悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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間章
間話1# 開拓の結末


 ライトレス領の辺境の漁村——ローグベルト。

 

 宿屋に隣接する食堂は、夜には一日の漁を終えた船乗り達でごった返す酒場にその姿を変える。

 

 酒場は、つい二年前に廃村寸前まで追い詰められていたとは思えない程の賑わいと活気で満ちていた。

 

 そんな酒場の隅のテーブルに、何本もの酒瓶を並べて突っ伏す男の姿があった。

 

 浅黒い肌に、引き締まった肉体を持つ男。

 

 魔の海域の開拓の為に、商業組合から派遣された男——ダイン。

 

 この二年の未開の海域の探索を経て、ダインはその目的——ローグベルトとステリア領間の航路の確保と言う超難関任務を、見事達成していた。

 

 魔の海域の航路開拓も恐ろしい程に進んでおり、既に八割近い探索を終えていた。

 

 発見した島も両手の指の数では足りない程。

 

 探索時に討伐した魔物の中には、災害級と目される魔物が何体か居た。

 

 それらを討伐したのは、当然フォルである。

 

 フォルはこの二年で度重なる魔物との戦闘を経て、恐ろしいまでに戦闘技能を上げていた。

 

 元々ポテンシャル自体は高かったが、開拓の途中から共に行動する様になった水の精霊——ルーナマールの力も合わさり、その実力は災害級の魔物を単身で倒すまでに磨き上げられていた。

 

 探索の大部分を終え、その上ローグベルトとステリア領間の航路の確保と言う目的を達してしまったダインは、探索隊の船を降りる事となった。

 

 ダインとしては探索を終えるその瞬間まで船に残るつもりであったが、商業組合取締役のミルドより呼び出しが掛かり、そうもいかなくなった。

 

 そうしてローグベルトに帰還したダインは、酒に入り浸っていた。

 

 飲んだくれている理由、それは不本意に探索隊から外されたから——ではない。

 

 酔い潰れて突っ伏すダインの隣に、ふと一人の少女が腰掛けた。

 

 真新しい剣を背負った赤髪の少女——カーラ。

 

 カーラは興味無さ気にダインを見下ろし、口を開く。

 

「フラれちゃいましたね」

 

 カーラの言葉に、ダインは肩を震わせると、突っ伏したまま答える。

 

「…何で知ってる」

 

「見てましたから」

 

「死ね」

 

 情け無い声で吐き捨てるダインに、カーラは機嫌良さげに微笑む。

 

「良かったですね、フラれて。一歩間違えれば死んでましたよ、貴方」

 

「…いっそ殺してくれ」

 

「殺しませんよー。貴方は探索でそこそこの役に立ちましたから。これで殺しては、貴方を寄越した取締役のミルド殿に不誠実と言うものです…まあ、何度かマジで殺そうか迷いましたがね。私、言いましたよね。フォル様に色目を使うなと、あれ程」

 

「仕方ねーだろ。惚れちまったんだから」

 

「…まあ、フォル様が可憐なのは認めましょう。貴方の目は正常です」

 

 余程ダインがフラれたのがお気に召したのか、いつもなら脅す所を、寛容に微笑む。

 

 ダインは不機嫌そうに、半目でカーラを睨む。

 

「で、結局フォルが好いてる奴ってのは、どんな奴なんだ?」

 

「フォル様から聞いてないので?」

 

「…教えてくれなかった。これで幼馴染の優男とかだったらマジで泣くぞ俺」

 

「泣けば良いでしょう。何れにせよ、貴方は“選ばれなかった側”なのですから」

 

「ぐっ」

 

 カーラの鋭利な言葉がクリティカルヒットしたダインは、消沈する様に再び顔を伏せる。

 

 そのまま暫し顔を伏せていたダインは、ふと顔を上げカーラを見据える。

 

「…今だから言うが、カーラ。お前、ライトレスの暗黒騎士だろ?」

 

 ダインの問いに、カーラは特に反応を見せない。

 

 ただ不思議そうに、首を傾げた。

 

「…何故、そう思うのです?」

 

「アンタがたまに見せる雰囲気、マジでヤバいからな? 怒り狂った上級竜種みてぇな威圧感がある。ライトレスの暗黒騎士は達人で構成された腕利集団。正規の騎士じゃ出来ない様な汚れ仕事も平気でやるヤバい連中。一部じゃ有名な話だ」

 

「ヤバい雰囲気…それで、私が暗黒騎士だと?」

 

「少なくとも、俺が今まで見た中じゃ、アンタが断トツでヤバかった」

 

「私が断トツ…随分とぬるい人生を歩まれているのですね」

 

「あぁ?」

 

 興味無さそうに呟くカーラに、ダインは声を荒げる。

 

「…まあ、んでよ。その暗黒騎士様が、フォルに対してマンツーマンで付きっきりだ。おかしな話だよなぁ?」

 

「…」

 

 沈黙で返すカーラに、ダインは続ける。

 

「フォルは魔力持ちではあるが、平民だ。それを未開域開拓のリーダーにまでして。態々、アンタみたいなお目付け役まで付けて…」

 

 ダインは鍛え上げられた拳を握り締めると、テーブルを叩き付けた。

 

 周囲で騒いでいた船乗り達が一斉に静まり返り、その視線を集める。

 

 勝てる筈が無い、そう理解しつつも、しかしダインは鋭い目でカーラを睨む。

 

「テメェらライトレス家は、フォルをどうするつもりだ。一体、何に利用する気だ。場合によっては…」

 

「どうすると? 貴方風情に何が出来るのです。分かってます? 反逆を示唆する言動、充分に粛清対象ですよ」

 

 カーラに冷たい視線を向けられるも、しかしダインも引かない。

 

 暫し睨み合い、その末にカーラは溜息を吐いた。

 

「自分を袖にした女でしょう。そこまでします?」

 

「フラれようが、惚れた事に変わりはねぇ。惚れた女が貴族のいざこざに巻き込まれるってんなら、黙って見てられるか。それに、別に諦めた訳じゃ…」

 

「豪胆な事で。早死にするタイプですね」

 

 カーラは呆れた様に呟くと、一冊の本をテーブルの上に置いた。

 

「んだこれ…」

 

「これが答えです。あ、もし少しでも汚したら指を切り落とすので」

 

「何だよそれ…」

 

 言いながらも、ダインは本を手に取り、先ずはその表紙に目がいった。

 

「“暗黒貴族と船乗りの少女”…恋愛小説か? 何でこんなもん…」

 

「読めば分かりますよ」

 

 カーラに促されるままに、ダインはその内容に目を通す。

 

 そして全て読み終えたダインは、何とも言えない顔で本を閉じた。

 

 ダインは放心した様に天井を眺め、口を開く。

 

「成る程…この探索は、フォルが貴族に成り上がる為の布石——儀式みてぇなもんか」

 

 ダインは得心いったように呟くと、その視線をカーラに向ける。

 

「で、アンタはライトレス家が遣わせたフォルの護衛って訳だ。力を隠してた理由は、手柄をフォルに持たせる為か」

 

「この開拓は、フォル様ご自身の力で成し遂げる必要がありました。それがフォル様の願いでもありましたから」

 

「…俺はライトレス侯爵家嫡男様の婚約者に惚れて、あろう事か告白までしちまった訳か。ヤベェな、俺この後殺されるんじゃねぇか?」

 

 顔を引き攣らせるダインに、カーラは本を取り席を立つ。

 

「フォル様は貴方を選ばなかった。本の続編では、貴方は美しいフォル様に淡い想いを寄せる名も無き船員の一人。それで、終わりですよ」

 

 カーラは踵を返し、呆然とするダインに背を向ける。

 

「探索への貢献、ご苦労様でした。今後の益々のご活躍をお祈りしております。それでは」

 

 心にも無い別れの言葉を口にし、カーラは酒場を後にした。

 

 一人残されたダインは、若い女店員を見ると情け無い声で追加の酒を注文した。

 

 間も無くボトルを持って来た若い女店員——リリアは消沈するダインを見て口を開く。

 

「お客さん、ちょっと飲み過ぎじゃ無い?」

 

「失恋のやけ酒だ。放っておいてくれ」

 

「あら、こんな良い男を振るなんて。見る目の無い女がいるんだねぇ」

 

「相手が俺より良い男だったんだろ」

 

 ダインはリリアからボトルを受け取ると、一気に飲み干した。

 

 そんなダインを、リリアはじっと見つめる。

 

「…お客さん、もう泊まる所決めてるの?」

 

「いや、まだだが…」

 

 リリアは上目遣いでダインを見る。

 

「じゃあさ、うち来る?」

 

「えっ」

 

 突然のリリアからの申し出に、ダインはボトルを落としそうになりつつも、姿勢を正す。

 

「ほ、本気か?」

 

「お客さんが良ければだけど」

 

「そ、そりゃ、俺は全然構わないが」

 

「じゃ、決まりね」

 

 リリアは明るく手を叩くと、店の奥まで聞こえる程声を張り上げる。

 

「お父さーん! お客さん一人追加ー! 一番良いお部屋開けといてー!」

 

「え……え?」

 

 意味が分からず固まるダインに、リリアはウィンクした。

 

「大丈夫、お代は通常のお部屋と同じで良いから。お客さん中々来ないからねー。サービスサービス」

 

 音符マークが語尾に付きそうな程に声を弾ませるリリアは、スキップしながら店の奥に戻って行った。

 

 ふとダインの視界に、“隣に宿屋あり”と書かれた店の張り紙が目に入る。

 

「あぁー…そゆこと」

 

 全てを理解したダインは脱力した様に机に突っ伏した。

 

 ローグベルトの宿屋と酒場は、本日も商売魂が逞しかった。

 

 *

 

 ダインと別れた探索隊一行の船は、再び魔の海域に戻っていた。

 

 この二年の探索に於いて、ダインの貢献は非常に大きなものだった。

 

 具体的で無理の無い計画の立案、指揮力、魔物を相手取る腕前、どれを取っても一流と呼べるもの。

 

 ダインが居なければ、ここまで効率的に魔の海域の探索が進む事は無かったであろう。

 

 そんなダインが抜ける事となり、探索隊のメンバーからは多くの惜しむ声が上がった。

 

 その送別会も、ローグベルトへ帰還する船上で、一晩掛けて盛大なものが行われた。

 

 ダインがフォルに想いを伝えたのは、そんな送別会の後の事だった。

 

 

「ったく、ダインの奴…」

 

 甲板で夜風を浴びるフォルは、ぼそりと呟く。

 

 フォルはダインの事を、決して嫌ってはいなかった。

 

 時には衝突する事もあったが、二年間苦楽を共にした仲間として、そして良き友人として好ましく思っていた。

 

 だからこそ、その想いに応えられない事に少しだけ心が痛んだ。

 

 そんなフォルの隣に、青白く輝くタツノオトシゴ——水の精霊ルーナマールがふわふわと浮かぶ。

 

 ルーナマールは丸まった尾を伸ばし、肩を落としているフォルの背をパシンと引っ叩いた。

 

「あた! ルナ!? おま——」

 

『——』

 

 抗議の声を上げるフォルだが、ルーナマールは人間には聞き取れない言葉を発した。

 

 それは精霊語。

 

 魔法発動の際に用いられる呪文の原型となった言語。

 

 精霊の言葉は、呪文を解する魔法使いですら、その意味を理解するのは困難。

 

 しかし、精霊に好まれる“精霊憑き”であるフォルには、ルーナマールの言葉が何となく分かる。

 

 今ルーナマールより発せられた言葉には、“元気出せ”とか“浮気者”とか、そんなニュアンスが含まれていた。

 

「こ、断っただろ! 浮気じゃねぇよ! アタシは今だってローファスを——」

 

『——』

 

「むぅ…茶化すなよ」

 

 頰を赤らめるフォル。

 

 今ルーナマールに言われた言葉は、直訳するなら“はいはい、惚気惚気”と言った感じだろうか。

 

 二年前、魔の海域でローファスと共に遭難した際に出会ったルーナマール。

 

 それからは殆ど姿を表さなかったルーナマールだが、約一年前、探索中に遭遇した災害級の魔物——三つの首を持つ海洋竜《シーサーペント》との戦闘時に再び姿を現した。

 

 ルーナマールとの共闘を経て三つ首の海洋竜を倒し、以降は共に行動している。

 

 と言うか、ルーナマールがフォルの近くから離れなくなった。

 

 近くとは言っても、船の中を自由にぶらついたり、海に潜って魚を獲って来たりとかなり自由にやってはいるが。

 

 その独特の見た目から当初こそ訝しんでいた船員達だが、時折食糧庫に住み着いた鼠を獲って海に投げ捨てたりしてくれる為、今では猫代わりとして親しまれている。

 

「…思えば、ルナが居たからアタシとローファスは助かったんだよな」

 

 ルーナマールを見つめ、感慨深く呟くフォル。

 

 ルーナマールはぼそりと呟く。

 

『——』

 

「…あ? 水神の導き? 暗黒神も居た?」

 

 フォルは意味が分からず首を傾げる。

 

「お前、たまに訳わかんねぇ事言うよな」

 

『——』

 

「ん? あぁ。三つ首の件ならカルロスから伝書が来てたな。良い返事だったよ」

 

 にっと笑うフォル。

 

 災害級と目される三つ首の海洋竜。

 

 どれだけ攻撃しても即座に再生する凄まじい自己治癒力を持った恐ろしい魔物だった。

 

 討伐後に回収した魔石をカーラがカルロス宛に送っていたのだが、その返事の伝書が返って来ていた。

 

 曰く、災害級の魔物を討伐した事が認定され、ライトレス家よりフォルの貴族推薦を既に提出したとの事。

 

 後は王家の許可を待つばかり。

 

 そして、災害級の魔物は、三つ首以降に同様の魔物を二体討伐しており、それもカルロスに輸送している。

 

 カーラ曰く、未開域の開拓の件も含めれば爵位が上がる事も充分に考えられるとの事。

 

 フォルは甲板に寝転がると、夜空に浮かぶ三日月に手を伸ばす。

 

 掴めそうで掴めない三日月を、フォルは愛おしそうに見る。

 

「…もう直ぐ届くぞ。もう住む世界が違うなんて言わせない。待ってろよ——ローファス」

 

 フォルの呟きが、夜空に溶ける。

 

 ルーナマールは、精霊語で“はいはい、惚気惚気”と言っていた。

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