悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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81# 転生オリ主

 原作に於いて、レイモンドの戦闘スタイルは、魔法特化の魔法剣士だった。

 

 《竜駆り》のヴァルムに比肩する戦闘技術、《金剛》のオーガスに比肩する膂力、《荊》のアンネに比肩する魔法技術、そして《影狼》のローファスに比肩する膨大な魔力と魔法出力。

 

 個々の力はそれぞれの四天王と比べて見劣りするが、それでも並び得るだけの力を持っているのがレイモンドであった。

 

 総合力に於いて、レイモンドの右に出る者は居ないといえる。

 

 しかし、レイモンドの真価は、その万能型ともいえる優れたステータスではない。

 

 数多の魔物と契約し、召喚獣として使役出来る力。

 

 ガレオン家固有のその力こそが、レイモンドを最強たらしめる。

 

 それは手数であり、数多の攻撃手段であり、あらゆる対策が取れるという事。

 

 原作に於いて、レイモンドは召喚獣を出さず、その身一つで戦った。

 

 故に、転生者はレイモンドの本来の強さを知らず、又、その想定も十分とはいえないものだった。

 

 

 しかしレイモンドも、表面上は余裕を見せつつも、当の転生者に対して並々ならぬ警戒を寄せていた。

 

 何せ、転生者はあのローファスをたったの二手で無力化したのだから。

 

 万全の状態のローファスを、不意を突いたとはいえ、魔法具だけでその行動を封じ込めた。

 

 まぐれでどうにかなる程、ローファスは間抜けでは無い。

 

 少なくとも、そんな事が出来る者は、この世界に何人も居ない。

 

 

「アベルの力は、精霊由来のものだった。元々精霊の血を引いていたのだろう。所謂、先祖返りというものだね。現代では珍しいが、全く無い訳でも無い。聖竜国の姫巫女など、その典型だ」

 

 レイモンドは饒舌に、両手を広げ、種明かしでもするかの様に語る。

 

「しかし、アベルは種族的には人間。ヴァイン・ワイズで能力の何割か抑え込めれば儲け物と思っていたが、まさかこう(・・)なるとはね」

 

 些か興醒めだ、とレイモンドは締め括る。

 

 アベルは絶望の面持ちで宙にてあぐらをかくヴァイン・ワイズを見据え、恐々とレイモンドを見る。

 

「アベルは…どうなった」

 

「見ての通り、ヴァイン・ワイズの腹の中だ」

 

「そんな…こんな、簡単に…」

 

「別に不思議な事では無い。前回、埋めようの無い圧倒的な戦力差を覆され、我々は敗北した。それと同じ事が起きただけだ。私はアベルに対して対策をした、ただそれだけさ」

 

 顔を真っ青にするアベルに、レイモンドはさて、と続ける。

 

「確かローファスは、君が転移結晶で何処かに跳ばしていたね。余計な事をしてくれたものだが…ローファス無しで、本気で私をどうにかする気だったのか?」

 

 レイモンドは、まるでローファスとアベルのやり取りを見ていたかの様に話し、失望した様に首を傾ける。

 

 そして、手の中に光の球を生み出した。

 

 次の瞬間、光の球は一直線にアベルに飛来する。

 

「く…!」

 

 アベルは身体を捻り、どうにか躱わす。

 

 光の球は先程までアベルが立っていた地面を穿ち、魔力爆発にて消し飛ばした。

 

 爆風に飲まれたアベルは、無様に転がる。

 

 それを見たレイモンドは、塵でも見るかの様な目でアベルを見下す。

 

「下級魔法一つにこの為体…どうやら、戦闘力が無いのは本当らしい。それでよく、私をやる(・・)などと宣えたものだ。アベルの皮を被った君が何なのかは知らないが、どうやらただ他力本願なだけの愚物らしい」

 

 レイモンドの背後に、先程放たれたものと同様の光の球が、無数に生み出される。

 

 光魔法の弾幕。

 

 当然、今のアベルがこれを受ければひとたまりも無い。

 

 しかしアベルは、そんな事どうでも良いかの様にヴァイン・ワイズを静かに見据えていた。

 

「何してくれてんだ…ハッピーエンドの中には、アベルも入ってんだよ…」

 

 ぼそりと呟くアベルに、レイモンドは眉を顰める。

 

「なに…?」

 

「まだ終わりじゃない。あの触手猿をどうにかすれば…」

 

「無駄な思考だ。君は、次の私の魔法を躱す事も出来ずに死ぬ」

 

 レイモンドの言葉が引き金となり、無数の光の球が一斉に放たれ、弾幕と化す。

 

 迫る光を前に、アベルはブチ切れた様に叫ぶ。

 

「うっせえな! テメェをぶっ倒してそこの触手猿の腹を掻っ捌いてアベルを助け出す! やってやるよ!」

 

 アベルはポーチから魔法アイテム——鏡が描かれたタロットカードの様なものを複数枚取り出し、周囲に投げる。

 

 宙に舞うカードは光を放つと、一枚一枚が半透明の障壁と化し、アベルを守る様に全方位に展開された。

 

 間も無く飛来した光魔法の弾幕は半透明の障壁に触れた瞬間、まるで時を巻き戻す様にレイモンドの元へ舞い戻る。

 

 跳ね返された弾幕にレイモンドは眉を顰めるも、避ける事すらせず、常時展開している魔法障壁が全てを受け切った。

 

 自身の魔法弾幕を受け、レイモンドは尚も無傷。

 

 アベルが用いた見慣れぬ魔法アイテムに、レイモンドは目を細めた。

 

「私の魔法を跳ね返した…? 魔法術式が込められた護符…だが、知らない魔法だ。古代遺物(アーティファクト)か?」

 

 タイミング的にはかなりギリギリだったな、とアベルは冷や汗を流しつつ、挑発する様にニッと笑う。

 

「…企業秘密」

 

「ふむ、まあ無駄に手の内を明かす意味も無いか」

 

 レイモンドは手の中に、神々しい三叉の鉾を形成する。

 

 それは無詠唱による光属性上級魔法《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》。

 

 一度投擲すれば山をも消し飛ばす程の馬鹿げた威力の魔力爆発を引き起こす魔法であるが、レイモンドはこれを近接で用いる。

 

 レイモンドは目にも止まらぬ速度でアベルの眼前に迫ると、魔法反射の障壁ごと貫かんと光の矛を振り被る。

 

「それで、直の攻撃も反射出来るのか?」

 

「いや、そりゃ無理かな…!」

 

 魔法アイテム——《マジックカード…リフレクト》が反射出来るのは遠距離魔法のみ。

 

 それどころか、魔法全てを問答無用で跳ね返す様な都合の良いものでは無く、反射出来るのは中級魔法までである。

 

 無論、そこまでの情報をべらべらと喋りはしないが、いずれにせよ上級魔法である《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》は防げない。

 

 アベルは間髪入れずにポーチから球状の魔法アイテム——《煙幕玉》を取り出して即座に地面に投げる。

 

 魔素の入り混じった煙幕が、アベルの姿を覆い隠した。

 

 認識遮断、各種探知妨害と様々な機能が込められたこの魔法アイテムは、原作ゲームに於いて使用すれば確実に敵からの逃亡が可能となる効力を持つ。

 

 しかしながら、原作ゲームに於いて、如何なる手段を用いようともボス戦から逃れる事は叶わない。

 

 それは、現実となった今も変わらない。

 

 煙幕により、アベルは反射障壁を容易く貫き、迫り来る《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》の直撃を避ける事が出来た。

 

 しかし、振るわれた上級魔法の余波までは躱し切れない。

 

 先程の光球とは比較にならない程の爆風に飲まれ、アベルはズタボロになりながら転がり、蹲る。

 

 身体は瓦礫により傷付き、所々出血も見られる。

 

 しかしアベルの肉体は強靭であるが故に、この程度のダメージは足枷にもならない。

 

 ただし、戦闘経験が皆無といって良いアベル(転生者)は、必然的に痛みへの耐性が無い。

 

 アベル本人であれば擦り傷だと意に介さないものでも、転生者からすれば全身打撲。

 

 泣き出したい衝動を堪えながら、涙目になりつつもアベル(転生者)はなんとか立ち上がった。

 

 レイモンドはそれを、若干の苛立ちを孕んだ目で見据える。

 

「…しぶとい」

 

 レイモンドからすれば、吹けば飛び、踏めば潰れる様な蟻の如き矮小な存在。

 

 にも関わらず、三度の魔法を受けながら、目の前の男は次々と見慣れぬ魔法アイテムを用いてボロボロになりながらも凌いでいた。

 

「潰しても潰しても湧いて出る。君はまるで、ネズミか蝿の様だ」

 

 レイモンドの言葉に、アベル(転生者)は痛みを堪えながらもプッと吹き出す。

 

 レイモンドはこれに眉間に皺を寄せる。

 

「おいおい、なんだよその三下悪役みたいな台詞。お前本来はもっと大物キャラだろ。ちょっと精神汚染進み過ぎなんじゃねーの?」

 

「精神、汚染…だと」

 

 何を言っている、と目を細めるレイモンド。

 

 アベルは続ける。

 

「…原作の隠し要素でさ、最難関ダンジョン《目録の塔》で過去の敵と戦えるんだけど、そこで現れる四天王全員とレイモンドの影を倒すと《使い古された手記》が手に入るんだ…レイモンド、お前の日記だよ」

 

 ぴくり、とレイモンドは反応する。

 

「内容はまあ、最初は普通の日記。でも、中盤…入学式でアベルとアステリアが仲良くしてるのに遭遇した辺りから、内容に変化が現れる。何気無い日常の記録が、アベルやアステリアへの恨みつらみを書き殴った様なものになる」

 

 レイモンドの額に青筋が立ち、忌々し気に睨むが、アベルは意に介さない。

 

「一見、嫉妬深い奴が激情に駆られた様に見えなくも無い。でも、変化が突飛過ぎるし、中にはまるで自分の負の感情に抗おうとする様なものもあった。手記の最後は…」

 

「止めろ」

 

 レイモンドの静止の声、アベルは構わず続ける。

 

「…四天王達、お前の友達の名前が書かれて途切れていた。日記最後の日付は、反乱を起こしたその当日」

 

「…」

 

「公式は明言しなかった。でも状況的にほぼ確定してるんだよ。心情の変化が不自然な日記に、その翡翠の目…お前、《闇の神》に操られてるだろ」

 

 レイモンドの翡翠に輝く瞳を指差し、そう宣言するアベル。

 

 レイモンドは暫し沈黙し、顔を歪ませてハッと笑った。

 

「何を言い出すかと思えば、下らぬ事をベラベラと。《闇の神》が私を? そんな——分かり切った事(・・・・・・・)を今更なんだ」

 

 くつくつと腹を抱えて笑うレイモンド。

 

 その反応の不気味さに、アベルは冷や汗が止まらない。

 

 レイモンドは一頻り笑うと、じろりと翡翠の双眸でアベルを睨んだ。

 

「遊びは終わりだ。多少魔法具が扱える、アベルの皮を被っただけの凡愚——《魔人化(ハイエンド)——白翼聖天》」

 

 レイモンドのその身が、神々しい光の帯に包まれた。

 

 

 肌は陶器の如く無機質に白く、三対六枚の翼が背より広げられる。

 

 頭上には無数の白い輪が鎖の如く連なり、光の円環と化す。

 

 それはレイモンドの魔人化(ハイエンド)

 

 これによりレイモンドの戦闘力は比較にならない程に向上し、扱う全て魔法のステージが上がる。

 

 目の前に居るだけで圧し潰されそうになる程の重圧、全身を無数の刃に刺される様な魔力波に襲われる。

 

 アベルの魔力耐性に優れた肉体により、意識は辛うじて保ててはいるものの、その顔色は悪く冷や汗が止まらない。

 

『君の死を、我が助力者——《闇の神》への供物としよう』

 

 最早人のものではない、脳内に直接響く様な声が、レイモンドの口から発せられた。

 

 頭上の光の円環の中央に、極光の光が収束していく。

 

 それは一度放たれればあらゆるものを蒸発させる破滅の光。

 

 防御、回避不能の絶望の力。

 

『では死ね、アベ——』

 

 言い掛けたレイモンドの肩に、深々と刃が突き刺さった。

 

 肩に突き立てられたそれは、何の変哲も無い出刃包丁。

 

 決して少なく無いダメージ。

 

 流れ出る血を抑えながら、レイモンドはアベルに目を向ける。

 

 アベルは、ニヤリと笑う。

 

「待ってたぜ、魔人化。煽った甲斐があった」

 

 まるで魔人化する様に仕向けたかの様な口振りのアベルの手には、ポーチから取り出された何本もの出刃包丁が持たれていた。

 

「痛ぇだろ——《トガの出刃包丁》…回避不可、1000の固定ダメージを与えるアイテムだ」

 

 アベルの手から、続け様に五本の出刃包丁が投げられる。

 

 それは、どう見積もってもレイモンドには届きすらしないであろう軌道。

 

 しかし、宙を舞う五本の包丁は不自然に軌道を歪ませ、猛スピードでレイモンドに迫る。

 

『…! 何を、出鱈目な…!』

 

 レイモンドの肉体は、魔人化《ハイエンド》した事で既に人のものでは無い。

 

 その身は恐ろしく強靭であり、肌は魔剣ですら傷付かない程の強度を誇る。

 

 たかだか包丁が刺さる事など、本来ならばあり得ない。

 

 しかし事実として傷を負い、それと同じ包丁が複数迫っている。

 

 特殊な能力を持つ魔法具かと舌を打ち、レイモンドは即座に防御態勢に入る。

 

 六枚の翼が繭の様にレイモンドを包み込み、その周囲を何重もの光の障壁が覆った。

 

 それはたかだか刃物五本に対し、ある種過剰ともいえる防御。

 

 しかし、レイモンドは油断しない。

 

 このアベルの皮を被った愚者は、言動こそふざけているが、あのローファスを魔法具だけで一時的にとはいえ封じ込める事に成功している。

 

 油断など、出来る筈が無い。

 

 しかしこの過剰な程の分厚い防御を、五本の出刃包丁は容易く貫き、その全てがレイモンドに突き立った。

 

『…ッ』

 

 障壁、そして翼を紙の如く貫き、レイモンドの陶器の如き無機質な肌に突き刺さる。

 

 激痛の最中、レイモンドは頭を高速で回転させる。

 

 多重障壁、そして翼をも容易く突破する程の貫通力がありながら、出刃包丁はレイモンドの身体を貫いていない。

 

 身体に命中した時点で、貫通力そのものが失われている?

 

 いや、本質的に貫通力そのものが底上げされている訳ではない。

 

 補足した対象に命中するまで直進するホーミング機能…或いは、もっと概念的なもの?

 

 頭の回転を続けたレイモンドは、一つの対策を叩き出す。

 

 レイモンドは身体から刺さった包丁を抜き、六枚の翼を羽ばたかせて空へ昇った。

 

『…認めよう、アベルの皮を被った凡愚。君自身は兎も角、君の持つ魔法具は脅威だ』

 

「そりゃどーも。でもそう逃げんなよ。まだ包丁のお代わりはたらふくあるんだ」

 

 アベルは更に沢山の《トガの出刃包丁》をポーチから取り出し、乱雑に投げる。

 

 投げられた無数の出刃包丁は、軌道をコロコロと変えながらその刃をレイモンドへ向け、突き進む。

 

 レイモンドは落ち着いた様子で目を細める。

 

『無駄だ——喰らえ、グーラ・ワーム』

 

 レイモンドの背後に展開された召喚方陣より、巨大なワーム型の魔物が現れる。

 

 口周りにびっしりと並んだ針の如き牙が特徴的なグーラ・ワームは、大口を開けて宙を畝りながら泳ぐ様に進み、飛来する無数の出刃包丁を瞬く間に飲み込んだ。

 

「…は?」

 

 何が起きたのか理解出来ない様子で、アベルは目を見開く。

 

 しかし、直ぐに頭を振ると、更にポーチから《トガの出刃包丁》を取り出し、間髪入れずに投げる。

 

 しかしそれらも、グーラ・ワームが飲み込んだ。

 

『グーラ・ワームの胃は、亜空間に繋がっている。君のその自慢の包丁も、今頃次元の狭間を彷徨っている事だろう』

 

「なんだよその召喚獣…! 次から次へと!」

 

 アベルはポーチから新たな魔法アイテムを取り出し、レイモンドへ向けて投げる。

 

 それは水晶玉の様な透明の球体。

 

 《トガの出刃包丁》の様なホーミング性能は無いが、アベルの強靭な肉体から繰り出される投球は、豪速球かつ狙いも正確。

 

 《散魔石》は、寸分違わぬ精度でレイモンドに向けて一直線に飛ぶ。

 

 それを阻む様にグーラ・ワームが喰らいつくが、球体はそれをすり抜け、レイモンドに飛来した。

 

『次から次へ…それは、こちらの台詞だ…!』

 

 レイモンドは忌々し気に吐き捨て、警戒する様に球体を避ける。

 

 しかし直後、球体は魔力爆発を引き起こし、レイモンドを飲み込んだ。

 

 その球体は《散魔石》。

 

 所有者以外は触れる事が出来ない、霊体に近い特殊な物質で出来ており、衝撃を加えると一定時間経過した後に爆発する。

 

 しかしその爆発が、物理ダメージを与える事は無い。

 

 爆破を受けて間も無く、レイモンドは落下した。

 

 爆破を受けた半身の魔人化(ハイエンド)が解け、肉体の一部が人の姿へと戻っていた。

 

 《散魔石》の爆発は、魔力を散らす作用を持つ。

 

 原作ゲームに於いては、敵のMPに直接ダメージを与える効力があった。

 

 そしてその力は、現実となっても健在。

 

 《散魔石》の爆発を受けたレイモンドは、魔力を散らされた事で魔人化(ハイエンド)は部分的に強制解除される事となった。

 

 落下するレイモンドは、咄嗟に人へと戻った部分を再び魔人化させる。

 

 しかしその変身の隙を、アベルは逃がさない。

 

 持てる限りの《散魔石》をレイモンドに投げ放った。

 

 魔人化した瞬間、レイモンドを再び爆発が襲う。

 

 何重にも重なる《散魔石》の爆発。

 

 王国に於いて、ローファスに次ぐ膨大な魔力総量を誇るレイモンド。

 

 ローファスやレイモンド程の膨大な魔力を持つ者にとって、《散魔石》一つで削れる魔力は微々たるものであり、本来であればこの程度でどうにかなる筈も無い。

 

 しかし魔人化(ハイエンド)は、身体の構造を作り変えるという性質上、魔人化する際にも、そして解除する際にも、尋常ならざる魔力を消費する。

 

 故に魔人化の強制解除は、それだけで膨大な魔力の消費へと繋がる。

 

 その場の魔力を強制的に散らす《散魔石》と魔人化(ハイエンド)の相性は、絶望的に悪かった。

 

 それは元より、アベル(転生者)が対魔人化対策として準備していた数多の魔法アイテムの一つ。

 

 アベル(転生者)は、いずれ来るであろうストーリーのボス戦を想定し、三年を掛けて魔法アイテムの収集に努めていた。

 

 それはつまり、全ての敵、ボスに対しての対策を用意しているという事。

 

 魔人化は、通常の魔法の様に固定の魔力消費量がある訳では無い。

 

 肉体を己の魔力の特性に応じて作り替えるという特性上、魔力の最大総量に応じて魔力消費が決まる。

 

 二度の魔人化、二度の魔人化の強制解除。

 

 魔人化が解けたのが半身だった事もあり、咄嗟に解けた部分を再度魔人化させてしまったが、それは——致命的な判断ミスであった。

 

 それによりレイモンドは、魔力の大半を失う事となる。

 

 三度目の魔人化は——出来ない。

 

「こんな、馬鹿な…事が…」

 

 それどころか、最早身体を浮かせるだけの魔力も無い。

 

 下級魔法一つ発動出来ない、魔力枯渇寸前の状態。

 

 レイモンドはそのまま、自然落下する。

 

 学園屋上からの落下。

 

 生身の身体で、魔力強化も無しでは到底助からない。

 

「おのれ、ぇ…」

 

 歯噛みするレイモンドの身体に、屋上から光り輝く鎖が伸びる。

 

 光の鎖はそのまま身体に巻き付き、地面への落下スレスレにレイモンドを支えた。

 

 光の鎖の先には、必死の形相でレイモンドの落下を食い止めるアベルの姿。

 

「は…? 何故…」

 

 訳が分からず、困惑する様に眉を顰めるレイモンド。

 

 アベルは先程まで自身を殺そうとしていた相手を、本気で助けようとしていた。

 

 光の鎖が手の平に食い込み、血を滲ませながらもアベルは踏ん張る。

 

「ごめんアベル…! 後で筋肉痛になるかも…アベルの身体、ファイッ…トおおおおおぉぉぉ!!」

 

 アベルはまるで体育会系の如き雄叫びを上げながら、全身全霊を持ってレイモンドを引き上げる。

 

 じりじりと屋上引き上げられたレイモンドは、力無くその場で仰向けになる。

 

 ぜーはーと、息も絶え絶えにその場に蹲るアベルに、レイモンドは眉を顰め見遣る。

 

「何故、私を助けた…? 意図が読めん」

 

「あ…? ん、なの…ロー、ファスのハッピーエンドに、繋がらない、から…」

 

 息も絶え絶えに答えるアベル。

 

 レイモンドはそれを聞いてもやはり理解出来ず、諦めた様に閉眼する。

 

 いずれにせよ、魔力枯渇寸前の今の状態では、身体に碌に力が入らず、指一本動かせない。

 

「…甘い事だ」

 

「うっせ…俺が目指すハッピーエンドには必須なんだよ。ってそうだ、アベル!」

 

 息を整えたアベルは、ガバッと顔を上げ、こちらを驚いた様に見る頭部が触手の猿——ヴァイン・ワイズと目が合う。

 

「この馬鹿猿…! そこで大人しくして——」

 

 アベルが言い終わる前に、胸部から鮮血に染まった手が突き出された。

 

「ぁ、ぇ…?」

 

 背後から腕を突き刺され、貫通して胸に穴を開けていた。

 

 飛び散り、流れ落ちる血。

 

 アベルを背後から貫いたその腕は、見る見る内に光に包まれ、陶器の如き無機質な肌に変化する。

 

 見間違える筈も無い。

 

 それは——魔人化(ハイエンド)したレイモンドの腕。

 

「か、は…」

 

 アベルの口より、遅れて流れ出るどす黒い血。

 

 アベルの足元に広がる血溜まり。

 

 全身から翡翠の魔力を吹き出すレイモンドが、退屈そうに口を開く。

 

『残念——《闇の神》は、ここでの私の敗北を許さないそうだ』

 

 そう口にし、アベルから突き刺した腕を引き抜くレイモンド。

 

 アベルは力無くその場に倒れ伏した。

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