悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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70# 友情

 レイモンドは王国公爵家の嫡男でありながら、幼少期の五年間を隣国の帝国で過ごしている。

 

 より正確には、外交官たる父親に付き添って帝国と王国の国境を頻繁に行き来していた、が正しい。

 

 過ごした割合として帝国の方が長かった為に、レイモンドにとって帝国は第二の故郷という認識を持っている。

 

 外交官たる父親は、レイモンドに王国に縛られない広い見識を持たせる為に、王国とは全く異なる思想、風習のある帝国に連れて行き、短く無い時を共に過ごした。

 

 その中で得た経験は、レイモンドの人格を形成する上で非常に大きな影響を与えている。

 

 帝国は科学技術が発展した国であるが、その技術の恩恵が辺境の隅々まである訳ではない。

 

 帝国の首都は、昼夜問わず電力による明かりが煌々と輝いており、夜の闇すらも昼間の如く明るく照らしている。

 

 その様は正しく、眠らない街。

 

 鋼鉄のラインが、首都内の空に蜘蛛の巣の如く張り巡らされており、それを列車に似た乗り物が無数に走る。

 

 首都は実に近未来的で煌びやかな街並みだが、その光景が辺境まで続く事は無い。

 

 首都から離れる程に街並みの文明レベルは落ち、国境付近には半世紀以上前の戦争の傷跡が残っている場所まである。

 

 帝国は首都が繁栄しているのに比例して、辺境に行く程に貧しい地域——所謂、貧民街やスラム街が多く見られる様になる。

 

 幼いレイモンドは帝国にて、繁栄した首都と辺境の貧民街、その両方を見、そして過ごした。

 

 帝国民は魔力持ちを忌避する傾向があった為、身分を偽り、魔力持ちである事を隠して。

 

 帝国で暮らす事で、魔力持ちが優遇される王国とは真逆の価値観を、その身をもって体験した。

 

 五年という歳月の中で、同年代の友人も出来た。

 

 そしてレイモンドは、魔力を持つ者も持たない者も大差は無く、等しく人間である事を学んだ。

 

 そして、帝国で出来た友人は——同じく帝国民によって殺された。

 

 友人は、魔力持ちであった。

 

 それは本人にも自覚は無く、ふとした拍子に属性が発現し、発覚した。

 

 つい昨日まで共に過ごし、笑い合っていた隣人達が、魔力持ちであると判明した途端に豹変し、その幼き友人を嬲り殺しにした。

 

 異変に気付き、レイモンドが駆け付けた時には全てが終わった後だった。

 

 そこには変わり果てた友人だったものと、興奮した様子の大人達の姿があった。

 

 “こいつは、悪魔の子だった”

 

 まるで悪魔にでも取り憑かれたかの様な大人達は、そうレイモンドに言った。

 

「悪魔はどちらだ…!」

 

 衝動的に持ち前の魔力で周囲の大人達を吹き飛ばそうとした所で、それを共に居た父親が止めた。

 

 “まだこんな悪習が残っていたとは…もう無いと聞いていたのだがな。レイモンド、これが帝国だ。帝国と、その民達の常識だ。この場において、異常なのは我々の方。努努(ゆめゆめ)忘れぬ事だ”

 

 父の言葉に、レイモンドは唖然とした。

 

 つい昨日まで共に笑い合っていた帝国民が、全く別の生き物の様に思えてならなかった。

 

 その日、レイモンドは父親と共に帝国を後にし、王国へ帰還する。

 

 道中、父親は言った。

 

 “帝国の民が野蛮に見えるか? ならばその認識を改めなさい。帝国民も王国民も、等しく人間。価値観が違うだけで、その本質は然程変わらない”

 

 そして、父親はこうも続けた。

 

 “…嫌な思いをさせたな、すまなかった。あんなものを見せるのは本意では無かった”

 

 それから父親は、レイモンドを王国に戻して外交官として単身帝国へ蜻蛉返りした。

 

 ガレオン領に戻ったレイモンドは、暫し本都から離れた田舎で療養する事となる。

 

 それは帝国の一件でショックを受けた様子を重く見た母親の計らい。

 

 しかし、レイモンドを更に追い詰めるかの様な出来事が起きる。

 

 療養目的で田舎へ向かう途中、レイモンドを乗せた馬車の前に、貧しい身なりの女が躍り出た。

 

 まるで浮浪者の如きその女は手の中に赤子を抱えており、自らの不幸と貧しさを語った。

 

 所謂、物乞いであった。

 

 レイモンドは馬車の中から女の話を聞き、つい先日まで帝国の貧しい者達と暮らしを共にしていた事もあり、同情して幾分か恵もうと考えた。

 

 レイモンドが金銭を取るべく懐に手を入れた所で——御者の騎士が物乞いの女に魔法を放った。

 

 短い悲鳴。

 

 女は上半身が消し飛び、投げ出された赤子は、鳴き声一つ上げず、ぴくりとも動かなかった。

 

 赤子は既に息が無く、蝿が集っていた。

 

 息を引き取ってから時が経っている様だった。

 

 “お見苦しいものをお見せ致しました”

 

 騎士はそれだけ言うと、何事も無かったかの様に馬に鞭を打ち、馬車を進めた。

 

 レイモンドは、最早声を出す気力すら無かった。

 

 帝国民も王国民も、その本質は変わらない。

 

 父親が言っていたその言葉が、頭の中で反芻する様だった。

 

 この一件でレイモンドは、魔力を持つ者も持たない者も、等しく醜く見える様になった。

 

 人間は、各々が持つ価値観によって弱者を悪意無く虐げ、疑問すら抱かずに殺す。

 

 人間は、酷く醜い。

 

 レイモンドは幼いながらに、人間に絶望していた。

 

 帝国の一件と、田舎での馬車の一件は、レイモンドの心の奥底に深々と消えない傷を残した。

 

 そして同年——。

 

 レイモンドは、親同士が決めた婚約者と初の対面をする事となる。

 

 人間に絶望し、心が荒んでいたレイモンドは、アステリアと出会う。

 

 アステリアは、レイモンドが今までに会った事の無いタイプだった。

 

 純心で、純粋で、民を憂い、王族として民を、弱者を尊ぶ。

 

 アステリアは、そんな人間だった。

 

 屈託無く美しく笑うアステリアに、レイモンドは一目見た瞬間から惹かれていた。

 

 絶望していた人間に、希望が持てる気がした。

 

 レイモンドは、アステリアのその純真な笑顔に、救われたのだった。

 

 

「——と言うのが、私とアステリアの出会いだ。あの時のアステリアの笑顔に、私はどれだけ救われたか。どれだけの幸福を得たか。アステリアは…」

 

「長い」

 

 レイモンドの昔語りを、痺れを切らしたローファスが遮った。

 

「長過ぎる」

 

 ローファスは繰り返す様に言った——今にも沈みそうな夕日を見ながら。

 

 ローファスは苛立った様子でコツコツと靴底で地面を踏み鳴らす。

 

「一体、どれだけ長々と話せば気が済むのだ貴様は。しかも、馬鹿みたいに長い前置きの末が、アステリアの笑顔に救われた、だと? 要するにただの一目惚れだろうが、気取るな」

 

 ジロリと睨むローファスに、レイモンドは肩を竦める。

 

「いや、すまない。君には知っておいて欲しかったんだ」

 

「そんな話を長々と聞かされて、俺にどうしろと…?」

 

 心底嫌そうに顔を顰めるローファスの手を、レイモンドは握る。

 

 そして、真っ直ぐな目でローファスを見つめた。

 

「…アステリアとアベルの関係を探って欲しい」

 

「はあ!?」

 

「頼む」

 

「ふざけるな! 他を当たれ!」

 

「この話をしたのはローファスだけ…つまり君しかいないんだ!」

 

「そんな事、ご自慢の召喚獣にでもやらせれば良いだろう!」

 

「召喚獣に頼むのでは、結局私がやるのと変わりないじゃないか。私がするのは駄目だ。きっと冷静な判断が出来ない」

 

「俺が知るか! 手を離せ気色悪い!」

 

 手を振り払おうとするローファス。

 

 しかしレイモンドは断固として離さない。

 

「離さない、君が引き受けてくれるまで」

 

「ガキが貴様は!」

 

 ベンチの隣同士に腰掛け、握った手をぶんぶんと振り回す男二人。

 

 そんな光景を、屋上広場に来たある闖入者達が目撃する。

 

「…ぁ」

 

 思わず出たかの様なか細い声。

 

 ローファスとレイモンドはぴたりと動きを止め、声の主の方へ視線を向ける。

 

 そこには、何故か顔を赤らめて目を逸らすアンネゲルトと、怪訝そうに眉を顰めるオーガスの姿があった。

 

「ちょっとレイモンド…貴方、婚約者がいるのに……ローファスは…居ないから良いのか…あれ、でもアンタ女好きじゃ…あ、成程。やっぱり両方いけるのね」

 

 硬く手を取っている(様に見える)レイモンドとローファスを見ながら、顔を赤らめつつぼそぼそとそんな事を口走るアンネゲルト。

 

 レイモンドは苦笑しつつ手を離し、ローファスは心外だとばかりに睨む。

 

「おい、“やっぱり”とはどういう認識だアンネゲルト! 妄想も大概にしろ!」

 

「大丈夫よ、愛の形は人それぞれ。ローファス、アンタは性別に囚われていないのよね。そういうの、素敵だと思うわ」

 

「思うな馬鹿者! しかも何故俺だけになっている!」

 

 諭す様に言うアンネゲルトに、ローファスは我慢ならんとばかりに詰め寄る。

 

 オーガスが反射的に半歩下がった。

 

「ローファス、お前そうなのか? いや、別に珍しくもないか。戦時中…お祖父様の代は多かったらしいしな。だが、俺は至ってノーマルだから、そのつもりでいてくれな?」

 

 中途半端に理解を示すオーガス。

 

 ローファスはキレた。

 

「だから何で俺だけだ! 疑いならばレイモンドにも向けろ貴様等!」

 

「いや、レイモンドには婚約者いるしな。お前はいないだろ」

 

「居なかったらなんだ!」

 

「貴族で成人の年まで婚約者が居ないのは稀だろ。侯爵家なら縁談の話も多い筈なのに。つまり…そういう事だった訳だ。いや、謎が解けた」

 

「なんだその荒唐無稽な考察は。また気絶させられたいらしいな筋肉達磨…!」

 

 ローファスが怒りから肩を震わせ、その身から暗黒の魔力を立ち昇らせた所で、レイモンドが割って入る。

 

「オーガス、アンネ。勘違いだ。少しローファスに個人的な頼み事をしていてね。ローファスが快く承諾してくれたものだから感極まって手を取ってしまったんだ」

 

 なあローファス、と微笑むレイモンド。

 

 ローファスは顔を引き攣らせる。

 

「いや、待て。俺は承諾など…」

 

 レイモンドの言葉に、アンネゲルトとオーガスは各々が納得した様に頷いた。

 

「あ、そういう事。私てっきり…」

 

「頼み事? 何だよ困ってる事でもあんのか? 言えよな水臭ぇ」

 

 レイモンドは肩を竦めた。

 

「いや、大した事じゃ無いさ。何せ、ローファスが快諾してくれたのだから」

 

 これで問題は全て解決した様なものだ、とレイモンドは笑った。

 

 レイモンドはローファスの肩を叩く。

 

「では頼んだよ、ローファス」

 

「貴様…」

 

「埋め合わせは必ずする」

 

 文句を言い掛けたローファスに、レイモンドは小声でそう伝える。

 

 ローファスは深い溜息を吐き、うんざりした様に顔を上げた。

 

「…この貸しは高く付くぞ」

 

「無論だ。利子付きできっちり返すさ」

 

 ローファスの承諾を受け、レイモンドは安堵した様に笑う。

 

 そしてその視線をアンネゲルトとオーガスに向けた。

 

「もう随分と暗くなってしまった。帰ろうか」

 

「貴様の話が長いからだろうが」

 

 ローファスの小言に苦笑しながら、レイモンドは背を向ける。

 

 後ろに三人の四天王を連れ立って、屋上広場を後にする。

 

 ここでふと、ローファスは首を傾げた。

 

「…ヴァルムはどうした?」

 

「とっくに帰ったわよ。二人が遅いから先に行くって」

 

 アンネゲルトが答え、オーガスが鼻を鳴らす。

 

「相変わらず奔放な奴だよな。会った時から変わらねぇ」

 

「会った時…? 初対面の時には貴様、喧嘩を売った挙句一方的にボコボコにされていたではないか」

 

「あぁ!? ありゃノーカンだ! いや、寧ろ腕相撲では俺の勝ちだった! お前にも勝ったぞローファス!」

 

 腕相撲にて、無様に舞った時の記憶を思い起こし、ローファスは額に青筋を立てる。

 

「…ほう。その後に無様に気絶していたのは誰だったか。やはり脳筋は記憶力が乏しいらしい」

 

「あ? やんのかテメエ!」

 

「上等だ。今日ここで、どちらが上かはっきりさせようではないか」

 

 売り言葉に買い言葉。

 

 170cmを超える長身のローファスと、更に大柄な2mを超える巨漢のオーガスが睨み合う。

 

 アンネゲルトはまた始まった、と呆れ、レイモンドは——吹き出す様に笑った。

 

 それは大笑、腹を抱えた大笑い。

 

 普段の冷静な雰囲気からは想像が付かない程の笑いに、三人の視線がレイモンドに注がれる。

 

「…くくく、いやすまない。随分と馴染んだものだと、つい。特にローファスは、当初我々に対して距離を置いている様だったからね」

 

 ローファスは露骨に顔を顰めた。

 

 レイモンドは一頻り笑うと、仕切り直す様に軽く咳払いを一つ。

 

「では行こうか。早くしないと本当にヴァルムが帰ってしまう」

 

「あれ? 帰ったんじゃ…」

 

「ヴァルムは校門前だ…魔力反応がある」

 

 首を傾げるアンネゲルトに、ローファスが答えた。

 

 くすりと、レイモンドはまた笑う。

 

「我ながら、本当に良い友人達を持った。こんな生活がずっと続く事を切に願うよ」

 

 レイモンドのその言葉は、誰に向けたものでも無い独り言。

 

 それは幼少期、人間というものに絶望していたレイモンドの、本心の吐露であった。

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