悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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31# 決戦前

 ステリア領本都から少し離れた丘、その上空。

 

 隠蔽の結界により不可視化した飛空艇イフリートが停泊していた。

 

 船内の一室、机の上には朝一で街にばら撒かれた朝刊が広げられている。

 

 見出しには「空賊《緋の風》のリーダーシギル、《豪商》ギランが捕える」と大きく書かれていた。

 

 それを見るのは、捕えられたシギル以外の《緋の風》面々だ。

 

 サブリーダーのイズも、今はベッドから起き、ソファに腰掛けている。

 

 重々しい空気の中、ホークが苛立たし気に机を叩いた。

 

「くそ、やっぱ一緒に行くべきだった、シギル一人で行かせるべきじゃなかったんだ…!」

 

 苦々しく呟くホーク。

 

 ケイが気遣わし気にホークの肩を叩く。

 

「一人で行くって聞かなかったのはシギルだ。オメエの所為じゃねえよ」

 

「いや、ギランは元々悪い噂も多い奴だ、迂闊だった…」

 

 歯軋りするホーク。

 

 イズは目を瞑り、首を横に振る。

 

「誰かが一緒に付いて行っても、どうせ仲良く捕まってたろうさ」

 

 イズの横に控えるエルマが、首を傾げる。

 

「で、これからどうすんの? シギル、助けんでしょ?」

 

「当たり前だ! 準備して直ぐにでも…」

 

「待ちなよ」

 

 直ぐにでも動こうとするホークを、イズが制止する。

 

「ホーク、少しは冷静になりな。シギルはあれで手練だよ。それが捕まったって事は、かなりの腕利きを雇ってるってこった。無策で突っ込めば、シギルの二の舞だよ」

 

「…ギランの屋敷はかなりデカい。侵入しても、探すのに時間が掛かる」

 

 イズの言葉に、ダンが補足する様に言った。

 

「腕利きがいるっつってもよお、俺達全員で掛かれば倒せんだろ。真正面から突っ込んで一気に救出、じゃダメか? 電撃作戦って奴だよ」

 

 ケイが槍を首に掛けながら言い、エルマが溜息を吐く。

 

「馬鹿。それ下手したら、ステリア領の正規兵も出張って来るよ」

 

「いや、だから電撃作戦、スピード戦だって」

 

 ケイの提案に、イズは肩を竦めて見せる。

 

「相手方の腕利きが一人とも限らないし、もし倒せなかったら駆け付けてきた本都の衛兵と挟み撃ちにされる。そうなりゃ、皆仲良く全滅だよ」

 

 《緋の風》の話し合いは、シギルを救出する方向で進むが、話は中々煮詰まらない。

 

 と、ここでずっと黙っていたリルカが口を開く。

 

「…ねぇ、ローファス君を頼るのは駄目かな?」

 

 その名を出した事で、《緋の風》の面々は静まり返った。

 

 各々が何処か気まずそうに口を閉ざす中、口を開いたのはホークだった。

 

「リルカ、ライトレスの嫡男に会いたいのは分かるが、状況を考えろ」

 

「は!? いやいやいや、会いたいとかじゃなくてさ! 私は真面目に言ってるんだけど!?」

 

「あのライトレスの嫡男が、俺達を助ける理由が無ぇだろう。それに、別れ際に二度とライトレス領に入るなって釘を刺されたろ。次に顔を合わせりゃ、マジで取っ捕まるかも知れねえ」

 

「それは…事情を説明すれば…」

 

 イズは顎に手を当て、思案気に呟く。

 

「…いや、案外悪く無いかもね」

 

「イズ!? お前まで何言ってんだ!」

 

 立ち上がり、イズに詰め寄るホーク。

 

 それをエルマが睨み、諌める。

 

「あんまり大きな声出さないで。イズの身体に響くでしょ」

 

「…すまん。だが、相手はライトレスだぞ? 正直俺は、あの子供貴族が信用ならねぇ。仮に協力を申し出たとして、見返りに何を求められるか分かったもんじゃねぇぞ」

 

 納得のいかない様子のホークに、イズは僅かに首を傾ける。

 

「…ホーク、あたしらは空賊を名乗り、違法に遺跡やダンジョンに潜って稼いでる。これまでに騎士や兵士に追われたのは一度や二度じゃない。もしも捕まってたら、普通はどうなる?」

 

「そりゃ、イフリートは奪われ、俺達は処刑か幽閉だろうな」

 

 イズの問いに、ホークは間髪入れずに答える。

 

 イズは微笑んだ。

 

「そうだね…で、あの小さなお貴族様はあたしたちをどうした?」

 

「それは…お貴族様の気まぐれ、なんじゃねえか…?」

 

「気まぐれ、まあ慈悲だね。その慈悲に縋ろうって話さ。相手はステリア領の商業を牛耳る豪商、それこそ貴族を味方に付けなきゃ勝ち目はないだろう?」

 

「その慈悲が次もあるか分かんねえだろ。俺は、あのローファスってガキはどうも信用ならねえ」

 

「そうかい? ギランよりかはよっぽどマシだと思うけどね。大体、結局こうなったじゃないか。だからあたしはギランの話に乗るのに反対だったんだ」

 

「あれは…シギルはお前の病を治そうと…!」

 

 意見の対立から、いがみ合うイズとホーク。

 

「私はイズの意見に賛成。相手はあのギランよ? もしシギルの救出が失敗すれば、私達は全てを失う事になる」

 

「…俺も同じくだ。何より、俺達はローファスさんに助けられた。ギランよりは信頼できる」

 

 エルマとダンはイズに賛同を示し、残されたケイは肩を竦める。

 

「ま、俺もあの小さなお貴族様を味方に付けんのはありだと思うぜ? 女好きだし、エルマとリルカが媚びてお願いでもすれば即協力してくれるかも知れねぇ。でもなぁ…」

 

 ケイは片目を閉じ、半目でホークを見る。

 

「シギルの救出は少しでも早い方が良いだろ。ライトレス領に蜻蛉返りして、嫡男様を見つけてお願いして? ここまで戻って来るのに最低でも丸一日は掛かる。その間に、シギルが無事である保証は無ぇんだ」

 

 ケイの言葉に、押し黙るイズ、エルマ、ダンの三名。

 

 いがみ合っている場合では無いのに、とリルカは僅かに歯噛みする。

 

 ふと、リルカの後ろで括った髪を風が撫でた。

 

「…?」

 

 振り返るが、当然誰も居ない。

 

 リルカは僅かに目を細め、口を開く。

 

「ちょっと、風に当たって来るね」

 

 リルカはそう呟き、一人部屋を後にして甲板に出る。

 

 甲板から見えるのは、朝日に輝く氷雪山脈と、ステリア領本都の街並み。

 

 甲板はイフリートの障壁で外から来る風が吹き荒れる事は無い。

 

 だが、リルカが甲板に上ると、リルカの身体を押すように風が吹き抜けた。

 

 その風の先には、本都がある。

 

 リルカは暫し本都を見つめ、溜息を吐く。

 

「…んー、買い出しに行く、はちょっと苦しいかな?」

 

 それはリルカの誰に向けたものでもない独り言。

 

「全く、毎度分かり難いんだよ…」

 

 そしてそれは、何処かの誰かに向けられた文句だった。

 

 リルカは直ぐに、船内に戻った。

 

 *

 

 ステリア領本都、とある高級宿。

 

 その一番グレードの高い部屋のソファに、ローファスは腰掛け、寛いでいた。

 

 手にはコーヒーの入ったマグカップ、机には本都で朝一でばら撒かれた朝刊があった。

 

 ローファスは朝刊の見出しを見て目を細める。

 

「何故、こいつらがここに居る?」

 

 《緋の風》とはローグベルトで何処へなりと消えろと言って別れた筈だが、まさかその後の行き先が同じステリア領だったとは、ローファスには思いもよらない事だった。

 

 しかも、《緋の風》リーダーのシギルが何故かギランに捕えられている。

 

 ギランはローファスにとって、ステリア領で灸を据える対象の一人だ。

 

 ライトレス侯爵家に舐めた真似をした輩には、相応の報いを与えねばならない。

 

 数多の貴族や騎士が捕えられなかった《緋の風》、その頭目を、どう言う訳かギランが捕らえている。

 

 何がどうなったらそうなるのか、ローファスは首を傾げる。

 

「まさか、ギランが特効薬とやらの話の出所か?」

 

 ローグベルトにて、ローファスはシギルに、特効薬に対する真偽と疑惑を問うた。

 

 或いは、その一件でシギルは、特効薬の話を持って来たと言う商人に対して、何かしらの行動を起こしたのかも知れない。

 

 真偽不確かな疑惑のある特効薬。

 

 その話を持って来たと言う商人。

 

 ローファスはその商人の名前こそ聞いては居ないが、状況から鑑みるに、それは恐らくギランの事。

 

 このタイミングで、ギランがシギルを捕らえたと言う事は、つまりはそう言う事だろうと、ローファスは一人思案する。

 

「間抜けな賊が、身の程知らずの下民に捕まったか。救いようが無いな」

 

 ローファスは鼻で笑い、コーヒーを一息に飲み干す。

 

 そしてその視線をベッドに向ける。

 

 高級なベッドには、傷だらけのヴァルムが横たわっていた。

 

 先の監獄塔の一件で、ヴァルムは魔力を多量に消費した影響で魔力枯渇に陥っていた。

 

 ローファスはそれを担ぎ、フリューゲルに乗って本都に赴いた。

 

 そして適当に高級そうな宿屋に入り、人一人を抱えて入って来た子供に困惑するオーナーに、ローファスは自身がお忍びの貴族である事を明かし、その上で多額の金を渡して最高グレードの部屋を用意させた。

 

 最初こそ身分を明かさない自称お忍びの貴族のローファスを訝しんでいたオーナーだが、ローファスの外套に装飾されたライトレスの紋章を見て顔を真っ青にし、即座に最高品質の部屋を用意した。

 

 多額の金を渡され、真っ青だったオーナーの顔はみるみる内に血色良くなり、目を金貨に変えて高速で手揉みしながらハイテンションで対応していた。

 

 商人魂の強い、なんとも現金なオーナーである。

 

 しかし金と権力の前に平伏すオーナーは、ローファスからしてもやり易い相手であった。

 

 ローファスが最高グレードの部屋に通され、ヴァルムをベッドに転がしてから、店員が持って来たコーヒーを楽しんでいた。

 

 机に置かれた朝刊がローファスの目に入ったのはそんな折だった。

 

 そもそもローファスがヴァルムを本都まで連れて来たのは、これから潰す予定のギランとヴァルムに、因縁があったからだ。

 

 ヴァルムの父親は、ギランに楯突いて捕まった。

 

 ならばギランを潰すのに、きっとヴァルムも関わりたいだろう、と言うローファスの憶測によるもの。

 

 これはローファスからヴァルムに対する温情であり、監獄塔で一方的に嬲った事に対して一抹の後ろめたさがあったからに他ならない。

 

 ただ、その事に対してローファスが謝罪する事は決して無い。

 

 それ故の温情。

 

「ふん」

 

 ローファスはベッドに横たわるヴァルムを一瞥し、鼻を鳴らして部屋を出る。

 

 宿の入り口に向かった所で、オーナーが手揉みしながら近寄って来た。

 

「これはお忍びの高貴なお客様! お出掛けですか?」

 

「少し出る。連れが目覚めたらマナポーションを飲ませてやれ。料金は追加で払う」

 

 オーナーはビシッと敬礼する。

 

「畏まりました! 最高品質の物をご用意致します!」

 

「宜しく頼む」

 

 ローファスは黒い外套を翻して街に出る。

 

 それはまるで、何かに導かれる様でもあった。

 

 *

 

 それは、俺ことローファス・レイ・ライトレスが宿を出てから街を歩いて直ぐの事。

 

 突然、何者かに背後から抱き付かれた。

 

 苛立ちと共に振り返ると、後ろに括った淡く薄い茶色の髪が見えた。

 

 酷く見覚えのある頭。

 

「おいリルカ! 急に走り出して何して…」

 

 続いて人混みをかき分ける様に現れたのは、丸渕のサングラスを掛けた《緋の風》のメンバー、名は確かホークだったか?

 

 ホークは俺を見ると顔を真っ青にし、何故ここに!? 見たいな顔をしている。

 

 それはこちらの台詞なんだがな。

 

 《緋の風》がステリア領に来ているのは朝刊で知っていたが、まさかこんなにも早く出くわすとは。

 

 宿を出て五分だぞ? 本都がどれだけ広いと思っている。

 

 背後から俺に抱き付く少女——リルカ・スカイフィールドは、えぐえぐと泣きながら俺の背に顔を埋めている。

 

「ローファス君…シギル兄が、シギル兄が…」

 

 繰り返す様に泣きながら呟くリルカ。

 

 シギルの事は朝刊を見て知ってはいるが、取り敢えず俺はホークを睨む。

 

「おい、何を突っ立っている。この無礼者をさっさと引き剥がせ。貴様の身内だろうが」

 

 冷たく言うと、ホークはハッとした様にリルカを引き剥がしに掛かる。

 

「馬鹿! ローファスさんから離れて差し上げろ! 迷惑がられているだろうが!」

 

「やだー! 今離したらローファス君またどっか行っちゃうんだもん!」

 

「何処かに行って頂こう! ローファスさんはお忙しいんだ、ご自由にして差し上げろ! リルカー!」

 

「やーだー!」

 

 引き剥がそうと奮闘するホークに、駄々を捏ねて俺に引っ付いて離れないリルカ。

 

 いや、何処かに行って頂こうはおかしくないか?

 

 見ればこの騒ぎに街の住民の注目を集めていた。

 

 《緋の風(こいつら)》は普通にお尋ね者、そんな奴らとこれ以上騒ぎを起こすのは御免だ。

 

 騒ぎを聞きつけた衛兵が来れば非常に面倒な事になるだろう。

 

 俺は是が非でも離れようとしないリルカを見て、深く溜息を吐く。

 

「…何処にも行かないから離れろ」

 

「ほんと!?」

 

 俺の言葉に、リルカは思いの外素直に手を離した。

 

 その隙をホークは見逃さない。

 

 ホークはリルカを羽交締めにし、じりじりとローファスから離れる様に下がる。

 

「ちょ、ホーク兄!? なにすんのさ!」

 

「それはこっちの台詞だ! ローファスさんすいません! こいつ直ぐに下がらせますんで! 本当、急にすんませんでした!」

 

「もう! ホーク兄!? 離してった——ら!!」

 

 リルカは後ろから羽交締めにするホークの男の急所とも呼べる所に、踝で蹴り上げる様にして強烈な一撃を入れた。

 

「——ッ!!!?」

 

 声にならない悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れ伏せるホーク。

 

 自由になったリルカは、腰に手を当てて「もう」と頬を膨らませている。

 

 そんな光景を見せられた俺はと言えば、ドン引きだった。

 

 俺の視線を感じたリルカは、取り繕う様に手を振り乱す。

 

「ち、違う、違うからね!?」

 

 いや何がだ、何も違わないだろうが。

 

「これはそう、暴漢に襲われた時の対処法をエルマ姉に聞いてて、それが咄嗟に出ちゃっただけだから!」

 

 何やら言い訳がましく言っているが、身内を暴漢扱いはどうなんだ。

 

 ふと耳を傾けると、こちらに近づいて来る衛兵と思しき複数の足音が聞こえた。

 

 「道を開けろ」なんて声も聞こえて来る。

 

 思いの外騒がしくしたからな、衛兵が来たとしても不思議では無い。

 

 本都であれば警備の目も厳重だろうし、当然の結果だな。

 

 俺は倒れ伏せるホークを顎で指す。

 

「もういい、飛空艇に案内しろ。話くらいは聞いてやる。そのグラサンは貴様が運べ」

 

 どちらにせよ、ギランに関する情報を集めようと思っていた所だ。

 

 《緋の風》なら、ギランの情報をそれなりに持っているだろう。

 

「え、本当!? でも、ホーク兄重いんだよなー…」

 

「早くしろ。俺の気が変わらぬ内にな」

 

 …貴様が気絶させたのだろうが。

 

「はーい」

 

 気の抜けるような返事をしてホークを背負ったリルカは、そのまま住民の隙間を縫う様に駆け抜ける。

 

 ホークを背負っていながら、器用なものだ。

 

 俺はそれに、暗黒領域《ダークカーペット》の応用で自身の影を伸ばしてリルカの影に繋げ、そのまま影の中に潜ってリルカの後を追う。

 

 リルカからすれば俺の姿は見えない筈だが、俺が付いて来ていると疑っていないのか、後ろを振り向きもせずに走る。

 

 魔力の乗ったリルカの足は速く、飛空艇に着くまでにそう時間は掛からなかった。

 

 *

 

「なあ、なんでローファスさんいる訳?」

 

「…さあ」

 

 ケイがそう呟き、ダンが首を傾げる。

 

 場所は飛空艇イフリートの船室。

 

 ソファに寛ぐローファスと、その正面に立つホーク。

 

 そして、まるでほんの数日前の再現の様に、部屋の隅に立ち並ぶケイとダン。

 

 ホークは額に汗を浮かべながら、貼り付けた様な笑みを浮かべてローファスの応対をしている。

 

 ローファスがイフリートに訪れた当初は、イズがベッドから起きて応対をしようとしたのだが、病人は寝ていろとローファスが拒否した。

 

 そして、ローファスが名指しで指定したのがホークだ。

 

 ローファスからして、ホークは名も無き構成員の一人だが、その中でもそれなりに状況判断に優れ、そこそこ頭が回ると評価している。

 

 それ故の指名。

 

 気絶していたホークはケイとダンに叩き起こされ、ローファスの目の前に立たされていた。

 

 ホークは心の中で叫ぶ、「なんで俺!?」と。

 

「みんなお茶淹れたよー。あ、ローファス君はコーヒーね」

 

 トレイを持ったリルカが入室し、それぞれに紅茶を配る。

 

 ローファスも以前の様に拒否する事なく、リルカからコーヒーを受け取り、啜る。

 

 ホークは、ローファスに聞かれるままに状況を説明する。

 

 ステリア領に来た経緯、シギルがギランに捕らえられた事等のあらましを。

 

 一通り話を聞いたローファスは、僅かに冷めたコーヒーを飲み干し、黒と翡翠の双眸でホークを見る。

 

「それで、俺にどうしろと?」

 

「あ、いや…」

 

 ホークは言い淀む。

 

 《緋の風》としての多数決的な方針で言うなら、ローファスに庇護と協力を仰ぐのが好ましい。

 

 ただ、ホーク個人の意見を言うなら、それは反対だった。

 

 それは一重に、ローファス個人の戦闘力、危険度がとても《緋の風》の手に負えるものでは無いからだ。

 

 その気になれば、恐らくローファスは、指先一つ動かす事なく、《緋の風》全員を瞬殺出来る。

 

 ホークの目には、ローファスはそれ程までに危険な存在に写っていた。

 

 これは謂わば、悪魔との契約に等しい行為。

 

「…私達はシギル兄の救出に行くの。ローファス君には、それの手助けを欲しいの」

 

 いつまでも黙っているホークの代わりに、リルカが縋るように言う。

 

 だが、ローファスはそれに返答せず、ホークから目を逸らさない。

 

「…だ、そうだが? だが俺は、ホーク、貴様を《緋の風》の代表に選んだ。貴様のその口で言え。本当にそれで良いのか?」

 

 ホークは少し驚いた様に目を見開く。

 

 てっきり、貴族として上から一方的な要求を突き付けて来るものと思っていたばかりに、ローファスのまともに話を聞こうとする姿勢に、ホークは少しローファスに対する認識を改める。

 

 少なくとも相手は、理屈の通じない悪魔ではなく、会話を求めて来る人間であると。

 

「…すいません。俺達だけでギランからシギルを助け出すのは厳しいかも知れない、それは事実です」

 

 ホークは一呼吸置き、言葉を続ける。

 

「ですが、それで貴方の手を煩わせるのは筋違いだと思っています。我々は今、ローファス様にお支払い出来るだけの財がありません。ローファス様の要求に満足に応えられるとも思えません」

 

 ホークは両手を床に付け、額を床に擦り付けた。

 

「その上でお願いします。シギルを助けるのに、ご助力頂きたい」

 

 突然土下座したホークに、リルカ、ケイ、ダンはそれぞれ驚に目を見開く。

 

「ちょ、ホーク兄!?」

 

「オイオイ!」

 

「…!」

 

 土下座を続けるホーク。

 

 ローファスは静かにそれを見下ろす。

 

「この俺に、手持ちが無いから対価は支払わないが、力だけ貸せと?」

 

「滅相も無い。この願いは、《緋の風》代表としてではなく、俺個人のもの。ですので、差し出せるものはこの俺の命一つ、如何様に使って頂いて構いません」

 

 ホークの言葉に、騒然とする他のメンバー。

 

 ローファスは首を傾げる。

 

「個人だと…? 俺は《緋の風》の代表として貴様を選んだのだぞ。何故《緋の風》としての解答を言わない?」

 

「俺は、《緋の風》のリーダーでもサブリーダーでもありません。それ故、俺の裁量で《緋の風》から出せる物はありません——俺の命を除いて」

 

 ホークは顔を上げ、真っ直ぐにローファスを見る。

 

 それにローファスは、眉を顰める。

 

「…貴様は、こう言いたいのか。リーダーでもサブリーダーでも無い貴様を代表に選んだ、この俺に落ち度があると」

 

「はい、そうなります。リーダーでもサブリーダーでも無い俺を選ばれたのは他でも無いローファス様ですので」

 

 両者に流れる僅かな沈黙。

 

 刺すような空気に、リルカもケイもダンも、一言も声を発せず、動く事も出来なかった。

 

 ローファスは目を細め、そして——失笑した。

 

 腹を抱え、しかし肩を震わせて静かに笑うローファス。

 

 それをあっけらかんとリルカ、ケイ、ダンは見る。

 

 ホークは額から汗を流しながらも、僅かに口角を上げてローファスを見る。

 

 一頻り笑ったローファスは、じろりとホークを見る。

 

「確かに筋は通っているな。最低限話が通じそうだからと貴様を選んだ訳だが、貴様に権限が無いのもまた事実か。それを選んだ責任は俺にある、確かに道理だな。ホークめ、生意気な奴だ。頓知を効かせたつもりか」

 

 そう言いながらも、ローファスは何処か機嫌良さげな様子だ。

 

「良いだろう、ホーク。貴様のそのチープな口車に乗ってやる。シギルは救ってやる。その見返りに、貴様は生涯、この俺に絶対服従だ」

 

「は、ありがとうございます」

 

 頭を下げるホーク。

 

「いやいやいや! 勝手に進めんなって!」

 

「…一人で背負うのは駄目だ」

 

 ケイとダンがホークに詰め寄る。

 

「あー…なんでそうなるかなー…」

 

 頭を抱えるリルカ。

 

 ローファスは後は勝手に話し合えとそっぽを向いてソファに寛ぐ。

 

 こうしてローファスの計画に、シギルの奪還が追加された。

 

 *

 

 ステリア領本都、ギラン邸。

 

「何、ローファス・レイ・ライトレスがステリア領に来ているだと…?」

 

 場所は客間。

 

 ソファに踏ん反り返るギランは、顔を上げて驚きの声を上げた。

 

 ギランの前には、真紅の長髪に真紅のコート姿の男、《紅蓮の剣聖》エリック・イデア・ステリアが居た。

 

 剣聖エリックは、領主の使いでギランの元へ来ていた。

 

 監獄塔半壊の件を、領主であり実の父であるステリア辺境伯に報告し、次はギランの護衛に付くように命じられた。

 

 タイミング的に、ギランがライトレス家に苦情文を送った矢先のローファスの出現だ。

 

 ギランがローファスの恨みを買い、狙われる可能性を考慮した采配だった。

 

「ライトレス侯爵家に苦情文を送ったそうだな、それも領主に無断で。本当に馬鹿な事をしたものだ」

 

 エリックの嫌味にも似た言葉に、ギランは目を血走らせる。

 

「こちらは一方的に襲われたのだ、被害者だぞ!?」

 

「…何が被害者か。誰が奴隷売買の件を握り潰したと思っている」

 

 エリックの言葉に、ギランは口を噤む。

 

「…ライトレスに喧嘩を売る等、面倒な真似をしてくれたものだ」

 

「ふ、ふん。先に襲って来たのは向こうだ」

 

「お陰でステリア家も、ライトレス家と事を構える事になりかねない状況だ。今の所ローファス・レイ・ライトレスの目的は不明だが、父上は心配性でね。貴方の護衛に私を遣わせた」

 

「王国剣聖祭の覇者たる剣聖に、伝説の殺し屋血染帽(レッドキャップ)…これだけの手勢がいれば、如何にあのライトレスとて…ぐふふふ」

 

 勝ち誇った様に品無く笑うギラン。

 

 ギランの傍に控える血染帽《レッドキャップ》は深々と赤黒い帽子を被り直して肩を竦める。

 

「それは、どうだかね…」

 

 剣聖エリックは、刃に罅が入った剣の柄に触れ、静かに呟いた。

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