悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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198# 《蒼炎》と《不死身》

 決勝戦開始の銅鑼が鳴り響く。

 

 その瞬間、アベルは高速でボレアスの眼前に接近し、手を翳して最大級の爆炎を喰らわせた。

 

 これまでに試合で数多くの爆炎を放ってきたが、それらがマッチの火に思える程に強大な爆炎。

 

 ボレアスが不死身級の頑丈な肉体を持っている事は、アベルも知っている。

 

 前回、どんな攻撃を浴びせても怯みすらしなかった。

 

 故に今回は、前回実力不足で出せなかった威力の攻撃を初手から喰らわせた。

 

 凄まじい轟音と衝撃波が闘技場(コロッセオ)を奔り抜け、その衝撃は観客席にも届いた。

 

 しかし——

 

「オラぁぁぁ!!」

 

 ボレアスは、爆炎の中から不死鳥の如く現れ、黄金の斧を振り下ろした。

 

 当然のように無傷。

 

 その斧をアベルは躱し、両手の平をボレアスの脇腹に押し当てる。

 

「——《二重爆炎・紅炎(デュオ・プロミネンス)》」

 

 両掌よりそれぞれ、最大威力の爆炎が放たれた。

 

 二つの爆炎が混ざり合い、紅の炎と化してボレアスを呑み込む。

 

 紅炎は火神(エリファス)から教わった、爆炎を混ぜ合わせる事で生み出せる特殊な炎。

 

 太陽の炎とも称される程に高温で、数ある炎の中でも最上位の威力を誇る。

 

 こんな威力の魔法、ボレアス以外には使わない。

 

 もし使えば、殺すどころか跡形も無く灰にしてしまうから。

 

 しかしボレアスであれば加減は不要。

 

 寧ろ威力の低い攻撃は、魔力を無駄にするだけになる。

 

 様子見も情けも無し。

 

 それは戦いを終わらせる為の一撃。

 

 ボレアスであれば死ぬ事はないだろうが、流石に無事では済まないだろう。

 

 逆にもしこれで無傷なら、アベルも打てる手が限られてくる。

 

 じっと観察していたアベルの前に、紅炎を切り裂くようにしてボレアスは姿を表した。

 

「効かねえなあ! 蝿でも止まったのかと思ったぜ! このクソ雑魚野郎が!」

 

 振るわれた黄金の斧を、アベルは炎の剣で受ける。

 

「本当に頑丈だなボレアス…! 紅炎でも駄目なのか…」

 

「あんな色が違うだけの炎、他の炎と何の違いがあるってんだ? あと気安く俺の名を呼ぶんじゃねえよクソ雑魚野郎」

 

「さっきから雑魚雑魚うるさいな!?」

 

 アベルは半分キレながら斧を受け流し、剣の炎の質を変化させる。

 

 通常の炎から闇色——獄炎へと。

 

「あ? また色が変わりやがった。曲芸か? サーカス団にでも転職すんだな」

 

「言っておくけど、この炎には触れない方が良い——《獄炎演舞(ダークフィラメント)》」

 

 闇色の炎が爆発的に広がり、接していた黄金の斧に燃え移る。

 

「ああ? フカしやがって。他の炎となんにも変わらねえ」

 

 獄炎は斧の柄を伝い、腕にまで燃え広がるがボレアスは気にしない。

 

 対してダメージを受けた様子もなく、ボレアスは構わず斧を振るう。

 

 しかし振るわれたその斧は融解し始め、瞬く間にプラズマ化して消えた。

 

「…!? 俺の斧が!?」

 

「斧だけじゃない」

 

「なにぃ!?」

 

 見ればボレアスの腕に燃え移った獄炎はじわじわと広がり、既に肉体の大半を包み込んでいた。

 

 炎は一向に消える気配がない。

 

 熱いは熱いが、ボレアスの強靭な肉体はこの程度では多少皮膚の表面が赤みを帯びる程度で、我慢できない程でもない。

 

 なんなら、以前ローファスに不味いコーヒーを淹れた際にキレられ、淹れたてのコーヒーをぶちまけられた時の方の精神的なダメージの方が大きかった。

 

「はっ! 多少熱いが、こんなもん幾ら喰らおうがどうって事ねえなあ!」

 

「獄炎を多少熱いで済ませるって、本当にどうなってるんだお前の身体…」

 

 火炎に強力な耐性を持つアベルの肉体ですら、獄炎に触れれば焼け爛れる。

 

 つまりボレアスの火炎耐性はアベル以上——否、その尋常ならざる耐性は火炎に限られた話ではないが。

 

 しかし獄炎の本質は熱ではない。

 

 “消えない”事である。

 

 獄炎はみるみる内にボレアスを侵食し、遂にはその身全てを呑み込んだ。

 

「ぐお…!? い、息が…!」

 

 苦しみ始めるボレアス。

 

 ボレアスは頭部もすっぽりと獄炎に呑み込まれている為、当然呼吸もままならない。

 

 苦しみながらも、ボレアスはアベルに殴りかかる。

 

 が、それもアベルには容易く躱される。

 

 ボレアスはどうにかして獄炎を消そうともがくが、そんなものは意味をなさない。

 

「獄炎は消えない。何をしても」

 

 炎で呼吸を遮り、酸欠による行動不能。

 

 それは前回、ダメージを与える術がなかった四天王——《金剛》のオーガスを相手にした時に用いた戦法。

 

 ボレアスとは前回勝負が付かなかった為、できれば正攻法で倒したかったが、ここまで決定打を与えられないとなると致し方ない。

 

 当然、アベルにボレアスを殺す気はない。

 

 ボレアスが気絶したのを見届けてから獄炎を解く、それで勝敗はつく。

 

 苦しみながらも、どうにかアベルを倒そうと拳を振い続けるボレアスだったが、その動きも徐々に鈍り、遂には動かなくなった。

 

「終わったか…」

 

 ほっと息を吐くアベル。

 

 しかしまだ試合は終わっていない。

 

 本命はローファスであり、彼を倒さない限り優勝する事はできない。

 

 この闘技大会で優勝すれば国王陛下にもアステリアの相手として認めてもらえるし、それに何より——もう足手纏いにはならない事を、ローファスに認められたい。

 

 今の全力を、ローファスに見てもらいたい。

 

 その決意を胸に拳を握り締めるアベルだったが、ボレアスに動きがあった。

 

「…?」

 

 まだ獄炎は解いていない。

 

 周囲を闇に染めながら燃え続ける獄炎の中で、ボレアスはゆっくりと立ち上がった。

 

 まだ息が続くのか、もう限界だった筈だが、と眉を顰めるアベルを前に、ボレアスは竜の如き咆哮を上げた。

 

 凄まじい衝撃波が闘技場(コロッセオ)内を駆け抜ける。

 

 ボレアスの肌に、闇色の竜鱗が浮かび上がった。

 

 その変異、異形化に観客が騒めく。

 

竜人化(ベルセルク)…? ボレアスが?」

 

「いや、ボレアスは《竜化の儀》を受けてないだろ…弱者の真似だとか言って」

 

「ならなんて変化を…? あれはなんだ…」

 

「待て…あれはまさか——」

 

 アベルは一筋の冷や汗を流し、その現象を口にする。

 

「——魔人化(ハイエンド)…!」

 

 それも自分やローファス、レイモンドがやっているような、その身を魔物と化すタイプのもの——俗に生成(なまなり)と呼ばれるもの。

 

 前回は、ボレアスがその姿を見せる事はなかった。

 

 実力を隠していたのか、はたまた土壇場での覚醒か。

 

 そしてボレアスは、大口を開けると獄炎を喰らい始めた。

 

 凄まじい吸引力により、獄炎は瞬く間にボレアスの口に吸い尽くされ、呑み込まれた。

 

「獄炎を、食った…!?」

 

 獄炎は、本来ならば対象を燃やし尽くすまで何をしても消える事のない炎である。

 

 獄炎が消える条件は、対象が燃え尽きて消えてなくなるか、術者であるアベルが意思を持って消すかの二択——その筈だった。

 

 獄炎を喰らったボレアスは、背中から獄炎を噴出させる。

 

 吹き出した獄炎は翼の形状を取り、羽ばたかせた。

 

 その姿は竜の特徴を有し、半人半竜。

 

 奇しくも魔人化したボレアスの姿は、奇しくも《邪竜》を彷彿とさせた。

 

 今晩《霊峰》より復活する《邪竜》——闇色の鱗と同色の翼を持つ、黒竜の姿を。

 

「ボレアスはまさか…いや、なら獄炎は…!」

 

 アベルの中で、自然と点と点が繋がった。

 

 ボレアスの肉体が不自然な程に頑丈な理由、その根源(ルーツ)

 

 アベルの根源(ルーツ)が六神の火神(エリファス)だったように、ボレアスも…。

 

 しかし、であればアベルは拙い事をしてしまった。

 

 獄炎——それは、不死身の《邪竜》が使っていた力でもあった。

 

 獄炎という力をこの世界に生み出したのはかつての《邪竜》であったと、修行で獄炎を教えてくれた火神(エリファス)が言っていた。

 

 奇しくもアベルが使った獄炎が、ボレアスのその身に眠る力を呼び起こしてしまったのかも知れない。

 

『——アァベルゥゥゥゥ!!』

 

 ボレアスが獣のように叫びながらアベルに突っ込む。

 

 魔人化(ハイエンド)により向上した身体能力(フィジカル)任せの凄まじい速度。

 

 動きに関しても、粗いながらも技術を用いていたボレアスの戦い方はそこにはない。

 

 力任せの暴力。

 

 完全に理性が飛んでいる。

 

 避けきれないと判断したアベルは、その一撃を肉体を炎化して受け流した。

 

 アベルが生きているのを見たボレアスは大口を開け、口内に闇色の光が収束していく。

 

 ドラゴンブレスの溜め、それも放つのは獄炎。

 

「…!」

 

 拙い、とアベルは手に蒼炎を生み出す。

 

 こんな所で獄炎を放ち、火の粉が一片でも観客席に移れば大変な事になる。

 

 制御できない獄炎など、これ程恐ろしいものはない。

 

 これはもう、大会どころではない。

 

 この場には多くの人間が観客として居る。

 

 殺さずに倒そうなんて甘い考えでは、犠牲が出かねない。

 

 今のボレアスは、殺してでも止めなくてはならない。

 

 間も無くボレアスより獄炎のブレスが放たれ、それをアベルの蒼炎が迎え打つ。

 

 闇の炎と青の炎がぶつかり合い、相殺し合う。

 

 火力は互角。

 

 ブレスを一通り吐き出したボレアスに極僅かにできた隙——それをアベルは見逃さない。

 

 アベルは獄炎ブレスを相殺している間に高めていた魔力を一気に解放する。

 

「死んだらごめん…——《蒼翼の鳳凰(フレアドライブ)》」

 

 アベルはその身を完全な蒼炎と化し、形状を鳥に変えた。

 

 蒼炎の翼の羽ばたきと同時、蒼き鳳凰はボレアスに突っ込む。

 

『ウグォああああああああああああ!!?』

 

 凄まじい衝撃と同時、ボレアスは悲鳴を上げながら吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 

 その瞬間、走馬灯のように蘇る記憶。

 

 それは闘技大会予選の第一試合にて、新人剣闘士タナトスより初撃を受けた時の事。

 

『あ、アニキ…』

 

 今の一撃は、正しくタナトスの一撃に相当するものだった。

 

 だが違う。

 

 今戦っているのはローファスではなく、王国代表——突然しゃしゃり出てきて偉大なるローファスに馴れ馴れしく話しかける雑魚。

 

 いや、雑魚ではない。

 

 今の一撃は雑魚が放てるものではない。

 

 まさかこのアベルという男は、ローファスに並ぶ領域にいるのか。

 

 それこそまさかだ、あり得ない。

 

 しかし今の一撃で、全身が悲鳴を上げているのも事実。

 

 足が震え、立つ事すらままならない。

 

 そんな中、ボレアスの脳内に“声”が響いた。

 

 “殺せ”——と。

 

 殺せ、殺せ——その男、アベル・カロットを殺せ。

 

 タチアナの隣に立つそいつを殺せ。

 

 その男が居るから俺は選ばれなかった。

 

 殺せ殺せ殺せ。

 

 叩いて擦り潰して、どちらが上かをはっきり——

 

『…るっせーなダボが! 誰だか知らねえが耳元でギャンギャン喚きやがって! どうでも良いんだよタチアナなんざ!』

 

「——!?」

 

 壁にめり込んで動かなくなったかと思えば、突然大声で喚き出したボレアスに、アベルは肩をびくつかせた。

 

 眉を顰めつつも警戒して身構えるアベルを、ボレアスは睨みつけた。

 

『俺はローファスのアニキの第一の舎弟だ! アニキの横に立つのはテメエじゃねえ…この俺——ボレアスだあああ!!』

 

 己が肉体の変化になど気にも留めず、脳内で囀る“声”を振り払ってボレアスはアベルに飛び掛かった。

 

 それは先程までの力任せな獣の暴力ではない。

 

 拙いながらも鍛錬により磨かれた、人の殴打。

 

 そしてその口から発しているのは、獣の雄叫びではなくローファスを慕う人の言葉。

 

 その変化にアベルは目を丸くし、迎え撃つ為に手に宿していた火の質を変えた。

 

 殺してでも止める力から、生かして止める力へと。

 

 アベルは呟く。

 

魔人化(ハイエンド)——《罪深き炎》」

 

 直後、殴りかかったボレアスは蒼炎に包まれた。

 

 今まで感じた事がない程の、凄まじい熱気。

 

 先程の闇色の炎などとは比べ物にならない程の高温。

 

 その炎は万物(あらゆるもの)を燃やし、意識すらも燃やされ、気が遠のいていく。

 

 不思議と苦痛はない。

 

 まるで抱擁でもされて居るかのような、温かさすら感じる優しい炎。

 

 蒼炎の中で、ボレアスの耳に声が響く。

 

『そうか、君も…憧れたんだね、彼の強さに。でも、それ(・・)を目指したのは僕の方が先なんだ。だから、この勝負は譲れない』

 

 その声を聞き、必死に意識を保とうと足掻いていたボレアスは力が抜ける。

 

 なんだ、この男もそうだったのか。

 

 自分よりも先にあの人に憧れて、力を磨いて、その果てに行き着いたのが自分を負かす程のこの力だったのか。

 

 それなら、仕方ないか——

 

 アベルが強い理由に妙に納得したボレアスは、安らかな顔で意識を手放す。

 

 蒼炎が晴れ、そこに立っていたのは、アベルだけだった。

 

 足元にはボレアスが倒れている。

 

 その光景に実況者は息を呑み、マイクを手に叫ぶ。

 

『決着ぅぅぅぅぅ!!! 闘技大会、栄えある優勝は——まさかの王国代表、アベル・ユスリカチームぅぅぅ!!』

 

「え?」

 

 ローファスと戦う気満々だったアベルは実況の言葉にギョッと目を剥き、異様なほど静かだったもう片方の戦場へと目を向ける。

 

 そこにはフォルとリルカが降りて来ており、ユスリカと三人でローファスを引きずるようにして舞台裏に連行している所だった。

 

 ローファスは一切の抵抗をせず、色々と諦めた顔でそのまま奥に連れて行かれてしまった。

 

「え…?」

 

 全く状況が呑み込めない優勝者アベルに、盛大な拍手と喝采が送られていた。

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