悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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35# リピート

 血染帽《レッドキャップ》の魔眼は、魔力を直接見る事が出来る特殊なものだ。

 

 それは即ち、通常の視界、所謂光の反射により視認出来るものとは別にもう一つ、魔力の世界を見る眼があると言う事。

 

 それぞれの視界は独立しており、そして並列して見えている。

 

 例えば、壁の向こう側は視覚的には見えないが、そこに魔力を持つ人間が居れば、魔力視はそれを見通す事が出来る。

 

 魔力を持たないものは見えないが、それは実質的な透視と言える。

 

 そして、血染帽《レッドキャップ》は魔力視の魔眼とは別に、夜を昼の如く見通す夜目も生まれながらに持っていた。

 

 故に、血染帽《レッドキャップ》は初めてだった。

 

 

 真の暗闇を見たのは。

 

 

 血染帽《レッドキャップ》は訳が分からなかった。

 

 巨大な何かに飲み込まれた、それは血染帽《レッドキャップ》も理解していた。

 

 しかし、例え胃袋の中に落とされようとも、夜目を持つ血染帽《レッドキャップ》はその光の届かぬ暗闇の中を見通す事が出来る。

 

 そして、胃袋の向こう側にいる筈の二人の魔法使い——ローファスとリルカを魔力視により視認出来る筈だ。

 

 その筈なのに、血染帽《レッドキャップ》は何も見えなかった。

 

 そこには何も無い。

 

 暗黒の足場以外、周囲は暗闇に包まれている。

 

 その足場の暗黒にすら、術式は見えない。

 

 ふと、暗黒の足場に視線を落とす血染帽《レッドキャップ》は違和感を覚え、目を凝らす。

 

「…は?」

 

 血染帽《レッドキャップ》は目を剥いて驚く。

 

 暗黒で出来たその足場に、術式が無い訳では無かった。

 

 一見してそれが術式と認識出来ない程に、細かく夥しい数の術式が、まるではたを織るかのように、緻密に編み込まれ、敷き詰められていたのだ。

 

 数多の術式が隙間が無い程に束ねられ、黒く塗り潰されていた。

 

「まさか、これ全て…?」

 

 周囲の暗黒を見渡し、血染帽《レッドキャップ》は戦慄する。

 

 それは正しく、膨大な量の術式により作られた暗黒。

 

「なんて、出鱈目な…」

 

 ふと、そんな暗黒の中で、初めて明確な術式が目に入る。

 

 それは足元。

 

 構築、展開が速く、血染帽《レッドキャップ》は咄嗟に飛び退く。

 

 直後、暗黒の槍が飛び退いた足元より突き出された。

 

 一歩遅ければ串刺しになっていた所。

 

 そして、魔力視を持つ血染帽《レッドキャップ》だから分かった。

 

 その槍の術式と同じものが、無数に展開され、全方位から自分を狙っている事に。

 

 展開速度を見るに、発動前に潰すのはそう難しくは無い。

 

 しかし、あまりにも数が多過ぎる。

 

 手持ちのナイフの数では、全ての術式を破壊するにはとても足りない。

 

 必然的に、直接ナイフを振るって応戦しなければならない。

 

 その上その槍の術式は、時を経るごとにその数を増していく。

 

「…成る程、僕専用の魔法か。これは確かに、死ぬかもね」

 

 自らの死を仄めかすその言葉とは裏腹に、血染帽《レッドキャップ》は頰が裂ける程に口角を上げて笑う。

 

 既に百を超える数の槍が展開され、その全てが一斉に血染帽《レッドキャップ》を襲った。

 

 *

 

 屋敷の半分を飲み込む形で地下より現れた黒いドームの何か。

 

 それはローファスにより生み出された《闇より暗い腹の中(タルタロス)》。

 

 魔法等級は、敢えて分類するならば上級以上。

 

 消費魔力も膨大で、古代魔法すら凌ぐ程だ。

 

 タルタロスの形状は、丸みを帯びた巨体に、目も鼻も無く、獲物を飲み込む為の口だけが備わっているシンプルなもの。

 

 巨体の半分は地中にあり、側から見れば正しく暗黒のドーム。

 

 捕食と言う、まるで生物の如き攻撃手段を持つタルタロス。

 

 しかしこれは飽く迄も魔法の産物であり、影の使い魔や召喚魔法とは異なるものだ。

 

「終わりだ」

 

 未だに消えないタルタロスを見ながら、ローファスは詰まらなそうに言う。

 

「…また、魔法破って出て来たりしない?」

 

 タルタロスの出現に驚き、へたり込んだままのリルカが、疑う様に首を傾げる。

 

 ローファスはそれを鼻で笑った。

 

「無理だな。あの内部で起きているのは、総数千を超える魔法による全方位連続放射だ。ナイフ程度では物理的に捌けぬ」

 

 まあ、とローファスは付け加える様に言う。

 

「これでもし生きていて、万が一無傷であれば…流石に手詰まりだがな」

 

「それ、破られる前振りに聞こえるんだけど…」

 

 不安気に呟くリルカ。

 

 そして、内部で内包された魔法を全て放ち終えたタルタロスは、空気に溶ける様にその黒い巨体を消した。

 

 タルタロスが飲み込んだものは何一つとして残っていなかった。

 

 寝室の床、と言うよりは屋敷そのものが、タルタロスに飲み込まれ、円状にくり抜かれたように失われていた。

 

 当然、血染帽《レッドキャップ》の姿は無い。

 

「…本当に、倒しちゃったんだね」

 

 リルカが目を見開き、驚いた様に呟く。

 

「そんなに意外か? それとも、俺が勝ったら拙かったか?」

 

「まさか」

 

 リルカはふらつきながら起き上がると、くり抜かれた床から下を覗く。

 

 屋敷は地面ごと削り取られており、地の底にはくり抜かれた地下牢が見て取れた。

 

「すっご。さっきのやつ、地下まで食べちゃったんだ」

 

 はは、と乾いた笑みを漏らすリルカ。

 

 ローファスはそんなリルカを見据える。

 

「さあ、話してもらうぞ」

 

 ローファスの言葉に対し、リルカは首を傾げて微笑む。

 

「…んー、後でとは言ったけど、今話すとは言ってないよ?」

 

「巫山戯るなよ貴様」

 

 殺気立つローファスに、リルカは直ぐに両手を上げお手上げのポーズを取って見せた。

 

「冗談だよ、冗談。そんな恐い顔しないでって」

 

 月光に照らされ、薄黄色に輝くリルカの髪が、風に揺れた。

 

 リルカは視線を僅かに下に移すと軽く溜息を吐き、ローファスに向き直る。

 

「…ローファス君はさ、優しいよね」

 

「はあ? 急になんだ」

 

 ローファスは訝しむが、リルカは気にせず、くり抜かれた床の先を指差す。

 

「例えばさ、風に煽られて私がここから落ちたとするでしょ。そしたらローファス君は、私を助けてくれる?」

 

「なんだその例えは。よもや、下らぬ戯言で煙に撒こう等と…」

 

 ローファスが言い終わる前に、突如として突風が吹き荒れた。

 

 リルカの身体が風に押される形で、床の先に投げ出される。

 

 その突然の風は、まるでリルカの例え話を再現するかの様。

 

 屋敷は三階、その下はタルタロスに喰われ、何の障害物も無く地下牢まで直下だ。

 

 この高さから落ちれば、まず間違い無く助からない。

 

「…くっそ」

 

 ローファスは舌を打ち、リルカを追う形で飛び降りる。

 

 そして即座にローファスの外套の内より複数の暗黒腕《ダークハンド》が伸び、落下するリルカを掴んで引き寄せる。

 

「何を落ちている!? 死ぬ気か貴様!」

 

「助けに来てくれたんだ。やっぱり優しいね、ローファス君は」

 

 リルカはにっと笑い、落下する中ローファスにふわっと抱き付いた。

 

「心中でもする気か貴様は…!」

 

 ローファスが、空中での足場にするべく大型の暗黒腕《ダークハンド》を生み出そうとすると、リルカが抱き締める力を強め、微笑んでそれを止める。

 

「何もしなくていいよ。大丈夫だから——《風の抱擁(エアエンブレイス)》」

 

 優しい風が、落下するリルカとローファスを包み込む。

 

 リルカが詠唱破棄を用いて発動したそれは、外部からの衝撃を吸収する防御系の風属性中級魔法。

 

 間も無くリルカとローファスは地下牢まで落下したが、その衝撃は風が吸収し、ふわっと着地する。

 

「ね、大丈夫だったでしょ?」

 

「良いから離れろ。いつまで引っ付いている」

 

 ローファスに苛立たし気に睨まれ、抱き付いたままだったリルカは「はいはい」と素直に離れた。

 

「あの突風、偶然では無いだろう。何故地下に来た。目的は何だ」

 

 リルカを煽り落とした突風は、偶然にしては出来過ぎたものだった。

 

 ローファスに睨まれ、リルカは肩を竦める。

 

「目的って、別にそんな大した事じゃ無いよ。直ぐ下の階に、シギル兄達が居たらしいんだ。ほら、話の途中で邪魔が入るの嫌でしょ」

 

 シギルは救出されたのか、とローファスは目を細める。

 

 それは、ローファスが知り得なかった事であり、同時に隠密魔法を用いてローファスを追って来ていたリルカも知らない筈の事柄だ。

 

 しかし先程、リルカはくり抜かれた床から下を覗き見ていた。

 

 その際に下の階に居るシギル達を確認したのであれば理屈は通るが、それでも「シギル達が居たらしい(・・・)」と言う、まるで誰かに聞いたかの様な言い回しが、ローファスの疑惑を深める。

 

 しかしリルカは、そんなローファスを気に止める様子も無く付近の瓦礫に腰掛け、その隣をぽんぽんと叩く。

 

「ほら、ローファス君も座りなよ。長話になるからさ。話、聞きたいんでしょ?」

 

「座る必要性を感じんな。ここで聞く」

 

「…寄り掛かるものが欲しいなー。誰か肩貸してくれる優しい人いないかなー?」

 

「…」

 

 芝居がかったように言うリルカに、ローファスは冷たい目を向ける。

 

 暫し見つめ合った末、リルカはうっと態とらしく脇腹を抑える。

 

「あーあ。ローファス君を庇った時の傷、かーなりしんどいんだけどなー」

 

「貴様、良い度胸をしているな…まあ良い、話し終えるまでだぞ」

 

 ローファスは苛立たし気に吐き捨てると、リルカの隣にどかっと腰掛けた。

 

 リルカはクスクスと笑い、ローファスの右肩に頭を預ける。

 

 暫しの沈黙。

 

 その末に、リルカが口を開く。

 

「…話をする前にさ、一個だけローファス君に聞きたい事があるんだよね」

 

「今更なんだ」

 

「ローファス君てさ、案外優しいじゃん? 遺跡では命を助けてくれたし、なんだかんだでさっきも一本しか無いポーションを譲ってくれたし。今も風に煽られて落ちた私を助ける為に、一緒に落ちてくれたよね」

 

「…聞きたい事があるんじゃなかったのか」

 

 じろりと睨むローファスを、リルカは真っ直ぐに見つめ返し、スッと笑みを消す。

 

「そんな意外と優しい君がさ、なんで前回は四天王なんかになったの? ——ねぇ《影狼》のローファス」

 

 抑揚の無いリルカの言葉に、ローファスは一瞬目を剥き、そして険しく睨み付けた。

 

 *

 

 時は少し遡る。

 

 ギラン邸の通路を、男五人が走っていた。

 

 ホーク、ケイ、ダンと、合流したヴァルム、そして無事に地下牢から救出されたシギルだった。

 

 血染帽《レッドキャップ》に倒され、気絶させられたホーク、ケイ、ダンの三人は、剣聖エリックを下して追って来たヴァルムに助けられた。

 

 そして、血染帽《レッドキャップ》の存在を警戒しつつ、四人で屋敷の捜索を続け、発見した地下牢からシギルを救出する。

 

 魔法の施された牢の鉄格子と鎖は、ホークのピッキング技能と、持ち前のアイテムを駆使して無事に解除した。

 

 遺跡やダンジョンの探索を常とする《緋の風》にして見れば、魔力の宿る鍵を開ける等日常茶飯事。

 

 尤も、そう言ったピッキングや謎解きの担当は、主にホークだ。

 

 エルマとリルカも出来るが、男メンバーはホーク以外は脳筋思考で、頭を使った作業は出来ないらしい。

 

 ホークは慣れた手付きで牢と鎖の鍵を解除し、シギルを解放した。

 

 シギル救助の目的を達した面々は、会話もそこそこに急いで屋敷から脱出するべく通路を走る。

 

 事が起きたのはその矢先だった。

 

 突如異変を感じ取ったヴァルムが、先頭を走るケイの首根っこを掴み、後方に引き、投げた。

 

「——ぐぇ!?」

 

 転がるケイ。

 

 突然のヴァルムの行動に、シギル、ホーク、ダンの三人は驚き足を止める。

 

「退がれ! 今直ぐだ!」

 

 ヴァルムは叫ぶと、自身も後方へ飛び退いた。

 

 ヴァルムの剣幕に、三人も即座に後方へ下がる。

 

 直後、数瞬前まで五人が居た場所が、突然現れた暗黒の壁に飲み込まれた。

 

 屋敷そのものを削り取る様に現れた暗黒の壁——ローファスが生み出したタルタロス。

 

 ヴァルムは目を細め、他四人は顔を青くした。

 

 ヴァルムはふと、放り投げて転がったケイに目を向ける。

 

「すまん。怪我は無いか」

 

「…謝んなよぉ。つか、寧ろ命の恩人じゃんか」

 

 謝罪を口にするヴァルムに、ケイはよろよろと立ち上がってヴァルムの肩をばしばし叩く。

 

「…ヴァルム、だったよな。よく分かったな」

 

 通路を隙間無く遮る暗黒の壁を、シギルが引き攣った顔で見ながら言う。

 

「まあ、気配でな…」

 

 ヴァルムはそう言いつつ、その暗黒の壁から漂う魔力に目を細める。

 

「この魔力、ローファスか。全く、危うく死ぬ所だ…」

 

 次会ったら一言文句を言ってやる、ヴァルムはそう心に決めた。

 

 そうこうしている内に、暗黒の壁は溶ける様にその姿を消した。

 

 消えた暗黒、その先にあった筈の屋敷はくり抜かれた様に消失している。

 

「マジか、巻き込まれてたらマジで死んでたな…」

 

「…危なかった」

 

 くり抜かれた様に消えた屋敷を見て、ホークとダンは顔を引き攣らせる。

 

 ふと、ヴァルムは僅かな空気の流れを感じ取り、単身振り返る。

 

 当然、そこには誰も居ない。

 

 しかしよく見ると、床に一滴の血痕が付着していた。

 

 それは、先程まで無かった筈の血痕。

 

 ヴァルムは目を細め、槍を握る手に力が入る。

 

「すまん、所用が出来た。皆は先に脱出していてくれ」

 

 ヴァルムはそれだけ言い残し、返事も聞かずに駆け出した。

 

「あ、おい!」

 

 他の面々が驚いた様に振り返り、シギルが少し遅れて声を掛ける。

 

 しかし、そこにはもうヴァルムの姿は無かった。

 

 通路に残された四人は顔を見合わせ、一先ず計画通り屋敷から出ようと言う事で話は落ち着く。

 

 ホークはふと、消えた暗黒と、先程ヴァルムが見ていた床の血痕に目を向け、短く息を吐く。

 

「…ったく、ローファスさんと良い、ヴァルムと良い。リルカも居ねぇし。最近のガキは、何でこう単独行動を好むかね…そんな頼りないか、俺達は…」

 

 それは、誰にも聞こえない程小さな自問。

 

 ホークは一人自嘲する様に笑う。

 

「頼りねーか。ま、この為体じゃあな」

 

 ホークの魔導銃を握る手に力が入る。

 

「どうした、ホーク。さっさと行こうぜ」

 

「…おう、悪ぃ」

 

 シギルに呼ばれ、ホークは丸渕グラサンをクイっと上げ、先に歩き出していた三人を追い掛ける。

 

 このままでは駄目だ、そんな想いを心に秘めながら。

 

 *

 

「…貴様、やはり——」

 

 殺気立ったローファスが、咄嗟に右手に暗黒球《ダークボール》を生み出そうとする。

 

 しかし、リルカは慌てた様子も無く、魔法を発動させようとするローファスの手を握り、それを止めた。

 

「そう恐い顔しないでよ。襲い掛かったりしないから。それに、話を聞くんじゃなかったの?」

 

 リルカはローファスの肩に頭を預けたまま、落ち着いた口調で話す。

 

 そんなリルカに、ローファスは毒気を抜かれ、軽く息を吐く。

 

「…いつからだ」

 

 それは、物語を、未来に起きる出来事をいつから知っているのかと言う問い掛け。

  

 ローファスが四天王であった事、そして《影狼》と言う二つ名を知っていると言う事は、リルカもローファスと同様に物語の夢を見たと言う事。

 

 リルカは素直に答える。

 

「いつからって言うと、三ヶ月くらい前かな」

 

「三ヶ月前…」

 

 それはローファスが物語の夢を見た時期と一致する。

 

「と言う事は、あの時の反応は演技か…大したものだな」

 

 ローファスは深い溜息を吐いた。

 

 あの時——数日前に飛空挺の甲板で、ローファスはリルカが未来を知っているのでは無いかと疑い、尋問した事があった。

 

 その時のリルカの何も知らない様な反応が演技には見えず、ローファスは疑いを解いた。

 

 リルカは笑う。

 

「あはは。あれは内心、凄い焦ったよ。って言うか、あの時点では私も、ローファス君が未来を知ってるのか疑ってたんだけどね。まあ、それはローファス君の方から尋問って言う形で速攻バラしてくれたけど」

 

 クスクスと笑うリルカ。

 

 あの時、ローファスはリルカを動揺させるべく未来の情報を断片的に出して反応を見ていた。

 

 しかし、それを演技で乗り越えられてしまった以上、結果的にはローファスが一方的に情報を垂れ流しただけとも言える。

 

「…俺は貴様の手の平で踊らされた訳か。癪に障る話だ」

 

 不機嫌に吐き捨てるローファスに、リルカは笑って身体を密着させる。

 

「いやいや、私も結構必死だったよ? これ以上話を追求されない様に、口説かれたと勘違いして暴走する面倒な女の子の演技までする羽目になったし」

 

「あー…あれは確かに面倒だった」

 

 思い出してげんなりするローファス。

 

 リルカはそれを見てまたクスクスと笑う。

 

「しかし解せんな。未来を知っているなら、何故俺に近付いた?」

 

 《初代の墳墓》での遭遇が事故に近い偶然であったにせよ、それ以降もリルカは、まるでローファスに懐く様な反応を見せ、その上ローファスと離れたくない様でもあった。

 

 当初こそ、命を助けられた恩義から来る好意とローファスは捉えていたが、リルカが未来を知っていたなら話は変わって来る。

 

 何せローファスは、物語においては第二の魔王に従う四天王として王国に、人類に牙を剥いた敵だった。

 

 そんな敵と仲良くしよう等とするのは不自然極まり無い。

 

 ローファスの言葉に、リルカはそっと視線を落とし、答える。

 

「それが、私の願いに必要だったからだよ」

 

「願い、だと?」

 

「もう分かってるでしょ? 何度も言ってるけど、私は病のイズ姉を救いたいの。その治療が出来るのが、ローファス君だけなんだよ」

 

 淡々と話すリルカに、ローファスは眉を顰める。

 

「…話が繋がらん。願いとは何だ。それに、その情報は誰に聞いた」

 

「誰って…風神だよ、六神の」

 

「…はあ?」

 

 リルカの口から突然出た神と言う単語に、ローファスは素っ頓狂な声を上げる。

 

 ローファスは、リルカが言っている意味が分からない。

 

 六神とは、王国が国教に定める六神教の六柱の神の事だ。

 

 光、暗黒、火、水、風、地の、魔法六属性に対応する六柱の神々。

 

 風神は確かに、六神の一柱である。

 

 無神論者であるローファスからすれば、神など何かに縋らないと生きていけない弱い人の心が生み出した産物に他ならない。

 

 神など実在する筈が無い。

 

 しかしリルカは冗談を言っている風でも無く、ローファスは頭を捻る。

 

 そんなローファスの反応を見たリルカも、訝し気に眉を顰めた。

 

「え、神だよ、六神。ローファス君も死んだ後に会ったでしょ? 私は風神だったけど、ローファス君は暗黒神とかだったんじゃない?」

 

「待て、何の話だ。死んだ後だと? それは夢の話か?」

 

「いやいや、前回の話だよ。ローファス君は私達に倒されたでしょ。その後、巻き戻される前に誰かに会わなかった?」

 

「前回? 巻き戻される…?」

 

 話が噛み合わないローファスとリルカ。

 

 リルカは、じっとローファスを見る。

 

「…まさかローファス君、前回の記憶無いの?」

 

 リルカの疑問に、ローファスは目を細める。

 

「どうやら、互いに未来を知る身でも、その経緯は大きく異なるらしいな」

 

「…そう、みたいだね。最初から話そうか」

 

 リルカは軽く息を吐くと「少し長くなるよ?」と前置きし、身の上を話し始めた。

 

 *

 

 リルカ・スカイフィールドが未来を知った経緯は、夢として見たローファスとは大きく異なっていた。

 

 主人公アベルの視点から未来を見たローファスは、それを物語と称した。

 

 それに対してリルカが知る未来の知識は、かつてリルカ自身が実体験した経験を元にしたものだ。

 

 謂わばリルカは、二周目の人生を生きていた。

 

 一度目の人生は、ヒロインの一人、空賊リルカとして主人公アベルと行動を共にし、定められた運命《ストーリー》を生きた。

 

 そして、リルカの一度目の人生は、物語全五章のストーリーを終えた数年後、齢にして二十歳半ばで終幕を迎える。

 

 それは、世界の終焉によるものだった。

 

 ローファスが見た最終章である五章、それは全ストーリーを通した敵である《闇の神》が復活し、それと主人公勢力を筆頭に、各国が協力し合い人類存亡を掛けて戦うと言うもの。

 

 多くの犠牲を払いながらも、主人公やヒロイン達の力で人類側が無事勝利を収める、それがローファスが見た最終章の結末。

 

 しかし、リルカが経験したそれは、最終章の後の話。

 

 《闇の神》は倒せはしたが滅びてはおらず、結果的に世界は滅びたのだ。

 

 そしてリルカは死後、六神の一柱である風神に会った。

 

 風神と名乗り現れた存在は、遥か昔に滅んだ亜人種、今となっては御伽話にしか聞かない存在——エルフの特徴に酷似した少女だった。

 

 風神は言った。

 

 

 これから終わった世界を再生する。

 

 リルカ、君にはボク——風神の使徒として、終焉を迎えない未来を模索して欲しい。

 

 その見返りに、君の望みを一つ叶える手伝いをしよう。

 

 

 そして風神は、リルカ以外にも六神により選ばれた者が居ると言う旨を語った。

 

 風神以外の六神も、それぞれが使徒を選別していると言う事。

 

 つまり再生した世界に、六神より啓示を受けた者が、リルカの他に五人居ると言う事。

 

 そして、六神に選ばれた使徒は《闇の神》を確実に滅ぼすのに必要である為、誰一人として欠けてはならないと言う事。

 

 風神は一通り話し終え、その上でリルカに再び問うた。

 

 何か願いはあるかい、と。

 

「イズ姉を助けたい」

 

 飛空挺で生まれ育ち、姉として慕って来たイズ。

 

 病に侵され、どうする事も出来ず、イズが苦しみながら息絶えるのを、ただ傍で見る事しか出来なかった。

 

 ずっと心に深く刺さり、抜けなかった後悔。

 

 リルカは、そんな姉の安寧を願った。

 

 それに対する風神の返答は「ボクが直接病を癒す事は出来ない」だった。

 

 失意するリルカに、風神は続けた。

 

 しかし導《しるべ》を示す事は出来る、と。

 

 そして風神は、最初の道導を語った。

 

 病を癒せる可能性があるとするなら、それはローファス・レイ・ライトレスである、と。

 

 その言葉を聞いたのを最後にリルカは意識が途切れ、気付けば時は巻き戻り、今より三ヶ月前に居た。

 

 それがリルカが経験した事。

 

 リルカ・スカイフィールドの全てだった。

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