悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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219# 終幕

「えっと…よく来ましたね、《ヴァイスストーリー》の…えー、信者? 信徒? と言っています」

 

 カナデ——より正確には、カナデに憑依(?)した《焔の神》が発した異国語(日本語)を、すかさずユスリカが翻訳した。

 

 ローファスは首を傾げる。

 

「《ヴァイスストーリー》…? いや、そもそも俺は信仰などしていないが」

 

『お前さん、あの盗人から生まれた子ばいな。ほんなら立派な氏子たい』

 

「…」

 

 無言でユスリカを見るローファス。

 

 ユスリカは急ぎ翻訳する。

 

「え、えっとですね…貴方はあの泥棒から生まれた子ですね。なら立派な信徒です…ですかね? あ、でもこの場合の信徒は子供とかそういう意味合いが強いかも…」

 

「信徒と子が同じ意味合いだと? 創造主と被造物的なあれか? 独特な表現だな…」

 

 異界というだけあり、文化的な違いがあるのか。

 

 それとも《焔の神》独自の価値観的なものか。

 

 いずれにせよ、敵意は感じられない。

 

 言語の壁があり、ユスリカの翻訳というワンクッションを挟むのが面倒ではあるが、少なくとも対話をしようとしてくれている。

 

 ともあれ油断はできない。

 

 ローファスはたった今、世界諸共焼き殺されそうになったのだから。

 

 それからユスリカ、時にはシグが翻訳を買って出つつ、ローファスと《焔の神》は対話した。

 

 《焔の神》曰く——《ヴァイスストーリー》とはローファスが住まう世界の名であり、その根源は《焔の神》の世界——かつてカナデやユスリカが暮らしていた世界では創作物であったという。

 

 多くの人々の想い、思想が集約し、不安定ながらも一つの独立した世界として具現化したという。

 

 それだけなら良かったが、この具現化した世界——《ヴァイスストーリー》はカナデの魂を拉致し、それに引っ張られてシグやユスリカも《ヴァイスストーリー》の世界に呑み込まれたらしい。

 

 運命が捻じ曲がり、本来死ぬ時期ではなかったシグは飛行機事故に遭い死亡し魂となり、一緒に居たユスリカは肉体諸共(ヴァイスストーリー)の世界に投げ出された。

 

 カナデの一族を寵愛していた《焔の神》はこれに激怒したが、魂達は手元から離れており、阻止する事も出来なかった。

 

 そして時間は掛かったが、カナデの魂からかすかに伸びる縁を手繰り寄せ、どうにか世界を隔てて繋ぐ事に成功した。

 

 そして盗人である世界(ヴァイスストーリー)を火炙りの刑に処し、ついでにカナデやシグ、ユスリカがお世話になったというローファスもついでに呼び込んだという。

 

「…呼び込んだ? 俺も火炙りにされたが?」

 

焼き殺す気ぃはなかったばい(焼き殺す気はありませんでした)薄汚か盗っ人の気が纏わりついとったけん(泥棒の力が付着していた為)削ごうとしただけたい(取ろうと思っただけです)

 

「…成る程」

 

 ユスリカの翻訳も込みで、ローファスは納得する。

 

 確かに魔力は即座に燃え尽き、神力もゴリゴリ削られていたが、不思議と苦痛は感じなかった。

 

 あまりの高温で感覚が麻痺しているのかと思ったが、どうやら力を削ぎ落とそうとしただけらしい。

 

 神力や魔力は世界(ヴァイスストーリー)に属する力という事だろうかと、ローファスは推察する。

 

 《焔の神》は無表情のまま、言う。

 

うちん氏子が世話んなったよしみたい(うちの子達がお世話になりましたからね)ずっとここにおればよか(永遠にここで住んで良いですよ)

 

「は…? いや、そういう訳にはいかん」

 

 無論、そんな提案が受け入れられ筈もなく、ローファスは拒否する。

 

 しかし《焔の神》は、繰り返す。

 

ずっとここにおればよか(永遠に住んで良いですよ)

 

「…だから、俺は帰ると——」

 

『ずっとここにおればよか』

 

 ユスリカの翻訳も途切れ、しかし同じ言葉が繰り返される。

 

 じわりと、冷や汗がローファスの額に滲む。

 

 《焔の神》は相変わらず無表情、威圧的でもない。

 

 ただ淡々と、有無を言わせない。

 

 ローファスの世界の常識——《神》は価値観が違う。

 

 異界の神ともなれば尚の事。

 

 話しができるからといって、会話が通じるかは別問題。

 

 今のローファスに魔力は殆どない。

 

 神力もかなり削られている。

 

 この世界一つを容易く呑み込むレベルの異界の神を相手どれるだけの余力はローファスにはない。

 

 《焔の神》はローファスにこう言っている。

 

 カナデ、シグ、ユスリカと共に、ここで永遠に過ごせと。

 

 時の概念があるかも怪しいこの世界で、歳を取るかもあやふやな環境で。

 

 力比べは論外。

 

 だが全てを捨ててここで永遠に過ごすなんてありえない。

 

 ならばローファスが出来る事は——交渉と対話。

 

「…望みはなんだ」

 

 ローファスの問いに、《焔の神》は初めて笑みを見せた。

 

 カナデの顔が美しく歪む。

 

“何もない。望みならば既に、我が手元に”

 

 それは発語ではなく、脳に直接響く思念波。

 

 ユスリカの翻訳を介さない、《焔の神》の言葉。

 

 《焔の神》は微笑み、己が胸に手を当て、そして慈しみの目をシグとユスリカに向けた。

 

 カナデ、シグ、ユスリカの三人こそが《焔の神》の望みであり、既に世界(ヴァイスストーリー)から取り返していると。

 

 そしてローファスは、愛しき彼らが世話になり、そしてきっと、彼らが望んだ存在。

 

 だからローファスだけがこの場に連れて来られた。

 

 《焔の神》にとって、ローファスはおまけ。

 

 愛しき氏子(我が子)達が望んだから世界(ヴァイスストーリー)より奪い、連れて来ただけ。

 

 ローファスの意思など関係ない。

 

 《焔の神》の目は、ローファスを見ていない。

 

 眼中に無く、対話のテーブルにすら立てていない。

 

 このままでは、本当に永遠にこの世界から出られない——元の世界(ヴァイスストーリー)に戻れない。

 

「ローファス様、ここはとっても懐かしくて、辛い事もなくて楽しい事ばかりです…ここに居れば、もう痛い想いしなくて良いんですよ」

 

 ユスリカが優しく囁きながら、そっとローファスの左目に触れた。

 

 呪いにより翡翠に染まり、視力の弱い左目。

 

 しかし今、不思議と違和感はない。

 

 《闇の神》の影響力が全く感じられない。

 

 ここなら確かに、呪いの進行もなく、定期的に封印の調整をする必要もないだろう。

 

 きっと《闇の神》による世界滅亡の危機も、ここでは関係ない。

 

「そうですよローファス様。こっちにいましょうよ。地元案内しますよ? 田舎だけど空気も美味しいし、商店街で美味いコロッケあるんすよ」

 

 楽しそうにシグが言う。

 

 ユスリカもシグも、ローファスを引き留める。

 

 ローファスは自分よりもずっと幼い姿の二人の頭を撫で、そっと左右に抱き寄せた。

 

 受け入れられたと安心したように笑い、二人はローファスを抱きしめ返す。

 

 そんな二人に、ローファスは語り掛ける。

 

「ユズキ シロウ、ユズキ リカ…思い出せ、それは昔のお前達だ。()は違う。そうだろう——暗黒騎士九席、《無名》のシグ、そして俺の専属女中、ユスリカ」

 

 その瞬間ぴたりと、二人は動きを止めた。

 

 まるで時が止まったかのように。

 

 そして先程まで笑みを見せていた《焔の神》が、不快そうに眉を顰めていた。

 

 だがその目は確かに、ローファスを見据えている。

 

「光栄だ、異界の神。なんの力もなく、何の脅威にもなり得ない俺なんかを見てくれるとは」

 

『うっとうしか』

 

 ユスリカの翻訳がない為、《焔の神》が何を言っているのかは分からない。

 

 ただその険しい表情から、ローファスの事を鬱陶しいと感じているのはひしひしと伝わってくる。

 

「感情表現豊かで結構。そちらの方が俺好みだ」

 

『ぬかしよる』

 

「やはり何を言っているのか分からんな。だが不思議と、先程よりは遥かに話し易い」

 

『…しぇからしか』

 

 炎が吹き抜けた。

 

 シグとユスリカの姿が煙のように消え、場の雰囲気がガラリと変わる。

 

 陽が輝る穏やかな光景が、炎の海に包まれた。

 

 煌々と燃える炎の中心で、《焔の神》はじろりとローファスを睥睨する。

 

 熱気に押されながらも、ローファスも負けじと睨み返した。

 

 こんな化け物相手に対立など、正気の沙汰ではない。

 

 しかし引けば終わりだと、ローファスの本能が告げていた。

 

「三人を元に戻せ。そして俺達を《ヴァイスストーリー》に返せ」

 

“ふざけるな。己が今生きているのは、我が氏子達がそう望んだからに過ぎん”

 

「守れなかったんだろう。カナデとシロウは死に、リカは生きながらに言葉も分からぬ地に投げ出された」

 

“あの憎き盗人がやった! 愛しき子らには本来歩むべき人生があった! 我が加護の元、幸せな人生が約束されていた! 彼奴がそれを奪い去った!”

 

 炎が巨大な腕となり、ローファスの身体を鷲掴みにする。

 

 肌が焼け爛れ、凄まじい苦痛に襲われる。

 

 しかしローファスは怯みもせず、眉一つ動かさず、顔色一つ変えない。

 

 炎はローファスを焼き殺さないように調整されている。

 

 全身に火傷を負わせながらも、決して重要な臓器は傷付けず、生命活動を失わせない。

 

 つまりこれは、痛みと恐怖によるこけ脅し。

 

 幾千万もの死を経験したローファスからすれば、本気で()りに来ていない事が手に取るように分かる。

 

 痛いものは痛いが、死の恐怖を呼び起こすには全く足りない。

 

 そよ風のようとまではいわないが、ローファスからすれば安い脅しである。

 

 《焔の神》の怒りも、威圧も、げに恐ろしいものではあるが、ローファスの覚悟は揺るがない。

 

「——だがシロウはシグとして新たな人生を歩み、リカもユスリカとして俺の女中として働いてくれている。カナデも自らの幸せを考え始めた。奴らは奴らで、新たな環境で幸せを掴もうとしている。貴様はその邪魔をすると言うのか」

 

“…戯言を。本来の道筋とは異なる。では誰が我が愛しき子らの幸せを保証する? 己が幸せに導くとでも?”

 

「履き違えるな。奴らはそんなに弱くない。奴らの幸せは奴らが掴む。貴様も俺も、世界(ヴァイスストーリー)であっても手を出す事は許されない。人間を舐めるな」

 

“…”

 

 押し黙る《焔の神》に、ローファスは言葉を重ねる。

 

「人は己で考え、己の足で立つ生き物だ。シグには向こうの世界に家族が居る。大切な人もこれからできるかも知れない。カナデは不安定だが、人として生きられように支援するつもりだ。そこから先は奴の人生だ。そしてユスリカは、既に俺にとってかけがえのない大切な存在だ。皆、《ヴァイスストーリー(あちら)》で強く生きている」

 

“…邪魔をするなと言うか。盗人の氏子が”

 

「そうだ、必死に己の人生を生きる者の邪魔をするな。たとえ奴らが苦しそうでも、病に掛かろうとも、無様に泥に塗れようともだ。その程度で潰れる程弱い奴らではない。きっと必ず、自身の手で幸せを掴む」

 

 そして、とローファスは続ける。

 

「奴らが人生をやり終えた時、その時に魂を迎え入れ、目一杯褒めてやれ。よくぞ最後の瞬間まで人生をやり切ったと。貴様の安寧の世界で過ごすのは、その後でも遅くはないだろう」

 

『……フン』

 

 ローファスの言葉に、《焔の神》は不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

『…良か縁ば掴んだな』

 

「は?」

 

 《焔の神》は途端に無表情に戻り、ぼそりと呟く——思念波ではなく異界語(日本語)で。

 

 当然意味がわからず首を傾げるローファスに、《焔の神》は『良かんばい良かんばい』と手に持っていた稲をさっと払うように振り、それと同時に攻撃的な炎は消え失せる。

 

 光景は炎熱地獄から元の木漏れ日の温かな境内に戻った。

 

 どういう理屈か、焔の腕から解放されたローファスの皮膚に火傷の痕はない。

 

 肌が焼ける感覚が確かにあったのだが、と眉を顰めつつ、ローファスは《焔の神》を見る。

 

「…返してもらえる、という事で良いのか? 他の三人も」

 

『…』

 

 《焔の神》は無言でローファスを見据え、左側——を見て首を横に振り、右手を指差す。

 

 右手の甲がカッと熱くなり、見れば焔を模した紋様が刻まれていた。

 

「これは…まさか加護か?」

 

“必要あらば呼び掛けよ。己に仇なす者を焼いてやる。その代わりに我が愛しき氏子達の面倒を見よ。もし不当に扱えば、盗人諸共黄泉平坂へ送ってやる”

 

「よも…?」

 

 聞き覚えがない、恐らく異界の用語。

 

 ニュアンス的に地獄に送る的な意味合いだろうか、とローファスは解釈する。

 

「…承知した、異界の神よ。ライトレスの名において、この三名には世界(ヴァイスストーリー)であろうと手を出させないと約束する」

 

 ローファスは最大限の敬意を払い、姿勢を正して一礼する。

 

“ローファス…といったな。その名は覚えておく——異界の黒き雛鳥よ”

 

 ぶん、と《焔の神》は稲を振るった。

 

 ローファスの視界はぼやけ、煩い程の無数の鈴の音が鳴り響く。

 

 ローファスは思わず目を瞑り、耳を塞いだ。

 

 

 そして歪みや音が収まり、目を開けると、栗髪の子供——レーテーが覗き込むようにして顔を近づけて来ていた。

 

「おーい、大丈夫ー?」

 

「レーテー…?」

 

「いや、そうでしょ。何、どしたの。今になって怖くなったとか? そう心配しなくても、もう《冥界の主》は帰ったよ」

 

「…」

 

 やれやれ、と溜息を吐くレーテー。

 

 場所はスペルビア戦跡地。

 

 燃やされた魔力も削られた神力も、どういう訳か失われる前の状態に戻っている。

 

 まるで夢でも見ていたかのような現実味のない感覚。

 

 しかし見れば、右手の甲には火傷のように刻まれた焔の紋がくっきりと浮かび上がっていた。

 

 つまり今のは、疲れが見せた幻覚でも夢でもない。

 

 ローファスはタブレットを取り出し、話し掛けた。

 

「テセウス、他の連中は無事か?」

 

『その他の連中、というのがアベル含む王国から来た者達と、タチアナ含む聖竜国の手勢を意味したであるなら、全員無事だ。死亡者はマーズただ一人。負傷者はいるが、命に関わる程の者は居ない。というか、君ならばその位、魔力探知を使えば一瞬で…』

 

 テセウスが言い終わる前に、タブレットは床に転がった。

 

 安堵したように脱力し、倒れ掛けたローファスを「おっとと」とレーテーが小さな身体で支え——ようとしたが支えきれず、一緒に倒れそうになった所をいつの間にか目を覚ましていたフィリップが支えた。

 

 魔人化(ハイエンド)の酷使と神依(アバタール)の行使。

 

 挙句の異界の神との邂逅。

 

 ローファスは遠の昔に限界を超えていた。

 

 呼吸も心音もない、一時的な仮死状態。

 

 意識の無いローファスを丁重に地面に寝かせ、レーテーはその頭をぽんぽんと撫でる。

 

「お疲れ様、坊や。本当によく頑張ったよ」

 

 地平線の果てが白く染まり、山脈より陽の光が差し込む。

 

 聖竜国最後の《竜王祭》は、ここに終幕した。

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