悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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56# 三人目

 コンコン、と執務室の扉が控えめにノックされた。

 

「…失礼します。お取り込み中ですか?」

 

 声の主は女中のユスリカ。

 

 ローファスとリルカは顔を見合わせる。

 

 思えば、シギルとホークを追い出してからもう随分と話し込んでいた。

 

「入れ」

 

 ローファスの言葉に、ユスリカが扉を開けた。

 

 開かれた扉の外より、シギルとホークがジロジロと覗き込む。

 

 ユスリカは部屋に入るなり、ローファスとリルカの衣服に視線を向ける。

 

 それは所謂、乱れが無いかの確認。

 

「…なんだ」

 

「いえ。外の方々より“お取り込み中”と伺ったもので」

 

「話をしていただけだが?」

 

「その様ですね。浴室と寝室の準備は必要で?」

 

 ユスリカの言葉に、リルカは「なっ」と顔を赤らめる。

 

 それにローファスは「ククッ」と喉を鳴らして笑う。

 

「そうだな、準備を頼む」

 

「ちょ、ロー君!?」

 

 ローファスのまさかの承諾に、リルカは目に見えて狼狽える。

 

 そんなリルカの様子に、ローファスは悪戯が成功した悪ガキの如く腹を抱えて笑った。

 

「何を焦っている馬鹿者。気付け。貴様は揶揄われているのだ、リルカ」

 

「からか…え?」

 

 リルカの視線を受けたユスリカは、澄まし顔で肩を竦めて見せる。

 

「いやいや…分かんないでしょそんなの」

 

 リルカとユスリカは初対面と言う訳ではない。

 

 ステリア領にて一度顔を合わせた事があり、その際、ローファスと共に血染帽より受けた傷の治療を受けている。

 

 しかし直接言葉を交わした事は無く、関わりも殆どと言って良い程無い。

 

 こんな茶目っ気のある人だったのか、とリルカはユスリカをまじまじと見る。

 

 ピクリとも笑わないユスリカに、リルカは揶揄うなら少しは笑えよ、とも思う。

 

 そんなリルカの視線を尻目に、ユスリカはじっとローファスを見据える。

 

「また、何処かへ行かれるので?」

 

「…よく分かったな。止めるか?」

 

「止めて欲しいのですか? 止めた事は数あれ、止まって頂けた事は一度として無かったと記憶しておりますが」

 

 ユスリカは何処か呆れ顔で溜息を吐き、そっとローファスに近付き、その襟元を整える。

 

「無事に戻って頂ければそれで良いです」

 

 そしてさり気無く、ローファスの懐に術式が込められた護符を忍ばせる。

 

「治癒の護符です。お守り程度にお持ち下さい」

 

「…使わんと思うぞ?」

 

「使わないに越した事はございません」

 

 ユスリカは半目でローファスを睨みつつ、そのネクタイをキュッと少しキツめに締める。

 

「それとも、護符ではなく私を連れて行かれますか?」

 

「…お前を連れて行って、誰がカルロスに説明するのだ?」

 

「そうですね。今日もカルロス様にどやされると致しましょう」

 

 溜息混じりに肩を竦めるユスリカ。

 

 ローファスが無断で出かけるのは今に始まった事ではないのか、ユスリカもいつもの事と言った調子だ。

 

「ではローファス様、ご武運を」

 

「ああ。直ぐ戻る」

 

 ユスリカに送り出される形で、ローファスは《緋の風》と共にライトレス領を発った。

 

 行き先は天空都市シエルパルク。

 

 その所在を知るローファスの道案内の下、飛空艇は空を駆ける。

 

 *

 

 王国より西側に位置する大国——聖竜国。

 

 聖竜国は、その名にもある通り、竜と密接な関係にある国だ。

 

 魔法国家である王国、科学と錬金術の国である帝国、そして聖竜国は、人と竜が共に生きる国である。

 

 家畜化された下級竜が労働を担い、人はそれを使役する竜魔法と言う特殊な魔法を扱う。

 

 竜魔法の高位の術者は、竜との対話を可能とすると言われている。

 

 ステリア領の騎士が行う飛竜《ワイバーン》の使役も、元は聖竜国の技術だ。

 

 そんな聖竜国だが、国土の殆どが森と山で囲まれている。

 

 《神託》にて示された天空都市の所在は、その聖竜国の山岳地帯だ。

 

 聖竜国の北に広がる山岳地帯、その奥にある霊峰。

 

 霊峰は天を貫く程に高く、その頂上は雲の上に聳える程。

 

 伝承では、この霊峰には最高位の古龍が住まうとされている。

 

 そして天空都市があるのは正に、この霊峰の頂上付近の雲の上。

 

 

 飛空艇イフリートは、紅のエンジンを吹かせながらかの霊峰に向かっていた。

 

「聖竜国かぁ…」

 

 甲板で風を浴びながら、リルカが呟く。

 

 それに、隣に立つローファスは溜息を吐く。

 

「寄り道はせんぞ。目的は魔晶霊(クリスタルゴースト)の使い魔化だ」

 

 魔晶霊(クリスタルゴースト)——魔素濃度の高い環境で長い年月晒されて生まれるゴーストの変異体。

 

 所謂、死体の残るゴーストである。

 

「分かってるよー。ただ…思い入れが無い訳じゃないからさ」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 懐かしそうに、そして何処か切なげなリルカに、ローファスは肩を竦める。

 

 リルカにとって——否、アベル達主人公勢力にとって、そこは忘れられない場所である。

 

 聖竜国は、物語四章、そして最終章である五章の舞台となる場所。

 

 最終章にて、ラスボスである復活した《闇の神》との決戦の場でもあった。

 

 物語の中でも、非常に重要な場所である。

 

「殺された後の話だ。正直、俺からすれば実感に欠ける」

 

「そっか…そうだね。私達、ロー君を殺したんだもんね」

 

 しみじみと言うリルカは、そのままローファスの肩にもたれ掛かる様に身を預ける。

 

「世の中何が起きるか分からないね。私達はかつて殺し合った間柄の筈なのに、それが今では、振りとはいえ恋人同士だよ?」

 

「貴様が始めた事だろうが」

 

「あはは、まーね」

 

 面倒そうに言うローファスに、リルカは乾いた笑みを見せる。

 

「…所でさ。ユスリカって女中さん、まるで夫の帰りを待つ妻見たいな雰囲気じゃなかった? 距離もなんか近い気がしたし…私達一応恋人だよね。浮気じゃないこれ?」

 

「さり気無く“振り”を抜くな。一応でも恋人でも無い。それに、ユスリカはただの女中だ」

 

「本当にー?」

 

「…妙な邪推をするのだな。仮にユスリカと俺がそう言う関係だったとして、貴様には関係無いだろう」

 

「…関係、あるかもって言ったら?」

 

「あ?」

 

 どう言う意味だ、ローファスがそう言及しようとした所で、超広範囲に展開されている魔力探知が反応を示した。

 

 その魔力反応は、まるで飛空艇の後を追跡する様に飛んでいる。

 

 それも目視出来ない程離れた距離から。

 

「…どうかしたの?」

 

 ローファスの様子に違和感を覚えたリルカが、顔を近付ける。

 

 ローファスは鼻を鳴らし、そっとリルカから離れた。

 

「…天空都市は、何者かの意思により動いている。まるで飛空艇から逃げる様に」

 

「う、うん。フランちゃんの《神託》で分かった事だよね」

 

「それはつまり、その何者かは、飛空艇の動きを捕捉していると言う事だ。でなければ、飛空艇から逃げる事など出来ん。俺が着目したのは、その捕捉方法だ。俺は飛空艇に乗ってから、半径10km程度の範囲に魔力探知を放っていた」

 

「10、キロ…!?」

 

 さも当たり前の様に言うローファスに、リルカが顔を引き攣らせる。

 

 高位の魔法使いでも、100m先の魔力探知が出来れば非常に優れているとされている。

 

 それはローファスの無尽蔵とも言える魔力量があるからこそ出来る芸当ではあるが、如何にそれが出鱈目であるか、上級の魔法を修めるリルカだからこそ分かってしまう。

 

 ドン引きするリルカだが、それに対してローファスは何処か失望した様に肩を竦める。

 

「その捕捉方法だが、どうやら野鳥を魔力で使役してこの飛空艇を追跡しているらしい。索敵に引っ掛かった魔力反応が魔物にしては弱過ぎる」

 

「野鳥…? 野鳥が、飛空艇の最高速度に付いて来てるの…?」

 

「魔力で強化して飛行速度を上げているのだろう。別に驚く程の事ではない」

 

「そ、そうかなぁ…?」

 

 何処か納得出来ない様子のリルカ。

 

 ローファスは失望した様に目を細める。

 

「使い魔を使役しての飛空艇の捕捉…俺が想定していた中で最も稚拙で杜撰な手段だ。俺を相手にしてこの低レベルなやり口、馬鹿にしているのか」

 

「いやいや、実際私達は全然気付かなかったし。そんな馬鹿みたいな範囲の魔力探知なんてローファス君位にしか出来ないでしょ。相手も想定外だったと思うけど」

 

「…貴様、気付いていないのか」

 

「…え?」

 

 何処か呆れた様子のローファスに、リルカは眉を顰める。

 

「現状、天空都市に辿り着く方法は飛空艇しかない。その飛空艇の所在さえ把握出来れば、天空都市は先回りして逃げる事が出来る。今正に、我々がされている事だ」

 

「そ、そうだね」

 

「天空都市を操る者は、何故それを知っている? 天空都市に辿り着く手段が、飛空艇しか無い事を」

 

「…ぁ」

 

 リルカは目を見開く。

 

 ぞわりとした悪寒が、リルカの背筋をなぞる。

 

 天空都市に辿り着く手段は飛空艇しかない。

 

 それは物語を通して見ても明らかな事実。

 

 しかしそれは、逆を言えば物語を通して得られる知識でもある。

 

 天空都市を操る者は、明らかに飛空艇の存在を警戒し、対策している。

 

 その事実は即ち、一つの結論に結び付く。

 

「天空都市を操る者は、俺や貴様と同様に未来の知識を持っている」

 

 断言するローファス。

 

 リルカの頬を、嫌な汗が流れた。

 

 

「そんな…! 未来の知識って、つまり使徒って事…!?」

 

 驚きの声を上げるリルカ。

 

 ローファスはそんなリルカを見据える。

 

「問題はそれだ。貴様の言う六神の使徒——未来の知識を持つ者はその六人だけなのか?」

 

「それは…分からない。でも未来を知るなんて、それこそ神の力でも無いと…」

 

「風神には聞けないのか」

 

「風神は、導——風を吹かせるだけで言葉で何かを伝えて来る事は無いんだ。話をしたのも、前回世界が滅亡した時だけだし。それに…最近はその導も、全然無くて…前は話し掛ければ風を吹かせて返事してくれてたのに、それも無いし…」

 

「風神の反応が無い…? 神を名乗る者が、肝心な時に役立たずとはな」

 

 吐き捨てる様に言うローファスに、リルカは肩を落とす。

 

「…ごめん」

 

「何故貴様が謝る。貴様に謝られても現状は変わらん」

 

 ローファスは「それに」と続ける。

 

「天空都市を操る者の目処は付いている」

 

「はっ!? うそ、誰!?」

 

 驚くリルカに、ローファスは面倒そうに空の彼方を指で指して示す。

 

「順を追って説明してやる。先ず、この先に先程話した野鳥が五羽、飛空艇に並走して飛んでいる…大体1kmは先だ、目を凝らしても目視は出来んぞ」

 

 目を細めて野鳥を探すリルカに、ローファスは呆れる。

 

「鳥を使役する…貴様からしても覚えのあるやり口ではないか?」

 

「鳥……あ、デスピア!」

 

 ローファスは頷く。

 

 物語に於いて、四魔獣の一角である戮翼デスピアは、無数の鳥の魔物を従えて王国の村や街を襲っていた。

 

「デスピアが、天空都市を操る者…な訳無いよね。なら…いや、ちょっと待って、まさか…」

 

 リルカは天空都市を操る者の正体に気付き、戦慄する。

 

 四魔獣を操る事ができる者は、この世でただ一人。

 

 四魔獣の主——

 

「魔王…!? いや、でも…魔王は未だ復活してない筈じゃ…」

 

 狼狽えるリルカ。

 

 伝承では遥か昔、魔王は《闇の神》と共に封印された災厄の一柱とされている。

 

 そんな魔王の封印が解け、復活するのは物語一章の終盤。

 

 つまり、現在よりも一年以上先の話だ。

 

 魔王が復活した際には、空が赤黒く変色し、世界中の魔物が凶暴化する《カタストロフ》が引き起こされた。

 

 現状その様な兆しは無く、それはつまり、魔王の復活は未だであると言う事。

 

「確かに《カタストロフ》は起きていない。しかし、魔王復活の前段階として四魔獣が現れた筈だ。よく考えろ、そもそも四魔獣とは何だ。その発生は、奴らは具体的にどの様にして生まれた?」

 

「それは…分からない、けど」

 

 四魔獣の起源、その詳細をリルカは知らない。

 

 ローファスが見た未来の夢——物語でもそれについての言及は無かった。

 

 四魔獣は突如として現れ、王国全土に被害を齎した。

 

 聖女フランによる《神託》により、四魔獣の出現は魔王復活の予兆であるとされた。

 

 それは間違いでは無いのだろうが、正確では無い。

 

 それがローファスの見立て。

 

「四魔獣はさも突然現れたかの様に言われているが、正確には違う。四魔獣となる前の魔物が居た筈だ」

 

「四魔獣になる前の魔物…? 四魔獣は四魔獣じゃないの?」

 

 リルカの疑問に、ローファスは首を横に振り否定する。

 

 事実としてローファスは、海魔ストラーフになる前と思われる特大クラーケンと遭遇している。

 

「ストラーフを覚えているか」

 

「直接見た訳じゃないけど、アベルから話は聞いたよ。小島位の大きさのクラーケン、だよね。戦艦の砲撃で倒したとか言う」

 

「…そう言えば、ストラーフ戦の時は未だ貴様はパーティ入りしていなかったか」

 

「んー…なんかそれをロー君の口から聞くと違和感凄いけど…そうだね」

 

「まあ良い。二年前、俺はストラーフのモデルとなったクラーケンと遭遇している。三百年もの間、魔の海域に居座っていた《船喰い》だ」

 

 リルカは目を細める。

 

「《船喰い》の悪魔…? それが、四魔獣になったって言うの?」

 

「状況から見るに、な。三百年魔の海域に引き篭もっていた奴が、突然巨大化して四魔獣として人里に被害を出す様になった。何かしらの介入を疑うのは自然だ」

 

「誰が…って、疑問は野暮だね」

 

「魔王本人か、魔王に連なる者だろう。そして、その魔王が六神の使徒とは到底思えんのだがな。まあ、俺が言うのも何だが」

 

「そう、だね…」

 

 魔王もローファスも、物語に於いては明確な人類の敵だった。

 

 六神が世界を巻き戻した目的は、風神曰く終焉を迎えない未来を模索する為。

 

 その為の使徒の選定に、果たして人類に仇なした存在を選ぶだろうか。

 

 そしてローファスの疑問はもう一つ。

 

 終焉を迎える未来の模索、ここだけ聞くと随分と抽象的だが、風神は《闇の神》を滅ぼすのに使徒六人が必要であり、誰一人として欠かしてはならないと言う、かなり具体的な方針を出している。

 

 ローファスは思う、きな臭い、と。

 

「六神が胡散臭いと感じるのは、俺が無神論者だからか…?」

 

「あー…確かにロー君、オレ様系だもんね。神様とか信じなさそう」

 

「オレ様系…何だその頭の悪そうなジャンルは…」

 

 ローファスは眉を顰めつつ、ふと野鳥の飛ぶ方角に目を向ける。

 

「消しておくか」

 

 ローファスの影が甲板に広がり、その中から海洋竜が頭を出す。

 

 そしてローファスが捕捉している五羽の野鳥を、暗黒のブレスを放ち消し飛ばした。

 

 続いて海洋竜は、首を伸ばして四方八方、あらゆる方向に暗黒ブレスを連射する。

 

「ちょちょちょ! な、何してんの!?」

 

 突然の事に驚いたリルカが、ローファスのコートの裾を掴む。

 

 ローファスは何でも無いかの様に答えた。

 

「この飛空艇を追跡していた野鳥は五羽だが、他にも魔力を持つ野鳥が至る所にいるからな。取り敢えず半径10km圏内の野鳥を全て殺す」

 

 ローファスの脳筋過ぎる思考と、それを実現可能にする膨大な魔力。

 

 リルカはそれを改めて認識し、目眩を覚えながらも静かに呟く。

 

「そっか。そっかぁ…」

 

 掠れる様なその呟きは、連発されるブレスの音に掻き消された。

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