悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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209# 焔の介入

 《邪竜》七体は、ローファスの作戦通り処理された。

 

 しかしその後の展開は、ローファスの想定を完全に上回っていた。

 

 魔力探知なんて使う必要もなく感じ取れる三つの巨大な魔力。

 

 ローファスは即座に状況を把握した。

 

 完全体の不死身の《邪竜》が《霊峰》を吹き飛ばして現れ、そしてその地下には同等以上の力を持つ同質の魔力反応——恐らく神化(アバタール)した《邪竜(魔王)》。

 

 そして同時多発的に、タチアナの魔力暴走。

 

 ローファスは悟る。

 

 これら全てを同時に止めるのは、仮にローファスが《神》の力を解放しようと無理であると。

 

 タチアナが暴走している以上、地神の《権能》封印というサポート無しに《邪竜》を倒さなければならないという事——それも二柱。

 

 《神》の増殖、その上力を完全解放して地神の封印を完全に破壊した。

 

 マーズはテセウスが殺した。

 

 つまりこの増殖も《邪竜》の完全復活も、マーズの仕業ではない。

 

 では誰の仕業なのか——そんなの当然、《闇の神》に決まっている。

 

 なぜ増殖の《権能》を《闇の神》が使えるのか、この力はマーズのものではなく《闇の神》のものという事なのか、そもそも《邪竜》が完全復活できるなら、なぜ前回——《物語》ではしなかったのか。

 

 疑問は尽きないが、悪化し続ける状況は待ってはくれない。

 

 ローファスは急ぎタブレットを取り出す。

 

「テセウス!」

 

『…状況は理解している。残念ながら詰みだ。どうしようもない』

 

 テセウスは実に冷静に、淡々と事実を述べる。

 

 ローファスは続けて小さな頭骨を取り出した。

 

「レーテー…!」

 

『…流石にこれは無理だよ。やり合うとなると僕は兎も角、フィリップが死んじゃう。奥の手も…間違いなく君の望む結果にはならない。被害を拡大させるだけだと思う。ごめんね…』

 

 当然の反応。

 

 レーテーに身内を危険に晒してまで尽くす義理はない。

 

 所詮は魔法具の回収の為。

 

 今必要なのは取捨選択、何を救い、何を見捨てるか。

 

 今、《忌子》として暴走を始めたタチアナを止めなければ、彼女は聖竜国を滅ぼすレベルの災害を撒き散らした後に死に絶える。

 

 同じ《忌子》であるローファスならば、タチアナの暴走を止める事は可能だが、そうなると掛かり切りになる。

 

 《邪竜》と《神》として顕現した《魔王》は、野放しになる。

 

 そうなれば恐らく、聖竜国は壊滅的な被害を受けるだろう。

 

 リルカやフォル、ユスリカやアベル達がどうなるか。

 

 彼、彼女らは、ローファスを置いて逃げてくれるだろうか。

 

 答えは否——きっと《邪竜》と《魔王》に立ち向かい、全滅する。

 

 テセウスの言う通り、状況は詰んでいる。

 

 全てを救うなんて、そんな都合の良い結末は——

 

 そんな時だった。

 

 念話の術式を通して、アベルから呼び掛けがあったのは。

 

『ローファス』

 

「…アベルか」

 

『指示を。僕はどうしたら良い』

 

 短く、端的に判断を問うてくるアベル。

 

 一切の迷いがない。

 

 ローファスならば正しい道筋を示してくれると信じ切った声。

 

 今となっては、その想いはローファスにとって限りなく重い。

 

「…頼みたい事がある。フォル、リルカ、ユスリカを連れて逃げてくれ。聖竜国を出て、できる限り遠くへ」

 

 今の自分では戦いながら守り切る自信がない、だからこその願い。

 

 酷く無様で、滑稽だとローファスは自嘲する。

 

『それは構わない…けど、それで本当に、ハッピーエンドに繋がるのか?』

 

「ハッピーエンドだと? 耳が痛いな。残念だが作戦は失敗だ。《魔王》スペルビアが復活し、不死身の《邪竜》も解き放たれた。そしてそれに伴い、タチアナの魔力が暴走している。はっきり言ってどうしようもない。だが俺は、タチアナにどうにかしてやると言ってしまったからな。せめてここに残って被害を最小限に抑えてやらねばならん」

 

やっぱり(・・・・)、タチアナは暴走してるのか。何でそうなったかまでは分からないけど…それ、僕が押さえるのは無理かな?』

 

「無理だ。純粋な力では、《邪竜》よりも《魔王》よりも今のタチアナの方が上だ。仮に止められたとしてもタチアナは死ぬ。タチアナを生かして止めるには、俺がやるしかない」

 

『そっか…分かった』

 

 アベルは力強く笑って言う。

 

『なら、ローファスはタチアナをお願い。《魔王》は僕が押さえる。《邪竜》はアステリア達がなんとかしてくれる』

 

「馬鹿な事を言うな。以前貴様らが戦った《魔王》ラースなどとは比較にならんぞ。《邪竜》だってそうだ。貴様らではタチアナ無しで不死身を攻略するのは無理だ」

 

『言いたい事は何となく分かるよ。でもローファス、一人で全部やろうとしちゃ駄目だ。僕達がここに来たのは、君を一人で戦わせない為なんだ』

 

「ふざけるな…! 何も諦めると言っている訳ではない! 一時退いて体勢を立て直す必要があると…」

 

『でも、君は残るんだろう。被害を押さえるって言った。タチアナの暴走を止めて、その後《魔王》と《邪竜》を相手にする気なんじゃないか?』

 

「…誰かがやらねばならない」

 

『君はそれで死ぬかも知れない』

 

「死ぬ気はない」

 

『当然だよ。でも…死なない保証はない。だから一人ではやらせない』

 

「アベル…!」

 

『僕は、間違えた』

 

 聞き分けのない事を、と苛立つローファスに、アベルは静かに語る。

 

『前回の記憶が無いアステリアを勝手に弱いと決めつけて、戦いに巻き込まないように避けてきた。でも…それが酷く傲慢で、彼女の気持ちを蔑ろにしたものだって気づいた』

 

 というか、アステリアにめちゃくちゃ怒られて言い聞かされた、とアベルは苦く笑いながら言う。

 

「…俺が間違っていると言いたいのか。フォルやリルカ、ユスリカを戦いから遠ざけているのは、俺の傲慢だと」

 

『そんな事ない、君はいつも正しいよ。君の彼女達を傷付けたくない、失いたくないって気持ち、痛い程分かる。本当に優しい。優しくて…残酷だ。君は愛する彼女達を置いて、一人で戦おうとしている』

 

「知った風な口を」

 

『彼女達は、君が思う程弱くない』

 

 アベルのその言葉に、ローファスは冷や水でも浴びせられたような気持ちになった。

 

 念話により思考の一部が繋がっているからか、まるでアベルに胸ぐらを掴まれているかのような感覚を覚える。

 

『君の覚悟、彼女達を大事にしたい想いを汲み取れなかったのは謝る。でもね、君の方こそ彼女達の——僕達の覚悟を甘くみるなよ。僕達は、君を死なせない為に命懸けでここに立っているんだ。誰も死なさせない、絶対にみんなで生きて帰る。《邪竜》も《魔王》も、《闇の神》だって全部倒す』

 

「…まるで、《物語の主人公》のような物言いだな」

 

『そうだったらしいよ。相棒から聞いた話では。でも、今は君だ——ローファス』

 

 それだけ言い残し、アベルは念話を切った。

 

 ローファスはほっと息を吐き、タブレット(テセウス)頭骨(レーテー)に告げる。

 

「テセウス、レーテー。作戦は続行だ」

 

『…おいおい。聞いてはいたが、まさか今の下らない根性論に絆されたってのかい? 君らしくない』

 

『続行って…』

 

 困惑する二人に、ローファスはそれぞれ指示を出す。

 

「レーテー、戦う必要はない。作戦の通り準備(・・)だけしていろ」

 

『まあ、そういう事なら…』

 

「テセウス。打ち手(プレイヤー)は誰だ?」

 

『…君だ。分かったよ…駒は、仮に捨て駒にされようが文句を言ったりはしない。粛々とやらせてもらうよ…駒として、私のやり方でね』

 

 その会話を最後に、テセウスとレーテーは通話を切った。

 

 そしてローファスは、鎌の刃で手首を斬り、血を影に垂らす。

 

 今必要なのは、駒。

 

 それもポーンのような雑魚ではない、ルークやクイーンのような強き駒。

 

 ローファスが誰にも話していない切り札の一つ。

 

 血は影の中で魔法陣を形成し、遥か東から呼び寄せる。

 

 魔法陣から海水が溢れ出し、黒き人影が現れた。

 

 全身から海水を滴らせながら、影は億劫そうにローファスを睨む。

 

『おい…いきなり強制召喚(呼び出す)とはどういう了見だ。俺は貴様の“計画(プラン)”の為に極東の海にまで赴いていたんだぞ。それも、丁度交渉中(・・・)だった』

 

「悪かったな。緊急事態だ」

 

『…そのようだな。この俺を呼び戻す程だ』

 

「状況の説明は?」

 

『不要だ。貴様を通じて全て見ていた(・・・・)からな。それで、俺はどれをやれば良い?』

 

 好戦的に口角を上げる影に、ローファスは肩を竦める。

 

「《邪竜》を頼む。時間稼ぎで良い」

 

『はっ! 時間稼ぎだと? なんだその弱腰は! ライトレス侯爵家の次期当主ともあろう者が情けない! 真正面から殺してやろう、不死身の《邪竜》とやらをな!』

 

「分かっているとは思うが、アベル達には手を出すなよ」

 

『…さてな』

 

「おい」

 

『フン…駒は粛々と、だったか』

 

 肩を竦め、影は消えた。

 

 ローファスは溜息を吐き、天に逆巻く大地のエネルギーに目を向ける。

 

 今も尚高まり続けているエネルギー。

 

 そのエネルギー量に、世界が耐え切れず空間が悲鳴を上げている。

 

 タチアナ——《忌子》の暴走。

 

 ローファスの時と違うのは、大地のエネルギーそのものに純粋な破壊性があるという事。

 

 ローファスの暴走のきっかけは人の領域から外れた魔法——《(ニュクス)》の発動であった。

 

 それ故にローファスの暴走には魔法の特性も相まって破壊力はなかった。

 

 しかしタチアナは違う。

 

 今のタチアナは天災そのもの。

 

 同じ《忌子》であるローファスでも、半端な魔人化(ハイエンド)では押し負ける。

 

 或いは、属性の特性的に純粋な破壊力だけならローファス以上かも知れない。

 

魔人化(ハイエンド)——《宵闇の刈手》」

 

 ローファスの全身が深淵に染まる。

 

 向かう先は逆巻く大地エネルギーの奔流の中心——タチアナの下へ。

 

 

 時は遡り、《邪竜》二体が蒼炎により封じられた後の事。

 

 フォルはリルカ達と合流するようアベルから指示され、気絶したボレアスを連れてその場を離れた。

 

 そして一人になった時、アベル——正確にはカナデに異変が起きていた。

 

『…ねえ、やっぱこれなんの音? さっきからずっとシャンシャン鳴ってるの。なんかの魔法とかかな? 耳痛くってさ』

 

 突然、火の玉(カナデ)がそんな事を言い出した。

 

 鈴の音、そんなものはアベルには聞こえない。

 

「さっきも言ってたな…また何か聞こえるのか?」

 

『いや…実はずっと聞こえてて、どんどん大きくなってるんだよね…え、アベルこれ聞こえないの? かなり大きい音なんだけど。ほら、クリスマスでサンタがソリに乗って鳴らす鈴みたいな感じ』

 

「クリス…サンタ? すまん、全然分からん」

 

『あー、クリスマス文化こっちないのか…んー、でもサンタの鈴とはちょっと違うかも? なんだろ、なんか懐かしいような…あ、なんかごめん、気にしないで。今はそれどころじゃないし』

 

「…」

 

 確かに、今はそれどころではない。

 

 原因は分からないが、《邪竜》が何体も現れた。

 

 魔力探知が苦手なアベルでも、流石に《邪竜》程大きな魔力反応は感じ取れる。

 

 アステリア達の方の戦いも無事終わっており、もう一方の別の勢力は完全に倒している。

 

 残りの《邪竜》は、天上でローファスが戦っている一体のみ。

 

 そこの援護に行こうとしていた矢先の、カナデの異変。

 

 カナデは以前、アベルの体から魂が抜けて消滅しかかった事があった。

 

 その時にはローファスに助けられ、カナデの魂はアベルの肉体に戻ったものの、この状態がいつまで続くかは分からないとローファスは言っていた。

 

 前回のように魂が抜けた訳ではないが、僅かな変化も気掛かりというもの。

 

 ともあれ、前回ほどの緊急性は見られない。

 

 この騒動を終えた後、できるだけ早くローファスに相談しようとアベルは思う。

 

 が、この瞬間——アベルの魂は、アベル自身の身体から追い出されるように飛び出した。

 

『——! 相棒!?』

 

「え、あれ? なんで…」

 

 アベルの肉体には入れ替わるようにカナデの魂が入っている。

 

 アベルは身体の主導権を取り戻そうと肉体に入ろうとするが、カナデの魂は肉体にへばりついて離れない。

 

『相棒! こんな時に何やってるんだ!』

 

「いやいやいや! 違う、違うからね!? 私別に乗っ取ろうとかしてないから! そりゃ女の子の体になったしヒロイン昇格も夢じゃないとは思ったけど、流石に今じゃないのは分かってるよ!?」

 

『今後も駄目だ! いやそうじゃない! お前じゃないならどうなってる!?』

 

「分かんないよ…こんな事、今まで一度も…」

 

 アベルとカナデの意識の主導権は、意思の強さによって切り替わる。

 

 そして、基本的に意志の強さはアベルが上。

 

 意識的に主導権を譲るか、或いは瞬間的にカナデの意志の強さがアベルを上回らない限りは肉体の主導権が入れ替わる事はなかった——少なくとも、今までは。

 

「んんっ…熱っ——い、いたたたっ」

 

 そしてアベル——カナデは見えない力に手を引かれた。

 

 左手の甲、火神の加護の証である蒼い炎の紋章が燃えるように輝きを放ち、強い力で引っ張られている。

 

 これは、火神が何かを示しているのか。

 

 アベルは決意する。

 

『…行こう』

 

「え、でも《邪竜》は…」

 

『良い。残りの《邪竜》の相手をしてるのはローファスだ。だからきっと大丈夫。これは多分火神の指示、何か意味がある筈だ。身体が入れ替わった事も、お前にしか聞こえない鈴の音も』

 

「…分かった」

 

 カナデは強く頷き、手を引かれる方向に走った。

 

 先に進むにつれて鈴の音は、その大きさを増していた。

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