悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

67 / 250
間話4# 黒髪の女中

 

 王都。

 

 六神教会の総本部たる大聖堂。

 

 その敷地内の庭園は一般に開放されており、敬虔な信徒が大聖堂に向かう通路として使われている。

 

 そんな庭園の隅に、塞ぎ込む様に蹲る黒髪の少女の姿があった。

 

 少女は絶えず嗚咽を漏らし、時折狂った様に髪を掻き毟っていた。

 

 蹲る少女の周りには、抜け落ちた黒髪が散乱していた。

 

 日中の庭園の人通りは決して少なくは無く、隅に居るとは言え、彼女の姿は道行く人々の目に止まった。

 

 しかし、蹲り泣きじゃくる少女に近付こうとする者は、誰一人居ない。

 

 それは少女の様子がただならぬものであったからと言うのもあるが、何よりもその一切の光を反射しない漆黒の髪が、人を——六神教の信徒を遠ざけていた。

 

 一昔前の話ではあるが、六神教に於いて、黒色が忌み嫌われている時期があった。

 

 黒い衣服は当然、黒い髪色も忌避の対象である。

 

 何故、一時期とは言え六神教で黒色が忌み嫌われていたのか。

 

 それは、黒が暗黒神を連想させるから、とされていた。

 

 神話では、世界を破滅に導こうとした《闇の神》を、六神が協力して打倒し、封印したとされている。

 

 しかし、近代で発見された壁画の存在が、その神話そのものを覆しかね無い内容のものであった。

 

 壁画には、暗黒神と思われる存在が数多の魔物を従え、街を破壊している様な描写が描かれていた。

 

 口を三日月の如く歪めて笑い、魔物を従える姿はまるで悪魔、或いは魔王。

 

 魔物を操るのは《闇の神》の力そのものであり、その事から実は暗黒神は《闇の神》側の神だったのでは無いか、と言う説が囁かれた。

 

 挙げ句の果てには、闇と暗黒のイメージの近さから、《闇の神》と暗黒神を同一視する流れにまで発展していた。

 

 しかしながらこの説は、これまでに発見された壁画や古文書から矛盾する点も多く、教会内には否定派が一定数存在した。

 

 そして、後に光神を祀る神殿で発見された壁画——光神と暗黒神が背中を預け合って魔物の大群と戦う姿が描かれた絵の存在により、この説は完全に否定される事となる。

 

 これにより暗黒神は《闇の神》でも、それに従属する神でも無く、王国建国に携わった英雄神の一柱であるとされた。

 

 しかし、一度根付いた忌避感が完全に拭われる事は無く、六神教内では黒色は暗黙の了解で避けられた。

 

 故に現在でも教会の修道衣や装飾品に黒が使用される事は無く、黒髪の聖職者は全く居ない訳では無いが、数が極端に少なかった。

 

 当然、黒髪であるからと表立って忌避される事は無いが、信徒の誰もが苦手意識に近い感情を持っていた。

 

 

 少女は、次期聖女の候補者であった。

 

 類稀なる治癒魔法を始めとする神聖魔法の実力の高さから、弱冠12歳にして聖女候補として挙げられた。

 

 少女は孤児であった。

 

 5歳にも満たぬ幼子であった頃、王国の辺境で頭から血を流して倒れているのを発見され、教会に保護された。

 

 頭の怪我の影響か、故郷も、両親も、言葉すらも分からなくなっていた。

 

 少女が覚えていたのは、口にできたのは自身の名前のみ。

 

 ユズキ リカ。

 

 発音がしにくかったのか、或いは少女が舌足らずで誤って伝わったのか、修道女は彼女をユスリカと呼んだ。

 

 修道女は、黒髪だからと幼い彼女を邪険にしなかった。

 

 他にも何人もいた孤児達と同様に、まるで我が子の如く愛情を持って育てられた。

 

 そして間も無く、魔力持ちである事が判明し、その上優れた神聖魔法の適性がある事が分かった。

 

 それにより、本部で保護すると言う名目で、少女はその身を王都に移す事となる。

 

 少女の生活は、修道女から愛を受ける温かなものから一変し、次期聖女としての教養と神聖魔法を学ぶだけのものになった。

 

 当初、少女は涙を流して嘆いた。

 

 修道女(ママ)に会いたい、教会に帰りたい、と。

 

 その都度、教育係より暴力を振るわれた。

 

 聖女はそんな事を口にしない、と。

 

 そして聖女として、教会の象徴となる事の素晴らしさを説かれた。

 

 少女を保護し、次期聖女に推していたのは、六神教の中でも暗黒神に傾倒する派閥であった。

 

 神聖魔法に優れた適性を持つ身寄りの無い黒髪の幼子。

 

 それは彼等にとって、非常に都合の良い存在だった。

 

 彼等の派閥——暗黒派の思惑は、次期聖女に黒髪の少女が就任させる事で、未だに根強く残る教会の黒色に対する忌避感を完全に消す事だった。

 

 もしも教会の象徴たる聖女が黒髪であれば、黒髪と言うだけで教会より不当に扱われていた人々の救済にもなる。

 

 そして何より、教会内の暗黒神に傾倒する派閥——暗黒派の地位向上に繋がる。

 

 六神教の最高神は光神とされており、それにより教会内では光神の派閥——光派が最も強い影響力を持っている。

 

「あの者が聖女となれば、我らが暗黒派の地位は確かなものとなる。或いは、光派をも凌ぐやも…」

 

 それは少女が偶然聞いた、教育係である暗黒派の司教の独り言。

 

 そこにあったのは同じ宗教内での俗な派閥争い。

 

 幼い少女には、その言葉の意味が分からなかったが、あまり良い事では無いのは察しがついた。

 

 だからといって、少女に出来る事など高が知れている。

 

 精々が、物覚えの悪い振りをしたり、神聖魔法の実践時に手を抜く位の事。

 

 自分の出来が悪ければ、聖女にはなれない。

 

 そうなれば、もしかしたら修道女(ママ)の元に戻れるかも知れない。

 

 それは、なんとも浅はかな幼子の思惑。

 

 しかしそれを、教育係の司教は見抜いていた。

 

 少女が勉学や神聖魔法に手を抜き始め、どれだけ叱っても体罰を与えても改善されない事に郷を煮やした司教は、午後の教育の予定を全て取り止め、外出の準備を始めた。

 

 少女を馬車に乗せ、向かった先は辺境の教会。

 

 かつて少女が拾われ、愛を受けながら過ごした場所。

 

 道すがら、見覚えのある風景を見た少女は喜んだ。

 

 出来の悪い自分は、司教からしてもういらない存在になったのかも知れない。

 

 だから元いた教会に送り届けられているのだろう。

 

 辛い事も沢山あったが、また修道女(ママ)や孤児の皆との暮らしに戻る事が出来る。

 

 出来るだけ表に出さず、しかし内では心を躍らせる少女。

 

 実に2年振りに懐かしの教会を見た少女は、唖然とした。

 

 教会には、誰も居なかった。

 

 共に過ごした孤児達も、本当の母親の様に愛情を注いでくれた修道女(ママ)も。

 

 かつて綺麗な花で溢れていた庭は伸びた草で覆われ、教会の中は荒れ果てていた。

 

 目に見えている光景が信じられず、少女は異様な口の渇きを覚えながら司教を見た。

 

「司教様、みんなは…みんなは何処に?」

 

 教育係の司教は言った。

 

「全て、君の所為です」

 

 少女は、目の前が真っ暗になった。

 

 

 少女に優れた神聖魔法の適性が確認され、教会の本部に保護の名目で連れて行かれたのが2年前。

 

 その際に、この田舎の教会が黒髪の少女を保護していたと言う事実が教会の上層部に知られる事となった。

 

 身寄りの無い黒髪の子供を保護する事は、決して罰せられる事ではない。

 

 暗黒神が忌避されていたのも何十年も昔の話。

 

 しかし、教会上層部の一部には、今でも暗黒神が英雄神の一柱とされる事に疑惑を持つ者が一定数存在している。

 

 そんな彼等が行ったのは、ちょっとした圧力を掛ける程度の事。

 

 例えばそれは、適当な理由を付けて各教会に配給される食料を減らしたり、支援金を止めたりといった事。

 

 辺境の田舎で、多くの孤児を抱えながらに少ない配給と支援金でやりくりをしていた教会は、それだけでも大打撃を受けた。

 

 それこそ、教会の存続が出来ぬ程の。

 

 教会の孤児達は、他の教会や孤児院に移動させられて散り散りになり、修道女は任を外された。

 

 このような形で放置された無人の教会は、王国では決して珍しくは無い。

 

 町外れや、辺境に行けばよく見る光景ではある。

 

 これは謂わば、王国ではよくある事。

 

 しかし今回、そのきっかけを作ったのは紛れも無く君だと、教育係の司教は言った。

 

 司教の言葉を聞いた少女は、廃れて無人となった教会の前で泣き崩れた。

 

 もう、幸せだったあの頃の光景は無い。

 

 もう、あの頃には戻れない。

 

 もう居ない、兄弟の様に思っていた孤児達も、母親の様に思っていた修道女も。

 

 それも全ては、自分の所為で。

 

 希望が潰え、絶望に打ちひしがられる少女の肩を、後ろから司教がそっと抱いた。

 

「聖女になりなさい、ユスリカ。それこそが、この悲惨な現状を覆す道となります」

 

「覆す、道…?」

 

「貴女が聖女になった暁には、この教会を元通りにする事を約束しましょう」

 

 それは、少女にとっての希望の言葉。

 

 地獄の底に垂らされた、一本の蜘蛛の糸。

 

「本当、ですか? 私が聖女になれば、教会は…皆は帰って来るんですか…?」

 

「当然ですとも。聖女が望むなら、叶わぬ願いはありません」

 

 少女の目に希望が宿る。

 

 地獄の底に垂らされたその糸を、少女は迷わず掴み取った。

 

「なります…私、聖女になります…! 聖女になって、きっとこの教会を、皆を…」

 

 廃れた教会の前で、決意に満ちた眼でそう宣言する少女。

 

 それに司教は、温かな微笑みで返す。

 

 その顔はまるで、聖職者の様であった。

 

 *

 

 それから少女は、度重なる修練に耐えた。

 

 司教から覚えろと言われた神聖魔法は全て覚えた。

 

 教養も、座学も、礼儀作法も。

 

 司教が出す課題全てに、どれだけ時間が掛かろうとも死に物狂いで満点を出し続けた。

 

 それも全ては、聖女となってかつての教会を取り戻す為。

 

 だから少女は努力した。

 

 希望と言う名の目標があったから、だからこそ頑張れた。

 

 少女は優秀だったが、優秀な聖女候補者は他にも沢山居た。

 

 他の候補者を出し抜き、より優秀な成績を収めるには、それこそ睡眠時間を削るしか無い。

 

 他の誰もが眠る中でも、努力して積み上げ続けなければならない。

 

 睡眠不足による眠気はコーヒーを飲んで身体を騙した。

 

 肌荒れや目下の隈は、治癒魔法と化粧で誤魔化した。

 

 聖女は常に美しくなくてはならない、そう司教に言われたから。

 

 そうして、気付けば少女は、聖女候補者の中でも抜きん出る程の成績を収める迄になっていた。

 

 そしていよいよ、聖女が選定される日の前日。

 

 少女は——聖女候補から降ろされた。

 

 その理由は、明言されなかった。

 

 ただ、上層部での何らかの話し合いがなされ、外されたらしい。

 

 それは少女からして、当然納得出来るものでは無かった。

 

 彼女の教育係である暗黒派の司教も、当然それに反発した。

 

 六神教の総本部たる大聖堂に、司教と少女は二人で直談判に行った。

 

 しかし、その決定が覆る事は無かった。

 

 少女は、聖女の選定の儀に立つ事すら許されなかった。

 

 

「…やはり、黒髪だからか」

 

 それは、去り際に司教が呟いた言葉。

 

 候補を外され、絶望の中にある少女を残して、司教は大聖堂から立ち去った。

 

 少女は司教の後を追う気にもなれず、歩き疲れて庭園の隅で蹲る。

 

 そして、泣いた。

 

 弱冠12歳の少女は、聖女になると決意した日から涙一つ見せなかった。

 

 しかし聖女になって教会をもとに戻す、その希望が潰えた今、これまで少女を支えてきたものは全て崩れ去った。

 

 少女は子供の様に泣きじゃくりながら、自らの黒い髪を掻き毟る。

 

 髪を毟り、引き千切り、頭皮を血で滲ませる。

 

 自分の髪、この闇の様な黒髪の所為で、全てが悪い方向に向かった。

 

 修道女(ママ)や孤児の皆と離れ離れになった。

 

 聖女になれとしたくもない神聖魔法の修練を強要された。

 

 大好きだった教会が、かつての自分の居場所が廃れ、無くなっていた。

 

 全て。

 

 全て全て、この黒い髪の所為。

 

 ここはまるで地獄。

 

 何で自分は、こんな世界に居るのか。

 

 こんな嫌な思いをして生きる位なら、いっそこのまま消えてしまいたい。

 

 絶望に打ちひしがられる少女。

 

 それを見て見ぬ振りをし、関わらぬ様に庭園を素通りする六神教の信徒達。

 

 

 そんな最中、掻き毟る少女の手を、小さな手が掴んで止めた。

 

「止めろ。綺麗な髪が泣いている」

 

 幼くも力強い声。

 

 少女は目を見開き、顔を上げる。

 

 そこには、泣きじゃくる自分よりも遥かに幼い黒髪の少年が立っていた。

 

 少年の傍には、護衛なのか黒い甲冑を纏った桜色の髪の騎士が連れ添っている。

 

「…離して」

 

 少女は、酷く荒んだ眼で少年の手を振り払う。

 

 それに反応した桜髪の黒騎士が、腰の剣に手を掛けるが、それを少年は手で制す。

 

「止めろ。触れたのは僕からだ」

 

「…御意」

 

 少年と騎士の短いやり取り。

 

 それを見た少女は、この子はきっと身分の高い子なんだろうなと、何処か他人事の様に思う。

 

 無礼を働けば手打ちにされるだろうか。

 

 それならそれで…と、少女は破滅的思考に陥りながら、少年を見る。

 

「なんで、止めたの…」

 

「あ? 言っただろう。綺麗な髪が泣いていると」

 

「綺麗…? この黒髪が? 冗談は止めてよ。私を馬鹿にしてるの?」

 

「別に馬鹿にはしてないが……自分の髪が嫌いなのか?」

 

「嫌いよ。大っ嫌い」

 

 吐き捨てる少女に、少年は笑う。

 

「そうかそうか。こんなに綺麗な髪を嫌いとは、変な奴だ」

 

「また綺麗って…そんな嘘まで吐いて、私がそんなに惨めに見えた?」

 

「…何故僕が嘘を? 貴様の趣味趣向を押し付けるな。僕が綺麗と言ったら綺麗なんだよ」

 

「…!?」

 

 少年は無遠慮に少女の髪に手を伸ばし、それに驚いた少女は、ふと司教に殴られた事を思い起こし、怯えた様に目を瞑る。

 

 少年は大して気にせず、少女の黒髪を優しく撫でた。

 

 ほつれた髪を、ときほぐす様に。

 

「全く、随分と手荒に扱ったな。おい、櫛を持って無いか?」

 

「男の私が持ってると思います? いい加減名前を覚えて欲しいのですが。あと若様、そう異性の髪に気安く触れられるのは感心出来た事じゃありません」

 

 呆れた様に言う桜髪の黒騎士に、少年は面倒そうに悪態をつく。

 

「貴様の名は長いんだよ」

 

「愛称でも構いませんが?」

 

「誰が呼ぶか」

 

 漫才の様なやり取りをする二人を、少女は目をぱちくりとさせながら呆然と見る。

 

 話をしている間も、少年の手はまるで花を愛でる様な優しさで少女の髪を撫でていた。

 

「…綺麗って、本気で言ったの?」

 

 それは、少女の口から思わず出た疑問。

 

 それに少年は鼻を鳴らす。

 

「ああ、本気だ。寧ろ羨ましい」

 

「羨ま…? 何言って…」

 

 言っている意味が分からず、少女は首を傾げる。

 

 黒髪であった事で、少女は度重なる不幸に見舞われた。

 

 黒髪であって良かった事など、何一つ無い。

 

 それに、目の前の少年の髪の色も自分と同様に黒ではないか。

 

 羨ましいとは、一体どう言う事なのか。

 

 少女の疑問に、少年は自身の黒髪を一部摘み上げ、日の光に照らして見せる。

 

「僕の母は、そこの騎士と同じく桜色の髪だ。僕の髪色も、少しばかりそれを受け継いでいる。純粋な黒では無い。別に、それが嫌と言う訳でもないのだが」

 

 少年の髪色は、一見暗黒に近い黒色であるが、直接光に照らされた部分は少しだけ赤みがかって見えた。

 

「純粋な黒は良いぞ。何ものにも染まらぬ気高き色だ」

 

「気高き、色…」

 

「貴様の髪色の事だぞ。少しは誇れ」

 

「…そんな言葉、言われた事無い」

 

 少女は涙を拭い、泣き腫らした眼でじっと少年を見る。

 

 少年と少女は暫し見つめ合い、桜色の髪の黒騎士は溜息混じりに軽く咳払いをする。

 

「あー、若様? そろそろ旦那様の会談も終わる頃かと」

 

「む、もうそんな時間か」

 

 少年は気怠そうに立ち上がり、少女に背を向けた。

 

「——ぁ」

 

 名残惜しそうに顔を上げる少女。

 

 少年は、振り返りもせずに口を開く。

 

「貴様の事情は知らんし興味も無いが——もし、今の現状に不満があるなら…ライトレス領に来ると良い。美しい黒髪を持つ貴様を拒む者は誰も居ない。少なくとも、僕は歓迎する」

 

 それだけ言い残し、少年と桜色の髪の黒騎士は立ち去った。

 

 庭園に一人残された少女は、もう泣いていなかった。

 

 少女は指に絡む、己の黒い髪の毛を眺める。

 

「気高き色……ライトレス領、か」

 

 少女は天を仰ぎ、ぼんやりと呟く。

 

「黒い騎士になれば、あの子の隣に立てるのかな…」

 

 希望も何も無く、心にぽっかりと穴の空いた少女。

 

 しかし、自分の黒髪を綺麗と言ってくれた少年の顔が、頭から離れなかった。

 

 嫌いな筈の黒髪が、少しだけ好きになれそうな気がした。

 

 

 ライトレス家別邸、執務室。

 

 窓から差し込む日の光が、ローファスの髪を少しだけ赤く照らす。

 

 それを見た女中ユスリカは、昔の事を思い出して微笑んだ。

 

「何を笑っている…俺の頭に何か付いているのか?」

 

「いえ。少し、出会った時の事を思い出していました」

 

「…? そんなに面白い事があったか?」

 

 首を傾げるローファス。

 

 ローファスが思い浮かべているのは、きっとローグベルトで魔鯨より受けた傷を治療した際の事であろう。

 

 庭園での出来事は、ローファスが7歳の時の事。

 

 その時からユスリカも随分と成長している為、分からなくとも無理は無い。

 

 ユスリカは悪戯っぽく微笑む。

 

「秘密です」

 

「なんだそれは」

 

 クスクスと楽しげに笑うユスリカに、ローファスは溜息を吐く。

 

 ローファスは頬杖を付き、そして悩まし気に呟いた。

 

「俺とお前の出会いと言えば、大聖堂の庭園だろう…お前が泣きじゃくっている記憶しか無いのだが?」

 

 何でも無いかの様に言うローファス。

 

 ユスリカはぴしりと固まった。

 

 ユスリカはわなわなと顔を赤く染め、目に見えて狼狽える。

 

「ろ、ろろ、ローファス様…!? な、なんで…お、覚えておいでで…?」

 

「ん、まあな。思い出したのはつい最近だが。この前お前の顔を見た時に、ふと…な」

 

「ふとって…言って下さいよぉ。私、したり顔で秘密です、とか言っちゃったじゃないですかぁ」

 

 羞恥心に顔を染めながらローファスに縋り付くユスリカ。

 

 ローファスは愉快そうに笑った。

 

「なんだ、俺が覚えていないと思っていたのか?」

 

 ローファスはくつくつと喉を鳴らして笑う。

 

「お前があたふたする姿を見るのは久々だな。良いものが見れた。お前は最近、無駄に取り繕っていると言うか、ずっと澄まし顔だったからなぁ」

 

「か、揶揄わないで下さい」

 

 愉快そうに笑うローファスに、頬を赤らめて 目を逸らすユスリカ。

 

 そんなユスリカとローファスのやり取りは、カルロスが痺れを切らした様に執務室に入って来るまで続いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。