「申し訳ございませぬ、タマモ様っっ……!!」
大型船から小舟で降ろされ、水平線の遠くに浮かぶ離島へ向かう最中。田右衛門は心底から申し訳なさそうに謝罪を繰り返していた。
しかしそんな彼に、タマモヒメは手を振って返す。
「かまへんかまへん。餓死寸前だったのなら、しゃあないやろ」
死刑同然の追放騒ぎに巻き込まれたのは理不尽だとも思いかけていたが、当のタマモクロスが呆れ返るほどに謝ってくるものだから彼を恨む気持ちは失せていた。
聞けば下界は飢饉の状態らしい。そんな状態で各国の支配者たちが自国の民を養う為に戦を繰り返し、戦渦によって民草や食糧は失われ、更に飢饉が増していく悪循環。
田右衛門や子供達、宣教師のミルテはそんな渦中で生きていくのに必死になっていただけとも言える。
「そんな事よりも、これから行く鬼島とやらでどうやって生きていくかを考えなきゃあかん」
都から離れ、鬼が住まう島で自給自足の生活。彼らにとってもこれまで以上に死と隣り合わせかもしれない。
まず第一に危険な鬼から彼らを守っていく事に関して、タマモクロスは前向きだった。
「……タマ。立派になったな」
「オグリはもうちっとタウエモン見習え」
オグリはタマモクロスの言動から、感心したような眼差しを向けてくるが……元はといえば御饌殿を喰らいつくしたのはこの笠松の怪獣である。
とはいえ、ゲーム上のやらかしで延々と叱り続けるのも気が滅入る。
タマモクロスは二人の事をこれ以上怒るつもりはなかった。
タマモクロスは離島の洞穴から小舟を侵入させ、そこから上陸を果たす。
タマモクロスが先んじて洞穴を少し進めば、鬼の角を生やした獣達の姿が視界に入る。彼らの大半は、弓矢や刀で武装していた。
「うぅん……こっから先は危険そうやなぁ」
地図を読んだオグリ曰く、この先に拠点となりうる峠があるらしい。ウマ娘のタマならいざ知らず、普通の人間なら数の暴力で返り討ちに合うだろう。
「オッサン。鬼なんか刀で斬ってくんでねぇかや」
子供のきんたが、少々ふてぶてしい態度で田右衛門に言葉を向ける。
田右衛門は気恥ずかしそうに頭を掻く。
「面目ない。由緒正しき業物なれど、某に武芸の才が備わっておらず……」
「役立たずのおっさんだべや。宝の持ち腐れもいいとこだぁ」
きんたは呆れたように腕を組んだ。
「きんた。大人に対してそういう態度は取ったらあかん」
その態度に、見かねたタマモクロスがなだめるに声をかける。しかしきんたの方はその言葉に「フンッ」と鼻を鳴らすだけだ。
きんたという少年。見てくれや言動から察するに、小作農か猟師辺りの生まれであろう。肌焼けして黒くなっているものの、その顔立ちはまだ幼い。
ボサボサと癖のある黒髪を後ろでまとめ、粗末な着物を着ている。
カムヒツキに対する態度もそうだが、礼儀作法を教わる余裕もなかったのであろう。
時代背景からの育ちを考えれば致し方ないと思えども、反抗期の弟を目の前にしているようで。タマモクロスは放っておけない気分になる。
(まぁ、こういう時期は長々と説教するとかえって逆効果って、オカンが言うとったしな……)
それ以上は深くお小言を並べる事は、ひとまずやめにしておいた。
それよりも目を引くのが、彼の傍らにいる女の子であった。
名前は「ゆい」というらしい。髪はタマモクロスと同じくらいに長い黒髪で、幼いながら顔立ちも良い。美人揃いのウマ娘達と並べても遜色ないくらいだ。
そんな彼女はきんたの傍に引っ付くように、未だタマモヒメを警戒している様子。その警戒たるや、きんたに大人への言葉遣いを叱った際にますます、である。
「……あんまじろじろ見ないでくんろ」
タマモクロスの視線に気づいたのか、ゆいはきんたの後ろに隠れるようにした。
(仲がえぇんやろうな)
どちらかといえば、ゆいからきんたを慕っているようにも映る。
それ自体は微笑ましい事なのだが……周囲の人間と比べて、明らかに身なりが不釣り合いである。
異国人らしきミルテはともかくとして……ゆい一人だけ、綺麗な着物を着ているのだ。それも上等なものであると、一目見て分かるほど。
しかし言葉遣いは、きんたと同じく訛りがある。それがひときわ違和感があった。
(……なんや気になるけど、あんまり詮索するのは野暮やろうか……)
いずれにしろ、今はここから生き延びるのが先決である。
「じゃあ、ウチが安全を確保するから。皆は後からついてきてくれ」
「あい!」
元気よく返事をするかいまる。身に着けているものがほぼ前掛けとだけという有様だが、他の子供達とは違ってタマモクロスに対して素直で愛嬌がある。
そんなかいまるの頭を軽く撫でてやると、彼は嬉しそうに笑ってくれた。
さても、彼を守る為にもタマモクロスが洞穴から出陣した。
武器を使い立ち向かってくる獣鬼たちを、持ち前の怪力で追い払いながらしばらく。峠の近くにたどり着く。
ひときわ高い崖を登り切った直後、タマモクロスめがけて数本のクナイが飛んできた。
「おわっ!?」
慌ててそれを回避する。その後に目の前へ降り立ってきたのは、狩猟服を着込んだ、二本足で立つ背の高い
「……鬼ではないな? カムヒツキの手のモノか……」
低い声で問いかけてくる。どうやら他の獣鬼たちと違って、人語を話せるようだ。
「ちょ、ちょい待ち! ウチは――」
「――いずれにせよ、ここで無様に躯を晒すがいい」
理性がある相手と見てタマモクロスは話し合いを持ちかけようとするが、相手は迅速果断に鉈鎌を穿つ。またも咄嗟に回避したが、その動きを読んでいたかのように回し蹴りを浴びせてきた。
「おぶえっ……」
強烈な一撃を腹に受けて、VRと感覚を繋いでいたせいもあってタマモクロスは呻いた。バーベルトレーニングをしていた時に、手元が狂って斤量を落とした時を思い出す。あの感覚に近い。
思わず膝をついて蹲りそうになるが、何とか堪えて相手の顔を見上げる。
道中で軽く蹴散らしてきた獣鬼達よりも、明らかに身体能力が高い。おまけに身のこなしも鋭い。
……ある意味、トレーニング相手にはちょうどいいかもしれない。追試で距離を置いていた運動の楽しさをVR空間で晴らすにはもってこいだろう。
「タマ。こいつは……」
傍で見守っていたオグリが何事か話そうとするが、それよりも先に白い稲妻が走る。
「!!」
瞬発力は相手がたである獣人の方が上だったが、持続的な速度はウマ娘であるタマモクロスが上回る。
地面を蹴って退いた獣人に対して、タマモクロスはあっという間に距離を詰め、蹴りを見舞う。鉈鎌で受け止めてさえ、ビリビリと空気が震える程の衝撃であった。
「……成る程」
獣人はタマモクロスから警戒するように距離を取って、鉈鎌を持ち直す。
タマモクロスはこの一合だけで、走るのとは違った新しい楽しさを感じていた。
現実世界では格闘技業界に進出したウマ娘でもなければ、こういった風に暴れられる機会もほとんどないが。この仮想世界であれば、取り返しのつかない怪我を相手に負わせる心配もなく、存分に力を奮う事が出来る。
「へへっ、弟たちがプロレスごっこしたがるのも、ちっと分かったわ……!」
ニヤリと笑いながらタマモクロスは再び構えた。相手も同じように笑うと、その身を低く屈める。
「本気でいくぞ」
その宣言を合図に、二人の戦いが始まった。
のほほんとお茶を飲みながら、戦いの様子を見物するオグリキャップ。
緊張感の欠片もない様子だが、目の前で繰り広げられるている光景は格闘映画の殺陣のソレである。
獣人は瞬発力を最大限に発揮するように、地面を蹴って短く跳躍し、それを何度も繰り返しながらタマモクロスの視線を翻弄している。
「散れっ!」
「ぬぎゃっァー!!?!?」
彼を見失ったが途端、鉈鎌の峰部分を頭のてっぺんに叩きつけられる。衝撃のあまり、汚い濁音がついた叫び声をあげるタマモクロス。
彼女は蠅を振り落とすように手を振るうも、既に鎌を見舞った獣人は移動していて腕は空を切る。
現実世界でないだけに、相手の動きも超人的であった。タマモクロスも生粋の反射神経や動体視力でそれに対抗しているが、こういった戦闘経験だけはどうしようもない。
「くぅっ……! どないしたらいいねん……ッ!!」
頭をさすりながら唸るが、不利な状況は変わらない。
「タマ」
「なんや!?」
オグリキャップの言葉に耳を傾ける。最中にも獣人は攻撃を仕掛けてくるから余裕がない。
オグリキャップは、手元にある取説を読みながらタマモクロスにアドバイスを送る。
「衣装の帯を使ったらいい。移動や攻撃にも使えるらしいぞ」
「帯?」
そういえば、そんなものがあったような。
そう思いながらタマモクロスは腰回りに手を回すと、長い長い帯がある。本来ならば地面を引きずり回すような長さだが……邪魔になってないどころか不思議な事にタマモクロスの意思に応じて動かせる。
「どこを見ている!」
再び飛びかかってくる獣人に対し、タマモクロスは反射的に帯の端を投げつけて目晦ましをしようとした。
すると、どうだ。帯は鉄心が入り込んだようにピンと張り詰めたかと思えば、相手の胴体に巻き付いた。
「なにッ!?」
相手が驚く暇もなく、タマモクロスは相手に巻き付いた帯を勢いよく引っ張る。相手に比べて幾分か体の軽いタマモクロスは、相手の後ろに回り込む形で中空に舞い上がってみせた。
「……! 立体機動、っちゅうヤツやな!」
タマモクロスは勉強で赤点を取っても、地頭は良い。瞬間的に帯の機能がなんたるかを理解した。
「させるか!」
獣人も空中にいるタマモクロスに対してクナイを投げてくる。しかし今度はタマモクロスが先手を取っていた。
「今度はこっちの番や!!」
獣人の胴体に、再び帯を巻き付ける。大橋の上で石丸に見舞った時のように、ドロップキックをお見舞いしようとした。
……したのだが、空中でバランス感覚がズレていたせいか。脚ではなく、頭部の方から突進してしまう。
「え? ……んぎゃぁぁぁァっ!!!!」
「ぐふっ!!!」
汚い悲鳴と共に鈍い音が鳴ったかと思うと、二人同時に落ちてきた。
獣人のみぞおちに、タマモクロスの頭突きが炸裂したらしい。獺の獣人は腹を抱えて苦しんでいる。
……タマモクロスの方も中に仕込まれてあった鎖帷子に激突して、頭を抱えて悶絶していた。
「……その帯。もしやトヨハナの……」
悶絶し合うのが終わった折に、獣人の方からそのような言葉をかけられた。どうやら、タマモヒメの関係者キャラクター……の、知り合いらしい。
「……せや、母君から譲り受けた形見や。たぶん」
タマモクロスも痛みも引いてきたところで、帯を持っている経緯を説明する。オグリキャップから渡された資料片手に。
「オグリもこないな資料あるならこいつの事教えろっちゅーに……」
「教えようとしたら戦い始めたんだが?」
オグリキャップはしょんぼりしている。それもそうかと反省するタマモクロス。
「……するとそちらは、タケリビの剣霊か!」
「いやこいつはちゃうやろ」
オグリを目の当たりにして、獣人がそのように見定める。タマがどう言おうが笠松の怪獣は設定上そういう生き物らしい。
「ゆえあって、御相伴に預かりにきた」
オグリはキラキラとした笑顔で期待を向けていた。なんか、ここでもご馳走を食おうとしている……。
本来案内役のオグリがアレなので、タマモクロスと獺の獣人――アシグモが、お互いの身の上を話し合った。
どうにも、彼はタマモヒメの父君のタケリビと母君であるトヨハナの盟友らしい。
この島には悪神『
タケリビは彼らと協力し、ついには大龍を討伐したという。
「他ならぬタケリビ達の娘だ。峠に住むというならば、オレはトヨハナの家を喜んで返そう」
そしてアシグモは、タケリビとトヨハナが住んでいた峠の家屋を、鬼達から長い年月守っていたそうだ。
それが今、目の前にある藁葺屋根の大きな家。
「いきなり広ぇなァ!!」
「きんた! 見てっちゃ! 奥さ部屋二つもある!」
「あーいーっ!」
事が済んだタマモヒメは田右衛門達を峠まで引き連れた。子供達はそれぞれ大喜びしている。
世界観の事を考えれば家というよりも、屋敷といってもいいだろう。複数人で住んでも不便がなさそうである。
なにより、この屋敷の目の前や周辺地域には田畑に使えそうな土地があり、少し足を運べば新鮮な山菜や川魚も豊富に獲れるだろう。まさに隠れ里にうってつけの家なのだ。
「自然の恵みか。今から楽しみだな……」
何故か子供達と同じくらい嬉しそうな表情をしているオグリキャップ。いくら食糧があっても足りそうにないのは気のせいか。周辺地域を自然破壊する勢いで喰らいそうなのは気のせいか。
「……ともかく、ウチらが使っても問題ないんやな?」
「あぁ、もちろんだ」
アシグモは大きく頷く。それにタマモクロスも安心して表情を緩めた。
この峠にはたやすく破れぬ術がある。ここに家があると知らぬ者は、峠に辿り着けぬそうだ。
つまりは、ひとまずの安全地帯である。
きんた達が就寝の際に、鬼から襲われる事はないだろう。そう思うと肩の荷が下りるようだった。そんなタマモクロスの気持ちは、田右衛門も同じく。
「これも何かの縁。共に助け合ってまいろうぞ」
「あぁ。ところで……」
挨拶が終わったところで、ふとアシグモは疑問に思った事をタマモクロス達に訊ねてきた。
「どないした?」
「あの異国の衣装の者は、なにゆえにオレから距離を取っているのだ?」
アシグモの視線を追うと、そこには木に隠れるようにして彼を警戒するように睨みつけているミルテの姿があった。
「ははは、ミルテ殿はどうにも男嫌いで……拙者も似たような扱いを受けておる」
田右衛門は頭を掻いて笑ってみせた。ミルテは賊に捕まった過去があるのだから、その行動を不快には思ってないらしい。
「…………なーんか、やっぱどっかで見た事あるような……」
タマモクロスはそう思えども、傍目からは顔の半分しか分からない装いをした彼女が一体誰であるかまでは分からなかった。