悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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72# 開幕

 学年別闘技トーナメント当日。

 

 トーナメントへの参加資格は、魔法学園の生徒である事、ただそれだけ。

 

 アベルは当然、参加申請済みである。

 

 参加者数は、各学年の約七割から八割超と、実に膨大。

 

 参加者の半数以上が騎士家系の者や平民であり、下級貴族の子息も参加はしているが、比較するとその数は明らかに少数である。

 

 統計的に若くして高い実力を持つ上級貴族の子息は、その殆どが参加を見合わせている。

 

 その理由として闘技トーナメントが、就職活動の意味合いが強いイベントであり、必然的に平民や騎士家系の生徒達がメインとなる場である為だ。

 

 もしも上級貴族の子息も当たり前に参加するならば、平民や騎士家系を容易く蹴散らし、トーナメントの上位の殆どを占める事になりかねない。

 

 それではトーナメントの目的、企画そのものが破綻してしまう。

 

 それ故に、上級貴族は参加を控えるというのが暗黙の了解として存在している。

 

 それでもそういった恒例に逆らい、目立ち目的で参加する上級貴族も毎年一定数は存在しており、それは今年も例に漏れない。

 

 一学年の部でも、我が物顔で参加者に混じる上級貴族は数名見て取れた。

 

 しかし、アベルが注視するのは全くの別の人物。

 

 参加者の中で、緊張感の欠片も無く簡素な槍を肩に掛け、ぼんやりと空を眺める癖っ毛の混じる金髪の少年。

 

「お前も出るのかよ——《竜駆り》のヴァルム…!」

 

 アベルは顔を引き攣らせた。

 

 場所は闘技ドーム。

 

 これより始まるのはトーナメントの本戦に進む為の予選——所謂、数が多い参加者の振い落とし。

 

 現在、一年生の参加者全てが闘技ドーム内に集められている。

 

 人口密度が高い中、逃げ場も無いドーム内でこれから行われるのはバトルロワイヤル形式の予選。

 

 五百人強は居る一年生の参加者同士で戦い、トーナメント規定人数の十六人に減るまで続けられる。

 

 つまり予選のバトルロワイヤルで最後まで立っていた十六人が、本戦のトーナメントに出場出来るという事。

 

「なんで四天王最強が出場してんだよ…難易度バグってんだろ」

 

 もうこれ優勝無理じゃん、と肩を落とすアベルに、火の玉(アベル)が答える。

 

『ヴァルムは騎士家系だからな。前回も参加していたぞ』

 

「そうだっけ? デスピアの襲撃でトーナメント自体が有耶無耶になったから、その辺あんまり覚えてないんだよね」

 

 でもまだ一年生だし、今のヴァルムならワンチャン行けるか? いや無理だよなー、とぼそぼそと独り言を言いながら、アベルは周りの参加者に目を向ける。

 

 そして、見知った顔に目を止めた。

 

 それは体格の良い大柄な男——騎士家系のゴルドだった。

 

「うい、ゴルドじゃん。お前も参加してたんだ?」

 

「…アベルか」

 

 声を掛けると、ゴルドはじろりと鋭い目をアベルに向ける。

 

「えらくピリついてんね。もしかして優勝狙い?」

 

「優勝? まさか。俺では本戦出場も厳しいだろう」

 

「そうなん? でもゴルドって実戦経験あるんでしょ? 普通に良い所まで行けそうなもんだけど」

 

「騎士の家系なら、実戦経験がある者は然程珍しくは無い」

 

「そっか」

 

 ゴルドはネガティブな発言とは裏腹に、力強く槍を握り締めている。

 

「これだけの人数の中、最後まで生き残るとなると相当突出した実力が無ければ厳しいだろう。当然、運も絡んでくる。残念ながら、俺にはその双方が共に欠けている」

 

「そんな悲観的にならなくても…って、その割にはやる気じゃない?」

 

「本戦が無理でも、予選での戦い振りで評価される事もある。寧ろ参加者の大半は、この予選でどれだけ見せ場が作れるかを考えているだろう」

 

「ほー」

 

 そういうものか、とアベルは首を傾ける。

 

 見ると参加者の多くは目をぎらつかせており、今にも殺し合いでも起きそうな殺伐とした雰囲気がある。

 

 これだけ好戦的な雰囲気でも優勝狙いじゃ無いのか、とアベルは微妙な気持ちになる。

 

「アドバイスだけど、あそこの金髪には近付かない方が良いよ」

 

「…? ああ、ヴァルム・リオ・ドラコニスか…近付く訳が無い。優勝候補の筆頭じゃないか」

 

「あ、知ってんだ」

 

 意外そうに目を丸くするアベルに、ゴルドは呆れた様に肩を竦める。

 

「当たり前だろう。ガレオン公爵家嫡男、レイモンド卿の側近だぞ。そこらの上級貴族などより、余程強敵だ」

 

「…色々と詳しそうだね。因みに、他に優勝しそうな人は居る?」

 

「お前…そんな事も調べずにここに立っているのか?」

 

 呆れ顔のゴルド。

 

 と、ここで、床に着きそうな程に長いプラチナブロンドの髪と髭を靡かせる男——学園長アインベルが闘技ドームの壇上に立った。

 

 学園長はドーム内に集められた予選参加者を流し見る様に睥睨し、ちらりとアベルに目を止めて、怪しくニヤリと微笑む。

 

 そして音を増幅させる魔法具を用い、その声を闘技ドーム全体に響かせる。

 

『やあ諸君。本日はよく集まってくれた。幸いにも雲一つ無く快晴…と、不要な前置きは省こうかの。此度の大会は、諸君にとって非常に良い経験となるじゃろう。しかし一つ、残念に思う事がある——恐らくじゃが、諸君の殆どが、優勝を目指していないという事じゃ』

 

 じろりと、学園長は参加者達に視線を巡らせる。

 

 それに、バツが悪そうに俯く生徒や、目を逸らす生徒も見て取れた。

 

 しかし学園長は、責めるでもなく笑った。

 

『——ふむ、正直で結構。しかしながら今回の大会は、諸君に用意された晴れ舞台。目標は高く持って欲しい。…とは言え、本戦に出場出来るのはたったの十六名。残念じゃが、この場に居る殆ど、五百名近くは脱落する事になる』

 

 学園長は、肩を竦めて見せた。

 

『繰り返すが、儂は諸君に、目標を高く持って欲しいと思っておる。そしてそのチャンスも、皆平等にあるべき、ともな。さて、そこで儂の独断で特別ルールを設けさせてもらった!』

 

 両手を広げ、高らかに宣言する学園長。

 

 ざわめく観客、そして当事者たる参加者達。

 

 学園長はニヤリと笑うと、天に向けて指を高らかに鳴らした。

 

 それを合図に、魔素によって構成された大画面が闘技ドームの上空に展開される。

 

 その大画面に、十六名の生徒の顔と名前が映し出された。

 

 それはこの場に居る参加者であり、上級貴族や騎士家系の生徒が映し出されている。

 

 その中にはヴァルムや、アベルの顔も映し出されていた。

 

「あ? なんで俺が…」

 

 アベルの呟きは、周囲のざわめきに溶けた。

 

 そして周囲の参加者達から、じろじろと無遠慮に視線を向けられ、アベルは「どういう事だよ…」と居心地悪そうに学園長を睨む。

 

 学園長は、参加者達の反応を見て楽しむ様に笑い、続ける。

 

『さて諸君。ここに映し出された者等は、本戦出場確実と目される参加者達である。参加者の中でも非常に高い実力があると、この儂が判断し選出した。そして本戦出場確実な彼等を倒せる者がもしも居るなら…そんな生徒には、是非とも本戦トーナメントに出てもらいたいものじゃのう』

 

 学園長が放った、雲行きの怪しくなる言葉。

 

 参加者達のざわめきはぴたりと収まり、アベルに向けられていた視線が、好奇なものから一転し、殺気に近い好戦的なものに変わった。

 

 アベルはギギギと首を動かし、隣のゴルドを見る。

 

 ゴルドは力強く槍を握り、真顔でアベルを見据えていた。

 

「…ゴルド? えっと、俺たち友達だよな?」

 

「…ああ、そうだな。許せアベル」

 

「許せって何を!?」

 

 まるでいつでも攻撃出来るかの様に、間合いを少しずつ詰めてくる周囲の参加者達。

 

 学園長はケラケラと笑った。

 

『これこれ、そう急くでない。開始の合図はまだじゃぞ。まあ時間も押しておるし、始めるとするかの』

 

 学園長は一呼吸置くと、閉眼して深く息を吸い、カッと目を見開いた。

 

『“優勝候補の十六人、もし倒せたら即本戦出場のバトルロワイヤル”! 開始ィィィァアアア!!』

 

「趣旨変わってんだろうが学園長ォォォ!?」

 

 響く学園長の開始の号令、そしてアベルの抗議の叫び。

 

 直後、アベルは周囲の目をぎらつかせた参加者達から、一斉に攻撃を受けた。

 

 

 闘技ドームの一角で、巨大な火柱が舞い上がった。

 

 片や別の場所では、大規模の稲妻が迸る。

 

 闘技ドーム内では、他にも派手な属性魔法が各所で猛威を振るっていた。

 

 構図は大画面にて顔を晒された十六名の優勝候補者達と、それを潰さんと襲い掛かる挑戦者達。

 

 軽く優勝してやろうと意気揚々と参加していた上級貴族達も、学園長の一言により、敬遠される強者から一転して、真っ先に潰すべき対象へと変わった。

 

 その顔から余裕は消え去り、今では必死の形相で応戦している。

 

 その光景を観客の貴賓席から眺めているのは、王国第一王女アステリア・ロワ・シンテリオ。

 

 彼女は今、隣国である聖竜国から来た来賓の接待中であった。

 

 …なのだが、彼女は今、接待という役割を忘れる程に、闘技ドームでの乱戦に魅入っていた。

 

 視線の先には、襲い来る参加者達を次々に撃退する赤髪の少年——アベルの姿がある。

 

 アステリアは拳を握り締め、気品ある椅子の肘置きを力任せに殴り付けた。

 

「アインベル叔父様…なんて事をしてくれたのよ…!」

 

 多勢に無勢の中、単身で互角以上に立ち回るアベル。

 

 流石アベル! と賞賛したい反面、アベルが学園長の思い付きで不当に不利を強いられている事に怒りを禁じ得ない。

 

 ふるふると怒りに肩を振るわせるアステリアの隣で、プッと吹き出す声が聞こえた。

 

 それはアステリアが接待中の、聖竜国姫巫女の失笑。

 

「なんだタリア(・・・)。あの赤髪の闘士に随分とご執心ではないか」

 

 タリアと、アステリアを愛称で親しげに呼ぶ姫巫女。

 

 アステリアと姫巫女は、歳が近い事もあり幼い頃より親交があった。

 

 王国に於ける王族と同様に、聖竜国では姫巫女の家系が代々国の代表となっている。

 

 それは所謂、女系の王政に近いが、王国の王族とは違い政治的な権限は無く、その権威はどちらかといえば宗教的な思想に近い。

 

 聖竜国は、千年の歴史を持つ王国よりも古い。

 

 聖竜国を建国したのは最上位の竜王とされており、姫巫女の家系はその直系の子孫である。

 

 竜種の血を色濃く受け継ぐ姫巫女の頭部には、稲妻を思わせる二本の角が生えている。

 

 これは姫巫女の家系に極稀に生まれる所謂先祖返りであり、角持ちの姫巫女は非常に強い力を持つとされている。

 

 特に当代の姫巫女は角持ちとしては非常に格が高いとされており、その身に秘める魔力も膨大。

 

 その魔力総量は、王国随一の魔力を誇るローファス・レイ・ライトレスに比肩する。

 

 聖竜国姫巫女——タチアナ・アヴァロカンド。

 

 原作ゲームでの最終章にてアベル達の仲間となる最後のヒロインであり、聖竜国最高の魔力の持ち主である。

 

 姫巫女——タチアナは、面白いものを見つけたとばかりにアステリアに詰め寄る。

 

「お主、確か婚約者が居たであろう。ほれ、あの栗色の髪の優男。良いのか? 大事な婚約者を差し置いて、そんな恋する乙女の様な顔を他の男に向けて」

 

「こここ、恋!? き、急に何を言い出すのよタチアナ!」

 

「…その狼狽え方はガチ感があるぞ」

 

 揶揄ったつもりが、割とガチな反応が返って来て若干引き気味の姫巫女。

 

 姫巫女は仕切り直す様に軽く咳払いをしつつ、諭す様に言う。

 

「まあ、結婚と色恋は別と言うしな。お主も年相応の女子(おなご)だったという事だ、タリア」

 

「だから、これはそんなんじゃ…」

 

「そう否定せずとも良かろう。己の気持ちには正直であれ。今の婚約者とは、政略的な婚約なのであろう? ならば結婚するだけして、愛は愛人と育めば良い」

 

 闘技ドームで火炎を巻き起こしながら戦うアベルを指差し、ニヒルに笑う姫巫女。

 

 アステリアはわなわなと肩を振るわせる。

 

「そそそ、そんなの不義…不貞じゃない…!」

 

「別に珍しい事でもなかろう? 我が国の金持ち共は、伴侶とは別に、お気に入りの剣闘士を愛人として側に置いておるぞ」

 

「…カルチャーショックね。うちの国じゃそんな露骨に愛人を側にはおかないの」

 

「そうか? 王国貴族の男こそこれ見よがしに愛人を侍らせとるイメージじゃがなぁ」

 

「…まあ、そういうのが居るのは否定しないわ」

 

 貴賓席で繰り広げられる王女と姫巫女のディープな会話に、それぞれの護衛として後ろに控える近衛騎士や上級剣闘士が、これ聞いたら不味いやつだなと耳を塞いだ。

 

 と、ここで二人の会話を遮る様に貴賓席の扉がノックされる。

 

 そしてその直後、返事も待たずに扉は乱暴に開け放たれる。

 

 身構える近衛騎士と上級剣闘士。

 

 無遠慮に貴賓席に入って来たのは、男女の二人組。

 

 それはローファスと、アンネゲルトであった。

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