悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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42# エピローグ・ステリア

 ローファスとヴァルムの戦闘後、ステリア領は半ばパニックになっていた。

 

 氷雪山脈が禍々しい闇に覆われたかと思えば、凄まじい雷が鳴り響く。

 

 天変地異だ、山の神の怒りだと近隣の住民達は大騒ぎ。

 

 現場に剣聖エリック率いる騎士団や情報を聞きつけたルーデンス含むライトレス一行が押し寄せる事態となった。

 

 ローファスとヴァルムはその場で確保——と言うより拘束され、二人はそれに大人しく従った。

 

 ローファスはルーデンスに、ヴァルムはエリックにそれぞれ大目玉をくらい、互いに話す間も無く、それぞれが連行される形で引き離された。

 

 再度当主同士の会談が緊急で開かれ、此度の騒動についての話し合いが行われた。

 

 地形を変える程の大魔法の連続使用、その割には人里への被害が出ていない事も踏まえ、特例的にローファス、ヴァルムに対する処罰は無しとされた。

 

 ただ、ギラン引渡しに対する賠償請求は、一部免除となった。

 

 これはルーデンス側が言い出した事であり、息子が繰り返し騒ぎを起こし、その被害を受けているステリア側に対して多少の負い目を感じたものと思われる。

 

 その話し合いもあり、ライトレス一行の領地への帰還は先延ばしとなった。

 

 そして、ローファスとヴァルムの戦闘より、三日が経過した。

 

 *

 

 場所はローファスとヴァルムの戦闘跡。

 

 山脈の麓の一角。

 

 つい三日前、戦闘が行われる前と同様に、力無く横たわるフリューゲルの傍にヴァルムが佇んでいた。

 

 その後ろに、ローファスが歩み寄る。

 

「脇腹の傷はもう良いのか」

 

 ローファスに話し掛けられ、ヴァルムは驚いた様に振り向く。

 

「ローファス…居たのか。お前はいつも何の前触れも無く現れるな。また転移か?」

 

「まあな」

 

 微笑むヴァルムに、ローファスは短く返す。

 

 因みに、ローファスの後ろには暗黒騎士筆頭のアルバの姿がある。

 

 ローファスの要望でユスリカが側仕えになっていたが、ローファスの逃亡を繰り返し許してしまっている為、ユスリカは任を外され、現在はアルバが付いている。

 

 尤も、逃亡を繰り返しているのはローファスである為、ユスリカが責められるのはお門違いだが、暗黒騎士として使命を全う出来ていない事に違いは無い。

 

 アルバが付く事にローファスは渋ったが、ルーデンスに叱責され、無理矢理付けられた。

 

 ここまでローファスは問題を繰り返している為、当然と言えば当然の采配である。

 

 アルバはローファスと、騎士見習いという低い身分であるヴァルムが、まるで対等かの様に話している事に眉を顰めるが、ここで言及するとローファスの機嫌を酷く損ねそうな予感がした為、口を噤んでおく。

 

 ローファスは眠る様に蹲るフリューゲルを見る。

 

「約束、だったな」

 

「ローファス、それなんだが…」

 

 ヴァルムは暫しフリューゲルを見つめ、決心した様にローファスを見る。

 

 そして、言い難そうに言葉を紡ぐ。

 

「…フリューゲルを、解放してやってくれ」

 

 吐き出す様にそう口にするヴァルムは、務めて冷静に見える。

 

 だがローファスには、何故かそれが今にも泣きそうな顔に見えた。

 

「あれだけ生かしたいと言っていた貴様が、どういう心境の変化だ」

 

 ローファスの問いに、ヴァルムは目を伏せる。

 

「夢を、見たんだ。お前と戦った夜に…」

 

「夢…?」

 

「フリューゲルに叱責されている夢だ。変な話だろう? 飛竜のフリューゲルが、話せる筈も無いのに」

 

 ローファスは黙ってヴァルムの言葉に耳を傾ける。

 

「フリューゲルは言ったんだ。私は、あの時ヴァルムを助けられて満足だったって…いつまでも私の幻影に縋るなって…」

 

 ヴァルムは顔を手で覆い、最後の方は声を震わせる。

 

「ヴァルムがそんなんじゃ、いつまで経ってもゆっくり眠りに付けないって…」

 

 消え入りそうな声で話すヴァルム。

 

 ローファスは静かに「そうか」とだけ返す。

 

「本当に良いのか、魔法を解いて」

 

 ローファスは、確認する様にヴァルムに問う。

 

 ヴァルムは頷く。

 

「…頼む」

 

「分かった」

 

 ローファスは、蹲るフリューゲルに手を翳す。

 

 フリューゲルの片翼に纏わりつく暗黒が、それに応える様に霧散した。

 

 血色を帯びていたフリューゲルの肉体は、枯れ木の様に萎れ、《影喰らい》にて蘇る前の姿に戻った。

 

 その身には、かつて微かに残っていた魔力も、もう無い。

 

 それは誰が見ても分かる明確な死。

 

 ヴァルムはその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。

 

 泣きじゃくるヴァルムを、ローファスは立ち去るでも無く、ただ黙って見ていた。

 

 一頻り泣き、ヴァルムは涙を拭って立ち上がる。

 

 その時にはもう、いつもの武人然としたヴァルムの顔だった。

 

「…すまん。無様な姿を見せた」

 

「まあな」

 

「そこは嘘でも否定してくれ」

 

 肯定するローファスに、ヴァルムは苦笑する。

 

「ローファス、礼を言わせてくれ。お前のお陰で、最後にフリューゲルと共に、思い切り空を飛ぶ事が出来た。感謝する」

 

 頭を下げるヴァルムに、ローファスは目を逸らす。

 

「止めろ。勝者が頭を下げるな」

 

「…魔法使いに近接戦闘で勝っても嬉しくは無いがな。魔法戦ではこちらの負けだった」

 

「結果が全てだ。それまでの過程など、全てが些事だ」

 

「…お前らしいな」

 

 ヴァルムは微笑む。

 

「ローファス、お前は会った時から、俺を誰かと重ねていただろう。俺では無い誰かと。お前の口振から見るに、そいつはさぞ強かったのだろうな。敗北するなど、あり得ぬ程に」

 

「…」

 

 ローファスはそれに、肯定も否定もせず無言で返す。

 

 未来の出来事、物語の話をした所で、荒唐無稽な話と切って捨てられるだけであろう。

 

 それこそ、リルカの様に未来を実際に知る者でも無い限り、とても信じられる話では無い。

 

 ヴァルムはローファスを見据え、言葉を続ける。

 

「俺はそいつの事を知らないが…きっとそいつはお前の事を——頼もしく思っていた」

 

 最後の一言、その時のヴァルムの顔が、ローファスには物語で見た四天王、《竜駆り》のヴァルムと重なって見えた。

 

「…は?」

 

 怪訝に眉を顰めるローファスに、ヴァルムは驚いた様に口を塞ぐ。

 

「あ、いや…違う。今のは、ふっと口を突いて出たと言うか…」

 

「頼もしく思っていた、だと? 生意気な事を」

 

「俺は別の言葉を言おうと…失言、と言う程でも無いが、忘れてくれ」

 

「泣き過ぎて遂に口が回らなくなったか?」

 

 ローファスは笑う。

 

 そしてふと、ローファスの瞳から涙が溢れた。

 

「ど、どうしたローファス…」

 

「若、様…?」

 

 驚いた様に目を見開くヴァルムと、絶句して固まるアルバ。

 

「なんだ、これは…」

 

 突然流れ出した涙に、ローファスは困惑する。

 

 その涙は、ローファスの意思に反したもの。

 

 しかしローファスの奥底から、まるで感情が吹き出す様に、涙が溢れ出る。

 

 それは或いは、ローファスの奥底に刻まれ、蓄積された《影狼》としての感情。

 

 四天王だった頃、ローファスは、かつて同志であるヴァルムに対して強い劣等感を抱いていた。

 

 自分を差し置いて、四天王最強とされていたヴァルム。

 

 そんなヴァルムからの思いもよらぬ言葉に、《影狼》は様々な感情がせめぎ合い、それが涙と言う形で溢れ出した。

 

 今のローファスからすれば、迷惑極まり無いものだ。

 

 ローファスは舌打ちし、涙を拭う。

 

「帰るぞ。目にゴミが入った。ここは空気が悪いらしい」

 

 ローファスは誤魔化す様に外套をはためかせ、踵を返す。

 

 ヴァルムとアルバは、それに続いた。

 

 ——ありがとね、ローファス

 

 ふと、ローファスの背後よりそんな言葉が響いた気がした。

 

 それは澄んだ少女の声。

 

 ローファスは思わず振り返るが、当然そこには誰も居ない。

 

 ただ、残されたフリューゲルの身体から、風で舞い上がる雪に紛れ、白くキラキラと輝く光が天に昇っていく様な、そんな光景を幻視した。

 

 それは幻なのか、或いは錯覚なのか。

 

「若様?」

 

「…何でもない」

 

 心配そうに顔を覗かせてくるアルバに、ローファスは苛立った様に舌を打ち、再び歩み出す。

 

 人里への帰路、無言である事に気まずさでも感じたのか、ヴァルムが一人語り出す。

 

「そう言えば、先程ふと思い出したんだが。昔、俺が未だ十にも満たぬ頃、フリューゲルから落ちて足を怪我した事があったのだ。足が治るまでの三ヶ月は、戦闘や騎乗の訓練に参加出来ず、一人腐っていた時期があってな…」

 

 それは他愛の無い昔話。

 

 ローファスもアルバも止めず、ヴァルムは話を続ける。

 

「そんな時、変わった少女と出会ったのだ。村では見ない顔だったから、恐らく行商人か旅人の娘だったのだろうが。当時は訓練に明け暮れていた故、同年代に遊び相手が居なくてな。その少女とは自然とよく遊ぶ仲になった」

 

 ヴァルムは懐かしそうに微笑む。

 

「その少女だが、最初の方は服も着ずに裸で現れるものだから、その度に服を着ろと叱責していてな…今思えば、あれは虐待を受けていたのだろうか。当人はケロッとしていたが」

 

 ローファスはふと、以前ユンネルと交わした何気無い会話を思い出す。

 

 ——服は窮屈。でも、裸だとヴァルムに怒られる。

 

 監獄塔に侵入した時、ユンネルはそんな事を言っていた。

 

 ローファスは静かに目を伏せる。

 

 それからヴァルムは、人里に着くまでに、少女との思い出話を語った。

 

 一緒に花を摘みに行った話、丘まで散歩した話、いずれも足を怪我していたヴァルムは移動に時間が掛かり、その度に少女は待っていてくれた、そんな些細な話。

 

 人里が見えた頃、一頻り話したヴァルムは小さく息を吐く。

 

「俺の足が治ってからは、訓練の毎日に戻ったから会えなくなったんだ。結局最後まで、名を教えてくれなかった…あの少女は、今頃元気にしているだろうか」

 

 寂しそうに呟くヴァルム。

 

 ローファスはそれに「さあな」としか答えられなかった。

 

 その時のローファスは、何処か切なげであった。

 

 —— 二章 《EPステリア》完 ——




これにて、二章終了となります。
ここまでのご通読ありがとうございました!
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