悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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59# 戮翼

 戮翼デスピアは、妙な違和感を覚えていた。

 

 飛空艇は確かに消し飛ばした。

 

 目障りな暗黒魔法を使う黒い魔法使い——ローファスも、既に肉片すら残っていない。

 

 勝利した筈、なのにデスピアはざらついた感覚が拭えないでいた。

 

 デスピアは魔力感知を使えない。

 

 その代わりに、特定の感覚が非常に優れていた。

 

 それは空気の流れを感じる感覚。

 

 この感覚が優れていたからこそ、不可視化と魔力遮断による隠蔽魔法が施されていた飛空艇をいち早く見つけ出す事が出来た。

 

 大気を切り裂きながら、自身の縄張りに土足で踏み入って来た不可視の侵入者。

 

 それは仇敵たる“紅き鉄の鳥”だった。

 

 

 デスピアには時折、天の声が聞こえる事があった。

 

 天の声は、デスピアに餌の取り場を教えた。

 

 天の声は、デスピアに強力な“力”を与えた。

 

 そして天の声は、デスピアに忠告した。

 

 “紅き鉄の鳥”が根城を狙っている、と。

 

 デスピアがまだ雛だった頃より住まう天の城。

 

 それを狙う輩が居る。

 

 デスピアは、まだ見ぬ“紅き鉄の鳥”に対して怒り狂った。

 

 天の声は、デスピアに知恵を与えた。

 

 野鳥を操る術と、その扱い方を。

 

 天の声より与えられた“力”により無数の野鳥を操り、デスピアは世界屈指とも言える程の超広範囲索敵能力を得た。

 

 それにより、世界を飛び回る“紅き鉄の鳥”の所在を逐一把握する事が出来た。

 

 もしも根城に来ようものなら、自慢の鉤爪でもってバラバラに引き裂いてやる。

 

 デスピアはその心積もりだったが、待てど“紅き鉄の鳥”の姿を見る事は無かった。

 

 まるで“紅き鉄の鳥”を避けるように、根城たる天の城が動いていたからだ。

 

 デスピアは思った。

 

 きっと天の声は、天の城に宿る神の声なのだろうと。

 

 そんなある日の事、使役している野鳥が一部で一斉に消息を絶った。

 

 そのうちの数羽は、“紅き鉄の鳥”を捕捉している最中だった。

 

 きっと“紅き鉄の鳥”が何かをしたのだ。

 

 デスピアは野鳥による索敵を継続的に行いながら、最大限の警戒をしていた。

 

 そんな中で現れた不可視の侵入者。

 

 隠蔽魔法により近付き、一息に握り潰そうとしたが、逃げられた。

 

 姿を現した“紅き鉄の鳥”の背に、黒い魔法使いの姿が見えた。

 

 目が合っただけで、デスピアの本能が最大限の警鐘を鳴らした。

 

 この人間は危険だ、と。

 

 確かに黒い魔法使いは強かった。

 

 訳も分からぬままに、身体が切り刻まれた。

 

 しかし、天の声から得た“力”は、その黒い魔法使いの力以上のものだった。

 

 デスピアの本気の一撃により、黒い魔法使いは“紅き鉄の鳥”諸共消し飛ばす事が出来た。

 

 高密度に圧縮した大気を叩き付け、山々を地形ごと更地に変えた。

 

 逃げ場も無く、防ぐ手立ても無いデスピアの必殺の一撃。

 

 勝利の咆哮を天の城に捧げるが、しかしデスピアの気分は晴れなかった。

 

 未だ漂う暗黒の霧、それが混ざった空気のざらついた感覚が酷くデスピアの気に障った。

 

 そしてどう言う訳か、デスピアの本能がまだ終わっていないと告げていた。

 

 ふと、デスピアは空気の流れに違和感を覚え、上を見上げる。

 

 そこには暗黒の霧を集めて足場にする、黒い魔法使い——ローファスの姿があった。

 

 ローファスは口角を上げ、好戦的に笑っていた。

 

 

 デスピアはこれ迄に無い程の怒りの咆哮を上げる。

 

 その目は明確な敵意に溢れており、その翼に翡翠の魔力を纏わせた。

 

 今回は両翼では無く片翼。

 

 片翼により繰り出されるデスピアの大技、それをローファスは知っている。

 

 “凪断ち”。

 

 極大の風の斬撃を放つ技。

 

 範囲こそ“天蓋墜し”には劣るが、威力が一点に集中している分、その破壊力はデスピアが有する技の中で随一。

 

 それに魔鯨の白熱線並の力が込められているとするなら、それは森羅万象あらゆるものを切り裂く最強の刃となるだろう。

 

 ローファスはそれに余裕を崩さず、しかし悩むように顎に手を当て、首を捻る。

 

「最悪“御業”があるが…あれは一応禁術扱い。貴様の様な存在が現れる度にぽんぽん使っていたのでは骨が折れる。それにここは聖竜国の地、下手をすれば国際問題になるな」

 

 現状、ローファスの魔力残量は総量の八割まで戻っている。

 

 ローファスの魔力総量の約五割と言う膨大な魔力を消費する“御業”を使用したとしても、前回の様に魔力枯渇には陥らない。

 

 しかしながら、ローファスにとって“御業”は、最終手段としても余り使いたくはないライトレス家の秘奥。

 

 魔鯨を相手にした際には攻略の糸口が掴めず、その上重傷を負っていた為、止むを得ず使用した。

 

 だが今回は違う。

 

 魔鯨と言う前例もあり、その上魔力は十分。

 

 前回とは違い、ローファスには余裕と情報があった。

 

 魔鯨や今回のデスピアは、脅威となる点が幾つもある。

 

 強固な魔法障壁然り、広範囲且つ超高威力の固有能力然り。

 

 そのいずれも強力なものだが、その中でも最たる力は、その不死身とも言える高速治癒力。

 

 即死級の傷を与えても即座に回復し、しかもその再生限界が見えない。

 

 しかしながら、如何に不死身とも言える再生力があろうとも、真に不死ではない事は魔鯨を殺したと言う事実が証明している。

 

 再生限界が見えないだけで、再生限界が無い訳ではない。

 

「詰まる所、魔法障壁を突破して、殺し続ければ良いのだろう? 再生限界を迎えるその瞬間まで」

 

 ローファスが何を言っているのか、デスピアは理解出来ない。

 

 しかし、恐ろしく不穏な言葉を発しているのだけは察せられた。

 

 デスピアの本能が、今すぐ逃げろと最大限の警鐘を鳴らす。

 

 しかしデスピアは、その恐怖を払いのける様に、翡翠の魔力が宿る翼を振り下ろした。

 

 ローファスの佇む天に向けて放たれたのは、超高密度に圧縮された大気の斬撃。

 

 それは、この世に切れぬものが無い程に研ぎ澄まされた刃。

 

 山々を更地に変えた膨大な破壊力を、一筋の斬撃に凝縮したもの。

 

 それに相対するローファスは、顔色一つ変える事無く、その斬撃を退屈そうに眺めていた。

 

「興醒めだな…魔力だけは大したものだが、込められた術式は酷く杜撰。魔力に引っ張られて威力が底上げされただけの無様な魔法だ。所詮は畜生の業か」

 

 失望した様にそう呟き、指輪の仕込み刃で切った指から血を垂れ流す。

 

「——《生者を拒む禊の門》」

 

 ローファスが発動したそれは、詠唱破棄による古代魔法。

 

 禍々しい暗黒の瘴気を纏う漆黒の門が、足場も何も無い上空に出現する。

 

 水平に現れた漆黒の門は、重力に誘われる様に、真下のデスピア目掛けて落下する。

 

 下から放たれた“凪断ち”と、落下する《生者を拒む禊の門》が衝突した。

 

 響き渡る衝突音、迸る衝撃。

 

 空の斬撃と漆黒の門、拮抗したのは刹那にも満たぬ僅かな間。

 

 直後、凄まじい魔力爆発が起き、魔力波が山々を駆け抜ける。

 

 術式が焼き切れ、魔力が無数の光の帯となって地上に降り注ぐ。

 

 キラキラと光る魔力の輝き。

 

 その光の帯を突き破り、漆黒の門が落下する。

 

 ただ唖然と見上げるデスピアは、間も無く漆黒の門に押し潰された。

 

 

 《生者を拒む禊の門》は、ローファスが知る中でも右に出るものが無い程の、最高の防御性能を誇る魔法である。

 

 暗黒属性である性質上、光属性を始めとして火属性、雷属性等と相性不利は多くあるものの、それでも数ある属性魔法の中で最上級の防御魔法であるのは間違い無い。

 

 魔力により生み出された擬似的仮想物質である暗黒が、超高密度に圧縮された事により、常軌を逸する程の硬度にまで昇華されたものだ。

 

 暗黒が高密度に圧縮されている特性上、その質量、重量は見た目以上のものがある。

 

 それは、巨大グリフォンであるデスピアを、容易く圧し潰す程の重量。

 

 

 デスピアは門の落下に巻き込まれる形で地上に叩き落とされた。

 

 そして絶えず上からのし掛かる重圧に、しかしデスピアは驚異の再生力にて圧し潰された先から再生を繰り返し、辛うじて原型を留めていた。

 

 デスピアの膨大な魔力を以ってしても、超重量である漆黒の門を押し除けるだけの力は発揮出来ず、地上に縫い付けられた様に動けない。

 

 しかしデスピアは、そんな状態でも戦意を失わず、甲高い咆哮を山々に響かせた。

 

 魔力が宿ったその咆哮は、苦し紛れの雄叫びではなかった。

 

 デスピアの咆哮が響き渡った山々から、まるで山彦の如く無数の咆哮が返って来る。

 

 そして周囲の山々より、翼の羽ばたく音と、無数の飛翔する影が天を覆う。

 

 それは膨大な数の飛竜《ワイバーン》、聖竜国の山岳地帯に棲息する多種多様の下位の竜種。

 

 見渡す限りの竜種の群が、デスピアの叫びに応じる様に迫っていた。

 

 そんな光景に、ローファスは驚いた様に僅かに目を見開く。

 

「竜種まで操れるのか…」

 

 物語では鳥系統の魔物の群を使役していたが、今回操っているのは竜種。

 

 それは元々そう言う力を持っていたのか、或いは翡翠の魔力により強化されている影響か。

 

 いずれにせよ、竜種を支配下に置いているのは事実。

 

 ざっと見る限り上位の竜種の姿は無いが、それでも魔物の中でも強力とされる竜種。

 

 例え下位竜でも、一頭一頭が並の魔物とは一線を画する力を有する。

 

 そんな竜種が、数えるのも億劫になる程の膨大な群を成して迫って来ている。

 

 それは正しく、数の暴力。

 

 ローファスは舌打ちしつつ、竜種の群に応じる様に無数の魔法陣を展開する。

 

 それは膨大な数の暗黒球《ダークボール》や暗黒槍《ダークランス》等の暗黒魔法の弾幕の予備動作。

 

 とは言え、相手は魔法耐性の高い竜種の群。

 

 これで全滅させるのは難しいだろうが、半分も削る事が出来れば儲けもの。

 

 そんな事を考えながら、ローファスは竜種の群に向けて弾幕を放とうとした。

 

 しかしそれに先んじる様に、飛空艇より魔力の波動が迸る。

 

 ——《拗れ狂う大気(テンペスト)鏖旋波状(おうせんはじょう)

 

 飛空艇を中心に、膨大な数——億に届き得る数の風の刃が渦を描きながら上空を埋め尽くす。

 

 膨大な数の風の刃が、迫り来る竜種の群を片っ端から切り刻んだ。

 

 それはリルカによる上級風属性の広範囲殲滅魔法——それを独自の解釈により術式を組み替え、規模と殺傷力を大幅に上げた応用魔法。

 

 先程デスピアが放ったものとは、比べるのも烏滸がましい程の高等技術。

 

 ローファスが驚き見入る程の、洗練された魔法だった。

 

 ローファスはふと、飛空艇の甲板に立つリルカと目が合った。

 

 膨大な魔力を消費するのか、リルカは額に浮かべた汗を拭いながらローファスを見据え、グッと親指を突き上げる。

 

 ——こっちは任せて。

 

 声が届く様な距離でもないが、ローファスにはそう聞こえた気がした。

 

 ローファスは楽し気に口角を釣り上げる。

 

「はっ! やるではないかリルカ。手放しに賞賛しよう。流石は未来で《闇の神》を殺したパーティの一人だ」

 

 竜種の群をリルカが抑えた事により、ローファスはデスピアに専念出来る。

 

 漆黒の門により押さえ付けられ、どうにか抜け出そうと身を捩らせるデスピアを、ローファスは見下ろす。

 

「殺しても死なぬなら、殺し続けるだけだ。デスピア、確か貴様は炎が効くのだったな」

 

 ローファスは漆黒の門の上に降り立ち、デスピアが物語にて、アベルによる火属性の技を受けて大ダメージを負っていたのを思い起こす。

 

 デスピアは特別火属性が弱点と言う訳でもないのだが、耐性が無いのもまた事実。

 

 ローファスの影より、黒炎を纏う巨大な骸骨——ダンジョン《幽鬼洞》で使い魔化した守護者《ガーディアン》、鬼火公《イグニス・コローナ》が現れる。

 

「イグニ、やれ」

 

 ローファスの命令により、鬼火公はガタガタと頭蓋の顎を鳴らしながら、漆黒の門に目掛けて高火力の黒炎を放った。

 

 黒炎は漆黒の門全体を包み込み、その下敷きになっているデスピアにまで火の手が伸びる。

 

 門の下から響く、悲鳴にも近い苦痛の叫び。

 

 漆黒の門に潰されては再生し、黒炎により焼かれてはまた再生する。

 

 繰り返される傷の再生は、デスピアの意思に関わらず自動的に行われる。

 

 途絶える事の無い苦痛がデスピアを襲う。

 

 本来ならば死ぬ程の傷を負いながら、不死身とも言える再生力がある所為で死ぬ事を許されず、死に続ける苦痛を味わい続けるデスピア。

 

 デスピアからすれば永遠とも思える時間、門の重圧に潰され、黒炎で焼かれ続けた。

 

 そして常識外れの再生力が限界を迎えたのは、黒炎に晒されて五分程経過した頃。

 

 悲鳴が上がらなくなり、漆黒の門が下敷きにしていたデスピアを完全に圧し潰した。

 

 それは不死身とも思えたデスピアの再生限界。

 

 役目を終えた《生者を拒む禊の門》は霧散して消え、足場を失ったローファスは下敷きになったデスピアの上に降り立った。

 

 潰されて地面に減り込み、黒く焼け焦げたデスピアの瞳に正気は無く、翡翠の魔力も使い果たしたのかその気配も感じられない。

 

「有言実行…流石だね、ロー君」

 

 いつの間にか飛空艇の《転送》で降りて来ていたリルカが、そう口にする。

 

 突然現れたリルカに、ローファスは大して驚きもせず視線だけ向ける。

 

「竜種の相手ご苦労。見事な魔法だった」

 

「見事って、ロー君に言われると嫌味に聞こえるね」

 

「貴様は俺をなんだと思っている」

 

 ローファスからすれば素直な賛辞だったのだが、より優れた魔法をポンポン扱うローファスに言われても褒められている気がせず、リルカは苦笑する。

 

 それを半目で睨むローファスに、リルカは楽し気に笑った。

 

「…でも、凄いね。本当に倒しちゃった」

 

「勝算はあると言っただろう。しかし、今回は随分と高度な魔法を使っていたが、良かったのか? 他の連中には秘密にしているのだろう」

 

 リルカは前回の知識を保持している事を《緋の風》の面々には話していない。

 

 先程行使した魔法は、素人目に見ても明らかに上級魔法。

 

 現時点でリルカが扱えるのはおかしい魔法だ。

 

 それをリルカは、今回《緋の風》の面々の目前で使用した。

 

 それは《緋の風》の面々に、違和感や不信感を与えてもおかしくない事。

 

 リルカは片目を瞑り、首を傾ける仕草をする。

 

「…そうだねー。流石に今回のは言い訳するの厳しいかも。風魔法だし、ロー君に教わったは苦しいよねー」

 

「…あの程度の竜種共ならば俺一人でもどうとでもなった。まあ、多少は手を焼いただろうが」

 

「ま、それは分かってるけど…それを踏まえても、ロー君を一人で戦わせたくなかったから、かな?」

 

「何だそれは」

 

 自分でも悩む様に答えるリルカに、ローファスは呆れた様に目を細める。

 

「まあ、お陰でデスピアに専念出来たのも事実。竜種に気を取られている内に抜け出されていた可能性もあった訳だしな」

 

「お、それってお礼を言ってるの? ロー君が素直にお礼を言うなんてレアだねー」

 

「茶化すな」

 

 揶揄う様にニヤニヤ笑うリルカに、ローファスは鼻を鳴らして顔を背ける。

 

 そしてローファスとリルカは、その視線を未だに霊峰の上空より動かず鎮座する暗雲に向けた。

 

「さて、番犬は潰した。いよいよ本丸だ」

 

「目指すは古代人の亡霊——魔晶霊《クリスタルゴースト》、だね」

 

 決意に満ちたリルカの瞳。

 

 三日月の輝く月夜、暗雲より雷鳴が鳴り響いていた。

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