悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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201# 性別

 早足で廊下を進むローファス。

 

 その直ぐ後ろには、ユスリカがちゃっかりと付き従っていた。

 

「随分と熱くなられておいででしたね」

 

「まあ、な…状況が状況なだけに自制できなかった。もう少しうまくやつるもりだったんだが…かなり厳しい事を言ってしまった」

 

「ローファス様が皆様を大切に想われているように、皆様もローファス様の事が心配で仕方ないのです。もう少し事情を話されては? 口で言わないと伝わらない事も多いですよ」

 

「そうだな…お前の言う通りだ…」

 

 アベルの落ち込む姿や顔を真っ赤にしたフォルを思い出して苦い顔をしつつ、ローファスはそれはそれとして、とユスリカを見た。

 

「…それよりもユスリカ。お前、あの流れでよくついて来れたな」

 

「女中ですから」

 

「そうか…」

 

 答えになってないだろうと内心で突っ込みつつも、ローファスはユスリカの追従を咎めたりはしない。

 

 と、そんな二人の後ろから、誰かが走って追い掛けて来た。

 

「待って、待ってくれローファス!」

 

 アベルだった。

 

「…なんだ。《邪竜》戦への参戦なら許さんぞ」

 

「いや、ただ謝りたくて」

 

「なに?」

 

 足を止め、露骨に眉を顰めるローファスに、アベルは深々と頭を下げた。

 

「ごめん…! みんなを勝手に連れて来て。君が彼女達を危険から遠ざけてたって所まで頭が回らなかった。本当にごめんなさい」

 

「いや、もういい。俺の方も説明不足だったしな」

 

「それで、その…恥を忍んで言うけど、僕だけでも戦闘に参加させてもらえないかな」

 

「…」

 

 億劫そうなローファスの様子に気付いたアベルは、必死に自分をアピールする。

 

「前に別れてから色々あったんだ。フランに言われてヘラス山に行って火神に修行をつけてもらったり…そりゃ、まだまだローファスの足元にも及ばないとは思うけど、僕も少しは強くなったというか…ローファスを一人で戦わせたくないって気持ちは、リルカやファラティアナにも負けないというか…」

 

 最後の方は自信なさそうに、しかし思い切ったように顔を上げてアベルは言う。

 

「まだ、僕じゃ駄目かな? 君の隣で戦うには、まだ足りないかな?」

 

「…」

 

 ローファスは暫しアベルを見つめ、拳でこつんとアベルの胸板を叩く。

 

「いい試合だった」

 

「え…試合って、ボレアスとの戦い、見ててくれたの?」

 

「ボレアスだけじゃない。《十面相の麗人》クリスティ戦、それ以前の北闘技場(ノースブロック)での試合も全て見ていた」

 

「あ…」

 

 胸が熱くなるのを感じ、アベルはきゅっと口を噤む。

 

「もう貴様を弱いとは言わん。この短期間で、よくここまで練り上げたものだと感心していた」

 

 だが、とローファスは続ける。

 

「既に《邪竜》を殺す為の道筋は立ち、貴様等抜きでの準備も終えている。貴様らを戦力外と言ったのは、別に弱いからという意味ではない。新たな戦力を計画に組み込んで、上手く回る保証がなかったからだ」

 

「そ、そっか…ごめん…僕、自分の事ばかり…」

 

「そう自信無さそうにするな。堂々と立て、アベル・カロット——俺が太鼓判を押してやる。貴様は強い」

 

「——!」

 

 認められた——そう意識すると、アベルの瞳から自然と涙が溢れ出てきた。

 

 意図せぬ涙。

 

 アベルは羞恥に苛まれるように顔を隠す。

 

「ご、ごめん…変な所見せて…」

 

「…貴様は色々と思い詰め過ぎなんだ」

 

 ローファスは溜め息混じりに、懐から取り出したハンカチをアベルに投げ渡す。

 

「男の涙を拭いてやる気はない。勝手に使え」

 

「わ、悪いよ。前のも返してないのに…」

 

 それは以前、帝国からの帰還している時の事、飛空艇にて。

 

 アベルはローファスに、どうすれば強くなれるか相談した事があった。

 

 その折、色々あってアベルはローファスより淹れたてのコーヒーをぶっかけられ、これで拭けとハンカチを受け取っていた。

 

「まとめて洗って返すから…!」

 

「くれてやる。そもそもそれは、お節介な商人に持たされたもので俺の私物ではない」

 

 まあだが、とローファスは頬を掻く。

 

「…《邪竜》殺しへの参戦はしなくて良いが、その戦闘にリルカやフォル、ユスリカが巻き込まれないように守ってやってくれないか」

 

「そ、それは勿論! みんなの事は絶対に守るよ! この命に換えても…」

 

「貴様自身も無事でいろ。《邪竜》で終わりではないのだからな」

 

「そっか…確かに、そうだね」

 

 苦笑するアベルに、ローファスはああそうだ、と手の平に術式を構築する。

 

 アベルの耳元に複雑な幾何学模様が刻まれた。

 

「…? これは?」

 

「勝手で悪いが、念話の術式を刻ませてもらった。何かあれば魔力を通して話し掛けろ。直通で俺に繋がる。当然、緊急な要件があれば俺の方からも連絡させてもらう」

 

「…! 分かった! いつでも言って!」

 

 やる気十分に握り拳を作って見せるアベルに、ローファスは微笑み踵を返す。

 

「ではもう行く。俺は自室で計画を詰める。できれば、他の連中を俺の部屋に来させないようにして欲しい」

 

「…努力はする」

 

「頼んだぞ」

 

 先程とは打って変わり、穏やかな雰囲気でローファスとアベルは別れた。

 

 ローファスについて行くユスリカは、うちの主人は遂に男まで攻略し始めたのだろうかと遠い目をしていた。

 

 対して廊下に一人残されたアベル。

 

 二人のやり取りの一部始終を見ていたポワポワと浮かぶ火の玉(カナデ)は、口にこそ出さないが「上手く丸め込まれちゃったなー」と溜息を吐いている。

 

「——ぐ!?」

 

 そんな時、アベルが胸を押さえて苦しみ始めた。

 

 胸の奥から熱い何かが溢れ、目眩と息苦しさに襲われる。

 

『え、ちょ、アベル? どしたの急に!? アベル!?』

 

 火の玉の状態は実質的に魂に近しい状態であり、カナデは苦しむアベルを助ける事ができない。

 

 あまりにもアベルが悶え苦しむ為、どうにか入れ替わろうと肉体の主導権を奪いにいくも、アベルの魂がガッチリと肉体に張り付いて離れない。

 

『え、本当になんなの!? なんかの発作!? 急病!? 誰かー!! 119番ー!!』

 

 カナデは必死の思いで叫ぶが、当然その声は誰にも届かない。

 

 アベルの肉体は赤みがかり、遂には煙まで出始めた。

 

『本当にどういう状態!? ローファスー! お願いだから帰ってきてー!!』

 

「いや、もう大丈夫だ…心配をかけて悪い」

 

 絶叫するカナデの魂に、アベルは乱れていた呼吸を整えつつ謝る。

 

 廊下の隅で蹲り、苦しみ悶えていたアベルはすっと起き上がった。

 

『いや大丈夫な訳ないでしょ!? 体が真っ赤になって煙まで出てたんだよ!?』

 

「本当になんだったんだろうな…苦しかったけど、嘘みたいに消えた。今はもうなんともない」

 

『流石に恐過ぎるって。まさか魔人化(ハイエンド)か《獄炎》の反動とか?』

 

「いや…この程度で反動なんて…」

 

『気をつけなよー。前も無理して身体が崩壊しかけ——…ん?』

 

 と、ここでカナデは気付く。

 

 アベルの肉体に起きた異変に。

 

『…』

 

「ん? どうした、相棒」

 

『いや、どうしたっていうか…アベル君?』

 

「どうしたんだ一体。突然君付けなんて気色悪いな」

 

 ハハ、と楽観的に笑うアベルに、カナデは真面目な声色で言う。

 

『いや、どうしたもこうしたもないって言うか…自分の体、よく見てみ?』

 

「は?」

 

『…俺の目が正しければさ、アベル()が、アベルちゃん(・・・)になってるんだけど』

 

「は…?」

 

 アベルは恐る恐る視線を己の肉体に落とす。

 

 服を押し上げる二つの膨らみが見えた。

 

「…」

 

 アベルは、顔を真っ青にした。

 

 

 ヘラス山——火神の神殿。

 

 それは、火神エリファスによる修行の最終日の事。

 

 少ない荷物をまとめるアベル。

 

 その後ろでふとふわふわと浮かぶ火の玉——カナデが、エリファスに尋ねる。

 

『そういやさ、前にローファスを信用するな、後悔するぞ、みたいな事言ってたじゃん? あれってどういう事なの?』

 

「あぁ?」

 

 突然声を掛けられた頭に一対の捻れた角を生やした蒼炎の魔人——エリファスが眉を顰めた。

 

『ほら、言ってたじゃん』

 

「ああ、それは僕も気になっていた。ローファスは今まで誰よりも《闇の神》の勢力と戦って来たし、裏切るなんて考えられない。詳しく教えてくれ」

 

 カナデに便乗してアベルも問う。

 

 エリファスは首を捻り、ああ、と思い出したように顔を上げた。

 

「言葉は正確に記憶しろ。信用するななどと言った覚えはない。気を許し過ぎるなと言ったんだ」

 

『え、一緒じゃない?』

 

「一緒ではない。意味合いが全然違う」

 

 エリファスは溜息混じりにアベルを見た。

 

「一応確認だが、アベル。お前は将来、アステリアと一緒になりたいんだろう?」

 

「え…う、うん…まあ」

 

 顔を赤めるアベルに、カナデは『前回結婚しといて何その初々しい反応ー?』と茶化す。

 

 対するエリファスは真面目な顔で言う。

 

「なら、拙いだろう」

 

「拙いって、何が? それとローファスに気を許すのとなんの関係があるんだ」

 

根源(ルーツ)としての力を引き出し、それをお前自身が鍛え伸ばした結果、お前は人間よりも精霊に近い存在になっている。これが問題だ」

 

「問題…?」

 

「精霊の姿は千差万別。同一種など存在しない。だがアベル、お前は精霊である俺の直系の子孫だ。この意味が分かるか」

 

「…?」

 

 首を傾げるアベルの隣で、カナデが何かに気付いたようにピクッと反応した。

 

『待って…同一種が存在しないなら、子供は…』

 

「察しが良いな。精霊は異種族との交配が可能だ。俺が嫁に選んだ相手は人間だった。だから俺も、人間に近しい姿になっている」

 

『姿になっている…? つまり、好きになった相手——種族によって肉体が変わるって事? 人間なら人間に近い姿に、ドラゴンならドラゴンに近い姿に』

 

「ああ。選んだ相手と交配する為に肉体は変わる。これは意思ではなく精霊に備わった本能のようなものだ」

 

『じゃあ、アステリア相手なら男のままだけど、ローファスを意識し過ぎちゃうと…』

 

 カナデの確信めいた呟きに、エリファスは頷く。

 

「ああ、アベルはローファスの子を産むために女になる」

 

「はあああっ!?」

 

 アベルが絶叫にも近い声を上げた。

 

「いやいやいや! 僕は至ってノーマルだ! 確かにローファスの事は尊敬してるけど、異性としてなんて見た事ない!」

 

「精霊には元々雌雄の概念はない。まあ性質的に男性的か女性的というのはあるがな。だが大元は魔力や性質を好いた奴の種族に合わせる。今のお前は人よりも精霊に近いと言った筈だ。当然、ローファスを意識し過ぎれば女に変わる」

 

「冗談じゃない!」

 

「だろうな。だから後悔すると言ったんだ。こればかりは本能的なものだから意志の力ではどうにもならないからな」

 

「もっと早く言ってよ! 明らかに説明不足でしょ!?」

 

「あの時はそれ以上言及してこなかったろう。まあ俺も、子孫が暗黒神(アレイスター)の血筋と交わるのは気持ち的に嫌だからな。だから警告させてもらった」

 

「ちょっと待って…この身体は精霊に近いから本能的にそういう事になるんだよね。意思の力ではどうしようもなくても、意識は影響したりするのか? 例えば…」

 

 アベルは顔を引き攣らせながら火の玉——カナデを見た。

 

「精霊の体に女の精神が入って、ローファスに対してドキドキしたりすると…」

 

『ど、ドキドキなんてしてねーから!』

 

 声を裏返しながら否定するカナデ。

 

 エリファスは頷く。

 

「まあ、間違いなく女の意識に引っ張られて肉体が変化するだろうな」

 

 アベルはがばっとカナデに顔を向けた。

 

「相棒! 今後不用意な入れ替わりは無しだ! いいな!?」

 

『えー…ヒロイン昇格行けるかと思ったのにー』

 

「軽く言うな! 僕の身体だぞ!」

 

『私が表に出た時は女で、アベルが変われば男、みたいに切り替えできないかな?』

 

「できたとしてもそんなちゃらんぽらんな身体は嫌だからな!」

 

 以前フランにも、精霊だから女体化してローファスのハーレム入りがどうのと言われた事をアベルは思い出す。

 

 冗談だと思っていたが、思えばフランは《神託》を元にそうなる可能性を話していたのかも知れない。

 

 となれば、冗談では済まない。

 

『ちょっと位良いじゃーん。週二…いや、週一だけでも…』

 

「絶対駄目だ! 大体週一で女になってローファスと何する気だ! 僕の身体で!」

 

『えー…だめ?』

 

「駄目!」

 

 アベルは全力で拒否した。

 

 

 時は戻り、廊下。

 

「——ああああっ! アステリアになんて説明すれば良いんだああ!!」

 

 女体化してしまったアベルの甲高い絶叫が、通路に響いていた。

 

 

 太陽が傾きかけていた。

 

 《邪竜》の完全復活まで、後4時間。

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