悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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33# 魔法殺し

 ギラン邸の通路を、三人——ホーク、ケイ、ダンは走っていた。

 

 剣聖エリックに斬られたダンの無数の傷は、見た目に反して浅く、道中で止血してポーションを飲む事で十分に動けるまでに回復していた。

 

「…すまん。手間を掛けた」

 

 謝るダンに、ホークとケイは笑って返す。

 

「気にすんなダン、相手が悪過ぎた」

 

「そうだぜ。速過ぎて見えねーとか、反則だよな」

 

 ホークが頷く。

 

「あんなのがいたんじゃ、流石のシギルでもどうしようもなかったろうな」

 

「まあ、その厄介な奴もヴァルムの坊主が止めてくれてる。今のうちにさっさとシギルを助け出そうぜ」

 

 ホークの言葉に、ケイは笑みを浮かべる。

 

 ここで三人は、思い違いをした。

 

 シギルの戦闘力は、《緋の風》の中でも随一である。

 

 遺跡やダンジョンで率先して戦って来ただけあり、実戦の中で裏打ちされた剣の腕は、一流と言って差し支えない。

 

 そのシギルを捕らえた者がいるならば、それは相当な手練である筈だ、それが《緋の風》の面々の認識だった。

 

 その上で遭遇した剣聖エリックと言う存在。

 

 エリックの剣の腕は想像を絶する程に卓越しており、常人にはその剣筋すら視認する事は出来ない。

 

 故に、ホーク、ケイ、ダンの三人は、シギルを捕らえたのは先程遭遇した赤毛の男——剣聖エリックであると誤認した。

 

 そして、エリック程の怪物が、そう何人もいる筈が無いと高を括る。

 

 しかしそれは、事実とは異なるもの。

 

 シギルを捕らえた者は、見方を変えればエリック以上に化け物と呼べる存在であった。

 

 殺し屋として認知されて、実に300年。

 

 襲名性の殺し屋の一族、或いは悠久の時を生きる不死身の怪人。

 

 そう噂される存在は、屋敷に侵入した襲撃者達の動向を、まるで直接見ているかの様に把握していた。

 

 侵入した6人の位置、行動、会話、そしてその細かな息遣いさえも。

 

 故に、屋敷内をしらみ潰しに探し回り、少しずつ地下に続く入り口に近付く三人の先回りをする事など、呼吸をするよりも容易い事であった。

 

 

「やあ、探し物かい?」

 

 まるで友人に話し掛けるかの様に親しげな声。

 

 突然声を掛けられ、廊下を走る三人は足を止める。

 

「…なっ!?」

 

「急に、現れ…!?」

 

「…!」

 

 三人は皆一様に驚き目を見開く。

 

 誰も居ない通路を走っていた筈だったが、三人の目にはまるで男が何も無い空間から突然現れた様に見えた。

 

 ツバの広い赤黒い帽子を深々と被り、赤黒い古びたコートを羽織った異様な雰囲気の男。

 

 明らかに只者では無いその男に、ケイは槍を向ける。

 

「なんだお前、魔法使いか!?」

 

 ケイの言葉に促される様に、ダンが戦鎚を構え、ホークが魔導銃を向ける。

 

 高位の魔法使いが転移魔法を操るのは広く知られる話だ。

 

 事実、短距離間の転移魔法であれば、上級魔法に存在する。

 

 ローファスや、暗黒騎士筆頭のアルバが扱う影を媒介とした転移魔法、影渡り(シャドウムーブ)は正しくそれだ。

 

「…」

 

 男の被る赤黒い帽子を見たホークが、ふと伝説の殺し屋を思い起こすが、即座に頭を振って否定する。

 

 あり得ない、あれは飽く迄も伝説、実在する筈が無い。

 

 ホークは男を見据え、弱味を見せぬ様好戦的に笑って見せる。

 

「急に現れたのは驚いたが、なんで不意打ちしなかった? 三対一だぞ。幾ら魔法使いでも、キツいんじゃないか?」

 

「…三対、一?」

 

 不思議そうに首を傾げる男。

 

「二対一の間違いじゃないかい?」

 

 その声は、ホークの直ぐ横から聞こえた。

 

 からんと槍が落ちる音が廊下に響く。

 

 ホークが目を向けると、つい今まで槍を構えていたケイが、男に首を締め上げられていた。

 

 ケイに既に意識は無く、地面から浮いた足が力無く揺れている。

 

「なっ!?」

 

 ホークは驚愕に目を見開く。

 

 ホークは、男から目を離してはいなかった。

 

 怪しい素振りも見せず、特に動きもなかった筈だ。

 

 にも関わらず、次の瞬間にはケイがやられていた。

 

 当然、先程まで立っていた場所に男の姿は無く、分身した訳でも無い。

 

 強烈な違和感がホークを襲う。

 

「くっそ!」

 

「…ケイ!」

 

 ホークが飛び退き、男に向けて魔導銃を連続して放つ。

 

 同時にダンが戦鎚を振りかぶって男に襲い掛かった。

 

 その戦鎚は、ダンの鍛え上げられた肉体から生み出される怪力により、岩すら砕く威力にまで昇華する。

 

 男に向けて振り下ろされる戦鎚——だが、衝撃音は響かない。

 

 振り下ろされた戦鎚は、男により音も無く受け止められていた。

 

 それも片手でケイを吊し上げたまま、空いた手でまるで落ちた羽毛でも受ける様に。

 

 文字通り、片手間に。

 

 目を見開くダンは、次の瞬間には首に衝撃が走り、容易く意識が刈り取られる。

 

 ダンには意識を失うその瞬間まで、何をされたのか理解出来なかった。

 

 締め上げられていたケイは落ち、ダンは力無く倒れ伏せた。

 

「これ、落とし物」

 

 そして、未だ銃を構えたままのホークの眼前に、いつの間にか至近距離に居た男より手が差し出される。

 

 その手の平には、今しがたホークが男に対して放った筈の数発の弾丸があった。

 

 消えては現れる男。

 

 恐るべきは、その予備動作の無さ、気配の無さだ。

 

 一瞬にして二人がやられ、いずれもやられた瞬間すら見えなかった。

 

 ホークは険しい目で男を見据え、確信を持って呟く。

 

「マジもんかよ、血染帽《レッドキャップ》…!」

 

「嗚呼、またその呼び名かい。そろそろ別の名で呼ばれたいものだね」

 

 男——血染帽《レッドキャップ》の血溜まりを写した様な真っ赤な瞳が、ホークを見た。

 

 だが、ホークはこれで終わらない。

 

 ホークは男の足元に、二つの結晶が転がした。

 

 その直後、片方から眩い閃光、そしてもう片方からは特殊な魔力波が発せられた。

 

 ホークはその場から飛び退き、血染帽《レッドキャップ》が居る場所に再び魔導銃を連射する。

 

 ホークが咄嗟に落としたものは、片や視界を奪う閃光結晶、そしてもう片方は、砕けば術式を乱す特殊な魔力波を発する対魔結晶だ。

 

 対魔結晶は、一度使用すれば暫くの間、範囲内の術式を乱して魔法の使用を困難にさせる効力がある。

 

 血染帽《レッドキャップ》の瞬間移動の様な力は、恐らく魔法による力。

 

 剣聖エリックの様に動きが速過ぎて目で追えないと言うものとは感覚が違った。

 

 これで、この訳の分からない瞬間移動を防げる筈だ。

 

 だが——魔導銃を撃っていた筈のホークの視界は反転し、次の瞬間には仰向けで天井を眺めていた。

 

 そして、いつの間にか接近していた血染帽《レッドキャップ》が、覗き込む様にその赤い瞳をホークに向ける。

 

 またも瞬間移動。

 

 対魔結晶も効果無し。

 

 ホークの目論見は大いに外れた事になる。

 

「…!」

 

 ホークは起き上がろうとするが、血染帽《レッドキャップ》により上から踏みつけられる。

 

「ぐぁ!?」

 

 ホークが呻くが、血染帽《レッドキャップ》は気にした様子も無く口を開く。

 

「格上を相手に、仲間がやられようと死ぬその瞬間まで逆転の糸口を探る。戦士として実に素晴らしい事だ、君に何ら落ち度は無い。まともな相手であれば、今の一手で十分に活路を開けていた事だろう。故に、この結果は純粋に、僕と君の間にある絶対的な格の差だ」

 

 そう口にし、血染帽《レッドキャップ》はホークの首を絞める。

 

「それと、目眩しは悪くなかったが、対魔は外れだ。僕に魔力は無いからね」

 

 薄れゆく意識の中、それがホークが聞いた最後の言葉だった。

 

 

 意識の無いホーク、ケイ、ダンを前に、血染帽《レッドキャップ》は袖から仕込みナイフを抜き放つ。

 

 刃を月光に照らしながら、血染帽《レッドキャップ》は億劫そうに三人を見る。

 

「確か、男は首を落とす…だったかな。血は嫌いなんだけどね」

 

 その刃をホークの首に沿わせ、ふと血染帽《レッドキャップ》は顔を上げる。

 

 血染帽《レッドキャップ》は目を細め、溜息を吐く。

 

「…いきなりチェック、か。全く世話が焼けるね——ギラン」

 

 呟きと共に、血染帽《レッドキャップ》は廊下からその姿を消していた。

 

 気絶した三人を残して。

 

 *

 

 ギラン邸通路にて、雷光と剣戟が飛び交っていた。

 

 常人では目に止まらぬ程の速度で、金属同士がぶつかり合う音が響き、火花が散る。

 

 槍に雷属性を纏わせるヴァルムに対し、剣聖エリックは剣に光属性を纏わせる。

 

 剣と槍が打つかる度に、光と雷が弾け、暗い通路を昼の如く照らす。

 

 両者は無傷、実力は拮抗していた。

 

「…強くなったな、ヴァルム」

 

 剣戟を交わしながら、エリックの口から言葉が漏れる。

 

 ヴァルムはそれに答えず、無言で槍を振い続ける。

 

「まさかお前が、ライトレスに付くとは思わなかったぞ。治安維持に尽力していたお前が…」

 

 エリックの言葉に対し、ヴァルムは無視して槍の速度を上げる。

 

 エリックもそれに応じ、剣の鋭さが増した。

 

 高速で交差する剣と槍は、まるで競い合う様に速度を上げていく。

 

 速過ぎる剣戟に、空気が裂ける音が発せられた。

 

 そして遂には、ヴァルムの身体は金色の雷に包まれる。

 

 雷纏装。

 

 全身に金色の雷を纏ったヴァルムは力と速度が爆発的に向上する。

 

 雷纏装の発動は一瞬、槍とエリックの剣が衝突する刹那。

 

 それを受けたエリックの剣は、金色の雷を纏う槍の一撃に耐え切れず、罅の入った箇所から折れ、刃が宙を舞う。

 

 僅かに目を見開くエリック。

 

 刹那にも満たぬ僅かな隙。

 

 その一瞬、ヴァルムの槍はエリックの肩を捉え、貫いた。

 

 その突きと共に雷が散り、乱れ狂う。

 

 鮮血が舞い、エリックは片膝を付いた。

 

 少し遅れ、折れた刃が地面に刺さる。

 

 エリックは静かに剣を置き、力無く微笑んだ。

 

「…ふっ、私の敗北か。ヴァルム、本当に強くなっ——」

 

 言い終わる前に、ヴァルムは冷たい目で槍を引き抜いた。

 

「——ぐぅ!?」

 

 呻き声を上げて崩れ落ちるエリック。

 

 ヴァルムは無言で槍を振い、矛に付いた血を払い飛ばした。

 

 エリックは半目で睨む。

 

「…容赦が無いな。一応、上司だぞ」

 

 エリックの言葉に、ヴァルムは呆れた様に見下ろす。

 

「敗北とは、よく言ったものだ。殺気の感じられない剣筋に、戦闘中のお喋り。それに、戦う前より剣に罅が入っていた。元から勝つ気など、無かったでしょう」

 

 エリックは上体を起こし、自重気味に笑う。

 

「…負けてやる気も無かったがね」

 

「それに、剣筋に迷いもあった。ギランの件、やはり師匠も納得していないのでは?」

 

 ヴァルムに問われ、エリックは諦めた様に目を瞑る。

 

「納得出来ずとも、理解せねばならないだろう。領主たる父が決めたのだからな」

 

 エリックはじろりとヴァルムを見る。

 

「お前こそ。今の金色の雷、初めて見たぞ。力を隠していたな」

 

「…あれは魔力消費が多いので、見せる機会が無かっただけです」

 

 ヴァルムはエリックの前に、そっとポーションを置く。

 

「…施しか」

 

「施しは、勝者の特権でしょう。まあ、勝った気にもなれませんが」

 

 ヴァルムはそれだけ言うと背を向け、通路の先に進む。

 

「貴重なポーションを良いのか? これから先に必要になるだろう」

 

「俺には不要です。もう二度と負けませんので」

 

 ヴァルムは振り向きもせずに返答し、そのまま駆けた。

 

 一人残されたエリックは、ふと刃が折れた剣を見る。

 

 王家の紋章が刻まれたその剣は、剣聖の証として国王より賜ったものだ。

 

 エリックは自重気味に笑う。

 

「剣聖の名は、返上せねばな…」

 

 そう呟くエリックは、何処か安堵している様にも見えた。

 

 *

 

 ローファスが飛空挺の甲板から飛び降りると同時に、屋敷内を無数の影の使い魔が駆け回った。

 

 ギラン邸の敷地を満たす形で広げられた暗黒領域《ダークカーペット》。

 

 ギラン邸の床をも満たした暗黒より、影の使い魔達が放たれ、屋敷の隅々を使い魔の目が視認する。

 

 私兵と鉢合わせすればついでに襲うが、無数に放たれた影の使い魔は殲滅の為のものではない。

 

 影の使い魔達が見た光景、情報はその全てがローファスに送られる。

 

 元より使い魔との視界共有や聴覚共有は、それなりにポピュラーな技術だ。

 

 ただそれも使い魔と術者一対一の話であり、複数の使い魔相手ともなると話が変わってくる。

 

 通常であれば多量の魔力消費と、情報量の多さから、理論上可能ではあっても誰もしない行為だ。

 

 しかしローファスは、持ち前の無尽蔵の魔力と、人並外れた情報処理能力により、当たり前の様に扱っていた。

 

 無数の影の使い魔が屋敷内を駆け回り、ものの数秒でギランの位置を特定する。

 

 場所は三階の豪勢な寝室。

 

 ローファスは地上に降り立ち、ギロリとギランが居る寝室の方を睨む。

 

 影の使い魔の目より、身体を丸めて震えるギランの姿をローファスは視認した。

 

「ああ、そう言えばそんな顔をしていたな——ギラン」

 

 ローファスは好戦的に口角を上げて笑うと、暗黒の中にその身を沈ませていく。

 

 影を用いた転移——影渡り(シャドウムーブ)

 

 ローファスのその身は影の中に沈み、次の瞬間にはギランの寝室の、床の暗黒よりその姿を表す。

 

 ギランは音も無く現れたローファスの存在に気付かず、未だに身体を丸めて震えていた。

 

 ローファスはそれを、ゴミを見る様な目で見下す。

 

「久しいな、ギランとやら」

 

 豪商ギランはビクッと身体を震わせると、おずおずと顔を上げる。

 

 ローファスを捉えたその目は、見る見るうちに恐怖に染まっていく。

 

「ひ、ひゃあああ!? な、何故お前がここに…!?」

 

 慄き、這う様にローファスから離れようとするギラン。

 

 ローファスはそれを詰まらなそうに見遣り、手に暗黒槍《ダークランス》を生み出し、ゆっくりと近付く。

 

 それはまるで、いつかの夜の再現。

 

「怪人…何処にいる! 何の為に雇ったと…」

 

 縋る様に周囲を見回すギラン。

 

 ローファスは構わず近付く。

 

「怪人? 変わった名の傭兵だな。見捨てられたのか? 無様なものだ」

 

 ローファスは暗黒の槍の矛先を、ギランに向けて嘲笑う。

 

 それは、無警戒でも油断でも無かった。

 

 魔力探知は常に発動している。

 

 魔法障壁も通常よりも強化したものを展開している。

 

 故にそれは、想定外の刃。

 

「——!?」

 

 ローファスは、即座に飛び退く。

 

 展開する魔力障壁が、まるですり抜けられる様な感覚に襲われ、身を引いたのは咄嗟の判断。

 

 現れたのは、赤黒い帽子に、赤黒いコートの男。

 

 その手にはナイフが握られている。

 

「…勘が良いね。首を落とすつもりだったんだけど」

 

 残念そうに呟く男。

 

 そのナイフの刃先より、血が滴っていた。

 

「…!」

 

 切られた、ローファスがそう認識した時には既に遅い。

 

 ローファスの首筋に、鋭利な傷が開く。

 

 傷口より吹き出す鮮血。

 

 傷は深く、ローファスは咄嗟に手で傷口を抑えるが、流れ出る血は止まる事なく、止めどなく溢れる。

 

「——ぁ…」

 

 そして、喉を深く切り裂かれている現状、声も出せない。

 

 声が出せないと言う事は、実質的に魔法の大部分が使えなくなったと言う事。

 

 当然、詠唱は封じられ、魔法名を発しなければならない詠唱破棄による魔法行使も出来ない。

 

 魔法の行使は、無詠唱により扱えるものに限定された。

 

 ローファスが無詠唱で行使できるものは、下級、中級、一部の上級魔法。

 

 古代魔法は使えない。

 

 そしてローファスは、治癒魔法を使えない。

 

「…」

 

 ローファスの額より、嫌な汗が流れる。

 

「大丈夫かい? 顔色が悪いね。僕と会った魔法使いは、皆そんな顔をするんだ」

 

 にやりと笑う男——血染帽《レッドキャップ》を、ローファスは睨む。

 

 そして、ローファスは背後に大量の暗黒球《ダークボール》が展開し、血染帽《レッドキャップ》に向けて一斉に放った。

 

 規格外の規模の魔法。

 

 しかし血染帽《レッドキャップ》は、少し目を見開いて驚いた様子こそ見せるが、その目に恐怖の色は無い。

 

「無詠唱でこの量か…凄いね」

 

 そう呟いた直後、血染帽《レッドキャップ》は暗黒球《ダークボール》の弾幕に襲われた。

 

 無数の魔力爆発の衝撃と轟音が寝室に響き、腰を抜かしていたギランは悲鳴を上げて逃げ出した。

 

 その隙にローファスは、懐よりポーションを取り出す。

 

 …が、飛来したナイフがポーションを持つローファスの腕に突き刺さった。

 

「——ッ」

 

 手から離れ、ポーションが床を転がる。

 

 そのナイフは、展開していた筈の魔法障壁を、またもすり抜けた。

 

「駄目だよ、ポーションなんてズルしちゃ」

 

 暗黒球《ダークボール》の弾幕に晒された筈の血染帽《レッドキャップ》は、何事も無かった様に佇んでいた。

 

 そうこうしている間も、ローファスの首より血が流れ続けている。

 

 血を流し過ぎ、朦朧とする意識。

 

 本気で拙い、その思考すら朧げに乱れる。

 

 そんな中、血染帽《レッドキャップ》はローファスに向け、容赦無くナイフを投げ放つ。

 

「じゃあね、隻腕の魔法使い君」

 

 まるで友人に別れを告げるかの様に親しげに、そして冷酷な血染帽《レッドキャップ》のその言葉が、ローファスの耳にはやけに鮮明に聞こえた。

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