悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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24# 初代の墳墓

 魔力探知をフル稼働させながら、墳墓内を走り抜ける。

 

 墳墓の中は、初代の魔力の残痕なのかは不明だが、高濃度の魔素で満たされている。

 

 普通そんな中では魔力探知など碌に機能しないのだが、それは一般的な魔法使いであればの話。

 

 俺程の魔力量があれば、ゴリ押しで案外どうにかなるものだ。

 

 壁だろうが床だろうが、お構い無しに透視する。

 

 まあ、高出力の魔力波を広範囲に飛ばしている分、俺の居場所は墳墓内の初代の使い魔共にも筒抜けだろうがな。

 

 因みに、この魔力波は探知する為のもので、威圧目的では無い為、他者を失神させる様な事は無い。

 

 しかし幾ら高度な魔力探知だろうと、魔力を持たない者は探知出来ないと言う欠点がある。

 

 だが、そこは高密度の魔素で満たされた墳墓だ。

 

 魔力探知をすれば、魔素で満たされた墳墓全体が薄らと反応する。

 

 逆に言えば、墳墓内に反応しない部分があれば、そこに魔力を持たない人間がいると言う事だ。

 

 因みに、物語で得た情報だが、《緋の風》のメンバーの中で魔力持ちは、ヒロインの一人である奴だけだ。

 

 ここまで分かっていれば、墳墓内の何処に何人居るかを容易く把握出来る。

 

 魔力探知の反応を見るに、一階層に魔力無しの人間が四人、四階層に魔力持ちの人間が一人。

 

 …何故この墳墓内で一人だけ別行動を取っている?

 

 馬鹿なのか? 自殺志願か?

 

 或いは、パーティを分断するタイプの罠にでも掛かったか?

 

 転移や等のトラップは、掛かった者の魔力を消費して発動するものもある。

 

 魔力持ち一人が分断されているなら、そう言うタイプの罠が発動したのやも知れんな。

 

 しかし、四階層か。

 

 《初代の墳墓》は全五階層からなる地下墳墓だ。

 

 下層に降るにつれて魔素の濃度が増し、使い魔も強力になる。

 

 四階層ともなれば、その使い魔の強さは最高レベル。

 

 俺の知る限り、知能が高い個体も居る階層だ。

 

 魔力探知の反応を見る限り未だ生きてはいる様だが、死ぬのは時間の問題だろう。

 

「…ちっ」

 

 俺は舌を打って駆けた。

 

 死ぬのは勝手だが、ライトレスに関係の無い所で死んでくれ。

 

 何が俺の死に繋がるか分かったものではないのだ。

 

 特にライトレス領内での物語のヒロインの死など、冗談では無い。

 

 俺以外に物語の夢を見た奴が居る可能性は、十分にあるのだ。

 

 それこそ可能性の話ではあるが、物語の夢を見た奴が、万が一主人公勢力の誰かの中に居て、今回俺がヒロインの一人を見捨てたとして、それを知られたとしたら?

 

 よくもリルカを見捨てたな、と奴らは俺を殺しに来るだろう。

 

 そんな可能性は零に等しいが、零ではない。

 

 俺が将来殺される要因を全て潰すのは流石に現実的では無いが、やれる事はやるとしよう。

 

 それが例え、憎き主人公勢力の一人を助ける結果になろうと、だ。

 

 暗黒の回廊を駆け抜け、向かう先は四階層。

 

 他の魔力無しの《緋の風》メンバーは一旦捨て置く。

 

 不死身の使い魔とは言え、所詮は一階層。

 

 《緋の風》メンバーなら直ぐに死ぬ事は無いだろう。

 

 *

 

 魔力探知を頼りに墳墓内を駆け抜け、瞬く間に四階層だ。

 

 墳墓内を彷徨く初代の使い魔は、ライトレスの血筋である俺には手を出さない。

 

 故に無用な戦闘をせずに、最短で目的地に辿り着いた。

 

 そこでは、薄い茶髪の少女が影から伸びる触手に囚われ、今正に引き摺り込まれている所だった。

 

 …随分とギリギリだな。

 

 陰に潜み、人を食う触手。

 

 古代の魔物、恐らくは人喰い(マンイーター)の類だろう。

 

 運が良いのか悪いのか、四階層では最弱レベルの初代の使い魔だ。

 

 俺は手の中に暗黒鎌《ダークサイス》を生み出し、振るって触手を断ち切った。

 

 身体が自由になったと言うのに、呆けた顔の少女の首根っこを掴んで影の中から引き摺り出す。

 

 後ろに括った薄い茶髪に、小柄な身体。

 

 当然幼さはあるが、見間違う筈もない。

 

「…やはり貴様か、リルカ・スカイフィールド」

 

 物語の四天王戦において、リルカ・スカイフィールドは、ファラティアナの様に、俺に対して特別悪意を向けては来なかった。

 

 故に、こいつに対してはそこまで悪い印象は無い。

 

 まあ普通に攻撃はしてきたし、良い印象も無いがな。

 

 へたり込んだリルカは俺を見つめ、呆けた顔で首を傾げる。

 

「はえ? なんで私の名前を?」

 

「…」

 

 俺は目を細める。

 

 こいつ、たった今死に掛けていた割には意外と余裕があるな。

 

 或いは天然か、馬鹿なのか。

 

 いずれにせよ、その疑問に答える義理は無いな。

 

「ここはライトレス由来の遺跡だ。何を勝手に侵入している」

 

 威圧的に問い掛けると、リルカは我を取り戻した様に姿勢を正した。

 

「え…あ、ごめんなさい。ん、え? ライトレスの遺跡?」

 

 混乱した様子のリルカ。

 

「知らずに入ったのか」

 

「情報では暗黒神の遺跡って…」

 

「はあ?」

 

 暗黒神とは、王国で信仰する六神教の神だ。

 

 六神とは、千年前に王国の建国に携わったとされる六柱の神であり、光、暗黒、火、水、風、地の六属性それぞれを司る神々だ。

 

 暗黒神は、そんな六神の一柱である。

 

 だが、ここがそんな暗黒神の遺跡だと?

 

「先も言ったが、ここはライトレス由来の遺跡だ。暗黒神と関わりは無い。何処でそんなガセ情報を…」

 

「うぇ!? でも、これは確かな情報で…あれ、おっかしいなー?」

 

 首を傾げるリルカに、俺は溜息を吐く。

 

「…いずれにせよ、貴様等がここに居る事を許す訳にはいかん。仲間と共に即刻立ち去れ」

 

「…って言われても、ここが何階かも分からないし、ヤバそうな魔物は彷徨いてるし…ってあれ? そう言えば君は…?」

 

 今更になってその疑問か?

 

 貴様は今まで誰と話しているつもりだったのだ。

 

 頭の緩い女だなこいつ。

 

 俺の視線に気付いたのか、リルカは目を釣り上げる。

 

「あー! 今、私の事馬鹿って思ったでしょ! シギル兄と同じ目だったもん!」

 

 シギル…確か《緋の風》のリーダーだったか?

 

 全く、馬鹿との会話程疲れるものはない。

 

 そんな感想を抱いていると、リルカの足元の影より膨大な量の触手が現れ、一斉に俺に襲い掛かった。

 

 迫る触手の全ては、俺の魔法障壁が難無く受け止め、その間に手に暗黒槍《ダークランス》を生み出し、リルカの影に潜む人喰い(マンイーター)に深々と突き刺す。

 

 回廊に響く、甲高い断末魔。

 

 直後、俺に伸びる触手はその全てが霧散する様に消えた。

 

 こいつも影の使い魔である以上、無論死んだ訳では無いが、魔物の心臓とも言える魔力核を破壊した。

 

 再生して動ける様になるまで少しは時間が掛かるだろう。

 

 見るとリルカは腰を抜かしていた。

 

「え、えへへ。腰抜かしちゃった…」

 

「何を笑っている。さっさと立て」

 

 冷たく言うと、リルカはしょんぼりした様に立ち上がる。

 

「うひー、冷たいなー…でも、君強いんだねー。さっきも助けてくれたし、ぶっきらぼうだけど実は優しいタイプ?」

 

「…さあな。ただ、貴様がうざったいタイプなのは分かった」

 

「あー! うそうそ、ごめんて! 助けてくれて本当に感謝してる、ありがとね!」

 

 俺は忌々しげにリルカを睨み、外套を翻して踵を返す。

 

「無駄話は沢山だ。仲間の元へ送ってやるからついて来い」

 

「え、本当!? わー! ありがとー!」

 

 何を思ったのか、俺に抱き着こうとしてきたリルカを寸前で躱した。

 

「…ありゃ?」

 

 俺の冷たい視線に気付いたリルカは萎縮する様に小さくなった。

 

「…ごめんなさい。もうしません」

 

「当たり前だ馬鹿者」

 

 吐き捨てて先に進もうとした所、またもリルカが背後から俺に抱きつく様に迫って来た。

 

 俺はそれを再び躱し、手に魔法を込めてリルカを睨む。

 

「貴様…」

 

 だが、リルカの顔にふざけた雰囲気は無く、鬼気迫るものがあった。

 

 リルカは叫ぶ。

 

「伏せて!」

 

「あ?」

 

 直後、俺の背後の魔法障壁に亀裂が入った。

 

「——!?」

 

 墳墓では油断出来ない為、念の為に通常よりも硬度を上げておいた魔法障壁。

 

 それに亀裂だと?

 

 見ると、俺の魔法障壁に亀裂を入れた存在は、隠れる事もせずに回廊の中央に立っていた。

 

 形状はボロ布に身を包んだ人型。

 

 手には暗黒鎌《ダークサイス》と思われる漆黒の大鎌。

 

 俺の魔法障壁に亀裂を入れたのはこの暗黒鎌《ダークサイス》か?

 

 ボロ布の中から、無数の眼をギョロギョロと覗かせるそれは、四階層でも非常に強力な初代の使い魔。

 

 ボロ布の人型は、周囲に四本の暗黒槍《ダークランス》を同時展開する。

 

 当たり前の様に魔法を行使するか。

 

 高位の竜種や魔鯨と同様に、知能の高いタイプだな。

 

「…に、逃げて! 私は良いから、貴方だけでも!」

 

 腰を抜かし、それでも俺に逃げろと叫ぶリルカ。

 

 俺は溜息混じりに、ボロ布の人型に合わせる様にこちらも手に暗黒鎌《ダークサイス》を生み出す。

 

「黙って座っていろ」

 

 初代の使い魔は、ライトレスの血筋の人間を攻撃しない。

 

 だが、それは絶対では無い。

 

 初代の使い魔を攻撃する等の敵対行動を取れば当然反撃してくるし、やった事は無いが、墳墓を荒らす様な行為をしても恐らく襲って来るだろう。

 

 そしてどうやら、侵入者を助けようとする行為も、初代の使い魔からすれば腹に据えかねる行いだったらしい。

 

 奴らからすれば、墓荒らしを助ける奴も、同様に墓荒らしなのだろう。

 

 ならば今後遭遇する初代の使い魔とは、全て戦わねばならないと言う事か?

 

 魔力探知をゴリ押しで使用した為に、俺の位置は初代の使い魔共にバレているだろうしな。

 

 これから山の如く押し寄せて来る不死身の使い魔共の相手をしないといけないとなると、実にうんざりする。

 

 俺はボロ布の人型を見遣る。

 

「…貴様は中々強そうだな。そんな貴様に敬意を表し、特別に俺の貴重な時間を5秒くれてやる。ほら、さっさと掛かって来い」

 

  初代の使い魔に俺の言葉が通じているのかは不明だが、聞くや否や、ボロ布の人型は四本の暗黒槍《ダークランス》を全て射出し、同時に目で追えぬ速度で俺の眼前に迫り、暗黒鎌《ダークサイス》で切り掛かって来た。

 

 流石に神代に存在した太古の魔物、基礎能力が高いな。

 

 早過ぎて目で追えん。

 

 だが、射出された四本の暗黒槍《ダークランス》と、零距離で振るわれた暗黒鎌《ダークサイス》は、その全てを膨大な魔力を注ぎ込んだ魔法障壁で防ぎ切る。

 

 鎌を防がれ、出来た一瞬の隙を突き、ボロ布の人型に対してこちらも暗黒鎌《ダークサイス》を振るう。

 

 だが、暗黒鎌《ダークサイス》がボロ布の人型を捉える事は無かった。

 

 暗黒鎌《ダークサイス》がボロ布の人型を切り裂くと同時、その身体は黒い霧となって鎌の斬撃を避けた。

 

「肉体の霧化? 珍しい技を使うじゃないか」

 

 霧化した身体は、物理攻撃も魔法攻撃もその全てを受け流す。

 

 霧化している最中は、正しく無敵状態となる反則じみた技だ。

 

 霧にダメージを入れる等、正に霧を掴む様な話。

 

 しかし一見使い勝手が良さそうなこの霧化だが、大きな弱点がある。

 

 霧化した身体は、謂わば身体が水蒸気の様に無数の小さな粒子に変化している状態だ。

 

 身体が小さな粒子状になっているという事は、通常時よりも魔力の影響を受け易いという事。

 

 体積が大きなものよりも、小さなものの方が魔力の通りが良い、これは道理だ。

 

 もしも霧化している状態で、己よりも格上の相手が放つ高密度の魔力波を受けたら…。

 

 それはもう、失神等では済まされない程の、えらい事になる。

 

 俺は霧化したボロ布の人型に、失望の目を向ける。

 

「貴様、初代に倒されて使い魔にされたのだろう? 格上相手に霧化をすればどうなるか、学ばなかったのか?」

 

 直後、至近距離で高密度の魔力波をぶちけてやると、ボロ布の人型は原型を留めない程に弾け飛んだ。

 

 宣言通り、きっかり5秒だ。

 

 粒子の一つ一つが俺の魔力波でズタズタになったのだ、再生にはかなりの時間を食うだろうな。

 

 まあ己の浅はかさを恨め。

 

 ふとリルカを見ると、まだ座り込んだままだ。

 

 ぽかんと大口を開け、俺を見上げていた。

 

「貴様は、腰を抜かしてばかりだな…」

 

 呆れてそう呟くと、リルカは気恥ずかしそうに笑う。

 

「逃げてー、貴方だけでもー…だって。あんな化け物を余裕で片しちゃうんだもんなー。あー恥ずかしっ」

 

 リルカは立ち上がろうとしたが、足が笑っており、ふらついて俺に凭れ掛かってきた。

 

 ハッとしたリルカは、焦った様に離れる。

 

「あ、ごめんっ。本当、今のはわざとじゃないからね? ちょっと足がもつれちゃって…」

 

 えへへと気まず気に笑うリルカは、足に上手く力が入らないのか、ふらついている。

 

 これは…腰を抜かしている訳では無いな。

 

 恐らく、ボロ布の人型に放った高密度の魔力波を、リルカも至近距離で浴びたのが原因だろう。

 

 魔力酔いの類いか? ならば回復までに少々時間が掛かるな。

 

 俺は舌を打ち、魔力を通し膂力を底上げした右手でリルカを抱き上げ、そのまま肩に担ぐ。

 

「えっ…え、ええ!?」

 

 一人騒ぐリルカ。

 

「耳元で騒ぐな」

 

「ちょ、いやいや、良いよそんな! その、私重いし!」

 

「騒ぐなと言っただろうが」

 

 俺は騒ぐリルカに構わず駆け出す。

 

「え、ええええー!?」

 

 魔力ゴリ押しの膂力任せに回廊を走り、その速度に驚いたのか悲鳴を上げるリルカ。

 

 だから五月蝿いぞ貴様。

 

 あまり悠長にしていると、他の《緋の風》メンバーが全滅する可能性がある。

 

 こんな所で道草を食っている場合では無いのだ。

 

 リルカは一通り叫んだ後、呼吸を整えて口を開く。

 

「いや、あの! もう抱えてくれるのは良いんだけど、この態勢はちょっと恥ずかしいと言うか!?」

 

 顔を赤らめて叫ぶリルカ。

 

 恥ずかしいだと?

 

 見ると、確かに少し横を向けば、すぐ近くにリルカの尻がある。

 

 肩に担ぐ関係から、この体勢になるのは仕方ないだろうが。

 

 それとも、ホットパンツから覗く露出した太もも…恥ずかしいと言っているのはこれか?

 

「我慢しろ。こんな格好をしている貴様が悪い」

 

「いや、別にこれは動きやすいからで!」

 

「知らん。貴様の様なガキには欲情せんから安心しろ」

 

「欲じょ…!? それにガキって、多分だけど同い年位だよね!? と言うか、出来ればお姫様抱っこが良いな、なんてー?」

 

 何とも巫山戯た要求をして来るリルカ。

 

「それは無理だな」

 

「無理って、何で…」

 

 ふと、リルカははためく外套から見え隠れする俺の左腕を見た。

 

 肘から先の無い左腕を。

 

「君、左手…そっか、ごめん」

 

「何を申し訳無さそうな顔をしている。貴様に謝罪される言われなぞ無い」

 

「…うん。でも、ごめん」

 

「…」

 

 リルカの下らぬ哀れみを無視し、俺は更に速度を上げる。

 

 回廊を進む毎に、初代の使い魔はわらわらと現れる。

 

 攻撃しても再生する様な奴らをいちいち相手にしてられない。

 

 時には使い魔の頭に暗黒球《ダークボール》をぶつけて怯んだ隙に、時には魔力を宿した足で蹴り飛ばしながら先に進む。

 

 やはりと言うべきか、来る時とは違い、リルカと言う侵入者を抱えているからか出会い頭に襲い掛かって来るな。

 

「君! 前前前ー!」

 

「分かっている! 騒ぐなと言っているだろう!」

 

 わーきゃーと耳障りに騒ぐリルカを叱責する。

 

 回廊の先から、大口を開けてこちらに迫る通路を塞ぐほどの巨大な顎。

 

 大蛇か、竜種の類か知らんが、この決して広くは無い回廊では、巨体と言うだけで厄介だ。

 

 隻腕の今、リルカを抱えるのに片手が塞がっている状態では鎌も振れない。

 

 魔力爆破を起こすタイプの魔法も駄目だ。

 

 万が一、回廊が崩れれば非常に面倒な事になる。

 

 俺は自身の影の使い魔を呼ぶ。

 

「海竜——ブレスだ」

 

 命令に呼応する様に、俺の足元から影が伸び、そこから魔の海域でストラーフのついでに使役した海洋竜《シーサーペント》が頭だけを出した。

 

 そして、暗黒のブレスを放つ。

 

 本来の海洋竜《シーサーペント》ならば高水圧のブレスを放つのだが、影の使い魔になった今、こいつは暗黒属性に変異している。

 

 放たれた暗黒のブレスは、大口を開けて迫り来る顎を、回廊の先まで穿った。

 

 開いた風穴を、初代の使い魔が再生する前に、一息に走り抜ける。

 

 ぽかんと口を開けていたリルカは、笑った。

 

「すっごい! 凄い凄い! 本当に強いね君!」

 

 不届にも俺の背中をばんばん叩きながらはしゃぐリルカ。

 

「止めろ鬱陶しい!」

 

 余りにも騒ぐものだから怒鳴りつけるが、リルカは抱き担ぐ俺の手からすり抜けた。

 

 そして軽業師の様な身のこなしで、すとんと俺の背中におぶさる形で収まった。

 

 そして後ろからがっちりと手足でホールドされる。

 

「貴様、何を勝手に…!」

 

 睨むが、リルカは笑う。

 

「だって、やっぱり恥ずかしいんだもん。だからこっちで!」

 

「こっちで、じゃない。足腰が立つなら降りろ」

 

「ほら、前前! 魔物いるよ!」

 

 リルカが正面を指差す。

 

 次は浮遊する黒い球体だ。

 

 大量の魔法陣が、黒い球体の背後に展開される。

 

 展開力は見事だが、発動が遅いな。

 

 俺はフリーになった右手に暗黒鎌《ダークサイス》を生み出し、黒い球体を真っ二つに切り裂く。

 

「一撃! また一撃!」

 

 またもテンション高めに騒ぐリルカ、五月蝿い。

 

 リルカは自力で俺にしがみついている為、俺が無理に支える必要は無い。

 

 右手も使える。

 

 考えてみれば、こちらの方が良いかも知れんな。

 

 暗黒鎌《ダークサイス》を片手に、現れる初代の墳墓を斬り伏せながら先に進む。

 

 三階層に上がり、それに伴い彷徨く初代の使い魔の格が落ちた。

 

「ねえ、君。ねえってば」

 

 話す余裕が出てきたのか、リルカは頻りに話し掛けてくる。

 

「ねえ、ねーえ?」

 

 暫くは無視していたが、余りにも五月蝿いので甚だ遺憾だが返事をしてやる。

 

「…五月蝿いぞ。なんだ」

 

「名前! まだ君の名前聞いてないの!」

 

「墓荒らしに名乗る名は無い」

 

「墓荒らしじゃないって! 空賊! トレジャーハンター!」

 

「知らん。同じ無法者だろうが、話し掛けるな」

 

「名前位教えてよー! ずっと君じゃ呼び難いじゃん。それに、私の名前知ってたよね? なんで? ねえなんで?」

 

「…黙れ。黙らねば落とすぞ」

 

 あー! 五月蝿い!

 

 なんだこのウザ絡みしてくる小娘は。

 

 耳元でなんでなんでと騒ぎおって、いい加減にしろ。

 

 本当に何なのだ、こいつは。

 

 こんなのが物語のヒロインの一人だと?

 

 これの何処がヒロインだ。

 

 ふと、リルカは首を傾げる。

 

「あれ、そう言えば墓荒らしって…やっぱり、この遺跡はお墓って事?」

 

「…」

 

 …失言だったか。

 

 余計な情報を与えてしまった。

 

 まあ、既に侵入されている時点で今更ではあるが。

 

「部外者が知る必要は無い」

 

「ライトレス由来の遺跡って言ってたけど、君ってもしかしてライトレス家の関係者?」

 

「…」

 

 別に、素性を隠したい訳でもないのだがな。

 

 しかし、どうやらこいつは、馬鹿だが妙に勘が良い。

 

 それに、外へ出てこの《初代の墳墓》の存在を広められると、色々と面倒だ。

 

 人の口に、戸は掛けられないとも言う。

 

 《緋の風》…やはりここでリルカ諸共皆殺しにしておくか?

 

 将来的に俺が殺される可能性と、《初代の墳墓》の情報が漏洩する事によるリスクを天秤に掛け、思案する。

 

 俺は足を止め、背中に引っ付くリルカを力任せに引き剥がす。

 

「え、え?」

 

 当然、意味が分からず混乱するリルカ。

 

 構わず、俺の影より無数の暗黒腕《ダークハンド》を伸ばして回廊の壁にリルカを磔にする。

 

「ちょ、ちょっと? え、何コレ、どゆこと…?」

 

 俺は暗黒鎌《ダークサイス》の刃を、リルカの首元に添える。

 

「——ひう!? ご、ごめん。私、そんなにうざかった…?」

 

 顔を青くし、表情を引き攣らせながらも笑うリルカを、俺は睨む。

 

 …ウザいだけで殺す訳が無いだろうが。

 

「名を、知りたいのだったな。俺はローファス・レイ・ライトレス——ライトレス家の嫡男だ。今、この遺跡に侵入した鼠共の処遇をどうしたものか悩んでいる所だ」

 

 俺が心中を話してやると、リルカは固唾を飲み込む。

 

「でもさっき、助けてくれるって…」

 

「そのつもりだったが、この遺跡の情報が外部に漏れるのはライトレス家としても拙いのでな」

 

 緊張した面持ちのリルカ。

 

「言わないよ…ここの事は、絶対に誰にも言わないから。他の皆にも、黙っててもらうから」

 

「それは貴様の、嘘偽り無い本心だろう。だが、それがこの先ずっと守られる保証は無い」

 

 リルカの目に浮かぶのは恐怖、そしてその瞳に写るのは、まるで物語の第二章に置いて、四天王《影狼》のローファスとして王国転覆を図った時の様な、冷酷な俺の姿だ。

 

 リルカは震える声で口を開く。

 

「…私、何でもする。だから…あれならもう私は良いからさ、仲間だけでも助けて欲しい、かな…」

 

 リルカの口から出たのは、己のでは無く仲間の命乞い。

 

 ——殺せ…リルカ・スカイフィールドを、殺せ…

 

 そんな言葉が、頭の中に響いた気がした。

 

 そうだな、その通りだ。

 

 こいつはここで、殺すべき…なのだろう。

 

 物語で《影狼》と呼ばれていた俺ならば、迷わず殺しただろうな。

 

 俺は軽く息を吐く。

 

 そして、暗黒鎌《ダークサイス》を下ろし、リルカの身体を拘束していた暗黒腕《ダークハンド》も解除した。

 

 自由になったリルカに、俺は背を向け、外套を翻す。

 

「行くぞ」

 

「…た、助けて、くれるの?」

 

 恐る恐る尋ねてくるリルカに、俺は振り返らずに答える。

 

「ここの事は誰にも言わないのだろう? 貴様のその言葉を、一旦は信じてやる。だが、もしも誰かに話したらその時は…」

 

「言わない! 絶対に言わないから!」

 

 慌てた様子で後をついてくるリルカ。

 

 

 暗闇の回廊の中、影など出来る筈も無いのだが、俺の足元にどす黒い影が伸びるのを幻視する。

 

 その影は、まるで何か言いたげに、俺の事を見ている気がした。

 

 何故殺さない、そう責めてくる様な、そんな気配。

 

 俺はそんな影を、踏み抜いて先へ行く。

 

 最初からありもしない影は、霧散して消えた気がした。

 

 

 リルカの瞳に写し出されていた、四天王《影狼》のローファスを彷彿とさせる様な、冷酷な俺の顔。

 

 あれは主人公勢力に敗退し、無様に死んだ敗者の顔だ。

 

 俺は同じ轍は踏まん。

 

 どんな手を使っても、絶対に生き残る。

 

 四天王になぞ、なってたまるか。

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