悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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天空都市編
55# 二年


 《緋の風》が天空都市シエルパルクの捜索を始めて、経過した月日——約二年。

 

 巨大な暗雲の目撃情報は何件かあった。

 

 しかし、飛空艇の機動力を持ってしても、その巨大雲を捕捉する事はついぞ叶わなかった。

 

 病が進行し、日に日に生気を失っていくイズ。

 

 しかしどれだけ焦ろうと、死に物狂いで探し回ろうと、その全ては徒労に終わった。

 

 今回も駄目なのか、そんな不安がリルカの胸を抉る。

 

 ローファスから連絡があったのは、そんな折だった。

 

『…いつまでぶらついている。良い加減ライトレス領に帰還しろ。ライトレス領を拠点にする約束、まさか忘れたのか』

 

 それはリルカの影から顔を覗かせる剣魚、そのノコギリの如き牙を覗かせる口より発せられるローファスの声。

 

 リルカは暗い目で、感情を押し殺した様に答える。

 

「忘れてないよ…でも、イズ姉の容態が悪いの。戻ってる時間なんて無い、早く天空都市を見つけないと」

 

『…手掛かりはあるのか?』

 

「……」

 

 ローファスの問いに、リルカは沈黙で返す。

 

 剣魚の向こうから溜息を吐く気配がした。

 

『手掛かりが無いなら戻れ。それ以上は無駄な労力だ』

 

 無駄、その言葉を聞いた瞬間、リルカの中の何かがキレた。

 

 リルカは影から顔を出す剣魚の頭部の刃を素手で鷲掴み、皮膚が裂けて出血するのも構わず無理矢理に引き摺り出した。

 

 リルカは必死の形相で剣魚——正確にはその向こうにいるローファスに食って掛かる。

 

「無駄とか、勝手な事言わないでよ! イズ姉は生きてる、まだ間に合うの! ローファス君からしたら関わり薄いかも知れないけど、私にとってイズ姉は! 家族…お姉ちゃん、なの…」

 

 最後の方の声は消え入る様に小さくなり、その青い瞳からは涙が溢れる。

 

 リルカは、他の《緋の風》の面々よりも焦っていた。

 

 前回、どうする事も出来ずに苦しみながら死んでいくイズを見ているから。

 

 病に苦しみながらも、皆を心配させまいと気丈に笑うイズの顔を、リルカは片時も忘れた事は無い。

 

 六神により世界が巻き戻され、一番最初に目に入ったのはまだ立って歩けるだけの元気のあるイズの姿だった。

 

 泣きながら抱き付き、イズは驚きつつも、優しく抱き締め返してくれた。

 

 リルカはその時改めて心に誓った。

 

 イズの病を絶対に治すと。

 

 病を治し、《緋の風(家族)》皆んなで、昔の様に未だ見ぬダンジョンや遺跡を探索する。

 

 それだけを支えに、リルカは遠く無い未来に滅ぶ、この二度目の世界を生きて来た。

 

 肝心の風神の導は、天空都市の所在に関しては反応を示さない。

 

 時間が無い事に対する焦り、風神や無力な自分に対する憤り、今まで押さえ込んでいたそれらが、ローファスの言葉を引き金に溢れ出したのだ。

 

 最早喚く気力も無く、ただ虚に涙を流すリルカを、ローファスは使い魔越しに見て、再度溜息を吐く。

 

『…癇癪は終わったか?』

 

「何よその言い草…ひっど」

 

 軽口を叩きつつも、俯いたままのリルカ。

 

 放り出されて床に横転していた剣魚はむくりと姿勢を直すと、尾鰭でリルカの頰をすぱーんと勢い良く引っ叩いた。

 

「——!?」

 

 頰を赤く腫らしながら、驚いた様に目を見開くリルカ。

 

 それに追撃する様に、剣魚がリルカの頭に体当たりをぶちかました。

 

「んあ!?」

 

 勢い良くひっくり返り、仰向けの姿勢となるリルカ。

 

 剣魚はそのリルカの腹部に、ちょこんとその身を下ろす。

 

「…ねぇ、ロー君。傷心中の乙女にこの仕打ち、酷くない?」

 

『頭は冷えたか? ならばさっさとライトレス領に戻れ』

 

「…なんで? そんなに私に会いたいの?」

 

『天空都市の所在が分かった』

 

「っ!?」

 

 リルカは驚きのあまり勢い良く起き上がり、腹部に乗っていた剣魚が床に転がり落ちた。

 

「嘘…なんでロー君が…?」

 

『説明は会って直接話す。さっさと戻って来い』

 

「うんっ、すぐ戻る」

 

 リルカは急ぎ涙を拭い、シギルの元へ走った。

 

 そうして間も無く、飛空艇は進路を変え、ライトレス領に向けて急発進する。

 

「ど、どうしたリルカ! 手ぇ血塗れじゃねーか!?」

 

 そんな騒がしいシギルの声を船内に響かせながら、飛空艇は最高速度で飛行する。

 

 

 場所はライトレス家の別邸。

 

 ローファスの呼び出しに応じ、即帰還した《緋の風》は、客間では無くローファスの執務室に通されていた。

 

 書類仕事をするローファスの前には、リルカ、シギル、ホークの三人が立っている。

 

 あまり大人数で押しかけてはなんだと、他のメンバーは飛空艇に残っていた。

 

 ローファスは書類にサインやライトレスの紋章印を押しながら、視線すら合わせずに応対する。

 

「来たか。暫し待て。もう終わる」

 

 言いながらも物凄い速度で手を動かし、瞬く間に書類の山は片付けられた。

 

「ユスリカ、これらをカルロスの元に」

 

「畏まりました、ローファス様」

 

 処理された書類の山を、ユスリカは軽々と持ち上げ、執務室を後にする。

 

 ローファスは漸く終わったとばかりに肩を回す。

 

「待たせた。呼び付けておいて悪かったな」

 

「あー、いや、それは全然…」

 

 代表する様にシギルが答え、ローファスが立ち上がった姿を見て僅かに目を見開く。

 

「背、伸びたっすね。ローファスさん」

 

 驚いた様に呟くシギル。

 

 ホークも同様に驚いていた。

 

 リルカだけは自身の影に潜んでいた使い魔を介して連絡を取る事はあったものの、ローファスと直接顔を合わせるのは約二年振りの事だ。

 

 ローファスは既に14才、来年は成人の年であり、学園の入学を控えている。

 

 その身長も、12歳の頃は140cm程だったが、この二年で170cm程度にまで伸びていた。

 

「おっきくなったねー…」

 

 ふと、リルカの口から、まるで久々に会った近所のお姉さんの様なテンションの言葉が出た。

 

 リルカも多少は身長が伸びたが、元々小柄というのもあり、ローファスの前に立つと見上げる形となる。

 

 ローファスはじっとリルカを見据え、手を伸ばすとそのまま華奢な身体を抱き寄せた。

 

「わぷ!? ちょっ、ローくん!?」

 

 ローファスは驚きの声を上げるリルカを宥める様に優しく抱き締める。

 

 そしてローファスはその視線を、目を丸くするシギルとホークに向けた。

 

「恋人同士の久々の再会だ。こう言う時は普通、空気を読んで二人きりにするものではないか?」

 

「ちょ、ロー君!?」

 

 思わず顔を赤らめるリルカ。

 

 ジトっとした目をローファスに向けられ、シギルとホークは慌てて執務室から出ようとする。

 

「そ、そうだな! 悪い、気が利かず!」

 

「リルカ、今晩は七面鳥だな」

 

 露骨に顔を背けるシギルに、ニヤリと笑いサムズアップをするホーク。

 

 扉はバタンと閉じられ、執務室にはローファスとリルカの二人きりになった。

 

 

 抱き締められるリルカは、若干頰を染めながらローファスを見上げる。

 

「…珍しいね、ロー君からこんな事」

 

 今まではリルカから抱きつく事はあっても、ローファスからと言うのは無かった。

 

 どんな心境の変化が、と不思議に思うリルカ。

 

 しかしローファスは次の瞬間、密着するリルカの華奢な身体を、ぺいっと引き剥がした。

 

「さて、天空都市の話だ」

 

「あー…やっぱ変わらないねロー君は」

 

 人払いは済ませたとばかりに本題に入るローファスに、リルカは呆れ半分に溜息を吐く。

 

「所在が分かったって本当なの? 私達がどれだけ探しても見つからなかったのに…」

 

「だろうな」

 

「…?」

 

 何処かうんざりした様に言うローファスの、その言葉の意味が分からず、リルカは首を傾げる。

 

「どうやら、天空都市は何かしらの意思により動いているらしい。貴様等に見つからぬよう、逃げ回っているのだそうだ」

 

「…は?」

 

 天空都市が意思を持って動く、そんな話をされ、リルカは眉を顰めた。

 

 天空都市シエルパルクは、かつて繁栄していた古代人が残した遺跡である。

 

 完全自立化した浮遊動力により、文明が滅びた後も空を飛び続けている。

 

 それを操作する術も廃れており、現代の人間には操作する事は出来ない。

 

 ローファスの言葉は、あまりにも荒唐無稽な話だ。

 

 そもそもローファスは何処でその情報を得たのか。

 

 ふと、リルカは今となっては大して役に立っていない風神の導を思い出す。

 

 ローファスは六神の使徒の一人。

 

 ローファスもリルカと同様に、六神から情報を得たのかも知れない。

 

「まさか、ロー君にも六神からの導があったの?」

 

 ローファスは首を横に振り、否定する。

 

「いや、六神からの接触は今の所無い。情報の出所は聖女だ」

 

「せっ!?」

 

 ローファスの口から意外な人物が出た事に、リルカは目を剥く。

 

「聖女って、フランちゃん!?」

 

「…聖女は一人しかいないだろう」

 

「いやいやいや、なんでロー君とフランちゃんが…」

 

「少し縁があってな。うちで作っている蜂蜜を手土産に持って行った事があるのだが、それをいたく気に入ったらしく…以来持って来いとせがむのだあの甘党。今では偶に茶会をする仲…いや、そんな事はどうでも良い」

 

「いや、なにを良い所で止めてんの。めっちゃ気になるんだけど?」

 

「今は天空都市の話だろう?」

 

 呆れ顔のローファスに、リルカは何処か納得出来ない顔でムスッとする。

 

「…後で詳しく話してよ」

 

「ああ、()でな」

 

 かつてのギラン邸で似た様なやり取りをした事を思い出し、ローファスはその意趣返しの様にニヤリと笑う。

 

 リルカもそれに気付いたのか、やや不満そうな顔を見せつつも息を吐く。

 

「しっかしフランちゃんかー」

 

「寧ろ、何故真っ先に頼らなかった」

 

「いやいや、相手は聖女だよー? 空賊の私が行っても話なんか聞いてくれないよ。ワンチャン捕まるし」

 

「まあ、それもそうか」

 

 確かに、と納得するローファス。

 

 

 物語において、天空都市の存在が明るみになった経緯には、聖女フランが深く関わっていた。

 

 それは、聖女フランの特殊な力によるもの。

 

 《神託》。

 

 それは神の声を聞く事が出来る特殊なスキル、分類上は神聖魔法とされている。

 

 聖女を教会の象徴たらしめる稀有な力。

 

 最高峰の治癒魔法の担い手であるユスリカを差し置いて、フランが聖女になった理由。

 

 《神託》は実に気紛れなもので、なんの前触れも無くお告げとして神の声を聞く事があれば、フラン自らが問い掛ける事でその回答を得る事もある。

 

 神の気紛れか回答されない場合もあるが、何れにせよ《神託》による神の言葉は限り無く絶対に近い。

 

 《神託》により導き出された予言や予知は、これまでに外れた事が無い。

 

 六神教を掲げる教会は、これを六神の言葉としているが、何れにせよそれは正しく人知の及ばぬ上位者の言葉に相違無い。

 

 物語に於いては、聖女の《神託》に助けられる場面が多々あった。

 

 そのうちの一つが、天空都市の存在発覚だ。

 

 四魔獣、巨大なグリフォンである戮翼デスピアは、多くの鳥系統の魔物を率いて村や町を襲撃し、多くの被害を出していた。

 

 しかしデスピアは、いざ戦闘となると空へと羽ばたいて逃げる為、地上では討伐する事が出来ないでいた。

 

 そこで聖女フランは《神託》により、戮翼デスピアの根城である天空都市シエルパルクの存在を見出し、所在を特定して見せた。

 

 そしてその上で、天空都市に辿り着くのに必要な飛空艇と、空賊(緋の風)の存在を示した。

 

 《神託》により道が示された事で、アベル達主人公勢力は《緋の風》と出会い、飛空艇により天空都市に乗り込んでデスピアを討伐する事が出来た。

 

 夢によりその知識を得ていたローファスは、中々天空都市を見つけられないでいる《緋の風》に痺れを切らし、聖女を頼った。

 

 本来《神託》は教会本部の許可無くしては使用を禁じられているのだが、聖女はこれを快く承諾。

 

 此度の《神託》の行使は、当然だが教会には内密に行われた。

 

 ちょっと教会を裏切る程度で上級貴族に貸しを作れるなら、安いものです——これは聖女フランの言葉。

 

 俗な言葉ではあるが、元より教会に対し良い印象を持っていないローファスからすれば、それには好感が持てた。

 

 聖女フランが《神託》から得た天空都市シエルパルクの情報は、非常に有益なものであった。

 

 分かったのは天空都市の正確な位置と、天空都市が飛空艇から逃げる様に動いていると言う事——それはまるで、何らかの意思を持つかの様に。

 

 何故逃げているのか、そもそもどうやって高速で飛び回る飛空艇を捕捉しているのか。

 

 疑問は尽きないが、詳しい情報を言わないのも《神託》の特徴である。

 

 

 ローファスは《神託》で得た天空都市の情報を、リルカに共有した。

 

「成る程ね…」

 

 情報を一頻り聞いたリルカは暫し無言で考え込む。

 

 長い沈黙の末、リルカはチラリとローファスの左腕を見た。

 

 確かな実体があり、それが暗黒腕《ダークハンド》では無い事に気付いたリルカは目を丸くする。

 

「あれ、左腕治った?」

 

「今更だな貴様は」

 

 ローファスの呆れた様な声が執務室に木霊した。

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