られてしまっている。

 

 タチアナは思い出すように、指を折る。

 

「王国の王族シンテリオに、大貴族ライトレスやステリア。公国の大公ヒューゼンバーンに、僧国のバク——全て駄目じゃったからのう…会ってもくれんかった」

 

 悩まし気に語るタチアナに、側近の一人がおずおずと手を上げる。

 

「そ、それは…“種をよこせ”と書状に書いていたのが問題かと」

 

「何が問題なんじゃ。変に飾るより余程真摯じゃろう」

 

「そんな姫様も素敵です」

 

 きゃーと黄色い声を上げる側近——もとい、タチアナの愛人達。

 

 騒ぐ側近達を尻目に、タチアナは窓から夜空に浮かぶ三日月を眺めた。

 

 タナトスは、タチアナお抱えの商人であるエイダの商会が抱える剣闘士。

 

 あれ程の強さながら、先のボレアス戦が初出場。

 

 素性を隠し、名を変えたとしてもあれ程の強さであれば話題になっていてもおかしくはない。

 

 タチアナ自身、タナトスについては配下に調べさせたものの、情報は一切掴めなかった。

 

 エイダに尋ねたが、はぐらかすばかり。

 

 タチアナはかねてより、エイダに対してボレアスがなんとかならないものかと愚痴を溢していた。

 

 タナトスは間違いなく、エイダがタチアナの為にボレアスを打ち倒すべく用意した剣闘士。

 

 気になるのはその出所であったが、先程のタナトスの言葉を思い出し、タチアナはニヤリと笑う。

 

「姫巫女殿下(・・)…か」

 

 姫巫女の家系は、何代も前に王の位を捨てており、国営などの政治的な関わりからは退いている。

 

 故に現代の聖竜国民は、姫巫女を殿下呼びしたりはしない。

 

 姫巫女を未だに殿下呼びする国は、たったの二国。

 

 皇帝がトップの帝国と、国王がトップの王国。

 

 そして、あの高密度の魔力——間違いなく、魔法アンチの帝国人ではない。

 

 となればタナトスは——

 

「王国人…それも竜種混じりの暗黒属性…そしてあの異様な強さ」

 

 声色も体格も魔力の質も、全てが違う。

 

 タチアナの優れた五感は否定している。

 

 しかし直感ともいえる感覚が、タチアナにある可能性を囁いていた。

 

「ふむ…なぜか妙に彼奴の顔がチラつくのう。あの傲岸不遜な暗黒貴族が」

 

 次は側近抜きで二人きりで会うとしよう。

 

 タチアナはそう、心の中で呟いた。

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