悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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48# 未開の海

 魔の海域。

 

 “船喰い”の悪魔と称される巨大クラーケンが住み着いてから実に三百年の間、人が訪れる事は殆ど無かった未開の海。

 

 そんな海域を、一隻の帆船が進んでいた。

 

 その帆船に乗るのは、フォルやログを筆頭としたローグベルトの船乗り達だ。

 

 

 港町ヴァイパーポートにて、潜水艇の一件より数日経った頃、ローグベルトに一通の伝書が届いた。

 

 それはカルロスからフォルに向けたもの。

 

 未開域たる魔の海域の探索が正式に受理され、最低限の物資と人員を送る故、準備が出来次第探索を開始せよ。

 

 伝書は長々と書かれているが、要点を纏めるとそんな内容だ。

 

 これに対し、人員も物資も必要無いと言った筈なのに、とフォルは内心思ったが、実際に送られて来た人材を見て、フォルは疎か、ログが率いる船乗りの若い衆は困惑した。

 

「カルロス様に言われて来ました! カーラです! 宜しくお願いします!」

 

 元気良く声を張り上げ、笑顔で挨拶する赤毛の少女——カーラ。

 

 時刻は早朝。

 

 ローグベルトに送られて来た人材は、このフォルと然程歳の違わぬであろう少女一人。

 

 物資もカーラが肩から下げる鞄一つ。

 

 他には何も無く、強いてあげるなら、カーラの腰に護身用と思われる未使用と思われる剣が下げられている程度。

 

 フォルの視線に気付いたカーラは、ニッコリと笑い剣を抱き締めて見せる。

 

「あ、これですか? 女の一人旅は危ないですからね。これは護身用とは名ばかりの虚仮威しと言う奴です。私は全然剣とか使えませんので悪しからず」

 

「そ、そうか…」

 

 何故か自慢げに剣を抱えるカーラに、フォルは顔を引き攣らせた。

 

 道中で良く野盗に襲われずに済んだな、と呆れ気味なフォル。

 

「まあ、助けは要らないって言ったのアタシだからなぁ…」

 

 とは言え、こんな剣も振るえそうにない華奢な少女一人を寄越されても困るのは事実。

 

 まさかこれは、助けを断った事に対する当て付けでは無いだろうな、とフォルは眉を顰める。

 

 金色の髪を乱雑に掻きつつ、フォルはカーラを見る。

 

「あー…これから行く魔の海域には、かなり危険な魔物が多くてだな…その、大丈夫か?」

 

 フォルに心配そうに見られ、カーラは笑って自信ありげに薄い胸を叩く。

 

「私の事ならばご心配無く。逃げ足には自信があるので。カルロス様より、ファラティアナ様の意向は伺っております。私は飽く迄も開拓を見守る記録係ですので」

 

「まあ、そう言う事なら…」

 

 不安は完全には拭えないが、確かに開拓の記録を付けたり、その後の報告だったりをする自信がフォルには無い。

 

 成る程、確かにその辺のカバーをしてもらえるのは非常にありがたい。

 

 流石はカルロス、とフォルは一人納得する。

 

「あ、それでですね…良ければ、その…」

 

「うん?」

 

 そんな折、カーラが恥ずかしそうにおずおずと手を差し出し、フォルは意図が分からず首を傾げる。

 

「良ければ、握手を…」

 

「ああ。これから宜しくって事か」

 

 フォルが何の気なしに差し出された手を握り、それにカーラは感激した様に飛び跳ねた。

 

「わぁ! ありがとうございますぅ! 実は私、ファラティアナ様のファンで、感激ですぅ!」

 

「へ? は? ファン…?」

 

 カーラの予想外の反応に、困惑するフォル。

 

 カーラは鞄より、そっとある本を取り出した。

 

 高価そうな黒塗りの本、そのタイトルは「暗黒貴族と船乗りの少女」。

 

 平民の識字率は低いが、フォルは日常単語程度の文字ならば読む事が出来る。

 

「黒い貴族…船乗り、少女?」

 

 フォルは難儀しつつもタイトルを読む。

 

 それはまるで、ローファスと自分の事を示しているかの様。

 

「え…これ」

 

「はい、ローファス様とファラティアナ様の馴れ初めが記された読物です」

 

「馴れ初め!?」

 

 フォルはその本を引ったくる様にカーラから奪い、パラパラとページを捲る。

 

 本には貴族が好みそうな小難しい単語が並び、フォルには大半が読み取れないが、要所要所の読める部分を繋ぐだけでも、ローファスとフォルの出会いから別れ際に告白するまで事細かに書かれている事が感じ取れる。

 

 フォルはわなわなと震え、顔を赤く染め上げる。

 

「だ、誰がこんなもの書いて…」

 

「カルロス様です」

 

「あんの老執事…!」

 

 フォルは頭を抱えた。

 

 そしてフォルは、更にある事実に気付く。

 

「まさかこれ、売られてるのか…?」

 

「はい、ライトレス領の本都で。販売数は未だ少ないですが、主婦層で密かに人気を集めてるんですよ」

 

 本都の方は辺境の田舎と比べて平民の識字率が高めである。

 

 ウインクするカーラに、フォルは顔を茹蛸の如く染め上げ手で顔を覆う。

 

「もう、本都歩けない…」

 

「まさか主婦層で話題の恋愛小説のヒロイン、ファラティアナ様の恋のお手伝いが出来るなんて、ファンとして一読者として、感激の極みですぅ!」

 

 羞恥からぷるぷると震えるフォルの隣で、両頬に手を当てて歓喜に打ち震えるカーラ。

 

 魔の海域への出航は、この日の昼の事である。

 

 *

 

 記録係としてローグベルトに派遣されたカーラ。

 

 それはフォルと歳の近い同性であれば、色々とやり易いだろうと言うカルロスの計らい。

 

 そんなカーラとほぼ同時にローグベルトに訪れた男が居た。

 

 歳は20代半ば。

 

 茶髪を短く刈り上げ、日に焼けた浅黒い肌には無数の古傷が見て取れる。

 

 長身の背丈に、細身ながらに引き締まった肉体。

 

 名をダイン。

 

 商業組合取締役のミルドに雇われた一流の元探索者。

 

 数多の遺跡やダンジョンを単身で踏破した経歴を持ち、ミルドの下についてからは主に海洋貿易にて船に乗り、用心棒紛いの事をしていた。

 

 それ故に、海には多少の覚えがあり、今回の魔の海域の開拓の援助として白羽の矢が立った。

 

 ミルドからは、決して不要な波風を立てず、その上で開拓に多大な貢献をする様命じられていた。

 

 随分と無茶な事を言う。

 

 ダインはうんざりした様に溜息を吐いた。

 

「まあ取り敢えずは、お貴族様が発足したっつう探索隊とやらのご機嫌伺いかね」

 

 ローグベルトに到着したダインは、道中で住民に尋ねつつ、魔の海域の開拓に向かうと言うフォル達の元へ辿り着く。

 

 ダインの目に写った光景は、何やら騒ぐ二人の少女と、それを見守る船乗りと思われる集団。

 

 項垂れる少女——フォルと、歓喜に打ち震える少女——カーラを尻目に、ダインは船乗りの中でも一際大柄な額に十字傷のある男——ログの元に向かった。

 

 歴戦の風格に、船乗り達を率いている様な態度。

 

 一目見れば分かる、この男が探索隊のリーダーだ。

 

 ダインは確信を持ってログに近付いた。

 

「商業組合から派遣されたダインだ。魔の海域の探索に助力するよう言われて来たんだが…」

 

 ダインによる自己紹介に、ログはじろりと目を向ける。

 

「ああ、お前も伝書にあった人員か。カーラっつう嬢ちゃんだけじゃなかったのか」

 

 ログは向き直ると、丸太の如く図太い腕を差し出す。

 

「ログだ。船乗りの若頭をしている」

 

 ダインもそれなりに長身だが、ログは更に高く、前に立たれると見上げる形となる。

 

 ダインは固唾を飲み込みつつ、その手を取り、硬い握手を結ぶ。

 

「若頭…やっぱあんたが探索のリーダーか」

 

 ログの立場を聞き、やはり自分の見立ては間違っていなかったと口角を上げるダイン。

 

 しかしログは首を横に振って否定した。

 

「いや、この探索の頭は俺じゃない——あいつだ」

 

 ログが顎で指し示した先には、未だに項垂れている少女——フォルの姿がある。

 

「は?」

 

 冗談か、そう首を傾げるダイン。

 

 ログは構わず声を張り上げた。

 

「おいフォル! 伝書にあった人員がもう一人来たぞ!」

 

 ログの声に、顔を上げるフォル。

 

「また来たのか」

 

「…商業組合の方ですね」

 

 うんざりしたように呟くフォルに、補足するように耳打ちするカーラ。

 

 その二人の少女に、ダインは「本当なのか…」と眉を顰める。

 

 探索はお遊びじゃないんだぞ、とぼやきそうになるのを堪え、ダインはぎこちなくも笑顔を作る。

 

「元探索者のダインだ。宜しく頼む」

 

 ダインは先行きの不安を感じながらも、自己紹介をした。

 

 

 魔の海域、海上。

 

 探索隊の船は、帆を張り、風に乗って先に進んでいた。

 

「フォル様、凄い髪質良いですね! さらさらじゃないですか! 櫛でといた方が良いですよ勿体無い!」

 

「良いんだよ! 整えてもどうせ潮風にやられるんだから!」

 

 甲板にて、カーラが櫛を片手にフォルを追い回していた。

 

 因みに、カーラがフォルの事を愛称で呼んでいるのは、同年代から気恥ずかしい名前を様付けで呼ばれる事にむず痒さを感じた為だ。

 

 縮めて呼び捨てで良いとフォルは言ったが「若様の未来の奥方様を呼び捨てなど、出来る筈がありません!」と、カーラは頑なに様付けで呼ぶ事を止めなかった。

 

「いつ若様が来るとも限らないんですよー?」

 

 カーラのその一言に、フォルはぴたりと動きを止める。

 

「若様って…え、ローファスが来るのか?」

 

 何処か期待の籠った様な、それでいて心の準備が出来ていない様な複雑な眼差しでカーラを見るフォル。

 

 しかしカーラは、無情に首を横に振った。

 

「いや、来ませんけど」

 

「来ねえんじゃねえか!」

 

 怒鳴るフォル、それから「キャー」と楽しげな悲鳴を上げながら逃げるカーラ。

 

 甲板を姦しく走り回る少女二人。

 

 そんな光景を遠目に見て、何とも言えない表情で溜息を吐くのは商業組合から派遣された元一流探索者のダインだ。

 

 自分は一体、何に付き合わされているのだろう。

 

 ダインは憂鬱そうにわいわいと騒ぐ少女二人を見る。

 

 未開域の開拓、それがどれ程危険な事か、彼女達は理解しているのだろうか。

 

 それも開拓場所は、三百年もの間手付かずだったと言う魔の海域。

 

 文字通り魔境である。

 

 “船喰い”の悪魔の伝承は、地元民でないダインですら聞いた事がある程有名なものだ。

 

 その悪魔をライトレス家の嫡男が調伏したと聞かされたが、ダインはそれを信じていなかった。

 

 三百年もの間居座り、魔の海域と言う恐怖を人々に与え続けた元凶。

 

 そんな天災の如き悪魔が、成人もしていない貴族のボンボンに討伐され、剰え言いなりになっていると言う。

 

 幾ら何でも現実味が無い。

 

 貴族として箔を付ける為、脚色して噂を流す事はままあるが、今回のそれは流石に盛り過ぎていて痛々しいとすら感じる。

 

 ダインからすれば、魔の海域はいつ“船喰い”の悪魔に襲われるとも知れない危険海域。

 

 ミルドの命令には逆らえない為、来ざるを得なかったが、そのモチベーションは限り無く低い。

 

 ただでさえ不安だと言うのに、探索隊のリーダーは成人にも満たぬ少女だと言う。

 

 意味が分からない。

 

 彼らは未開域の開拓をピクニックか何かと勘違いしているのではなかろうか。

 

「よう、ダインだったか。お前も飲むか?」

 

 そんな折、ログが酒瓶を片手にダインに近付いて来た。

 

 ダインは肩を竦め、それを断る。

 

「いや、結構。随分と余裕だな。もう魔の海域だってのに」

 

「そう警戒しなくて良い。この辺はまだ、魔物は出ないからな」

 

 まるで魔の海域に慣れている様なログの口振りに、ダインは眉を顰める。

 

「…魔の海域に詳しそうだな。ここにはよく来るのか?」

 

「フォルの奴の修行と称した魔物狩りに付き合わされて、たまにな。この辺の魔の海域序盤の魔物は、フォルの奴が狩り尽くしてる」

 

「修、行…?」

 

 悪名高い魔の海域を修行の場にするなどどんな蛮族だと、ダインは顔を引き攣らせる。

 

「…“船喰い”の悪魔が恐くないのか」

 

 ダインの呆れた様な呟きに、ログは首を傾げる。

 

「何だ、討伐された事を知らないのか?」

 

「…あんた、地元民だよな。その噂を信じてるのか?」

 

「信じるも何も、なあ」

 

 苦笑しつつ肩を竦めるログ。

 

 ログからすれば、噂も何も、“船喰い”の悪魔は目の前で討伐されたのだ。

 

 その上、更なる化物の魔鯨と遭遇すると言う地獄の様な体験までしている。

 

 そのいずれも、ローファスにより討伐されたのだから、魔の海域の最大の脅威はもう無い。

 

 無論、依然として魔物は存在している為、油断は出来ないが。

 

「実際に、討伐されるのを見てるからな」

 

「…事実なのか? 尾鰭が付いてるとかじゃなく?」

 

「尾鰭が付くどころか、寧ろ大分端折られてるな」

 

 ログは高らかに笑って答える。

 

 魔鯨の存在や、それを滅ぼした天候すら変える禁忌の魔法。

 

 それらを目撃した者は、暗黒騎士より箝口令が敷かれ、話す事を禁じられていた。

 

 事実ログが経験した事は日常から掛け離れており、まるで神話の戦いに巻き込まれたかの様な心持ちだった。

 

「そう、なのか…」

 

 ダインとしては未だに半信半疑ではあるが、ミルドより波風立てるなと強く釘を刺されている以上、疑いの目を向ける訳にもいかない。

 

「それで、魔の海域を探索する上での方針を聞いても良いか?」

 

 ダインは一先ず、話題を変える事にした。

 

 ログは気にした様子も無く海図を広げる。

 

 それは魔の海域の海図。

 

 未開拓という事もあり、白紙に近いそれに、幾つかの印が書き込まれていた。

 

「実は魔物狩りの過程で既に幾つかの島を見つけていてな。今向かっているのはその一つだ」

 

 ログは海図に記された印の一つを指差す。

 

 そこは、以前ローファスとフォルが流れ着いた小島だった。

 

「一先ずはその島を拠点にする予定だ。その先の海に進めば魔物も出るだろう。俺もこうして酒を飲んではいられなくなるな」

 

 ガハハと豪快に笑うログ。

 

 ダインは肩を竦める。

 

「拠点を作れるのはありがたい。出発前には話せなかったからな。島に着いたら、今後の探索の方針なりをまた聞かせて欲しい」

 

「おう、島で話す場を設けよう」

 

「助かる」

 

 それを聞かねば支援のしようが無い、とそこまでは言わず、ダインは表面上の笑みを見せた。

 

 船の進むその先には、微かに島が見えていた。

 

 

 名も無き小島に辿り着いた探索隊一行は、先ずは野営の準備に取り掛かった。

 

 魔の海域は広大である為、その探索となると相当な期間を要する。

 

 船一つに積み込める荷物だけでは、長期間の遠征は無理。

 

 魔の海域の要所要所に中継地点を作り、その活動範囲を広げていく。

 

 最低でも、中継として使えそうな新しい島を発見する事——それが今回の遠征の目標。

 

 因みにこの方針の発案者はカルロスである。

 

 カルロスがローグベルトに滞在し、フォルの修行を付ける合間に話した事だ。

 

 この方針を聞いたダインは、少し驚いた。

 

 所詮は成人もしていない少女が頭を務める名ばかりの探索隊。

 

 もっと無計画で見切り発車に近いものと思っていたダインからすると、それは驚く程に意外な事。

 

 無理の無い範囲で活動範囲を広げていくやり方は、未開域を探索する上での基本でもあるが、経験の浅い者ほどこの基本を無視しがちだ。

 

 先々進んで気付いたら後戻り出来ない状態に陥っている、と言うのは探索者やトレジャーハンターの新人にありがちな事。

 

 この点に関しては、ダインは探索隊に対する評価を改める。

 

 しかし、いやだからこそ、これは避けては通れぬ道とダインは口にする。

 

「人員も物資も、足りなさ過ぎる」

 

 それは、思わず出た言葉と言い換えても良い。

 

 探索隊の総員数や用意された物資を見た時から感じていたものではあったが、波風を立てぬ様にと敢えて口にしなかった。

 

 成人にも満たない少女が率いる探索隊、と半ば諦めていた部分もあった。

 

 しかし思いの外現実味のある方針を聞き、ダインはつい口を出してしまった。

 

 そのダインの言葉は、フォルやログ、そしてカーラの視線を集める。

 

 それでもダインは、言葉を続ける。

 

「これは俺の経験から言わせてもらうが、今のままでは魔の海域の探索を終えるのに、短く見積もっても五年は掛かる。これは確か、ライトレス侯爵家主導の探索計画なんだろう、人員や物資の補充は出来ないのか?」

 

 広大な魔の海域の探索に、船一隻と地元の若い船乗りだけでは余りにも少ない。

 

 それは確かに、誰の目から見ても明らかな事実。

 

 しかしこれは、フォル自身が望んだ事。

 

 ダインを見るカーラの視線が険しくなる中、フォルは落ち着いて頷いた。

 

「アンタの言う通りだよ、ダイン。時間も掛かるとは思う。でも、悪いが追加で人員を呼ぶ気は無い」

 

 フォルの言葉に、ダインは目を細める。

 

「何故?」

 

「これはアタシの我儘だ。嫌ならこの探索から降りてくれて良い。アタシは一人でもやり通す」

 

 フォルの真剣な目に、ダインは「本気かよ…」と顔を引き攣らせる。

 

 ダインはログを見るが、特に異論は無いらしい。

 

 ダインは溜息混じりに肩を落とす。

 

「…何か、事情があるのは分かったよ」

 

 ここで対立しても意味が無い。

 

 何があっても波風を立てるな、そうミルドから再三に渡り言われている。

 

 ダインは最悪、探索から途中抜けする事を視野に入れつつ、今出来る最善を考える事にする。

 

 そこからダインにより提案されたのは、より具体的な航路の具申と、一日の細かなタイムスケジュール、そして人員の役割分担。

 

 それは実に効率的で、合理的な提案。

 

 ダインが探索の助力をする目的は、ライトレス領、ステリア領間の航路を確立させる為。

 

 それは出来る限り早い方が望ましい。

 

 それ故の、時間短縮の為の効率化の提案。

 

 フォル達も確かな方針はあったものの、初めての事で手探りに近い形での探索だった為、こうした具体的な提案は実に革新的なものだった。

 

 ダインは若輩ながらも単独で一流の探索者と目されていた事もあり見識も広く、提案されるものもより実践的なものばかり。

 

「人員を呼ばないのはアタシの我儘だけど、本音を言えば五年も掛けたくない」

 

「正直俺も、五年は御免だ。出来る限り自給自足を確立しよう。物資の補給にローグベルトまで戻る時間は大きなロスだ。拠点で自給自足さえ出来れば、かなりの時間短縮になる。一先ず、明日からはこの無人島で食糧と水を確保する拠点班と、海域に出て新しい島を探す探索班に人員を分けよう」

 

 フォルがこうしたいと言えば、それを出来る限り実現する為の具体案をダインが提示する。

 

 そうして探索会議は、より具体的な方針を確立させていく。

 

 ダインは、ミルドが選ぶだけあり非常に有能な男だった。

 

 先の見えなかった魔の海域の探索が、より現実味を帯びていくのをフォルは感じていた。

 

「色々とありがとな、ダイン。後、さっきは嫌なら降りろなんて言って悪かった」

 

 素直に感謝の意を伝えるフォルに、ダインは意外そうに目を見開く。

 

 ダインは、フォルの男勝りな雰囲気から、てっきり自分の非を認められない跳ねっ返りの強いタイプかと思っていた。

 

「…ま、まあ、こっちも仕事だからな。気にするな」

 

 そのギャップもあり、笑いかけて来たフォルに少し見惚れてしまい、それを誤魔化す様に目を逸らす。

 

 そんなやり取りをしていると、ダインはふと寒気を感じ、反射的に振り返る。

 

 ダインを見ていたカーラと目が合った。

 

 カーラはにっこりと笑い、首を傾げる。

 

「どうかされました?」

 

「いや、何でも…」

 

 気の所為か、とダインは冷や汗を拭い肩を竦める。

 

 そんな一幕がありつつ、その日の会議は終了した。

 

 その頃には日も暮れており、各自夕食を摂り、各々の時間を過ごした。

 

 ダインはログ達若い衆に酒盛りに誘われ、付き合いもそこそこに、船乗り達の面倒な絡み上戸から抜け出し、甲板で一人夜風に当たっていた。

 

「全く、賑やかな連中だな」

 

 そうは言いつつも、ダインはそこまで不快に感じてはいない。

 

 最初こそどうなるかと思ったが、思いの外居心地は悪く無い。

 

 寧ろ気の良い連中とすら思えていた。

 

 ダインは手摺に寄りかかり、懐から取り出した紙煙草(シガレット)を咥え、火を探す。

 

「…?」

 

 マッチが見つからず、懐やズボンのポケットをパタパタと叩いて探していると、背後からぐっと背中を押された。

 

「——な!?」

 

 それで落ちる事は無かったが、ダインは突然押された事に驚き、手摺を握り締めて勢い良く後ろを振り返る。

 

「…どうも」

 

 そこに居たのは赤髪の少女、カーラだった。

 

 フォルの隣にいる時の様な笑顔は無く、冷たい目でダインを見据えていた。

 

 手には真新しい剣を持っており、どうやらその鞘の先で突くように押して来たらしい。

 

「…何のつもりだ。冗談なら、少しは笑ってねぇと本気かと勘違いされるぜ」

 

 未だに警戒が抜け切らない様子のダインを、カーラは興味無さそうに見る。

 

「…別に、冗談のつもりはありません。少しだけ、このまま落としてやろうかと思いました」

 

「おいおい、冗談——」

 

 勤めて笑い飛ばそうとするが、カーラはそんなダインの腹部に剣の鞘先をぐっと押し付け、黙らせる。

 

「冗談では無いと申しました。二度、同じ事を言わせないで下さい」

 

「…ッ」

 

 カーラに冷たい目で睨まれ、ダインは口を噤む。

 

 カーラは続ける。

 

「会議での提案、悪くありませんでしたよ。思ったよりも優秀そうで安心しました。なので、今晩は見逃してあげます」

 

「見逃す…?」

 

 カーラの言っている意味が分からず、ダインは目を細める。

 

「聞いていませんか。余計な事をしたり、役に立たない様であれば、貴方は海に落とされて鮫の餌です」

 

「波風立てずに貢献しろとは言われたが…だが、俺は商業組合の取締役ミルドの使いだ。俺に何かあれば面倒な事になるんじゃないか?」

 

「その取締役からの提案だそうですよ。役に立たないなら海に落とせと言うのは」

 

「マジかよ…」

 

 何も聞いてねえぞ、と顔を引き攣らせるダイン。

 

「てか、カーラっつったか? 普段ニコニコと無害そうな面しといて、裏の顔がそれかよ」

 

「別に貴方にどう思われようとどうでも良いのですが、明日も変わらず探索への貢献をお願いしますね。私が貴方を役立たずと判断した時、それは貴方が鮫の餌になる時です。そのつもりで」

 

 それだけ言うと、カーラは背を向ける。

 

 ダインは緊張が解けた様に背後の手摺に体を預ける。

 

「…あー、おっかねえ女」

 

 強がって軽口を叩いてみるが、ダインの顔は引き攣っている。

 

 探索者としてそれなりの修羅場を潜って来た自負のあるダインだが、カーラの刺す様な殺気に身体中の毛が逆立ち、危険信号を上げていた。

 

 どう考えても只者では無い。

 

 そんな考えが通じたのかそうで無いのか、立ち去ろうとするカーラがぴたりと歩みを止めた。

 

 そして「あ、そうです」と何かを思い出した様に振り返る。

 

「これは警告ですが、あまりフォル様に色目を使われぬ様。首と胴体がサヨナラしたくなければね」

 

 ヒュン、そんな風を切る音が聞こえた気がした。

 

 気付くとダインの首筋に薄皮一枚分の切り傷が出来ており、たらりと血が滴る。

 

 ダインには、何も見えなかった。

 

 カーラが剣を抜く瞬間も、剣を振るう姿も、剣を鞘に戻す動きも。

 

 カーラはただ、真新しい剣を持ったままそこに立っていただけ。

 

 少なくともダインにはそう見えた。

 

 遂にダインは腰が抜け、その場にへたり込む。

 

「剣使えないって、嘘じゃねーか…」

 

 ダインのそんな呟きに、カーラは大した反応も示さず、今度こそ本当に立ち去った。

 

 前途多難な魔の海域の開拓は、始まったばかり。

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