悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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218# 焔の神様

 この世界には、たった一つの罪がある。

 

 それは己が存続の為、己が望む結果の為にやり直し、繰り返している事——ではない。

 

 外から現れた侵略者——《闇の神》から身を守る。

 

 それは正当な自己防衛であり、その結果誰が死に、誰が生き、どれ程の生命が犠牲となろうともどうでも良い。

 

 これは感情ではなく、至極単純な優先順位。

 

 世界(自己)の存続がなければ、現存する生命体の未来がどうなるかも分からない。

 

 否——そもそも世界が終わりを告げた瞬間、仮に生命が残っていたとしても、それはもうこの世界の生命ではない。

 

 故にこの世界は、如何なる手段を用いても自己存続をせねばならない。

 

 時には人に神託を与え導き、時には因果を調整し流れを紡ぎ、時には《ことわり》に働きかける事もある。

 

 これまでは己の内だけで全てが解決できていた。

 

 しかし、ある日限界が来た。

 

 どう因果を組み替え、人を導いても辿り着けない未来があった。

 

 故に世界は、その時初めて、手を外に伸ばした。

 

 探し、探して探して探して、探し続けて——そして世界は、一人の人間に辿り着く。

 

 複雑に絡み合った因果を断ち切り、望む未来を切り開ける可能性を持つ存在——ユズキ カナデに。

 

 世界——《ヴァイスストーリー》の情報に詳しく、何より《ヴァイスストーリー》とそのキャラクターを愛し、そして我欲ではなく《ヴァイスストーリー》にとってのより良き未来を目指す。

 

 自らを顧みず、己が欲を持たず、《ヴァイスストーリー》の為なら命を天秤に懸ける程の覚悟を持つ——そんな都合の良い条件に該当するのは、ユズキ カナデしかいなかった。

 

 彼女一人を引き込めば、全て上手く事が運ぶ。

 

 だが、あちらにはあちらの(ことわり)法則(ルール)がある。

 

 世界(自己)に対してそうしていたように、好き勝手して良い筈がない。

 

 しかし世界(ヴァイスストーリー)は迷わなかった。

 

 己が存続の為、自己保身の為にカナデの魂を強引に“あちら”の因果から引き抜いた。

 

 その結果、カナデの魂に色濃く絡みついていた縁——血縁や悪縁などが巻き込まれ、芋蔓式に幾つかの魂も混在してしまったが、そんなものは些事である。

 

 カナデは世界の思惑通り、素晴らしい働きをした。

 

 そのお陰で世界は——ある者(・・・)との契約を果たす事ができた。

 

 その瞬間、自己の存続(勝利)が確定した。

 

 しかし世に因果応報という言葉があるように、如何なる行いにも必ず何らかの報いが返ってくる。

 

 他所の縄張りで勝手をやらかし、盗人の如く魂を強奪する。

 

 縄張りの主の怒りを買って然るべき所業。

 

 世界は甘く見ていた。

 

 自分ならば、領域内の人の魂が他所に奪われた程度で気に留める事はない。

 

 人など、雑草のように勝手に生える些細な存在。

 

 多くを奪われれば輪廻の輪に乱れが生じる為文句の一つも出てくるが、一つや二つ、十から百程度ならば何の問題もない。

 

 だから世界は予測できなかった。

 

 指の数にも満たない程度の数の魂なんかの為だけに、態々乗り込んで来るなんて。

 

 所詮は娯楽(ゲーム)より生じた、歴の浅い箱庭の主。

 

 そんな赤子にも等しい世界には理解できなかった。

 

 圧倒的上位者の怒りを買うというのが、どういう事なのか。

 

 

 世界は燃えていた。

 

 地も、空も、海も——目に見える全てが。

 

 炎は森羅万象の全てを燃やしている。

 

 灰も炭も残さず、消えていた。

 

 ローファスの身体も炎に包まれている。

 

 熱さも苦痛もない。

 

 ただ凄まじい速度で存在が消えていくのが分かった。

 

 タブレットも機能しない。

 

 隣に居たレーテーも即座に燃え尽きた。

 

 フォルは、リルカは、ユスリカは、アベルは——何も感じない。

 

 この炎の中では魔力探知もやろうとした魔力波そのものが瞬間に燃え尽きる。

 

 そもそも魔力も魔素も燃え尽きたのか一切感じられない。

 

 訳の分からないまま、何が起きたのかも分からないままBad End。

 

 世界滅亡。

 

 あまりにも急過ぎて絶望する間も無く、恐怖すら感じられない。

 

 しかしローファスは、不思議と落ち着いていた。

 

 それは目の前で恐怖に怯え、絶望し絶叫している者が見えた(・・・)からだろうか。

 

“熱い熱い熱い”

“消えたくない消えたくない消えたくない”

“ふざけるなふざけるなふざけるな”

“こんな終わり方があってたまるか”

“今すぐ助けろ”

“どうにかしろ”

契約(約束)は果たしただろ”

“僕を、俺を、私を、我を——”

“守ってくれ、頼むから”

 

 脳に直接響く誰かの声、断末魔。

 

 ローファスにはそれが誰か、何となく分かった。

 

 きっとこれは、この情けない声は、この世界のもの。

 

 なぜそう感じたのか分からない。

 

 なぜ急に聞こえたのかも。

 

 言っている意味も、なぜ自分に助けを求めるかも分からない。

 

 ただ一つ分かるのは、この赤子のように泣き叫ぶそれを、助けてやらねば本当に全てが終わってしまうという事。

 

 世界の全ては炎に包まれており、《闇の神》による世界滅亡なんて比じゃない事態である。

 

 ローファスは冷静に、場を見ていた。

 

 レーテーが即座に燃え尽きたのに、自分がまだ消えていないのは、《神》であり、他生物よりもエネルギーが膨大であるからか。

 

 燃え尽きないのではなく、ただ焼失に時間が掛かっているだけ。

 

 そしてこの焼失速度からして、存在できる時間はそう長くはない。

 

 他の《神》がこの炎の中で生き残っているのかも不明。

 

 少なくともテセウスの存在は付近に確認できない。

 

“どうにかしろ”

“どうにかしろ”

“どうにかしろ”

“これは世界(お前)の望む結末じゃない”

“どうにかしろどうにかしろ”

“助けろ助けろ助けろ”

 

「——煩いな…」

 

 ぼやきながらもローファスは思考を止めない。

 

 どうにかしろ、そう世界は言う。

 

 どうみてもどうにかできる範疇を超えているというのに。

 

 ローファスは己が最強である事を自負しているが、同時に己が力の限界を誰よりも理解しており、決して過信しない。

 

 こんな地も山も空も、そして自分すらも——文字通り全てが炎に包まれ、魔力も燃え尽き、神力も現在進行形でゴリゴリ削られている。

 

 ローファスの《権能》は使い勝手が悪く、この期に及んでは使った所でどうにもならない。

 

 しかもこの炎、当然ながらただの炎ではない。

 

 水で消える類の自然物ではなく、燃やすという概念の押し付けに近い。

 

 要するにこの燃焼を止める方法は無い。

 

 どう見積もってもローファスにどうにかできる範疇を軽く超えている。

 

 にも関わらず、世界はローファスに助けを求めている。

 

 これは切羽詰まっての錯乱か、或いは——

 

「まさか…」

 

 ローファスは何かに気づいたように天を仰いだ。

 

 空の果て、視界の全てを覆い尽くす炎。

 

 その中、この炎の海の中に存在するのはローファス一人だけ。

 

 いや、正確には世界も。

 

 一緒に居たレーテーは、即座に燃え尽きたと思った。

 

 この分では他の連中も——と絶望的な想像も脳裏を掠めた。

 

 しかし違う。

 

 そうと決まった訳ではない。

 

 なぜならここには今、この炎と自分、そして泣き叫ぶ世界しか感じられない。

 

 そこからローファスは、あり得ないレベルの想定を導き出す。

 

「…成る程、ここは——《神界》か」

 

 《神界》——《神》が持つ世界であり、力の根源。

 

 その力、大きさは《神》の持つエネルギーに準ずる。

 

 つまりこの炎の《神界》は、ローファスと世界だけ(・・)を呑み込んだという事。

 

 世界を丸ごと呑み込む程に巨大な《神界》——想像を絶する程のエネルギー量。

 

「はは…なんだそれは。どう考えても、この世界の《神》ではない」

 

 《神》とは世界からはみ出る程のエネルギーを有するものであるが、すっぽりと呑み込む程となると総エネルギー量は軽くこの世界を超えている。

 

 そんなもの、この世界で生まれた《神》ではない。

 

「これは異界の神の仕業か。この力、勝ち目は無い…だが——《神界》である事に変わりはない」

 

 ローファス・レイ・ライトレスは、力の完全制御に成功した《忌子》であり、そして——《神》の天敵でもある。

 

 ローファスは懐より二つ目の《破界石》を取り出す。

 

 莫大なエネルギーを内包したこれは、暴発しないようにローファスの神力で守られており、燃えずに残っていた。

 

 それをローファスは握り締め、砕く。

 

 莫大な魔力が溢れ、それをローファスは全身で吸収した。

 

 《破界石》とは《忌子》並の魔力が閉じ込められた魔法具であり、その魔力は元々ローファスが時間を掛けて流し込んだもの。

 

 発散された魔力は、本来の持ち主たるローファスの下に還元される。

 

 《破界石》は世界を破壊する事ができる人造魔石だが、使い方としてはもう一つ——それは、ローファスの魔力の全回復。

 

 炎に焼かれ、魔力は殆ど底をついていたローファスだったが、瞬間的に全身に魔力が駆け巡る。

 

「——魔人化(ハイエンド)…《宵闇の刈手》」

 

 全身が暗黒へと変貌したローファスは、魔力の大半を《命を刈り取る農夫の鎌》に注ぎ込む。

 

 鎌の刃が黄金の三日月の形状へと変化した。

 

 そして放つ——《忌子》の魔力一点放射、世界をも断ち切る全身全霊の一撃を。

 

『——《世界崩し(ディザスター)》』

 

 斬撃が放たれた直後、世界を覆い尽くしていた炎は弾け飛んだ。

 

 

 炎が掻き消され、気付けばローファスは見慣れぬ場所に居た。

 

 木々の隙間から差し込む温かな木漏れ日。

 

 そして王国式ではない木造の建造物。

 

 ローファスは初めて見るが、その雰囲気はどこか大陸辺境にある僧国が構える寺院に似ていた。

 

 夜だったにも関わらず昼に、そして見慣れぬ光景。

 

 ローファスが投げ出されたそこは、明らかに別世界。

 

 そして先程まで煩いくらい喚いていた世界の声は、どういう訳か聞こえない。

 

 世界は居ない——まさか今度は自分一人が隔離されたのかとローファスは身構える。

 

 とはいえもう魔力も無く、《破界石》のストックも無い為、この新たな《神界》らしき空間を破壊する術はないが。

 

 ふと、風が吹き抜けると共に鈴の音が響く。

 

「…あれ、ローファス様?」

 

「——!?」

 

 声に反応し振り返ると、そこには見慣れぬ格好——Tシャツ短パン姿の黒髪の少年が居た。

 

 歳の頃は十歳位だろうか。

 

 知らない顔——いや、雰囲気は少しユスリカに似ているだろうか。

 

「…何者だ。なぜ俺の名を知っている」

 

 ローファスが警戒の面持ちで睨むと、少年は不思議そうに首を傾げ、困ったように頬を掻く。

 

「ええ、何者って…あ、甲冑着てないからか。あれ? ていうか素顔見せた事ありませんでしたっけ?」

 

「——それ以前に姿が全然違うでしょう!」

 

 とてとてと走り寄り、ツッコミを入れたのは五歳位の黒髪の幼女。

 

 幼女は少年を押し退けるようにして、ローファスの前に立った。

 

「姿は違いますが、これは暗黒騎士のシグです! ローファス様」

 

「シグ…? は?」

 

 舌足らずながらも丁寧な口調で話す幼女に、ローファスは何かに気付いたようにしゃがんで視線を合わせ、その顔をじっと見据える。

 

「まさか…ユスリカなのか?」

 

「そうです! ユスリカです!」

 

 感極まったようにがばっと抱き付く小さなユスリカ。

 

 ローファスはそれを困惑しつつも受け入れ、少年——シグを見る。

 

「…本当にシグなのか?」

 

「シグっすよ。てか、なんでリカの方は一瞬で気付いて俺は…愛の力ってやつっすか? 熱々っすねー。あ、俺がシロウ(前世)ボディだからか」

 

 一人で落ち込み、一人で呆れ、一人で納得するシグ。

 

 このノリの軽いウザったさは確かにシグだとローファスは納得しつつ、周りを見る。

 

「…ここはどこだ? なぜ貴様らがここにいる? そもそも…その姿はなんだ」

 

「疑問全部ふっかけるっすね。いや、話すと長くなるんすけど、実は《焔の神様》を喚んだのが事の発端で…」

 

「焔の神…? 異界の神を喚んだのは貴様か」

 

「いや、俺っていうか、俺達っていうか…」

 

 ここでローファスの胸に頭を擦り続けていたユスリカが顔を上げる。

 

「私は止めたんです! シグとカナデが勝手に進めて…」

 

「いやごめんてー! なんか大変な事になってたっぽいし、《火の神様》ならどうにかできるかなってー。こんなんなるとは思わなかったんだって」

 

 責めるように言うユスリカに、いつになく軽い調子のシグ。

 

 違和感——気の所為か、二人とも妙に態度が幼い。

 

 ユスリカは素は兎も角、普段は冷静沈着で落ち着いており、人前でこんなに甘えたり、表立って人を責めたりはしない。

 

 シグに関しても、基本的に軽薄ではあるが、それがいつも以上に顕著に見られる。

 

 見た目が幼いからそう見えるだけか、或いは幼い身体に精神が引っ張られているとでも——そこまで考えた所で、ローファスは改めて周囲を見回す。

 

「カナデも居るのか? 姿が見えんが」

 

「「…?」」

 

 ローファスの疑問に、シグとユスリカは不思議そうに首を傾げる。

 

 そして二人ともローファスを——より正確にはローファスの後ろに目を向けた。

 

 シグが笑いながらローファスの後ろを指差した。

 

「いやいやローファス様、何言ってんすか…カナデならずっとそこに居るじゃないですか」

 

「は…?」

 

 後ろを振り向くと、確かにカナデはそこに立っていた。

 

 二人のように肉体が幼くなる事もなく、以前ローファスが見た魂の状態と同じ姿で。

 

 黒髪を結い、白い着物を見に纏い、手にはなぜか稲を持っていた。

 

 対峙した瞬間、ローファスは直感的に理解する。

 

 これは——カナデではない。

 

 人間らしいのは姿だけで、その目は大凡人と呼べるものではない。

 

 カナデ——ではない何かはローファスを見据え、無表情で口を開く。

 

『よーきんしゃったのう、《ゔぁいすすとーりぃ》ん氏子さん』

 

「え…?」

 

 出てきたのは訛りのある異界語(日本語)

 

 理解ができず、ローファスは思わず聞き返した。

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