悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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65# 出会い

 魔法学園の入学式は恙無く終わった。

 

 学園長の挨拶から始まり、今年入学するメインヒロインである第一王女たるアステリアの入学生代表の挨拶もそこそこに、入学式は何事も無く終了。

 

 原作では、挨拶するアステリアからアベルに対しての目配せがあったのだが、面識が無い現状それも無い。

 

 そして、本来なら入学式を終えて各々が学生寮に、という流れでアステリアと合流するのだが、それも無い。

 

 まあ、当然といえば当然なのだが。

 

 ゲームでは合流したアステリアと仲良く話している所に二部のラスボスたるレイモンド一派が現れて険悪なムードとなる、筈なんだがなぁ…。

 

 いや予想はしてたけどさ、マジでイベントが何も起きないじゃん。

 

 これじゃ俺、ただのモブ生徒やんね?

 

 なんだかなー、と自らに宛てがわれた学生寮に向けて歩き始めた所で、背後から声を掛けられた。

 

「おい、止まれ下民」

 

 それは実に傲慢な声。

 

 キタキタキター! と、俺は内心で心を躍らせる。

 

 これ完全にローファスとかレイモンドだろ。

 

 やっぱあれか、多少原作と違う動きをしても運命とかシナリオとかの修正力みたいなものが働くのかね?

 

 俺はワクワクしながら振り返る。

 

 そこに居たのは知らない人だった。

 

「…え、誰?」

 

「誰!? 誰だと!? 昨日の今日で忘れたとは言わせんぞ下民!」

 

 何やら激昂して喚く男。

 

 なに急に怒り出してんのこの人。

 

 うん? 昨日?

 

『昨日平民の女子生徒を囲んでいた貴族の子息達だ。なんで忘れているんだ…』

 

 火の玉(アベル)が呆れた様に言う。

 

 ああ、そういやあったね。

 

 いや、あの時は裏路地で薄暗かったし…ていうか、モブの顔なんて一々覚えてらんないよ。

 

「まさか新入生だったとはな! よくもあんな舐めた真似をしてくれたものだ」

 

「うわ、何そのくそテンプレ発言。昨日俺の魔力にびびって逃げてたよね? まだやる気?」

 

「び、ビビってなどいない! この俺に対して属性有利だからと調子に乗るなよ下民」

 

 男達の背後より、一際大柄な男が現れる。

 

 昨日の裏路地には居なかった男だ。

 

 上級生の制服、その襟に金のラインは無い。

 

 平民か?

 

「こいつは爵位こそ持たぬが騎士の家系、力はそれなりにある。そして、火に優位な水属性を持っている」

 

「…はあ」

 

「そして、もしも歯向かうならば当然我々も参戦する。最早貴様に勝ち目はないぞ下民。だが俺も鬼では無い。今この場で土下座し、昨日の詫びを入れるならば特別に許してやっても…」

 

 ふんぞり返りながらそんな事を言う男に、今まで黙っていた大柄な男が口を開く。

 

「待て、新入生一人を相手に大人数? 聞いていないぞ」

 

「黙れ騎士風情が! 貴様等騎士は我ら貴族の言う事を聞いていれば良いのだ! 貴様の家系の面倒を見ているのが我が子爵家である事を忘れたのか!」

 

 貴族の男に詰められた大柄な男は、肩を落として俺に向き直る。

 

「…悪く思うな」

 

 ヤバいこいつ、なんか不本意ながらも上からの圧力で仕方なく従ってるタイプの敵だ。

 

 何がヤバいって、こんなにキャラが濃くてもゲームでは登場すらしてない名も無きモブキャラって所よ。

 

 いや、この世界の人間として名前はあるんだろうけどさ。

 

 しかしこいつら、マジで俺とやる気か?

 

 モブキャラが主人公たるアベルに勝てる訳ないんだよなあ。

 

 という訳でアベルさん、お願いしまーす。

 

「…アベル、交代(こうたーい)

 

 小声で火の玉(アベル)にそう言うと、短く溜息が聞こえた。

 

『…今回だけだ。今後は無駄に挑発する様な真似は控えてくれ』

 

 呆れ混じりにそう言いながら、人格交代をしようとした所で、ふと声が掛かった。

 

 それは酷く、聞き覚えのある声。

 

「随分と賑やかだね。あまり公道で騒ぐのは感心しないな」

 

 ブラウンの髪に、サファイアの如き青い瞳。

 

 それはいずれ《第二の魔王》と呼ばれる男、レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン。

 

 その後ろには、存在感のある四人の姿もある。

 

 《第二の魔王》に、四天王…。

 

 マジ? このタイミングで出てくる?

 

 貴族の男は不愉快そうにレイモンド達を見遣る。

 

「新入生か? 上級生に対して礼儀がなっていないようだな。金のライン…貴族ではあるようだが、まさかこの下民の肩を持つ気では…」

 

「おいバカ! 相手は公爵家だぞ!」

 

「えっ」

 

 仲間の一人が男を止めた。

 

 男は驚いた様にレイモンド達の顔をまじまじと見つめ、わなわなと震え出した。

 

「ま、まさかガレオン公爵家の…」

 

 震える貴族の男を、四天王の一人、《影狼》のローファスが冷徹に睨む。

 

「目障りだ、消えろ」

 

 威圧的なローファスの言葉に、貴族の男達は鳩が飛ぶ様に一斉に走り去った。

 

 一人取り残された騎士家系の大柄な男は、暫し呆気に取られ、俺と目が合うと軽く会釈をして逃げた男達の後を追った。

 

 苦労人っぽいなあの人。

 

「ローファス…もっと優しく言いなよ。先輩方が逃げてしまったじゃないか」

 

「一々あの様な雑魚に構うな。さっさと行くぞ。この後茶会をするのだろう」

 

「おや、珍しいね。君がそんなに茶会に前向きとは」

 

「…良いから行くぞ」

 

 最早答えるのも億劫そうに、レイモンドを引っ張って先を急かすローファス。

 

 あれ? 何だこれ。

 

 もしかして俺、助けられたみたいになってる?

 

「あ、ちょっと」

 

 俺は思わず、立ち去ろうとするレイモンド達を呼び止める。

 

 レイモンドは足を止め、此方へ振り返った。

 

「何かな」

 

「あ、えっと…ありがとう?」

 

 一応、助けられたのでお礼を言うと、レイモンドはニコリと微笑んだ。

 

「どういたしまして。君も、あまり挑発しないようにね」

 

 それだけ言い、レイモンドは四天王達を引き連れて去って行った。

 

 うん? なんか普通に良い奴っぽいんだけど。

 

 一応、ゲーム二部のラスボスだよね?

 

 反乱起こして王国を崩壊させた張本人だよね?

 

「…レイモンドって、あんな奴だっけ? もっと険悪な感じじゃなかった?」

 

 誰にも聞こえない様に小声で火の玉(アベル)に聞く。

 

 火の玉(アベル)は気まずそうに唸る。

 

『あれは…アステリアの件があったからな。当時は僕も事情を飲み込めていなかったが…』

 

「あー。そういえば、アステリアって元はレイモンドの婚約者だっけ。まあ確かに、婚約者が見知らぬ男と仲良くしてりゃ、そりゃ面白くはないよねー」

 

 今回はアステリアとの絡みが無いからレイモンドはあんな感じなのね。

 

 「ネトラレってやつかー」と一人で納得していると、火の玉(アベル)は『ぐっ…』と何やらダメージを負った様に呻いている。

 

 火の玉(アベル)と密かにそんなやり取りをしていると、ふと寒気というか、身の毛のよ立つ感覚を覚えた。

 

 それは恐らく、感覚器官の鋭いアベルの身体だからこそ感じた感覚。

 

 俺の視線は、自然と背を向けて歩くレイモンド達に吸い寄せられる。

 

 そして、こちらを見る黒と翡翠の瞳——ローファスと目が合った。

 

 しかしローファスは、直ぐに視線を切って背を向ける。

 

 もしかして今のが殺気? とか、なんで今見られていたんだろう? とか、色々と思う所はあったが、それらを差し置いて俺の頭に一番最初に浮かんだ疑問——それは…

 

「ローファスって、あんな目の色してたっけ?」

 

『…いや、ローファスの目は両目共に黒だった筈だが』

 

「だよな」

 

 俺の中にあったのは、原作との差異から感じる違和感、そして疑問。

 

 俺はそれらを払拭するべく、歩みを進める。

 

『…おい、何をする気だ? …馬鹿、戻れ!』

 

 火の玉(アベル)の声を無視して、俺は足早に駆け出す。

 

 そして俺は、背を向けて歩くローファスの制服の裾を掴んだ。

 

「ちょっと待って」

 

 俺はローファスを呼び止める。

 

「貴様…」

 

 眉間に皺を寄せ、不快そうにこちらを振り返るローファス。

 

 俺は構わず続ける。

 

「今、俺の事見てたよね。もしかして、覚えてる(・・・・)?」

 

「…」

 

 俺の問いに、ローファスは暫し沈黙し、忌々しそうに睨んできた。

 

 うわ、こっわ。

 

 ローファスって陰気っぽいけど、顔は普通に良いんだよなー。

 

 もうね、顔が良いと睨みを利かすだけでも迫力が違うのよ。

 

 何やら火の玉(アベル)が、『馬鹿!』とか『今直ぐ逃げろ!』とか耳元でえらい騒いでいるが、無視だ。

 

 黙ってて、今結構重要な事を聞いてんの。

 

 暫しの睨み合いの末、ローファスは折れた様に溜息を吐いた。

 

「…何の話か分からんな。俺が貴様を見ていたのは、貴様がぼそぼそと独り言を喋っていて気色が悪かったからだ」

 

「ひ、独り言…キショ…!?」

 

 何気にショックを受けていると、ローファスは裾を掴む俺の手を乱暴に払い除け、再び背を向ける。

 

「挙動がおかしいと、変人だと思われるぞ。目立つ行動は控える事だな——平民」

 

 そう吐き捨てる様に言い、ローファスは歩き出す。

 

「…もしかして知り合いかい?」

 

「そんな訳無いだろう」

 

 レイモンドとそんなやり取りをしながら、ローファス達は去って行った。

 

 一人残された俺は、首を傾げる。

 

「んー…ローファスは相変わらず嫌な奴だったな。俺の気の所為…あたっ!?」

 

 火の玉(アベル)が割と強めに体当たり(?)をしてきた。

 

 頭にコブができ、俺は涙目で火の玉(アベル)を睨む。

 

「ちょ、何す——」

 

『何故こんな危険な真似をした!? よりにもよってローファスを相手に! 一歩間違えれば死ぬ所だぞ!』

 

 おおう、何やら凄い剣幕(顔は無いが)で怒鳴られた。

 

「ごめんごめん…でも死ぬは大袈裟っしょ。いざとなればアベルと代われば…」

 

『前から思っていたが、お前は考えが甘過ぎる! お得意の“ゲンサクチシキ”とやらはどうした!? あのローファスを相手に、何故そうも楽観的で居られる!?』

 

 火の玉(アベル)が滅茶苦茶怒ってる…。

 

 でも“あのローファス”って、えらい仰々しく言ってるけど、四天王の中でもぱっとしないあのローファスでしょ?

 

 そりゃ、弱くは無いよ?

 

 魔法の手数は多いし、攻撃の威力もそれなりに高い。

 

 中でもローファスが定期的に使う暗黒鎌《ダークサイス》は、全体に9999のカンストダメージを出してくるという、かなり凶悪な初見殺し技だった。

 

 でも、逆にいえばそこの対策さえすれば、大して苦戦する事は無い。

 

 回避力を上げれば問題無く躱せるし、何よりローファスには火や光といった明確な弱点があった。

 

 他の四天王や《第二の魔王》レイモンドには弱点らしい弱点が無い中で、唯一の明確な弱点持ち。

 

 それこそがローファスが四天王の中でもそこまで強く無いと評価される所以。

 

「でも相性的に、今のアベルなら《影狼》のローファスなんか余裕でしょ? 四天王戦なんて二部の頃だし、ラスボス戦まで経験して最強状態のアベルなら…」

 

『何を言い出すかと思えば…あの時、僕達がローファスを打倒出来たのは、ローファスが万全の状態じゃなかったからだ。もしも万全だったなら、負けていたのは僕達の方だ』

 

「そんな、大袈裟な…」

 

『大袈裟じゃない。ローファスはあの時、魔力の大半を黒い魔物の使役に費やしていた。良いか、あの時のローファスはかなりの魔力制限を受けていた。言ってしまえばローファスは、僕達を相手にしながら、同時に王国の全軍を…一国を一人で相手取っていたんだぞ…!』

 

「…」

 

 それは、確かにそういう設定ではあったと思うけど、ゲームだし…。

 

 うん? いや、それ現実的に考えるとかなりヤバいのか。

 

 改めて考えると、ローファスはたった一人で一国を相手取るレベルって事だよな。

 

 それ、他の四天王の比じゃなくない?

 

「え、じゃあ今のアベルじゃ、ローファスに勝てないって事?」

 

『…万全の状態のローファスを相手にと考えると、今の僕一人では勝ち目は無い。全ての六神の加護を受け、その上でかつての仲間達と共に戦って五分、と言った所だろう』

 

「マジかよ」

 

 なにそれ、ゲームのラスボス《闇の神》より強いじゃん。

 

 そんな化け物が同級生として普通に学園に通ってんの?

 

 冗談だろ、マジでゲームバランスどうなってんだよ運営…。

 

 ゲームのDLCで実装されたレイモンドや四天王達の第二形態——魔人化。

 

 しかしどういう訳か《影狼》のローファスだけが実装されず、運営に嫌われた不遇キャラとしてネタにされていた。

 

 攻略サイトで四天王最弱とまでいわれていた《影狼》のローファスが、まさかそんなヤバい奴だったとは。

 

 しかし、となるとローファスは、ハッピーエンドを目指す上でかなり厄介な障害になるんじゃないか?

 

 或いは、ラスボスの《闇の神》以上に。

 

 シナリオ通りに進んでくれたなら、またあの黒い魔物を大量に使役して弱体化した所を倒すだけで良いけど、既に初対面の段階から原作とは異なっている。

 

 今からでもアステリアと仲良くして、変化した流れを元の形に修正する必要があるか。

 

「…次のイベントは新歓合宿か。一先ずここで、アステリアとの出会いからやり直さないとな」

 

 俺が今後の方針を固めていると、どういう訳か、いつも煩い位に意見してくる火の玉(アベル)からの返答が無い。

 

 火の玉(アベル)は、何か思案する様に黙っていた。

 

『…』

 

「アベル? どした?」

 

『…平民——ローファスは、お前(アベル)をそう呼んでいたな』

 

「言ってたな。それが?」

 

『いや、少し違和感が。ローファスはいつも、僕を下民と呼んでいたから』

 

「はあ」

 

 えらい細かい所気にしてんのね。

 

「気分とかじゃない? そもそも今回は出会い方も違うし」

 

『…いや、何より目の色が違う。《闇の神》の眷属は、皆一様に瞳の色を翡翠色に染めていた。ローファスの左目は、それと同じ色…警戒はした方が良い』

 

 …俺の勘、正しいじゃん。

 

 てか、《闇の神》の方もシナリオを改変してる可能性があるのか。

 

 まあ、三年前の時点で豹王アンブレが襲って来てたし、今更ではあるけど。

 

 もしかして、俺以外にも転生者がいたりするのかね?

 

 少なくとも、他の六神の使徒は、火の玉(アベル)と同様にゲーム…というかストーリーの記憶を持っているものと考えられる。

 

「…さっさと他の六神の使徒、見つけなきゃね」

 

 俺は荷物を背負い直し、学生寮に急いだ。

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