悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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73# 相対

 扉を開け放ち、貴賓席にずかずかと無遠慮に入ったのは制服姿のローファスであった。

 

 その背後には、ローファスの制服の裾を引っ張りながら止めようとするアンネゲルトの姿もある。

 

「ちょ、バカローファス! ここ貴賓席だから! 勝手に入っちゃ駄目なの! 分かんないの!?」

 

「ノックはした。勝手ではない」

 

「返事も待たずに入ったでしょアンタ!?」

 

 漫才の様なやり取りをする二人を相手に、護衛の近衛騎士と上級剣闘士は警戒する様に武器を構える。

 

 それを姫巫女は興味深そうに眺め、アステリアは意図せぬ来客に驚いた様に立ち上がる。

 

「貴方達、いつもレイモンドと一緒に居る…ローファスに、アンネゲルトね。突然来て、一体何のつもり? 今は国賓の来客中よ」

 

 アステリアより冷たい視線、そして護衛達から武器を向けられ、しかしローファスは動じる様子も無くそれらを面倒そうに眺める。

 

 対してアンネゲルトは慌てて謝罪する。

 

「も、申し訳ありません! 直ぐに出ていくので! ほら行くわよローファス、どう考えても今は間が悪いでしょ!」

 

「…勝手に返事をするな。タイミングは今しかない」

 

「まだそんな事言ってんのアンタ!?」

 

 出て行く素振りも見せず、その場に居座り続けようとするローファス。

 

 挙句に痴話喧嘩紛いの言い合いを始めた二人に、アステリアの眉間に皺が寄る。

 

 と、ここで姫巫女が、ローファスの名前に反応した。

 

「…ロー、ファス? おい、そこの黒いの。お主、まさかローファス・レイ・ライトレスか?」

 

「黒いの…」

 

 髪色を指し、その上で名指しで呼ばれたローファスは怪訝そうに姫巫女を見る。

 

 過去、そして未来——物語に於いても関わりが無い筈の姫巫女に認知されている事に、ローファスは眉を顰める。

 

「聖竜国、姫巫女——タチアナ・アヴァロカンド…殿下に置かれましては、何故私めの名をご存知で?」

 

 他国の姫に対し、頭も下げずに護衛が向ける刃越しに問い掛けるローファス。

 

 その不遜な態度に、護衛の上級剣闘士は言葉こそ発しないものの、殺気立った視線がローファスに向けられる。

 

 そしてアンネゲルトは、「アンタそんな謙った口調で喋れたの…?」と口を手で押さえて驚いている。

 

 ローファスの不遜な態度に謙った口調に、姫巫女——タチアナは特に気にした様子も無く愉快そうに笑う。

 

「なんと、まさかこんな所で会えるとはな。これは良き偶然。探す手前が省けたというものだ。我等が祖、大地の竜王に感謝せねばな」

 

 一人で笑う姫巫女に、アステリアは「どういう事?」と怪訝そうな視線を向け、ローファスは六神の使徒か、と疑惑を募らせる。

 

「いやすまんな。お主の名は、妾が個人的に良くしている商人から聞いたのだ。聞くにお主、何年か前に北方の雪国で悪名高い商人を懲らしめたらしいではないか」

 

「…」

 

 成否の返答はせず、ローファスは内心でギランの事か? と目を細めた。

 

 姫巫女は続ける。

 

「妾にその話をした商人だが、お主に会いたいと言っておるのだ。此度妾が王国に行くと知るや、主に会ったら是非伝えて欲しいと直談判してきてな」

 

「聖竜国の商人が、俺に会いたいだと…?」

 

「まあ妾個人としても、お主には興味があった。なんでもお主、王国随一の魔力を持つらしいではないか」

 

 「まあ…」と姫巫女は肩を竦め、半目でアステリアを見る。

 

「妾の用件は今度で良い。主等は別件で来た様だしの。タリアよ、妾の事は良いから行ってやれ」

 

「ちょ、タチアナ!? 何を勝手に…!」

 

「良いでは無いかタリア。この様な所まで乗り込んで来るという事は、余程の用件なのだろう」

 

 姫巫女がローファスの肩を持った事に、信じられないと恨めしげに睨むアステリア。

 

 アステリアはチラリと闘技ドームで活躍するアベルを見遣り、納得出来ない様子でローファスを睨む。

 

「何で今なのよ。タイミングなんて、他に幾らでも…」

 

「それは失礼を。ただここ最近、アステリア殿下は学園での多くの時間を平民と戯れて過ごされていたもので。殿下の婚約者——レイモンドに関わる話です」

 

 アステリアの言葉に被せる様に、ローファスは嫌味半分に告げる。

 

 レイモンドの名を聞き、アステリアはバツが悪そうに顔を背けた。

 

「…分かったわよ」

 

 アステリアは観念した様に呟き、ローファスの元へ歩み寄る。

 

「タチアナ。悪いけど、少し席を外すわね」

 

「良い良い。良い見せ物がある故、退屈はしそうに無いしな。それとローファス。言っておくが、これは貸しじゃ。後日妾と話す機会を設けるのだぞ」

 

 姫巫女の言葉に、ローファスは無言で返す。

 

 無視された姫巫女は、しかし気にした様子も無く「ああ、それと…」と付け加える。

 

「身から出た錆とは言え、お手柔らかにしてやってくれ」

 

「…こちらとしても、事を荒立てる気は無い」

 

 それだけ返し、ローファスはアステリアを連れて貴賓席を後にした。

 

 

 場所は闘技ドームの外。

 

 ローファスの後に、アンネゲルトとアステリア、そして近衛騎士が続いていた。

 

「…何処まで行く気?」

 

「込み入った話ですので、他の生徒の目の無い所が良いかと。まあ、この辺で良いでしょう」

 

 不機嫌そうなアステリアに、ローファスは魔力探知で周辺に人が居ない事を確認し、足を止めた。

 

 ローファスは近くのベンチを見る。

 

「座られますか?」

 

「結構よ。長々と話す気も無いし」

 

「左様で」

 

 妙に刺々しい両者の会話に、アンネゲルトは嫌な汗を流す。

 

 ローファスについて来いと言われたので二つ返事で付き添ったが、アンネゲルトは今になって後悔していた。

 

 アステリアとレイモンドの事で話があり、あらぬ噂を立てられては面倒という事なのでローファスに付き添う事に承諾したが、こんなに殺伐とした空気になるとは聞いていない。

 

 ローファスは口調こそ謙ってはいるものの、その態度には隠し切れない棘が見え隠れしており、それを前に護衛の近衛騎士も、今にも武器を抜き放ちそうな殺気混じりのピリついた雰囲気である。

 

 この場で一人胃の痛みに苦しみながら、ローファスには絶対に後で何か美味しいものを奢らせてやると決心するアンネゲルト。

 

 そんなアンネゲルトの恨みがましい視線に気付きもせず、ローファスは無詠唱で結界魔法を展開する。

 

 この場のローファス等四人を中心に、薄い透明の魔力の膜がドーム状に形成された。

 

 それは属性の付与されていない無属性の結界。

 

 これにより、結界内で話した内容が外部に漏れる事は無く、又魔法的な傍受は当然、念話すら出来なくなった。

 

 突然の結界魔法の発動に、アステリアは警戒を露わにする。

 

「…どういうつもりよ。ここまでする必要ある? それとも、何か後ろ暗い事でもする気?」

 

 後ろに控える近衛騎士も剣の柄に手を掛け、まるで許可でも待つかの様にアステリアを伺っている。

 

 そんな警戒を受けるも、ローファスは淡々と答える。

 

「慎重な性分でしてね。誰が聞き耳を立てているか分かったものではありませんので。特にこれより話す内容は、レイモンドの名誉にも関わる事」

 

 ローファスに冷たい目で睨み返され、アステリアは気圧された様に目を逸らす。

 

「…何でレイモンド本人じゃ無くて、貴方が来たのよ?」

 

「この件に関して、レイモンドは冷静ではいられないと。私としても甚だ不本意ではありますが、殿下に意向の確認に参ったのです」

 

「意向って…」

 

 アステリアは気まずそうに、近衛騎士をちらりと見る。

 

「リット、ごめんなさい。悪いけど、席を外して貰えるかしら」

 

「な、なりません!」

 

 リットと呼ばれた近衛騎士は慌てた様子で拒否するが、アステリアは諭す様に言う。

 

「駄目、これは命令よ。心配は要らないわ。学友と少し込み入った話をするだけ」

 

 誰が友だ、と吐き捨てそうになるのをローファスはぐっと堪える。

 

 近衛騎士リットは暫し納得出来ない様に唸るが、近衛騎士にとって王族より下された命令は絶対。

 

 近衛騎士に、王族に提言する権限は無い。

 

 近衛騎士リットは苦々しく敬礼し、結界から出た。

 

 近衛騎士を退かせたアステリアは、続いてアンネゲルトを見る。

 

 出来れば余り人に知られたくはない、そんな意図を滲ませるアステリアだが、ローファスは意に介さない。

 

「アンネゲルトには同席を頼んでいます。我々の間で下らぬ噂を立てられては互いに迷惑でしょう」

 

「私と貴方で…? あり得ないでしょう」

 

「それは私も同意致しますが、どうも私は、一部で女誑しと噂されている様でしてね。酷い風評被害もあったもので、一体誰が広めたのやら。なあアンネゲルト」

 

 じろりとローファスに睨まれ、突然話を振られたアンネゲルトは気不味そうに明後日の方を向く。

 

「そうなの…?」

 

 アステリアからも怪訝そうな顔で問われ、アンネゲルトは観念した様に答える。

 

「どうも一部の女生徒の間で、そういった噂が流れている様で」

 

「…そう。彼女を同行させたのは貴方なりの配慮——そういう事ね、ローファス」

 

 やや呆れの孕んだ目で見るアステリアに、ローファスは肩を竦める。

 

「ご理解頂けた所で、本題に入りましょう。既にお察しの通り、アベル・カロットについてです。あの平民にどの様な感情を向けておられるのか、お聞かせ願いますか——アステリア殿下」

 

 ローファスより問いただす様な冷たい視線を受け、アステリアは目を伏せた。

 

 

 新歓合宿にて、アステリアはアベルに救われた。

 

 それが初めての出会い、その筈だった。

 

 しかし、アステリアは初めてアベルの顔を見た時、言葉に出来ない程の高揚感に包まれた。

 

 そして知る筈の無いアベルの名が、自然と口から出た。

 

 何故、どうして。

 

 アステリアは考えたが、答えは出なかった。

 

 その答えを知る為に、新歓合宿後、療養を終え、直ぐにアベルに会いに行った。

 

 そこからは質問攻めにした。

 

 アベルと言葉を交わすのが楽しくて、何故かどうしようも無く懐かしくて。

 

 気が付けば、何処かで会った事があるか、なんて尋ねていた。

 

 その時のアベルの、困った様な、それでいて切なそうな、そんな顔が酷く印象的だった。

 

 アベルに惹かれているという自覚はアステリアにもあった。

 

 婚約者であるレイモンドの事もある為、その気持ちには蓋をせねばとは思った。

 

 しかし、アステリアは自分を抑える事が出来なかった。

 

 気が付けばアベルの事を考えており、眠ればアベルの夢を見た。

 

 覚えの無いアベルと過ごした日々の記憶が、断続的にアステリアの頭に流れた。

 

 たった一度助けられただけ。

 

 それから一方的に付き纏っただけで、付き合いとしても非常に浅い。

 

 それでも、これだけは言える。

 

 姫巫女タチアナに「自分に正直であれ」などと焚き付けられたからでは無いが、この本音に嘘は吐きたくなかった。

 

「——私はアベルが好き。異性として惹かれてる。それ以上でも、それ以下でも無いわ」

 

 冷徹ともいえるローファスの視線に、アステリアは真っ直ぐに見返して答えた。

 

 ある種、開き直りとも取れる言葉。

 

 王家と公爵家、家同士で結ばれた婚約そのものに泥を塗り、その関係性を崩しかねない返答。

 

 それは決して、個人の一時的な感情で壊して良い規模のものでは無い。

 

 罵倒、誹り、責任の追及、それらを全て受け入れるつもりでアステリアは答えたが、しかしその答えを受けたローファスは、軽く溜息を吐くのみだ。

 

 後ろでアンネゲルトが両手で口を抑えて驚愕するのを尻目に、ローファスは淡々と話す。

 

「アステリア殿下の意向は、確かに伺いました」

 

「…それだけ、なの?」

 

「何か?」

 

「いや…だって私、レイモンドを裏切る様な真似を…」

 

「私はそれを追及する立場にありません。レイモンドの友人としても…特にはありませんね。他者の恋愛事情など、正直どうでも良いので」

 

 冷たく言い放つローファスに、アンネゲルトは「いやいやいやいや、もっと色々あるでしょ! 王女が平民に恋してるとか、王国が引っくり返る程の大スキャンダルじゃない!?」と信じられないものを見る様な視線を向ける。

 

 ローファスはアンネゲルトの視線を無視し、「ただ」と付け加える。

 

「一人の王族として、その感情を表明する事がどれだけ非常識で無責任なのかは、聡明なアステリア殿下ならばご理解されている事と存じます。当然、婚約者であるレイモンドへ、そして王家とガレオン公爵家への説明責任は果たされるべきかと具申致します」

 

「そうね…そうよね。ローファス、貴方の言う通りだわ」

 

 消沈した様に、目を伏せるアステリア。

 

「…失礼、私の話など、どうぞお聞き流しを。ここまでご足労頂き、ありがとうございました」

 

 ローファスは話を切り上げ、結界を解こうとする。

 

 しかしアステリアが待ったを掛けるように声を上げた。

 

「ローファス。レイモンドには、アベルの事は私から伝える…私に、伝えさせて」

 

 懇願する様に言うアステリアに、ローファスは肩を竦めて見せる。

 

「…ではレイモンドには、後日アステリア殿下から話がある、と伝えましょう」

 

「お願い…それと、ありがとう。少しだけ、貴方の事を誤解していたようだわ。後日、改めてお礼をさせて」

 

「左様で。どの様な誤解をされていたかは、敢えて聞かないでおきましょう。それと、お礼の方は結構です」

 

 アステリアのお礼の言葉で、少しだけピリついていた場の空気が緩む。

 

 ローファスはほんの少しだけ険が取れた雰囲気で、軽口で返した。

 

「——!」

 

 アステリアとのそんなやり取りの直後、ローファスはふと目を剥き、空を見上げた。

 

「ローファス…? どうかしたの?」

 

 ローファスの異変に、いち早く気付いたアンネゲルトが声を掛ける。

 

 ローファスは苛立たし気に舌を打つと、即座にアンネゲルトを抱き寄せ、その場から半歩下がった。

 

「えええ!? ななな、何よアンタこんな所で突然!?」

 

 突然のローファスの暴挙に、若干ほおを染めながら早口で困惑の声を上げるアンネゲルト。

 

 アステリアも意味が分からず、呆然としている。

 

 しかしアステリアは、ふと懐かしい気配を感じ取る。

 

 そしてその感覚に呼応する様に、周囲の温度が上昇した。

 

 直後、響き渡る轟音と共に火炎が舞い、ローファスの結界が焼き切られた。

 

 剣を携え、結界を破って炎と共に現れたのは、赤髪の少年。

 

 少年はその紅蓮の瞳を怒りに歪ませ、ローファスを睨み付けた。

 

「結界など張って、アステリアに何をする気だ——ローファス・レイ・ライトレス…!」

 

 燃え盛る熱気を受け、ローファスは苛立った様に睨み返す。

 

「何故ここが…魔力探知は出来ないのではなかったのか——アベル・カロット」

 

 殺気にも似た紅蓮と暗黒の闘気が、アベルとローファスの狭間でぶつかり合った。

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