悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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36# 夜明け

「時の巻き戻し、そして風神が俺を名指しで…か」

 

 リルカの話を聞き、ローファスは思案する。

 

 リルカが語った事は、にわかには信じがたい内容であった。

 

 しかし、ローファス自身も未来の夢を見ており、その上、幾千幾万と殺されると言うとても無視出来ない経験までした。

 

 そんな背景を持つローファスだからこそ、リルカの言葉を荒唐無稽と切って捨てる事は出来ない。

 

 何より、リルカの語った内容が事実ならば、これまでのリルカの不可解な行動の辻褄も合う。

 

 と、ここでリルカが思い出した様に声を上げた。

 

「あ、そう言えば暗黒神にも会ったよ」

 

「は?」

 

 六神の二柱目の神に会ったと言うリルカに、ローファスは眉を顰める。

 

「ほら、さっき甲板でさ、私の意識飛んでた時あったじゃん?」

 

「うたた寝していた、などと言っていたあれか? 確かに虚な感じだったが、意識が飛んでいたのか…」

 

「あの時ね、急に辺りが真っ暗になって、気付くと目の前に全身黒ずくめの人が居たんだ」

 

「…それが暗黒神、だと?」

 

 リルカは頷く。

 

「風神と違って、自らそう名乗りはしなかったけどね。直感的にそう感じた。目付きがすっごい恐くてさ、風神とは大違い。雰囲気が少しだけ四天王の時のローファス君に似てたかな」

 

「…風神に続いて暗黒神か。それで、その暗黒神は何故貴様の前に現れた?」

 

「暗黒神はね、私を見てこう言ったの」

 

 リルカは一呼吸置く。

 

「“ここにはストロア・エンドウォーカーが居る。今のローファスでは手も足も出ずに——死ぬ”…ってね。正しく、神の啓示だよね」

 

 ローファスは額に青筋を立てた。

 

「…ほう。手も足も出ず、か」

 

「実際、私が居なかったら死んでたじゃん」

 

 リルカがじとっと半目で睨み、ローファスはふんと鼻を鳴らす。

 

「しかし成る程、それで甲板でのあの不自然な態度か」

 

 リルカは、ローファスがギラン邸に降りるのを止めようとしていた。

 

 結果的にその時のリルカの不自然な態度にローファスは不信感を持ち、振り払う形で降りた訳だが。

 

 ローファスはふと当時の状況を思い起こし、くつくつと笑う。

 

「しかし、イズの治療をして欲しいから残れだったか? 流石に無理があるだろう」

 

「し、仕方ないじゃん、急だったし。神のお告げがあったって言えば残ってくれたの?」

 

「残る訳ないだろう。鼻で笑って終わりだ」

 

「ほらー」

 

 頬を膨らませるリルカ。

 

 ローファスは首を傾ける。

 

「では、時折術式の無い不自然な風が貴様の周囲で吹いていたが、あれは…」

 

「ああ、風神の導《しるべ》だね。たまに吹いて、困った時に何かヒントをくれたり…さっきも近くにシギル兄達がいるって教えてくれたよ」

 

「そして都合良く貴様を風で煽って落として、か?」

 

「そうそう」

 

 リルカは笑う。

 

 甲板で虚なリルカから吹いていた風も、暗黒神との対話を邪魔をさせない為のものだったか、とローファスは一人納得する。

 

 ローファスはリルカの話を聞いた上でも、神の存在を信じた訳では無い。

 

 しかし、神を名乗る力を持った何者かの介入があるのは事実。

 

 リルカは徐に立ち上がると、座るローファスの顔を覗き込む様に前に屈んだ。

 

「はい、私の話は以上。敵対の意思は無いし、寧ろローファス君には助けて欲しいと思ってる。その上で、お願い」

 

 リルカはローファスの手を取り、跪く様に片膝をつく。

 

「イズ姉を助けるのに協力して欲しい」

 

「…協力も何も、病を治療する方法など俺にも分からんぞ」

 

「勿論、方法は探す。絶対に見つけ出す。だから、ローファス君には必要な時に協力して欲しい」

 

「その風神が、嘘を吐いている可能性は?」

 

「…分からない。でも、前回は何をしてもイズ姉を救えなかった。だから、もう風神に縋るしか無いよ」

 

 何処か切なげな顔でリルカは笑った。

 

 ローファスは僅かな沈黙の末、溜息を吐く。

 

「…分かった。出来る限りの協力はしよう。貴様が敵対しない限りは、な」

 

「本当!? ありがとう!」

 

 歓喜のあまりに抱き着こうとするリルカの顔を、ローファスは手で押さえて近寄らせない様にする。

 

「抱き付くな」

 

「えー…さっきまでべったり引っ付いてたのに、今更ー?」

 

「話終えるまでと言っただろうが」

 

 リルカは「ちぇ」と言いながらも素直に離れる。

 

 と、ここで地上の方より声が聞こえて来た。

 

 ——おーい、リルカー! いねーのかー!?

 

 その声は、シギルのものだった。

 

「あ、お迎えが来たね」

 

 リルカは上を向き、地上に届く様に声を張る。

 

「いるよー! 無事だったんだねシギル兄! 今から上がるから待っててー!」

 

 無事だったんだね、なんて白々しい事を言うリルカに、ローファスは鼻を鳴らす。

 

 その時、ふと上から一筋の光が差し込んだ。

 

 それは陽の光、夜明けのサインだ。

 

「うわ、もう夜明け? ローファス君急ご! 衛兵が来たら面倒だよ!」

 

 リルカは瓦礫の上に登り、ローファスに手を振る。

 

 そしてリルカの薄く茶色い髪が、差し込む朝日に照らされ、黄色く輝いた。

 

 それを見たローファスは、ある花を思い浮かべる。

 

「黄色い、百合《リリィ》…“陽気”に“偽り”、か」

 

 成る程、と得心いった様に一人笑うローファス。

 

 ローファスの呟きを聞いたリルカは、頬を僅かに朱に染め、狼狽える。

 

「り、リリィって…き、急に何で愛称?」

 

「さあな」

 

「ちょ、気になるじゃん! なんでなんで? ローファス君ってそう言うタイプじゃないじゃん!」

 

 瓦礫から飛び降り、ローファスに詰め寄るリルカ。

 

 ローファスは気にせず立ち上がる。

 

 そして——ローファスはそのまま膝から崩れ落ちた。

 

「ちょ、ローファス君!?」

 

 倒れ込むローファスを、リルカは急ぎ抱き寄せる。

 

 抱き寄せたリルカの手には、べったりと血が付いた。

 

「!」

 

 見るとローファスが座っていた場所には血溜まりが出来ていた。

 

 ローファスはポーションを口にした事で、喉の傷は喋れる程には回復した。

 

 しかし完治した訳ではなく、その傷は未だに暗黒が覆い、溢れる血を塞き止めている。

 

 その上でも、止めきれない血が少しずつ流れ出ていた。

 

 ローファスは血を流し過ぎ、身体に上手く力が入らず、その身をリルカに預けたまま掠れる声で呟く。

 

「貴様の…話が長い、から…」

 

「そ、それはごめん! 分かったからもう喋らないで! ちょ、イズ姉助ける前に死んだらダメだよローファス君!?」

 

 ——リルカー! 衛兵が集まって来てんだ! 急げー!

 

 上から聞こえるシギルの声。

 

「シギル兄! 直ぐに降りて来てー! ローファス君が、ローファス君がー!!」

 

 わーきゃーと取り乱して叫ぶリルカ。

 

 リルカに抱かれるローファスは、耳元で甲高い声で叫ばれ、迷惑そうに眉を顰めていた。

 

 *

 

 ギラン邸より離れた町外れにある廃れた無人の教会。

 

 廃れ果てた礼拝堂の、古びた椅子に腰掛けているのは、癖っ毛の混じる金髪の少年——ヴァルムだった。

 

「まさか、こんな僻地にまで追ってくる羽目になるとはな。逃げ足の速い奴だ」

 

 うんざりした様に呟くヴァルム。

 

 ヴァルムのその視線の先には、壇上に聳える六神を表す六本の円柱と、王国の栄誉ある光を現す巨大な木製の十字架があった。

 

 そして見上げる程に巨大な十字架の中央に、古びた赤黒いコートの男が、一本の槍に肩を貫かれ、縫い付けられていた。

 

 槍からは雷がばちばちと迸り、男はそれにより身体が痺れ、磔にされたまま身動きが取れずにいた。

 

 男は左腕が無く、青白い肌は自らの血に染まっていた。

 

 最早、その名の由来となった帽子すら失った男——血染帽《レッドキャップ》は口から血を流しながら、微笑んで呟く。

 

「…勘弁して欲しいね。僕はギランに金で雇われただけなんだ。見逃してもらえないかな?」

 

「お前、ローファスの魔法から逃げて来ただろう」

 

「…」

 

「お前の命をどうするか決めるのはローファスだ。命乞いなら俺ではなく、ローファスにする事だな」

 

 血染帽《レッドキャップ》は溜息を吐く。

 

「隻腕の魔法使い——ローファスと言うのかい。困ったな、彼は容赦が無さそうだ」

 

 ふと、教会の破れた窓より陽の光が差し込んだ。

 

「…夜明けか。全く、永い夜だったな」

 

 ヴァルムは欠伸を噛み殺しながら、朝日を眺める。

 

 これで俺もお尋ね者か、と溜息を吐きながら。

 

 *

 

 半壊した上、その半分がくり抜かれた様に失われたギラン邸。

 

 その門付近で、シギル、ホーク、リルカ、ローファスの四人は無数の騎士に囲まれていた。

 

 騎士の甲冑には、山の頂上で両翼を広げるグリフォンの紋章——ステリアの家紋が装飾されている。

 

 地下で動けなくなったローファスは、リルカに呼ばれて降りて来たシギルとホークの手により、何とか地上に運び上げられた。

 

 その後、出血多量にて身体の自由が効かないローファスは、シギルに背負われ、一緒に来たホーク、そしてリルカと共に屋敷から出た。

 

 しかし時は既に遅く、ギラン邸の異変に気付き集まっていた騎士達に取り囲まれてしまった。

 

 因みに、ダンは斬られた傷の治療の為先に飛空挺に戻っており、ケイもそれに付き添っておりここには居ない。

 

 騎士に囲まれ、シギルは顔を険しくする。

 

「どうすっかな…切り抜けるか?」

 

「シギル、何でお前はいつもそう脳筋思考なんだ…」

 

 剣の柄に手を掛けるシギルに、ホークは呆れる。

 

「じゃあ、どうすんだよ。こんだけ周りに騎士が居たんじゃ《転送》も出来ねえぞ」

 

 《転送》とは、飛空艇に備わった機能の一つで、機体が上空にあっても、地上のものを指定して機体内に転移させる事が出来る。

 

 これは非常に便利だが制約も多く、まず《転送》するものの指定は細かく出来ない。

 

 ざっくりと座標を指定しての転移になる為、今回の様に付近に敵対する者がいる場合、下手をすれば敵対者ごと機体内に呼び込む可能性がある。

 

 故に、現状《転送》は使えない。

 

 ホークは懐に手を入れ、閃光結晶を握り締める。

 

「…良いか、今から目眩しをする。騎士共が怯んでる隙に、俺とリルカで道を切り開く。行けるか、リルカ?」

 

「当然! 派手な魔法ぶっ放すよ」

 

 ぐっと親指を突き出すリルカ。

 

「シギルはローファスさん落とすなよ? 一応、恩人だからな」

 

「へっ、わーてるよ」

 

 そしてホークが懐から十八番《オハコ》の閃光結晶を投げようとした瞬間、取り囲んでいた騎士達が突然、すっと道を開けた。

 

「あ?」

 

 閃光結晶を片手に、呆気に取られるホーク。

 

 騎士達が開けた道を歩み、現れた男を見て、ホークは顔を引き攣らせる。

 

 それは紅蓮の長髪に、髪色と同じ紅蓮のコートを纏った男——剣聖エリック。

 

 屋敷で遭遇した時には、ホーク達三人掛かりでも手も足も出なかった存在。

 

「くっそ、ヤベェのが出て来たぞ」

 

 一人危機感を募らせるホークに、エリックとは面識が無いシギルとリルカは眉を顰めた。

 

 ホークは急ぎ魔導銃を構え、その銃口をエリックに向ける。

 

 しかしエリックは、肩を竦めると両手を上げた。

 

「…すまないが、銃口を降ろしてもらえないか。こちらに交戦の意思は無い」

 

「あ? 一体、何のつもりだ…」

 

 訝しむホークを尻目に、エリックは懐からポーションを取り出すと、リルカに投げた。

 

 「わわっ」と慌ててポーションを掴み取るリルカ。

 

「…部下からの施しを、大人気無くも素直に受け入れられなかったのだが、まさかそれが役立つとはね」

 

 エリックは独り言の様に呟くと、その視線を顔色の悪いローファスに向ける。

 

「…彼——ローファス・レイ・ライトレスに使ってやってくれ。恩に着てくれるとありがたい」

 

 エリックの言葉に、リルカは頷くとポーションをローファスの口に運ぶ。

 

 ホークはエリックから銃口を外さず、疑わしげに見据える。

 

「何が目的だ…」

 

「裏は無いさ。これはただの、政治的な打算だ」

 

「裏しかねぇじゃねーか」

 

「それが政治と言うものだよ。まあ、それが嫌で武の道を選んだのだがな…」

 

 エリックが肩を落としていると、騎士達がまた道を開け始めた。

 

 現れたのは白い鎧に包まれた騎馬の一団。

 

 掲げる旗には、山の頂で両翼を広げるグリフォンの紋章——ステリアの家紋。

 

 通常の騎士とは異なる白い鎧を見に纏うこの騎士達は、ステリア家の近衛騎士である。

 

 そしてその白い騎士達を率いているのは、プラチナブランドの髪を上げ、オールバックにした長身の男。

 

 王家より北の国境を任されるステリア辺境伯家の現当主であり、剣聖エリックの父——アドラー・イデア・ステリアである。

 

 アドラーは馬上より、半壊したギラン邸、騎士に囲まれるローファス等四人に目を向け、そして最後にエリックを睨む。

 

「これは…これは、どう言う事だ。何の為にお前を寄越したと思っている——エリック」

 

 アドラーに明確な怒りを向けられたエリックは、ただ肩を竦める。

 

「力及ばず、申し訳ありません」

 

「…ギランは無事なのだろうな」

 

「ギランは行方不明です。捜索はしておりますが、屋敷もこの有り様ですので、或いは…」

 

 ギランの死を仄めかすエリックに、アドラーは眉間に皺を寄せ、興奮から顔を赤面させる。

 

「巫山戯るな! 奴無しで、今後のステリア領をどうする気だ!」

 

 響き渡る程のアドラーの怒声。

 

 アドラーは怒りの眼差しを、シギルに背負われるローファスに向ける。

 

「その闇を思わせる黒髪、そいつが報告にあったライトレスの小倅だな。全くやってくれたものだ。よくも我がステリア領を、土足で踏み荒らす様な真似を…!」

 

 その言葉を聞いたローファスは、額に青筋を立てる。

 

 失った血は戻らないが、先程エリックより渡されたポーションを飲まされ、多少動ける位には回復した。

 

 ローファスは「離せ」と短く吐き捨て、シギルの背より跳ぶように降りる。

 

 その反動を受けたシギルは「おおっと」と前に倒れ込みそうになるが、ホークが支えた。

 

 シギルとホークより向けられる非難の眼をローファスは無視し、馬上のアドラーを睨み付ける。

 

 アドラーは眼を細めた。

 

「…生意気なその目、若い頃の父親によく似ている。自分が何をしたのか、理解しているのか小僧。我が領の囚人収容施設の破壊に、要人の襲撃…被害は甚大だぞ。どう落とし前を付ける気だ」

 

 ローファスは口角を釣り上げ、好戦的に笑った。

 

「ライトレス家を軽んじたのはステリア、そちらだろう。先ずは首を垂れて謝罪しろ。話はそれからだ」

 

「…魔法の腕が立つと聞くが、父親から礼儀は習わなかったらしいな」

 

「先に礼を欠いたのはそちらだろう、ステリア」

 

「なんだと…?」

 

 アドラーとローファスの間に流れる、今にも殺し合いが始まりそうな、ざらついた空気。

 

 目も当てられないと言った様子で、エリックは顔を手で抑えた。

 

 本気でライトレスと事を構える気か、と。

 

 一触即発の空気の中、突如としてローファスの足元の影より一羽の黒い鳥が飛び出した。

 

 無数の目をギョロつかせるその黒い鳥は、ローファスの父の影の使い魔だ。

 

「——!?」

 

 何故ここに、とローファスは驚き目を見開く。

 

 黒い鳥は甲高い鳴き声を上げながら上空を飛び、半壊したギラン邸の屋根に止まる。

 

 そして、魔法陣が展開された。

 

 黒いオーラを放つその魔法陣より、三人の影が現れる。

 

 それは黒髪に暗黒のコート、そして見るものを凍て付かせる程に冷たい目の男。

 

 ローファスの父であり、ライトレス家現当主——ルーデンス・レイ・ライトレス。

 

 それに続く様に、暗黒騎士筆頭のアルバと、女騎士のユスリカも姿を表す。

 

「父上…!? 何故…」

 

 突然の父の出現に、狼狽えて声を上げるローファス。

 

 ルーデンスはそれを無視し、静かに、そして冷徹にその目をアドラーに向ける。

 

「…久しいな、アドラー。どうやら、我が子が世話を掛けたらしい」

 

 親しげな、それでいて刺す様なルーデンスのその言葉に、アドラーは顔を引き攣らせた。

 

「ル、ルーデンス…何故、お前がここに…」

 

「転移魔法だ。見れば分かるだろう?」

 

 ルーデンスが用いたのは、領土間を行き来する程の長距離の転移魔法。

 

 一般的な、短距離間を移動する転移魔法とは訳が違う。

 

 その術式は秘匿されており、その上一般での使用は王国法で禁止されている。

 

 上級貴族——伯爵位より上の階級の貴族の、その当主のみが知り、扱う事を許されている。

 

 それも、使用は緊急時にのみと言う制限がある。

 

 もしもこれを破れば、例え上級貴族の当主であろうと王国法を破ったとして王家より裁かれる。

 

「王国法違反だぞ…!」

 

 険しい顔のアドラーに、ルーデンスは肩を竦めて見せる。

 

「これは異な事を。我が子が他領で迷惑を掛ける所だったのだ。十二分に緊急事態ではないかね?」

 

「詭弁を…! それに、迷惑ならば既に掛けられている! そのガキの行いで、一体どれだけの被害が出たと思っている!」

 

 ルーデンスは「はて」と首を傾げる。

 

「私は息子が、貴殿に無礼を働きそうだったので親として止めに来ただけなのだが、被害とは何の話かな?」

 

 半壊した屋敷の屋根に立ち、白々しく言うルーデンスに、アドラーは叫ぶ。

 

「巫山戯るな! この屋敷の被害を見ろ、貴様の倅の仕業だろうが! それに、囚人を閉じ込めていた監獄塔も破壊された! やったのはそのガキだぞ!」

 

 怒りに任せ、喚くアドラー。

 

「…ローファスよ。監獄塔を破壊したそうだが、弁明はあるか?」

 

 ルーデンスに目配せをされ、ローファスは正当性のある言い訳をしろと言う事か、と眉を顰める。

 

 言外に父の思惑を理解してしまった事に多少の苛立ちを覚えつつも、ローファスは口を開く。

 

「…知人が不当な罪で投獄されていた為、救出しました」

 

 ローファスの言葉に、エリックが当時の状況——ローファスがヴァルムをズタボロにしている光景を思い起こし、「救、出…?」と一人首を捻る。

 

「ふ、不当な罪だと…? それは我が屋敷で暴れたと言う騎士見習いの事か!? 何が不当な罪か!」

 

 喚くアドラーに、ルーデンスは「しー」と人差し指を唇に当て、沈黙を強いる。

 

「アドラー、大人が子供に対してそう怒鳴るものではない。器が知れるぞ」

 

「な…」

 

 ルーデンスの言葉に、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるアドラー。

 

「それに、ローファスに憑けていた使い魔を通して、大体の事情は把握している」

 

「は?」

 

 そして続いたルーデンスの言葉に、顔を引き攣らせたのはローファスだ。

 

 見られていた? あの使い魔はいつから憑けられていた?

 

 ローファスは嫌な汗をだらだらと流す。

 

 ローファスはステリア領にて、色々とやらかしている。

 

 それも、父の目が届かぬ他領であると高を括り、何があっても自身の魔法でどうにか対処出来るだろうと言う、何とも稚拙な打算の上での行動。

 

 しかし、事の全てが父に見られていたならば話は変わってくる。

 

 これでは言い訳のしようがない。

 

 しかしルーデンスは、ローファスをこき下ろすでもなく続けた。

 

「その上で言わせてもらうが、その塔の破壊に関して、正当性はローファスにある」

 

「な、何を馬鹿な…」

 

 訳が分からずに呟くアドラー。

 

「ローファスは、不当な罪で囚われた知人を助け出したのだ。間違いは正す。それは貴族として、そして人として当然の事では無いかね?」

 

「だから不当では…」

 

「奴隷を購入した商人」

 

 ルーデンスの発した一言で、アドラーは口を噤んだ。

 

「…知らないとでも思ったか、アドラー」

 

「ど、奴隷? 何の事か…」

 

 露骨に目を逸らすアドラー。

 

 ルーデンスは目を険しくし、続ける。

 

「三ヶ月前、ステリア領の商人が行った奴隷売買を、ローファスが暴き立てた。しかし貴様は、我が子の証言を無かった事とし、それに携わった者を投獄した」

 

 ルーデンスは半壊した屋敷を見て続ける。

 

「この屋敷は、その商人のものだったな。不敬にも我が家に、苦情文等を寄越した不届者だ。被害と言ったが、我がライトレス家を敵に回したのだ。こうなって当然では無いかね?」

 

 ルーデンスに殺気混じりの視線を向けられ、アドラーはどうにか言い逃れようと声を張り上げる。

 

「し、証拠はあるのか!? 幾ら侯爵家と言えど、証拠も無しにその様な戯言を…」

 

 目を逸らしていたアドラーは、ルーデンスに目を向ける。

 

 しかしその視線の先、屋根の上にルーデンスの姿は無かった。

 

 そして次の瞬間には、騎馬に乗るアドラーの直ぐ横にルーデンスが立っていた。

 

 それは移動の気配すら察知されぬ程に洗練された短距離転移魔法、影渡り(シャドウムーブ)

 

 ルーデンスはその顔をアドラーに近付け、冷酷な目で睨みつける。

 

「余り喚くな。領主ならば常に冷静でいたまえ」

 

「う、うあああ!?」

 

 気配も無く至近距離に現れたルーデンスに、驚き慄いたアドラーは、咄嗟に光魔法を放った。

 

 それは無詠唱の下級魔法。

 

 しかし光は六属性で随一の速度を誇り、その上暗黒に対して属性的有利を取る。

 

 ルーデンスが扱う属性は当然暗黒。

 

 咄嗟に放たれた下級魔法でも、当たれば怪我では済まない。

 

 だが、ルーデンスは逃げるでも避けるでも無く、放たれた光魔法に対し、手の中に宿したごく僅かな暗黒で応戦した。

 

 魔法同士の激突、その結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 光により暗黒が消され、ルーデンスは吹き飛ばされる——少なくとも、遠目から見ていたローファスはそう幻視した。

 

 しかし驚くべき事に、打ち消されたのは光魔法の方だった。

 

 眩い光は、僅かな暗黒に食い破られる様に弾け飛ぶ。

 

 魔法を弾かれた衝撃で騎馬が暴れ出し、それに乗っていたアドラーは落馬し、尻餅をつく。

 

 騎馬が逃げ、残されたアドラーをルーデンスが冷たく見下ろした。

 

「こうしていると学生時代を思い出すな、アドラー。我々の仲ではこの程度は挨拶か?」

 

「い、いや、今のは…」

 

 気不味そうに目を逸らすアドラーに、ルーデンスは鼻を鳴らす。

 

「後日、会談を設けるとしよう。今よりはまともな話し合いが出来る事を期待する」

 

 ルーデンスはコートを翻し、屋根の上に待機するアルバとユスリカに視線で合図する。

 

 それにより、アルバとユスリカは行動を開始する。

 

 ユスリカはローファスの元へ飛び降り、アルバは影渡り(シャドウムーブ)で剣聖エリックの元に転移する。

 

 アルバはエリックを見て静かに呟く。

 

「剣聖殿。余計な行動は控えて頂く」

 

「ライトレスの暗黒騎士、か。噂はかねがね。そう心配せずとも何もしない。私としてもライトレスと戦争等、冗談では無いからな」

 

 牽制するアルバに、エリックは肩を竦めた。

 

 

「若様、お久し振りに御座います。直ぐに治療致します」

 

 ローファスの前に着地し、跪くユスリカ。

 

 ルーデンスの、治癒魔法に優れたユスリカを連れて来た周到さ。

 

 本当に使い魔越しに覗かれていたのかと、ローファスは天を仰ぐ。

 

「…俺はポーションを飲み、ある程度回復している。治療ならそいつをしてやれ」

 

 ローファスに示されたリルカは、驚く。

 

「えっ、私!? いやいやいや、ローファス君の方が重症でしょ! フラフラじゃん!」

 

「ポーションで回復したと言ったろう。貴様、先程血を吐いていたではないか」

 

「いや、それ言ったらローファス君だって…」

 

 そんな言い合いをしていると、ローファスとリルカ両方にまとめて治癒魔法が掛けられた。

 

 ローファスとリルカは癒しの光に包まれながら、術者のユスリカに冷ややかな目を向けられる。

 

「もう分かりましたので、お二人ともあまり動かれぬ様お願いします」

 

 ユスリカの冷めた言葉に、ローファスとリルカは大人しく従った。

 

 

 この場の騒ぎは、ルーデンスの計らいにより収められた。

 

 ライトレス一行と、この場に残った《緋の風》の面々は、飽く迄も形式上ではあるが、ステリア家の客人として領主の屋敷に招かれる事となった。

 

 そして、程無くしてヴァルムが戻った——見るも無惨な姿に成り果てた血染帽《レッドキャップ》を引き摺って。

 

 血染帽《レッドキャップ》はその場で騎士達に拘束され、ヴァルムは領主の屋敷に通された。

 

 それは自首に近い心持ちで戻って来たヴァルムからすれば、何とも拍子抜けする展開であった。

 

 結局、ギランは行方知れずのまま見つからず、半壊した屋敷を捜索されるも発見には至らなかった。

 

 

 

 こうして、ギラン邸での騒動は、夜明けと共に幕を閉じた。

 

 そしてその日——ローファスは一人、姿を消した。

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