悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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25# 《緋の風》

 《初代の墳墓》一階層。

 

 《緋の風》のメンバーは、無数の黒い魔物と死闘を繰り広げていた。

 

 襲い来る黒い双頭の虎の牙を剣で防ぐのは、逆立てた髪に赤いジャケットの剣士——リーダーのシギルだ。

 

「く、こいつまた復活しやがったぞ!」

 

 双頭の虎は、既に二度は仕留めていた。

 

 しかし、時間経過で傷が再生して蘇り、再度襲いかかって来る。

 

 この双頭の虎に限った話では無く、この墳墓で現れる黒い魔物は、その全てが何度殺しても蘇る化物ばかりだった。

 

 殺しても蘇る魔物と言えば、考えられるものとしてアンデッドが挙げられる。

 

 数多の遺跡やダンジョンで死線を潜り抜けた実力者揃いの《緋の風》のメンバー達は、アンデッドとの戦い方も熟知している。

 

 だが…丸縁のサングラスを掛けた坊主頭の男——ホークが魔導銃を撃ちながら叫ぶ。

 

「やっぱ駄目だ! 聖水も効果が無ぇ!」

 

 熟練のトレジャーハンターであるホークは、アンデッド対策として聖水等の特攻アイテムを常に持ち歩いている。

 

 しかし、既に何度も聖水をぶっ掛けるなりして試しているが、全く効果が見られない。

 

 アンデッドならば、聖水に触れれば多かれ少なかれダメージを負う筈だ。

 

 つまりこの黒い魔物は、アンデッドでは無いと言う事。

 

 魔導銃の弾倉が切れ、短剣に持ち替えたホークは、リーダーのシギルを見る。

 

「どうする、流石に一旦引くか!?」

 

「引く訳ねえだろ! ホークテメェ、リルカを見捨てるつもりか!?」

 

 怒鳴るシギルに、ホークは冷静に答える。

 

「見捨てるか馬鹿野郎。ただ、この遺跡に入ってから休む暇無く戦いっぱなしだ。このままじゃ全滅するぞ」

 

 ホークは、他のメンバー2名に目を向ける。

 

 長い金髪を振り乱しながら、槍を振るう男——ケイ。

 

 戦鎚で黒い魔物を叩き潰すスキンヘッドの巨漢——ダン。

 

 この二人は、シギル、ホークとは反対側の回廊から来る魔物を相手取っていた。

 

 いずれも、終わりの無い戦闘で身体中には生傷が目立ち、息も絶え絶えと言った様子だ。

 

 もう随分と長い間戦い続けており、いつ集中が切れてもおかしくない程に疲労が蓄積していた。

 

 シギルは舌を打つ。

 

「くそッ! やっと階段を見つけたってのに…」

 

 シギルとホーク側の回廊の先には、二階層に降りる階段が見えていた。

 

 転移トラップに引っ掛かったリルカは、恐らく遺跡の奥、階段の先に居る筈だ。

 

 ホークは諭す様に言う。

 

「リルカの隠密の腕は、メンバーの中でも一二を争う程優秀だ。あいつなら、直ぐにやられる様なヘマはしねぇだろ」

 

「…」

 

 確かに、今の状況では全滅するのも時間の問題だった。

 

 ここで全滅し、リルカも助けられない。

 

 それが最悪の結末だ。

 

 シギルは渋々と言った調子で頷く。

 

「く、分かった…! ホーク、閃光結晶は?」

 

 閃光結晶とは、砕けば光属性を発して目眩しになる魔法結晶だ。

 

「…少ないがまだある」

 

「よし…ケイ、ダン! 一時引くぞ! リルカの救出は、一旦立て直してからだ!」

 

 シギルの指示に、槍を振るっていたケイは怒りの表情を見せる。

 

「はあ!? 何言ってんだシギル、リルカは一人で——うお!?」

 

 だが、ダンがそんなケイを無言で担ぎ上げた。

 

「なっ! 離せ、ダンてめ!」

 

「…リーダーの指示に従え」

 

「ふざけんな! 俺はまだやれんだよ! 離しやがれ!」

 

「…」

 

 暴れるケイを無視し、ダンは持ち前のフィジカルで駆け出す。

 

「お前ら、目ぇ伏せとけよ」

 

 ホークは閃光結晶を、黒い魔物の集団に投げた。

 

 結晶が砕け、凄まじい閃光が回廊を満たす。

 

 《緋の風》が墳墓に入り、閃光結晶を使用したのはこれが初めてでは無かった。

 

 原理は不明だが、閃光を浴びた黒い魔物は、その姿にノイズが走る様にブレ、暫く動けなくなるのだ。

 

 光に弱い? やはりアンデッド? 或いは暗黒系統の魔物か?

 

 ホークは思案しながら走る。

 

 その隣を並走するシギルは、動かなくなった黒い魔物を訝しげに見る。

 

「動かなくなったか…奴ら、やっぱ光に弱いのか?」

 

「閃光で眩暈を起こしてるって感じでもねぇな」

 

 黒い魔物の体躯に走るノイズの様なもの。

 

 まるで、強い光に照らされて姿が維持できなくなった様な、そんか印象をホークは受けた。

 

「船に戻って、閃光結晶をありったけ持って来るとするか。魔物がどれだけ不死身で強かろうが、動かねぇなら怖くねぇからな」

 

「ああ。待ってろよ、リルカ…!」

 

 決意を新たに、墳墓の出口へ向かう《緋の風》のメンバー達。

 

 時に閃光結晶を使用しながら、出口まで駆け抜ける。

 

 そして、出口直前でその足を止めた。

 

 シギルとホークは、言葉も発せずに目を剥く。

 

 ダンは、思わず担いでいたケイを落とした。

 

「ってぇな!? ダン! おま、何落として——」

 

 地面に落とされたケイは、苛立たし気に顔を上げ——そして、長身のダンよりも、更に上に視線が行った。

 

「——は?」

 

 間抜けな声を上げるケイ。

 

 墳墓の出口を塞ぐ様に、巨大なそいつはとぐろを巻き、無数にある首をもたげる。

 

 多頭の大蛇——漆黒のヒュドラがそこに居た。

 

 無数の頭についた双眸と、胴体中にある眼が一斉に《緋の風》へ向けられた。

 

 ヒュドラは、最高難度の遺跡やダンジョンで、フロアボスや宝の守護獣として現れるレベルの強力な魔物だ。

 

 その力は、同じく高難度ダンジョンを彷徨く魔物とは一線を画する。

 

 シギルとホークは、ほぼ同時に動いた。

 

 先手必勝。

 

 ホークは閃光結晶を黒いヒュドラの遥か頭上に投げ付け、それを魔導銃で撃ち抜いた。

 

 閃光で周囲が白一色で満たされた刹那、シギルがヒュドラの頭の一つに飛び乗り、その巨大な眼球に剣を突き立てる。

 

 完璧な連携、完璧な奇襲。

 

 彼等の行動に、何一つ落ち度は無かった。

 

 しかし、それで仕留められないのは、至極単純な力の差だ。

 

 目に刃を突き刺されながらも、痛がる素振りも見せず、ヒュドラはじろりとシギルを見る。

 

 そして、まるで鬱陶しそうに高速で首を薙いだ。

 

 吹き飛ばされるシギル。

 

 それを身体で受け止めたのはダンだった。

 

「…無事か?」

 

「無事じゃ、ねえ……おま、身体硬すぎ…岩にでもぶつかったみてぇだ…」

 

「…こんな時に褒めるな。照れる」

 

「褒めてねぇ…!」

 

 息も絶え絶えに抗議するシギルを見て、ケイとホークは安堵の息を吐く。

 

「ホーク、閃光結晶は?」

 

 ケイが問うが、ホークは静かに首を横に振る。

 

「…さっきので打ち止めだ」

 

「…まじ?」

 

「大マジだ」

 

 ケイは乾いた笑みを浮かべる。

 

「こんな化け物、入った時はいなかったじゃねえかよ…!」

 

 黒のヒュドラは、閃光結晶を浴びたと言うのに、他の黒い魔物の様に動かなくなる様な事は無かった。

 

 まるで何事も無かった様に裂けた舌を出しながら、《緋の風》の面々を睥睨する。

 

 ふと、からんと、ヒュドラの目に突き立てていた剣が落ちた。

 

 ヒュドラの目は、瞬く間に再生する。

 

 他の黒の魔物とは比較にならない再生速度。

 

 一階層で現れた魔物は確かに強力だったが、このヒュドラは明らかに次元が違った。

 

 《緋の風》の面々はただただ圧倒され、後退る。

 

 ヒュドラはそれを、獲物を追い詰める様に、そして嬲る様にゆっくりと距離を詰めて行く。

 

 ふと、回廊の奥に、無数の影が見えた。

 

 こちらに迫る無数の黒い魔物が。

 

 先頭には、先程シギルが戦っていた黒い双頭の虎の姿があった。

 

 黒いヒュドラと、挟み撃ちになる様な形になる。

 

「前門の虎、後門の…なんだっけ?」

 

「狼だろ。今回はヒュドラだが…」

 

 シギルの呟きに、ホークが返す。

 

 軽口を叩き合うが、その顔は真っ青だった。

 

 ケイは力無く槍を地面に突き刺し、ダンは呆然としている。

 

 正しく死が秒読みで迫り来る絶望的状況。

 

 頼みの閃光結晶は使い切り、他にも特攻アイテムはいくつもあるが、いずれも黒い魔物には効果が無い物ばかりだ。

 

 シギルの手に剣は無く、ホークの魔導銃には弾が殆ど無い。

 

 誰かが呟く。

 

「…終わりか」

 

 それには誰の否定も無く、ただ皆、諦めた様に目を伏せた。

 

 

 瞬間——誰かの声が回廊に響いた。

 

「——【暗黒領域(ダークカーペット)】」

 

 それと同時に、回廊の床、壁、天井の全てが、回廊の奥から来た暗黒に塗り潰された。

 

 光が無く、ただでさえ暗闇の回廊が、更に深い暗黒に染まる。

 

 回廊奥から《緋の風》に迫っていた黒い魔物達の足が、床に広がる暗黒に沈み込み、その動きが鈍った。

 

 更に声が響く。

 

「——【風刃《エアカッター》】!」

 

 風の刃が、黒い魔物を切り裂いた。

 

「やった! 当たった! 当たったよローファス君!」

 

「…矮小な下級魔法を一撃入れただけで騒ぐな」

 

 回廊に響くのははしゃぐ声と、呆れた様な声。

 

「——やれ」

 

 続いて、冷たい声が静かに響き、直後——頭が刃の様に鋭く尖った大量の魚が、暗黒の壁や床、四方八方から飛び出し、黒い魔物の群れを切り裂き、喰らいつく。

 

 黒い魔物は、瞬く間にその姿を維持出来ぬ程に食い尽くされ、霧散する。

 

 視界を塗り潰した暗黒、突如現れた床や壁を泳ぐ魚の群、そして瞬く間に全滅した黒い魔物。

 

 突然の出来事に、《緋の風》の面々は呆然としている。

 

「シギル兄!」

 

 シギルの胸に飛び込む小柄な少女。

 

 それは夢でも幻覚でも無い。

 

 リルカ・スカイフィールドだった。

 

「リルカ…?」

 

 漸く思考が追いついてきたシギルは、リルカを抱き締める。

 

「リルカ! おま、無事だったのか!」

 

「シギル兄も! ジークもケイもダンも、皆無事で良かった!」

 

 涙目で笑うリルカ。

 

 絶望していた他の面々も、顔を綻ばせてリルカの元に集まる。

 

「リルカ! マジで心配したんだぞこの野郎!」

 

 リルカの頭をぐりぐりと掻き回すケイ。

 

「…元気そうだ」

 

 安堵から微笑むダン。

 

「てか皆! 私より傷だらけじゃん!?」

 

 驚愕し、騒ぐリルカ。

 

 わいわいと騒ぐ四人を余所に、ホークはクイっとサングラスを上げる。

 

「リルカ、無事でなによりだ。だがお前ら、騒ぐのは後だ。まだヒュドラがいんだぞ」

 

 ホークの言葉に、他の面々も黙る。

 

 リルカは「何アレ、でか!」と驚く。

 

 黒いヒュドラは、出口前に鎮座したまま離れる様子は無く、《緋の風》達を見据えている。

 

 どうやら逃す気は無いらしい。

 

 それに、とホークは黒い魔物が全滅した回廊に目を向ける。

 

「リルカ、何があった。さっきの魚や、この黒い床は一体…」

 

 ホークの疑問に、リルカはにっと笑って回廊の奥を見る。

 

「うん、あの人が助けてくれたの。ローファス君」

 

 自然と、他の面々の視線も回廊の奥に向けられる。

 

 回廊の奥から歩いて来るのは、小さな人影。

 

 他の面々が訝し気な目を向ける中、ホークは冷や汗を流す。

 

 その姿は、見た目こそリルカと変わらぬ年頃の少年だが、その雰囲気はまるで違う。

 

 この暗黒に染められた回廊と同じ、暗黒色の外套に漆黒の髪と、全身を黒一色に包まれた少年。

 

 色違いの左眼の翡翠の瞳が、闇の中で怪しく輝くエメラルドの様にも見えた。

 

 ホークがその姿を見た時、直感的に察する。

 

 こいつはヤバい、と。

 

 この暗黒に染められた回廊も、不死身の黒い魔物達を駆逐した魚の群れも、恐らくこの少年により行われたものだ。

 

 ホークは警戒を高める。

 

 そもそも、先程の黒い魚の群は、この遺跡を徘徊する黒い魔物と同質のものの様に思えた。

 

 それを配下の如く使役する、遺跡の奥から現れた少年…。

 

 まさかこの少年は、この古代遺跡の主——ダンジョンマスターの様なものなのでは無いか。

 

 ともすればこの少年の様な姿も、正体を隠す為の仮の姿と言う可能性もある。

 

 ホークの中で嫌な想像が膨れ上がる。

 

「なんだ、子供じゃねーか。なんでこんな所に、迷子か?」

 

 少年の姿を見て、無警戒に近付くシギルに、ホークは目を見開いて慌てる。

 

「ばっ——」

 

 こんなヤバい遺跡を平然と歩く存在が、ただの子供な訳がないだろうが——そう怒鳴りそうになり、ホークは寸前で我慢する。

 

 気安く近づいてきたシギルを、黒衣の少年——ローファスは、苛立った様子で睨み付けた。

 

「う…」

 

 ローファスに睨まれ、気圧されるシギル。

 

 リルカは、そんなシギルの脇腹を肘で殴り付けた。

 

「ぐぉ!?」

 

「子供って何よ! ローファス君に失礼でしょ!」

 

 悶えるシギルに怒るリルカ。

 

 それを尻目に、ローファスは吐き捨てる様に言う。

 

「…貴様も大概だろうが」

 

 ローファスは他の《緋の風》面々を、無視して出口に鎮座する黒いヒュドラを見据える。

 

「侵入者を逃さない為の門番か。この墳墓を造った奴は随分と悪趣味らしいな」

 

 ローファスは面倒そうな顔をしながら、ゆっくりとヒュドラに近付く。

 

「おい! 危ねえぞ!」

 

「馬鹿、死ぬ気か!」

 

 焦って止めようとするシギルとケイ。

 

 ローファスはそれを意に介さず、歩みを止めない。

 

 ローファスは口を開く。

 

「邪魔だ、沈めろ」

 

 その命令に呼応した様に、ヒュドラを超える程に巨大な触腕が暗黒から現れた。

 

 それは黒いヒュドラを暗黒の中に沈めようと、凄まじい力で胴体に巻き付いた。

 

 ヒュドラは当然抵抗する様にもがくが、触腕がもう一本現れ、更なる力でヒュドラの巨躯は、その全てが引き摺り込まれる。

 

 それは正に一瞬の出来事。

 

 ローファスは歩みを緩める事すらせず、そのまま出口に向かう。

 

 《緋の風》の面々は、何が起きたのか理解出来ず、呆然と立ち尽くす。

 

 今までローファスと一緒に居たリルカだけが、特に気にする様子も無くローファスを追いかける。

 

「ほら、いつまで突っ立ってんの皆、早く行くよ!」

 

 リルカの呼び掛けに、《緋の風》の面々は顔を見合わせ、後に続いた。

 

 *

 

 《緋の風》の飛空挺——イフリート。

 

 これはリーダーであるシギルの物では無く、厳密にはサブリーダーであり、現在病に伏しているイズの所有物になる。

 

 帆の代わりに左右に翼が付いた、空を飛行する赤き異形の船。

 

 魔力を動力とするこの船は、《緋の風》サブリーダーであるイズの祖父がトレジャーハンターだった頃、辺境のとある遺跡から発掘した古代遺物(アーティファクト)だ。

 

 イズの祖父は以降、飛空挺をイフリートと名付け、仲間達と共に空を旅しながら各地の遺跡を回る様になる。

 

 いつしかイズの祖父のトレジャーハンターの一団は、イフリートの機体の色から取り、《緋の風》と名乗る様になった。

 

 これが空賊《緋の風》の始まり。

 

 イフリートと《緋の風》は、子へ、孫へと受け継がれ、今ではイズの所有物だ。

 

 リーダーのシギルは、イズとは幼馴染である。

 

 シギルは、イズの祖父のトレジャーハンター時代の相棒だった男の孫であり、イズとシギルは、イフリートで生まれ、イフリートで育った。

 

 歳は近く、共に20代前半。

 

 恋仲というよりは、姉弟の様な関係だ。

 

 他のメンバー達、慎重派のホーク、ムードメーカーのケイ、力持ちのダン、そして、墳墓の探索には参加していなかったが、この三人の姉貴分のエルマ。

 

 この四人は、シギルやイズの親に当たる先代の《緋の風》が、空を旅する中で拾った孤児だった。

 

 皆イフリートで育ち、代替わりをして今では《緋の風》のメンバーである。

 

 長い時間を共に過ごした《緋の風》のメンバーは、家族の様な絆で結ばれていた。

 

 故に、《緋の風》を守る為ならば、リーダーのシギルはなんだってやる。

 

 危険な古代遺跡にも潜るし、命だって懸ける。

 

 …そして勿論、土下座だってする。

 

 

「領地に勝手に侵入して…本当に、すいませんしたァ!」

 

 イフリート船内の大部屋にて、シギルは土下座していた。

 

 床に頭を擦り付けるシギルを、ローファスはソファに座り、頬杖を付いて興味無さそうに見下していた。

 

 他の男メンバー——ホーク、ケイ、ダンの3人は、部屋の隅に並んで立っている。

 

 因みに、リルカを含む女メンバーは事の経緯をかいつまんで説明し、サブリーダーのイズは病に伏せている事もあり、別室で待機している。

 

 遺跡で助けられた黒衣の少年——ローファスがライトレス侯爵家の嫡男であると知った時は、メンバー達は背筋が凍る様な思いだった。

 

 何故ならば《緋の風》は、ライトレス領の遺跡に、無断で侵入したのだ。

 

 領内の全ては、その領主の所有物。

 

 それは当然、遺跡やダンジョンも含まれる。

 

 領主の許可無く侵入し、レアアイテムを手にする行為は、窃盗と何ら変わらない。

 

 空賊と名乗るのは、自分達が無法者である自覚がある為だ。

 

 しかし賊を名乗ろうとも、悪事は決して働かない。

 

 盗むのはあくまでも、遺跡やダンジョンのアイテムだけ。

 

 当然、市民から物を盗んだり、ましてや略奪する様な行為は絶対にしない。

 

 それは自分達が、無法者である前にトレジャーハンターである誇りを持っているから。

 

 

 これまでは大丈夫だった。

 

 もし無断で遺跡やダンジョンに侵入しているのが、憲兵や騎士にバレて追っ手を差し向けられようと、飛空挺イフリートがあれば、余裕で逃げられた。

 

 空を飛行して、他領へ逃げてしまえば、追っ手を振り切る等容易だった。

 

 だが、今回は違う。

 

 相手は、あの暗黒貴族と恐れられるライトレス侯爵家嫡男、ローファス・レイ・ライトレスだ。

 

 その、同じ人間とは思えない程の凄まじい力、魔法の片鱗を《緋の風》の面々は目の当たりにした。

 

 どんな奇跡が起きようとも、この黒衣の少年からは逃げられない。

 

 そう確信する程度の力は見せられた。

 

 逃げるのは無理。

 

 故に、リーダーのシギルは土下座する。

 

 どうにか許してもらう為に、ローファスの機嫌を損ねない為に。

 

 

 そんなリーダーの土下座を尻目に、部屋の隅に立つ面々は小声で話す。

 

「なあ。これ、俺らってどうなんの?」

 

 ケイが尋ねる。

 

「さあな。良くて鞭打ちでもされて、牢屋行き。悪くて市中引き回しの上、晒し首かね」

 

 ホークは死んだ目で答えた。

 

「はぁ…? いや、ちょっと遺跡入っただけだぜ? しかも今回は、なんも取って無いってのに」

 

「まあ俺達の処遇は、あの小さなお貴族様の気分次第だろ。だからどうにか温情貰う為に、うちのリーダーはプライドかなぐり捨てて土下座してんだよ」

 

「マジかよ、俺らも土下座した方が良いかな?」

 

 ホークは首を横に振る。

 

「止めとけ。何があの貴族様の逆鱗に触れるか分からねぇ」

 

 ここで、ずっと黙っていたダンが口を開く。

 

「…でも、あの貴族様、俺達を助けてくれた」

 

 ホークは首を捻る。

 

「そう、なんだよなぁ…俺達の事はついで感あったけど、リルカは間違い無く助けられてんだよな。当のリルカも懐いてる風だし。見てる限り凄ぇ邪険にされてんのにな」

 

 ケイが閃いたとばかりに目を見開く。

 

「そうだ、リルカだ。きっとあのお貴族様、女好きなんだよ。だから助けた」

 

 ホークとダンは呆れた様に肩を竦める。

 

「女好きはお前だろケイ」

 

「…違うと思う」

 

「いーや違わねぇ、俺には分かるね。でも助けたは良いものの、きっとリルカは好みじゃなかったんだよ。ほら、あいつまだガキだし、ぺったんこじゃん? エルマの奴に相手させようぜ。そしたらあの不機嫌そうなお貴族様も、直ぐに笑顔になるさ。エルマなら胸もまあまああるし顔も悪かねえ、適任だって」

 

 ケイのあんまりな提案に、ホークとダンはドン引きする。

 

「ケイお前、エルマを生贄にする気か…?」

 

「…ケイ、最低だ」

 

「生贄とか言うな人聞き悪いな。ほら、エルマも金持ちと結婚したいって言ってたし丁度良いって」

 

 いつまでも話していると、ローファスが苛立ちの視線を三人に向ける。

 

「…全て聞こえているぞ。誰が女好きだ」

 

 ローファスの凍て付く様な冷たい言葉に、三人は揃えて口を閉ざし、目を伏せた。

 

 ——馬鹿野郎!

 

 シギルは土下座したまま、心の中で叫んだ。

 

「みんなー、お茶淹れたよー」

 

 まるで葬儀の様な重い空気の中、リルカがトレイを持って部屋に入って来た。

 

 リルカはシギルを見て顔を引き攣らせる。

 

「うっわ、なに土下座してんのシギル兄…」

 

 リルカはドン引きしつつも、大して気にした様子も無くローファスに近付く。

 

「ローファス君、紅茶飲む? お菓子もあるよー」

 

「いらん」

 

 ローファスににべもなく断られたリルカは、肩を落としつつ部屋の端に立つ三人の元へ向かう。

 

「みんなはー?」

 

 声を掛けられた三人は、とてもお茶する気分になれず、目を逸らす。

 

「…いや、俺達も大丈夫だ」

 

 代表してホークが答え、リルカは「えー」と更に肩を落とす。

 

「折角淹れたのにー」

 

 リルカは不貞腐れた様にぷいっと顔を背け、ふと部屋を見回して、首を傾げた。

 

「て言うか、何この地獄みたいな空気」

 

 リルカの呑気な疑問が、凍て付いた部屋に響いた。

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