悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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213# 譲渡

 千年もの間保ち続けてきた封印が、突如として破られた。

 

 原因は不明。

 

 ローファスは《千人長(キリアルケース)》マーズを下手人と言って首を落とした。

 

 それが事実なのかは分からないが、何らかの魔法か、マーズは死体すら残らなかった。

 

 ただ、ローファスは早くタチアナの下へ行けとその場に居た者達を叱責した。

 

 代々姫巫女により引き継がれてきた鎮魂の儀は、人目に触れてはならない。

 

 故に毎年、祭壇には姫巫女だけが残り、その場に何人たりとも近付く事は許されない。

 

 その禁を破ってでもタチアナの近くに居ろとローファスは言った。

 

 側近達はその言葉に従った。

 

 ローファスの事を信用した訳ではない。

 

 ただ、自分達の主人であるタチアナの事が心配で仕方なかったから。

 

 もし《霊峰》から現れた七体の黒竜が《邪竜》であったなら、直ぐにでもタチアナの安全を確保せねばならない。

 

 側近らは聖竜国軍の精鋭を率い、タチアナが居る祭壇へ向かった。

 

 タチアナは側近らや精鋭達を咎めたりはしなかった。

 

 ただタチアナは、側近らの目の前で突如として苦しみだし——そこは天災の中心地となった。

 

 側近達の必死な呼び掛けは、タチアナの耳には届かなかった。

 

 

 大地のエネルギーの暴走は、発生からものの数秒で辺り一帯を消し飛ばした。

 

 精鋭らの生死は不明。

 

 しかし莫大なエネルギーの奔流の中、吹き飛ばされずにその場に残る五つの人影があった。

 

 姫巫女の側近、五名。

 

 全てがその身を異形へと変え、全身に無数の傷を負いながらも、力に抗い続けていた。

 

 しかしエネルギーはどんどん力を増していき、一人、また一人と飛ばされる。

 

 そして最後に残ったのは、無数の棘が付いた鉄球——モーニングスターを武器とする側近最強の女傑——イザベラであった。

 

 鎧は全て弾け飛び、その身を半分黒き竜へと変え、鉤爪を地面に突き立て、暴風のような力の奔流に逆らって少しずつタチアナに近付いていく。

 

 満身創痍になりながらも力の奔流を脱した。

 

『——姫ぇぇぇぇ!』

 

 最早人のものとはかけ離れた声を竜種の咆哮の如く響かせ、側近は大地のエネルギーの中心に躍り出る。

 

 そこに居たのは——蹲る人の形をした大地の塊。

 

 体表は土、岩石、鉱物などが渦を巻くように混ざり合い、浮かび上がるグラデーションはどこか芸術的で、息を呑む程に美しい。

 

 凄まじい力を発しながらも、まるで怯えた子供のように背を丸くしたそれを、イザベラは直感的にタチアナであると理解する。

 

『姫様…』

 

 そっと触れようとした瞬間、凄まじい力場が側近を弾き飛ばした。

 

『——アアアァアァアアアア(妾に触れるな)ッ!!!』

 

 タチアナの目も鼻も口も無い顔がひび割れ、口を形成して絶叫が響く。

 

 最早人の言語すら成していないそれは、音ではなく感情がイザベラの脳に流れ込む。

 

 精霊語——精霊の言葉。

 

 莫大な地の魔力を内包するタチアナは、一度その力が解放されば肉体は魔力に引っ張られて大地そのものになる。

 

 属性そのもの、即ち今のタチアナは人よりも精霊に近い存在。

 

 発する言葉も自然と精霊語に変化する。

 

 精霊語とは人の言語のように明確に体系化されたものではない。

 

 精霊語とは、感情と意思の発露。

 

 人が発声と発音で言葉を紡ぐように、精霊は感情と意志を魔力波に乗せて発する。

 

 通常、精霊語は常人には聞き取れないが、タチアナのそれは声が大き過ぎるあまり感情が他者の脳に直接流れ込む。

 

 イザベラには分かる。

 

 タチアナは今、間違いなく命を削っている。

 

 明らかに人の領域を逸脱した力——これ程の力、断じて個人が出して良いものではない。

 

 このまま力を放出し続ければ、きっとタチアナは力が枯渇して死に至る。

 

 自分に触れるな——まるで拒絶しているようであるが、タチアナを愛するイザベラには分かる。

 

 自分を、自分達を危険から遠ざけようとしてくれている。

 

 タチアナ自身が命の危機に瀕しているにも関わらず。

 

 イザベラは昔、タチアナに救われた。

 

 親に借金の形で商会に売られ、幼い頃より剣闘士として闘技場に立ち続けて来た。

 

 ボレアスに敗れ、賭けで負けた腹いせに商人に売られかけた所をタチアナが拾ってくれ、側近として召し抱えてくれた。

 

 タチアナは愛する人であると同時に主人であり、恩人でもある。

 

 そんな人を一人残して逃げるなんて選択肢はイザベラにはない。

 

『駄目です…姫を、決して一人にはさせません…!』

 

 力の奔流に逆らいながら何とか近付き、タチアナに手を伸ばす。

 

 あと少しで手が届く——その瞬間、凄まじい重圧を受け、伸ばした手はタチアナに触れる事なく地面に叩き付けられた。

 

 手だけではない。

 

 まるで上から万力で押さえつけられるかのように、イザベラの身体は地面にめり込む。

 

 どうしようもなく身体が重く、筋力に魔力を巡らせても起き上がる事ができない。

 

 いや、それどころか気を抜けば身体が押し潰されてしまいそうな程。

 

 大地の力——重力だろうか。

 

 思えばずっと身体の重みは感じていた。

 

 しかし、先程まではこれ程の力は無かった筈——

 

 イザベラが混乱する中、タチアナは震えながら声を漏らす。

 

 言葉にもならない、直接脳に響く精霊語を。

 

————(駄目じゃ…もう抑え切れん…)!』

 

 その声を聞いた直後、イザベラはタチアナから発せられた大地の波動を真正面から受け、吹き飛ばされた。

 

 イザベラは圧倒的な力に抵抗もできず、音速に近い速度で突き抜けた。

 

 大地のエネルギーの奔流、その中心から——タチアナからどんどん遠ざかる。

 

 吹き飛ばされながら、イザベラは気付いた。

 

 理屈は分からないが、タチアナの身から生じた天災規模の力、その暴走。

 

 これだけのエネルギーを放出して、タチアナは苦しんでいるのだと思った。

 

 しかしそれは思い違いだった。

 

 厳密には過度な力の放出に苦しんでいたのではない。

 

 タチアナは尋常ならざる力を、必死に抑えていたのだ。

 

 きっと、近くにいる自分達を殺してしまわない為に。

 

 この天災とも思えた大地のエネルギーの奔流は、タチアナが必死に抑え、それでも抑え切れずに漏れ出た力の一部に過ぎなかった。

 

 気付くと同時に、イザベラは絶望する。

 

 力の規模が違い過ぎる。

 

 こんなの、誰がどう足掻こうともタチアナを救う事なんてできない。

 

 タチアナが竜ならば、自分など道端の蟻でしかない。

 

 自分を殺さないように必死に守っていてくれたタチアナを助けたいなどと、何と身の程知らずでおめでたい事を思っていたのか。

 

 タチアナを救える人間は、きっとこの世にはいない。

 

 それこそ、タチアナと同等の力を持つ神か悪魔の類でもない限り——

 

 次の瞬間、すとんとイザベラは暗黒に包まれる。

 

 まるで、何かに優しく抱かれているような、

 

 どこかに叩き付けられて死ぬ、そう確信していたイザベラは涙で潤ませた目をパチクリとさせた。

 

「え、ぁ…?」

 

 竜人化(ベルセルク)も解け、見上げるイザベラの目に入ったのは、まるで地獄の底を覗き込んだかのような深淵。

 

 闇の中にぼんやりと輝く青白い二つの眼光と目があった。

 

 悪魔のような、死神のようなその目。

 

 いつの間にか死んで地獄に来てしまったのかと錯覚しそうになるが、その姿をイザベラは見た事がある。

 

 それは以前、王国王都で魔物の襲来があった折、その首謀者と思われる熾天使(セラフィム)の如き白き魔人と戦っていた——

 

「——ローファス・レイ・ライトレス…」

 

『如何にも。飛ばされてきたのは貴様が最後。喜べ、全員生存だ』

 

「生、存…?」

 

 イザベラふと視線を移す。

 

 自分が吹き飛ばされた方角——大地のエネルギーの奔流を。

 

 タチアナより解放されたエネルギーは空間を歪め、天を穿つように渦を巻いていた。

 

 ともすれば、力場から生じた衝撃波が付近の街を更地に変えていてもおかしくない程であったが、そうはなっていなかった。

 

 膨大な量の暗黒が大地のエネルギーを囲み、その衝撃を抑え込んでいる。

 

 片や力のままに暴走する巨大な剛のエネルギー。

 

 そして片や、完全に制御され、最小限の力で更に大きな力を散らす柔のエネルギー。

 

 そんな人の領域を逸脱した力のぶつかり合いを目の当たりにしたイザベラは——それを心の底から美しいと思った。

 

 そして理解する。

 

 大嫌いだった目の前の男は、自分達を助け、尚且つこの災害を止めようとしてくれている。

 

 しかしそれでも、過ぎた願いと理解しつつも、イザベラはローファスに懇願する。

 

「…なんでもする。後で私をどうしてくれても構わない…どうか、姫を助けてくれ…後生だ…」

 

 息も絶え絶えに、捻り出したようなその言葉を受けたローファスは——ぽいっとイザベラを地上に投げ捨てた。

 

 一瞬何が起きたのか分からず、呆然と落下していくイザベラ。

 

 地上に衝突する寸前で、半人半獣——虎のような姿に変貌した女剣闘士に受け止められた。

 

 タチアナの側近の一人であり、イザベラに次ぐ実力者でもある。

 

 そして周りには、他の側近達も居た。

 

 イザベラが投げ落とされた事に怒りもせず、ただ彼女が無事であった事に涙を浮かべて喜ぶ側近達。

 

 そんな彼女らを見下ろし、ローファスは言う。

 

『貴様の生殺与奪なんぞ要らん。だがタチアナ(あれ)は助けてやる。元よりそういう約束だ』

 

 《魔王》、《邪竜》、《忌子》の三つの厄災が発生してから、経過したのは一分程度。

 

 タチアナの暴走は予想されていた。

 

 本来なら事前にローファスが側に付き、暴走しても即座に対応する予定だった。

 

 《邪竜》を滅ぼしてからタチアナの対処に当たる予定だったが、同時多発的に起きた為にローファスの動きが遅れてしまった。

 

 この一分の時間を稼いだのは、タチアナの側に居続けた側近達である。

 

 たった一分、されど一分。

 

 側近達が近くに居た事で、タチアナは暴走しながらも執念で力を押さえ込んでいた。

 

 もしも側近達が居なかったら、被害は山脈の一角を消し飛ばす程度では済まなかったろう。

 

 それこそ一分もあれば直近の都市一つや二つが消え、それどころか国境が近い事も加味すると東にある王国はガレオン領にも被害が及んでいた可能性も十分にあった。

 

『少々貴様らを侮っていた。誇れ。貴様らは姫巫女の側近として、十二分の働きをした』

 

 それだけ言い残し、ローファスは音も無くそこから消えた。

 

 事態は既に人の領域を超えた先にある。

 

 側近達はただ、愛する姫の無事を祈る事しかできなかった。

 

 

 ローファスは大地のエネルギーの奔流を真正面から突き破り、タチアナの下へ訪れた。

 

 ローファスにとって、自分以外の初めての《忌子》。

 

 初めての同格の魔力を持つ相手。

 

 ローファスと同格という事もあり、力は凄まじい。

 

 《忌子》の全力は世界の限界点を超え、破壊しかねない程のエネルギーを誇る。

 

 ともあれ暴走という事もありその力の発散はデタラメで、力を完全にコントロールしているローファスにとっては押さえ込むのはそれ程難しい事ではない。

 

 しかしただ力を押さえ込むだけではタチアナは救えない。

 

 力の暴走と放出を根本的に止めなければ、力を出し尽くしたタチアナは力尽きる。

 

 《忌子》とは、元来そういう風にできている。

 

 まるで力をコントロールする前に死ぬように決められているかのように。

 

 故に、ローファスがすべき事は決まっている。

 

 そしてそれは、力を完全にコントロールできている《忌子》であるローファスにしかできない事。

 

 ローファスは蹲るタチアナの背に触れ、暗黒を刻み込んで方陣を描く。

 

 本来ならば自らの血を用いるのが習わしであるが、魔人化(ハイエンド)状態のローファスは暗黒そのものである為、血を流せないが故の措置。

 

『——魔力譲渡』

 

 それは古くからある魔力を他者に受け渡す為の魔法技術。

 

 しかしこれは、タチアナに魔力を渡す為ではなく、タチアナとローファスで魔力のパスを繋げる為。

 

 魔力のパスが繋がっていれば、完全ではないにせよ、ローファスはタチアナに魔力的な干渉ができる。

 

 タチアナがコントロールできずに暴走させている魔力を、ローファスが代わりに制御する。

 

 暴れ回る大地の魔力を少しずつ鎮め、時には暗黒で抑えて力を逃し、放出自体を止める。

 

 そうして変異していたタチアナの身体が、人のものへと戻った。

 

「ローファス…遅いではないか。見捨てられたのかと思うたぞ」

 

 顔を上げ、涙目ではにかむタチアナに、ローファスは鼻を鳴らす。

 

『遅れて悪かった。側近共も貴様も、本当によくやった』

 

 後ろからポンと頭を撫でられ、タチアナは感極まってローファスの方へ向こうとする——が、ガシッと頭を掴まれて固定された。

 

「…これ、女の頭はもっと優しゅう撫でんか。それとここは抱き合う流れじゃろう」

 

『意外と余裕あるな貴様…だが流石に裸の女と抱き合うのは色々と問題だ。浮気だなんだと騒ぐ愛人が居るのでな』

 

「裸?」

 

 ふとタチアナは体を見下ろすと、その身は絹一つ無い生まれたままの姿だった。

 

 どうやら身につけていた衣類は力が暴走した折に消し飛んだらしい。

 

 しかしタチアナは恥じらう様子もなく、前を隠そうともしない。

 

「まあ夫婦じゃし問題なかろう、どうせいずれ見せるものじゃし。ほれ、手を離せ。いつまでこの体勢でおる気じゃ」

 

『…何を全て終わった感じで話している』

 

 ローファスの手は未だにタチアナの背中にあり、そしてもう片方の手で頭を鷲掴みにして固定している。

 

『言っておくが、魔力の暴走は終わっていない。制御を一時的に俺が肩代わりしているから収っているように見えるだけだ』

 

「む? それはつまり…」

 

『手を離せば魔力のパスが切れる。つまり魔力の制御は俺から貴様に移り、再び暴走する』

 

「なんと…では一生このままか?」

 

『そうもいかん。《邪竜》と《魔王》が野放しだ。俺は行かねばならん。そうせねば結局人類が滅ぶ』

 

「は…?」

 

 なんでそんな事になっている、とタチアナは目を見開く。

 

『《邪竜》も《魔王》も連れが相手をしている。多少は時間を稼げる筈だ。その間に貴様自身が少しづつ魔力の制御に慣れて——』

 

 と、ここでローファスの言葉は途切れる。

 

 ずっと一緒に計画(プラン)を進めてきた半身(・・)の反応が消えた。

 

 黙ったままのローファスに、タチアナが眉を顰める。

 

「どうした、何かあったのか?」

 

『…いや。事情が変わった。悪いが、直ぐにでも自力で魔力を制御してもらう』

 

 その直後、タチアナの視界は暗黒に染まった。

 

 見える光景が変わり、月夜の荒野が目の前にあった。

 

 《神界》——外界から隔絶され、時の流れの違う世界。

 

 困惑するタチアナに、ローファスは言う。

 

『詳しい説明は省くが、この世界で時間は流れん。だが、だからといってそれ程多く時間が取れる訳でもない。多少地獄を見る事になるだろうが、貴様ならできると信じている』

 

「さらっと恐ろしい事を…」

 

 こうしてローファスの《神界》にて、タチアナの魔力制御の訓練が始まった。

 

 魔力制御を少しずつタチアナに移しつつ、ローファスは夜空に浮かぶ偽りの月を見上げる。

 

 そして誰にも聞こえない程に小さな声で『馬鹿が』と呟いた。

 

 厄災に立ち向かい、そして散っていった半身の小憎たらしい顔を思い出しながら。

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