悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

90 / 250
83# 頂

 ローファスの身体が、黒く深く、暗黒色に変化する。

 

 それは光を飲み込む深淵の如き黒。

 

 ローファスやレイモンドが行使する魔人化(ハイエンド)は、詰まる所人体の魔物化。

 

 その魔力の質に応じて、その身体は多種多様に変化する。

 

 翼が生える事もあれば、全身が鉱石の如き堅牢な外殻に覆われる事もある。

 

 多様な種類に対して唯一共通している事は、人の姿から掛け離れるという事。

 

 しかし、ローファスの魔人化は違った。

 

 人のシルエットそのものに変化は無く、ただ全身が暗黒に覆われただけの酷くシンプルなもの。

 

 ローファスが身に纏っていた外套もそのままに、のっぺりとした顔に口は無く、瞳に当たる部分が青白く光っている。

 

 その見た目は、夜道に現れる人影の魔物——シャドウマンに酷似していた。

 

 人を襲う事も無く、ただ現れるだけの無害に近い危険度の低い魔物。

 

 しかしレイモンドの目の前に居るそれ(・・)が、そんな生優しい存在では無い事は、一目見て分かった。

 

 レイモンドの研ぎ澄まされた感覚が身の危険を訴え、本能がけたたましい警鐘を鳴らしている。

 

 無意識な手先の震えに気付いたレイモンドは、乾いた笑みを漏らした。

 

『…面白い』

 

 レイモンドは目の前の怪物に、精一杯の強がりを見せる。

 

 この震えは武者震いだと自らに言い聞かせ、両手を広げて笑った。

 

『それでこそだ、ローファス。やはり私と対等に戦えるのは、この世界で君だけ——』

 

 言い終える前に、レイモンドの顔を、ローファスの深淵の手が鷲掴んだ。

 

 それは魔人化して全ての感覚器官が飛躍的に向上しているレイモンドが、反応すら出来ない速度。

 

『——ッ!?』

 

 次の瞬間、レイモンドが気付いた時には、既に雲を突き抜けた遥か天空を舞っていた。

 

 魔人化したローファスに、凄まじい速度で頭を掴み取られ、力任せに上空へ投げられた。

 

 それを理解するのに、レイモンドは数秒掛かった。

 

『馬鹿な…魔人化したとて、こんなデタラメな膂力…』

 

『独り言か。余裕だな』

 

 投げ放たれたレイモンドに追従して来たローファスが呆れた様に嘆息する。

 

 ローファスの黒くのっぺりとした顔に、魔力の粒子が口を形作り、言葉を発していた。

 

 三日月の如き口角が釣り上がったその魔力の口は、まるでこの世の全てを嘲る道化《クラウン》の様に——そして嘲笑う悪魔の様にも見えた。

 

 しかし、口を開いたものの、ローファスに会話を楽しむ気は更々無い。

 

 ローファスの背後には、無数の暗黒球《ダークボール》が展開されていた。

 

『…くっ!』

 

 レイモンドは反射的に六枚の翼で身体を包み込み、多重の光の障壁を展開した。

 

 ローファスが展開したのは、無数の下級魔法。

 

 しかも光に対して属性不利の暗黒。

 

 本来ならば防御せずともダメージを受ける事などありはしない。

 

 しかし、魔人化したローファスの圧力が、レイモンドに万全の防御態勢を取らせた。

 

 が、それは悪手であった。

 

 属性相性は、必ずしも絶対では無い。

 

 マグカップに入った水は、ローソクの火を消す事は出来ても、山火事を消す事は出来ない。

 

 魔人化したローファスの下級魔法の弾幕の出力は、レイモンドの光の障壁を容易く打ち破った。

 

 翼越しに無数の魔力爆発を受け、レイモンドは四枚の翼を失う。

 

 爆風から投げ出されたレイモンドは、即座に体勢を立て直すべく残った一対の翼を羽ばたかせる。

 

 しかしそんな暇など与えるべくもなく、暗黒鎌《ダークサイス》を構えたローファスが容赦無く追撃を仕掛けた。

 

『おの、れぇ…!』

 

 レイモンドは咄嗟に《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》を手に生み出し、振るわれる暗黒鎌《ダークサイス》を受ける。

 

 が、僅かな拮抗も無く光の槍は砕け散った。

 

 そしてレイモンドを、光を喰らう深淵の斬撃が飲み込んだ。

 

『…こんなものか?』

 

 失望した様に呟くローファス。

 

 ローファスのその背後に、光の収束と共に、レイモンドが転移して現れる。

 

 レイモンドは左腕を失っており、残された右手に《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》を生み出し、その矛先をローファスに向ける。

 

『舐めるなあああ!』

 

 絶叫に近い雄叫びを上げながら、レイモンドは《天壌の逆鉾(ゴッドレイ)》の魔力を解放する。

 

 ローファスの至近距離で、山をも容易く消し飛ばす威力の魔力爆発が引き起こされる。

 

 一筋の巨大な光の柱が、天上に立った。

 

 レイモンドは息を切らしながら、光の奔流に飲まれたローファスが何処へ行ったか探す。

 

『これで死ぬ筈も無いが、手傷位は…』

 

『貴様、翼や腕は再生しないのか?』

 

『な——!?』

 

 それは、いつの間にか《影渡り(シャドウムーヴ)》で背後に転移していたローファスの問い掛け。

 

 その身は無傷。

 

 ローファスは焦った様に振り返ったレイモンドの腹部に、深淵の魔力が乗った回し蹴りを叩き込む。

 

 レイモンドは即座に翡翠の魔力で左腕と翼を再生させて防御するが、その威力を殺し切れず、一直線に吹き飛んだ。

 

 力量差は歴然。

 

 それは理不尽と絶望の体現。

 

 魔人化したローファスの力は、底が見えない。

 

 

 天上で行われる、白と黒の激戦。

 

 暗黒と光がぶつかり合い、まるで昼と夜が入り乱れるかの様な異様な光景。

 

 騎士団に保護された王都の住民達は、皆一様に空を眺めており、中には今日が世界終焉の日かと神に祈りを捧げる者までいる。

 

 そんな最中、王城の屋根に黄色に輝く宝玉がふわふわと浮いていた。

 

 それは本来、可視化する事が出来ない存在。

 

 しかしローファスとレイモンドが天上にて常軌を逸した魔法をぶつけ合った事で、王都全域の大気中に含まれる魔素は限定的にその濃度を増していた。

 

 それは千年程昔、かつて神々が当たり前に跋扈していた神代。

 

 その頃の魔素濃度に、王都は限り無く近付いていた。

 

 それ故の、限定的な顕現。

 

 ふわふわと浮かぶ黄の宝玉は、じっと天上の戦いを眺める。

 

 その隣に、青の宝玉が現れた。

 

 黄の宝玉は、青の宝玉に気付くと気さくに挨拶する。

 

『やあ、久しぶりだね。こうして直に話すのは千年振りかな』

 

『貴女とはそうですね、お久し振りです。しかし彼ら…なんとも乱暴な戦い方ですね。小精霊(エレメント)達が怯えています』

 

『へぇ…この状態でもそういうの(・・・・・)分かるんだ? まあ、無理も無い。このレベルの戦いは、千年前でも中々見なかったからね』

 

 黄の宝玉は、天上の戦いに魅了される様に恍惚と魅入る。

 

 それに青の宝玉は、少し呆れを孕む。

 

『…思い出しますか? 風神(リリララ)

 

『ん、そうだね…凄く、懐かしい。光神(アーサー)暗黒神(エイス)がマジ喧嘩した時みたいだ』

 

『ありましたね、そんな事も。あの時は私と火神(エリファス)で止めましたが。地神(アヴァロ)は昼寝、貴女は…暗黒神(エイス)に声援を送っていましたっけ』

 

 遥か古の記憶を思い出し、批難がましい雰囲気の青の宝玉。

 

 そうだったかなー? と黄い宝玉ははぐらかす様に話題を変える。

 

『…所で、気付いてるよね? 今、この王都に皆居る(・・・)って』

 

『無論です。しかし、元より仲が良かった訳ではありませんが、少し寂しいものですね。千年振りだというのに、皆、顔も合わせようとすらしないとは』

 

『僕と暗黒神(エイス)は仲良しだったよ』

 

『それは…相互的なものでは無かったでしょう』

 

『な!? そんな事は——』

 

 黄色と青の宝玉同士の会話を遮る様に、天上から一際激しい魔力波が轟いた。

 

『そろそろ決着ですね。私は彼女(・・)の元へ戻ります。貴女も選んだ使徒に付いていなさい、風神(リリララ)

 

『…? 何かあるのかい?』

 

『勝敗の行方は明白です。しかし、その結果を、彼の者(・・・)が良しとするとは思えません』

 

 青の宝玉は、それだけ言い残すと姿を消した。

 

『…《闇の神》、か。面倒だな、今良い所なのに』

 

 一人残された黄の宝玉は億劫そうに呟きつつも、もう少しだけと天上の戦いを見つめる。

 

 ローファスのその姿を、かつて最強の名を欲しいままにしていた暗黒神(エイス)——アレイスター・レイと重ねながら。

 

 

 ローファスの魔人化と、その戦闘により生じる魔力波は、王都全土に響き渡っていた。

 

 ローファスは、魔人化した状態での戦闘は王都への被害が大き過ぎると判断し、雲の上を戦場に選んだ。

 

 しかし、それだけの距離を取った上でも、身震いする程の魔力波が地上に降り注いでいた。

 

 それは、周囲に漂う精霊として確立していない属性の粒子——小精霊(エレメント)を怯えさせる程のものであり、未だ前線で戦う騎士団や魔法師団、召喚獣すらも動きを止めた。

 

 そんな多くの者が畏怖を抱く中、懐かしさから思わず顔が綻ぶ者がいた。

 

 フォル——ファラティアナ・ローグベルト。

 

 久しく感じたローファスの魔力に、フォルは畏怖以上に懐かしさと喜びを感じていた。

 

 三年前は、足手纏いだった。

 

 今度は隣で戦いたくて、死に物狂いで強くなったつもりだった。

 

 それでも——

 

「まだ、全然足りない…」

 

 ローファスは、三年前とは比較にならない程に強くなっていた。

 

 全身全霊で追い縋ったのに、更に引き離された——そんな気分だった。

 

 フォルは熱く心を滾らせながら、目の前の召喚獣を舶刀(カットラス)で真っ二つに叩っ斬る。

 

「…待ってろ」

 

 必ず追い付く。

 

 その想いを秘めながら、フォルは召喚獣を駆逐する。

 

 いつの日か、本当の意味でローファスの隣に立つ為に。

 

 

 魔人化は、あらゆる能力値を飛躍的に底上げし、魔法に至っては次のステージへと移行する。

 

 それは即ち、人の身を超えた魔法の行使が可能になるという事。

 

 ことレイモンドの魔人化(ハイエンド)は、元のスペックの高さも相まって、他の追随を許さぬ程に強力な力を持っていた。

 

 そしてその上で、《闇の神》より魔力の補助を受け、その能力値は、生物が持ち得る限界点を裕に超えていた。

 

 魔人化は身体の構造を作り替える性質上、持続時間に限りがある。

 

 長時間の使用は元の肉体へ戻れなくなるリスクがあり、その上莫大な魔力を消耗する。

 

 しかし《闇の神》の介入により、そういった制限は無くなった。

 

 その力の総量は、既に神にも通用するレベルまで到達しており、レイモンドはこの上無い全能感を感じていた。

 

 仮に世界の全てが敵になったとしても、その悉くを片手間に叩き潰す事が出来る——レイモンドにはその確信があった。

 

 今のレイモンドは、気まぐれに放った魔法が地形を変え、その気になれば国一つを一瞬で消し飛ばすだけの力がある。

 

 紛う事無き世界最強——しかし、その確信は、魔人化したローファスを前にして揺らぐ事となった。

 

 

『——《陽堕しの明星》!』

 

『——《光無き世界(ライトレス)——真なる闇(トゥルーダーク)》』

 

 天上にて、レイモンドが放った古代魔法とローファスが発動した上級の応用魔法が顕現する。

 

 大気圏よりも遥か上より、神々しく輝く破滅の光が、地上に向けて降り注いだ。

 

 その規模は、王都全土を容易く消し去る程に広大かつ強力。

 

 魔人化による自力の底上げと、《闇の神》から無尽蔵に供給される翡翠の魔力が、そこまでの規模の古代魔法の発動を可能としていた。

 

 王都が純白の極光に包まれる最中、次の瞬間、一切の光が届かぬ深淵に飲み込まれる。

 

 天より迫る破滅の光に対抗する様に、王都全土の空域に深淵の如き暗黒が立ち込めた。

 

 それは超大規模の、王都を覆い尽くす程の《光無き世界(ライトレス)》。

 

 魔人化により際限無く底上げされ、その上ローファス独自の解釈により術式を造り変えた魔法。

 

 上空に広がる深淵は、天から降り注ぐ光を塞き止めた。

 

 極々僅かな、破滅の光と深淵の拮抗。

 

 大気中の魔素が焼き切れ、常軌を逸した力同士のぶつかり合いに、空間がギシギシと歪む。

 

 間も無く、深淵は光を悉く喰らい、飲み込み、滅ぼし尽くした。

 

 その末にあったのは静寂。

 

 一切の月明かりの無い、夜の闇。

 

 レイモンドは、己の最後の切り札を容易に破られ、呆然と暗闇に包まれた天を仰ぎ見ていた。

 

『なんだ、それは…なんてデタラメな…』

 

 呟きながらローファスを見るレイモンドの目には、隠し切れぬ畏れが込められていた。

 

『私は、《闇の神》より助力を受けているのだぞ…ローファス、君はなんだ、どうなっている。たかだか個人の魔人化で、どうやってこれ程の力を…!』

 

『…先程も言った、それが貴様の敗因だと。二度も言わせるな』

 

 先程と同様にコツコツとこめかみを指で叩くローファス。

 

 想像力の欠如、その言葉が聞こえた気がして、レイモンドは沸々と湧き上がる怒りに肩を震わせる。

 

『…魔人化は、本来長時間維持できるものではない。《闇の神》から力を得ている私はその限りでは無いが、君は——』

 

『鋭いな。確かに魔人化の持続には看過出来ないリスクがある。感覚だが、持続限界は後五分といった所か』

 

 だが、とローファスは続ける。

 

『心がへし折れた貴様を潰す程度、三十秒も要らん』

 

 ローファスの手に、暗黒鎌《ダークサイス》が生み出された。

 

 レイモンドは観念した様に深く息を吐くと、両手を上げ、魔人化を解いた。

 

「…どうやら、力比べではどう足掻いても君には勝てないらしい——私の、敗北だ」

 

 魔力で宙に浮きながら、敗北の宣言をするレイモンド。

 

 しかしローファスには、レイモンドが諦めている様には見えなかった。

 

 ローファスは、レイモンドが何か行動を起こす前に意識を刈り取るべく、目にも止まらぬ速度で接近し、その喉元を掴んだ。

 

 それと同時、レイモンドはある人物の名を口にする。

 

「——ファラティアナ・ローグベルト…」

 

『…なに?』

 

 目を細め、思わず手を止めるローファス。

 

 レイモンドは口角を上げ、続ける。

 

「気付いているだろう。どういう訳か、王都に訪れている。そして、リルカ・スカイフィールド…か」

 

『時間稼ぎの問答か?』

 

「いやいや。私はただ、彼女達の身に危険が迫っていると、君に教えてあげようと思っただけさ」

 

『何を…馬鹿な事を——』

 

 瞬間、ローファスの研ぎ澄まされた魔力探知が反応を感じ取る。

 

 たった今、王都内に二体の召喚獣が追加で解き放たれた。

 

 それも、ただの有象無象とは違う。

 

 それは今も尚、エルフ王バールデルが雷雲の中で押さえ込んでいる青龍に比肩する力を感じる。

 

 魔物としては規格外、正しく格が違う厄介な個体。

 

 リルカが乗る飛空艇の上に、並行する様に飛ぶ、紅蓮に輝く炎の巨鳥——神鳥《カルラ》。

 

 そして出会ってから共に行動していたファラティアナ、アステリア、メイリン、カーラの元に暴風と共に現れた、真空を纏う巨大な白虎——神虎《ヴァーユ》。

 

 そのいずれもがこの世界の上位者——古の時代より生きる魔物であり、現段階でのリルカやファラティアナではかなり分の悪い相手といえる。

 

「私は、今王都に放っているのが総戦力だと言った覚えは無い。手持ちはまだある。特に今放った二体は、神龍(ヴリドラ)に並ぶ神獣だ」

 

 雷雲で繰り広げられる激戦を眺めながら、笑うレイモンド。

 

「私を殺すのは勝手だが、そうすると私が喚んだ召喚獣は制御を失う。或いは、君の大切な人達を傷付ける可能性もある訳だ」

 

『まさか、人質のつもりか? 貴様、どこまで堕ちれば…』

 

 ローファスから発せられた言葉には、怒りというよりは失望と悲壮に近い感情が込められていた。

 

 レイモンドは不敵に笑う。

 

「ローファス、君と力比べがしたかったのは事実。しかしそれも好奇心故だ。君と敵対したかった訳では無い。何せ君は、私の大切な友人だ。今からでも、私と共に歩もうじゃないか——昔の様に」

 

 親しげに手を差し伸べるレイモンド。

 

 ローファスは、理解出来ない様子でレイモンドを見る。

 

『貴様、それを本気で言っているのか…?』

 

「私の手を取れ。そうすれば、王都から召喚獣は直ちに退かせよう。君の大切な人達も傷を負う事は無い」

 

 その提案に、ローファスはレイモンドという存在が穢された様な気がして、心の内より怒りが込み上げてくる。

 

『止めろレイモンド、それ以上口を開くな…!』

 

 レイモンドの顔で、レイモンドの口で、無様な言葉を吐き出すそれに、ローファスは怒りの形相で暗黒鎌《ダークサイス》を構える。

 

 その時、上空の空間にピシリと罅が入った。

 

 ギシギシと、まるで負荷に耐え切れなくなったかの様に空間が歪み、遂には巨大な風穴が開けられる。

 

 そして空間の風穴より、溢れ出した金色の稲妻が一直線に延び——飛空艇を狙う紅蓮の神鳥《カルラ》を貫いた。

 

 それは一結に束ねられた、万の落雷。

 

 空間に開いた風穴から、雷の魔力を足場に黄金の竜騎士が姿を現す。

 

 黄金の竜騎士——魔人化形態のヴァルムは、今し方仕留めた神鳥《カルラ》が光の粒子となって消えるのを眺め、呟く。

 

「…あの飛空艇は、確かローファスの連れだったろう。脱出のついでに助けたが、余計な手出しだったか?」

 

 何でもないかの様に言うヴァルムに、ローファスは暫し沈黙し、そして吹き出す様に笑った。

 

『くくく、何だそれは。大遅刻だぞ。今の今まで、何処をほっつき歩いていた』

 

 笑うローファスとは対照的に、レイモンドは目を見開いて狼狽える。

 

「ヴァルムだと!? そんな、馬鹿な…! 何故、生きている! まさか、八の竜王と五の上位精霊を倒して来たとでも…!? いや、そもそも何故出て来れる!? マニフィスは…!?」

 

「まに…? ああ、これの事か?」

 

 ヴァルムは手に持っていたものをレイモンドに投げ付ける。

 

 それは弧を描いてレイモンド——その身に展開している魔法障壁にぶつかった。

 

 黒く焼け焦げ、所々が罅割れた球体。

 

 それは、ヴァルムを亜空間に閉じ込めていた張本人——時空の上位精霊マニフィスの変わり果てた姿だった。

 

 マニフィスは魔法障壁にぶつかると、限界が来たかの様に光の粒子と化して霧散する。

 

「所でローファス、何だその弱い魔物(シャドウマン)の様な姿は。趣味が良いとは言えんな」

 

『あ? 死にたいのか成金趣味の金ピカ鎧』

 

 辛辣なヴァルムに、半ギレで返すローファス。

 

 そんな、二人の平時と変わらぬ雰囲気に、レイモンドの中の何かが切れる。

 

「ふざけるのも大概にしろ…! それに、まだ神虎《ヴァーユ》が残っている! ここまでコケにされた以上、相応の報いは覚悟——」

 

 その時、神虎《ヴァーユ》の反応が消えた。

 

 神虎《ヴァーユ》は、何か行動を起こすよりも先に、真っ二つに両断されていた。

 

 鋭利過ぎる断面、そして神虎《ヴァーユ》自身、斬られた事にすら気付かない様子で。

 

「馬鹿な…何が、何が起きた…!?」

 

 混乱した様に喚くレイモンド。

 

 ローファスは「あいつか…」と何かを察し、安堵の息を吐きつつ鎌を構える。

 

『手詰まりか? ならばここで終わりだ』

 

 レイモンドは俯き、その目を翡翠に輝かせながら口を開く。

 

「いや——終わるのは君だ、ローファス…!」

 

 レイモンドの言葉を引き金に、ローファスの周囲の空間に無数の穴が開く。

 

 その穴から現れたのは、いずれも最高位の竜種。

 

 それらの竜は最大まで溜めた《竜の息吹(ドラゴンブレス)》を放つべく、ローファスに向けて一斉に口を開けた。

 

『…往生際の悪い』

 

 ローファスが一斉に首を刈り取らんと鎌を振おうとした瞬間——水、風、雷の三属性の奔流が、無数の竜種を軒並み薙ぎ払った。

 

 それは地上より放たれた超高圧の水流、飛空艇より放たれた真空の斬撃、そして天より降り注いだ金色の雷撃。

 

 ローファスが事を起こす前に、レイモンドが召喚した無数の竜種は全滅した。

 

「飛空艇の娘と…地上からもか。随分と女に縁がある様だな、ローファス」

 

『抜かせ。全く、お節介な奴らだ』

 

 そう言いながらも、心なしかローファスの雰囲気が和らぐ。

 

 召喚獣を出し尽くしたレイモンドは、呆然とローファスを見る。

 

「…さよならだ、《第二の魔王(レイモンド)》」

 

 ローファスは魔人化を解き、懐から取り出した刃でレイモンドの心臓を貫いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。