悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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91# 世界の意思

 王都、六神教会総本部の大聖堂。

 

 その敷地内の一角に、暗黒色の小さな聖堂がある。

 

 それは所謂、六神の中でも暗黒神を崇拝する暗黒派と呼ばれる派閥の建物。

 

 その黒い聖堂内の祭壇には、漆黒のコートに身を包んだローファスが立っていた。

 

 祭壇の中央には、物々しい漆黒の玉座がある。

 

 それは、六神の一柱である暗黒神の為に用意された玉座。

 

 暗黒派にとって非常に重要な、宗教的意味合いの強いその漆黒の玉座に、ローファスは徐に腰掛けた。

 

 気怠げに頬杖を突き、威圧的に壇下を見下すその姿は、正に暗黒神の写身。

 

 それを見た暗黒派の司祭——かつて侍女ユスリカの教育係を務めていた男は、まるで天啓を得た様に跪いた。

 

「おお…おおっ! なんと深く神々しき深淵か…! 聖女フランの言葉に偽りは無かった! 《黒魔導》——否、ローファス様! 暗き夜の体現者よ! 貴方様は正しく、暗黒神の生まれ変わりに違いありません!」

 

 興奮した様に捲し立てる司祭を、ローファスはゴミでも見るかの様な目で見下す。

 

「…目障りだ。失せろ」

 

「は、喜んで!」

 

 司祭は床に着きそうな勢いで頭を下げると、即座に暗黒の聖堂から走って出て行った。

 

 司祭が居なくなったのを確認し、ローファスは溜息混じりに玉座から腰を上げる。

 

 それと同時に、柱の裏に身を隠していた聖女フランが、ひょっこりと姿を見せる。

 

「お疲れ様でした」

 

「全くだ。下らぬ茶番をさせるな」

 

 微笑むフランに、ローファスは肩を竦める。

 

「お手数をお掛けしました。しかし、お陰で大聖堂内で自由に使える場所が出来ました。今やローファス様は、王都を魔王の襲撃から救った英雄。今までの様に気軽にお茶会を開いては、直ぐにあらぬ噂が立ってしまいますから」

 

 にんまりと笑うフランに、ローファスは心底億劫そうに肩を落とす。

 

「俺を英雄に仕立て上げたのは貴様だろう。お陰で、あんな悪趣味な称号まで賜る羽目に…」

 

 ローファスはぶつぶつと文句を言いがらも、最後には「まあ良い…」と聖堂の入り口に目を向ける。

 

「入れ」

 

 ローファスの言葉に、呼び出され外で待機させられていた二人が、聖堂内に入って来る。

 

 それはヴァルムと、カーラ。

 

 ヴァルムはじろじろと物珍しそうに暗黒色で統一された聖堂内を眺め、カーラは緊張した面持ちでローファスの前に跪く。

 

「暗黒騎士カルデラ、ここに」

 

 恭しく頭を下げるカーラに、ローファスは「楽にしろ」と手をひらつかせる。

 

 ヴァルムは怪訝そうに首を傾げた。

 

「それで、何の用だ。例の相談の続きか?」

 

 ヴァルムのローファスに対する無礼な物言いに、カーラは瞬間的に剣の柄に手を掛け、殺気の混じった目を向ける。

 

 ヴァルムがその刺す様な殺気に反応し、驚いた様に身構えた所で、ローファスが面倒そうに手を上げてカーラを制止した。

 

「構うな、俺の連れだ」

 

「…御意」

 

 ローファスの言葉にカーラは殺気を収め、再び跪く。

 

 なんだこの危ない女は、と戦慄するヴァルム。

 

 そんなやり取りを見ていたフランは、吹き出す様に笑った。

 

「ローファス様のお連れ様方は、愉快な方ばかりですね」

 

「どんな感性だ」

 

 くすくすと笑うフランに、呆れ顔のローファス。

 

 今止めなければ、カーラは間違い無くヴァルムに斬り掛かっていたのだが、それを理解しているのだろうかと、ローファスは肩を竦める。

 

「フラン、こいつらが以前話した奴らだ。見てやってくれ」

 

「ああ、彼らが言われていた“神獣殺し”——ですね」

 

 すっと目を細めるフラン。

 

 “神獣殺し”——その言葉を聞いたヴァルムとカーラは、ぴくりと反応する。

 

 ヴァルムとカーラは、《第二の魔王(レイモンド)》が召喚した神獣——神鳥(カルラ)神虎(ヴァーユ)をそれぞれ殺害している。

 

 神獣を殺した者は、その身に呪いを受ける。

 

 それは王国に古くから伝わる、御伽噺としても語られる程に有名な話。

 

 ローファス自身、魔王ラースが魔獣化させた鯨の神獣——クリシュナを殺害し、その際に左眼と左腕に呪いを受け、未だに癒えていない。

 

 その呪いの強さをその身を持って理解しているが故に、今回神獣殺しを成したヴァルムとカーラを呼び出した。

 

 聖女たるフランにその解呪をさせる為に。

 

 その呪いの強度がローファスのものと同等のものであれば、如何にフランでも解く事は出来ないが、その呪いを封印する事ならば出来る。

 

 最悪ローファスと同様に定期的に封印の掛け直しが必要になるかも知れないが、その身が呪いに侵されるよりはマシであろう。

 

 ローファスはそう考え、フランに相談して今回の場を設けた。

 

 しかし——ヴァルムとカーラをそれぞれ見たフランは、首を傾げる。

 

「…お二人共、お身体に不調はありますか?」

 

「いや? 問題無いが」

 

「…特に」

 

 フランからの問いに、ヴァルムとカーラはそれぞれ首を横に振り否定する。

 

「ふむ…」

 

 フランは悩ましげに目を細め、ローファスを見る。

 

「お二人の身は健常そのもの。呪いは無く、その痕跡もありません」

 

「む?」

 

 フランの予想外の言葉に、ローファスは眉を顰める。

 

 神獣を殺したのに、呪われていない。

 

 では、神鳥(カルラ)神虎(ヴァーユ)は神獣では無かったという事か。

 

 ローファスが首を傾げていると、フランが補足する様に言う。

 

「お二人が神獣を殺害した…その事実を疑う気はありません。しかし、お話を聞く限り、お二人は実力でもって神獣を制されたのですよね? であれば、特に不自然な事はありません」

 

「…どういう事だ」

 

「御伽噺——“神獣を殺した男”は、神獣を騙し、狡猾な罠に嵌めて殺害した事で恨まれ、その身に呪いを受けました。しかし、実力で倒されたならば、基本的に恨みを抱かれる事はありません。寧ろお二人からは、倒された神獣より、畏怖と敬意の念が向けられているのを感じます」

 

 フランは続ける。

 

「弱肉強食は、この世界の理の一つ。神獣とは何処かの神霊より加護を受け、神へと至る道筋を歩む修道者です。神の力を受けているからこそ、世界の理には誰よりも忠実なのです」

 

「…世界の理、か」

 

 “ 神であるという事は、世界に縛られると言う事。出来る事が多い代わりに、その分多くの制約を受けている”

 

 ふとローファスは、以前風神が言っていた言葉を思い出す。

 

 しかしローファスは、己の左眼と左腕に呪いを受けている。

 

 違和感、矛盾。

 

 そもそもローファスに、この呪いが神獣によるものと吹き込んだのは——

 

「…ラース」

 

 目を細め、忌々し気に呟くローファス。

 

 それを聞いたフランは、僅かに目を見開く。

 

「ローファス様…」

 

「いや…気にするな。貴様等もご苦労だったな。もう帰って良いぞ」

 

 ローファスは仕切り直す様にヴァルムとカーラを見遣る。

 

「何かと思えば、要件はお祓いだったか。しかし意外だ。まさかお前が、迷信を信じているとはな、ローファス」

 

 ヴァルムはなんだそんな事かと言わんばかりの態度で笑う。

 

 ヴァルムからすれば、神獣の呪いは幼少の頃に聞かされた御伽噺でしか知らない眉唾物。

 

 しかしその認識が、王国での常識である。

 

 ローファスは鼻を鳴らすと、急かす様にしっしと手を払う。

 

「うるさい奴だな。さっさと行け」

 

「ローファス、意外と子供なんだな」

 

「死にたいのか貴様」

 

 額に青筋を立てたローファスが手に暗黒球(ダークボール)を生み出すと、ヴァルムは逃げる様に聖堂から出て行った。

 

 ローファスは溜息混じりに、残ったカーラに目を向ける。

 

「貴様もだ。もう行け」

 

 気怠げに言うローファスに、カーラは暫し沈黙し、そして意を決した様に口を開く。

 

「若様」

 

「…なんだ」

 

「其方の御方は…六神教の象徴——聖女様とお見受け致します」

 

「そうだが…それが?」

 

「個人的に気になる事がございまして…聖女様に質問しても宜しいでしょうか」

 

「…質問だと?」

 

 ふむ? とローファスは首を傾げ、当事者のフランを見る。

 

 フランは「構いませんよ」と微笑んだ。

 

「…だそうだ。手短にしろ」

 

「は、感謝致します」

 

 カーラは顔を上げると真っ直ぐにフランを見つめ、口を開く。

 

「聖女様…若様——ローファス様とは一体どの様なご関係なのでしょうか」

 

「へ?」

 

 思いもよらぬ問い掛けに、フランはきょとんと目を丸くし、ローファスは「…は?」と威圧的にカーラを睨み付ける。

 

 そしてフランは、まじまじと真剣な面持ちのカーラを見据え、おずおずと口を開いた。

 

「私と、ローファス様…ですか?」

 

「はい。差し支え無ければお答え頂きたく」

 

「それは…」

 

 フランは、聖女相手に何を聞いているのかと額に青筋を立てるローファスをちらりと流し見し、妖艶に微笑む。

 

「…ローファス様次第、でしょうか」

 

 小首を傾げ、にこりと笑って答えるフラン。

 

 カーラはくわっと目を見開くと、ぐわんと勢い良く首を回してローファスの方を向き、その真意を問わんと声を張り上げる。

 

「若様!」

 

「帰れ」

 

 カーラは聖堂から叩き出された。

 

 *

 

 ヴァルムとカーラが出て行き、聖堂内はローファスとフランだけが残った。

 

 フランは、ここに来たもう一つの目的の為、ローファスを祭壇下の椅子に座らせる。

 

「では、ローファス様。動かないで下さいね」

 

「ああ、頼む」

 

 フランは腰掛けるローファスの前に立ち、両の頰を包み込む様に手で触れる。

 

 フランを中心に展開されるのは、神々しい魔法陣。

 

 ローファスの左眼と左腕に掛けられた呪いに対する何重にも掛けられた封印の調整。

 

 弱まりつつある封印魔法を再度掛け直し、呪いの侵蝕を抑制する。

 

 年に一度、こうした封印魔法の調整をフランは行っている。

 

 何度も行っているだけあり手慣れたもので、五分と掛からずに封印は完全に張り直された。

 

「終わりましたよ、ローファス様」

 

「ああ、いつも助かる」

 

 立ち上がろうとするローファスを、フランがそっと肩を押さえて止める。

 

「…? なんだ?」

 

「少し、そのままで」

 

 困惑するローファス。

 

 フランは微笑むと、徐に足を上げ、ローファスが座る椅子に膝を掛ける。

 

 そしてそのまま、ローファスの膝に跨る形で腰を下ろし、両手を首に回してその身を密着させた。

 

 鼻同士が触れ合う程に顔を近付け、その頰を僅かに朱に染めるフラン。

 

 ローファスは目を細め、フランの青緑の瞳を見る。

 

「…何のつもりだ」

 

「いえね、先程カルデラ様より尋ねられ、私自身ふと思ったのですよ——確かに、と」

 

「…近いぞ」

 

 鬱陶しそうに顔を引いて少しでも距離を離そうとするローファスに、フランはそれに若干傷付きつつも、おくびにも出さず言葉を続ける。

 

「…これまでは、ユスリカ様に遠慮しておりました。しかしローファス様、最近ユスリカ様以外の女性に心を許されましたね。それも——お一人では無い」

 

 フランより少し責める様な視線を受け、ローファスは億劫そうに目を逸らす。

 

「何処でそれを…というのは貴様に対して愚問か——そんなくだらぬ事に《神託》を使ったのか?」

 

「くだらなくありませんよ。少なくとも、私にとっては」

 

 呆れた様に言うローファスに、フランは至極真面目な顔で答える。

 

 ローファスは深い溜息を吐き、そんなフランを見据えた。

 

「…それで、貴様は俺とどうなりたいんだ?」

 

「…」

 

 ローファスの問いに、フランは沈黙で返した。

 

 両者の間で流れる長い沈黙。

 

 その末に、フランは降参とばかりに息を吐き、ローファスから離れた。

 

「…すみません、少々取り乱しました」

 

 気恥ずかしげに目を逸らすフランに、ローファスは「いや…」と返す。

 

「…己が背負うものを考えろ。俺にはライトレス家がある——六神教まで背負える程、俺の背は広くはない」

 

 ローファスの言葉に、フランは驚いた様にぽかんと口を開ける。

 

「まあ、そこまで真剣に考えて下さったのですね」

 

「当たり前だ、互いに立場ある身だぞ」

 

 フランはくすりと笑う。

 

「随分とご自身を低くお見積りの様で。その気になればこの国ごと背負えてしまいそうですが。違いますか、王国の英雄《黒魔導》様?」

 

「個人の強さだけで背負える程、この国は軽くは無い」

 

 それと、とローファスは付け加える。

 

「六神教は単純に好かん」

 

 ローファスのあんまりな物言いに、フランは吹き出し、腹を抱えて笑った。

 

「ふふ…ローファス様。一応私、聖女ですよ?」

 

「取り繕う理由にはならんだろう」

 

「そうですか? そうですね。好かんものは仕方ありません。好き嫌いは重要ですから」

 

 フランは笑いから出た涙を拭い、呼吸を整える様に息を吐く。

 

「…では、ローファス様好みに六神教を立て直すと致しましょう。これまではサボっておりましたが、先ずは——組織の膿を出す所からでしょうか」

 

 にんまりと笑うフラン。

 

 ローファスは「程々にやれ」と肩を竦めた。

 

 要件は終わったと、ローファスが聖堂から立ち去ろうと踵を返す。

 

 フランは、ふと徐に胸の前で手を組み、穏やかな顔でそっと目を閉じる。

 

 それは普段ローファスに対して見せる少女の顔ではなく、六神教の象徴——聖女としての顔。

 

 そして聖女フランは口を開く。

 

「ローファス様——伝言をお伝え致します」

 

「…?」

 

 急なフランの変化に、ローファスは少し戸惑いつつ、誰からだと首を傾げる。

 

「“契約は果たした”——《神託》より受けたお言葉です」

 

「《神託》…? 六神か? どの神だ?」

 

「神ではありません」

 

 ローファスの問いに、フランは静かに首を振って否定する。

 

 そして、答えた。

 

 

「——世界の意思です」

 

 

 妙に響くフランの静かな言葉。

 

 その答えは、ローファスをより困惑させる。

 

 しかしフランは、それ以上答えようとはしなかった。




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