それぞれが布団で寝静まっている最中。家が、地面が音を鳴らして揺れ動いた。
「……な、なんやぁ?」
虫の鳴き声や草木が風で揺れる音を音楽にリラックスしていたタマモクロスであったが、急に訪れた振動により目を開いた。
どうやら、地震が起きているようだ。大きい。現実世界で起きていたなら大騒ぎになるレベルだろうか。
「……またか」
警邏ついでに夜中の作業をしていたアシグモがそのように呟いた。このような経験を幾度もしているのだろう。しかし、ピリピリとした気配を感じる。
「また、って。しょっちゅう起きとるんか?」
アシグモは静かに、こくりと頷く。この島では、大地が激しく揺れる事があるらしい。特に最近は頻繁に起きているのだという。
「そりゃあ、大変やなぁ。ゆいやきんた達が家財に押しつぶされんとええけど……」
タマモクロスの心配は、VR内では大体は子供達の方へ向けられている。彼らが手土産を見て喜ぶサマを見ていれば、狩猟の作業も苦にならない。
「……それだけで済めばいいがな」
アシグモはそんな事を言った。不可思議な物言いにタマモクロスは質問を投げかけようとしたが、相手の顔色を見てやめた。
子供達の心配をしていたある意味で呑気なタマモクロスとは対照的に、アシグモは剣呑とした雰囲気を表情にまとっている。
「……うぅ、怖ぇだ……」
縁側でタマモとアシグモの二人が話し合っている最中、家の中から蚊の鳴くような声が聞こえてきた。ゆいが地震で驚いて泣いているようだ。
無理もないだろう。生活が安定してない内から、こんな災害に見舞われれば不安で怖いに決まっている。ましてや彼女の場合、肉親が周囲に居ないのだから。
(ウチや妹たちも、オカンやオトンが居なくなったらあんななったんやろうか……)
……現実世界の父母はなんとか大事に至らなかったから、あまり考えたくないものである。
「大丈夫?」
……ミルテの声がした。彼女もいつの間にか起きていて、物音からゆいを慰めている様子が窺える。
「……あんがと……」
タマモヒメをやたら警戒しているゆいも、ミルテに対してはある程度は心を開いている気配がある。だんだん、ゆいが嗚咽で上擦る声も小さくなっていった。
「……ミルテが手厳しいのは、男に対してだけらしい」
アシグモがそのように呟く。他の者達と距離を置いているミルテも、ゆいに対してだけは優しい姉のように振る舞っていてくれている。
「……ま、心配いらんやろうな」
タマモクロスもそう呟いた。何に対してかまでは言わないが。
翌日。
「神様。この田で何か拵えられねすか?」
ゆいが家の前にある田んぼを指さして、訛った言葉遣いでタマモクロスに提案してきた。
「それは名案じゃ! ゆいは賢いのう!」
「へ? え、えぇ。へへへ……」
ゆいが前向きな様子なのを喜んでか、タマモクロスもノリノリで神様らしく褒め称えた。……ゆいも、案外まんざらでもなさそうではある。
狩猟でなんとか食生活が成り立っているものの、それだけでは皆の栄養が偏る。山菜も採れる時と採れない時があるから、農業で自給できるのであれば有り難い話だ。
特に、ゆいは好き嫌いが激しい。川魚は大好きだが、鳥肉がめっぽう嫌いだ。夕餉に出た時には蒼褪めているくらいには。
何度「好き嫌いはあかん」と指摘しても、こっそりきんたのお椀に移している。きんたも、自分の食う量が増えるからと大喜びで協力している始末だ。ちなみに田右衛門もお肉は食べられない。
「稲の籾なら、ここにありまする」
そんな田右衛門がお米の種をいくらか持っていた。なんとも、都合が良い話があったものである。
「タウエモンのオッサン、なにゆえにそんな物を持っとんねん。アンタ侍やろ?」
タマモクロスが疑問に思い、その辺を突っ込んだ。田右衛門はそれを受けて、腰に手を当てながら胸を張る。
「某は武門の生まれなれど、頭の内は常に剣よりも野良仕事。家を捨て、山賊に身を落としてからも、これだけは手放せなかったのでござりまする」
オグリキャップは資料片手に、タマモクロスへ解説する。
「その昔。下級武士は農業をするのは当たり前だったが、位の高い武士は農業には携わる事はほとんどなかったそうだ。田右衛門の話し振りから、本来ならかなり良い身分の生まれだったのかもしれない」
「はー……人は見かけによらんなぁ」
それならば肉を辟易しているのも納得がいく。身分の高い者達の間では、肉食を避ける文化もあったらしい。
(……だったら、ゆいも身分の高い生まれなんか?)
着物の事もあり、そのように思案してゆいの姿を眺めていたら……屋敷の近くを流れている小川を覗き込んでいるかと思えば、水の中にいた小魚をひょいとつまみ上げたかと思えば……口に運んで、そのまま呑み込んでいた。
「……ゆい。どんな生まれだったとしても、
「神様? どしたんどす?」
「私でも川魚を生で食べたりしないんだが?」
ゆいの両肩を掴みながら、顔を見合わせ真剣な表情で諭すタマ。何がいけないのかと首を傾げるゆい。不服そうな表情でタマを見つめているオグリ。三者三様の反応であった。
ともかくとして、水田を作る事になった。田植えは一筋縄ではいかないものである。知識がありそうな田右衛門に田植えを任せ、タマモクロスは狩猟に精を出す事に決めた。
「では、決まりですな。タマモ様は狩りを。某たちはここで稲を育てましょう」
「おいらたちも
「働かざる者何とやら、だっちゃ……」
それからいくらかの日月も、タマモクロスは狩猟に出かける。その合間も、頭に乗せたオグリキャップから資料片手に解説を受けていた。
「なぁ。タウエモンのオッサンが籾を直接田んぼに植えずに屋内で育ててるのはなんでや?」
「田んぼに直接種の状態で植え付けると、収穫量が目に見えて落ちるそうだ。これも先人達が経験から把握して、苗の状態で植える農法に至ったんだ」
成る程、そのような工夫もあったのか。タマモクロスは納得する。
現代人のタマモクロスでさえ知らない事を知っている田右衛門ならば、きっと農耕の知識は豊富だろう。彼がいて助かった。
タマとオグリがたんまりと山菜や獣肉を採って帰ってくると、峠近くのトンネル地帯でゆいとかいまるが二人を出迎えてくれた。
「お
懐いてくれているかいまるはともかく、ゆいがタマモクロスの出迎えとは珍しい。
しかしどうやら、ゆいはタマモクロスを出迎える事が目的ではなかったようだ。かいまるが屋敷の方を向いて怯えている事から、ただここに避難してきていた事が察しがつく。
「……んん、きんたがご機嫌斜めか」
「……なんでわかったすか?」
ゆいもかいまるも、不思議そうに首を傾げる。
「……まぁ、長い事『タマねぇね』やっとるからな」
そう答えてやると、二人ともますます首を傾げた。
田右衛門も温厚な人物で、ミルテも子供達を怯えさせるような人物でもない。
アシグモは人外だが、子供達は彼を毛嫌いしている様子はない。やたら低い声の癖に、トヨハナの娘の客人ともなれば意外と面倒見の良い。
ともなれば、はねっかえりの気があるきんただろう。
峠を登り切ってみれば、予想通りきんたが田右衛門に対してぎゃあぎゃあと声をあげて叱りつけていた。
「おらたちを飢えさす気か!!」
「済まぬ……」
どうやらこうやら、何か問題があったらしい。
「どないしたんや、芽出し。失敗したんか?」
「
「なんだと!!?」
悲しそうに大声をあげて驚くオグリキャップ。きんたと一緒になって、田畑を悔しげに見つめている。いや、まぁ、田右衛門への怒りというより純粋な食い気だろう。
「うぅむ……」
タマモクロスもそれは残念に感じたが、きんたにとってはまさしく死活問題だ。オグリにとっては食欲の止渇問題だ。
オグリの事は放っておくとして、きんたが怒り心頭になるのも無理はない。
タマモヒメのキャラクターの立ち位置からどのような言葉を吐くのかというのも考えてみたものの、どうにも性に合わない言葉ばかり思い浮かんでしまう。
「タウエモンのオッサン。種籾は残ってるか?」
「……手元に残ったのは、僅か一つまみ……」
……詳しく聞けば野良仕事は見様見真似。ろくに出来た試しもないという。農業の知識があるのは自分だけだと思い、一念発起してみたもののこの体たらく。
「兵法もだめなら、畑耕すのもだめでねか!! なんもかんも一人前でねぇくせに、食う量だけは五人前だべ! この穀潰し!!!」
きんたが吠える中、田右衛門はいよいよ申し訳なさが頂点に達したらしい。
「面目もありませぬ!! かくなるうえは、腹を切って――」
田右衛門は刀に手をかけた。ミルテも、オグリも、それを見てぎょっとした顔をする。
タマモクロスは、何も言わず押し黙ったまま、田右衛門の刀のカシラをそっと押す形で制止した。
「やめせ、やめせ! 死ぬなら、おいらたちが目が届かんところでやれ!!」
「きんた」
憤慨冷めやらぬきんたは罵倒を続けていると、タマモクロスが彼の名を呼んだ。
「なんだ!? また、『大人にそういう態度はあかん』ゆうて止めるつもりがや!?」
きんたは納得いかない様子だった。タマモクロスを彼の目を真っすぐ見続ける。
「……大人相手やなくても、
タマモクロスがきんたに向けたのは怒りでもなく、上から目線の叱責でなく。ただ悲しそうに、静かに諭した。
きんたにとって、初めてみるタマモヒメの目だった。彼女からこんな風に叱られたのは、複数日一緒に過ごして初めての事である。
きんたは、「フンッ」と鼻を鳴らすが、それ以上何も言えずに黙り込む。
「タ、タマモ様……」
種籾を台無しにした手前、きんたの怒りも当然なれば。ある意味で達観した物言いのタマモクロスに、田右衛門の方が驚いてしまう。
それぞれが黙り込んでいると、これまであまり喋って来なかったミルテが注目を引くようにパンパンと手を打ち鳴らす。
「タマモク……タマモヒメさん。今日もお肉採ってきたのよね?」
「ん? あ、あぁ」
ミルテはタマモクロスから肉の塊を受け取ると、きんたと田右衛門の方に視線を向ける。
「お米がしばらく遠のいたのは確かに残念だけれど……タマモヒメさんが飢えない程度にお肉は採ってきれくれるんだし。アタシも料理頑張るからさ。きんたくん、田右衛門さんを許してくれるかな?」
彼女はそう言って、きんたが機嫌を直すように求める。料理当番であるミルテの頼みを無下にすれば、夕餉の時に面白くない事が起きるかもしれない。きんたは少し不貞腐れながらも渋々頷いた。
「……またおんなじ事やったらしょうちしねぇぞ」
「が、合点承知!!」
田右衛門も気合を入れて、ようやくこの場が収まった。
「うぅん……」
「……なんですか。そんな風にこっち見て」
ミルテが夕餉の支度をしている最中、タマモクロスはそれを手伝いながらも彼女の顔をじぃっと見つめていた。
「……さっき『タマモクロス』言いかけとったよな?」
ゲーム内の登場人物たちからは一貫して『タマモヒメ』と呼称されているが、ミルテの口から本来の名前が飛び出しかけていたような気がしてならない。
「……アタシの正体なんて、どうでもいいんじゃないですか」
「んな事いわんといて。教えてくれてもええやん~」
あからさまに話題を逸らそうとする彼女に、タマモクロスはけらけらと笑いながら追及する。
すると彼女も根負けしたのか、大きくため息を吐いた後にこう答えた。
「こっちはこっちでやりますから、そっちの追試を頑張った方がいいですよ。"タマモクロス先輩"」
普段通りの声色で普段の呼び方をしてくれたので、ミルテの正体がタマモクロスにはすぐに分かった。
「はっはっは、そっちもがんばりぃな。焦がしたらまた皆に不味い言われるからな」
「……はい」
「あとタウエモンのオッサンときんたにも、もうちっと優しく。アシグモにも」
「……それは難しいかも」
そんなやり取りを経て、タマモクロスは今日もまた二人で夕餉の準備に励むのだった。
【くちかみざけ】
タマモ「オグリ。お酒の造り方って大昔はどうしとったんや?」
オグリ「飲むのか!」
タマモ「メニューにはあるが、ウチらは飲まんぞ」
オグリ「そうか……残念だ……」
タマモ「おいコラ未成年」
オグリ「……冗談はともかくとして、資料によると人類最古のお酒はハチミツ酒との事だ。薄めて放置するだけで自然とアルコール成分が生じる。クマが荒らしたハチの巣に溜まった雨水がお酒になる、なんて話もある」
タマモ「へー。樽ん中で熟成させるイメージやったけど、そんなんでも造れるもんやな」
オグリ「私達がプレイしている環境においては日本酒が主だ。だからまずは米を用意して、一番簡単なヤツだと……」
口噛み酒
『米などの穀物を口に入れて噛み、それを吐き出して溜めたものを放置して造る』
タマモ「……つまりミルテが口でよく噛んでから器に移したもんをアシグモやタウエモンのオッサンが呑むんか……問題だらけやん……」
ミルテ「やだァーーーー!!!!!!!」
オグリ「私達が呑むとしても問題なんだが?」