悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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90# 男子会

 それは、フォルとの時計塔での一件の翌日——ローファスがリルカの告白に対する返事をしに飛空艇へ行く前の出来事。

 

 場所は休校中の学園の庭園。

 

 一つのテーブルを、ローファス、ヴァルム、オーガスの男三人が囲んで座っていた。

 

 この集まりの呼び掛けをしたのは、他でも無いローファスであった。

 

「珍しいな。お前の方から態々呼び出すなんてよ、ローファス」

 

「すまないが手短に頼む。この後少し予定があってな」

 

 申し訳無さそうに目を伏せるヴァルムに、オーガスは目を丸くする。

 

「なんだ、お前もか。実は俺も野暮用があんだよ」

 

 そんな二人の様子に、ローファスは肩を竦める。

 

「それは忙しい所呼び出して悪かったな。安心しろ、俺もそこまで暇では無い」

 

 アンネゲルトから呼び出しを受けているからな、とローファスは内心でぼやく。

 

 なんでも、荊の結界で消費し切れなかった魔石の回収という話である。

 

 ローファスからすれば同等の魔石をトリアンダフィリア家を経由して渡しているのだから、捨て置けば良いと思うのだが、アンネゲルトは「勿体無いでしょ」と譲らなかった。

 

「で、話ってのは? レイモンドやお前が抱える事情を話す気になったのか?」

 

「いや、それは気が向かん。別件だ」

 

「向けよ…」

 

 きっぱりと否定するローファスに、オーガスは顔を引き攣らせながら突っ込みを入れる。

 

 ローファスは神妙な顔でヴァルムとオーガスを見遣る。

 

「少し、相談がある」

 

 ローファスからの相談。

 

 それにヴァルムとオーガスは何事かと身構える。

 

 ローファスはこれまで、己の悩みを他人に打ち明けた事が無かった。

 

 その一切の弱みを見せようとしない隙の無さは、ある意味レイモンド以上である。

 

 そんなローファスからの相談となれば、一体どんな緊急事態が起きたのかと、ヴァルムとオーガスの間に緊張が走る。

 

「相談とは?」

 

 ヴァルムが意を決したように尋ね、ローファスはゆっくりと口を開く。

 

「…先日、旧知の女と婚約したのだが…実はそれとは別の女からも好意を寄せられていてな…」

 

「…うん?」

 

「待てヴァルム、最後まで話を聞こうじゃねぇか」

 

 話出したローファスに、ヴァルムが困惑した様に眉を顰め、それをオーガスが諌めた。

 

 ローファスは話を続け、ある程度の話の全容と、それに悩みを抱えている事を話す。

 

 以前ある船乗りの少女に告白され、その際に婚約したければ貴族に成れと無理難題を吹っ掛けた事。

 

 その船乗りの少女は、ものの三年で条件を整え、つい先日貴族となり、目の前に現れた事。

 

 そして約束通り婚約したが、実は最近、その船乗りの少女とは別に、空賊の少女からも告白されており、ローファスはそちらに対しても誠実な返答をしたいという事。

 

 そしてそれら二人の少女は面識があり、婚約した船乗りの少女より、空賊の少女も嫁候補として考えて欲しいと言われた事。

 

 それらの事を、ローファスは悩まし気に語った。

 

 話を聞き終えたヴァルムとオーガスは、顔を見合わせると、難しい顔でローファスを見る。

 

「…待てローファス。まさか俺達に、恋愛相談をしているのか?」

 

 腕を組み、神妙な顔で問うヴァルム。

 

 それにローファスは、力無く頷く。

 

「…有り体に言えば、そうなる」

 

 ヴァルムはチラリとオーガスを見遣り、静かに首を横に振る。

 

「…恐らくだが、お前は相談相手を間違えている」

 

「おい、勝手に俺まで間違い認定してんじゃねぇよ」

 

 オーガスが心外だとばかりに顔を顰めた。

 

 ヴァルムは構わず続ける。

 

「よく考えろ。戦う事しか能の無い俺達に、まともなアドバイスが出来る訳が無いだろう」

 

「だからなんで俺も含めてんだ。おいヴァルム、無視してんじゃねぇぞ」

 

 額に青筋を立てて掴み掛かってくるオーガスをひょいっと躱し、ヴァルムはローファスを見る。

 

「そもそもこういった相談はレイモンドが適任だろう」

 

「そのレイモンドは何処かへ消えたからな…相談出来そうな相手は貴様等以外に居ない」

 

「そう、だな…そうだった」

 

 深い溜息を吐き、視線を落とすヴァルム。

 

 そこでオーガスが立ち上がった。

 

「てかローファス、婚約って…アンネゲルトはどうした。お前らそういう感じじゃなかったのかよ?」

 

「何? そうだったのか?」

 

 オーガスの言葉に、ヴァルムが驚いた様にローファスを見る。

 

 ローファスは気まずそうに目を背けた。

 

「そうか、そう(・・)見えていたのか。だが…」

 

 ローファスは悩まし気に頭を掻き乱し、疲れた様に俯く。

 

「いや、アンネゲルトの事は…今は触れないでくれ」

 

 弱々しく呟くローファス。

 

 そう、リルカからの告白とはまた別に、ローファスには現在、アンネゲルトとの婚約話も持ち上がっている。

 

 それも、王家へのレイモンドの減刑を願い出る嘆願書への署名をするにあたって、トリアンダフィリア家がライトレス家に提示した条件である。

 

 決して無視出来るものではなく、何よりローファスにとってアンネゲルトが学友として非常に好ましい存在であった事が、よりその悩みに拍車を掛けていた。

 

 ともすれば、どう返答してもアンネゲルトとの関係性を壊しかねないものであり、答えの如何によってはトリアンダフィリア家とも険悪になりかねない。

 

 貴族としても友人としても、非常にデリケートな問題。

 

 ローファスは胃に穴が開きそうな心持ちだった。

 

 いつに無く弱々しい様子のローファスに、ヴァルムとオーガスは何とも居た堪れない気持ちになる。

 

「分かった、一先ずアンネゲルトの事は置いておこう。で、相談ってのはその空賊の女への返事をどうするかって話だったな」

 

 顎に手を当て、神妙に首を傾げるオーガス。

 

 ヴァルムは「空賊の女か…」と、ステリア領での記憶を思い出す。

 

 ヴァルムは、空賊(緋の風)とは僅かではあるが行動を共にした。

 

 ヴァルムの脳裏に思い出されるのは、弓を持ったショートカットの女空賊——エルマの顔。

 

 女は他にも居た気がするが、一人は病人、もう一人はちんちくりんな子供だった。

 

 露骨に好意を示す妹のセラに、殆ど興味を示していないローファスが、まさかあの子供を恋愛対象として見る筈が無い。

 

 そう、ヴァルムは勘違いをした。

 

「ああ、あの女か。確かに顔は悪くなかった。スタイルも良い。悩むローファスの気持ちも分かる」

 

 成る程、と理解を示すヴァルムに、ローファスは「スタイルも良い…?」と首を傾げる。

 

 対するオーガスは目を丸くした。

 

「なんだ、お前面識あんのかよ」

 

「以前に少しな」

 

 ヴァルムの勘違いなど梅雨知らず、ローファスは想いを吐露する。

 

「その空賊の女の事は、正直な所好ましく思っている。だが…」

 

 ローファスは己の内心の吐露を続けた。

 

 そもそも、船乗りの少女——フォルに対しても、どうしても婚約したいならば貴族に成れ等と無理難題を吹っ掛けている。

 

 にも関わらず、フォルと同様に平民であるリルカに対して無条件で婚姻を迫るのはどうなのだろうか。

 

 それは、約束通り貴族と成って現れたフォルに対して、酷く礼儀を欠く行為ではないか。

 

 そんなローファスの悩みを聞いたヴァルムとオーガスは、「ふむ」と顔を見合わせる。

 

「まあ、言わんとしてる事は分かるが…少し考え過ぎじゃねぇか?」

 

「貴族の価値観までは分からんが、結局はローファス自身がどうしたいのかだと、俺は思うが」

 

 オーガス、ヴァルムがそれぞれ意見を口にする。

 

「その、貴族に成ってお前の婚約者になったっつう船乗りの女は、その空賊の女の事許してんだろ。なら、別に問題無いんじゃねぇか?」

 

「待てオーガス、それは本質ではない」

 

「あん?」

 

 オーガスの意見を、ヴァルムが遮る。

 

「そもそもローファスは貴族。相手が平民であろうが、貴族であろうが、手順さえ踏めば何人娶ろうと問題は無い。ここで重要になってくるのは、ローファスの想いだ」

 

 ヴァルムは、ローファスを真っ直ぐに見つめる。

 

「ローファス、お前はその告白してきたという空賊の女の事を好ましく思っているのだろう。ならば、後はローファス自身の心持ちの問題だ」

 

「俺の、心持ち…?」

 

 ヴァルムは頷く。

 

「その空賊の女は、お前にとって生涯を共にしても良いと思える存在なのか」

 

「…」

 

 黙るローファスに、ヴァルムは微笑む。

 

「今無理に答えを出す必要は無い。寧ろ出すな、一人でじっくり考えろ」

 

「う、む。そうだな…少し考えるとしよう」

 

 得心いったように頷くローファス。

 

 オーガスは笑う。

 

「良い事言うじゃねぇかヴァルム。確かに体裁なんて後でどうとでもなるしな。うちの親父も色々と取り繕っちゃいるが、良い年して何人も愛人囲ってるしな」

 

「ふむ。それが普通なのだろうな。父上(うち)は母上——正妻一人だからな…」

 

「噂にゃ聞いてたが、マジなのかよそれ。すげぇな、侯爵家ともなりゃ言い寄ってくる女は山程居るだろうに」

 

 ふと、ヴァルムが思い出した様に口を開く。

 

「ライトレス家の現当主は一途なのか。だが、確か先代当主は女癖が悪いのではなかったか? なんでも行く先々で女を口説いていたとかなんとか。実際ステリア領にも、ライトレスの血を引くと自称する奴が何人も居るしな」

 

祖父(じじ)様の事か…」

 

 かつての帝国との戦時中に王国内を飛び回り、戦果を上げながら同時に子種もばら撒いていたと言われるライトレス家の汚点——ライナス・レイ・ライトレスのにやけ面を思い出し、ローファスは苦虫を噛み潰した様に顔を歪める。

 

「だが、成る程。ローファスは一途な当代ではなく、女誑しの先代に似たのだな」

 

「おい止めろ。あのクソジジイと一緒にするな、虫唾が走る…!」

 

 心外だ、と苛立った様に吐き捨てるローファス。

 

「先代と当代でそんな違うのかぁ」

 

 へぇ、とオーガスが他人事の様に呟く。

 

 男三人でそんなやり取りをしていると、時計塔の鐘の音が鳴り響いた。

 

 それは午前の終わりと、午後の始まりを告げる鐘。

 

「む、もうこんな時間か」

 

「早ぇな」

 

「呼び出しておいてすまないが、今日はこの辺にしておこう」

 

 ヴァルム、オーガス、ローファスがそれぞれ、時間を気にする様に立ち上がる。

 

「今日は助かった。後日埋め合わせはする」

 

「良いって水臭ぇ。てか、また結果教えろよな」

 

「そうだな。結果は俺も聞きたい」

 

 二人に詰められたローファスは、ぷいっと顔を背ける。

 

「…まあ、気が向いたらな」

 

「いや、だから気ぃ向けろよ」

 

「お前はそればかりだな…」

 

 突っ込みを入れるオーガスに、苦笑するヴァルム。

 

 こうして、男三人の会談は幕を閉じた。

 

 因みに、別れた三人はこの後、アンネゲルトの居る防壁に再集結し、ちょっと変な空気になるのだが、それはまた別の話。

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