悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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60# 天空都市

 天空都市。

 

 外周の市街地より奥、中央部の古城。

 

 かつての栄華は色褪せ、風化と侵蝕が進んだ寂れた王座の間。

 

 その玉座の上部には、天空都市の核である巨大な魔石が浮遊している。

 

 周囲から魔素を取り込み、浮力へと変換する特殊な魔石。

 

 それは古代人が製造した人造魔石。

 

 文明が滅びて尚、天空都市が空を飛び続ける要因。

 

 そんな玉座に腰掛けているのは、生者とは思えぬ程に青白い肌の壮年の男。

 

 人よりも耳が長く、現代に於いては御伽話の中でしか登場しないエルフの特徴と一致する姿。

 

 そして頭には王冠、身に付けているのは古くも上質な衣装。

 

 その姿は正しく、エルフの王。

 

 文明が滅びて約千年。

 

 かつて天空都市を治めていた古の王の亡霊——バールデル・ル=シエル。

 

 最早理性すら残っておらず、生者を襲う魔物に堕ちた筈のエルフ王。

 

 しかしその目は、どう言う訳か酷く理性的であった。

 

 その瞳には、翡翠の魔力が淡く輝いている。

 

 玉座に座るエルフ王は頬杖を突き、悩まし気に口を開く。

 

『“クリシュナ”に続いて、“デスピア”まで……また君か——ローファス・レイ・ライトレス…!』

 

 その口より忌々し気に発せられたのは、ローファスの名。

 

『あれは本来こちら側の筈だろうに。悉く都合の悪い動きばかり…まさか六神の手引きか…?』

 

 エルフ王は一人ごちり、首を捻る。

 

『いや、六神にはこちらの動向は察知されて居ない筈…であれば、これはローファスの独断? では、奴は何が目的で天空都市(ここ)に…?』

 

 エルフ王は目を細め、疲れた様に溜息を吐く。

 

『何れにせよ、潮時か。ここは良い隠れ蓑だったのだが。くそ、二年もの歳月を無駄に…』

 

 そう吐き捨てると、エルフ王の瞳から翡翠の魔力が消える。

 

 直後、エルフ王は玉座より勢い良く立ち上がり、その瞳が赤く染まる。

 

『し、しし、侵入者…侵入者ヲ、滅セ、人間ヲ、殺セ——娘、我ガ娘ヲ、返セエエエエェェェェ!!』

 

 エルフ王の態度が豹変し、獣の如く叫んだ。

 

 *

 

 暗黒の翼が雷雲の層を突き抜ける。

 

 雷雲を抜けた先は、風一つ無い凪が広がっていた。

 

 宙に浮く広大な都市が、月明かりを浴びてキラキラと怪しく輝いている。

 

 巨大グリフォン——デスピアはローファスの《影喰らい》により影の使い魔と化し、ローファスとリルカを背に乗せて飛翔していた。

 

 両翼を広げた全長が50mを優に超える程に巨大だったデスピアだが、影の使い魔と化した際には大幅に縮み、10m弱程の大きさになっていた。

 

 翡翠の魔力が抜け落ちた影響か、これが四魔獣化する以前の本来の大きさなのか。

 

 とは言え、それでも通常のグリフォンの倍程の大きさはある。

 

 それにローファスがその気になれば、魔力を注ぎ込む事でその体躯を四魔獣の時の様に肥大化させる事も出来る。

 

 寧ろ四魔獣状態のデスピアは乗るにしても大き過ぎた為、以前巨大過ぎるストラーフの扱いに困っていたローファスからすると、これはありがたい誤算だった。

 

 因みに、他の《緋の風》の面々は雷雲の外に置いて来ている。

 

 元々は天空都市の内部まで一緒に入り、目的の魔晶霊《クリスタルゴースト》を確保するついでに都市内部の古代遺物《アーティスト》の回収をする予定だった。

 

 しかし、戮翼デスピアが前回よりも遥かに強力であった事もあり、その根城たる天空都市でも不測の事態が起きる可能性は十分にある。

 

 ローファスとしては足手纏いを連れて行く等デメリットでしかなく、リルカからしてもそんな危険地帯に《緋の風(家族)》を連れて行くのは反対だった。

 

 ローファスは当初、一人で行く心積りだったのだが、リルカがそれを許さなかった。

 

 飛空艇に残った《緋の風》の面々に対し、地上よりリルカは「ロー君と二人で天空都市デートに行って来るから皆は待ってて」とかなり苦しい言い分を話していた。

 

 その説明では無理だろう、とローファスは呆れながら聞いていたが、意外にも飛空艇から返って来た返事はホークからの「分かった」と言う物分かりの良い一言のみだった。

 

 しかし、後にこう付け加えた。

 

「リルカ、血の繋がりが無くとも俺達は家族だ。今は何も聞かないが、話せる時が来たら話して欲しい」

 

 先の扱える筈の無い上級魔法の行使、或いは、それ以前にも疑問はあったのかも知れない。

 

 しかしホークは、それらを今は呑み込むと言った。

 

 リルカはそれに、瞳を潤ませながら頷く事しか出来なかった。

 

 

 そして暗雲を抜けた内部。

 

 ローファスの背に掴まるリルカは、月明かりに輝く天空都市を見下ろして目を見開く。

 

 前回、四魔獣デスピア討伐の為に訪れた時は日中だった為、夜の光り輝く天空都市を見るのはこれが初めての事。

 

 その夜景の美しさに、リルカは目を奪われた。

 

「わぁ…夜のシエルパルクって光るんだね」

 

「都市全体が高濃度の魔素で満ちている。月明かりが魔素に反射し、輝いて見えるだけだ。建物自体が発光している訳ではない」

 

 魅入る様に身を乗り出すリルカに、ローファスは詰まらなそうに説明する。

 

 リルカはそれに、半目で返した。

 

「…態々原理説明をどーも。アドバイスだけど、こう言う時は普通に綺麗だね、とか素直な感想を言った方が良いよ。うんちく話すんじゃなくって」

 

「ご高説痛み入るな。流石は俺よりも遥かに人生経験が長いだけはある」

 

「なに、年増って言いたいの? それに遥かにって、たったの数年じゃん。あと言っとくけど、肉体的にはロー君と同い年だから」

 

 デスピアの背でそんな言い合いをしながら、外周の市街地の上空を通過する。

 

 目指すは実体を持つ特殊なゴースト——魔晶霊《クリスタルゴースト》が徘徊する古城。

 

 

 古城の壁にローファスの魔法で風穴を開け、リルカとローファスは城の内部に侵入した。

 

 それに対し、無数の兵士の亡霊が現れ、侵入者を殲滅せんと襲い来る。

 

 兵士の亡霊は、そのいずれもが長年高濃度の魔素に晒された事で結晶化した魔晶霊《クリスタルゴースト》である。

 

 目当てのものが向こうから押し寄せて来た為、ローファスはこれ幸いと暗黒鎌《ダークサイス》で切り裂き、残った死体を《影喰らい》で使い魔化していく。

 

 こうして何ともあっけなく、目的が達成された。

 

 この時点で、天空都市にも古城の城内にも異常は無い。

 

 デスピアの様な前回とは異なるイレギュラーを覚悟していたリルカは、拍子抜けした様に首を傾げる。

 

「…中は意外と普通だね。前回よりも強い敵がわんさか出てくると思ったんだけど」

 

「魔晶霊《クリスタルゴースト》…通常のゴーストよりは強いそうだが、正直違いが分からんな。雑魚も良い所だ」

 

 失望したように言うローファスに、リルカは呆れる。

 

「そりゃロー君からしたらそうでしょ。目的の魔晶霊《クリスタルゴースト》もGETしたし…ん? じゃあ目標達成?」

 

「第一目標はな。第二目標がまだだ」

 

「うん? 第二、目標?」

 

 首を傾げるリルカに、今度はローファスが呆れる。

 

「貴様、イズを治療する事しか頭に無いのか? 天空都市を二年間探し続けて、見つけられなかった理由を忘れたのか」

 

 《緋の風》が二年もの歳月探し続け、それで尚天空都市を見つけられなかった理由。

 

 それは聖女の《神託》曰く、天空都市が何らかの意思の元動き、飛空艇の空路を避けていたから。

 

 それは天空都市を操る者が存在すると言う事。

 

「魔王…そっか、この天空都市の何処かに…!」

 

「まだ居るか分からんがな。デスピアが死んだ時点で逃げたかも知れん。俺ならばそうする」

 

「魔力探知はしたの?」

 

「ずっとしている…が、天空都市は魔素の濃度が高過ぎてよく分からん。強いて分かる事と言えば、城の中央に巨大な魔力の塊があるのは感じられるな」

 

 ローファスが口にする不穏な単語に、リルカは眉を顰める。

 

「巨大な魔力…?」

 

「そう身構えるな。魔力の反応は非生物、魔石の類だろうな。恐らく、この天空都市の動力源だ」

 

「動力源…なら、天空都市を動かしてた奴が居るかも」

 

「調べる価値はある、か」

 

 ローファスとリルカの方針は固まり、動力源のある王座の間へと歩を進める。

 

 侵入者を撃退せんと襲い来る兵士の亡霊を、影の使い魔に取り込みながら。

 

 

 王座の間の巨大な扉が破られる。

 

 舞い上がる粉塵を切る様に、ローファスが暗黒鎌《ダークサイス》を手に現れる。

 

 警戒の面持ちでそれに続くリルカ。

 

 玉座に座るエルフ王の亡霊——バールデルは、それを出迎える様に立ち上がった。

 

『…遂ニここ迄来たカ、侵入者共』

 

 言語を発したエルフ王の亡霊に、ローファスとリルカは目を細める。

 

 通常のゴーストは呻き声しか上げず、会話は当然として言葉を発する事は無い。

 

 言語を解するゴースト、それは即ち、上位種であると言う事。

 

「…前はこんなの居たか?」

 

「んー、記憶に無いね。まあ、前回はデスピアと戦うのに精一杯で、天空都市の内部は碌に探索しなかったから」

 

 玉座(ここ)に来るのも初めてだし、とリルカは付け加える。

 

「あれ…でも動力源の近くに居るって事は、この王様みたいなのが天空都市を操っていたって言う?」

 

 玉座の上に浮かぶ巨大な人造魔石とエルフ王を交互に見比べ、リルカは首を捻った。

 

 ローファスは眉を顰める。

 

「ふむ、こいつからは大して強い魔力は感じないが…」

 

 そう口にするローファスを見たエルフ王は、驚いた様に目を見開いた。

 

『キ、貴様ハ…何故貴様ガここニ…』

 

 まるでローファスを知っているかの様な反応を示すエルフ王に、リルカは不思議そうにローファスを見る。

 

「…知り合い?」

 

「そんな訳無いだろう」

 

 エルフ王は、肩をわなわなと震わせると、王座の間全体が軋む程の魔力波を放った。

 

『キキキ、キサ、キサマ、ママママ…! ヨクも、よくモ姿を表セたものダダダなァ!? 娘ヲ、我ガ娘ヲ返セぇぇぇ!!』

 

 まるで発狂した様に獣の如き叫びを上げるエルフ王。

 

 それに呼応する様に、エルフ王の身体を風の魔力が包み込んでいく。

 

 高密度の風の魔力が鎧を象り、エルフ王の全身を覆う。

 

 風の魔力により形成された、鷲の頭を模した兜《アーメット》。

 

 その目孔より、赤く光る眼光がローファスを捉える。

 

『我ハ森人ノ王、バールデル・ル=シエル! 多少魔法の扱いが上手イだけノ人間風情ガ! 我ガ魔導の深淵ノ前に散ルが良イ!!』

 

 恐ろしい速度で駆け出したエルフ王は、手の中に巨大な戦斧を生み出すと、それをローファスに向けて振り下ろした。

 

 それにリルカは凄まじい速度で魔法陣を展開し、応戦するべく魔法を発動させようとする。

 

 しかしそれを、ローファスは手で制した。

 

 直後、凄まじい衝撃音と突風が吹き荒れる。

 

 エルフ王により振り下ろされた戦斧の刃は、ローファスの分厚い魔法障壁が受け止めていた。

 

 容易く防がれた事に目を剥くエルフ王。

 

 ローファスはただ、退屈そうにそれを眺めていた。

 

「それで、魔導の深淵はまだか?」

 

『…ッ』

 

 鷹の頭を模した兜《アーメット》の奥より、息を呑む様子が伝わる。

 

 ローファスは失望した様に溜息を吐いた。

 

「その魔力を鎧の様に纏う技法、父上やヴァルムを思い出すな。その癖してこの弱さか」

 

 エルフ王は即座に身を引こうとするが、戦斧の刃を魔法障壁が絡め取る様に呑み込み、引き抜く事が出来ない。

 

 そんなエルフ王の周囲を、暗黒の兵士達が囲う様に現れた。

 

 この古城でローファスが《影喰らい》で取り込んだ魔晶霊《クリスタルゴースト》の影の使い魔達だ。

 

 ローファスは口角を上げる。

 

「さて、試運転だ——吸い尽くせ」

 

 ローファスの言葉に応じる様に、無数の兵士達はエルフ王に対して、一斉に魔力吸収《マナドレイン》を発動した。

 

『が、ガガガッ…!?』

 

 全方位から凄まじい速度で魔力を吸い取られ、エルフ王は踠き苦しむ。

 

 身体の殆どが魔力で構成されているゴーストにとって、魔力を吸収されると言う事は、人間に例えるなら皮膚を無理矢理引き剥がされるに等しい。

 

 高密度の魔力が象っていた鎧は即座に分解されて吸収され、エルフ王自身もみるみる内に痩せ細っていく。

 

 間も無く魔力を吸い尽くされ、骨と皮だけの姿に成り果てたエルフ王は、力無くその場に崩れた。

 

 首を垂れる形で項垂れるエルフ王に、ローファスは容赦無く暗黒鎌《ダークサイス》を振り下ろす。

 

 生き絶えたエルフ王の死体は、即座に《影喰らい》の不定形の暗黒に呑み込まれ、影の使い魔に作り替えられる。

 

 

 そんな光景を、リルカはドン引きしながら見ていた。

 

「えぐっ」

 

 ちょっと強敵っぽい雰囲気を出していたエルフ王が、何も出来ずにズタボロにされた上に使い魔にされた。

 

 決してローファスを非難する訳ではないが、見ていて気の毒になる程に痛々しかったのは事実。

 

 そんなリルカの視線も意に介さず、ローファスは探る様に王座の間を見渡す。

 

「ふむ…他には何も無し、か」

 

 当然だが、天空都市を操っていた者の姿は無い。

 

 その痕跡を探るも、それらしいものは見当たらない。

 

 ただ玉座の上に巨大な人造魔石が浮遊しているのみだ。

 

「ねえ、ロー君。今倒した王様さ、言葉喋ってたよね? 使い魔にしたんだし、何か聞き出せたりしない?」

 

 リルカの提案に、ローファスは首を横に振る。

 

「《影喰らい》はそんな都合の良い力ではない。影の使い魔は、謂わば俺の命令に忠実に従うだけの人形。自我などある筈…」

 

 言いながらローファスは、ふと《初代の墳墓》を墓守の如く守護する初代の使い魔の存在を思い出す。

 

 術者たる初代が死んで尚、消滅する事無く活動を続け、かつての主の遺体を守る様な行動を見せる使い魔達。

 

 その魔力の出所も気になる所ではあるが、何よりあれらは何者の意思で動いているのか。

 

 術者が死んでいると言う事は、まさか自らの意思で動いているとでも?

 

 まさかな、とローファスは目を細めつつも、使い魔化したエルフ王の亡霊を呼寄せる。

 

 生者と思えぬ青白い肌は暗黒に染まり、ぼんやりと赤く光る瞳は焦点が合っていない。

 

 とても意思があるようには見えないが、ローファスは呼び掛ける。

 

「天空都市を操る者がいた筈だ。知っている事を全て話せ、命令だ」

 

 命令、と言う言葉に反応する様に、エルフ王はぴくりと反応し、虚な瞳をローファスに向けた。

 

 しかしそれだけ。

 

 何か話す訳でも無く、ただただローファスを眺めている。

 

 ローファスは舌を打つ。

 

「…やはり駄目だな」

 

「んー、そっかぁ。まあ、仕方ないね」

 

 残念そうに呟くリルカ。

 

 そんなリルカの姿が視界に入ったエルフ王は、僅かに目を見開いた。

 

 そして、閉ざしていた口を開く。

 

『リ、リリィ…』

 

 エルフ王の口にしたその言葉に、リルカとローファスは唖然とした。

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