「どないしてこうなったんや……?」
タマモクロスは、大きな船の上で簀巻き状態になっていた。
何故こんな事になったのか? それは遡る事、数時間前。
「……追試?」
タマモクロスが教師から告げられたのは、追加試験のお達しだった。
トレセン学園では当たり前ながら、学年に応じた授業を履修する必要がある。レースのトレーニングと並行してやるのだから、疎かにすればすぐにでも追加試験という魔の手が迫ってくる。
「……まぁ、近頃はトレーニングに集中しすぎやったし」
タマモクロスは、追試自体は致し方なしと受け止めた。実際問題、学業が全く出来ないとなると困る。弟妹たちに示しがつかないし、イナリのヤツにバカにされる。
「それで、その追試内容は一体全体どういう?」
タマモクロスは訊ねる。しかし返ってきたのは意外な答えであった。
VRウマレーターのプレイ。
それがタマモクロスの追試の内容であるらしい。
なんでもそのゲームの中でタマモクロスは、神様として仕事をこなしていくとの事だ。
その作業の内に、学業で赤点になっていた部分が学べるようになっているとかなんとか。
「またけったいなもん作りよったなぁ……」
タマモクロスは、思わず苦笑する。トレセン学園には、こういった奇想天外な機械が多い。最近ではAIがどうとかいう噂もあるが……。
「けどまぁ、これで追試も乗り越えられるんなら」
タマモクロスは早速、VRウマレーターを使用する事にした。
「ぶははは! 家にある米を貢ぐだけで、追試が終わるというのじゃからぁ、まっこと高貴な血筋の設定とは楽なもんよ!!」
……開始何十分か経過して。タマモクロスは、VRウマレーター内で調子に乗り始めていた。
タマモクロスが与えられたゲーム内の役割は、実に楽なものだった。高貴な血筋の生まれで、神様の仕事というのは、元々あったお米を上司である最高神に貢ぐだけ。
それさえクリアすれば、後はVRの中で宴会を楽しむ時間。飲めや歌えや踊れや、宴会騒ぎ。
しかもタマモクロスの目の前には、現実では味わえないような豪華な食事の数々。
タマモクロスはすっかり有頂天になり、役柄にふさわしい口調で振る舞っていた。普段使わないような老人言葉を使い出している始末だ。……声質のせいか、それが妙に似合う。
「そ、そうか……私も、教師に認めてもらえるように努力はしているが……」
……隣の席で、同じく追試を受けていたナリタブライアンが呟く。
彼女もこのVRウマレーターの神様役であり、タマモクロスと同じく追試を受けている身である。
しかしどうしてこうして、上手くいっていないらしい。
「ざぁんねん! それは残念じゃのう!!」
タマモクロスは笑い飛ばすように言う。ロールプレイも板につき、もはやナリタブライアンの追試なぞ他人事だ。
「血の尊さばかりは、後から変える事はできぬでな!」
タマモクロスは、高笑いしながら言う。ナリタブライアンは、少し悔しそうに拳を握る。
「そうじゃ! 我が友ブライアンよ! わしの役を手伝わせてやるぞ!」
「……は?」
突然の提案に、ナリタブライアンは困惑する。だがタマモクロスの方は、既にノリノリだ。
彼女は自分が演じる役割に沿って、台詞を紡ぎ出す。
「担任の教師やカムヒツキ様のお目に触れる機会が増えればおぬしの覚えもよくなろう! くふひゃぁっ!」
カムヒツキ――このゲームにおける、最高神のキャラクター。そしてタマモクロスとナリタブライアンに与えられた仕事は、彼女の部下だった。
タマモクロスは農業方面。ナリタブライアンは工業方面。それぞれゲーム感覚で勉学が出来るように、彼女達には司る役割が与えられているのだが……。
「あ、あぁ……まぁ、よろしく頼む」
ナリタブライアンは納得がいかぬ。タマモクロスは、元々キャラクターが所持していた米をカムヒツキに貢いでいるだけである。
それで農業の勉学が身に付くと言われても、正直ピンとこない。
内にふつふつと溜まる感情を堪えていると、タマモクロスの御付きであるマスコットキャラクターが、あるじに話しかけた。
「タマ。私もご馳走を食べていいか?」
…………。
「ちょい待ち。なんでオグリがおるんや?」
タマモクロスは、ようやく自分の隣にいるマスコット……ウマ娘の存在に気づいたらしい。なんか、やたらデフォルメされて2~3頭身くらいで。怪獣のきぐるみを着ている。
これは一体どういう事かと、タマモクロスは困惑している。オグリは追試を免れたはずだが。
「タマが追試と聞いて、心配で手伝いに来たんだ」
「ウチのご馳走頬張りながら言われても説得力ないわーッ!!!」
お膳に並んでいる料理を「モッモッ」という効果音を立てながら、吸い込んでいくオグリキャップ。
どうやら宴会の最中からタマモクロスを見守っていたようだ。やがてオグリキャップがご馳走を食べ終わると、本来伝えたかった事をタマモクロスに向けた。
「都に侵入者が来たらしい」
彼女の伝令に、タマモクロスは身を固くする。
米を献上するのはタマモクロスの務めだが、都の侵入者をどうにかするのも彼女の務めの一つだ。
「……面倒じゃのう」
タマモクロスは気だるげに言った。ウマレーターに入ってから早々、役柄上の性分が染み付きかけていた。
とはいえ普段ならそういう面倒臭がり屋ではない。ブライアンに対しての態度もそうだ。
「タマ……」
そんな風だから、オグリキャップが心配するような上目遣いで見つめる。
タマモクロスは、マスコットキャラクターからの視線に罪悪感を感じたのか「ウッ……」と呻いてから、渋々承諾するように立ち上がった。
「……年貢の納め時だ。今度は逃がさねぇぞ、桂」
下界と『
「石丸……なにゆえ、そうまでして我らを……」
「抜けたてめぇにゃ分からねぇだろうが、俺たちだって
話や身なりから察するに、賊の類らしい。見れば、桂と呼ばれた男性の後ろには数人の子供たちや、外国の宣教師といった風体の女性がいる。
「そのガキどもを見過ごすわけにはいかねぇし、裏切り者のてめえも殺す以外考えられねぇ」
「……ならば……致し方あるまい……!」
桂という大男も腰にさしていた刀を抜いた。しかし、どうしてこうして。滑稽に映る。太刀だというのに、それと不釣り合いに見えるほどに桂は巨躯だった。その上、へっぴり腰な構え方。全身はぷるぷると震えている。まるで生まれたての子鹿のようだ。
対して石丸は、そんな大男相手に余裕綽々である。
「なんだ、その情けねぇなりは……侍が聞いて呆れるぜ」
石丸は桂に引導を渡そうと、その首めがけて刀を振りかぶる。
「まあいい、くたばっちまいな!!」
その瞬間、石丸の背後から何か真っ白な物体が飛んできた。
「そんな子供の前で刃傷沙汰すなァー!!!!」
「ぎえええ!!!!」
石丸に対して、白い稲妻が走る。タマモクロスが大慌てでドロップキックをかましてきたのだ。
怪力無双たるウマ娘の蹴りを受けて、大きな体躯を持った石丸さえも数メートル吹っ飛んで、大橋から叩き落される事に相成った。
「……しもうた! やりすぎた!?」
冷静に戻ったタマモクロス。ゲーム内とはいえ、殺人行為は後味が悪い。蹴り飛ばした大男を助け出そうと手すりから身を乗り出して橋の下を覗き込むが、水面はまるで異空間に繋がっているかのように様々な場所の景色を映し出している。石丸の姿はすでにない。
「て、手遅れ……?」
「なんという膂力! おみそれいたしました!!」
タマモクロスが蒼褪めていると、助けられた方の大男が地面に手をついて頭を下げていた。
彼は感激した様子でタマモクロスを見つめているが、当の彼女はどう反応すればいいのか分からずに硬直している。
「あ、あぁ……まぁ……」
「申し遅れました! 拙者は
恭しく名乗られる。先ほどまで調子に乗っていたとはいえ、このように敬われるのは正直いって性に合わない。
一応、彼らの命を救ったのだがどうにもむず痒い。
「そんな平服せんでええって。ウチは子供の前で斬り合いなんていうのを止めたかっただけやし」
田右衛門の後ろにいる子供たちの事を見ると、どうにも弟妹の事が思い浮かんでしまう。
それぞれタマモクロスの事を警戒していたり、太々しく横目で睨んでいたり、あるいは友好的にニコニコとした顔を向けていたりと様々だ。
「おぉ、幼子の事をそのようにご心配してくださるとは……ますます感服致しました!!」
更に平服された。普段接している人物たちとノリが違い、どうにも調子が狂う。
事情を聞いてみれば、彼らはやはり下界からやってきた人間達だった。
田右衛門という男は元々由緒正しき武士であったのだが、戦のさなかに逃亡して、山賊に落ちぶれていたらしい。
しかし山賊になっても人を殺したり、殺されたりなどは性に合わず、結局は人身売買目当てに捕らえられていた子供たちや女性を連れて一緒に逃げ出してきたとか。
「成る程、そうか。そして追手から逃げ回ってる末に、頂の世まで迷い込んできたと……」
先ほどまでへっぴり腰侍に映っていた田右衛門だが、事情を聞いてみればそこまで滑稽な人物でもないように思える。
「……こいな不気味なとこ
田右衛門に連れられた子供の一人が、そんな事を言った。
「なんや、怖いんか?」
すると子供は、コクリと頷いた。
確かに、下界から来た人間が神様の住む世界に来れば怖がるのも致し方ないだろう。
「しゃーない。タウエモンのオッサン、こっから先は入ったらいけんところやから、早々に立ち去……」
ぐう。タマモクロスの言葉を遮って、誰かの腹が鳴った。
それは帰りたいと言っていた女の子のおなかの音だった。可愛らしい音の主は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「たはは……もう三日三晩何も食べておりませぬからなぁ」
どうやら田右衛門も同じらしく、彼もまた気まずそうな笑みを浮かべていた。
「み、みっかみばん……」
見れば、他の子供たちも空腹からか憔悴しきっている。彼らと同じような年齢の弟妹を持つタマモクロスは、どうにも彼らを見捨てておけなかった。
タマモクロスは彼らを引き連れてこっそり都へ立ち入ると、宴会騒ぎに乗じて彼らを御饌殿の蔵へと招き入れようとしていた。唇に人差し指をくっつけて、静かにするように指示を向ける。
「……見つからんように、しー、な?」
「あいっ!!」
金太郎じみた格好をした男の子の一人が、元気よく大きな声でタマモクロスに返事をする。タマモクロスは少し慌てて周囲を見回したものの、誰も気づいてないのを確認してから「やれやれ」と頭を掻く。
そうして一同がたどり着いたのは、立派な造りの御饌殿である。
中にはタマモクロスが献上した大量の米俵、そして他の神々が収めた酒や油も収められており、さながら宝物庫のような有様であった。
「おぉ、まさしくこれは神の思し召し……!」
田右衛門や子供たちはその豪華絢爛たる光景を見て、目を輝かせる。よほど飢えていたのか、俵の一つを開いて生米の状態で口に入れ始めた。
「……これだけあるんや。元はウチの献上品やし、多少もろうても構わんやろ」
出来れば調理してあげたいところだが、調理場に持ち込めばさすがにバレそうだ。
少しして、奇妙な事に気づく。子供たちや田右衛門は血相を変えて生米を口に運んでいるのに、宣教師らしき女性はただその様子をじっと見ているだけなのだ。
彼女とて三日三晩何も口に入れていない境遇であろうに、まるで他人事である。
「食わへんのか?」
タマモクロスがそのように声を掛けると、その女性はぎょっと驚くような仕草を取ってから、被っている頭巾を目深く被って顔を隠すようにした。
「……いえ……私は、遠慮しておく……」
消え入りそうなほど小さな声で、彼女はそう言った。どこか具合でも悪いのだろうか?
いや、それにしては随分と元気そうにしているようにも見えるのだが……。
「……なぁ、どっかで会った事ないか?」
タマモクロスが訝しげにそのように質問するが、答えは返ってこない。
代わりに返ってきたのは、別の方向からの声だった。
「ギギー! シンニュウシャ! シンニュウシャ!!」
振り向くと、入り口の方から珍妙なロボットがこちらを指さしていた。
確かナリタブライアンが造った警備ロボットだったか。
バレてしまったのなら仕方がない。
「はよう逃げえ!」
「か、かたじけなし!」
タマモクロスはウマ娘の怪力でそのロボットを押さえつけて、田右衛門達には逃げてもらう事にした。
しかし入り口から田右衛門が逃げてしばらくして、彼らの叫び声が響いてきたのである。
何事かと思って駆けつけてみると、田右衛門達は大量の警備ロボットの取り囲まれていた。警備ロボットを率いているのは、造り手のブライアン。
「な、なぁ、ブライアン。見逃してくれへんか? このオッサンらもやむにやまれぬ事情があって……」
そう頼むものの、彼女は冷ややかな表情でタマモクロスを見つめる。
「なぜ、私がそうする必要がある?」
聞き入れてくれそうにない。ゲーム上の務めを果たすという意味でも、与えられた課題をこなすという意味でも、全くもって正論である。タマモクロスは彼女相手に調子に乗った自分を恨んだ。
『タマモヒメよ』
「……はい」
自ら侵入者を招き入れた手前、タマモクロスはカムヒツキの御前に申し開きをする事となった。
『其の方……あの巍然たる武神、タケリビが娘として今日まで重用してきたにも関わらず、朕が楽しみにしておった捧げ物を、わざわざ下界の者共に分け与えたというのは真か?』
淡々と告げられる事実確認の言葉に対して、タマモクロスは粛々と頭を垂れて肯定するしかなかった。
「全てまことでございます……」
『神ともあろうものが、人に情を動かされて御饌殿を明け渡すなど何事かっ!!』
そうはいうても、弟妹と同じ年代の子供が飢えで苦しんでいるというのに見捨てる事など出来なかった。調子に乗ってもタマモクロスはタマモクロスである。
「……申し訳ございませぬ」
謝罪の意を示すべく、再び頭を下げる。カムヒツキはタマモヒメを一旦責めるのをやめ、侵入者の方へ眼を向けた。
『さて……人の子らよ。名乗れ』
恭しく頭を下げ、押し黙っていた田右衛門が名乗りをあげる。
「拙者は桂右衛門尉高盛にござりまする」
聞かれた事だけを答える。それが目上の者に対する礼儀作法であり、神と人間の在り方であった。
しかして、子供たちにそんな事が分かろうはずもない。胡坐を掻いていた男の子は、偉そうな口調で最高神カミヒツキに言葉を向けた。
「おいらはきんただ。おめぇがミカドってやつか?」
立場の格差を考えれば無礼極まりない物言いだったが、カムヒツキは特に気に障った様子でもなく他の子に目を向ける。
「お、おらはゆいだ。こっちは、かいまる……」
「あいっ!」
怯えながら自己紹介をする女の子と、それに相槌を打つ金太郎みたいな服装の男の子。
残るは、宣教師らしき女性。
「メ……」
何か言いかけてから、一旦口を噤んで。言い直した。
「……ミルテ」
そう言ってから、彼女はぺこりと頭を下げた。
ミルテという女性や、きんたの態度にも動じる事なく。カムヒツキは一同をゆっくりと眺める。
『神と人は二つの世……すなわち『頂の世』と『麓の世』に分かれて在らねばならぬ運命。されど、其の方らが渡ってきた『天浮橋』は既に隠れてしもうての』
それは既に下界へは帰れぬ事を意味する。次にいつ大橋が現れるのかは、カムヒツキにさえ分からない。
「よって、橋が現れるまで。そこのタマモヒメと共に此度の始末をつけるがよい」
その言葉に、タマモクロスが顔をあげる。
「し、始末……?」
カムヒツキは語る。曰く、タマモクロスが演じているキャラクターの父母が出会い、悪神を討ち取りし離島があるらしい。
古くから、そこに悪鬼達が巣食う。未だカムヒツキの支配が及んでいない。
タマモヒメの役目は、その島を拓き、なにゆえに鬼が生まれ出でるのかを調査する事が使命だという。
「か、カムヒツキ様。あの離島はあまりにも遠すぎまする」
だが、その島には凶悪な魔物どもや人外魔境が広がっている。
都から離島へと足を運び続けるのは、困難を極める。
タマモクロスも、務めを楽に果たして宴会三昧とはいかなくなるだろう。
すると、カムヒツキは首を傾げてこう言った。
『うん……? ここから通うつもりではあるまいな。無論、鬼島に住み着いて命を果たすのだ。それまではこの都を追放とする!』
……世界観の時代から考えて都からの追放とは、ほぼ死刑と同義。
「ちょ、ちょい待ち!! 食うに困ってるヤツに米俵一つ分け与えただけで、そこまでする事あらへんやろ!? 元はウチのやで!!!」
タマモクロスは、思わず素で抗議した。普段味わえないご馳走にもありつけなくなる。追放されるのがゲーム上の自分とはいえ、わりと必死だった。
しかしカムヒツキは、タマモクロスを冷たく見据える。
そして、こう告げた。
『米俵一つ? 何を勘違いしておる』
その言葉を受けて、タマモヒメもきんた達も、首を傾げた。
「すまない、タマ……お腹が減っていたんだ……」
警備ロボットにひっ捕らえられながら、申し訳なさそうにしょんぼり顔で謝る怪獣オグリ。
『御饌殿に収められたものは、酒などを除いてこやつが全て食ろうてしもうた。全てだぞ? 主でありながら、なんたる監督不行き届きぞ』
それを聞いて、タマモヒメの顔が蒼褪めていく。
「いやじゃー!! なんでオグリが食べた分まで責任取らなきゃあかんのやー!!」
主神カムヒツキの前で泣き叫ぶタマモクロスであったが、無情にもカムヒツキは判決を下す。
「……どうして、こうなったんや……」
「すまない、タマ……」
かくして、裁きを嫌がるタマモヒメは簀巻きにされて、田右衛門と怪獣オグリを引き連れる形で追放船の上へと乗せられていたのだった。