悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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30# フリューゲル

 通路を暫し進み、最奥の牢に辿り着いた。

 

 牢の中には、鎖で厳重に拘束されたヴァルムが居た。

 

 俺の足音に気付いたのか、ヴァルムは顔を上げ、目を見開く。

 

「お前…ローファス、か? 何故、どうして、ここに…」

 

「思っていたよりも無様だな、ヴァルム」

 

 三ヶ月ぶりのヴァルムとの会合。

 

 三ヶ月ぶりに交わす言葉。

 

 だが、無様に拘束されるヴァルムを見るのは、思いの外不快だな。

 

「何を大人しく捕まっている。さっさと出ろ」

 

 苛立ちながらそう吐き捨てると、ヴァルムは目を伏せる。

 

「…無理だ。牢には魔力を通さない結界が張られている。鎖も俺の力では引き千切れん程に頑丈だ」

 

「下らぬ言い訳を聞きにここに来たのではない。良いからそんなものはさっさと引き千切れ、今この場でだ」

 

「無茶を言わないでくれ、ローファス」

 

 弱気なヴァルムに、俺は額に青筋を立てる。

 

「貴様…」

 

「助けに、来てくれたのだろう? だが、もう良い」

 

「あ?」

 

 ヴァルムは静かに首を横に振る。

 

「魔法使いのお前に、この牢は壊せん。それに、もしこの牢から出ても、この監獄には俺を見張る為に現剣聖が常駐している。どう足掻いても俺は逃げられん。と言うか、先程までその剣聖が居たのだが、お前は鉢合わせしなか——」

 

「止めろ。それ以上口を開くな」

 

 俺は、ヴァルムの言葉を遮った。

 

 何だそれは、何だその諦念は、それではまるで、本当に敗北した様ではないか。

 

 俺の心の奥底から、以前と同様に黒い感情が込み上げて来る。

 

 それは、こんな無様を晒すヴァルムに対する怒り、そして失望。

 

 俺は手に、暗黒鎌《ダークサイス》を生み出す。

 

「…! よせ、魔法ではこの牢は——」

 

 ヴァルムの静止なぞ無視して、俺は力任せに暗黒鎌《ダークサイス》を鉄格子に向けて力任せに振るう。

 

 そして、その対魔の結界ごと、鉄格子を切り裂いた。

 

「——な!? 何故、どうやって…」

 

 驚き目を見開くヴァルム。

 

 だが、これは分かり切った結果だ。

 

 牢獄全体に張られていると思われる対魔の結界だが、これにも強度がある。

 

 いかなる魔力も問答無用で弾く様な万能なものでは無い。

 

 術式を散らし、弾くのにも上限がある。

 

 事実、先程真紅の男と対峙した際に放った、暗黒鎌《ダークサイス》の斬撃は、その結界を貫いて壁に傷を刻んでいた。

 

 暗黒鎌《ダークサイス》程の威力ならば、結界を貫けると言う事だ。

 

 迷宮型ダンジョンの対物対魔の結界は、この程度では貫けぬ程の強度を誇る。

 

 所詮は人造の古代遺跡、確かに見事な結界ではあるが、所詮はダンジョンの結界の猿真似、下位互換だな。

 

 驚くヴァルムに、俺は鎌の刃を向ける。

 

「その鎖は、別に対魔の術式が施された物では無いだろう。見た所、ただ頑丈なだけの魔道具だ。貴様は、その程度も壊せぬのか?」

 

 ヴァルムはただ目を伏せ、沈黙で答えた。

 

 それは無言の肯定。

 

 何だこいつは。

 

 妹のセラの方が勝気で覇気を感じたぞ。

 

 ライトレス家の嫡男たるこの俺に対して、物申して来るだけの気概を持っていたぞ。

 

 その兄が、あのヴァルムが、なんたる為体だ。

 

 自然と、暗黒鎌《ダークサイス》を持つ手に力が入る。

 

「…セラは貴様の事を強いと言っていた」

 

 セラの名を出すと、ヴァルムは驚いた様に顔を上げた。

 

「妹と、セラと会ったのか! そうか、無事でいてくれたか…」

 

 安堵した表情を見せるヴァルム。

 

 俺はそれに対し、暗黒鎌《ダークサイス》を振り上げる。

 

 ヴァルムは驚いた様に目を見開く。

 

「ローファス…? な、何を…」

 

「貴様の妹には残念な報告をせねばならん。貴様の脆弱な兄は、無様に死んだとな」

 

 そのまま俺は、ヴァルムに向けて暗黒鎌《ダークサイス》を振り下ろした。

 

 放たれた暗黒の斬撃は、牢の結界を容易く破り、地面や壁を抉り取る。

 

 響き渡る轟音と衝撃。

 

 ヴァルムの居た場所は、巨大な斬痕が残されていた。

 

 だが意外な事に、そこにヴァルムの姿は無い。

 

 牢の端で、がしゃんと鎖が落ちる音が響いた。

 

「危うく死ぬ所だぞ。殺す気か、ローファス…!」

 

 息も絶え絶えに、抗議の声を上げるヴァルム。

 

 身体に雷属性の魔力を鎧の様に纏い、ヴァルムは金色の輝きを放っていた。

 

 なんだ、使えるんじゃないか——《雷纏装》。

 

 四天王時代の、ヴァルムの最強形態。

 

 雷を全身に纏う事で、膂力と俊敏性、反応速度を限界以上に引き上げ、物理、魔法に対して高い耐性を持つ技。

 

 そして触れた相手に高電圧の雷撃や、感電による麻痺がついでの様に襲い来る。

 

 飛竜に騎乗した上で《雷纏装》を発動した状態は、正しく天下無双。

 

 主人公勢力がどれだけ死力を尽くそうともその身に傷一つ付けられず、騎竜を撃ち落とす事しか出来なかった。

 

 超高密度の魔力で練られた最強の鎧、それが《雷纏装》。

 

 《雷纏装》が使えるならば、尚の事ヴァルムの敗北には疑問が残る。

 

「やれば出来るじゃないか」

 

 口角を吊り上げて笑ってやると、ヴァルムは苦々しく俺を睨む。

 

「…これは魔力消費が激しいのだ。そう易々と使える技では無い」

 

「そうか。ならば悠長にはしていられんな」

 

 暗黒鎌《ダークサイス》に魔力を追加で注ぎ込み、暗黒の刃はそれに応じて肥大化していく。

 

 そして俺は、巨大化した鎌をヴァルムに向けて構えた。

 

 ヴァルムは目を見開いて後退る。

 

「待て、何を…本気なのか…!?」

 

「喋るな。集中しろ。魔力を極限まで研ぎ澄ませろ。その雷の鎧を、絶対に解くな」

 

「待っ——」

 

 静止の声を上げようとするヴァルムを無視し、俺は巨大化した鎌の刃で切り掛かった。

 

 暗黒の刃は振り上げる形でヴァルムの胴を捉え、黄金に輝く雷の鎧が刃を止める。

 

 高密度の魔力同士がぶつかり合い、バチバチと火花を散らす。

 

 そこそこの魔力を注ぎ込んだが、ヴァルムの魔力練度の高さか、相性差故か、雷の鎧は貫けない。

 

 俺はそのままヴァルムを天井に向けて切り上げ、その際に、暗黒鎌《ダークサイス》に溜め込まれた魔力を一気に解放する。

 

「飛べ」

 

 暗黒鎌《ダークサイス》から放たれた巨大な黒い斬撃が、雷の鎧諸共ヴァルムを飲み込んだ。

 

 *

 

 ヴァルムは凄まじい暗黒の斬撃を全身に受け、衝撃が走り抜けた後に暗黒が晴れる。

 

 直後、ヴァルムの目に入ったのは久しく感じる眩い陽の光。

 

「——っ!?」

 

 ヴァルムは気付く。

 

 己が今、地上より遥か上空に浮かび、落下し始めている事に。

 

 地上に目を向けると、半壊した監獄塔がヴァルムの目に入った。

 

 地下深くより、打ち上げられた様に舞う瓦礫。

 

 ヴァルムは信じられない光景に、目を見開く。

 

 ——魔法、一撃で…? 馬鹿な、全体に対魔結界が施された監獄塔だぞ…!

 

 驚愕するヴァルムの背後——ヴァルムと共に打ち上げられた瓦礫の影の中より、ずずっと這い出る様に人影が現れた。

 

 人影に纏わりつく暗黒が流れ落ち、現れたのは好戦的に口角を上げるローファスだった。

 

 ローファスは手に持つ暗黒鎌《ダークサイス》を、ヴァルムに向けて振りかぶる。

 

 監獄の地下に居た筈のローファスが、突如として背後に現れ、ヴァルムは焦りを隠せない。

 

 ——影を用いた転移!? まずい、体勢を…!

 

 ヴァルムはどうにか体勢を立て直そうとするが、ここは足場の無い空中、立て直すにもそれなりの時間を要する。

 

 それを悠長に待つ程、ローファスはお人好しでは無い。

 

「次は受け切れるか? 受けられないならばそのまま死ね」

 

 無慈悲に振り下ろされる暗黒鎌《ダークサイス》。

 

 落下するヴァルムを再び黒い斬撃が襲い、そのまま急降下して雪の積もった地面に叩き付けられた。

 

 舞い上がる雪。

 

「がっ!?」

 

 相性有利と、ヴァルムの高い魔力練度の甲斐もあり、暗黒鎌《ダークサイス》の斬撃は《雷纏装》を貫くには至っていない。

 

 だが、衝撃の全てを吸収する訳でもない。

 

 ヴァルムは身体に切り傷こそ無いが、受け流せない程の衝撃を連続で受け、青痣が無数に出来ていた。

 

 しかし、それ以上に内臓へのダメージの方が深刻で、ヴァルムは口から血を流している。

 

 上空には、大型の暗黒腕《ダークハンド》の手の平に乗り、何処か詰まらなそうにヴァルムを見下ろすローファスの姿があった。

 

 その内に秘める底知れぬ魔力を見たヴァルムは、乾いた笑みを浮かべる。

 

 ——以前対峙した時、殆ど魔力が無いと言っていたが、本当だったか…。

 

 ローファスから感じる魔力は、以前感じたものとは比較にならない程に膨大で、ヴァルムはそれを畏怖の孕んだ目で見据える。

 

 ローファスは実につまらなそうにヴァルムを見下ろす。

 

「なんだヴァルム、その為体は。陽の届かぬ牢獄で、碌に食事も出来ず栄養失調か? おまけに得意の槍も防具も無く、相棒の騎竜も居ない。正しく丸腰だ」

 

 ローファスは続ける。

 

「対して俺は、以前の様な魔力枯渇寸前の雑魚では無い。魔力は万全、絶好調だ。ヴァルム、貴様を容易く屠れる程にな」

 

 僅かに眉間に皺を寄せるヴァルムに、ローファスは背後に魔法陣を展開し、無数の暗黒槍《ダークランス》を生み出す。

 

 それら全ての矛先が、ヴァルムに向けられた。

 

「良かったな、ヴァルム。良い言い訳が出来たぞ。敗北しても仕方ないと皆が口を揃えて言う程の、素晴らしい言い訳がな」

 

「…言い訳なぞせん。俺が弱く、お前が強かっただけの話だ」

 

 ヴァルムはよろめきながらもどうにか立ち上がり、ローファスを見る。

 

「だが、聞かせてくれ。何故俺を殺そうとする? ライトレスの紋章を受け取りながら、下手を踏んだ事を怒っているのか?」

 

 ヴァルムの問いに、ローファスは目を細める。

 

「そんな些事はどうでも良い…貴様、剣聖とやらに敗北したのは事実か?」

 

「あ、あぁ…それが、なんだ」

 

 何の気なしに肯定するヴァルムだが、それにローファスは虚に首を傾ける。

 

「…ああ、だと? それがなんだ、だと? なんだそれは、何を当たり前のように受け入れている…」

 

 俯き、と肩を震わせて静かに笑うローファス。

 

 一頻り笑うと、ローファスは目を見開き激昂した。

 

「ふざけるなよ貴様! 何を敗北なぞしている!?」

 

 ローファスの感情に呼応する様に、手に持つ暗黒鎌《ダークサイス》はより巨大化し、暗黒の魔力波が周囲の山々に吹き荒れた。

 

 遥か遠くに続く山脈より、まるで恐怖するかの様にワイバーンの群れが飛び立った。

 

 監獄塔内に居る守衛も囚人も、その殆どがローファスの魔力波に当てられて気絶する。

 

 《雷纏装》を纏うヴァルムは気絶こそしないが、その膨大な魔力波に圧倒された様にたじろいだ。

 

「何故、俺の敗北に、お前がそこまで怒る…?」

 

「貴様からすればそうだろうな。だが、俺は貴様の敗北を許さぬ。これは理屈ではないのだ」

 

 ローファスは鎌を振り上げる。

 

「敗北を認めるなら——ここで死んでおけ」

 

 ローファスが今にも鎌を振り下ろそうとしたその瞬間、山脈に竜の咆哮が響いた。

 

 超高速で接近するワイバーンのものと思われる魔力反応を、ローファスは察知する。

 

 片翼に暗黒を纏わせたワイバーン——ヴァルムの愛竜フリューゲルだ。

 

 突如として飛来したフリューゲルは、高度から急降下してヴァルムの元に着地した。

 

 そして、まるで庇う様に片翼でヴァルムを覆い、ローファスを見上げて唸り声を上げる。

 

「フリューゲル…!? お前、無事で…」

 

 感極まった様にフリューゲルに縋り付くヴァルム。

 

 ローファスはそれを、冷徹に見下ろしていた。

 

「感動の再会か。だがどうせその片翼も死に掛けだ。愛竜と共に逝け、《竜駆り》」

 

 冷たく吐き捨て、ローファスは今度こそ鎌を振り下ろそうとする…が、それを遮る様にローファスの目の前にユンネルが現れた。

 

 ユンネルは両手を広げ、険しい顔でローファスを睨む。

 

「何してるの…! お願いだから止めて…!」

 

「今度は貴様か」

 

 ローファスの眼前に現れたユンネルは宙に浮き、その存在感はどう言う訳か恐ろしく希薄だった。

 

 その身体は、まるで実体が無いかの様に薄く透けている。

 

 ローファスはユンネルを睨む。

 

「今まで消えていた癖に、今更現れて俺の邪魔をするか。勝手が過ぎるぞ」

 

「それは、ごめん。でもヴァルムを傷付けるのは駄目」

 

「それを勝手が過ぎると言っている。どかぬなら、貴様ごとやるだけだ」

 

 ローファスは鎌を握る手に力が入り、ユンネルは静かに呟く。

 

「ヴァルムは、負けてない」

 

 ローファスは手を止め、ユンネルを睨む。

 

「…なに?」

 

 ユンネルは繰り返す様に言う。

 

「負けてない。ヴァルムは、負けない」

 

「命惜しさの出任せか? 事実、捕えられていたではないか」

 

「ヴァルムが捕まったのは、私の所為なの…私が足を引っ張ったから…」

 

 目を伏せるユンネルは、縋るような目でローファスを見る。

 

「貴方なら分かる筈。ヴァルムは強い、絶対に負けない」

 

 それは、ローファスも思う所ではあった。

 

 《雷纏装》まで扱えるヴァルムが負ける等、それこそ想像出来ない。

 

 だからこそ余計に、囚われ無様を晒すヴァルムに対し、ローファスは苛立ちを覚えたのだ。

 

「……確かに、貴様の言う通りだな。奴は最強、負ける事などあり得ない」

 

 ローファスは静かに息を吐き、展開していた魔法を消す。

 

 そして、構えていた暗黒鎌《ダークサイス》を下ろした。

 

「だが、流石に説明不足だ。もっと詳しく話せ、状況が分からん」

 

「…ごめん。詳しくは話せない…もう姿が維持出来ない——」

 

 ユンネルはそれだけ言うと、その姿は霧散する様に消えた。

 

「また消えたか…まあ、今更だが」

 

 ユンネルが肝心な所で姿を消すのは、今に始まった事ではない。

 

 ローファスは下を見下ろすと、ヴァルムが怪訝そうに見上げていた。

 

 ローファスは足場にしている暗黒腕《ダークハンド》を消し、飛び降りる。

 

 地上との衝突の衝撃を、魔法障壁が緩和し、雪を巻き上げながらも、ローファス自身は緩やかに着地する。

 

「命拾いをしたな。奴に感謝する事だ」

 

 ローファスが吐き捨てるように言うと、フリューゲルに寄り添うヴァルムは、眉を顰める。

 

「心変わりか…? 本気で死を覚悟したぞ。それに、奴とは誰の事だ。上で誰かと話している様だったが…」

 

「下からは見えなかったか。まあ、存在感も薄かったからな」

 

「…何の話だ」

 

「貴様の友人だろう——」

 

 ユンネルだ、そうローファスが口にしようとした所で、それをかき消す様にフリューゲルが吠えた。

 

 言葉を遮られ、苛立たし気にフリューゲルを睨むローファス。

 

 ふと、ローファスはフリューゲルのサファイアの様な青い瞳と目が合った。

 

 その瞳の色は、思えばユンネルのものと同じ色。

 

 まるで縋る様なフリューゲルの青い瞳、それは先程、ローファスを見ていたユンネルの目と重なるものがあった。

 

 ローファスは僅かに動揺しつつ、ヴァルムを見る。

 

「…おいヴァルム、何故剣聖に負けた。言い訳では無く、事の全容を話せ」

 

 フリューゲルを背にへたり込むヴァルムは、《雷纏装》を解き、ぼろぼろの身体を晒していた。

 

 ヴァルムは目を伏せ、口を開く。

 

「…最近、フリューゲルは、気絶する様に急に眠る事がある。抗議に行った領主の館でもそれがあった。突然気絶し、フリューゲルが兵士達に捕縛され、気を取られた所を師匠——剣聖エリックに一撃もらい、俺は意識を失った」

 

 ぽつりぽつりと話すヴァルムは、静かに目を閉じる。

 

「だから負けてはいないと言うのは違う。負けは負けだ。俺がしていたのは、ルールありきの剣聖祭では無いのだからな」

 

 ヴァルムは、話すだけ話すと、力が抜けた様に脱力する。

 

「すまん、魔力を使い過ぎた…少し、眠る」

 

 それだけ言うと、ヴァルムは眠る様に気絶した。

 

 話を聞いたローファスは、首を傾げる。

 

「ユンネルは自分の所為と…だが、眠り捕縛されたのは…」

 

 ローファスはフリューゲルの青い瞳を暫し見つめ、何かを察した様に目を瞑る。

 

「…そうか」

 

 ローファスの呟きに、フリューゲルは何も答えなかった。

 

 *

 

 半壊した監獄塔より、一連の光景を終始静観する者が居た。

 

 真紅の長髪に真紅のコート、首に白イタチのマフラーを巻いた男。

 

 《紅蓮の剣聖》エリック・イデア・ステリア。

 

 エリックは頬に冷や汗を流しながら、深い溜息を吐く。

 

「てっきり、ヴァルムを助けに来たものと思ったのだがな…」

 

 エリックの目には、半壊し、半分瓦礫と化した監獄塔の光景が広がっていた。

 

 気絶者、怪我人多数。

 

 確認はまだだが、これだけの規模の魔法、巻き込まれて死亡した者も恐らくは居るだろう。

 

 監獄塔の特性上、守衛の数は少数で、囚人も重罪を犯した罪人ばかり。

 

 とは言え、人的被害は甚大。

 

 いっそ全てを見なかった事にして本都に帰ってしまいたいと、エリックは肩を落とす。

 

「見なかった事にするとは言ったが、これは流石に報告せざるを得ないぞ——ライトレス」

 

 ローファスが気絶したヴァルムを抱えるのを遠目に見ながら、エリックは吐き捨てる様に呟いた。

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