悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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78# 戦火

「——何、それは本当か?」

 

 早朝、ローファスは学生寮の受付で宿直の用務員に詰め寄っていた。

 

 用務員は、上級貴族であるローファスにびくびくしながらも答える。

 

「ち、誓って本当です…昨晩から明け方に掛けて、レイモンド様はお戻りになられておりません。一度戻られたヴァルム様も探しに行かれましたが、今まで戻らず…」

 

 朝、レイモンドが部屋に居ない事に気付き、用務員に確認をしたローファス。

 

 しかし用務員は、レイモンドは戻っておらず、それを探しに出たヴァルムまで戻らないと言う。

 

「ヴァルムもだと? そんな馬鹿な…」

 

 そうこうしていると、オーガスが現れる。

 

「おいローファス。騎士家系の寮棟も見てきたが、宿直の言う通りヴァルムの奴も居ねえ」

 

 二日酔いか、頭痛に苛まれる様にこめかみを抑えながら、オーガスは言う。

 

「どうなっている…」

 

 ローファスは目を細め、即座に魔力探知を広範囲に放つ。

 

 以前、飛空艇にて行ったものよりも更に広く。

 

 それは脅威の半径五十km、王都をすっぽりと覆い尽くす、この上無く馬鹿げた範囲。

 

 王都全域の魔力反応を確認したローファスは、眉間に皺を寄せた。

 

「は…?」

 

 ローファスが探したのは、当然レイモンドとヴァルムの魔力反応。

 

 あの二人に限って何かあったとは考え難いが、それでも念の為にと規格外の魔力探知を用いた。

 

 結論からいうと、ヴァルムの反応は王都内には無かった。

 

 そして、レイモンドの魔力反応は——数え切れない程にあった。

 

 王都中に、レイモンドの魔力を宿した魔物——召喚獣の反応が。

 

「馬鹿な…これは一体——」

 

 どういう事だ、ローファスがそう口にしようとした矢先、魔力探知にノイズが走った。

 

 それはまるで、放った魔力探知に対して、術式的な介入を受けた様な感覚。

 

 その不快なノイズは徐々に鮮明さを増していく——そうして聞こえてきたのはレイモンドの声だった。

 

『——やあ、おはようローファス。昨晩はよく眠れたかい。相変わらず、馬鹿げた索敵範囲だね』

 

 それは、ローファスが放った魔力探知を介して繋げられた念話。

 

 常軌を逸する程に緻密な魔力制御の技術があって出来る、離れ技。

 

 ローファスは奥歯を噛み締め、軋ませる。

 

「レイモンド…何故、王都中に召喚獣を放っている。ヴァルムは、どこに行った」

 

『…召喚獣達は、王都を手中に収める為に配置した。私の合図一つで、王都は地獄と化すだろう』

 

「何を、訳の分からぬ事を…! 昨日の夜はあんなにも……別れてから、何があった!?」

 

『何も。私はただ、世界を正しい形に戻すだけさ。ローファス、君になら分かるだろう。この世界は歪められている。間違いは、正さねばならない』

 

 ローファスは少しだけ寂しそうに、そして悔し気に目を細める。

 

「狂ったか、レイモンド」

 

『私からすれば、狂ってしまったのは君の方だよ、ローファス。《影狼》だった頃の君は、この上無く非情で頼もしかった。今の君は、まるでぬるま湯に浸かった仔犬の様だ』

 

「…そうか」

 

 レイモンドが発した《影狼》という単語。

 

 それは今のレイモンドが知る筈の無い言葉。

 

 つまり今話しているレイモンドは、ローファスが良く知るレイモンドとは別人という事。

 

 恐らくは、物語で《第二の魔王》と呼ばれた——

 

「ヴァルムは、どうした」

 

『ヴァルムか…味方だった頃は案外呆気無く負けを認めていたというのに、いざ敵となると随分と粘ってくれたよ。飛竜も無しに、よくあれだけ動けたものだ』

 

「…」

 

 レイモンドの言葉に、ローファスの中の何かがキレた。

 

 そして魔力探知の精度を極限まで上げ、王都中に無数に散らばるレイモンドの魔力の中から、より質の高いものを精査する。

 

 そして、とある方向を睨み付けた。

 

 視線の先にあるものは、学園。

 

「…学園の、屋上か」

 

『…む。召喚獣を広範囲に放ったのは君に居場所を特定されない為でもあったのだが。成る程、私が知る君よりも魔力制御の腕は上らしい』

 

「抜かせ。逃げずに待っていろ。貴様のその捻じ曲がった精神、この俺が叩き直してやる」

 

 その言葉を最後に、レイモンドは念話を切った。

 

 そしてその直後、王都の街より黒煙が上がった。

 

 

 レイモンドとの念話を終えたローファスは、静かにオーガスを見る。

 

「オーガス。落ち着いて聞け。今、王都が魔物の大群に襲われている」

 

「…は、はあ!? 魔物!? んだそりゃ…レイモンドとヴァルムは!?」

 

 ローファスに突然そんな事を言われ、驚きの声を上げるオーガス。

 

 ローファスは目を細め、静かに首を左右に振る。

 

「レイモンドの居場所は特定した。ヴァルムは…分からん」

 

「おいおい…」

 

 マジかよ、と今にも外に飛び出しそうなオーガスに、ローファスは更なる爆弾を投下する。

 

「王都を襲っているのはレイモンドの召喚獣だ」

 

「はあ!?」

 

「レイモンドは…眠っているらしい。俺は奴を叩き起こしに行く。貴様はアンネゲルトと共に暴れる召喚獣の対処に当たれ」

 

「寝てる…? レイモンドの支配下から解かれた召喚獣が暴れてる…って事なのか?」

 

「…その様なものだ」

 

 レイモンドが狂って王都を滅ぼそうとしている、等と言える筈も無く、ローファスはそれっぽい理屈で誤魔化した。

 

 そもそも、レイモンドと召喚獣は対等な契約関係にある為、厳密には支配下にある訳ではない。

 

 そもそもローファスからすれば、どうして人格が変わってしまったレイモンドに、召喚獣が大人しく従っているかも謎だ。

 

 しかし事が起きてしまっている以上、放たれた召喚獣を止めるには召喚者たるレイモンドを叩くしか無い。

 

「では、召喚獣の方は頼んだぞ」

 

 学生寮から外へ出、ローファスは自身の影より巨大グリフォン——デスピアを呼び出す。

 

 学園までの距離ならば、転移を繰り返すよりもデスピアで飛んだ方が魔力効率は格段に良い。

 

 レイモンドと対峙する可能性がある以上、魔力は出来る限り温存する必要がある。

 

 デスピアの背に飛び乗ったローファスに、オーガスが声を掛ける。

 

「待てローファス!」

 

「貴様、聞いていなかったのか。事は急を要すると…」

 

「テメェ、なんか隠してんだろ」

 

「…」

 

 オーガスに問われ、ローファスは驚いた様に沈黙する。

 

「なんだその顔。俺が何も分かんねーとでも思ったか? みくびってんじゃねーぞ」

 

「…説明している時間は無い」

 

「一人で抱え込むなっつってんだよ。ダチだろうが」

 

「…う、む」

 

 オーガスの言葉に、ローファスは少しだけ動揺を見せる。

 

 オーガスは「はっ」と笑った。

 

「悪いな、止めて。少し文句を言ってやりたかっただけだ。お前等は何かと、俺やアンネゲルトを除け者にするからな」

 

「そんな事は…」

 

「分かってるよ、事情があんだろ。でも、いつか話せよ」

 

 オーガスに真っ直ぐ見られ、ローファスはその視線を避ける様にぷいっと顔を背けた。

 

「…気が向いたらな」

 

「いやそこは話せよ!?」

 

 オーガスの言葉と同時、デスピアが羽ばたき浮上する。

 

 ローファスは暫しオーガスを見下ろし、口を開く。

 

「レイモンドの召喚獣は強力だ。アンネを頼むぞ」

 

 それだけ言い残すと、ローファスを乗せたデスピアは両翼を大きく羽ばたかせ、学園に向けて一直線に飛び去った。

 

 一人残されたオーガスは、空に描かれた黒の軌跡を目で追い、そして溜息を吐く。

 

アンネ(・・・)ね…直接本人に言ってやれよな、ったく」

 

 普段愛称で呼ぶ事なんて無い癖に、と呆れ混じりに、オーガスは踵を返した。

 

 向かうは、アンネゲルトが居る女子寮。

 

 あのローファスに頼られた以上、やらない訳にはいかない。

 

 何せローファスに、友人として頼られたのは、これが初めての事。

 

 それが少しだけ嬉しくて、王都が魔物に襲われるという非常事態だというのに心が躍った。

 

「ったくレイモンドの奴。ペットの管理位しっかりやれよな…」

 

 言いつつも、オーガスは腕を豪快に回しながら好戦的に笑い、一歩を踏み出す——その瞬間、高速で空から飛来した巨竜が、大口を開けて食らいついた。

 

 一瞬の出来事に、オーガスは抵抗は当然、碌に反応すら出来なかった。

 

 そして巨竜は、口に含んだオーガスを咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。

 

 その一部始終を見ていた寮の宿直は、悲鳴を上げながら屋内に逃げ込んだ。

 

 巨竜はまだ食い足りない、とじろりと学生寮を睨む。

 

 そして巨竜は思った、この建物は邪魔だと。

 

 巨竜は寮に向けて口を開くと、その口内に光が収束していく。

 

 それは正しく、竜種の代名詞ともいえる強力無比な技——ドラゴンブレスを放つ溜めの動作。

 

 ドラゴンブレスなんて受けようものなら、なんの防護術式も施されていない学生寮など塵すら残らないだろう。

 

 光が集まり、ドラゴンブレスが今にも放たんとした次の瞬間——突如、巨竜の腹が弾け飛んだ。

 

 飛び散る鮮血と肉片、そして風穴の空いた腹から、血に塗れたオーガスが現れる。

 

 その身から流れ落ちるのは巨竜の血であり、オーガス自身には傷一つ無く、それどころか髪の毛を抜かれる程の痛みすら感じていなかった。

 

 オーガスは怠そうに、驚きに目を見開く巨竜を見上げ、そして軽く腕を振るう。

 

 パーンと、大気が弾ける音と共に、巨竜がバラバラに砕け散る。

 

 最早届く事の無い言葉を、オーガスはつまらなそうに口にする。

 

飼い主(レイモンド)に俺の事は聞いて無かったのか? 俺は手加減が苦手だから、遊び相手には向かねえんだよ」

 

 オーガスは大樹の如き剛腕を振るい、血を払い飛ばす。

 

 それはかつて《金剛》の名で呼ばれた四天王の一角。

 

 王国最強の肉体の持ち主、ここに動く。

 

 

 黒翼を広げ、学園へ飛翔するデスピア。

 

 そんなデスピアを阻まんと、無数の鳥型の召喚獣が襲い来る。

 

 デスピアの背に乗るローファスは、暗黒魔法の弾幕を浴びせ、容易くそれを殲滅した。

 

 そうこうしながらも学園へ向かうローファスは王都の街を見下ろして眉を顰める。

 

「レイモンド…!」

 

 街の至る所から上がる黒煙、民衆の悲鳴。

 

 召喚獣は遠慮無しに破壊を撒き散らしており、被害は思いの外大きい。

 

 レイモンドは王都を手中に収める為と宣っていたが、破壊した街を手にして何になるというのか。

 

 虐殺した民衆をどう従えるというのか。

 

 これは、かつてレイモンドが忌み嫌っていた、理不尽そのものではないのか。

 

 やはり今のレイモンドは完全な別人だ、とローファスは結論付ける。

 

 ローファスの魔力探知には、召喚獣に抗う人間の魔力もちらほらと引っかかっている。

 

 初動が遅れてはいるものの、王国戦力の騎士団や魔法師団が動き出していた。

 

 しかし、レイモンドの召喚獣は一体一体が強力かつ数も膨大。

 

 オーガスとアンネゲルトが対処に当たったとしても手が足りない。

 

 レイモンドを止めたとして、王都が滅んでいましたでは本末転倒である。

 

 ローファスは舌を打ちつつ、魔力を高める。

 

「《光無き世界(ライトレス)》は駄目だな…召喚獣の行動を制限する分には良いが、民や兵士側にも影響が出る。ならば…」

 

 上級魔法《光無き世界(ライトレス)》は、場の制圧という面では非常に有用であるが、暗黒の濃霧で視界を遮断するという特性上、逃げる国民や戦う兵士の行動を阻害する事になる。

 

 故にローファスは、別の魔法を発動する。

 

 魔法の等級は落ちるが、その範囲はローファスの膨大な魔力を喰らい、街を飲み込む程に膨れ上がる。

 

 空を飛翔するローファスとデスピアの影、そこを起点に王都の地面は暗黒に染まる——それはまるで、地上に敷かれた暗黒のカーペット。

 

 《暗黒領域《ダークカーペット》》——己の影を起点に、暗黒を広げる魔法。

 

 この魔法単体でも領域内にいる敵の足を取り込み、動きを鈍らせる効力を持つが、ローファスが使えば更なる真価を発揮する。

 

 暗黒の領域より、ローファスがこれまで殺し、使役した使い魔達が這い出で、召喚獣に牙を剥いた。

 

 無数の剣魚(ソードフィッシュ)海洋竜(シーサーペント)等の海洋系の魔物。

 

 甲冑を纏った魔晶霊《クリスタルゴースト》の軍団。

 

 そして、黒炎を纏う巨大な髑髏、元ダンジョンの守護者《ガーディアン》の鬼火公(イグニス・コローナ)

 

 それは正しく、今ローファスが出せる総戦力。

 

 そしてデスピアの背、直接ローファスから伸びる影より、エルフ王が現れた。

 

 エルフ王——バールデルの身体は高密度の魔力に覆われていき、鎧を形成する。

 

 頭には鷲の頭を模した兜《アーメット》、手には巨大な戦斧。

 

 戦闘態勢に入ったエルフ王バールデルに、ローファスは一瞥すらせずに指示を出す。

 

「…バール、貴様が使い魔の中では一番の手練だ。だから——アレを殺れ」

 

 ローファスの視線の先——王都の上空には、雷雲の中を泳ぐ様に畝る巨大な龍の姿があった。

 

 翼も無く、長い胴体で空を泳ぐ様に舞うその龍は、気紛れに落雷を王都へ降らせていた。

 

 王都を襲う、他の召喚獣とは明らかに別格。

 

 それも雲の上にいる事もあり、地上からでは大概の攻撃が届かない。

 

 まともに相手をすると厄介この上無い相手である。

 

「敗北は許さん。王としての威厳を見せろ」

 

『…御、意』

 

 ローファスの命令を受け、エルフ王は戦斧を担ぎ上げてその場で跳び上がり、空を駆ける様に龍の畝る暗雲へ向った。

 

 そして直後、雷雲の中で雷撃と黒風の旋風が炸裂する。

 

 それを見ていたローファスは暫し目を丸くし、ぼそりと呟く。

 

「…あいつ、喋るのか」

 

 普段エルフ王を表に出す事が無い為、知らなかった。

 

 天空都市にて使い魔化したばかりの時にも“リリィ”と口にしていたが、あれは風神の介入あったが故のものと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 考えてみれば、他の使い魔も個々に鳴き声や唸り声位は上げる。

 

 人型のものであれば喋る事があっても不思議ではない…のか? とローファスは首を傾げる。

 

 元より人間を使い魔化する気は無かったが、今後は喋るタイプのものも極力使い魔化は控えようとローファスは心に決めた。

 

 ローファスが地上に放った使い魔達は、複数でレイモンドの召喚獣を取り囲み、効率的に駆逐し始めている。

 

 影の使い魔は、傷を負ってもローファスの魔力を消費して再生する。

 

 手数が増え、利便性が高い反面、その魔力効率は非常に悪い。

 

 とはいえ、王国全土という広大な範囲に万を超える軍勢を展開していた物語と比べ、今回の運用は小規模なもの。

 

 戦闘時に自前の魔力を用いるレイモンドの召喚獣と比べれば燃費は比較出来ない程に悪いが、しかしこの程度の消耗であれば物語の時の様に自身の戦力を著しく落とす事は無い。

 

 レイモンドを止めるだけの力はある。

 

 問題無い、とローファスは己に言い聞かせた。

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