悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

245 / 247
216# 《蒼炎》と《煉獄の魔王》

 《霊峰》の地下——封印の社。

 

 青色と闇色——超高温の炎同士が互いを燃やし合っていた。

 

 社も込められた術式も、視界の全てが溶解し、地下空間は焦熱地獄と化している。

 

 蒼炎の魔人と化したアベルは、単身で《煉獄の魔王》に立ち向かっていた。

 

 力は拮抗——とは程遠い。

 

 獄炎の海で抗う小魚の如き蒼炎。

 

 上位神格であるスペルビアと、人の域を脱していないアベルでは、戦力の差は歴然。

 

 本来であれば、相対した瞬間にアベルが燃え尽きていても不思議ではなかった。

 

 しかしアベルは、燃え尽きる事なく《魔王》を相手に食らいつく。

 

 それは火神——エリファスとの修練の成果か。

 

 修練の中で、アベルは獄炎の中で身体を灼かれながら、格上であるエリファスとの戦闘を強制されていた。

 

 アベルは当時、なぜこんな苦行を、と思っていた。

 

 しかしここに来て、その意味を正しく理解する。

 

 あの修練は、完全復活を果たしたスペルビアを想定とした模擬戦。

 

 エリファスは、《闇の神》がスペルビアを復活させる事を想定していたのか。

 

 或いは、かつて戦った強敵であるスペルビアとの擬似戦をアベルに経験させたかったのか。

 

 いずれにせよ、あの修練がなければアベルは一瞬でやられていた。

 

『はああああああッ!!!』

 

 全力の蒼炎の拳が、スペルビアの鎧の如き黒鱗に打ち込まれる。

 

 金属をも瞬時に気化させる程の熱量——しかしスペルビアは無傷。

 

 無敵の《権能》、《時の鎧》——ではない。

 

 暴走状態にあり、碌に《権能》を制御できていなかった《邪竜》とは違う。

 

 スペルビアの戦闘は元来、相手の攻撃をその頑強な肉体で全て受け切り、その後にそれを超える火力で圧倒するという、殴り殴られの究極のプロレススタイル。

 

 安全圏から一方的に攻撃するなど、スペルビアが最も忌み嫌う戦い方である。

 

 故にアベルの蒼炎を受けて無傷なのは、純粋なスペルビアの理不尽な耐久力と、高い熱耐性によるもの。

 

 スペルビアには如何なる炎も通じなかった。

 

 蒼炎も、爆炎も、紅炎も、そして獄炎すらも。

 

 それらを全て受け切り、スペルビアは依然として無傷。

 

『悪くない一撃だ。では次はこちらの番だな』

 

 軽い調子で言いながら、スペルビアは獄炎を纏わせた拳を放つ。

 

 音を置き去りにし、アベルの強化された反応すらも抜いて、スペルビアの拳はアベルの胸に突き刺さる。

 

 この速度、躱すのは不可能。

 

 それをアベルは圧縮した蒼炎で受けた。

 

 アベルは最初から回避を捨てていた。

 

 スペルビアは神化した事で能力値(ステータス)が青天井に——それこそ世界の限界点スレスレまで引き上げられている。

 

 反応速度を上回る速度で動かれるなら、回避などしようとするだけ無駄。

 

 故にアベルは、スペルビアの動きを見る事に注力し、どこを狙っているのかを限定して蒼炎でガードを固めた。

 

 だがそれでも、スペルビアの一撃は蒼炎のガードを容易く貫き、アベルに吐血させる。

 

 殴り合い——しかしその力関係は決定的なもの。

 

 このまま続けてもジリ貧。

 

 そもそも現状、アベルが生きているのもスペルビアが本気で倒そうとしていないからに過ぎない。

 

 遊んでいるという程ではないが、スペルビアはこの戦いを楽しんでいた。

 

 神化した自分の前に立ち、倒れる事なく殴り合いができる。

 

 その時点でアベルは、かつて《闇の神》側と敵対していた連合の、“師団長”以上の実力者なのは確定。

 

 しかし、そこから抜きん出た六名の英傑と比べると見劣りする。

 

 宿敵ともいえる《蒼の魔人》エリファスとは姿や魔力こそ似ているが、それでもまだ未熟。

 

 未熟——つまりアベルは、これだけの力を持ちながら、まだ伸び代があるという事。

 

 そんな素質ある若者、本来ならば早々に力の差を理解させ、生かして逃す所。

 

 しかしスペルビアはそれをしない。

 

 アベルに逃げる気がないというのもあるが、何より——アベルは拳を撃ち合う度に力を増していた。

 

 成長——否、死地に身を置き、限界の壁を突き破り続けている。

 

 左手の甲にある蒼炎の紋——火神の加護により、元来の素質を超えて成長を続ける事がアベルにはできる。

 

 加えて今のアベルは、人としての身体をカナデに預けてきた魔力体。

 

 人としての成長性を残したまま、人としての身体の制限に囚われず、より精霊に近い自由な性質を持っている。

 

 強くなる条件は、これ以上ない程に揃っていた。

 

 こうして戦っている間にも、アベルは際限なく強くなり続けている。

 

 徐々にではあるが、スペルビアとの力量差が狭まっていた。

 

 拳を振るう度に強くなる存在、本来なら脅威以外の何ものでもないが、スペルビアはそれが楽しくて仕方なかった。

 

 アベルにはまだ成長の余地がある。

 

 このまま強くなり続ければ、いつかは自分や《蒼の魔人(エリファス)》に並ぶやも知れない。

 

 そう思うと、スペルビアは心の底から高揚した。

 

 アベル・カロットがどこまで強くなるのか見てみたい。

 

 圧倒的な格上に決して諦めず、折れる事なく挑み続けるその気概に、いつしかスペルビアは、マハトに挑んでいた過去の自分と重ねていた。

 

 何度目かも分からない殴打の応酬——その末に、膝を着いたのはアベルだった。

 

 魔人と化し、その肉体は実体がありながら炎と同じ性質を併せ持つ。

 

 傷を負っても炎と共に再生する。

 

 スペルビアとはまた違う形での不死身。

 

 しかし魔人化(ハイエンド)——時間制限も、そしてアベル自身に魔力の限界もある。

 

 アベルは殴打と獄炎のダメージを蒼炎を燃やして再生させたが、再生速度は明らかに落ちていた。

 

『潮時か…』

 

 スペルビアは残念そうに呟く。

 

 アベルの成長は止まっていない。

 

 だが、それでも永遠に戦える訳ではない。

 

 どうやら限界が来たらしい。

 

 スペルビアには分かる。

 

 恐らく後一撃でも攻撃を浴びせれば、アベルは死ぬ。

 

 蒼炎の防御もできず、再生もできずに終わるだろう。

 

 だが、次の攻撃はアベルの番。

 

 スペルビアは構えを解き、無防備に両手を広げた。

 

『さあ、次だ。貴様が放てる最強の一撃を放て』

 

『…!?』

 

 意図が分からずに眉を顰めるアベルに、スペルビアは言葉を続ける。

 

『分かっているだろう、次で最後だ。だから後など考えるな。出し惜しみなどせず、次の一撃に全てを賭け、この我にぶつけて見せろ』

 

 笑って言うスペルビアに、アベルは覚悟を決めて頷く。

 

 魔力も残り僅か、魔人化も限界に近い——もう長く戦えない事は、アベル自身が一番理解していた。

 

 まさか敵の胸を借りる事になるとは、と苦笑しつつ、アベルは爆発的に魔力を高めた。

 

 左右の手にそれぞれ蒼炎を生み出し、一つに——これは融合ではなく研磨。

 

 蒼炎は互いを燃やし合い、削り合い、不純物を飛ばしてより純粋な炎に近付いていく。

 

 蒼き炎は色すら消し飛び、白く輝く。

 

 神をも殺す白き炎。

 

 アベルは今この瞬間、禁忌の領域に足を踏み入れた。

 

 白炎を纏わせた拳を構え、アベルは言う。

 

『今の僕の全力だ——受けてくれるんだろう!?』

 

 その挑発に、スペルビアはクハッと顔を歪め、歓喜するように笑う。

 

『善いぞ! 遂にその域に来たか! 避けるものか! 我を殺して見せろ——アベル・カロットォォォ!!』

 

『——うおおおおおおお!!!』

 

 白炎を纏う拳が、スペルビアの鎧のような黒鱗に突き刺さる。

 

 鱗は弾け飛び、白炎が爆ぜてスペルビアを吹き飛ばした。

 

 空間が歪む程の轟音が駆け抜け、スペルビアは溶解した社に叩き付けられる。

 

 その衝撃は天を衝く程に巨大な《霊峰》そのものに亀裂を入れ、地下に作られた空間——封印の社の崩壊が始まる。

 

 全てを出し切ったアベルは魔人化が解け、蒼炎の魔力体へと戻り、片膝を突いた。

 

 そしてもう立ってくれるなと、願いを込めて社の残骸を見る。

 

 だがそこから、獄炎の渦が舞い上がる。

 

 闇色の炎の中でスペルビアは立ち上がった——その姿は正しく《煉獄の魔王》の名に相応しい。

 

 心臓部に大きな風穴を開け、どう考えても生きている筈のない傷で、それでもスペルビアは立っている。

 

 《死の拒絶》が、スペルビアが死ぬ事を許さない。

 

 片翼がへし折れ、それでも無理に翼を広げてスペルビアは笑う。

 

『称賛しよう、アベル・カロット。今日貴様と相まみえた事、それだけは《闇の神》に感謝せねばなるまい』

 

 言いながらスペルビアは拳を掲げ、そこに獄炎が収束し、どす黒く染まる。

 

 アベルが出した白炎とは対照的な、漆黒の炎。

 

 地下の崩壊が進む中、スペルビアは言う。

 

『一度だけ言う。退け。そして更に強くなって戻って来い』

 

『…断る』

 

 アベルはどうにか立ち上がり、決意の面持ちで言う。

 

『《魔王》は僕が押さえる——そう、ローファスと約束したんだ。だから逃げる訳にはいかない』

 

『…死ぬぞ』

 

『確かに死にたくはない。でも、死にたくないから逃げるのは違う。命懸けなんだ。本気なんだ。あまり、(人間)を舐めるなよ…!』

 

『…悪かった。貴様の覚悟を侮辱する気はなかった。ただ、やはり残念だ』

 

 圧縮され、光を吸い込みながらどす黒く燃ゆる炎を掲げたスペルビアは、やれやれと溜息を吐く。

 

 ローファス・レイ・ライトレスと良い、アベル・カロットと良い、この覚悟の決まり具合はなんなのかと。

 

 この時代は粒揃いが多い。

 

 或いは成長を続ければ、英傑の領域に至れるだろうに。

 

 その若き芽を摘むのはこの上無く残念で忍びないが、戦士の覚悟を踏みにじる事だけはできない。

 

 介錯、そんな心持ちで拳を構えた瞬間——スペルビアの神力が散り散りに霧散し始めた。

 

『…!』

 

 急速的に失われていく力。

 

 アベルが何かをした訳ではない。

 

 ただ、何が起きたのかは瞬間的に理解できた。

 

『負けたというのか…この我が』

 

 それは純粋な驚き。

 

 《闇の神》により存在を分けられた。

 

 意識を分けた別個体ではなく、意識を共有した同一個体が二ヶ所同時に存在するという事。

 

 つまりもう片方の身に起きた事が、スペルビアには分かる。

 

 神力が極限まで削がれ、消滅しかけた所で《神》としての御霊に(終わり)が与えられた——ローファス・レイ・ライトレスによって。

 

 それにより、存在を——御霊を同じくする自分もその影響を受けた。

 

 肉体がひび割れ、崩壊していく。

 

 《死の拒絶》が機能していない。

 

 つまり——漸く自分にも死が訪れた。

 

 スペルビアは恐怖もなく、静かに笑った。

 

『アベル・カロットよ。どうやら我の負けらしい。驚いたぞ、まさか不死身の我が殺される時が来ようとはな』

 

 ハッハッハと愉快そうに笑うスペルビア。

 

 その快活な雰囲気に、アベルは少し寂しげに肩を落とした。

 

 スペルビアは明確に敵だった。

 

 しかし、断じて悪ではなかった。

 

 ただ戦闘が好きなだけの男だった。

 

 きっと出会いや立場が違えば仲間や友人になれたかも知れない——スペルビアとは、そう思える相手だった。

 

『勝った気はしない…最後まで、《権能》を使わなかったろう』

 

『使ったさ。あの白炎により使わされた。致命傷を負わねば《死の拒絶》は発動せん』

 

 満足そうに笑うと、スペルビアは身体が崩壊するのも構わず、最後の余力を振り絞り、天に向けて獄炎のブレスを放った。

 

 落ちる瓦礫ごと吹き飛ばし、《霊峰》は地下から夜空が見える程の巨大な穴が開けられた。

 

 それは崩れ落ちる瓦礫から、逃げる余力も無いアベルを救う為のもの。

 

 アベルは驚く。

 

『な、何で…』

 

『生きろ…人として生き、そして死ね。間違っても《神》になど至るなよ。先に逝く。戦いの続きは、《冥界》で…』

 

 それだけ言い、スペルビアは完全に灰となって崩れた。

 

 アベルは最後の最後まで勝った気がせず、《霊峰》に空けられた巨大な風穴から見える月を見上げていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。