悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜 作:黒川陽継
《竜王祭》で起きた、《邪竜》の復活という聖竜国建国以来の大騒動は、幕を閉じた。
七体の《邪竜》の出現、《魔王》の顕現、姫巫女の暴走——一夜の内に様々な出来事があったが、事の顛末を知る者は極小数。
山脈の地形は抉れ、広範囲が焦土と化し、《霊峰》に至っては巨大な風穴が開いている。
被害は甚大。
しかし被害の大きさに対して、王国側も聖竜国側も負傷者こそ数知れないが、死者は居ない。
唯一、《
姫巫女より箝口令が敷かれている為、その場に居た聖竜国の兵は誰一人としてマーズについて口を開かない。
しかし、当事者は知っている。
マーズこそが聖竜国を裏切り、《邪竜》を復活させた張本人であったと。
軍の長の裏切り。
そんな不祥事を、声高らかに流布できる筈もない。
それでもタチアナは、最後まで真実を公表すべきか迷っていた。
それを止めたのは、王国第一王女であるアステリアであった。
マーズは国民人気もそれなりに高く、その裏切りとあれば聖竜国に広がる動揺は計り知れない。
当然ながら、マーズの妻や子、孫は《邪竜》復活に関与しておらず、罪はない。
此度の騒動は、マーズ単独での犯行。
そしてそれも恐らく、《闇の神》の関与あっての事。
マーズが裏切り者であり、聖竜国の転覆を狙っていた事が知られれば、張本人が亡き今、国民の怒りが家族に向くかも知れない。
それはタチアナとしても忍びなかった。
マーズが裏切った事は間違いないが、それでもこれまで一人の軍人として聖竜国を支え続けてきた事もまた事実。
王国、聖竜国、そして帝国——三国間で話し合い、民の無用な混乱を避ける為、騒動の多くは隠蔽する事で決着した。
そして巷ではこう囁かれた。
《竜王祭》にて《邪竜》が復活し、地形を変える程の激戦を繰り広げながらも偶然居合わせたローファスを筆頭に、王国側の勢力が総出で打ち倒した。
そして《
奇しくもそれは、《物語》のモノローグで語られたものとよく似たものであった。
厄災に対し臆す事なく勇敢に立ち向かい、そして惜しくも敗れた影の英雄に、聖竜国民は皆涙した。
そして王国の首都、王都の王宮、王座の間にて。
アステリアより《竜王祭》での出来事を聞いた国王アレクセイは、愛娘の手前平静を保ちながらも内心でダラダラと汗をかいていた。
無論、事の顛末を全て打ち明けられた訳ではなく、その報告内容はタチアナと相談して決めたもの。
マーズの裏切り、《魔王》の顕現、そしてタチアナの暴走などの事は省き、しかしそれ以外の事はできるだけ詳しく。
要約すると何故か復活した《邪竜》を、何故か自領謹慎を命じていた筈のローファスが打ち倒したというもの。
なぜ…とアレクセイは思う。
なぜかローファスが聖竜国に居て、それも八ヶ月も前から滞在していて、どういう経緯か不明だが姫巫女タチアナと婚姻まで結び、挙句に《邪竜》打倒後に離婚したという。
もう何から突っ込んで良いか分からない。
いや、とアレクセイは思う。
そういえば、ローファスの謹慎は最初の数ヶ月で解除するようにライトレス家に伝えていた。
本当は一ヶ月程度でさっさと終わらせる予定だったが、王弟であり魔法学園学園長であるアインベルの急死でアレクセイ自身憔悴しており、ローファスの謹慎解除が遅れてしまった。
しかし、謹慎を解くよう命じてもライトレス側からは「まだ反省が足りない」「いつもやり過ぎるからもう少ししっかりと反省させる」と曖昧な返答が返ってくるばかりで、ローファスは一向に王都に戻って来ない。
ライトレスには何度かせっつき、遂にはローファスの召喚命令まで出したが本人の体調不良を理由に拒否された。
帝国戦での傷が癒えないのだろうかと割と本気で心配し、聖女の派遣まで考えていたアレクセイだったが、アステリアの報告ではローファスは八ヶ月も前から身分を隠して聖竜国に滞在していたという。
どういうこっちゃねん、とアレクセイは思う。
面目上とはいえ、王命による謹慎中に他国へ行き、挙句にその姫を娶っている。
これは普通に大問題。
幾らライトレスでも、これは国王として厳正に叱らねばならない案件。
しかし《邪竜》を打ち倒し、聖竜国を救っている。
これにより王国は、聖竜国に対して莫大な恩を売った事になる。
これは外交上かなりの利。
謹慎を破る程度お釣りが来るレベルの功績である。
姫巫女タチアナを娶ったというのも、直後の離婚で帳消し——には流石にならないが、というかどういう経緯で婚姻を結んで、何が原因で離婚したのかも分からないので何も言えないが。
ともあれ、姫巫女であるタチアナとの婚姻となれば、格式的にはローファスの婿入りという可能性もあった。
最強の一族ライトレスの最高傑作——ローファスという王国の巨大戦力が聖竜国に移籍するなど、断固として阻止せねばならない案件。
そう考えれば、離婚したのであれば問題はないかと思わなくもない。
まあ問題無い訳がないのだが、事が事なだけにもう何をどうしたら良いのかアレクセイには分からない。
『——あ、それとお父様…闘技大会で王国代表で出たアベルなんですけど、優勝したんです!』
「…そうか」
最後の最後に嬉しそうに報告してくる愛娘。
しかしアレクセイからすれば、この期に及んでそんなのはどうでも良い。
「まあ…よくやったと、伝えておいてくれ」
『はい! 伝えておきます! 聞いたアベル! お父様がよくやったって——』
「いや、そんな事よりもローファスに……アステリア?」
念話の通信は切られていた。
アレクセイは周りに誰も居ない事を確認し、一人玉座で溜め息を吐く。
きっとこれは、ローファスと直接話した方が齟齬も無いだろう。
しかし当のローファスはいつ王都に帰還するのだろうか、とアレクセイはぼんやりと天井を見ていた。
*
《竜王祭》の一夜を経た後、ローファスは三日三晩寝込んでいた。
仮死状態は直ぐに脱したが、
こればかりは慣れない——というよりも、使う度に間違いなく命を削っている。
姫巫女が短命になるのも頷ける話。
ローファスとしてもこんなリスクしかない形態、そう何度も使用したくない。
そもそも使う度に寝込んでいては話にならない。
使い勝手が悪いなんてものじゃない。
今回は《魔王》が二柱に別れるという不測の事態故に仕方のなかった部分もあるが、こんなものは切り札、奥の手を通り越して最終手段。
そして今回、ローファス秘蔵の切り札は
もう一人の自分——《影狼》は明確に死亡し、《破界石》も全て使わされた。
そしてローファス自身、己の限界も見えた。
周囲の被害さえ考えなければ、ローファスは万全の状態で《邪竜》を同時に七体、そして追加で《魔王》二体と連戦したとしても、一方的に鏖殺できる。
仮に《神界》顕現されたとしても、一度ならローファスの自前の魔力だけで破壊可能。
これは暴走した《忌子》の対応や、切り札である《破界石》を抜きにした目算。
これは十分個人の力を逸脱したものではあるが、それでもこれが天井。
ローファスにこれ以上の成長はない。
これが限界。
ローファス一人では、《闇の神》とその手勢全てを倒す事はできないだろう。
それ故の
テセウスを戦力として取り込み、近い内に六神も巻き込む。
これも
《煉獄の魔王》スペルビアを完全に滅ぼす。
そんな地神の無茶振りは見事完遂した。
これにより地神の協力は確定。
そして風神も、納得はしていないようだが『リルカと番になれ』という頭のおかしい要求を完遂した為、契約締結としてローファスに協力せねばならない。
六神の内、二柱が明確にローファスについた。
そして使徒の一人であるアインベルの死により六神の計画が破綻した事で、彼らは今後、《闇の神》を相手取る為にローファスに協力せざるを得なくなるだろう。
半身である《影狼》を失ったのはかなり痛いが、流れは悪くない。
懸念があるとすれば、《闇の神》の力。
これまでで明確に確認できていた《闇の神》の力は、精神汚染のみ。
しかし此度、スペルビアやマーズ、スロウスの《権能》を使っていた。
恐らく手下にした神格——《魔王》の《権能》を扱えるというもの。
帝国で滅びたスロウスの《権能》を使っていた事から、遠隔から使用者を操り、《権能》を使わせている訳ではない。
《権能》とは《神》の固有能力であり、新たな法則。
それを複数操れるというのは考え難いが、これも何らかの絡繰があっての事だろう。
問題なのは、この力が行使されたのは今回が初めてという事。
《物語》では使わなかった。
使わなかったのか、使えなかったのか。
もし《物語》でこんな出鱈目な力を行使していたなら、アベル達の勝利はなかった。
《物語》で《闇の神》が敗北した事から鑑みるに、使えなかったと考えるのが自然。
ならばなぜ、今回になって使えるようになったのか。
やり直しにより《闇の神》力が増しているのか、それとも使えない理由があったのか。
現時点では情報が少ない為断定はできないが、《魔王》以上の脅威である事は間違いない。
「まだ気分が優れませんか?」
ユスリカだった。
ローファスは微笑む。
「いや、少し考え事をしていただけだ。もう十分回復している。出歩いても問題ない程だ」
「駄目です。まだ魔力に乱れがありますので」
ベッドから起き上がろうとしたローファスを、ユスリカがやんわりと止めた。
ユスリカは三日三晩、ローファスに付きっきりで治癒魔法を掛け続けていた。
そのお陰もあり、ローファスは既に動ける程度には回復しているのだが、ユスリカからは本調子でない事が見破られており、外出の許可が出ない。
場所は聖竜国首都、姫巫女が住まう宮殿の一角にある部屋。
ローファスの回復の為、面会時間は分単位でユスリカが厳重に管理していた。
面会時間に関しては、婚約者や家主であるタチアナすら例外ではない。
そしてユスリカ本人は二十四時間付きっきりという独り占め状態であるが、二人きりで甘い雰囲気——にはならない。
ユスリカはローファスを治療する為の超絶仕事人モード全開であり、健康の為とコーヒーすら飲ませて貰えず、ローファスは慢性的なカフェイン中毒による禁断症状(頭痛)と戦いながら、日に日に健康になっていた。
ローファス的には
因みに、《焔の神》の世界での出来事をユスリカやシグ、カナデは覚えていなかった。
そもそも三人は、《焔の神》を呼び出した瞬間から記憶が無く、気がついたら時には全てが終わった後で、祭壇で気絶していた所を聖竜国の兵士に保護されたのだという。
カナデの肉体に関しては、発見された時にはアベルの身体に戻っていた。
性別も女から男に戻っていたらしい。
というか、何気にアベルが女になっていた事を知らなかったローファスは、シグからその報告をされた時に酷く困惑した。
アベルの精霊化していた魂も、アベルの肉体に戻り、カナデの魂も相変わらず一つの体に同居しているようで、完全に元に戻った。
アベルの肉体の女体化、からのカナデの姿への変化。
シグからの報告を聞く限り、これはタチアナが巫女として《神》をその身に卸すのと同じ。
カナデが巫女として《神》の器になる為の工程。
祭壇とやらに招き入れられたようであるし、十中八九
《焔の神》は、自らがこの世界に降りる為の条件を揃えていた。
ユスリカが聖女に並ぶ程に神聖魔法の適正が高いのは、間違いなく《焔の神》の恩恵。
そして恐らくだが、カナデにも同様にこの適性があり、この二人ほどではないにせよ、きっとシグにもそれなりに神聖魔法の適正があるだろう。
属性魔法を扱えている時点でユスリカ程神聖魔法に特化した体質ではないであろうが。
この違いは、シグがこの世界の人間として転生していて、肉体が前世のものとは変化している為か。
或いは——性別か。
気にはなるが、検証できる事でもないかとローファスは諦める。
もし余計な事をして、万が一にももう一度
最後こそ友好的な雰囲気を見せていたが、あれは終始ローファスがどんな選択をするのか試しているようであった。
ともすれば、少しでもかの神格の気に触る選択をローファスがしていたなら、この世界に無事に戻れはしなかったろう。
要するに《焔の神》は、ローファスが可愛い氏子の三人の魂を任せるに足る存在かを見ていた。
もしそのお眼鏡に適わなければ、三人の魂は連れ去られ、ローファスは一緒に連れ去られるか、消し炭にされるかだったろう。
まあこれはあくまでもローファスの見立てであり、正しく真実は神のみぞしるといった所であるが。
そして誰も、《焔の神》がこの世界に顕現した事を知らない。
呼んだという三人も記憶は曖昧で、《焔の神》の姿も名前も知らないらしい。
その存在を認識したのはローファスと——この世界のみ。
「ローファス様…」
今日も今日とて治療と世話をしてくれているユスリカが、深刻そうな声を上げた。
「どうした。食事ならもう自分で食べられるぞ」
「まだ絶対安静ですので、お食事の方は私が…いえ、その話ではなく…」
現在は昼食前の定期検査。
このダブルパンチでローファスの身体は死に体寸前だったが、ユスリカの全力の治癒魔法により動ける程度までは回復していた。
ユスリカの献身もあり日に日に回復するローファスであったが、しかしユスリカには一つだけ懸念があった。
それは、ローファスの左目と左腕に纏わりついた翡翠の呪い。
聖女フランによる年に一度の封印の調整と、ユスリカによる毎月のチェック。
ローファスが魔法学園に入学してからは、この毎月のチェックはフランがユスリカに代わり行っていた。
無論、表立って会っていては噂になる為、内密に。
そして帝国での一件を終え、ローファスがライトレス領に帰還した折に見たのが最後だった。
その時は封印術式に綻びは殆ど見られなかったが、それでもそこからローファスは聖竜国へ行ってしまい、八ヶ月もの期間が空いた。
フランの封印調整の時期は過ぎている。
だからユスリカは、ローファスの体調が最低限まで回復した段階で封印のチェックを行った。
そしてその結果は——あまり良いものではなかった。
「…封印術式の方に綻びが見られています。具体的には封印の四割が侵蝕…期間が空いたとはいえ、早過ぎます。以前とは比べ物にならない程、呪いの力が強まっている証拠です。至急フラン様の再封印を受けねば…」
動揺した様子で目を泳がせるユスリカ。
ローファスは安心させるように、その肩を優しく叩く。
「少し落ち着け。お前も封印術式は使えただろう。応急処置はできないのか?」
「申し訳ありません…治癒は得意ですが、封印の方はフラン様程の適性は無く…フラン様の封印は強固です。下手に手を出すと余計に悪化させてしまう恐れが…」
「分かった、そう気に病むな。今の呪いの進行具合から見て、どの程度の猶予がある?」
落ち着かせるように優しく問うローファスに、ユスリカはじっと呪いの状況を見る。
「半年…いえ、三ヶ月が限度です」
「三ヶ月……なんだ、ならば全然問題ないじゃないか。回復したら飛空艇で真っ直ぐに王都へ行き、フランの封印を受ける。これに三ヶ月も掛らん、そうだろう?」
ローファスは尚も不安そうなユスリカを抱き寄せ、宥めるように背を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だ。何も心配はいらない。全て上手くいく——絶対にだ」
その慰めの言葉は、不思議とユスリカには、ローファスが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
翌日の明け方——ローファスは姿を消していた。
そして以降半年、ローファスが姿を見せる事はなかった。