悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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215# 傲慢の名を冠す者

 完全魔人化、暗黒そのものと化したローファスの全力の一撃は、世界の許容量を超えて空間そのものを穿つ。

 

 スペルビアは神化しているとは言っても完全顕現ではなく、あくまでもこの世界の規格に則った一部顕現。

 

 つまり正確には、神の特徴を有した生命体。

 

 生物としては規格外の能力値(ステータス)を誇るが、それでも世界諸共打ち砕く《忌子》の全力は到底防ぎ切れない。

 

『ぐ、おお…』

 

 地獄門に叩き付けられたスペルビアは、生涯で初めて受けた全身を砕かれるような衝撃に戦慄する。

 

 《忌子》という存在を舐めていた。

 

 いや、本来なら自滅するだけの天災であり、戦闘の想定などするべくもない相手。

 

 今の一撃を受けてスペルビアは理解した。

 

 力を完全に制御した《忌子》ローファスは、神化して尚、明確に格上と呼べる存在。

 

 だが、それ程の強者を前にしても感動も歓喜もない。

 

 あるのはただ絶望のみ。

 

 なぜなら、今の一撃で理解してしまったから——勝ち目がない事を。

 

『馬鹿な…なんて理不尽な——』

 

 見上げたスペルビアの目に入ったのは、既に眼前で拳を振り上げる人型の暗黒——絶望の化身、ローファスの姿。

 

 いつ接近されたのかも分からない。

 

 速過ぎて感知できなかった。

 

 空間を歪ませる深淵の拳が振り抜かれ、そしてスペルビアにめり込む寸前で止まる。

 

 咄嗟に発動した《時の鎧》が、ローファスの拳を防いでいた。

 

 《権能》を使わされた——否、使わざるを得なかった。

 

 だがそれは悪手。

 

 ローファスは——スペルビアの《権能》の攻略法を知っている。

 

 《時の鎧》に打ち付けられた暗黒の手がそっと開かれ、魔法陣が展開される。

 

『——《影渡り(シャドウムーヴ)——影縫(クロッシェ)》』

 

 それは独自に術式を組み替え、追加効果を付与した転移の応用魔法。

 

 その効力は、《影狼》の使い魔である家守り栗鼠(イルーシヴ)の転移と同質。

 

 ローファスは己の肉体——圧縮された暗黒の一部をスペルビアの体内に転移させた。

 

 それも、たったの一度。

 

 しかしその一度で、《時の鎧》に亀裂が入る。

 

 一部とはいえ、ローファスという膨大な暗黒を堰き止められる筈もなく、スペルビアは内から大量の暗黒が吹き出した。

 

『——!』

 

 己が《権能》が研究され、対策が練られているのは分かっていた事。

 

 ただ、分かっているからといって避けられるかは別の話。

 

 本来ならばこの程度の外傷は第二の不死——《原点回帰》で再生する。

 

 しかしローファスが次に構築している術式——《躰回帰(リボルヴ)》が垣間見え、発動を断念する。

 

 やはり《権能》への対策は万全、その上正攻法の肉弾戦で勝てる見込みも皆無。

 

 スペルビアは《影狼》の死に際の悪態を思い出す。

 

 確か、“世界最強はこの俺——ローファス・レイ・ライトレスだ”——だったか。

 

 本当に最強な奴があるか。

 

 冗談抜きに、洒落にならないレベルで化け物ではないか。

 

 或いはかつての六名の英傑達よりも、そして八大竜王最強——《狂乱の万雷》改め、《雷神》マハト・アヴァロよりも。

 

 突然起こされたかと思えば、なんて奴の相手をさせるのか。

 

 《闇の神》に対してそう内心で恨み節を吐きながらも、しかしスペルビアの冷め切っていた心臓が熱を帯びるのを感じていた。

 

 戦いは楽しい。

 

 勝利する事は楽しい。

 

 そしてもう一つの楽しみ、《魔王》となって忘れていた事を思い出す。

 

 それは——挑戦する事。

 

 圧倒的格上に挑む事の高揚感。

 

『——う、うおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 それは初心に返った竜種としての咆哮。

 

 闘争本能と原初の叫びであり、再誕の産声。

 

 スペルビアは傷を負った身など関係なしに腕を振り上げ、全身全霊を掛けてローファスに殴りかかる。

 

 技術も何もない獣の暴力。

 

 そんなものは当然、ローファスには通じない。

 

 その拳は難なく防がれ、カウンターで空間が割れる程の殴打を貰う。

 

 しかしそんなもの知った事かとスペルビアは捨て身で喰らいつく。

 

 全身から獄炎を吹き出し、鱗の鎧が砕けてその身が耐えきれず焼かれようとも構わずに。

 

 どれだけ拳を振おうと、獄炎を噴射しようともローファスには傷一つ与えられない。

 

 暗黒そのものであるローファスには物理攻撃が利かず、そもそも全ていなされるか躱されるかであるが、仮に命中しても明確なダメージは与えられないだろう。

 

 それでも構わないと、スペルビアは攻撃の手を緩めない。

 

 強者にがむしゃらに立ち向かう事の愉悦、高揚。

 

 かつてマハトに挑んでいた時が思い出され、胸が熱くなる。

 

 そんな中でふと、スペルビアは気付く。

 

 そうだ、自分は勝つためにマハトに挑み続けていたのではない。

 

 強者との闘争に愉悦を見出していたから挑んでいたのだ。

 

 だから弱者との戦闘が物足りなかった。

 

 だから《魔王》となり、最強の《権能》を得て戦える強者がいなくなり、絶望した。

 

『…ありがとう——ローファス・レイ・ライトレス』

 

 スペルビアは手を止め、感謝を述べた。

 

 その身は既に何度死んだかも分からない程の損傷を負っている。

 

 それでも死なないのは、《死の拒絶》により死の定義をずらし続けているから。

 

 どれだけどれだけ傷つけられ、死に体になろうとも、スペルビアに(終わり)が来る事はない。

 

 上位神格として莫大な神力というスタミナを有するスペルビアは、死ぬ事ができない。

 

『貴様のお陰で、大切な事が思い出せた』

 

 スペルビアの目に映るのは、人の形をした深淵。

 

 だが、先程のように拳を打ってくる事はない。

 

 手は止まり、その体はノイズでも走るようで端から分解が始まっている。

 

 魔人化は、長時間の行使ができない。

 

 時間切れ。

 

 これは仕方のない事。

 

 ローファスは力をセーブしていたとはいえ、増殖した《邪竜》の相手をし、その後は暴走した《忌子》——タチアナを救う為に全力を尽くしていた。

 

 その直後のスペルビア戦。

 

 休む間などある筈がなく、この結果は必然だった。

 

 ローファスのスタミナ切れに、スペルビアも気付いていた。

 

 残念で仕方がないが、強力な力には相応のリスクがあるもの。

 

 中でも時間制限付きというのはよくあるもので、決して珍しくもない。

 

『…退け』

 

 神妙な顔でそんな事を言うスペルビアに、ローファスは怪訝そうに首を傾げる。

 

『あ?』

 

『限界なのだろう。もう拳を上げる事すらできていない。弱体化した貴様と戦っても何の面白みもない。安心しろ、追撃はせん。たとえ《闇の神》に命じられようとな。もう奴に介入などさせん』

 

『…』

 

『我は最強の貴様を倒したい。また挑ませてもらう。だから今は退け』

 

 スペルビアのどこまでも傲慢な物言いに、ローファスは乾いた笑みを浮かべる。

 

『退けだと? それだけ一方的にやられておいて何様だ。俺から逃げるべきなのは貴様の方だろう。まあ逃す気はないが』

 

『強がりは止めろ、ローファス・レイ・ライトレス。貴様に余力がないのは見れば分かる。勝敗は決した』

 

『ふむ…では聞くが、もう一人の俺(・・・・)は、不利な状況に陥った時に逃げようとしたか?』

 

 その回答を聞いたスペルビアは、心底残念そうに俯く。

 

『いや。そうか…下らぬ提案だった』

 

『そう残念そうにするな。俺達の戦いはこれからだろう?』

 

『なに…?』

 

 のっぺりとした暗黒の顔に浮き上がる魔力で象られた口が、三日月型に歪む。

 

 それはまるで、悪魔の笑みのようであった。

 

 その瞬間、ローファスの懐にあるタブレットから声が響く。

 

『——《“1”と“0”の領域》』

 

 直後、その場の光景は夕焼けの世界に塗り潰された。

 

 茜色の空に、天より無数に垂れ下がる振り子。

 

 そして月のように空に浮かぶ巨大な時計。

 

 それはテセウスによる《神界》への取り込み。

 

 天より優男の声が響く。

 

『完全顕現…《智と式を司る機神テセウス》』

 

 空を覆い尽くす程に巨大なブリキの巨人が、目の時計の秒針をチクタクと刻みながらじっと見下ろしていた。

 

 呆然とするスペルビアを前に、ローファスも力を解放する。

 

神依(アバタール)——《闇夜の月輪(Ἑκάτη)》』

 

 ローファスの身が神の姿へと変貌する。

 

 頭上に天使の輪の如く三日月が浮かび、宵闇のローブを身に纏う夜の化身。

 

 三日月の刃の大鎌——神器を携え、その切先を向けてローファスは言う。

 

『さて——色々と予定は狂ったが、後半戦を始めよう。ここからは《神》と《神》の潰し合いだ』

 

『…馬鹿が』

 

 スペルビアは失望したように全身から獄炎を吹き出す。

 

 相手は二柱の神格。

 

 二対一それでも尚、何ら不利とは思わない。

 

 ローファスは生物的、物理的な強さにおいてはこの上なく脅威であり、スペルビアにとっては明確に格上だった。

 

 だがそれは、飽く迄も生物としての話。

 

 スペルビアは千年以上の歴史を誇る上位神格。

 

 そして歴史の長さこそが、《神》としての強さ。

 

 こと《神》同士の闘争においては、この歴史の長さ——即ち神力の量が明暗を分ける。

 

 テセウスもローファスも、《神》としてはつい最近至ったばかりの雛鳥にも等しい存在。

 

 《神》としての格は、圧倒的にスペルビアが上である。

 

『《神》としての戦いが所望ならば是非もないが…勝負にもならんぞ——神界顕現…《大黒天》』

 

 茜色の空の世界——テセウスの《神界》は、闇色の炎に塗り潰された。

 

 それは《煉獄の魔王》スペルビアの《神界》。

 

 その獄炎の広がりに、テセウスもローファスも抵抗もできずに呑み込まれた。

 

 

 《神》としての戦いは、生物のものとは全くの別物である。

 

 《神》とは、世界のルールの外にはみ出る程に巨大なエネルギーを有する存在であり、通常の生物との違いは魂の性質。

 

 その巨大過ぎる魂は世界の理から外れている為、死後《冥界》に回収されるという法則が適応されない。

 

 それ故に《神》は、肉体が死んでも魂だけが残り続ける。

 

 新たな肉体があれば受肉して復活する事もできる。

 

 ただし、蘇生は世界のルールの中でも決して許されない違反である為、復活の折には名を変えて転生という扱いになるが。

 

 つまり死とは、《神》にとっての終わりではない。

 

 では《神》としての終わりとは何なのか——それは、《神》としての存在そのものである神力の枯渇。

 

 神力が完全に失われた時、《神》は本当の意味での滅びを迎える。

 

 《神》同士の戦いの本質は、神力の削り合い。

 

 そして事この闘争において、莫大な神力を有する上位神格が負ける事は基本的にあり得ない。

 

 同格であれば《神界》に取り込まれた時点で終わりだったが、スペルビアは圧倒的格上の《神》。

 

 格下(雛鳥)の《神界》を上書きして塗り替える程度、赤子の手を捻るよりも容易い。

 

 そして《神界》に取り込んだ時点で、格下の《神》二柱に勝ち目はない。

 

 スペルビアの《神界》は、獄炎が燃え盛る終末の世界。

 

 立っているだけでも高温の獄炎に焼かれる煉獄。

 

 そこに投げ出された夜の化身と化したローファスと完全顕現が解けて等身大のブリキ人形と化したテセウスに、スペルビアは言う。

 

『終わりだ』

 

 勝利宣言——それは決して早まったものではない。

 

 事実、誰の目から見ても勝敗は決していた。

 

 《神》としての力の差は到底覆せない程に歴然。

 

 テセウスは燃え盛る獄炎を自らの《権能》で0へと消して熱を防ぎながら、ローファスを見て言う。

 

『流石上位神格、凄まじい熱量だ。長くは持たないよ』

 

『問題ない。二秒も掛らん』

 

 絶体絶命の状況ながら危機感など欠片もなく、ローファスは身に纏う宵闇のローブから一つの魔石を取り出した。

 

 その瞬間、ブリキ人形状態のテセウスの目——時計型の魔力メーターが振り切れる。

 

 新たなる“境界超え(ラインオーバー)”の魔力を検知。

 

 その小さな魔石には、《神》や《忌子》並の魔力が内包されていた。

 

 アンネゲルトとの共同研究の成果、その試作品の片割れ。

 

 実証はまだだが、理論上この魔石には——世界を破壊する力がある。

 

 ローファス秘蔵の、《影狼》に並ぶ切り札の一つ。

 

 ローファスは言う。

 

『スペルビア、今終わりだと言ったな。それはこちらの台詞だ』

 

 ローファスは軽い調子で魔石を投げた。

 

 テセウスの《権能》の外に出た魔石は、獄炎の魔力に反応し——爆ぜた。

 

 スペルビアの煉獄の世界は、その一瞬で白一色に塗り潰される。

 

 世界破壊の魔力爆弾——《破界石》。

 

 効力は単純、溜め込んだ魔力の一斉放出。

 

 物理的な衝撃はない。

 

 ただし、世界の許容限界を超過した魔力放出により、空間そのものに直接的な歪みを生じさせる。

 

 要するに魔力を解放すれば、世界は一時的な容量オーバーに陥り、壊れる。

 

 当然、《神界》も無事では済まない。

 

 白に染まった煉獄の世界は許容限界を超えて崩壊し、三者は投げ出された——そこはスペルビアが《神界》を顕現させる前の場所、茜色の空の世界——テセウスの《神界》。

 

『馬鹿な…今、何が…』

 

 理解が及ばず、呆然と佇むスペルビア。

 

 何をされたのかは分からないが、《神界》が壊されたのだけは分かる。

 

 壊されたといっても、《神界》とは《神》の力の源泉。

 

 時間経過で修復される——ただし、少なくともこの戦いでは使い物にならない。

 

 そして今の《神界》破壊により神力の多くが削られ、《権能》の出力も弱体化している。

 

 ローファスとテセウスの、まるで示し合わしていたかのような挙動、そして《神界》破壊という結果。

 

 まさか罠——《神界》を顕現させるよう流れが仕組まれていたとでも。

 

 スペルビアの思考がまとまるのを待たずして、完全顕現したテセウスの巨大な拳と、ローファスの三日月の鎌の斬撃が同時に浴びせられた。

 

 

 




神界顕現は負けフラグ。
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